英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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3-03 誰でもない男

 

「………」

 

身の丈を遙かに超える両開きの扉の前で、男はふぅっと呼吸を整えていた。眉間に寄った皺は深く、少々やつれ、眼鏡をかけた知的な雰囲気を醸し出すその男は、意を決したように扉を開く。

 

『――――』

 

「……失礼」

 

軽く会釈をして、部屋の中に足を踏み入れた。男が入ったその部屋には、見るからに悪人面した強面の男達が座っており、彼らは黙って入ってきた男を見やっている。――異様な雰囲気が漂うその場所で、ブレイツロックの幹部会が行われようとしていた。

 

帝都中、至る所にある”極道者”の組織的集団は、組や商会、一家として構成されており、それら多数の団体がさらに集まって結成されたのが”ブレイツロック”である。

 

そしてそのブレイツロック内にいる団体の中で、一番強い影響力を持つ”スミットウェール物流商会”がトップとなり、他の団体を傘下としてまとめているのが現状であった。そして幹部会は、傘下の団体の”頭”を集めて行う会議の総称である。

 

「………」

 

自らの席に座り、男はぐるりと周囲を見やった。見るからに人数が少なく、合計二十一ある椅子のうち、七つほどが空席のままだ。スミットウェール物流商会が傘下として従える団体数は二十あり、およそ三分の一が欠席であった。

 

それはまるで、自分の人望のなさを表しているようでたまらず、男は気づかれないようにそっとため息をついた。しかしここで嘆いていても始まらず、男は――ブレイツロック三代目党首、タシース・フォルは眼鏡を押し上げると、

 

「これからブレイツロック、幹部会を始めます。……急な招集にもかかわらず、ご足労頂きありがとうございます」

 

そう言って軽く頭を下げるタシース。無言か軽い会釈か、もしくは鼻を鳴らす音が返答代わりであった。

 

「今回幹部会を開いたのは、ブレイツロックの今後について、各組長達や団長達と話をしたいと感じたためです」

 

ブレイツロックの今後――今回の幹部会の議題について告げると、先程鼻を鳴らしたであろう組長の一人が呆れたように首を振り、唐突に立ち上がった。

 

「なぁタシースさんよぉ、今後も何もねぇだろ。俺等はいつまであんたらの尻ぬぐい続ければ良いんだ?」

 

「………」

 

立ち上がった男――「ネイリ一家」を束ねているネシード組長は、金髪をかき上げて椅子に座るタシースを見下ろした。骨張った頬と浮かべている意地悪そうな笑顔がいかにも街のヤクザといった風貌をしているが、それとは裏腹にギラギラに輝く金属装飾と派手な礼服が特徴的であった。

 

どことなく帝国貴族に見えなくもない風貌だが、本人は根っからの平民である。問われたタシースは何も答えない。尻ぬぐいとは、例の一部土地を帝都庁に売り払った一件だろう。

 

売り払ったその一部は、開発区画や観光地が多数を占めており、重要な資金源であったが、売却してしまったために収入は見込めない。その損失の埋め合わせに、傘下組織は苦労している。――三代目の求心力が低下したのも、それが全くの無関係であるとは言えないだろう。

 

「どうせ俺等傘下組に泣きつくんだろ? んなくだらねぇことに貴重な時間使わせるんじゃねぇよ」

 

は、とあからさまに見下したネシードはそのまま幹部会を立ち去ろうと踵を返し、会場を出ようと皆が入ってきた扉の前へと歩いて行く。だが横柄な態度で立ち去ろうとしたネシードを引き留めるように、ガタイの良い男が扉の前に立ちふさがった。

 

「……邪魔だ、ジェイクさんよぉ。俺は幹部会だって言うから来たんだ、三代目が無様に頭下げるのを見に来たわけじゃねぇ」

 

――勝手なことを言う、と扉の前で立ちふさがる男、ジェイクは呟いた。ネシードに負けず劣らず、横柄な態度でぽつりと呟いたその一言に、彼は眉根を寄せて反応する。

 

「……なんだと」

 

「三代目の体面を守ろうとするのは大変ありがたい。――だが憶測でものを語るのは、少し気が早いんじゃねぇか、ネシード”組長”」

 

