レオンの言う、ブレイツロックを裏から操る黒幕捜し。それに繋がる手がかりと言えば、ブレイツの幹部達だろうか。しかしレオン曰く、そっちはマルコ達が探りを入れているらしく、幹部陣に関しては彼らに任せることとなった。どうやら今日、幹部陣が一同に集まる日らしく、探りを入れるにはちょうど良いタイミングのようだ。
確かに面識もなく、さらに遊撃士三人がヤクザの幹部に会いたいと言っても、通して貰えるはずがない。下手すれば、その場で抗争が起きるだろう。
となると、もう一つの手がかりを探しに行くしかない。幸い、心当たりはあった。先日、ちょうどこの場にいるエルガとアニー、サラの三人で逮捕したブレイツロックの組員。ナギサを攫おうとしていた彼らのことだ。
彼らはあの後、TMP(鉄道憲兵隊)に引き取られ拘束されていた。ちなみにTMPとは治安維持組織の一つであり、帝国内に引かれた鉄道の安全確保のために活動を行っていて、軍隊ではあるがどちらかと言えば警察に近い組織であるだろう。
――一体どのような事があって死亡したのかは未だ不明だが、その辺りの話も聞ければと思っているのだが。
「あたしあいつ等苦手なんだけれど」
「耐えて、サラ。というよりも、彼ら(軍人)にとってあたし達(遊撃士)は目の上のたんこぶでしょ。仕方ないわ」
――そう、活動内容は警察に近いとは言え、TMPは帝国内における軍隊の一つ。”国を守る”ために活動する彼らは、”人を守る”ために活動する遊撃士とは基本的に馬が合わないのだ。
「……お前達はまだ良いだろう。俺は以前連中の詰め所に入った瞬間、ほぼ全員から睨み付けられたぞ」
女性陣のぼやきに、レオンはふぅと息を吐き出しながら忌々しそうに呟いた。流石に元とは言え、ブレイツロックの若頭に向けられる敵意は相当な物のようだ。――もしくは、その見るからに堅気ではない面構えも無関係ではない、とは言えないだろうが。
そこでふととある事が頭を過ぎり、流石にそれはないよねという不安を露わにしながらエルガは口を開いた。
「っていうことはさ。俺達が面会させてくれって言った所で、門前払いになるんじゃないの?」
『…………』
他三人は見事に黙り込んだ。――現在、四人は帝都駅の中にいる。さらに目の前には、例のTMPの詰め所――鉄道憲兵隊本部と書かれた看板を掲げた扉がある。なぜ黙るのか、エルガはその理由を察して深いため息をつく。
「……もしかして無駄足になる?」
エルガが三人に問いかけるものの、彼らは何も答えずに視線を逸らす。その様子を見て嫌な予感を覚えつつも、エルガは意を決して目の前の扉を開けた。
『…………』
「……何なの、この雰囲気……」
扉を開けた途端灰色の軍服を着た者達からの視線を受け、すぐさまこちらを警戒するような眼差しへと変化する。だがその変化は、アニーが想像していたものとは異なっていて違和感を覚えた。
「……何か妙ね」
サラも同様の違和感を覚えたのか、眉根を寄せて腕を組む。――彼らの張り詰めた雰囲気は、まるで”何かを隠そうとするような気配”があった。それが何なのか考えようとした矢先に、こちらに向かって近づいてくる軍人がいた。
真っ直ぐに向かって来るその軍人を見て、レオンははぁっと深いため息を、サラは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。その様子から知り合いだと思われるが――青い髪を束ねた二十歳前後の女性に向かって、レオンは声をかけた。
「――――またあんたか」
「えぇ。先日ぶりです、レオン・オーガストさん。それにお連れの方々も、今日はどういったご用件でしょうか」
「……知り合いですか?」
レオンの名前を知っていることや、彼の言葉からお互いに知り合いであることは何となく分かるが、二人の関係性はお世辞にも良いものとは言えないだろう。案の定、レオンは頷いたが彼女を睨むような目つきで見やりながら、
「あぁ。――クレア・リーヴァルト少尉。最近ブレイツの若い奴らの間で話に上がる奴だ。もう何人もこいつに逮捕されたってな。……どさくさに紛れて無関係な民間人(俺)を拘束しようとするのは、少しやり過ぎじゃねぇのか?」
