ブレイツロック三代目、タシース・フォルは眼鏡を押し上げ、愛嬌のひとかけらもない仏頂面のまま帝都駅に赴いていた理由を語ってくれた。
「例の少女を襲った件と、一昨日のネイリ一家が襲われた件で、鉄道憲兵隊から呼び出しをくらいまして。まぁ、仮にもブレイツの会長が来るとなれば、連中も気を遣うでしょう」
「っ……」
例の少女――ナギサのことだろう。彼女は一瞬息を飲み込んだものの、真剣な眼差しをタシースに向けている。その視線に気づいた彼は、ナギサのことをまじまじと見やった後、何かに納得したように頷く。
「……そこの君が、ナギサさんだね? ……今回はうちの組の者がとんでもないことをした。あの馬鹿共に変わって非礼を詫びよう」
申し訳ありませんでした、とまだ幼い少女に頭を下げるブレイツロック三代目と、その若頭にマルコ。彼らから頭を下げられた彼女は、瞳を瞬かせた後どこか恐縮した様子で首を振る。
「い、いえ……悪いのは、ネイリ一家の人達ですから……」
「そうもいかない。例え阿呆でも、連中はうちの組の者……となれば、党首である私にも責がある」
「三代目」
若頭と呼ばれたジェイクが、下げていた顔を上げ、タシースに呼びかける。彼は頭を下げたまま、視線だけをジェイクに向けて先を促した。
「謝罪するのならば、この場にいなければならない者達が誰一人としていない」
「それはそうだが……」
謝罪の場にいなければならない者――ネイリ一家の者達だ。彼らがいて、彼らに頭を下げさせないと話しにならないと告げるジェイクの言葉に、タシースはしかしと言葉を濁す。だが続く若頭のいさめの言葉に頷かざるを得なかった。
「それに大の男がよってたかって非礼を詫びたところで、少女にとっては怖いだけでしょう。……今は、日を改めるべきかと」
「……わかった。ナギサさんもすまなかったな。いきなり謝られてびっくりしただろう?」
「それは、その……すこしは……」
戸惑いを隠せないナギサは、やや口ごもった後正直に頷くのだった。彼らの様子にレオンは安心した様子でジェイクを見つめている。
「……しっかりタシースを支えているみたいだな」
「えぇ、他ならぬ兄貴からの頼まれごとですし」
穏やかな微笑みを浮かべながら頷くジェイクに、マルコがニッと笑みを浮かべながら彼の肩に腕を回し、我が事のような喜びを露わにするのだった。
「俺の自慢の兄弟分だぜ、レオンの兄貴! スミットウェール物流商会の副会長で、ブレイツの若頭になったんだからな!」
「別に俺一人の力で手に入れたものじゃない。力を貸してくれた連中のおかげで若頭になれたんだ。……もちろん、お前のおかげでもあるんだぞ、マルコ」
「……あぁ、本当にめでたいことだ」
兄弟分の出世を純粋に喜ぶマルコと、謙遜しつつも皆のおかげだと微笑む弟分達に、レオンは微笑ましげに、そして懐かしそうに見やっていた。そしてタシースの方へ視線を向け、肩をすくめて、
「……自慢の弟分達は、役に立ってるか」
「えぇ……私にはもったいないぐらい、出来た子分ですよ」
自慢げに言うレオンに、タシースは口の端を少しだけ上げて、やっと笑みに近い表情を浮かべるのだった。子分達のじゃれ合いを見て、タシースはふと昔のことを思い出していた。自分よりも前に進んでいた、二代目会長と、その隣に立っていたレオンのことを。
「……なんか、ブレイツ組が郷愁に浸っているんだけれど……」
「いや、郷愁に浸っているのはレオンさんとタシースさんだけじゃない? ……正直、そろそろ話を進めて欲しいのですが……」
エルガが困惑しながら呟き、アニーが苦笑いをしつつも苦言を呈する。このままだと話が進みそうにないことを、遊撃士側は肌で感じ取っていた。この雰囲気は、このまま思い出話に突入する勢いだと。
「む、すまない。歳をとると、どうしても思い出話に花が咲いてしまいがちになる」