「……なめんじゃねぇぞ、”若頭”さんよぉ……」

 

わざわざ組長を強調して告げたジェイクに対し、真っ向から睨み付けて詰め寄るネシード。一方、若頭と呼ばれたジェイクもそれに負けじと一歩も引かず、しかし睨み付けはせずに視線を向ける。

 

傘下組織の組長と、”ブレイツロック三代目若頭”の間に一触即発な雰囲気が漂い始めたというのに、他の幹部会参加者は面白そうにそれを眺めているだけである。やがてタシースがふぅ、と吐息を漏らしたあと鋭い声音で二人に告げる。

 

「――おめぇらそれ以上は表でやれ。今日は”客人”が来てんだ」

 

――本人でさえ”向いていない”と言ってはいるが、それでもブレイツロックの党首である。その一言に、にらみ合っていた二人は矛を収める。

 

「客人だぁ?」

 

だがネシードは相変わらず横柄な態度を隠そうともせずに問いかけてくる。だがそれには答えず、タシースはジェイクに目配せし、彼が頷いたのを見て皆に告げた。

 

「あぁ。先程も言ったように、今回幹部会を開いたのはブレイツロックの今後について話し合いをしたいと感じたためだ。……そこでこの人……いや、”この方”の意見は無視できないだろうと思い、お招きした次第だ」

 

「…………ほほう?」

 

三代目であるタシースが“この方”と呼んだことにより、何かを悟った一部の者達は口元に笑みを浮かべていた。タシースの態度から、招いた人物が誰なのかある程度予測が付いたのだろう。

 

「なぁネシードはん。ここは三代目の顔を立てて、一度座ったらどうや?」

 

「……けっ」

 

何かを悟ったらしい独特な口調の古参幹部がネシードにすすめ、彼もまた状況の変化を読み取ったのだろう、舌打ちをして先程座っていた席に戻っていく。幹部陣全員が席に着いたのを確認し、ジェイクは扉を開いて先程から待たせていた人物に声をかけた。

 

「――お待たせしました、”初代”」

 

「………」

 

――初代、とジェイクが言った瞬間、事前に予測できていた古参を除いてどよめきの声が上がる。それに応じるかのようにブレイツロック初代党首、フガル・スミットウェールが姿を見せた。

 

彼は無言で、かつ険しい表情を浮かべている。他の参加者には一切目を向けず、しっかりとした足取りでタシースの側まで歩いて行く。やがて彼に促され、隣に置かれた椅子に腰を下ろした。

 

「…………」

 

その間、ネシードが人を射殺せそうな鋭い視線でタシースを見やっていたが、彼はそれを完全に無視している。席に着いたフガルは、しばし目を閉じたままでいたが、周囲の喧噪が収まると、ようやく瞳を開いた。

 

「――もう一度この椅子に座ることになるとは思ってもいなかった。後を任せたとは言え、ここまで来てしまえば、もう知らん顔も出来そうになくてな」

 

ふ、と軽い笑みを溢しながらも、フガルが発する剣呑な雰囲気は一向に収まる気配がない。ジロリと幹部会に出席した組長達を一瞥し、口を開く。

 

「最近のブレイツロックの暴走は、少々目に余る。――堅気に迷惑かけるな、とは言わん。それが我々の商いだ、だがな……迷惑かける相手を選ぶくらいは出来るだろ」

 

そう言ってフガルは幹部陣を見渡して――とある人物にだけ、少しだけ長めに視線を送り――何かを遠回しに伝えるように、怒気が込められた声音で告げた。

 

「何をしようとしているのかは知らん。だが、無関係で、弱い立場の女子供を巻きこむんじゃねぇよ。――極道は関係ねぇ、”漢”として恥ずかしくねぇのか!!」

 

『――――』

 

一同はその怒声に何も答えない。何を言っているのか理解した者、眉根を寄せる者、様々な反応が浮かぶ中、フガルは再度口を開く。

 

「今後しばらくの間、ブレイツロックは俺と三代目が取り仕切る。――良いな!!」

 

『――へいっ!』

 

