英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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3-11 異界なる黄昏~3~

迫り来る瘴気で象られた兵士達の群れ。その群れに対し、赤みかかった黒髪の男レオンは身構え、肩口から突進する。

 

「おおおおぉぉぉぉっ……! 龍返し!!」

 

裂帛の気合いを叫びながらタックルを喰らわせ、群れを突破。その後踵を返し、振り向きざまに右拳を突き出した。勢いを持ったタックルによって体勢を崩し、その上背後から追撃の一撃を貰った兵士数体はそのまま吹き飛ばされる。しかし魔物達は地面をこすりながらも直立体制を維持しレオンの攻撃に耐えきった。

 

「龍麟撃!」

 

兵士数体がまとめて吹き飛ばされるパワフルな光景に舌を巻きつつ、エルガは飛び上がり石突きによる打撃を叩き込もうとする。いくらレオンの攻撃を耐えたからといって、なんのダメージもないわけではない。続けざまに放たれたエルガの一撃で、彼らの体勢は大きく崩れた。

 

「次――龍爪乱舞!」

 

その隙を突くように、エルガは短槍を両脇で回転させる。舞うような動きで行われる回転技に魔物は巻きこまれ、穂先と石突きによる斬撃と打撃を次々と味合う羽目となった。そしてトドメとばかりに槍を水平に回転、周囲にいる魔物を一掃する。

 

「…………」

 

白髪の少年と黒髪の男性の活躍により、辺り一帯の魔物が一掃される。前衛で戦う二人にアーツによる支援を行っていたアニーは、後方から周囲を素早く見渡し、これ以上敵がいないことを確認した後、そっと息を吐き出して二人の元へかけ出した。

 

「周辺の魔物は退治完了です! 先へ進みましょう!」

 

「あぁ、急ぐぞ!!」

 

レオンさん気合い入っているなぁ、と力強く頷く彼を長めながらエルガは独りごちる。無理もないだろう、こんな”常識外れ”な場所に知り合いが二人も閉じ込められ、安否も分からないとなれば気持ちが急いてしまう。

 

――少し前、ビックスロープの協力を経て、光の柱をくぐり抜けてネイリ一家の拠点に突入した一同は、その変わりように驚きを隠せなかった。以前拠点に入ったときは普通の建物の一室だったのに、今は完全に違っていた。

 

石床の幅広い通路。遠くで曲がるこの通路には、途中枝道がいくつか設けられており、その枝道も複雑に入り組んでいるらしかった。

 

そして天井はあるが壁はなく、等間隔で並ぶ柱が天井を支える構造をしていた。当然”外”の景色が見えるが――そこから見える景色は、なんと“星空”であった。アニーがぼそりと、星の並びがデタラメだ、と呟いていたのが耳に入った。

 

さきほどまで確かに地上にいたはずなのに、光の柱を超えて建物の扉を開けると、そこは遙か上空――否、”別世界”、もしくは”迷宮”と呼ぶのが正しいだろう。この場所に入った当初、三人は困惑していたが、この奥にタシースとマルコ、そしてこの事態に深く関わっているであろうネシードがいる可能性が極めて高かった。

 

そのため臆することなく先へ進むことが出来たのだが――やはりというべきか魔物も徘徊し、危険な場所であることにかわりはなかった。おまけにこの場所による恩恵なのか、徘徊する魔物の種類こそ同じものの強くなっていた。

 

「一体どうなっているんだろうな、コレは!」

 

拳を叩き付け、魔物を蹴り飛ばしたレオンは呼吸を整えながら呻いた。この場所の謎めいた構造に対してなのか、それともこの状況の異質さに対してなのか。おそらくその両方の意味が含まれているのだろう。どちらが正しいのかなど本人にも分からない。

 

「上位三属性は相変わらず……多分その影響なんでしょうが……っ」

 

彼に負けじと追いかけるアニーもまた、細剣を振るい魔物を切り伏せていく。その手に握りしめられた例の札は、未だに光を放ち続けている。そこから上位三属性が働いていることを知った彼女の表情は苦々しげに歪んでいた。

 

いくら上位三属性が不可思議な現象を引き起こすとは言え、流石にこれは想像の埒外であった。こんな時にナギサがいてくれれば、何か分かったかも知れないのに、と思わずぼやいてしまうがそんなことも言っていられない。隣を走るエルガをちらりと見て、