「いえ、あの状況ではあなたも無関係とは言い切れなかったでしょう。私はただ忠実に職務を果たしたまでのことです」
誉めているのか、それとも皮肉っているのか、クレアに対し苦々しいものを持っている様子のレオンに対し、彼女はさらりと受け流した。――どうやらレオンは、彼女に捕まりかけたことがあるらしい。そこから苦手意識が来ているのだろうか。
また、サラも彼女が姿を見せた途端苦々しい表情を浮かべて見やっていた。彼女もまた、クレアに対し何かあるのだろうか。
「――先日はどうも。私達が捕まえたブレイツロックの組員の話を聞きたいんだけれど」
サラにしては珍しく口調が素っ気ない。一体クレアと何があったのか気になったが、そういえばブレイツロックの組員に襲われ、返り討ちにしたとき、彼らはTMPに連行され、サラもそれについていったことを思い出していた。その際に出会ったとしても不思議ではない。
クレアも、サラに対して会釈をした後に、
「その件に関して、お話しできることは何一つありません。用件がそれだけならば、お引き取りを――」
「――“錯乱した”んだってな?」
「―――」
クレアの説明を遮るように、レオンはずいっと前に出た。長身の彼はクレアを見下ろしながら迫っていた。明らかに脅しの色を含んだ態度であり、しかしそれ以上に、レオンの口から語られた言葉に首を傾げてしまう。
――錯乱した、とはどういうことなのか。
「”その筋”から聞いた話じゃ、あの五人が死ぬ直前に、あいつら全員おかしな行動を取り始めたってな。――何か心当たりはねぇのかい?」
「――なるほど、“その筋”に当たる人物について、多少は絞り込めました。“良いご友人”をお持ちのようですね」
「………」
レオンの瞳がすっと細くなり、僅かながらも”闘気”が高まり始める。いきなりの臨戦態勢にその場に居合わせた鉄道憲兵隊の隊員達がこちらへ視線を向けてくる。全員があからさまに警戒していて――逆にエルガ達が慌ててレオンを宥める始末。
「レオンさん落ちついて」
「………」
彼が着ている服の裾を引っ張って注意を促すエルガに、レオンはそっと息を吐き出して臨戦態勢をといた。だが明らかに警戒した色を浮かべながらクレアを見やり、
「……どうあっても、教えるつもりはないと?」
「えぇ、残念ですが。それと今後、そのご友人に聞いても無駄かと」
すました表情で頷く彼女に、レオンは肩をすくめた。これ以上問いかける気はない、という意思表示だろうか。
「あの、クレア少尉。質問良いですか?」
「えぇ、アニマさん。何でしょうか」
軽く手を上げてクレアに呼びかけるアニーは、頷いてTMPの本隊に足を踏み入れたときから感じる違和感について問いかけてみた。
「私達がここに入ってきたときに違和感を感じたんです。何か、皆さん凄く警戒しているような気がして。……何か、あったんですか?」
「――実は近いうちに、大規模な軍事訓練が行われるんです。その準備などもあって、皆気を使っているのです」
その返答にサラはなるほどねぇ、と頷き、ついでニヤリと僅かに笑みを浮かべた。まるで鬼の首を取ったかのように、
「確かに”情報”は大事よね。……でも軍事訓練があるなんてこと、言っちゃって良いのかしら?」
「えぇ、すでに広まっていますから」
あっさりとばらした彼女に対し、サラはやや不服そうに唇を尖らせた。まるで子供じみた反応に思わずアニーは笑みを溢すものの、しかしクレアの返答に納得したわけでなさそうだった。
(……一瞬、言葉に詰まったよな……)
アニーの問いかけに対し、一瞬だったがクレアは言葉を詰まらせていた。軍事訓練という情報を口に出して良いのかどうか迷ったように見えたが、どうもそれだけではないように見えた。
「…………」
「……レオンさん、さっきから何を見ているんですか?」
「……いや」
ふと隣にいるレオンを見やると、彼は天井のある一点を凝視しているように見え、声をかけてやると首を振って視線を外す。気になったエルガは彼が見ていたと思われるところを見て、首を傾げた。
レオンが見ていたのは通気用ダクトのようだ。違和感があるとすれば、通気用なのに閉じられていることか。
「……? あれ、もしかして通気用ダクト、全部塞いでる?」