多くの者達は、了承したようにさっと頭を下げて応じるのだった。

 

 ~~~~~

 

――同日、20時――

 

「……親父、すげぇ荒れてるな」

 

ガルニエ地区にあるとある建物の中でたむろしていた彼らは、上の階から響いてくる騒がしい音と、何かが壊れる音を聞きながら、ポツリと呟きを漏らした。

 

今日はブレイツロックで緊急の幹部会が開かれ、それに出席した組長が帰ってきたら凄まじく荒れており、部屋に戻るなり調度品に当たり始めたのだろう。また後片付けやらなきゃいけないんだろうなぁ、などと思いながらソファにだらしなく座る連中を見やる。

 

――皆上の階に上がる階段には近づこうともしなかった。下手に寄りついて組長に見つかれば、手頃なサンドバックとして八つ当たりの対象になりかねないのだから当然とも言えた。極道ではある以上、組長――“親”の言うことには従うのだが、だからといって自ら殴られたいなどと思う輩はいないだろう。

 

まさに触らぬ神にたたりなし――他の連中もそう思っているのだろう。階段には近づかず、下の階で騒がしくしないように思い思いに過ごしていた。そんなときである。唐突に扉を叩く音――ノックが聞こえたのは。

 

「……誰だぁ、こんな時間に?」

 

眉根を寄せながらも、それに気づいた一人の男が扉を開ける。夜中の来訪者を一目見て、男は何の冗談だ、とばかりに眉をひそめた。金髪とコート、ここまでは良い。問題は顔半分を隠すような”仮面”を付け、帯剣していることだ。一体何のつもりだ。訝しむように、少々声にドスを利かせて問いかけた。

 

「……オメェ、何のようだ?」

 

「――ここが“ネイリ一家”の本拠地で間違いないな?」

 

ドスを利かせた声に怯む様子もなく、仮面の口から出て来た言葉に男は拳を握りしめた。

 

「聞いてんのはこっちだぞ、仮面野郎」

 

「ふむ、それもそうか。ネシードという男に会いに来た。女狐……いや、”魔女の使い”だと言えば話は通じると思うが」

 

「……………ほう?」

 

仮面の口から放たれた言葉に、男はさらに眉根を寄せ、半開きにしていた扉を開き――唐突に、握りしめていた拳を突き出した。だが仮面は、その動きを予測していたかのようにさらりと避け、

 

「……どういうつもりだ?」

 

急に殴られかけたというのに、あくまでも涼やかな声音で問い返した。余裕を見せるその態度が気に入らなかったのか、拳をポキポキと鳴らしながら、仮面の男に対して口を開く。

 

「……確かにここは、”ネイリ一家”の拠点だ。だがな、オメェみたいなうさんくせぇ奴を親父に会わせる必要はねぇだろ。だいたい、何が魔女の使いだ。おかしな仮面なんぞつけて、頭いかれてんのか」

 

ぞろぞろと、騒ぎに気づいたのか部屋の奥にいた連中も群がってきた。話を最初から最後まで聞いていたわけではないだろうが、それでも流れは理解できているのだろう。皆一様に殺気立っている。

 

中にはナイフや剣、拳銃を持ち出す者もおり、異様な雰囲気に包まれている。だが仮面の男は冷静さ、余裕さを失わず、ただ面倒くさげに呟いた。

 

「――十人か。まぁ、すぐに終わる。……怪我したくなければ下がっておけ」

 

「――怪我すんのはテメェ一人だ!!」

 

舐めるんじゃねぇ、そう言わんばかりに襲いかかってきた彼らに対し、仮面の男は腰の剣に手をかけ――

 

「――“二重の嵐”」

 

――室内に”嵐”が起こった。

 

 

 

 

「――くそ、あの老害が! 今更しゃしゃり出てくんじゃねぇぞ!!」

 

――帝都のガルニエ地区にある建物の中で、手近にあった椅子を思いっきり蹴り飛ばして粉砕し、鬱憤を晴らすかのように壁に拳を叩き付けるネシードがいた。

 

幹部会からネイリ一家の本拠地に戻ってきた彼は、荒れに荒れており、子分達でさえ彼に近づくのを躊躇うほどである。現に子分達は弁えて(巻きこまれるのを避けるため)ネシードの自室に近づこうとはしなかった。

 