 

「――すっごい景色だな……」

 

「あのねぇ……」

 

レオンやアニーとは全く違う脳天気な発言に思わず突っ込みを入れてしまう。彼としては純粋に外の光景を見た感想を口に出しただけなのだろうが、この状況下で注目するのはそこではないだろう、と言いたくなってしまう。

 

「最初に思うのがそれなの? ここがどういう場所なのか疑問に思わないの?」

 

「疑問には思うけれど……それとは別に、綺麗だなとは思う。それに、場所がどこだとしても、俺達のやることは変わらない」

 

「―――クックック、ある意味大物だな」

 

前を走っていたレオンも、エルガの言葉に一瞬口を閉ざし、そして笑みを溢しながら納得したように頷いた。走る速度を緩め、エルガと並び立つように併走する。そして彼の肩をバーンと叩き、

 

「坊主が腹括ってるんだ。迷うのはナシだ」

 

「う~……なんで基本的に皆さん脳筋なんですか……!」

 

思慮深い一面を見せるレオンや、彼ほどではないにしろきちんと考えて行動しているエルガの二人が見せた脳筋さに、アニーは呻くしかない。思慮深い脳筋って一体何だろう、と一人違う迷宮に入りかけるも、何とか踏みとどまり首を振って二人についていくのだった。

 

「……っ! この奥に三人いる! 多分マルコさんとタシースさん!」

 

「あぁ。ってことは残る一人は……!!」

 

やがてエルガが気配を感じ取り、前方に三人いること、そして感じる気配から二人はマルコとタシースであることを告げる。気配を感じると言うことは、二人は生きていると言うこと――それを悟ったレオンは安心しつつも、残り一人が誰なのか察するのだった。

 

「――――行きましょう、二人とも」

 

意外にもアニーは冷静であった。彼女も、最後の一人が誰なのか予測は立っている。それでも彼女は冷静さを失わない。

 

――すでに決めていたから。自身の過去と向き合うことを。だから迷わない、恐れない。決意を固めた彼女は、まっすぐに前だけを見つめていた。それでも心配そうに彼女を見やる二人だが、その決意を感じ取りやがて頷いた。

 

「……わかった、頼りにしているぞ、”水閃”」

 

「はい」

 

久しく呼ばれていなかった彼女の二つ名で呼ばれ、アニーはしっかりと頷いた。”紫電”や”零駆動”、”二空”と比べると知名度は低いがそれでも歴とした二つ名持ちの遊撃士。手にしたレイピアに力を込めて、彼女達は前へと進んでいく。

 

「ここは……終点みたいですね」

 

「マルコ! タシース!」

 

そして――通路をくぐり抜け、三人がいる広めの空間に躍り出る。広間の中央にはぐったりとした様子で倒れている二人の男性がいた。彼らの名前を叫び呼びかけるものの反応はない。表情を強ばらせたレオンの脳裏に嫌な予感が浮かび上がった。

 

「おい、返事しろ!」

 

「落ちついてレオンさん。二人とも生きてる……完全に無事とは、言いがたいみたいだけれど」

 

必死に叫ぶレオンを制するようにエルガが落ちついた口調で告げる。二人から気配を感じる上に、よくよく見れば苦しそうに眉根を寄せていた。それが気にかかるものの、とりあえずは生きているようだった。

 

「クックック……確かに二人は生きているさ。……もうすぐ死んで貰うが」

 

「っ……てめぇっ……」

 

慌てた様子を見せるレオンを嘲るように、残る最後の一人がゆっくりと振り返りながらレオンに告げた。その言葉の重みに反して、口調は軽い――命を軽視するもの特有の物言いと、それが友人達に向けられていることもあり、彼は怒りを露わにするように拳を握りしめる。

 

「ネシードお前……一体何をした?」

 

「ふふっ……」

 

「何がおかしい」

 

睨み付ける彼の威圧感をものとしていないのか、余裕たっぷりの表情で受け流す一人の男。やはり彼がネシード・ネイリ――ネイリ一家の組長にして、ナギサを攫おうとする張本人。そして帝都を覆う緋色の空に関して、何か重要な事を知っているであろう人物。下手をすれば、彼が緋色の空を引き起こした可能性もある。