「兄貴、あんたまだ三十代でしょうに……」
「いや、もう四十手前のはずだ」
「え、そうだっけ? もう充分ジイサンか……」
頬をポリポリとかいて申し訳なさそうな表情をするレオンの背後で、弟分達がやかましい会話を繰り広げていた。その会話は聞こえなかったことにして聞き流すことにして、レオンはタシースの方へ振り返り、
「嬢ちゃんの件とネイリ一家のことで呼び出されたと言っていたな。一体、何を聞かれたのだ?」
「ナギサのお嬢さんに関しては、一体誰がそんなことを命じたのかという確認です。……最も私の方も、ナギサのお嬢さんの一件が耳に入ったのは最近……マルコから聞いたのが初耳のため、わからないと言うほかありませんでしたが……」
ふぅ、とため息混じりに、TMPから何を聞かれたのか話し出したタシース。その現状にレオンは表情をしかめ、遊撃士達は顔を見合わせた。
「それって……ブレイツ傘下の組は、タシースさんに無断で動いているって事?」
「……恥ずかしながら。今の私は、二年前の”棚ぼた”以降、ブレイツ傘下の組を制御し切れていません」
情け無い限りです、と恐縮そうに重い肩を落とす三代目。「二年前の棚ぼた」とは、クロスベルで起こった一件のことだろう。あの一件で二代目は暗殺され、若頭はその地位を追われたのだ。そして成り行きのように、タシースが三代目に就任した。
実力ではなく”運”によって成り上がった――元々レオン達とは異なり“裏方”の方面で活躍していたこともあって――ため、傘下の組長達からも軽んじられている。それが今の結果を生み出してしまったのだ。
「実を言うと私の力が大きく弱まった土地売買の一件も、組員が勝手にやらかしたことでして」
「……そうだったんですか……」
疲れたような表情で呟くタシースに、アニーは憐憫の表情を浮かべる。ブレイツロックの暴走の一件とも言える土地売買――莫大な収入が見込める観光区画や商業区画の土地保有権を帝国政府に売り渡したのはそういう事情だったのか。
「…………」
かつて頼りにしていたタシースの変わりように、レオンは顔を俯かせた。――サリスの存在もあり、彼らを信じて後を任せたのだが――それはまだ早かったのではないかと、今更ながらに後悔が生まれてきた。
「……お嬢さんの一件に関しては、ネイリ一家の者が動いていたという確証は得ているので、彼らから何か聞き出せないかと……」
重くなり始めた空気を変えるように、側で控えていた大柄な男性であるジェイクが口を開く。いくら制御仕切れていないとは言え、ネイリ一家がやらかしていたということはすでに把握しているらしく、タシースもこくりと頷いて、
「先日病院送りにされた連中から話は聞いたのですが……お嬢さんを攫えというのは、ネシードから命じられたと言うことで間違いないそうです」
「やはり奴が黒だったか……ということは……」
ナギサを襲った連中がネイリ一家の組員、という話を聞いたときからもしやとは思っていたが、ここに来てようやく確証が得られた。やはり奴だったか、と瞳を険しくさせるレオンに、マルコは恐る恐る口を開く。
「あー、兄貴? まぁネシードの旦那だってことはわかったんだが……まだ気になることが……」
「気になること?」
恐る恐る口を開いたマルコに向けてサラは首を傾げた。彼女の問いかけにはマルコに変わってジェイクが答えた。
「ネシードが行方不明なんです。それに……ネシードの裏に、”何者か”がいる可能性も……」
「……」
――ジェイクの言葉に、それも充分あり得ると頷き、そしてため息をつくのだった。ネシード一人に”ケジメ”を取らせるのが一番簡単なのだが、そう簡単にはいかないとレオンは確信じみた予感を覚えるのだった。
「……」
ヤクザな大人達が話し合っている最中、ナギサは一人帝都駅の建物を見やっている。流石は帝国の首都駅と言うべきか、建物は大きく、人の出入りが多い。忙しなく行き来する人々を見やりながら、彼女はとあることを思い出していた。
