機関室の中で空族に襲われ掛けていた少女ナギサを助けたエルガは、道を引き返して機関室の外――客席や個室を繋ぐホールに出る。このホールにはエレベーターがあり、その先に操縦室があることだろう。
「…………」
ホールに出て来たエルガは、周囲を見渡し、気配を探る。――当然客室の方から多くのそれらを感じるが、動きはない。つい数分前は、船を襲った衝撃とコースを逸れたことから大騒ぎになっていたにもかかわらず、だ。
(人質か……)
大人しく、静かになった客席の扉を注視しながらエルガは顔をしかめる。一体空賊が何人いるかわからず、危険な状況をどうするべきか少々悩んでいるのだ。
(……師匠がいるから最悪な状況にはならないと思うが……)
問題は、その師匠があの客席の中にいるかどうかだ。それにいくら強いとは言っても、一人では出来ることに限度がある。おまけに今、とある理由により槍をなくしているのだ。
「……さっき下層の脱出艇から逃げるって言ったけど。もしかしたら、路線変更するかも知れない」
「………他の人が気になるの?」
ずっと客席の扉を見ていたのを知っているからか、ナギサは半ばわかっていると言うような口調で問いかける。エルガは頷いて――その時、反対方向から降りてくる気配に気づいた。
「まずい……! 隠れて……っ」
「え? ちょっ……!」
彼女を無理矢理押しやり下がらせ、彼は短槍を取り出して構える。その先はエレベーター。なぜそこに槍を向けているのかとナギサが文句を言いつつ問いかけようとしたときに、ぽーんと機械音が鳴った。
「えっ……?」
驚く彼女をよそに、すーっと扉が開くエレベーターから二人ほど降りてきた。――先程彼女を襲っていた二人は私服のためわからなかったが、あの二人は鎧を着込み、さらにはライフルを持って剣を腰に下げている。空賊であることは、一目でわかった。
「パイロットは押さえた。後は彼女を捕まえるだけだ」
「――おい貴様、何をやって――」
二人が会話をしながら出てくる。一人はこちらに気づかず、しかしもう一人はエルガの存在に気づき、声を荒げる。
「悪いな、静かにしてくれっ」
騒ぎになる――大きな音を立てるのは不味いと、エルガは彼らに向かって突進する。向かって来る彼に対して、空賊達はライフルを向け――ず、腰に吊った剣を引き抜いた。
「――――」
その行動に疑問を感じるエルガだが、今は構っていられないと、突進の勢いを乗せた鋭い片手突きを繰り出した。その一撃は的確に空賊の一人を捉え、昏倒させる。
「き、きさ――」
貴様、と憎々しげに言う暇はなかった。言葉を途中で遮るかのごとく、エルガは突き出した槍を引き戻さず、両手で掴み直して横に薙ぎ、もう一人も戦闘不能にさせる。突進突きからのなぎ払い、師から授かった技『龍牙槍』は瞬く間に二人を倒してみせる。
「………す、すごい」
その光景を見ていたナギサは、目を丸くさせていた。さっき助けてくれたときも、二人をすぐに倒していたし――もしかしてエルガって、強いのかな、と思い始めていた。
「………」
一方エルガは、すぐに周囲を警戒する。すぐに終わらせたとはいえ、戦闘を行ったのだ。先程の物音に気づかないものがいないとは限らない。幸い、飛行艇が飛んでいる音が響いているため、多少は温和されるとは思うが。
「………ふぅ、とりあえずは大丈夫そうだな」
こちらに近づく気配がないことを確かめて、彼は息を吐き出した。そして視線を、床で伸びている二人の空賊に向け、そのライフルを手に取った。
「………何なんだこいつ等……」
そのライフルを見た感想がそれである。銃器を手にしているというのに、それをこちらに向けず白兵戦を挑んでいたときに不審を抱いたが、どうやらこのライフル、”弾がない”みたいなのだ。
つまるところ空砲、引き金を引いても音が鳴るだけだろう。もう一人が持っていたライフルも同様である。
(つまりこいつ等、脅して盗むだけで、人の命までは取らないってことか……?)