――逆にそのおかげで、子分の目を気にせずに罵倒を口に出来るのである。手当たり次第に近くのものに当たり散らし、自室は目も当てられない状況になっていた。

 

「何が初代だ!! 堅気に迷惑かけるなだ!! てめぇの生き様を振り返ってから言いやがれっ!!」

 

ブレイツロック初代党首。そこへ至る道のりは並大抵のものではなかったはずだ。現にネシードのような新参者でも、初代の武勇伝は嫌と言うほど耳にした。曰く、一夜にしてとある一団を壊滅させた。曰く、一個小隊とは言え真っ正面から軍とぶつかり合い、これを返り討ちにした、など。

 

男としては華々しい武勇伝である。だがそれらの裏で“汚い仕事”を一切しなかったと誰が言えるだろうか。現にこの裏世界に入ったばかりのネシードなど、わずか数ヶ月足らずできれい事などぬかすことが出来なくなった。

 

ならば、この裏世界でのし上がったフガルも同様のはず。――なのに、奴の口から出たのはきれい事だ。相手を選ぶ余裕や、手段を選ぶ余裕などない。否、“選べばのし上がれない”。所詮きれい事は、“力ある奴”だけが口に出来る特権なのだ。

 

「………? ち、下の奴ら何騒いでやがる……!」

 

手当たり次第家具に鬱憤をぶちまけていたネシードであるが、下の階が俄に騒がしくなったのに気づき、舌打ちを溢した。だがそれもすぐにおさまり、嘘のように静かになった。その変化に、少しだけ冷静さを取り戻したネシードは不審に感じた。

 

「………」

 

胡乱げな瞳で扉を見やるネシードであるが、やがてドンドンと扉を叩く音が木霊した。扉を見据えながら、ネシードは向こう側にいる相手に声をかける。

 

「何のようだ」

 

「…………」

 

無言で開かれたドアの向こうには、子分の一人が立っていた。彼は親であるネシードの姿を見るなり、掠れた声音で告げた。

 

「お、おや……じ……きゃ、く……じ……――――」

 

何かを伝えようとしたところで力尽きたのか、そこで子分は白目をむいて倒れ込んだ。――子分が倒れたことで、その後ろに控えていた仮面の男が姿を見せ、古風な剣を片手にネシードに向かって告げた。

 

「あんたがネイリ一家の組長、ネシードだな」

 

「――さんをつけろよ仮面野郎!!」

 

先程の騒ぎと倒れた子分から、手下がほぼ全員やられたことを瞬時に悟ったネシードは激しい怒りを覚え、懐から拳銃を取り出し発砲した。ダンダンダン、と至近距離から全弾撃ち込んだ銃弾は、しかし。

 

「―――――」

 

「――なっ……!?」

 

――仮面の男が剣を振るい、その全てをはたき落とした。床を虚しく転がる弾丸が微かに響く中、ネシードは呆然とした表情で仮面の男を見やる。一方仮面の男は、固まったネシードを見て肩をすくめた。

 

「――帝都のヤクザは、皆あんたらのように見境いない連中ばかりなのか?」

 

「……てめぇ、何者だ」

 

仮面の男を睨み付け、ネシードはドスの利いた声音で問いかけた。しかしその視線は揺れ動き、明らかに動揺しているのが見て取れる。至近距離からの銃弾を、剣で弾くという芸当を行った相手に対する恐怖からか、背筋に冷たい汗が流れる。

 

それを知ってか知らずか、仮面の男は再び剣をだらりと下げて、

 

「“魔女の使い”だ。……例の少女の件で、話しに来た」

 

「…………」

 

魔女の使い――ネシードが知る“魔女”と言えば、あの女しかいない。確かに先日、黒髪の東方風の顔立ちをした少女を連れてきて欲しいと頼まれたが、生憎居合わせた遊撃士に阻まれ、失敗してしまっている。ち、と舌打ちをしつつ、ネシードは首を振る。

 

「まだだよ。……催促か?」

 

「いや、確認に来ただけだ。……まだ捕らえていなかったか……」

 

