英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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3-13 幕間ーー刻の魔術師

 

「―――ッ!!」

 

「ちょ、ちょっとレオンさん! 落ちついて、待ってよ!」

 

サリスから事情を聞いた後、レオンは力任せに手近にあったテーブルに拳を叩き付けた後、勢いよくかけ出していった。一体どこに向かうというのか、見当も付かないものの彼を一人で行かせられるはずもなく、エルガが慌ててその後を追っていく。

 

「……その人は、本当にガシャドさんなの?」

 

「……わからないよ……。あたしだって、目の前でガシャドおじさんがなくなったのを見たんだし、そんなはずは……でも……!」

 

一人残ったアニーは確認するかのように問いかけた。体と言葉を振るわせて呟きを漏らすサリスも混乱しているらしく、どうしてと呟きを漏らし、徐々に瞳を閉ざしていく。

 

「……ナギサちゃんやレオンさんのことは、私達に任せて。サリスちゃんは、今は休んでいて」

 

「……うん……」

 

おそらく睡眠薬を嗅がされたのだろう。それが抜けきっていない彼女は目を閉ざし、しばらくすると寝息を立て始めた。その後彼女をソファーの元まで運んでやり仰向けに寝かせると、視線をダーゼフの元へと向ける。

 

「……」

 

「多分彼はしばらく起きないよ。首の後ろを手刀で思いっきりやられていたから」

 

「それはそれで後が心配なんだけれど……ってえぇっ!!?」

 

やっぱりそうなんだ、と心配そうにため息をついた後、突然の会話に気づいたアニーはびっくりしながら隣へと視線を向ける。そこにはいつぞやお世話になった”占い師”が突っ立っていた。

 

身の丈ほどの大杖を片手に持ち、フードを深く被り表情を隠している。全体的な雰囲気は占い師と言うよりも魔法使いを連想させる彼に、アニーは警戒心を高めて愛剣であるレイピアの柄に手をかけた。

 

「貴方は……ッ!」

 

「うん、以前出会ったね。あのときはろくに挨拶もしないでいなくなって申し訳なかったよ、綺麗なお姉さん」

 

地下道に現れた手配魔獣――実際は魔獣ではなく魔物であり、今思えばあの一件も、ガーゴイルが現れたことから今回の黒幕の“仕込み”だったのではないかと思うが――を討伐したあとに現れた自称“占い師”。

 

しかしナギサ曰く「本人はここにおらず、“本人の影”を投影している」みたいであり、ただの占い師ではないだろうと言われていた。その男が一体いつの間に遊撃士協会内に入ってきたのか。

 

「そう警戒しないでよ、お姉さん。あ、そうださっき出て行ったお兄さん達、港湾区に向かったよ」

 

「港湾区……ヘイムダル港?」

 

帝都ヘイムダルに引かれた河川を用いて、船によって荷物を運搬する区画だ。倉庫街も兼ねているため、確かにヤクザ者にとっては色々と好都合な場所であるだろう。しかしなぜ目の前の占い師はそれを知っているのか。

 

「ここを襲った人とレオンには”絆”がある。約束もある――だから彼は、あそこしかないと直感で悟ったんだよ」

 

「――――」

 

占い師の言葉に沈黙するアニー。サリスの言葉を聞いたレオンの反応から、襲撃者の正体に気づいた様子ではあったが、やはり知り合いだったのか。しかし――

 

「絆、ということは……レオンさんにとって、近しい人?」

 

「そうだろうねぇ。しっかし……女神様はいつだって優しくない」

 

ぼやくように――恨むように、小さく低い声音で吐き捨てた占い師。いつもの飄々とした口調とは異なり、やけに実感がこもっているように聞こえ、アニーは眉根を寄せる。

 

「含みがある言い方ね。それはどういうことかしら?」

 

「事実を知れば、僕の言葉にも頷けるはずだ」

 