(……そういえば、レオンさんが襲われたこと以外にも何かあったんだっけ。……詳しいことは聞いていないけれど……)
エルガ達が、自分を攫おうとした人達から事情を聞こうとTMPの詰め所に立ち寄ったときのことである。レオンの狙撃後に判明したとある”不祥事”――そのことに関しては「他言無用に、と頼まれたから」と教えてはくれなかった。
その時は何とも思わなかったが、今となっては少々疎外感を感じてしまう。誰にも話さないから、教えてくれても良いのに――と、口に出そうになった。慌てて言葉を飲み込み、ふぅっとため息をついて。
――なるほど、ここからか――
「っ!?」
突然声が聞こえた。以前耳にした男性の声――ハイジャックにあった定期飛行船の中で、最後にあった仮面の男であり、そして先程“ネイリ一家の拠点の中でも聞こえた”声であった。
それらの声が幻聴であると彼女自身理解していた。それはつまり――しかし“今回は”自発的に力を使っていない。何かが引き金となって、勝手に力が発動したのだ。
仄かに青白く光る瞳で周囲を見渡し、声の主を探す。声は頭上から聞こえたはず、と思い上を見上げ――見つけた。
声の主は体が透けていて、向こう側が見えていた。――もちろんそれは声と同様幻覚であり、あくまで影でしかない。今見えている幻影は、過去に起こった出来事なのだとナギサは理解していた。
声の主である仮面の男は、窓枠や通気用の小さな換気口、そして僅かにある出っ張り、それらを足場に文字通り壁にへばりついている。おそらくよじ登ったのだろうが、一体どうやったらあんなことが出来るのか。
――あぁ、ここから“同類”は毒を流し、例の五人を毒殺。……口封じなのだろうな、おそらく――
ダクトの中に手を伸ばしていた彼は、何かを引っ張り出してきた。あれは――香炉だろうか。帝国ではかなり珍しいものだ。それを懐にしまい込み、
――……いや、”同類”が何者かまでは知らん。だが、少なくとも”暗殺”だけならば俺よりも上だろうな――
(……誰かと話している?)
そう言って壁にへばりついていた影は手を離し、すっと飛び降りてきた。それなりに高さがあったはずだが、着地の衝撃など全くない様子である。
話の間から、おそらくもう一人この場にいたのだろう、その人物と話している感じがあった。残念ながらその人物に関しては“情報”がないからか、今の自分でも見えないし聞こえないようだ。
――……ふん、有名な暗殺者という矛盾した奴など、犬にでも喰われてしまえ――
――やかましい――
――しかしわからないことが一つ。幻覚草に、こんな使い方が出来たか……?――
一体どんな会話を繰り広げているのか激しく気になるものの、その会話を聞いていたナギサは目を瞬かせる。
「……あの五人が……毒殺……?」
「え……?」
ぽつりと呟いたその一言に、一同は驚きを露わにさせてナギサを見やった。特にタシースら三人は驚きを露わにさせた後、遊撃士達一同を非難するかのような視線を向けるのだった。
「……レオンさん、まだ年端もいかない少女に、そんな物騒なことを教えるのは……」
「待て、俺はその事実を伝えたことはないぞ。……まさか」
「わ、私達だってありませんよ!?」
レオンは首を振って否定し、三人にならって遊撃士達を見やるも、責任を押しつけて、自分は逃れようとしないで下さいとばかりに声を荒げるアニー。
サラとエルガはその会話には参加せず、ただじっとナギサを見つめるだけである。一方のナギサも、自分の発言と二人の視線から爆弾発言をしてしまったと理解しているのか、困ったような表情を浮かべて頬をポリポリとかいていた。
「その……あの……」
何と言うべきだろうか。サラからは何で知っているの、と疑惑の視線を向けられ、エルガからはちょっとこれはかばえないかな、と諦めにも似た視線を向けられている。