ふむ、と頷いた仮面の男に、ネシードは苦々しい表情を浮かべる。――本人にとっては確認の意味での呟きだったのだが、ネシードには小馬鹿にされたかのように感じたのだ。だが先程の一件もあり、安易に口に出すことは憚られた。

 

「了解した。例の少女の確保だが、こちらでも受け持とう。どこにいるかわかるか?」

 

「……勝手にしろ。あのガキは、どうやら遊撃士協会に保護されたらしい。こっちも手がだせねぇ」

 

「………」

 

ネシードが肩をすくめて伝えたが、仮面の男は無言になった。その反応を不審に思い、男を見ると、仮面の下で表情をしかめている――ような気がした。その反応をするのも、無理はないだろうが。

 

何せ遊撃士協会の保護下にいるのだ。強引に手を出したりすれば、それこそ総力を挙げて潰しにかかるだろう。おまけに例の”老害”がしゃしゃり出てきたせいで、こちら(ネイリ一家)は下手をすれば破門、もしくは絶縁もあり得る。

 

(……いや、待て……)

 

老害――フガルのことと、先程仮面の男が見せた剣裁きを思いだし、ネシードは内心ほくそ笑む。まだ下の階を見ていないが、倒れた子分以外誰もここに来ないことから、手下を全員黙らせたのは間違いないだろう。つまりは、それほどの手練れだと言うことだ。

 

それほどの手練れは、ネシードの配下にはいない。これは逆にチャンスだ、とばかりに微笑むのだった。――先程自分が、男に何をしたのかも忘れて。

 

「だが、全く手がないわけじゃねぇ。……お前…協力する気はねぇか?」

 

「断る。あんたの“私用”にまで手を貸す義理はない。こちらはこちらで、勝手にやらせて貰う」

 

「なっ……!」

 

仮面の男は、こちらの提案を即座に否定した。おまけにわざわざ”私用”の部分を強調しながらだ。こちらが何を考えているのかお見通しだ、と言わんばかりの対応である。

 

「では、これで失礼する」

 

「ちょ、ちょっと待てよおい!!」

 

これで話は終わりだ、とばかりに仮面の男は踵を返してその場を立ち去ろうとする。あっさりと立ち去るその姿から、逆に慌てたネシードは彼の肩を掴もうと手を伸ばす。その手が肩に触れる直前、仮面の男は振り返りざまに剣の切っ先をネシードの鼻先に向け動きを止める。

 

「……言ったはずだ、あんたの私用に手を貸す義理はない、と」

 

「何も私用とは限らねぇだろうが! あのガキを捕らえるためになぁ――」

 

「例の少女については、こちらが受け持つ。元々、我々が逃したのが原因だからな」

 

「……っ……」

 

微かに殺気を放ちながら告げる仮面の男に、ネシードは口を閉ざさざるを得なかった。鼻先に剣を突きつけられているのもそうだが――男が放つ雰囲気が、ヤクザのそれは大きく異なると言うことに気がついたためだ。

 

ヤクザではない――これはどちらかというと、“猟兵”の――

 

両者はその状態のまま固まり、やがてネシードが大人しくなったのを確認した仮面の男は、再び歩き始めた。奴の背中が視界から完全に消えた後、ネシードは拳を握りしめ、近くの壁に拳を叩き付けたのだった。

 

 

 

ネイリ一家が拠点としている建物から出て来た仮面の男は、周囲を軽く見渡した後、人気のない方角に向かって歩き出す。この仮面のせいで人目を引いてしまうことも、またネイリ一家の組員ともめた原因の何割かは、付けているこの仮面にあることも自覚している。

 

そのため無用の騒ぎを避けるため、人気のない路地を通って自身の拠点に戻ろうとしたのだ。だからこそ、人気のない所で常に人の気配を感じ、かつそれがつかず離れずの距離を保ちながら後を付けてくることに気づくのは容易かった。

 

「……先程から付けてきているようだが……一体何のようだ」

 

「っ!」

 

人気のない路地裏――何らかの工事現場なのだろう、組み立てられたパイプが足場を造り、また周囲には木辺や鉄くずやらが転がっている空間に出た仮面の男は、後ろを振り返って声をかける。すると物陰から一人の女性が姿を見せた。自身よりも二、三歳ほど年上の、ワインレッドの髪をした女性だ。

 