これ以上語る気はないのか、フードの奥から鋭い視線を向けてくる。――深みのある蒼い瞳は、何もかもを見透かすようでやや苦手意識を抱き、目を背ける。だが占い師は気にした様子もなく、いつもの軽い調子へと声音を変えて杖を持ち上げた。

 

「さてと。それじゃ僕がここに来た用事を済ませてしまおうじゃないか」

 

「用事……ですか?」

 

「あぁ、用事。――はた迷惑な”弟子”の尻ぬぐいさ」

 

「え?」

 

はた迷惑な弟子――その意味を理解できず、首を傾げたアニーの目の前で、持ち上げた身の丈大の杖をコツンと下ろす。その次の瞬間、下ろした杖を中心に”波”が放たれ、協会の建物を、そしてアニーの体を駆け抜けていく。

 

「な、何……?」

 

放たれた波に触れる――アニーの脳裏に、とある光景が刻まれていく。

 

 

――大地震。倒壊する建物。非難する住人達。市民を保護するために遊撃士、正規軍区別なく出動する。ガス漏れ、水道管破裂、崩壊した瓦礫による負傷。一時的な治安の低下によって、悪漢達が暴動を起こす。――それらの対処に追われる”私達”。

 

 

矢継ぎ早に映像が浮かび上がっては消えていく。――まるで昨夜起きた出来事を”上書き”するかのように。

 

「い、今のは……」

 

「昨夜起きたのは”大地震”による災害。それによって遊撃士のみならず、軍隊が出動する事態が起きた。古の兵士も、光の柱も、ガーゴイルも……それに代替えするもの……ガス漏れとか、水道破裂とか、街灯落下、一時的な治安の低下による悪漢達……”緋色の空”は、そんな風に”大地震として書き換えられる”」

 

震える声音で呟いたアニーの疑問に、占い師は的確に答えていく。――たった一言、それも様々な意味合いにも受け取れる疑問だったにもかかわらず。

 

そんなことあるはずがない。昨夜起きた”緋色の空”を忘れられるはずがない。――しかしその思いとは裏腹に、アニーの脳裏に占める光景は特徴的な色をした空ではなく、大地震による混乱模様だった。

 

「あっ……うそ……」

 

思わず顔を押さえてしまう。昨日起きた出来事が、すべて大地震へとすり替えられていく。――ようやく、ようやく過去のトラウマと向き合い、自分なりの答えを出せたというのに。その事実が、”嘘の事実”によって上書きされていく。

 

「や、やだ……っ! やめ――」

 

自分の思い出が消えていく恐怖に思わず悲鳴をあげかけ、しかしその前にアニーの懐にしまってあった”札”が光を放つ。その暖かな光は、彼女の体を包み込み――

 

「っ……っ!!」

 

――思い出は消えずに残った。だが同時に、“嘘の事実”もまたアニーの脳裏にしっかりと刻まれる。アニーは昨夜において、二種類の記憶を有することとなったのだ。

 

本当に起こった”緋色の空”を元に戻すために奔走し、過去と向き合った記憶と、大地震によって発生した混乱を治めるために奔走した記憶。どちらも、”本当に体験した”かのようにはっきりと思い出せることに違和感しか沸いてこない。

 

「……貴方は、一体……」

 

「……ふむ、やはりあの札を持っているのは君達四人だけのようだ。……しかしこれは逆に好都合……これも因果か……」

 

アニーの様子を見ながら納得したように頷く占い師。目の前の男に対し、困惑と恐怖が入り乱れた視線と声音で彼女は半ば叫ぶように呼びかける。

 

「答えて……答えなさい! 貴方は一体何者なの!? 私の記憶を書き換えようとして……そんなこと、許されるとでも!?」

 

「僕はちょっと特殊な”占い師”さ。それに君に許されなくても構わない。緋色の空なんていう”悪夢”、多分昼頃には”みんな”思い出せない……その頃にはもう、大地震として認識しているからね」

 

「………っ!」

 

「あんな”非現実的な緋色の空”よりも、”現実的な大地震”……果たして何の事情も知らない一般人は、どちらを信じる……ううん、信じたいと思うかな?」

 

