アニーの実家兼レストランで一夜を過ごした翌日。二人は早朝から彼女の伯父が作ってくれた朝食を食べた後、そのまま遊撃士協会へ足を運んだ。道中アニーの様子が若干おかしかったりしてエルガは首を傾げたが、特に気にせずに普段通り接していた。
「……エルガ君って……天然? ジゴロ? ……ともかく、唐変木なのは間違いないよね……」
「一体何の話をしているのさ……」
しょっちゅう視線を感じ、そちらを振り向くと頬を赤らめたアニーと目が合うこと数回。何かを悟ったのか、彼女はジトッとした目つきでエルガのことをそう評した。唐突に言われた彼は意味が分からず、呆れた表情で呟くのみ。
「だって昨日の夜、あんなことを言うんだもん。慣れているのかなぁ、なんて思っていたら、普段通りの態度だし……。変に意識していた分、ちょっと肩すかし喰らった気分」
頬を膨らませて拗ねるようにエルガを非難する彼女。昨日の夜と言えば、彼女の悩み――ここ最近の不調の原因である、過去のトラウマを話してくれたことか。確かに相談に乗ってアドバイスらしきことは口に出したが、そんなに変なことを言っただろうか?
「別に普通のことだと思うけれど……」
「……あんな恥ずかしい台詞をサラッと、しかも真面目な顔で言えちゃう時点でもう……」
昨日のことを思い出したのか、元から赤らめていた頬をさらに紅潮させ、エルガから視線を逸らした。両手で頬を押さえ、緩みそうになる顔を必死になって隠している。やがてぽつりぽつりと、恨み言を口に出すかのように吐き出すのだった。
「女の子の純情を弄ぶのは良くないと思うよ……?」
「………女の、子?」
よく分からないが、エルガはそこに反応した。それがアニー自身のことを指しているのは何となく分かったが、別にアニーの心を弄んだつもりは一切ない。それに――貴方、“女の子”って歳でしたっけ?
いや、確か自分の三つ上の19歳でギリギリ十代だから、ギリギリ”女の子”か。しかしそれぐらいの歳になると羞恥心の方が強いのでは? エルガは訝しむ。するとそんなこと口には出していないはずなのに、アニーはにっこりと怒りの笑顔を浮かべて、
「それ以上考えたら『ダイヤモンド・ノヴァ』ぶっ放すよ?」
「ヤダナァ、ナニモカンガエテナイヨ」
「その片言は何?」
ダイヤモンド・ノヴァ――水属性アーツの中でも最高位のアーツである。まともに食らったら凍り付くこと間違いなしだ。そんなものを喰らいたくないのか、真顔で即答するエルガであった。
今もなお恨みがましそうにエルガを睨むアニーだが、やがてため息をついて足下に視線を落とした。石材で舗装された歩道を見ながら、
「……寄りにも寄って年下にときめかされちゃうとか……お姉さん、エルガ君の数年後が心配だよ……」
「な、なぜ?」
急に数年後を心配された彼は、訳が分からんとばかりに首を傾げるのだった。
「あ、おはようございます、アニーさん。それにエルガも、おはよう」
遊撃士協会に到着して扉を開けると、真っ先にこちらに気づいたナギサが近寄ってきて朝の挨拶をしてくれた。以前の地下道探索の時と同様、長めの黒髪をポニーテールにまとめた彼女を見ながら、二人も挨拶を返す。
「あぁ、おはようナギサ」
「う、うん。おはよう、ナギサちゃん」
エルガは普段通りに、アニーはどこかよそよそしく挨拶をする。実家の手伝いの影響か、挨拶をするさいは笑顔を浮かべる彼女にしては珍しく、どこか後ろめたそうな苦笑いを浮かべていた。
「……?」
ナギサもそのことに気づいたのか、不思議そうに首を傾げている。エルガはそんな彼女を見ながら首を傾げて、
「……どうした? そんなナギサに遠慮するような顔をして」
「え、遠慮はしてないよ!? 遠慮はしてないけど、その……」