(……話して、良いのかな……)
彼女が抱える”秘密”――以前自身の両親が目の前で亡くなったという事は話したが、その原因になったともいえるこの”眼”のことを。しかし話してしまえば、無関係な彼らを巻きこんでしまうことに――
「――タシースさん、こちらにいらっしゃったのですか。……レオンさん? それにサラさん達まで」
悩むナギサに、無自覚な助け船がやってきた。こちらに気づき、声をかけてきた本人は一同の顔ぶれに一瞬眉根を寄せて不審がった。
「えぇ、お勤めご苦労様、クレア少尉」
「いえ、皆さんもお疲れ様です。……それでタシースさん、あなた方はこんな場所で何をしていらっしゃるんでしょうか?」
サラやアニー達遊撃士には好意的に、タシースやマルコ、ジェイクといったブレイツロック組にはやや冷たさを感じる対応をする彼女に、やっぱり軍人とヤクザの対立はあるんだなぁ、という感想をエルガは抱く。
「先程の話は終わったはずですよ、リーヴェルト少尉。その後我々が、どこで何をしようが、あなた方に咎められる謂われはない。その理由を一々報告する義務もね」
「……えぇ、その通りです」
一方のブレイツ組も、彼女には冷ややかな対応を取る。そういえばレオンも、以前はクレア少尉に敵意というほどではないが、良い関係とは言えない雰囲気を持って接していたことを思い出す。
ブレイツ組とTMP、両者の間に剣呑な空気が流れ始め、ナギサに向けられていた疑惑の矛先が変わったことにホッと息を吐き、そしてより”情報”を集めるために彼女に疑問をぶつけるのだった。
「あの、クレアさん、ですよね? 話は、エルガ達から聞いています」
「えぇ。初めまして……という訳ではありませんが。宜しくお願いしますね、ナギサさん」
尋ねるナギサに、クレアはそっと微笑みを浮かべて頷いた。レオンが襲われたとき、彼らをTMPの車両に乗せて遊撃士協会まで送ったときに挨拶をした、あくまで顔見知り程度ではあるが、彼女の言うとおりこれが初めましてというわけではない。
「あの、変なことを聞くんですが……そこの壁って、よじ登れるものなんですか……?」
『………?』
ナギサの疑問に、一同は困惑顔をする。よじ登る――エルガは彼女が指さした壁面を見やった。窓枠や取っかかり、パイプなどがあるものの、それらを使ってよじ登るのは――出来なくはないが、相当困難なはずだ。
「――――」
わざわざそんなことを問いかけてくることに、クレアは違和感を覚えた。それに先日、三階の窓枠に土がついていたことを思い出し、水色の髪を揺らしてナギサをじっと見やった。一方ナギサは、クレアの全てを見透かすような視線に居心地の悪さを感じ――
「――”その筋”の訓練を積んだ者であれば、不可能ではないでしょう」
「そうですか……。それで、その……ダクトの中に、”お香”のようなものはありませんでしたか?」
「……お香、ですか? お香とは、東方の香りのこと――」
言いかけて、クレアの中で結びつくものがあった。数々の情報をまとめ、俯瞰的に眺める感覚が、ある一筋の道筋を生み出していく。
――毒殺。通気用ダクト。構内に侵入者が入った形跡はなし。窓枠の土。壁をよじ登る。お香。
いくつものキーワードを繋ぎ合わせ、道筋を作り――しかし崩壊する。問題は凶器にあった。毒殺に使われた幻覚草の名を持つシツメソウは、そんな使い方は出来ないと言うこと。そのため彼女は淡々とナギサの疑問に答えるのだった。
「……いえ、そんなものはありませんでしたよ」
「……仮面の人は、そんな使い方出来たか、と言ってました」
「……言っていた? いつ言ったんだ? というかナギサ、お前ネモに会ったのか?」