 

「いや失礼。仮にも名高きブレイツロック二代目若頭様は、存外察しが鈍いのだなと思っただけだ」

 

「………」

 

「あの緋色の空も、帝都に現れた兵士共も、全て俺がやったことだ! どのみち俺には何も残っていねぇ……必死になって築き上げた力も、ミラも、手下共も……! もう何も残っていねぇ……ならいっそ、全部一緒にぶっ壊してやるよ!!」

 

貴族然とした服装に身を包むその男は、レオンの問いかけに対しても口元をつり上げ、小馬鹿にしながらも、やがて堰を切ったかのように本心からの言葉が溢れ出し、余裕が失われていく。

 

この場ではレオンとネシードだけが知っていた。裏社会において力を失うと言うこと。何もかもを失い、没落した”元組長”がどんな末路を向かえるのかを。野垂れ死か、報復を受けるか――どちらにしろ、凄惨な最後を向かえるのは明らかであった。むしろレオンのようなドロップアウトは幸運だと言えた。

 

「それは八つ当たりというものだろ……!」

 

だとしても、彼の行いが許されるものではない。まして彼は”道連れ”を望んでいる。エルガの叫びにレオンも頷き、残念そうにため息をついて拳を構える。そして彼に言葉をかけようとして。

 

「――巫山戯ないでよ」

 

怒りが滲み出た声音でアニーは遮った。普段からは考えられないほど怒気が籠もった声音に、一同はそろって彼女へ視線を向ける。体を震わせる彼女を見て、どれほどの怒りが籠もっているのかを二人は感じ取った。

 

「巫山戯ないでよ! 自分勝手な理由でたくさんの人を傷つけていったのに、最後まで同じように傷つけていくって言うの!? そんな身勝手が許されると、本気で思っているの!?」

 

「――――」

 

彼女が放つ怒りの言葉――それはかつて、大切なものを奪われたからこそ重みを増していく。直接の関係はないが、関係者の”身内”にも当たるレオンは黙って彼女の思い言葉に耳を傾けていた。

 

「――てめぇに何が分かる! 俺が今まで何年もかけて積み上げていったものが全て失われた! それだけじゃねぇ、俺に残っているのは破滅だけだ!! にも関わらず、俺から奪っていった奴はノウノウと過ごしてる! 許せるわけねぇだろうが!!」

 

「その貴方も、”奪う側”だったんでしょう!? 私から両親を、夢を奪っておいて、今更被害者面するな!!」

 

――彼女が幼い頃の出来事だ。地価が高い、それだけの理由で母が勤めていた診療所を奪われ、その時の暴行事件によって彼女を庇った母が命を落とした。残ったのは、理不尽に背負わされた賠償金。

 

尊敬する母を失い、医者になるという夢を諦め、そして最後には、父も過労でなくなった。その元凶が、今目の前にいるネイリ一家の組長である。彼女の怒りも相当なものであり、また正当なものである。

 

「俺が奪っただぁ? 知るか、んなことッ!!」

 

「っ!?」

 

しかし、”加害者”は知らないという。ネシードからしてみれば、彼女の言葉は意味が分からず、ただ難癖を付けてきただけの小娘でしかなかった。アニーは己の怒りを、十年近く押し殺し続けてきた痛みを一蹴され、怒りと悲しみと悔しさが合わさり、ぎゅっと拳を握りしめる。

 

そんな彼女を見て、レオンはただ静かに口を開く。先程まで浮かんでいた怒りの炎は未だ燃えているものの、かなり鎮火してきていた。ただ真っ直ぐに見据えるその瞳には、呆れの色が多分に含まれている。

 

「……俺達は堅気に迷惑かける極道だ……けどな、だからこそ……超えちゃならねぇ一線ってもんがあんだよ」

 

「それこそ知るか!! この裏社会じゃあなぁ、自分だけが利益を得る、そんな考えじゃねぇと通用しねぇだろうが!!」

 

――それがそもそもの勘違いだと、レオンは口にせずに思う。裏社会を生き残る秘訣は、どれだけ”自分を張れるか”にかかっている――それが彼の持論であった。だが、それを口にする気はない。器の小さな、癇癪を引き起こした男に説いても、意味をなさないだろう。

 