――き、気まずいなぁ、って――流石にその言葉は口には出さず、寸前で飲み込んだ。何が気まずいのか、それには気づいている。
ナギサの態度と視線を観察していれば、ある人物を常に目で追っていることに気づくだろう。彼女自身はまだ自覚していないかも知れないが――それを差し引いたとしても、気まずい理由はそのことであった。
――多分、今の自分が隣にいる少年に向けている感情に近しいものであるだろうから。
あははは、と苦笑いを浮かべて誤魔化す彼女を、少年少女は不思議そうに首を傾げて見やっていた。一方受付の席で彼らを眺めていたダーゼフは、細目でじっと彼らを、特にアニーを見やっている。ちなみにその側にはサラ達もいたが、先輩方は先輩方で話し合っているようで声をかけられる雰囲気ではなかった。
「……ふむ、どうやら復活したようですね、アニー君」
「え、えぇ。すみません、色々と心配をおかけしまして……」
「……私は、別の心配事がいま産まれたんですがね……」
「別の……?」
神妙な眼差しでアニーとエルガを交互に見やるダーゼフ。好々爺の真剣な眼差しにアニーはきょとんとした表情で首を傾げた。
「エルガ、昨日の夜、アニー君を家まで送っていきましたよね?」
「うん。……ていうか送っていけって言ったの、ダーゼフさんじゃないか」
「ですがあの後、協会に戻ってきませんでしたよね? あぁ、別にそのことは責めるつもりはないんですが」
責めるつもりはないと言いつつ、どこか圧を感じるエルガ。怒っているわけではなさそうだが、この圧を何度か味わったことがある彼は、頬を引きつらせて必死に言葉を探し始めた。
責めるつもりはない、怒っているわけではない――その言葉、その様子に嘘はない。少なくとも、“今は”まだ。つまりエルガの発言一つで、あっさりと彼の怒りのスイッチを入れてしまいかねないのだ。
現に過去何度か、彼のその手法に騙されたことがある。――情操教育がどうのこうの、と。
(な、何だ? 俺はダーゼフさんの怒りを買うようなことをしてしまったのか……!?)
「すみません、伯父がもう夜も遅いし、泊まって行けって言いまして」
二人の会話に割り込むように、アニーが申し訳なさそうな声音で助け船を出してくれた。彼女の援護射撃を受けながら、エルガはうんうんと頷いている。
「……その時、エルガは何かしましたか?」
「えっと……少し情け無いんですが、私の相談に乗って貰いまして。おかげさまで、少しは復調しました」
恥ずかしいのか、もじもじと頬を赤らめながら報告するアニー。彼女の調子が戻っていることは彼女の顔を見て察したのだが、人生経験豊富な好々爺は、それ以外のこともすぐさま察してしまったのだ。
だが前者はともかく、後者に関しては杞憂で終わるかも知れない、とやや希望的観測を得たのか、どこかホッとした表情で頷いている。
「そうですか、それは何より。……アニー君の相談に乗るとは、エルガも少しは成長しましたね」
「ま、まぁ……俺もいつまでもガキじゃないし」
ダーゼフから感じる圧が薄くなったことにホッとし、安堵の息を吐き出すエルガ。
「それで、一体どんなアドバイスをしたんですか?」
「え!? あ、それは、その……」
アニーが慌てるものの、安堵したエルガはそれに気づかず、ダーゼフの問いかけに真面目に答えたのだった。
「『今回の一件を乗り越えることで、過去のトラウマを乗り越えて、止まったままの時間を動かそうよ。俺も協力する』的なことを、手を繋ぎながら言っ――たぁ!!!?」
昨日言った言葉を長めの一言にまとめて伝えたのだが、最後まで言い切る前にダーゼフの拳がエルガの頭上に落ちてきた。どれほどの力がこもっていたのか、彼の視界に星が生まれ、溜まらず頭を押さえてしゃがみ込んだ。
「お、お前という奴は……っ!!」