他のダクトを見て気づき、エルガは思わず声に出していた。だからか、他のTMPの方々がぴくりと反応したのを見逃してしまった。
「――えぇ、点検がありますから。……何か不都合が?」
「あ、いや何もないです……」
クレアの言葉を受け、エルガは愛想笑いを浮かべながら首を振る。ともかく、TMPに拘留されているはずの組員には会えない以上、居心地の悪い本隊に留まる必要もない。各々が挨拶をして、その場を後にするのだった。
――急な来訪者である遊撃士三人と元若頭がTMPの詰め所から出て行くのを見送ると、クレア・リーヴェルトは人知れずほっと息を吐き出した。
(……私もまだまだですね。時折ボロを出しそうになってしまいました)
彼らの問いかけに対応した際、彼らの鋭い指摘に内心冷や汗を流してしまった己を叱咤する。それにあの対応で良かったのか、未だに迷いもあった。
(彼らが持っていると思われる情報は、きっと役に立つ。……しかし今は、それよりも優先するべきことがあります)
――“恩人”から下された”宿題”を果たすために、あの遊撃士達、特に白髪のエルガ・ローグが持つ情報は重要だろう。その情報を得やすくするために、本来は彼らと協力関係を築くべきなのだ。
だが今はそれが出来なかった。なぜなら――
「――リーヴェルト少尉。例の犯人は未だ特定できずか?」
「申し訳ありません、こちらも手を尽くしてはいますが……」
同じ鉄道憲兵隊に属する男性士官から声をかけられた。上官に当たる彼に、申し訳なさそうに頭を下げるが、その彼はそうかとだけ頷いて、
「君が特定に手こずるか……相当な相手だな。分かってはいると思うが、あまり時間はないぞ。急ぎ”侵入者”を特定させるのだ、最悪情報局をこき使っても構わん」
「えぇ、わかっています」
上官の言葉に頷いて、これからのことを考えようとした矢先に、外が俄に騒がしくなっていく。一体何があったというのか。
(………まさか)
さきほど出て行ったレオン達のことを思い浮かべたクレアは、即座に嫌な予感を覚えた。すぐさま扉を開けて、TMPの詰め所を後にする。
~~~~~
TMPの詰め所を後にしたエルガ達は、帝都駅の外に出た。これで手がかりはなくなってしまったわけである。アニーはふぅ、とため息をついて、
「これからどうしますか? 気は進まないけれど……やっぱり、直接ブレイツロックの幹部に話を聞いてみますか?」
「難しいだろうな。……何人か、話を聞いてくれる奴らはいるが……何を言われるか……」
若頭時代の幹部達の扱いにくさを思い出したレオンは、彼女とは違う意味で深くため息をついた。当てがないわけではないのだ。だが話をしてくれる代わりに、一体どんなことを条件にされるのか。
自分個人への条件ならまだしも、アニーとサラに対して条件を突きつけられた場合がまずい。二人とも十分美人なのだ、一体どんなことをさせられるのか。
そのことを覚悟してくれ、とレオンから言えるわけもなく。――と、そこで帝都駅を出た途端、何か落ち着かない様子を見せるエルガに気づき、彼は眉根を寄せた。
「……どうした、坊主」
「……肌がぴりぴりする。嫌な感じ」
「……?」
いつになく真剣な表情で周囲に忙しなく視線を送る彼に、レオンは首を傾げた。――なんだか普段の彼と様子が違う。どこが、どういう風に違うかと言われれば答えに詰まるが――今にも歯をむき出しにしてはしたなく唸りそうな気配があった。お前は犬か何かか、と口を滑らせかけたその時、突然サラが大声で叫んだ。
「レオンさんしゃがんで!!」
「あっ?」
「っ!!?」
突然のサラの大声に訝しみ――腹部に強烈な衝撃を受けて地面に組み伏せられた。サラの大声に反応したのか、エルガがレオンに向かって突撃したのだと遅れて気づく。
――ついでに、倒れた自身のこめかみをかすめるようにして何かが地面に撃ち込まれた。それが”銃弾”だと気づき、レオンは目を見開いた。
「何だと……っ!」
銃声音はしなかった――おそらく、消音器を装着したライフルに撃たれたか。帝都駅近くという人が多い状況だったため、周囲もそこまで気づかず、端から見れば白髪の少年がヤクザ風の男と取っ組み合いになっているようにしか見えなかっただろう。別の意味でざわざわし出した。
(――こんな人が多いところで狙撃……!?)