レオンの隣にいたエルガも、短槍を振るいネシードを睨み付けた。――その瞳には、レオンと異なり明確な怒りが浮かんでいた。

 

「――他人がどうなろうと構わない、自分がよければそれで良い、か……良く言った。”正義の味方”が聞いたら泣いて喜ぶだろうな。平然とボコれる”悪”がいて」

 

普段とは異なる雰囲気を醸し出しながら、身を屈め重心を低く取るエルガは、いつでも飛びかかれる体勢を取る。視線をネシードに向けたまま、彼はアニーに対して口を開く。

 

「これ以上コイツに言葉は通じない。さっさと制圧しよう」

 

「…………」

 

無言でレイピアの切っ先を向けるアニー。向けられた切っ先と視線を、ネシードは訝しげに見やった後、クックックと乾いた笑みを溢していく。同時に、彼の体から瘴気が滲み出る。

 

「黒い瘴気……お前……っ!」

 

「……遊撃士ごときが……俺の邪魔をするなぁ……!!」

 

叫ぶネシード。その意思に答えるかのように、瘴気が彼の体に集中、収束する。そして集まった瘴気は、徐々に一つに形へと変わっていき――瘴気がはれると、そこには一体の魔物がいた。

 

『――オオオオオォォォォォォッ!!』

 

そこにいたのは、3、4アージュを超えるであろう体躯を誇る異形の魔人。背後からは長い尻尾が生え、頭には大きな角と小さな角が二本ずつ、計四本の角がある。長く伸びた爪を持つ手を眺める魔人を見ながら、一同は警戒レベルを最大限に上げた。

 

「コイツは一体……!!」

 

「まさか……魔人化(デモナイズ)か!?」

 

一瞬にして魔人へと姿を変えたネシードに対し、エルガは眉根を寄せて呻き、レオンは幼少期に聞いたお伽噺を思いだし、その現象の名称を口にした。――真偽は不明だが、かつて帝都を根城にしていた暗黒龍は捕らえた人間を、魔人へと変えることが出来たという。

 

『クックック……コレガ”黄昏ノぺんだんと”ノチカラ……!! 最高ノ気分ジャネェカ!!』

 

「……人をやめたのね。……人でなしの貴方には、ある意味お似合いかしら」

 

『ナニィッ!!』

 

珍しく毒をはくアニーは戦術オーブメントを駆動させる。怒りの叫びを上げるネシードを無視して、彼女は駆動状態を維持しつつ二人に向かって叫んだ。

 

「レオンさん、エルガ君、力を貸して下さい。目標は目の前にいる魔人、帝都所属の遊撃士として、制圧を開始します!」

 

「……あぁ!」

 

「アニーさん……わかった、一気に行くよ!」

 

叫び、拳と短槍を構える二人。――帝都の一角で立ち上る光の柱は消え、残るはこの場所のみになった。今、緋色の空に覆われた帝都にて、最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

自分達に向かって来る巨大な尻尾によるなぎ払い。アニーとエルガはそれを避けるために後退するなか、一人立ち止まるレオンは重心を落とし、その場でどっしりと立ちふさがった。

 

「すぅ―――……」

 

深く息を吸い込み、ぴたりと止める。意識を迫り来る尻尾に集中させ、握りしめた拳に力を込める。――度胸とタイミング、後は一点を狙う技量――後退した二人が何か叫んでいるが、今のレオンには届かなかった。

 

尻尾が迫る。意識を研ぎ澄ませているためか、時間の流れが異様に遅く感じ、尻尾が振るわれる速度もゆっくりとなっていった。そしてタイミングを見極め、レオンは拳を突き出す。――力が一番強く生じるその一瞬の時を、彼は見逃さない。

 

――反撃の刻――

 

『グゥゥッ!!?』

 

突き出した拳は、見事尻尾の薙ぎ払いを止め、そればかりか逆に尻尾を”吹き飛ばす”。千切れることはないものの、それでも魔人の攻撃を止め、ダメージを与えたことにかわりはなかった。

 

「フゥゥッ………」

 

止めていた呼吸を再開させ、深く息を吐き出すレオン。その両隣を、二つの”白”が駆け抜けていく。

 

「龍牙槍!」

 

「セブンスラッシャー!」

 

突進突きからのなぎ払いによる二連続技と、レイピアによる突きと斬り払いによる連続技が、体勢を崩した魔人に叩き込まれる。しかし――

 

『ムダダァ!!』

 

「くっ……!」

 

その硬い肉質を貫くことは出来ず、表面に浅い傷を負わせるのが精一杯であった。その結果に、アニーは唇を噛みしめる。

 

(私はともかく、エルガ君の技も通じないなんて……!)