ナギサの言葉に、固まったクレアではなくエルガが問いかける。仮面の人というのはネモのことを言っているのだろうが、しかし彼女とネモが出会ったのは例のハイジャック事件のみ。それ以降は遊撃士協会に保護され、基本常に遊撃士の誰かと行動しているため、彼女一人でネモに出会うということはないはずだ。
それに先程からナギサの言葉を聞いていると、違和感どころの話ではない。何か自分達の知らないことを知っているかのような雰囲気を感じてならない。
「……占い、だよ」
「占いだぁ……?」
彼女が巫術を使う巫女の一族であることを知らないタシース達はその一言に眉根を寄せ、クレアはじっとナギサを見つめている。――その探るような視線から、彼女の真意はわからないまでも、かなり疑われているのは確かなようだ。
そのため、彼女は真実を語るのではなく――真実を織り交ぜながら、何とか誤魔化そうと試みた。
「うん。……ただ、普通の占いとは違っていて……”知りたいこと”に対するキーワード……言葉だけじゃなくて、場所とか、日時とか、人物とか……そういった”情報”が充分あれば、そこで何が起こったのかわかる……かなり特殊な占い」
「……それは、もはや占いと言うよりも、”事象の検索”とでも言うべきものですね」
「……事象の検索……」
ナギサの説明を黙って聞いていたクレアが、ポツリと指摘し、ジェイクもその例えに理解が及んだのか、神妙な顔つきで頷いていた。
「……つまり、以前そこで起こった出来事を、いくつかの情報から”推測する”んじゃなくて、文字通り”検索する”って感じか? その……本を読むような感じで」
事象の検索――言葉にすると難しく感じるが、しかし意味は何となく理解できた。エルガも言葉を選びつつ――適切かどうかは自信はないが――自分なりにかみ砕いて口にする。
(……さっきのネイリ一家でも同じ事が起きていたのか……)
帝都駅に来る前のネイリ一家の拠点で、彼女の様子がおかしかったことに合点がいくレオン。あのときの彼女は、何か違うものを見ていたような気がしたが、おそらく彼女にしか見えない”検索結果”を見ていたのだろう。
「……ってことは、もしかして……ネモは、この近くに来ていたの……?」
ナギサのそれまでの発言などから、アニーは推測して確かめるように見やる。彼女はアニーの問いかけに頷いて、先程よじ登れるか聞いていた壁の上部を指さして、
「壁をよじ登って、あそこのダクトに手を突っ込んでいた。……香炉を取り出してた」
「あのダクトは……少し調べてみましょう。皆さんは、詰め所内で少しお待ち下さい」
――それから数十分後。待つ必要などないというのに、”気になるから”という理由だけで残っているブレイツ組とも話をしながら詰め所内で待っていると、やがてクレアが姿を見せてくる。
――その手には、先程ナギサが言っていた香炉が握られている。
「……ナギサさんの言うとおり、ダクト内で香炉を発見しました。中の成分を調べたところ……シツメソウの成分が検出されました」
「……本当だったのか」
半信半疑であったジェイクがぽつりと驚きの声を漏らした。だがそれは、一同も同様だったことだろう。
彼女が手にしている香炉に視線を向ける一同。何やら独特な文様が刻まれた特注品のようである。この香炉に幻覚草――シツメソウを入れてあったのか。そこから漂う香りによって、幻覚草を体内に取り込ませ、毒殺を謀ったのだろう。問題は、シツメソウをそんな風に扱ったとしても、本来の効能は発揮できないことか。
「でもシツメソウって……香りに使っても効果はなかったはず……」
「粉塵にして使った、なんて可能性はあるわよ。ともあれ、これで凶器は確定ね」
首を傾げるアニーだが、確かにサラの言う使い方であれば効果は発揮されるかも知れないけど、と難しい顔をしながら腑に落ちない様子。クレアもまた腑に落ちていないが、とある可能性を思い浮かべ、もしやと思い香炉を見下ろして――後で帝都博物館か、七曜協会に問い合わせるべきだろう。