サラは即座に周囲を――特に狙撃地点と思われし場所へと視線を送る。遠く離れた三階建ての建物の窓で、一瞬だがきらりと何かが光った。おそらく狙撃銃のスコープか。しかしその光は消え去り、目をこらすと何者かがその場を離れるのが見えた。
(狙撃に失敗したから撤退……厄介ね)
標的に拘らず、最大のチャンスに失敗したら即座に撤退するそれは、まさに“その道のプロ”と言えるだろう。サラは拳を握りしめた後、アニーとエルガに引きずられるようにして帝都駅に入っていったレオンの後を追うのだった。
「――帝都駅を出た途端、何者かに狙撃された……と」
帝都駅に再び戻ると、その騒ぎに気づいたクレアがやってきて、何かを察したのか一同をTMPの詰め所へ誘導し、そこの一室で詳しい事情を聞いていた。
最も、サラ以外の三人は「狙撃された」ということしかわからず、冷静に観察していた彼女のみ狙撃箇所と、犯人と思わしき人物が去って行くのを見たという証言しか出来なかった。
「そうですか。……それで、その逃げていった人物の特徴とかは見えましたか?」
「一瞬だもの、そこまでは見えなかったわよ」
やたらとその人物の身体的特徴について詳しく問いかけるクレアだが、サラは勘弁してよと言わんばかりにげんなりとした表情を浮かべている。――さきほどからこんな調子が続いているのだ。
「…………」
「レオンさん?」
腕を組み何かを思い出している様子のレオンを見て、エルガは首を傾げて問いかけた。だが彼は首を振って、
「……少し昔を思い出していた。それよりも、礼を言うぞ坊主。お前のおかげで助かった」
「気にしないで下さい。……ていうか、サラさんが言ってくれなかったら間に合わなかったでしょうし……」
おそらく彼女も、何か嫌な予感を覚えたのだろう。自分ほどあからさまではないが、さり気なく周囲に気を配っていたし、とそこまで思ったときにふと思い出した。そういえば二代目の暗殺も”狙撃”だったと。
――消音器を装着したライフルによる狙撃。レオンの反応から、思うところがあるのだろう。考え込んでいる様子のレオンを見ながら、エルガは一人頷いていた。やがて視線を彼から正面に座るクレアに向け、彼女が書き込んでいた調書へ視線を落とす。
達筆で簡素にまとめられた書類を見て苦笑いを浮かべる中、コンコンと取調室の外からノックの音が響いてくる。中に入ってきたTMPの隊員が軽く会釈をしながら、クレアの元へ近づき、
「リーヴェルト少尉、現場に残っていた銃弾を調査しました」
「ありがとうございます。……それで、何か分かりましたか?」
「銃弾は一般にも流通している物でしたが、付着していた成分があり、それを調査した結果”シツメソウ”を塗布していたことが分かりました」
「――そうですか」
あくまで冷静にその報告に耳を傾けるクレアであるが、どこかその答えを待ち望んでいた――そんな風にエルガの耳には聞こえてきた。そしてシツメソウという言葉に、彼は首を傾げた。どこかで聞いたような気がしたのだ。
「”シツメソウ”の成分が?」
彼の隣に座っていたアニーが、その報告を耳にして思いかげない言葉に眉根を寄せる。そして彼女に説明を求めるかのように、一同からの視線が集中した。
「何なの、そのシツメソウって」
眉根を寄せてサラが相方に問いかける。相方であるアニーはしばし迷う様子を見せたものの、じっと見つめてくるクレアの視線を気にしながら口を開いた。
「シツメソウっていうのは、南方の温暖な地域に生息する植物なの。三つ葉で、ちょっと紫かかっているのが特徴的な……」
「――あぁ、”幻覚草”のことか」
南方出身であるエルガは、その特徴的な見た目を思いだし、即座に脳裏に浮かび上がり、ポツリと口を開いた。――突如飛び出したその”幻覚草”という名前に、一同の表情が曇る。名は体を表すと良く言うが――アニーのみ、こくりと頷いて、
「……確かにそう呼ばれることもあるわ。その葉の部分に強い幻覚作用をもたらす成分が含まれていて……最悪、死に至ることもある」
「……毒?」
レオンが眉根を寄せて問いかける。光の加減によっては白に見える金髪の彼女は、こくりと頷いて、
「うん……といっても、それは取りすぎればって話だし、少量だったり、成分を薄めれば麻酔にもなるから、医術にも使われてたりするの」
「流石医者の娘ね」