占い師の言葉を聞き、その意味を理解するにつれて震えていく体を押さえることは出来なかった。先程の術に飲まれかけていたアニーだからこそ言える。あのままでは確実に、緋色の空の一件が大地震として認識していたことだろう。

 

それに占い師は今、“みんな”と言ったのだ。以前占い師のことを知っていた帝都市民の記憶から、彼のことを綺麗に忘れてしまっていたことを思い出す。ここからは推測だが――その時と同様、“帝都市民全員”の記憶を操るつもりなのだろう。いや、もうすでに操ってしまった後か。

 

「……あのときも、帝都の人達は貴方のことを忘れてしまっていた……貴方、人の記憶を弄って……!!」

 

「そんな某ド外道と一緒にしないでくれたまえ。僕は弄っているんじゃなくて、別の記憶を用意して、そちらに誘導しているだけだよ」

 

激しい怒りを露わにさせたアニーは、レイピアの柄に手をかけて占い師の非道を糾弾する。これまでにない怒り――それこそ、先程のネシードとのやりとり以上の怒りを見せた。

 

しかし非難を受けた占い師は一瞬きょとんとした表情を浮かべたかと思いきや、慌てた様子で首と手をぶんぶん振って否定している。心外の極みだ、と言わんばかりの必死さであった。

 

その外道某が何者かは知らないが、アニーからしてみれば外道のそしりを受けて当然のことであった。彼の術のせいで記憶を塗り替えられる直前だったのだから、その思いも一押しである。

 

「だいたい、あんな信じられないような出来事をそのままにしておく方が大変だろう? それに過去にも起こった暗黒龍や獅子戦役、眷族事件……その他様々な事件でも、こうした不可思議現象は数多く起きているんだよ。遊撃士協会でも、類似したものはいくつかあるはず」

 

「……え? あ………」

 

占い師が告げた事実に、赤い瞳を瞬きさせ、思わず口を閉ざすアニー。これまでにも、帝国内では緋色の空と同種の現象が起きていた――そのことを否定することは出来なかったのだ。

 

彼女もC級遊撃士。遊撃士協会に積み重なっている過去の依頼の報告書からも、ここまで大規模ではなかったが確かに不可思議な現象が起きていたという事実は知っている。

 

暗黒龍時代のものともなればお伽噺、作り話と笑い飛ばすことも出来る。だが高位遊撃士が書いた報告書、ともなれば話は別となる。それに彼女自身、不可思議現象を直に体験したものの一人。今なら素直に頷くことが出来る。

 

顔色を青ざめさせながら黙り込んだアニーを見て、占い師はさらに追い打ちをかけるかのように口を開いて告げていく。――この世界で起きる”真実”を。

 

「にも関わらず、そういったことは大きく広まってはいない。過去に目覚めて大暴れした、“記録として残っていなければおかしい”騎神達の戦いでさえも、大まかには伝わっていない有様だ」

 

「騎神…?」

 

驚きのあまり脳の処理が追いつかない。今も重要な事を言っているような気がする占い師の言葉も、ろくに耳に入ってこない。ただぼんやりと、重要な事を言っているような気がするだけである。

 

「それはなぜか。……都合の悪いことを隠そうとする人間の行動もあるだろうけれど、それ以上に世界が、それらが露見してしまうの防ごうと“修正”している……まぁぶっちゃけそれは僕が立てた仮説だけれど。ともかく“この世界はそういう風にできている”……うん、全くなんて便利な言葉なんだか」

 

「……い、意味がわからない……というか理解が追いつかない」

 

「今は、それで良いさ」

 

頭を押さえて意味不明過ぎるとばかりに嘆くアニーに対して、占い師は優しい声音で告げた。話があまりにも突飛すぎて理解しきれなかったが、ひとまずそのことは置いておき、未だに晴れていない疑惑を口にする。

 

「……分かったのは一つだけ。今の説明は意味不明過ぎて分からないけれど……貴方の外道疑惑はまだ晴れていないということはわかったわ」

 