意味が分からないが、そういう可能性はありそうである。エルガはもう一度乗客室の扉を見やり、一人頷いた。とりあえず気絶させた二人を機関室の中に放り込み、ナギサを引き連れて乗客室に耳を当て、中の様子を探ろうとする。
『大人しくしてろよ。そうしときゃ、何も盗らねぇからよ』
『奇特な空賊もいたものだ。わざわざ飛行艇を襲撃しておいて、武器をちらつかせながらやることが盗みではなく脅しとは』
『……空賊には空賊の流儀ってもんがある。今回はそれに反しているから何もしねぇだけだ』
『その装備から判断するに……いや、よそう。大人しくしていれば何もしないのだろう? ならば大人しくしていよう。……影で何をしているのか、気になるところではあるが』
「師匠………」
ふぅ、と思わず声が漏れてしまう。声だけしか聞こえてこなかったが、その声を何年と聞いてきたのだ、一発で分かる。珍しく相手を小馬鹿にしたような口調――挑発のつもりだろうか。
「今の声って、エルガのお師匠様?」
「あぁ。でも良かった、席に戻っていたのか……挑発はやめてほしいが……」
だが少なくとも、今すぐ乗客に危険が及ぶと言うことはなさそうだ。それに師匠がこの中にいるという安心感は大きい。さらには中から聞こえてきた声と、彼らの武器を見る限り、どうやら空賊自身も、この襲撃にあまり乗り気ではないようだ。一人でふむと頷き、エルガはナギサに向かって、
「さっき路線変更するかも知れないって言っただろ? アレ撤回。このまま下層の脱出艇から逃げよう」
「え、でも、乗客の人達が、まだ……」
エルガの言葉に、目を見開いてオロオロするナギサ。そんな彼女に、エルガは確かにと頷いたが、
「確かに心配だ。でも今の話を聞いていた限りでは、今すぐ危険が及ぶってことはないと思う。彼らが持っていた銃も、空砲だしね」
「……空砲……?」
「あ-、銃を撃っても大きな音がなるだけで、安全……とはいえないけど、でも危険じゃない奴」
首を傾げるナギサに、エルガは説明する。
「それに奴らの狙いは、どうやらナギサだけみたいだ。このままこの船に残る方が危ないし、そのほうが他のお客さんにも危険が及ぶ」
「……あ………私がいるほうが……他の人も危ない、てこと……だよね?」
――どうやらナギサ自身も勘づいてしまったらしい。凄く落ち込んだ表情で、途切れ途切れに言う彼女に対して、エルガは申し訳なさそうに、言いづらそうにしながらも頷いた。
「まぁ、そうなる。でも安心して、俺がそばにいる」
そう言って、エルガは彼女に向かって手を差しのばした。その手を見て、ナギサはエルガを見上げて首を傾げる。
「行こう。安全な所まで送り届ける」
微笑みを浮かべながら言うエルガをじっと見つめ、ナギサはもう一度彼の手を見て頷き、その手を掴んだ。
「………」
エルガに引っ張られながら飛行艇の中を駆け出す彼女は、どこか沈んだ表情で足下を眺めている。不安なのか、それとも――彼女のことを気に掛けながらも、しかし元気づける暇はなかった。
「……っ! 止まって!」
広くない船内を走り抜けていたエルガ達だが、何かに気づいた彼が足を止め、ナギサを下がらせる。短槍を構えたまま前に進み出た。周囲には隠れられそうな所はない――ぐっと槍を握る手に力を込めた。
「ど、どうしたの……?」
戦える体勢を取った彼にナギサは恐る恐る問いかけた時、前方の曲がり角から武装をした人物が二人ほど姿を見せた。鎧を着込み、その手には剣が握られている。武装した状態で待ち構えていた二人を見て、エルガは槍の切っ先を向けた。それに呼応するかのように、二人も剣を構えて、
「……まさか副長の読み通り来るとは……」
「槍を引け、少年。我々の目的はその少女だけだ」