なるほど、とサラは頷いてレオンを見やる。
「レオンさん、危なかったですね。あの弾丸、かすっていたら危なかったのでは?」
「少量なら麻酔にしかならないんだろ。なら……――」
肩をすくめて苦笑するレオンだが、その時ふとあることを思いついたのか、突然口を閉ざし何かを考え込む様子を見せた。だがアニーは首を振って捕捉した。
「少量でも、成分が濃かったら危ないかもしれないですが……」
「――おい、リーヴェルト少尉」
だがアニーの解説を無視して、レオンはクレアへと詰め寄った。先程まではさほどではなかったが眼光が、今は鋭くなっている。ドンッと拳を机に落とし、エルガとアニーをびくりとさせた後、彼は低く呟いた。
「――あの五人についての話だ」
すでに終わった話題を、もう一度レオンが持ち出してきた。蒸し返した彼に対し、クレアは無表情に言い返した。――だがエルガの勘違いでなければ、どことなく焦っているように見えた。
「……ですからその件に関しては――」
「じゃあこれだけでも教えてくれ。あの五人から、シツメソウか、もしくは他の”ヤク“の成分はでなかったかと」
「っ………」
レオンの頼みに、クレアは初めて明確に言葉を詰まらせた。彼のその問いかけに全てを悟ったのだろう。レオンには気づかれている、と。そしてそれは、彼の隣に座っていたサラも同様である。
「……まさか」
険しい表情と目つきでクレアを見やる彼らを見て、エルガは首を傾げた。どういうことなのか、と疑問符を浮かべる彼に、アニーはそっと耳打ちする。
「……あの五人が錯乱したのは、シツメソウとか、もしくは他の薬物によるものじゃないのかってこと」
「いや、それはわかるけれど……」
「――TMPに拘束されて、留置所にいるのに、そういったものを摂取出来ると思う?」
「っ!!?」
彼女の言葉を聞いて、エルガもようやく理解した。留置所にいるのに、そういった薬物に手を出すことは出来ない――にも関わらず錯乱した。一人二人ならばまだしも、五人全員がである。
もしそうなのだとしたら、明らかに外部の人間の手が入り込んでいる――レオンはそう指摘したのだ。彼の鋭く真っ直ぐな視線を向けられたクレアは、そっと瞳を閉ざし何かを考えた後、そっと息を吐き出して、
「……良いでしょう。これから話すこと、他言無用でお願いします」
そう前置きし、四人がその頼みに応じたのを確認してから、彼女は重い口を開くのだった。結論から言えば、例の五人の体からはシツメソウの成分が検出されたらしい。
当然TMPではそういったものを含まれる食事などは一切提供していない。つまり”外部の人間からもたらされた”と考えるほかないのだ。そこで調査を行ったところ、”侵入者”の痕跡を発見したのであった。
その痕跡というのが、例の通気用ダクトである。つまり外部からダクトを通って留置所に侵入、あの五人にシツメソウを打ち込み幻覚によって錯乱させた後、そのまま脱出したということだ。
TMPが気づいたのは、その後のこと――つまりその侵入者相手に、完全にしてやられたわけであった。
「――なるほど、あんたら(TMP)が隠しておきたくなるわね。けれどいいの? あたし達にそんなこと教えちゃって」
ひとしきり話を聞いた後、サラが頷きながら、そして確認するかのようにクレアへ問いかけた。確かに内容としては、TMPの本拠地に侵入者が現れ、拘置所にいる人物が暗殺された上に、それに気づくことも出来なかったと言うことになる。完全に責任問題だ。
そのためか、先程の鬼の首を取ったような表情ではなく、真剣に彼女を思いやるかのような声音でサラは口を開いた。だがクレアは心配無用とばかりに首を振って、
「えぇ、この件に関しては、私が責任を持ちます」
「強気ね。――そういうの、嫌いじゃないわ」
彼女の覚悟を目の当たりにし、サラはふっと笑みを浮かべた。それに関しては、エルガとアニー、レオンも同じである。レオンは腕を組んで話を聞いていたが、やがて大きく頷いて、
「例を言うぞ、リーヴェルト。あんたの信用に答えるとしよう」
「ありがとうございます」
「――今思いだしたことがある。二年前、撃たれた“兄貴”の体から例のシツメソウの成分が出ていた」
「――何ですって?」
レオンがわざとらしく思い出したと言って呟いた言葉に、クレアは目を見開いた。驚いたのは彼女だけではない。アニーが目を瞬かせ呟きを溢す。