プルプルと拳を握りしめながらエルガを睨むダーゼフ。アニーは昨日の一件のことを思い出したのか、頬を赤らめて俯き、側で聞き耳を立てていた野次馬達(主に先輩遊撃士達)は「まるで口説いているみたいだなぁ」といった感想を抱いていた。
「アニー君、この馬鹿の情操教育がなってなくて本当に申し訳ない。この馬鹿が言った言葉に他意はなく、純粋に君のことを案じて――いや、だからこそ質が悪いのだがね!? とにかく、そういう意味で言ったわけではないのだということはわかってほしい!」
「だ、大丈夫です、ちゃんと分かっていますから。……その、ちょっとドキッとさせられたぐらいで……」
「アニー、自爆しているわよ……」
ぶんぶんと体の前で手を振りつつも、最後に付け加えた一言が決め手となった。騒ぎを聞きつけたサラの呆れ混じりの指摘にアニーは悶絶する。
「エルガ、正座」
「……はい」
にっこりと良い笑顔を浮かべながら怒気を放つダーゼフに、エルガは逆らうことなく従った。受付前で正座する彼に向けられる視線は、哀れみと自業自得だと蔑むものが大半だった。
「……ふーん。やっぱりエルガも、アニーさんみたいな綺麗なお姉さんが良いんだ?」
「な、ナギサ?」
すぐ側で一部始終を見ていたナギサが不機嫌そうなジト目を向けてくるのが地味に辛かった。正座をしているため、今は彼女の方が上から目線になるのも拍車をかけている。
「この前救ってあげる、とか言っていたけれど。もしかしてギルドの仕事で出会った依頼人全員に言っていたりするの?」
「いや、流石にそれはない……と、思う……ていうかナギサ、怒ってる? 怒ってるよな?」
「怒ってないよ」
「いや、けど――」
「お こ っ て な い よ」
「……はい」
――怒ってるじゃん、とは流石に言えなかった。その後ダーゼフからの説教が始まり、またナギサとの会話のせいで余罪を追及される羽目になった。ちなみに彼は、最後まで怒られる理由を把握することは出来なかった。
もっと自分の発言に気をつけろだの、他人を誤解させるような物言いはするなだの、人の心というものをもっと勉強しろだの、そんなことを言われるのだった。――解せぬ、自分はただ、本心を真っ直ぐに伝えているだけなのに。言いようのない理不尽を感じるのだった。
「……それで、これは一体どういう状況なんだ?」
サリスを連れて、朝から遊撃士協会に顔を出したレオンは、受付前で繰り広げられるダーゼフの説教と、正座しながらそれを受けるエルガの構図を見て、困惑を隠せずに説明を求めるのだった。
「さて、じゃあお仕事を始めましょうか。しっかりやりなさいよ、エルガ」
「……はい」
それから数時間後。場所を遊撃士協会からネイリ一家の拠点まで移し、説教から解放されすっかり疲労困憊したエルガに声をかけるサラは、彼の様子に苦笑する。肩を下ろし、いかにも疲れていると言った彼だが、その彼をジトッとした目で睨むナギサがいる以上、その疲れは治りそうにないだろう。
「けれど良いんですか? もう一度ネイリ一家の拠点を調べる、なんてことで」
そんな彼に、意識的に視線を向けないようにしているアニーは、レオンとサラにそう問いかける。彼女は前回の調査の時不参加だったのだが、自身とナギサ以外はすでに見ているはずだ。
それに前回気になる情報を得たはずだ。ネイリ一家の組長であるネシード・ネイリが行方不明であり、今日はそちらの捜索を行うことになっている。首を傾げる彼女に、レオンはあぁと頷いて、
「今日はナギサの嬢ちゃんも一緒だからな。……嬢ちゃんなら、現場を見れば何か分かることでもあるんじゃねぇかと。地下道の時もそうだったろ?」
「それは、まぁ……確かに」
彼の説明にアニーは納得しコクンと頷いた。あのときも半ば手詰まりに近い状況だったのに、彼女を連れて行った途端一気に解決まで持って行けたのだ。