一人は驚きを見せながら、もう一人はこちらを諭すような口調で口を開いた。背後にいるナギサに気を配りながら、しかしエルガは一歩も引かずに二人を睨み付ける。
「断る。どこの空賊かは知らないけれど、目の前で女の子がさらわれそうになっているのを見捨てられるか!」
「くっ……どうせその少女とは今日出会った仲だろうが! そこまでする義理があるのか!?」
槍を引けといった男が、剣を突きつけて反論する。確かにさっき出会ったばかりの少女に、空賊と戦うなどと言う危険を犯してまで助けようとする義理はないだろう。だが――
「この状況で、彼女は逃げたい、って言ったんだ」
――助けて、なんて一言も言っていないけれど。自分のお節介でしかないけれども。それでも――
「だったら、遊撃士の名において、その要望に答えるまでだ!」
「っ! 遊撃士だと……!」
「くそ、そういうことか……!」
驚愕し、しかし納得したように忌々しげに舌打ちをする二人は、剣を構えてこちらに突っ込んできた。相手が遊撃士だと知って、彼女を引き渡すようなことはしないと悟ったのだろう。――支える篭手の原則は、民間人の安全と保護なのだから。
「はぁっ!」
突っ込んできた二人を迎撃するかのように、エルガは鋭い突きを繰り出した。狭い通路で左右に幅はなく、短槍とはいえ剣よりはリーチがあるエルガが有利に思える。だが、彼はすでに知っていた。目の前の二人は、先程倒した四人よりも強いと。
「はっ!」
突き出した槍は呆気なく弾かれる。それどころかさらに間合いを詰めてきた。――長柄武器はリーチがある代わりに、懐に飛び込まれると不利になる。さらにもう一人は、男からやや距離を取って背後に回っていた。
狭い場所故に、二対一には持ち込めないのだ。彼にとっては僥倖だった。手強いとは言っても、一対一ならば――
「―――っ!」
エルガはさらに一歩踏み込み、槍を突き出した状態で槍を半回転させた。穂先がヒュンと跳ね上がり、それに連動して石突きが下方から跳ね上がってきた。
「なっ――がっ!?」
跳ね上がった石突きは一人目の男の顎を打ち据えた。大きく体を仰け反らせ、意識を奪った彼の背後から、二人目の男が現れ――剣が振り下ろされる。
「くっ……!」
咄嗟に目の前で槍を構え、柄で振り下ろされた剣を受け止める。そのまま力で押し切ろうとする力に抗い、鍔迫り合いの状態となった。
「なんだお前の槍術は! 槍ってのは突くものじゃねぇのか!?」
「我流だからな! 文句なら師匠に言ってくれ!!」
跳ね上がった石突きによる攻撃を見ていたのだろう、賞賛とも文句とも取れることを言ってくる。先程の男はあっさり倒せたが、それも石突きによる打撃を、下方という死角から撃ち込む奇襲に近い攻撃のためだ。それを見られたとなっては、通用しないだろう。
相手の力に抗おうとしているが、生憎少年と成人男性の筋力では差があった。抵抗しきれずに徐々に押し込まれていく。これ以上はもう持たない、とエルガは悟ると右足を相手の腹部に叩き込み、強引に引かせた。
「がっ!? おま……!?」
「―――っ」
距離が空いた途端、エルガは槍を構えて突進する。腹部に蹴りを入れられ、怯んだ男はそれに対する反応が大きく遅れるも、真っ正面からの突進突きを、体をねじって何とか避けた。
――だがぎりぎりで避けるというのは悪手だった。師から教わった槍術は基本的に多段構え。一撃目を外しても、すぐに二撃目に繋げる。
「せいっ!」
「なっ!? がはっ!」
突き出された突進突きが、急速に切り上げへと繋がり、そして槍を持ち替え石突きで相手の腹部を強打する。その衝撃で壁に叩き付けられた相手は、当然ながら気を失っている。
「――はぁ……」
相手が立ち上がらないと言うことを確認したエルガは、槍を振るった体勢から残心を解き、息を吐き出した。これで何とか――振るった槍を収め、彼は後ろで自分を見ているナギサへと振り返る。