「……レオンさんの兄貴さんも……? 偶然にしては、出来過ぎなような気が……そもそもシツメソウって、希少な植物でもありますし……」
「………」
一同が押し黙る中、レオンは自身の手に視線を落とした。ぐっと握りしめ、知らぬうちに凶悪な顔になったことにすら気づかず、彼は決意を定める。
――二年前、付けられなかった落とし前……付けてやろうじゃねぇか――
~~~~~
「――レオンの兄貴、ここにいましたか。大丈夫でしたか?」
「あぁ。予想外に早い帰りになったがな」
それから数時間後、TMPの車両に乗せられて遊撃士協会に戻ってきた彼らは、そこでマルコと合流した。レオン自身、もう大丈夫だろうと言っていたのだが、クレアは頑としてその言葉を否定し、無理矢理車両に乗せて送ってくれたのだ。
無理もないと思う。二度目の狙撃がないとは言い切れない。その対策として彼を車に乗せるのは当然のことだろう。
遊撃士協会に戻ったレオンは、ナギサと一緒に遊んでいるサリスを見て微笑ましい気持ちになっていた。数時間しか目を離していないが、どうやら無事友達になれたようだ。ナギサを保護したエルガも、その様子を見てホッとした様子を見せている。
「……向こうは一安心だな。それでマルコさん、そちらの方は何か進展がありましたか?」
「さぁな。とりあえず、今日の幹部会は無事終わったが……やっぱ尻尾を出してくれねぇな」
ふぅ、と肩をすくめてお手上げだと暗に告げる彼に、報告を聞いていた一同は肩を落とした。こちらも進展があったと言えばあったが――特定するような進展はなかった。
TMPの詰め所に立ち寄った結果わかったのは、ナギサを捕らえようとした例の五人は毒殺されたこと、レオンが狙撃されたこと、その狙撃に五人を殺した毒が使われていたこと。そして、二年前のクロスベルで起こった狙撃事件でも、同じ毒が使われていたことが判明した。
これらを束ねると、犯人は同一人物である可能性が高い。となると、鍵となるのは二年前のクロスベルで起こった狙撃事件だろうか。狙撃した人物が黒幕とは言えないかも知れないが、少なくとも“二年前”から暗躍していることに違いはない。
ここ二年で、急速に力を付けた人物――それが黒幕容疑者になるだろう。まだ確定したとは言えないが、今度はそういった方向で調査を行っていくべきだ。
「――なるほど。ガシャドの大兄貴を殺した奴が……」
「まだ同一犯と決まったわけではないがな」
こちら側で起こったことを伝えると、マルコは何度か頷きつつ、組んでいた手に力が入っていく。彼もレオンと同じく、二代目には相当世話になった身のようだ。
「……そうだ、レオンの兄貴。実はやっと例の五人がどこの組の人間だったのかようやく分かりました」
「……どこの組も何も、ブレイツロックじゃないのか?」
少し間を置いて落ちつかせたマルコは、ナギサを襲った五人がどこの人間だったのか突き止めたことを教えてくれた。エルガは眉根を寄せて疑問を口にするも、当のマルコが、
「ブレイツロックっつうのは、いくつもの組織が集まった団体全体のことを指してるんだ。まぁうち(スミットウェール物流商会)がその中で最大手だがな」
「それで、どこの組の人間なんだ? 連中は」
ざっくりと組織について教えてくれたマルコだが、レオンに急かされえぇ、と頷いて口を開いた。
「ネイリ一家です」
「――ぇ……」
――ネイリ一家。その言葉が出た瞬間、アニーの表情が強ばった。その反応に一同が彼女を見やるものの、すぐに首を振って大丈夫と口にする。
「な、何でもないです、大丈夫……」
「…………」
「…………」
そんな中、彼女の事情を知るサラとダーゼフは、心配そうな表情を浮かべて彼女を見やるのだった。
クレアさん再登場です。前回捕まりかけたことと舎弟達がお世話になったことで、レオンからの心証はあまり良くはなさそうですね。
それと閃よりも過去の話なため大尉ではなく少尉になっております。とはいえ士官であり、トールズ卒業から一年程度で責任ある立場にあること、鉄血宰相の息がかかっているとはいえ新設されたばかりの鉄道憲兵隊への配属、そこで起こった大失態(拘留所での一件)など、あまり余裕はない様子。
癒やし(リィン君との交流)もないですし、がんばって欲しいですね。