ちなみにその後の地下道だが、今のところ魔獣の大きな唸り声が聞こえるなどと言ったことはないみたいだ。人手不足なため頻繁に行われないが、遊撃士達が地下道の見回りをしているため、一安心と行ったところである。
「…………」
「地下道の時、ねぇ……」
早速何かを感じたのか、ナギサはネイリ一家の拠点になっている建物の前でキョロキョロと視線を彷徨わせている。朝の一幕の後、彼女の方から調査に協力させてくれと申し出を受けたときは、どう反対しようかと思ったが、前例がある以上、無下にも出来ない。
ブレイツロックの初代党首、フガル・スミットウェールが動いたおかげで彼女が狙われることは”一応”なくなったが、それでも民間人に協力してもらうということ事態があまり宜しくない。
――それに、彼女を狙う勢力が全て消えたわけでもない。未だ姿を見せない空賊団もいるのだ。彼らの懸念は尽きない。
「…………」
建物の周囲をキョロキョロと見渡していたナギサは、その建物に取り付けられている壊れたドアに注視する。そのドアの向こう側がネイリ一家の拠点であり、また先日例の空賊団の副団長によって破壊されたドアである。
「……あのときの、仮面の人……襲われたんだ」
「……襲われた?」
「――――」
破壊され、役割を果たしていないドアを注視しながらナギサはポツリと呟いた。襲われたという彼女の言葉に、エルガは驚きに首を傾げる。
「うん。ドアを開けてちょっと言葉を交わしたら……いきなり襲われたみたい。それで……あっという間に返り討ちにした」
「……確かに何かいざこざは起こっていたみたいだったけれど……」
サラは眉根を寄せて首を振る。彼女とトヴァルが副団長と名乗ったネモを見つけたのは、ネイリ一家に向かう途中だったのだ。彼との交戦後、改めてネイリ一家の拠点へ赴いて初めて惨状を把握出来たため、ネイリ一家と空賊団の間で何が起こったのかまでは分からない。
ただ、現在入院している組員は、口々に「急に襲いかかってきた」と言っていたので、空賊団の方から何らかの事情で襲撃したと考えていたが、今の彼女の発言にサラとエルガは、何か食い違っていると互いに顔を見合わせる。
「……ふん」
ただ一人、レオンのみ鼻を鳴らして口を開いた。
「悪評高いネイリ一家だ。どうせ連中の方から突っかかっていって返り討ちに遭ったから、そう言っているだけだろ」
「……”メンツ”ですね」
彼の言葉に、アニーが真剣な表情を浮かべて断言した。仮にレオンの言うとおりだったとしたら、ネイリ一家のメンツは丸つぶれになる。何せ手を出した方がやられたのだから、情け無いことこの上ない。――メンツを保つために、向こうが先に手を出してきたと言っているのだろう。
連中の考えそうなことだ、とレオンはため息をつく。
「その行為が、一番メンツを保てていないと言うことになぜ気づかない。だからいつまで経っても三下なんだ」
「悪評高いというより、酷評高いですね、それ」
エルガは苦笑しつつそう突っ込んだ。少なくともレオンからすれば、そういったことを思い浮かべてしまうぐらい彼らに対する評価は低いらしい。――それも仕方のないことだろう、レオンの性格を考えると、ネイリ一家の行いに対し好印象を抱かないはずだ。
他の三人が納得したように頷く中、一人建物の近くにいたナギサが振り返り、レオンに向かって問いかけた。
「レオンさん、建物の中って入れますか?」
「あぁ、入れるが……中を覗いてみるのか?」
「………」
こくりと頷いたナギサに、エルガ達も頷いて建物の中へと足を踏み入れる。壊れたドアをくぐり抜け、銃痕や剣閃が走った跡が残る壁を見渡していく。しかしそれだけ――この部屋にあったであろう家具や照明などと言った調度品が、綺麗さっぱりなくなっていた。
「……家具は全部、彼らが?」
「あぁ、連中が持って行っただろうな」