香炉については一度置いておき、凶器と思わしき航路を発見した立役者であるナギサに目を向ける。
「協力感謝します、ナギサさん。おかげで凶器と思わしき物を発見することが出来ました」
「い、いえ……」
「……ナギサさん。もし貴方の占いが本当なら、彼らの動きも分かるのではないのですか?」
「それは――」
クレアの問いかけ――というよりも、確かめるかのような言葉に、彼女は言い淀んだ。確かにこの“眼”があれば、空賊団やネイリ一家の動きもわかるだろう。だが、現状では――
「……今の状態だと、情報不足でわからないです」
「――ってことは、情報があればわかるんだな?」
首を振るナギサに向かって、エルガは確かめるように声をかける。彼の言葉に、ナギサはコクンと頷いた。なら、とエルガは彼女を安心させるように笑みを浮かべて、
「空賊団に関する情報を集めよう。といっても、ネシードって人のことも探さなきゃいけないから大変だけど……」
「……坊主、ここには一体何人いると思っている」
「え?」
大変だなぁ、と言わんばかりに頬をかく彼を、レオンは苦笑しつつその肩を叩いた。
「ここは分担するとしようじゃねぇか、なぁ?」
「そうですね。ま、空賊団の方は、あんた達の方で何か仕入れていることがあるんじゃないの?」
フフ、と笑みを浮かべるサラもレオンの提案に賛同し、クレアの方へ意味ありげな視線を向けるのだった。しかしクレアはその視線をあっさりと受け流し、すまし顔を浮かべたまま、
「……残念ながら、まだ。どうやら情報局の方も、別件の方で忙しいらしく、力は借りられそうにありません」
「……肝心なときに役に立たないわね、全く」
「クレアさんに言ってもしょうがないと思うよ、サラ……でも、TMPのほうで手がかりは掴んでいるんじゃないんですか?」
使えないわね、と憤慨するサラを宥めつつ、アニーはさらに問いかける。彼女の言葉にはクレアも頷いて、
「えぇ。レヴァナント空賊団の組員と思わしき人物が帝都内で数人目撃されています。ただ……全員、こちらの追跡を地下道で振り切っており、未だに拠点は見つかっていません。それに、例の特殊船も」
「なるほど、地下にいるのか。……そうかそうか……」
話を聞いていたマルコがしたり顔で頷き、隣のジェイクもなるほど、と納得したように頷いている。彼はタシースの方へ視線を向け、親分が小さく頷いたのを確かめた後に、クレアとサラ――TMPと遊撃士に提案する。
「なら、地下道の捜索は我々に任せて欲しい。地下道はこちらでも広範囲に渡って把握できている。その範囲ならば、追跡も可能だろう」
「確かにそれが良いか。……任せるぞ、ジェイク」
「えぇ……任された、レオンの兄貴。……兄貴を超えるチャンス、掴んでみせる」
ぱしん、と掌に拳を打ち付け意欲を見せるジェイク。――こうして空賊団に関する情報を集めるための、即席の協力体制が作られたのであった。
――だがこの協力体制が生かされることはなく――日は沈んでいくのであった。
ようやく判明したナギサちゃんの異能について解説&捕捉。作中では”事象の検索”と言っていますが、要は”因果律を見る瞳”ですね。さらに因果律から何が起こったのかを調べることが出来たりします。
ただし膨大な情報量を誇る因果律から”正しい情報、知りたい情報”を抜き出すのに苦労するため、”キーワード”を使って情報を絞り込む必要があります。まさしく万能のグー〇ル先生。キーワードの正確さ次第では未来予知も行えたり。
しかし出来るのはあくまで因果律を見ることだけであって、零の至宝や黒幕のように書き換え、干渉は行えません。ーーが、”因果律に干渉できる術者”がこの瞳を持った場合はーー
天眼ーーそれは因果を識り、千里を見通す神の瞳。遠き東の地では、この瞳を持つ子を神子と奉る。
そして神子は、やがて神となる。それゆえ御許に返すが習わしだ。