 

”突く”ことならば、レイピアよりも短槍の方が優れている。しかし彼の技量を持ってしても、魔人を貫くには至らない。魔人の方が頑丈なのだろう。今度はこちらの番だといわんばかりに、魔人は腕を振り上げて。

 

「……っ!」

 

「きゃっ……!」

 

咄嗟の行動なのか、エルガはすぐ隣にいるアニーを突き飛ばして転ばせる。その直後、エルガの体を魔人のかぎ爪が斬り裂いた。鮮血があたりに飛び散り、転倒したことでかぎ爪の軌道から避けたアニーは瞳を見開いて彼の名前を叫んだ。

 

「エルガ君!?」

 

『マズ一人――』

 

「――いや、0人、だ……!!」

 

ニヤリ、と口の端をつり上げた魔人に対し、エルガは言葉を途切れさせながらも否定する。そしてたたらを踏みつつ槍を構えて――

 

「龍牙槍!」

 

『……フン』

 

再度放たれた龍牙槍――しかし魔人はそんなもの通じないとばかりにその身で受け止め、鼻を鳴らして腕を伸ばし、短槍の柄を掴んだ。

 

『効カネェヨ!』

 

(この距離じゃ……!)

 

突進突きの助走を付けきれなかったためか、武器を掴まれたエルガはその場で固まり――

 

「――ソードアーツ!」

 

――青く輝く刀身を持つレイピアが、魔神の腕を斬り裂いた。武器を掴んでいた手が離れ、エルガは拘束から逃れることが出来る。傷を負った彼に向かってアニーは叫ぶ。

 

「エルガ君下がって!」

 

「オラァァッ!!」

 

彼女の叫びとすれ違うように、後方から駆けつけてきたレオンが右拳を叩き込む。虎落とし――強烈な一撃は、しかし斬られていない方の腕で防がれる。

 

『サッキカラウザッタイ……!! 死ネェ!!』

 

レオンの一撃を受け止め、効かない攻撃を繰り返されることに苛立ちを覚え始めたのか、魔人は雄叫びを上げながらかぎ爪を振るい彼を斬り裂こうとする。

 

『――ナッ……!?』

 

しかし、振るったかぎ爪が裂いたのは水――水人形の身代わり。アニーの技の一つであるブルーミラージュのおかげで攻撃を躱したレオンは、体を捻って蹴り技へと繋げる。

 

「オラァッ!!」

 

『チィッ……!』

 

亀割り――連続して放たれる蹴りを全て防ぎつつ、さらに追撃とばかりに放たれた右拳をも防御した魔人ネシードは、そのうざったさに舌打ちを一つ。今の彼に”物理攻撃”はさほど通じない。それこそ急所に当たるか桁外れの一撃を貰うか、もしくは”霊的な力”を得た攻撃でなければ、その硬い外皮を貫くには至らない。

 

彼らの攻撃によって感じる弱い衝撃、それがやや不愉快であった。ネシードの苛立ちはその不愉快さから来るものである。無意味な攻撃を続けてくる彼らに対し、ネシードは大きく息を吸い込んで、

 

『邪魔ダァッ!!』

 

「むっ……!」

 

危険を察知したレオンは即座に後退、しかし下がった彼を逃がさないとばかりにネシードの口から炎が放たれた。その広範囲に広がる炎は回避しきれない――自身を飲み込もうと迫り来る炎を、レオンはじっと見据えて――

 

「諦めるなんて、レオンさんらしくないですよ!!」

 

そんなレオンの前に、エルガが躍り出る。まだ治癒系のアーツで傷を塞いでいないのか、血を流しつつも、前に出た彼はレオンを庇うかのように短槍を前へ出し、

 

「龍爪乱舞!」

 

自身の両脇でぐるぐる回し出す。そんなもので一体どうするつもりか、とレオンが目を見開く中、ネシードから放たれた炎が回転する槍の”風圧”によって左右へと流れていく。その光景に驚きを隠せないネシードだが、その口から放たれる炎がさらに勢いを増した。