「―――――?」

 

――初対面のはずだ。だが、その顔立ちや面影をどこかで見たような気がした。仮面の下で訝しげな表情をする男だが、女性は肩をすくめて問いかけてきた。

 

「――やれやれ、本当はあっちを探るつもりだったのだけれど……まさかビンゴになるとはね。あなた、”レヴァナント空賊団”の副団長でしょう」

 

「…………」

 

問われた仮面の男は何も答えない。ただ静かに、腰に吊った剣の柄に手をかけた。その反応を肯定と受け止めた女性は、ふぅっとため息をつくと、導力銃と長剣を取り出し武装する。左手に持った導力銃を男に向けながら彼女は告げる。

 

「あなたには例のハイジャック事件とナギサちゃんの件……それに個人的に聞きたいことがあるのよ。だからちょっと遊撃士協会までご同行願えないかしら?」

 

「――断る。気は進まないが、そういう“依頼”なのでな」

 

「へぇ……?」

 

――気は進まない――男が漏らしたその言葉に、女性は興味深そうに口元をつり上げた。同僚が言っていた、“あの空賊団にはやる気がない”という言葉が蘇ったからだ。

 

「あんた方は、できる限り民間人への被害を押さえた略奪行為をしているわよね? なのに今回、明確に民間人に危害を加えている……それも”依頼”だから?」

 

「――気は進まないがな」

 

肩をすくめて肯定する仮面に、女性はなるほどと頷いて、

 

「なら、それがどんな依頼なのか教えてくれないかしら?」

 

「それは出来ない。……個人的にあの女狐をあんた達に突き出したい気持ちはあるが……依頼主である以上、護衛対象でもある」

 

割とあっさり話してくれていたため、女性はもしかしたらと期待を込めて問いかけたのだが、返ってきた返答は猟兵として当然のことであった。先程から柄を握りしめていた男だが、ついに鞘から剣を引き抜いて、

 

「これ以上聞き出したいのなら、無理矢理にでも口を割って見せろ。――出来るのならな」

 

「――それで良いわ。帝都遊撃士協会所属、サラ・バレスタイン――参る!」

 

「レヴァナント空賊団副団長、ネモ――行くぞ」

 

女性も、仮面の男も名乗りを上げ、男――ネモはサラに向かって高速で突進する。それに対しサラは左手の導力銃を放ち、その動きを牽制しようとする。

 

だが導力銃から放たれる弾丸は、ネモが剣を振るい全てを弾き落とし、意味をなさなくなった。その様子を間近で見たサラは銃撃戦を諦め、右手に持つ導力機構を組み込んだ強化ブレードでネモと斬り結ぶ。

 

「っ!」

 

一合、二合、三合と斬り結ぶ中、サラは即座にネモの強さを見誤っていたことを悟る。事剣技においては、自分よりも遙かに格上の存在であると思い知らされた。ネモの剣術は苛烈さと巧さ、そして冷徹さを兼ね備えており、生半可な攻撃は即返されてしまう。

 

――だがサラは”剣士”ではない。右手の強化ブレードでネモの剣撃を何とかいなしつつ、僅かに見えた隙を狙い、握りしめた大型導力銃の引き金を引く。至近距離から、それも剣撃の最中に放たれたそれを防ぐのは困難だろう。

 

「――――」

 

(――冗談でしょ!?)

 

だがネモは、弾丸が放たれる直前で体を捻り、紙一重で避けて見せた。――あたかもサラの動きを予測していたと言わんばかりの反応に、信じられないと内心悲鳴にも似た叫びを上げる。しかしサラは、相手が回避したその隙に飛び退いて後退して。

 

「あまい――」

 

「――のは、どちらかしらね!」

 

飛び退いたサラを逃がすまいと、追撃をしかけるネモを導力銃によって牽制し、無理矢理ではあったがなんとか距離を取れた。――今がチャンスだとばかりに、声を張り上げる。

 

「今よ!!」

 

「おうよ!」

 

「――――!」

 