最初はエルガの戦いに目を丸くしていた彼女は、あまり驚かなくなっていた。だが慣れたというわけではないのだろう、難しそうな表情をして床に倒れた空賊とエルガを見やっている。
「……その、殺したの?」
「まさか」
心外だ、と言わんばかりに表情をしかめてエルガは苦言を呈す。
「状況はわからんが、こいつ等もただの悪党というわけではなさそうだから。てか例え相手が悪党でも命は取らないさ」
銃も空砲で脅すのみで、乗客を人質に取る気配もない。さらには、”金品を奪った様子もない”のだ。ただの空賊にしてはずいぶんと大人しいのだ。一体どこの空賊なのか。
――最近遊撃士の間でも名前が挙がるようになってきた――
そこまで思い至り、エルガは首を振る。そのあたりを考えるのは後でも出来るし、今は彼女の安全確保が優先だ。幸いにも、彼女をつれてこの飛行艇から離れれば、それだけで空賊が手を引く可能性が高い。
「早く行くぞ。脱出艇までもうすぐだ」
言葉通り、脱出艇が置かれている所までは一直線だった。階段を下りきると、そこには格納スペースがあり、複数の脱出艇が鎮座している。丸みを帯びた箱のような形をしているこの脱出艇は、空を飛ぶ飛行艇とは異なり高度を上げることや旋回などは出来ず、基本落ちていく――滑空することしか出来ない。
正直この脱出艇を使うのは初めてのことだが――まぁ基本大多数の人が初めて使うことだろう。至る所に貼り付けられている使用方法などをざっと見ながら、これからの動きを考えていく。
「――脱出艇に乗り込んで、中からハッチを開けられるのか……」
どうやって脱出艇を大空に投下するのだろうかと思っていたエルガだが、脱出艇側からハッチを開けられるらしい。ホッと息を吐き出し、エルガは手短にあった脱出艇に乗り込もうとして、ナギサから声をかけられた。
「……ねぇ、帝国の飛行艇って、こういう脱出用のものとか、普通に積んでいたりするの?」
「割と最近は、そういうのが広まっているらしい。流石ラインフォルト社というべきか……。ていうか、なかったらパラシュート付けてスカイダイビングだ」
「………脱出艇があって良かった……」
エルガの言葉に、大空を舞う自分たちを想像したのか、表情を青ざめさせている。そんな彼女に苦笑しつつ、脱出艇の扉を開けて中に入ろうとして。
「残念だが、それが空に落ちることはない」
「っ!? 誰だ!」
驚き、エルガは声を張り上げた。驚いたのはナギサもだが、数秒後にエルガが気づいていなかったことに思い当たり、さらに驚愕する。道中で教えて貰ったが、彼は”気配”なるものが読めるそうで、人が近づいてくることや、その状況が何となく分かるらしい。
これまで彼が、空賊が来ることを事前に把握できていたのはこれによるものだ。その彼が、声をかけられるまで気づかなかったということは――
「脱出艇の投下用ハッチは、こちら側でもロックを掛けられる。さぁ、その少女……ナギサをこちらに渡して貰おう。そうすれば少年、君が仲間を倒したことは大目に見よう。……幸い、手加減してくれたようだしな」
暗がりから現れたのは、顔の上半分を覆う仮面を付けた、金髪の男。エルガよりも三、四歳は上だろうか。男は空賊とおそろいの鎧に、左手には小型の盾を持ち、右手には剣を握りしめていた。その剣の切っ先をこちらに向けながら伝えてくる。
「…………」
――それと同時に、エルガは感じ取った。目の前の男から感じる、圧倒的な力を。むしろなぜ今まで気づかなかったのか、と問い詰めたいほどに強く練られた気。おそらく気配を殺していたために気づかなかったのだろうが――しかし。
「……あんた何者だよ。何で彼女をさらおうとする」