昨日この場所で出会ったビッグスロープを名乗る清掃業者。その実体は、ブレイツロック傘下のヤクザ組であった彼らは、「空き屋対応」と言って中にあったもの全部回収していったのだ。
「……………」
エルガは一人、壁に走る複数の斬痕のうちの一つをじっと見やっていた。その他の斬痕は、あくまでひっかいた、もしくは先端が突き刺さったと思われるだけの小さく浅いものだ。しかしそれだけは少々異なっており、異様に深く切り込まれていた。
(……なんていう腕前だ……)
これが襲撃者――ネモと名乗る仮面の男が付けた傷だ。それ以外には考えられなかった。彼と一度戦ったエルガは、その力量をある程度把握している。――ある意味”芸術品”とまで賞賛できるその傷跡を残せるのは、彼を除けば師匠かあの”御仁”ぐらいのものだ。
「……すれ違って……斬りつけて…………吹き飛ばした……」
「……ナギサ?」
「――な、なに?」
部屋の中央で俯き、ぶつぶつと何かを呟いているナギサに気づいたエルガは、眉根を寄せて彼女の名前を呼ぶ。ワンテンポ遅れてハッと我に返った彼女は慌てて彼の方へ視線を向けた。――見間違いでなければ、彼女の瞳が一瞬淡く光り輝いていたような気がする。それに顔色が悪そうだ。
「いや、大丈夫? 様子がおかしいというか……冷や汗かいてるぞ?」
「だ、大丈――」
「ナギサ!?」
大丈夫、と全部言い切る前にふらりと彼女の体が揺れ、倒れそうになった彼女を慌てて支えてやる。――相変わらず軽い体が、冷たく感じた。
「お前、本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫……ちょっと目眩起こしただけだから」
「目眩を起こした時点で大丈夫とは言わん! ったく」
「むぎゅっ」
エルガに寄り掛かった彼女を背負い上げたエルガは、心配そうにこちらを見やっていたみんなに声をかける。
「来たばかりだけれど、ちょっと出よう」
「……あぁ」
彼の背中におぶされた彼女を心配半分、疑念半分で見やりながらも、レオンは頷いてネイリ一家の拠点を跡にする。彼の背中におぶされたナギサは、まるで目を休めるかのようにきつく瞳を閉じていた。――一体彼女は、何を見えていたというのだろうか。
――もしここで拠点から出ずに探索を続け、二階の“光景”をナギサが目にしていたら――ネシードの行方を追うことが出来、またある“確証”を得られたかも知れなかった。
~~~~~
――目が焼けるように痛い。自発的に”視る”といつもこうだ。おぶられたエルガの背中のぬくもりを感じながら、酷使した瞳を休めていた。
(……気は休まらないけれど……)
なぜかは分からないが、先程から妙に緊張している。その証拠に、心臓の高鳴りが収まらない。すでにエルガには抱きかかえられた――肩に担がれる形だが――ことがあるため、それほど緊張するはずはないのだが。
「……とりあえずここで良いだろう」
「わかった。ナギサ、下ろすよ」
「う、うん」
休憩できそうな場所を見つけたのか、レオンの提案にエルガが声をかけてくれ、また優しくどこかに座らせてくれる様子が伝わって来た。――ここは、どこかのベンチだろうか。
「……ぅ……ここは?」
閉ざしていた瞳をうっすらと開けると、一瞬鋭い痛みが走る。だがすぐに引いたため、薄めの中でぼんやりと見える光景を見ながらエルガに問いかけた。
「帝都駅近くの公園だよ。あそこからわりと近い場所だったからな」
「……でもレオンさんは大丈夫なんですか? その……帝都駅は以前……」
エルガの隣にいるアニーが、心配そうな表情と声音でレオンへと視線を向ける。――以前というのは、ここで狙撃されかけたことを指していた。ナギサは気づけなかったが、会話に参加していないサラも同じ懸念を持っているのか、周囲を警戒している。