サラの叫びに呼応し、物陰に隠れていた金髪の男が何かを発動させた。ネモの足下で風が吹いたと思った次の瞬間、竜巻が巻き起こる。――風属性の中級アーツか。

 

「この程度のアーツ……」

 

「行くぜ!」

 

(―――早い)

 

風が竜巻と化す直前で飛び退いたネモは巻きこまれずにすんだ――が、飛び退いたその先で再びアーツが発動され、今度はその周辺が凍り付く。おそらく水属性の中級アーツ。

 

――アーツの発動にはどうしてもオーブメント駆動による”タイムラグ”が発生する。中級とは言え、そのタイムラグを短くは出来ても、なくすことは出来ない。だが今の中級アーツの連続発動は、まさに”駆動時間を0にした”と言っても過言ではないほどの高速駆動である。

 

まさしく”零駆動”――心当たりが一人いた。アーツに関しては相当腕が良く――何らかの“裏技”を使っているのだろう。

 

「――荒事は不得手なタイプかと思いきや、なかなかどうして……」

 

「いやいや、サラと一緒にすんな」

 

アーツを放った男の存在には、最初から気づいていた。だが声をかけたとき、出て来たのはサラのみであったため奇襲を警戒していたが――中々に腕が立つ。前もって知っていた情報では裏方の印象を受けたが、どうやら一芸のみに秀でているわけではないようだ。

 

「よくやったわ、トヴァル」

 

「ったく……で」

 

金髪のアーツ使い――サラと同じく遊撃士協会帝都支部所属のトヴァル・ランドナーはため息をつきながら視線をネモへと向ける。そこには彼を除いて周辺が凍り付き、剣を振り下ろした状態で残心している仮面の男がいた。トヴァルは頬を引きつらせながら、ぽつりと呟く。

 

「”アーツをぶった切る”ような相手に、俺は一体どう戦えと?」

 

「…………」

 

彼の疑問に、サラは一切視線を合わせようとはしなかった。――水属性の中級アーツを回避できないと悟ったネモは、全力で剣を振るい自らに迫るアーツを”迎撃”したのであった。結果、見事にアーツの直撃は避けられ――それはアーツを主体とするトヴァルの攻撃はほとんど通じないと言うことを表していた。

 

不意打ちや奇襲でなければ、ネモにアーツは通じないだろう。懐にしまってある警棒――スタンロッドを展開したものの、彼の白兵戦における力量ではさほど意味をなさない。

 

「――何か物音がしなかったか?」

 

「だーれか暴れているのかぁ~?」

 

「………」

 

残心を解き、再び剣を構えたネモだが、背後から声が聞こえた。――誰かが近づいてきているのだ。若干呂律が回っていないように聞こえることから、おそらく酔っ払いだろうが、だとしてもこの状況を見られるのは不味かった。ちらりと視線を横手に置かれている工事の資材置き場を見やり、ネモは口を開く。

 

「――悪いが、ここは引かせて貰うとしよう」

 

「っ! させないわよ!」

 

「お、おいサラ!」

 

逃がさない、と言わんばかりに得物を構えて突撃するサラと、一人で手に負える相手ではないと彼女を止めようと手を伸ばしたトヴァル。彼の手は空を掴み、制止を振り切ったサラはブレードを振り上げて、必死な表情で叫んだ。

 

「”ヴァリウス大佐”と”対機甲四番隊”の連中について、洗いざらい吐いて貰うわ!」

 

「何――っ!?」

 

なぜその名と、部隊名を知っている――サラの叫びに驚愕するネモは仮面の奥で瞳を瞬かせ、そして彼女の突撃時の構えが、“とある男”のそれと酷似していることに気がついた。

 

――その類似点に気がついた途端、連動するようにあることを思い出す。サラのことを、どこかで見た覚えがあると感じたが、それは“とある男”が大事にしている一枚の写真に写っていた、“赤毛の少女”のことだと。おそらく彼女は――

 

「っ―――!?」

 