――下手をしたら、”師匠に匹敵する強さ”を持っている。そう感じ取った彼は、冷や汗が流れるのを自覚しながらも問いかけた。対する仮面の男は微動だにせず、
「ただの空賊だ。空賊が何かを奪うのに、理由がいるか?」
「……そうか」
彼の返答に、エルガは短槍を手に取った。槍の切っ先を男に向けながら、ナギサの方を見ずに口を開く。
「何とかしてハッチのロックを解除するんだ。ロックを解除したら、君だけでも脱出しろ」
「え? え、エルガは……?」
「こいつを何とか押さえとく。俺のことは気にするな」
「ちょ、エルガ……っ!?」
言いたいことだけを言いきった後、エルガは男に向かって駆け出した。師匠と互角と思われる力量を持った相手――だが、こちらの技は初見のはず――ならば。
「はあぁぁっ!!」
竜牙槍――突進の勢いのままに槍を突き出す突進突き。しかしそれは、男が左手に持っている盾で穂先を防がれる。
「――むっ」
だが驚きの声を漏らし、男は一歩引き下がる。思いの外突進突きの威力があったのか、防いだは良いが左腕が大きく弾かれる。その隙に、エルガ二撃目に繋げようとして。
「っ!?」
「――なるほど、最初の突きは捨て技かと思っていたが……」
――突進突きが“最初の突き”ということをなぜ知っている。おまけに二撃目のなぎ払いは、右手の剣で呆気なく防がれている。というよりも、”初動を止められた”というのが正しいか。技が出始める最初の動き――それを止められたとあってはどうしようもない。
相手が驚いたのは、初撃の突進突きの威力だろう。思った異常に威力があった驚きから漏れた言葉か。ともあれ、弾いた左腕の盾がこちらを向き、エルガに迫ってくる。
「っ!」
槍を引き戻しつつ後ろに飛びのき、盾による打撃を回避した。だがすぐさま頭上から剣が振り下ろされ、槍を振るい刀身と穂先がぶつかり合う。
「――はっ」
互いの槍と剣が弾かれ、何度も甲高い金属音を響かせながらエルガはさらに後退し、男は逆に距離を詰めてくる。このままではまずいと、なぎ払いと突きを織り交ぜながら相手の剣をさばいていくが、前に踏み込むことが出来ない。
(……距離を取れないっ!)
自分の間合いを維持できず、エルガは押し込まれていく。次々と振るわれる剣や、時折叩き込まれる盾による打撃を防ぎきれず、徐々に傷を負っていった。
「くっ……!」
「――――」
歯を噛みしめながらも相手の攻勢に耐えていくが、仮面の男は淡々と追い詰めていく。その剣の冴え、鋭さ、ともに一流の域にあるだろう。――というよりも。
「っ!」
突き出された剣を受け止め損ね、脇腹を薄く切られた。だが逆に、こちらが繰り出す一撃はどれも寸前で防がれてしまう。ただ突く、ただなぎ払うだけではく、槍を回転させて放つ石突きや、穂先と石突きによる連撃までもが。――まるでこちらの攻撃を見切っているかのように。
『最初の突きは捨て技かと思ったが――』
「………っ」
まさかとは思うが――嫌な予感は、徐々に確信に至っていく。相手の斬撃を防いだ時、エルガはたまらず叫んだ。
「あんた、まさか俺の動きを”先読み”して……!」
「――ほう、鋭いじゃないか」
男の口元が緩む。その間にも、槍を、時には体を回転させて次々と繰り出す突きや薙ぎ払い、石突きを難なく捌き、逆にこちらを脱出艇から遠ざけていく。
――師匠から聞いた覚えがある。武術におけるある領域にまで至ったものは、相手の初動や微かな動き、重心などから次の動きを先読みできる、と。
こちらの連撃の隙をつき、男の一刀がこちらの槍を受け止め、それとほぼ同時に左手の盾でこちらを押しやる。ようやく男と距離が取れたが、すでにエルガの体にはいくつもの切り傷を負っていた。――ついでに言えば、脱出艇は愚か、解放するためのハッチまでの距離も大分離れている。