「何とかなるだろ。優秀な護衛がついている」
肩をすくめ、気にしていないと言わんばかりにエルガとサラを見やる彼に、はぁっとため息をついたサラは苦言を呈した。
「信用してくれるのはありがたいですけど、だからといって危険な場所に赴くのはやめません?」
「完全に危険だと分かっていたら、俺もこんな場所には来ない。……”奴”は同じ場所では襲わないからな」
「………?」
レオンの意味深な発言に、一同は首を傾げた。まるで以前の狙撃手を知っているかのような言葉に、エルガは頬をポリポリとかいた。――クロスベルで起こったブレイツロック二代目暗殺事件の犯人と同一人物の可能性があることを考えると、もしかしたらその際に出会っているのかも知れない。
「――それに。警戒している鉄道憲兵隊のお膝元で事を起こすほど馬鹿じゃないだろ」
「……妙に多いとは思っていましたけど」
アニーとサラが意味深な視線を周囲に向ける。ようやく視力が回復してきたナギサも辺りを見渡して眉根を寄せた。――露骨に、というほどではないが、T.M.P所属であることを表す灰色の軍服姿が多く見受けられた。
「おそらく別件でしょうけれど……気になりますね」
「アレじゃない? 軍事訓練。この前そんなこと言っていたじゃない。――どうせその場凌ぎの嘘だったのでしょうけれどっ」
「言いがかりにもほどがないかな……まぁ確かに、うち(遊撃士協会)にもその手の情報がないから疑わしいけれど……」
思案顔になるアニーとは対照的に、サラはフンと鼻を鳴らして答えた。確かに以前クレア少尉がそんなことを言っていたが、多少の嘘っぽさがあったことを思い出す。――それはともかく、どうもサラは鉄道憲兵隊に良い印象を持っていないようだ。
「――多分、我々が来ていたのが原因でしょう」
それぞれがこの状況の原因を口々に推測する中、横手から声をかけられる。一同はそちらを振り向き、レオンは目を見開かせた。
「――マルコにジェイク……それにタシース……っ! お前ら、なぜこんな所に……!」
「兄貴、先日ぶりです」
「お久しぶりです、レオンの兄貴。変わりなさそうでなによりです」
「……お元気そうですね、レオンの旦那」
やってきたその男達――レオンを兄貴と慕うブレイツロック所属のマルコと、レオンと同じぐらいガタイの良い大柄な男が彼に向かって頭を下げて挨拶を行う。マルコは当然として、ガタイの良い男もレオンのことを慕っているのか、見た目と声音とは裏腹に口調は柔らかく親しみが込められていた。
そして――その二人を引き連れて前に立つ、眼鏡をかけ知的な雰囲気を漂わせる男も、二人ほど深くはないがそれでも頭を下げた。
彼らから漂う雰囲気から、ブレイツロックの中でも力のある者達だと推測されるが――そんな人物達から頭を下げられるレオンは本当にただの一般人なのかと疑いたくなる。それに、マルコを除く二人の正体も、サラとアニーの驚きの声からあっさりと判明した。
「ジェイクって……ブレイツの現”若頭”……っ!」
「タシース・フォル……”三代目”がなんでここにっ?」
「―――――」
二人の呟きを聞いていたナギサも、驚きを隠せずに絶句していた。それはエルガも同様である。まさかこんな所で――現ブレイツロックのツートップと対面することになるとは、思ってもいなかったのだからーー
多方向から攻められるエルガ君。こういうとき、本人に自覚がないのが一番悪いのだと思います。
そしてネイリ一家の拠点で何かを見ていたナギサちゃん。彼女が何を見ていたかについては、おそらく次回に語られるでしょう。多分、きっと。
ようやくタクト達と対面した三代目ことタシースさんとその若頭であるジェイクさん。彼らから一体どのような話が聞けるのでしょうか。この日はおそらく、一番長い一日になることでしょう。