思考の沼にはまり込んだおかげで、サラが振るった強化ブレードに対する反応が遅れた。後方へ、体を仰け反らすように下がることで何とかブレードを躱したが、代わりに仮面を真っ二つに叩き切られる。

 

「貰った――え……」

 

後方へ飛び退いたネモと宙を舞う仮面の半分。サラは追撃をするために振り切ったブレードを引き戻しつつ、左手の導力銃をネモへと向けて、そして硬直する。仮面を真っ二つにしたことによってネモの素顔が見えたのだ。

 

彼の素顔にサラは硬直する。切れ長の鋭い瞳をした、整った顔立ちをした男である。だが、

 

「……火傷?」

 

――顔の左半分を覆う醜い火傷の跡が、それらを台無しにしていた。トヴァルも彼の火傷面を見て驚きを隠せない。一方ネモは、彼らの反応に対し苛立ちを表した舌打ちをして、手に持つ剣を振るい、斬撃を飛ばす。

 

剣先から放たれた斬撃は工事用の資材置き場に直撃し、保管されていた白粉を巻き上げた。あっという間に周囲が白く包まれ、ネモの姿も見えなくなる。

 

「ま、待ちなさい!」

 

ハッとして衝撃から立ち直ったサラはかけ出したものの、すでにネモの姿は見えなくなっており、追跡も困難になっていた。

 

「な、なんだぁ~。視界が白くぅ……」

 

「はは、余興ですかねぇ~」

 

彼が撤退する転機となった酔っ払い二人組は、白粉に包まれながらのんきな声を出している。脱力しかけるものの、サラはため息をついてブレードと導力銃をしまい込んだ。

 

「逃げられたわね……全く、ネイリ一家の見張りをしていたら、とんだ大物が釣れたわね……」

 

あの仮面姿から、おそらくエルガが話していた空賊団の副団長だと推測し後を付けていった結果、名前や、朧気ながらも空賊団の背景も見えてきた。

 

――やはりエルガやレオンの推測通り、今回の定期飛行便ハイジャック、およびナギサを狙うことに関してはさほど乗り気ではないと見えた。何せ”気が進まない”を短期間で二度も言っていたのだから。他のメンバーは知らないが、少なくとも副団長であるネモは、相当否定派なのだろう。

 

それにサラの推測通り、空賊団のメンバーの大半が”とある猟兵団の一部隊”なのだとしたら――やはり、彼らも気が進まないはずだ。ハイジャックの際に、ライフルが空砲だったのも頷ける。

 

(あの人なら、やるなんて言わないはず……ならやっぱり、“やらざるを得ない状況”に成っているの……?)

 

情報を整理しながら、敵ながらも空賊団の状況が心配になってきたサラであった。一方、彼女の元に近づいてきたトヴァルは、頭をかきながら、

 

「こんな真夜中に大騒ぎか、やれやれだぜ。……それにしても、あの仮面はこけおどしの類いじゃなかったみたいだな」

 

真っ二つになった仮面をサラに見せながら、彼は肩をすくめている。

 

「そうね。あの火傷顔じゃ、隠さなければならないでしょうし……」

 

難儀な面をしているものだ。素顔では火傷によって目立ち、仮面を付ければ衆目を集めてしまう。幸い火傷は左側に集中しているため、大きめの眼帯で隠す――という手もあるのだろうが、どのみちそれでも人の目は集めてしまうだろう。

 

(………でもあの顔立ち……妙に見覚えがあるわね……)

 

火傷の跡のせいで分かりづらいが、誰かに似ている――サラだけではなく、トヴァルもそんな事を考えていた。

 




姿を見せたブレイツロック三代目党首、タシース・フォル。矢面に立って動くリーダーというよりも、影からリーダーを支える二番手、三番手といったイメージのお人です。色々と後始末を押しつけられる羽目になった不遇の人でもあります。



そして伝言を頼まれただけなのに、結果的にカチコミかけるはめになった仮面の男もといネモ。そして壊滅するネイリ一家。喧嘩を仕掛ける相手はよく選びましょう、そんな小物だから拒否られるんやでネシードはん。
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