 

『ソノ巫山戯タ曲芸……槍ゴト燃ヤシ尽クシテヤル!!』

 

「……生憎と、あんたと我慢比べするつもりはないんだよ」

 

ムキになるネシードとは逆に、飄々とした様子で呟くエルガ。その呟きは魔人の耳には届かず、そばにいたレオンと”もう一人”の耳に届いただけだった。弱まる様子を見せない火炎攻撃に、手が燃えるほどの熱さに耐えながら、エルガは背後の気配を伺う。

 

「――行ってくる、エルガ君」

 

「……っ!」

 

言葉にはせず、エルガはただ無言で頷いた。その言葉を最後に、ひらりと彼女が頭上を飛び越えていく。

 

「――貴方は覚えていないかも知れないけれど」

 

手にしたレイピアの刀身は、青く輝いていた。先程と同様、水属性の導力エネルギーを纏わせたのだ。――なぜ魔人に水が効くのか少し不思議だったが、この火炎攻撃を見れば納得も行く。こいつは、炎の力を持つ魔人なのだ。ならば水に弱いのは道理。

 

火炎攻撃を飛び越え、さらには魔人の頭上すらも飛び越える跳躍力を見せるアニマ・ロサウェル。彼女は魔人の背後に着地し、炎を吐き出していたネシードもそれには気づいていたのか火炎放射を止め、後ろを振り返り――二人の視線が交差する。

 

『貴様ァ――!!』

 

「私は、貴方がしてきた事を忘れない――!」

 

その力強く真っ直ぐな瞳――色白の肌に白に見える金髪、赤い瞳――帝都は愚か、帝国でも中々お目にかかれない特徴的な外見と、その反抗的な瞳にネシードの記憶が掘り起こされる。

 

――新事業、観光地開発、地上げ、土地回収、邪魔な住居に住民共、最後まで抵抗した診療所、そこにいた若い医者、その娘――いくつもの言葉が連続して脳裏に浮かび上がり、そしてネシードは察したのだった。

 

『――――』

 

「行きます――覚悟して下さい」

 

レイピアを構えるアニーが三人に増えた。うち二人はブルーミラージュによる分け身である。三人に増えた彼女達は、そのまま魔人ネシードに突撃し導力エネルギーを纏ったレイピアによる斬撃を繰り出した。

 

一度、二度、三度と――三人からなる無数の斬撃は、刀身に宿る導力エネルギーも相まって硬い外皮を容易く斬り裂いていった。レオンやエルガとは違い、導力エネルギーという“霊的力”を得た斬撃はやはり通るようだ。

 

『……邪魔ヲ……ッ……!?』

 

体が切り刻まれていくのを感じながら、ネシードはかぎ爪を振るい彼女達を追い払おうとする。だがその動きは緩慢であり――斬られたダメージもあるが、何よりも脳裏に過ぎった過去が、彼の動きを鈍くする。

 

(俺ハ……俺ハ……!!)

 

この世界でのし上がるために、周囲の存在を利用し、切り捨ててきた。――自身の欲望のために切り捨ててきたものが今、自分を“殺そうと迫り来る”。そこで初めて、彼は自分の過ちに気づいたのであった。

 

『――……ルナ……』

 

「秘技――」

 

ネシードが何かを呟くも、アニー達は魔人を囲むような形でレイピアを構え、これが最後とばかりに再び突撃する。――魔人が悲鳴を上げた。

 

『……来ルナ……!』

 

「――流麗水蓮」

 

三人による一閃が三つ重なり、水の華が咲く。それを合図に、異界全てが光に包まれていった――




クラフト紹介
アニー

Sクラフト
・秘技・流麗水蓮
水の分身を用いて敵集団に切り込み、戦場に華を咲かせる水閃の秘技
威力SSS 範囲L
備考 魔法攻撃


レオン
・龍返し
強烈な打撃で相手を怯ませる
威力B 範囲M CP40
備考 遅延 攻撃後相手の裏に回る


・反撃の刻
カウンターの構えを取り、動きを見きって反撃する攻防一体の構え
威力ー 範囲ー CP60
備考 次の行動時まで被ダメージ半減、回避率20%、ターゲット集中、射程+2
所謂伍の型残月

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