「しかし中々面白い槍術だな。……槍だけではなく、いくつかの武具の動きを独自に取り入れている」
「……っ!」
距離を取り、お互いの動きが一時的に止まる。その時に仮面の男はそこまで読み取っていたのか、そう指摘してくる。
「槍に棒術、双刃剣(ダブルセイバー)あたりか。まだ他にもありそうだが……しかし、誰から教わったのか気になるところではある」
チャキ、と剣の切っ先をこちらに向けてくる。ここで師匠の名前を出すべきか一瞬悩み、結局口にはせずに槍の穂先を彼に向けた。脱出艇の位置は、男の背後。おそらく解放用のハッチも、その奥にあることだろう。彼女がいるとしたら、多分その当たりだろうか。
――これ以上まともに戦っても、正直勝ち目はない。ナギサだけでも逃がすためには――槍を握る手に力を込めたとき、仮面の男の背後から、光が灯った。
「なっ……」
「なんだ?」
二人の立ち位置の関係上、エルガが先に気づき、男もそこで気づいて振り返り――男の足下に、星が描かれた陣が浮かび上がり、光が立ち上った。
「エルガ! 早く!!」
「っ!」
そして聞こえる少女の叫び声――ナギサの声に、エルガは光源目掛けて駆け出した。声がした方を見ると、ナギサの体から薄い光が漏れだしている。これは一体――
「くっ……! これは……!?」
ちらりと振り返ると、仮面の男は陣の上で立ち尽くしている。体が小刻みに震えており、動かない――ではなく、動けずにいた。原理はわからないが、拘束しているのか――突然の出来事に目を見開き、驚きを露わにするエルガは、呻くような擦れ声を耳にする。
「うっ……!? エルガ、早く……っ! この人……っ……強い……っ!!」
ナギサもナギサで、苦しそうな声を出している。途切れ途切れに聞こえる言葉から推測するに、おそらく仮面の男を長く拘束することは出来ないのだろう。
「どういうことかわかんないけど、とにかく……!!」
彼女は脱出艇のすぐ側で、人差し指と中指を伸ばし、自身の顔の前で構えていた。その間も、ナギサの体からは光が溢れ――苦しそうに表情をしかめている。その側まで駆け寄ったエルガは、慌てて周囲を見渡し、脱出艇のすぐ側にあった表示板に目を向ける。ロック解除の文字――
どうやら無事ロックを解除できたらしい。エルガはホッと息を吐き出して、
「ナギサ!」
「っ!?」
目を瞑り、必死に何かに耐えている様子の彼女を掴み、脱出艇に連れ込んだ。それと同時に、ナギサから放たれていた光が消え、男の足下にあった陣がすうっと消えていく。大きくたたらを踏んだ男は、動けるようになったのか脱出艇の方へと向き直り。
「くっ……!!」
それまで余裕を崩さなかった男が、初めて狼狽を露わにする。だがもう遅く――飛行艇に積まれていた脱出艇を投下するハッチが解放され、そこから突風が吹き込んでくる。
――本来ここは飛行艇の中。地上からはるか上空にいるのだ。ハッチ開放によって流れ込んだ吹き荒れる突風に耐えるため、仮面の男は剣を床に突き刺し、体を安定させようとする。
「………やってくれたな……」
苦々しげに男は呟く。その視線の先には、二人を乗せた脱出艇が地上に向かって投下される瞬間だった。
「―――――」
吹き荒れる風は、男が最後に呟く言葉をかき消した。その時仮面の男がどんな表情をしていたのか、おそらく本人を含めて誰もわからなかっただろう。
――はるか上空から投下された脱出艇が、帝都近郊の街道に不時着したことを知るのは、その後のことである。
登場したクラフトのざっくりとした解説
・龍牙槍
貫き、なぎ払う龍の牙
威力B×2 単体 CP35
備考 二回攻撃、ディレイが通常攻撃と同じ
威力高くディレイ短いけど単体、追加効果無しの脳筋クラフト。ナギサちゃんが使ったクラフトっぽい物はまだ内緒と言うことで、どうか一つ。