「………。不可思議現象の露見を防ごうとする世界の修正力を早めただけ……僕が手を加えなくても、一年か二年後には、ほとんどの人が”緋色の空”のことを口に出すこともなくなって、”そんなことあったっけ?”なんていうレベルにまでなるだろうね。恐ろしいね、この世界は。まるで誰かに見張られているかのような」

 

晴れない外道疑惑に心底嫌そうな様子を見せたものの、やがて肩をすくめて饒舌に告げる。――用は「僕がやらなくても勝手に忘れているよ」と言いたいのだろう。そんなことあり得ない、と言いたいが――なぜか、否定することが出来なかった。口を閉ざしたアニーを見て、占い師は頷き、

 

「最も僕の術は、君達のように最上位の破魔札を持っていたりしたら通じない。あくまで魔術……呪いの類いだからね。呪いを無力化させる巫術では相手が悪すぎる。それにこれだけ大規模なものともなると、何かおかしいと気づく人は何人と出てくるだろう」

 

あの巫女が渡した破魔札の効力に、今更ながら舌を巻く。一体あの紙にどれほどの力が込められているというのだろうか。まだ未熟であり制御できていないとはいえ、彼女の持つ“魔眼”による恩恵だろうか。

 

「けれど大多数は大地震って言い張るから、集団心理に押されて併合するだろうね」

 

「……貴方は……」

 

――結局はどうあれ、人の記憶を弄ったことにかわりはないのだから外道であろう。最終的にアニーはそう結論づけたが、しかし糾弾する気にはなれなかった。疲労感が激しく、これ以上よく理解できない話を続ける気にはなれなかった上に、彼は何か、“知ってはいけないことを知っている”――そんな風に思えたから。

 

「貴方は、本当に何者なんですか……? まるで魔法使いのような……」

 

色々な意味で濃い話をしたため、どこか疲れた様子のアニーの問いかけに、占い師はよくぞ聞いてくれたとばかりに、きざったらしく指を振りながら口を開く。

 

「あるときは占い師、またあるときは吟遊詩人、そしてあるときは詐欺師――ゲフンゲフン、甘い言葉で人を惑わす遊び人……あ、艶っぽい話ではなく、”人で遊ぶ”遊び人だ。――人呼んで”刻の魔術師”ダルテ――」

 

ようやく自身の名前を告げる占い師――ダルテ。だがその内容にアニーは軽く頭痛を覚えた。先程までの濃い話から一変、どこまで本気で言っているのか分からなかった彼女は、その自己紹介の大半を無視する。

 

「…………」

 

「……あ、無視? 無視はちょっと、お兄さん傷つくなぁー」

 

半眼で睨み付けられたダルテは、人差し指を付き合わせながらどこか甘える仕草で視線をアニーに向け、彼女は本気で疲れた様子でため息をついて無視する。これ以上は相手をしてくれないと悟った彼は、コホンと咳払いを一つ。

 

「――まぁ、今はあまり気にしなくて良いよ。あと三~五年後の間に『あぁ、こんな話し合ったなぁ』ってぐらいに思い出して貰えれば。それよりも、お姉さんにはやることがあるんじゃない?」

 

「……そうね」

 

巫山戯た雰囲気を引っ込め、先程までの濃い話をしていたときの口調でダルテはアニーを促した。すっと道を空けて協会支部の玄関へと道を空け、深く被ったフードの奥で彼女に微笑みかける。

 

「もう戦いは始まっている頃だろう。――以前から彼らを見ていた君達は、見届けなければならないんじゃないかな?」

 

「……君”達”?」

 

ダルテから告げられた言葉に眉根を寄せるアニー。何となくだが、今の言葉は自分だけに向けられたものではないだろう。どういうことだ、と首を傾げる彼女の背後で、物音がした。

 

 ~~~~~

 

『――やっぱり兄貴はすげぇな』

 

目的地へとかけ出しながら脳裏に過ぎるのは弟分の姿。今ではすっかり”格”を漂わせていたが、あの頃はまだそんなもの毛ほどもなかった。ただ純粋に、自分と兄弟分であるガシャドに対して憧れの眼差しを向けていたのだ。

 

『なぁ、レオンの兄貴。俺も……兄貴達のようになれるだろうか?』

 

『……さぁな。だが少なくとも、お前は俺のようにはなるなよ』

 

自分を慕ってくれていた子分のぼやきに、レオンはそう返した。

 

『俺はただ……フガルのおやっさんに憧れて、その背中を追い続けていった。……背中を追うってことは、前に人がいなけりゃ、歩けねぇって事でもあるんだ』

 

――同格であり、兄弟分であったはずのガシャドとの間に感じた”差”、それを痛感した直後だったか。一人で一服しているところに子分がやってきてそんなことを問いかけてきた。

 

『だがガシャドの兄弟は違う……。あいつはもう、自分の道を、自分の足で歩いている。……その背中に着いていく奴らが大勢いる。……アイツのことを、兄貴と呼ぶ日が来るとはなぁ……』

 

嬉しげに、誇らしげに――寂しそうに、感慨深げに、そういったことを覚えている。こちらをじっと見つめてくるガシャドの弟に微笑みを向けて、

 

『だからお前は……憧れるだけの俺になるな。ガシャドの兄弟と……ガシャドの兄貴と同じように、自分の道を歩け。なんたってお前は――』

 

――全てが終わって、もう一度あのときの話を思い出したとき、レオンは後悔するのだった。あのときの期待を込めた言葉が、弟分を追い込んでしまったのかと。

 

 

 

昨夜の一件の影響か、日が昇ったにもかかわらず港湾区には人の姿がいなかった。船着場には何隻かの船があるものの、人の気配もない。だからこそ、彼らを見つけるのは容易かった。

 

「――いた! っ、あの人は……っ!!」

 

「っ……待てよ、おい!!」

 

視線の先で船の準備をしている人物を見つけ、エルガとレオンはそちらに向かって駆け寄っていく。近づいてくる二人に気づいたのか、その人物は視線をこちらに向けると船から離れるように立ち上がる。――その側に、気絶しているのかぐったりと横たわるナギサの姿もあった。

 

「――――」

 

「……待て、まずは話をしたい」

 

最初に見つけたスーツ姿にサングラスをかけた大男の影からすっと一人の男が姿を見せた。大男と比べると小柄とは言え、まるで突然現れたかのような隠行にエルガは驚きを隠せない。何せ小柄な男が姿を見せるまで、その気配を感じ取ることが出来なかったのだから。

 

大男が押しとどめたその手には、短刀が握られていた。――あの隠行のまま襲ってこられたらひとたまりもなかっただろう。相変わらず気配を殺しているため強さの度合いが測れないが――少なくとも、自分やレオンよりも格上の相手だろう。

 

「よう。……こんな所で何をしているんだ、ジェイク」

 

「………」

 

サングラスをかけた大男――ジェイクは何も答えず、ただ顔を上げて青い空を見やった。何かおかしいのか不思議そうな表情を浮かべた後、首を振ってレオン達へと視線を向ける。

 

「お嬢さんを連れて、遠回りでクロスベルへ。去年ご破算になった商談に対して、話を付けにいくつもりです。彼女の力については聞いていますから……こちらが有利な条件を付けることなど容易いでしょう」

 

「……ジェイク。そんな“表向きな話”などどうでも良い。俺は、お前の本心を聞きたいんだ」

 

「―――」

 

あくまでも商談のため。そのために、ナギサが持つ例の力を利用するのだと言うジェイクに対し、嘘は通じないとばかりに言い切ったレオン。サングラスの奥で、驚きに瞳を見開かせるのが伝わってくる。真っ直ぐに見つめてくるレオンに、やがて彼は顔を背けて、

 

「……本心、か。……以前駅前で再会したときにも言ったはずだ、レオンの兄貴。俺は、兄貴を超えたいんだと」

 

「………」

 

兄貴を超えたい――確かに先日駅前で出会ったときも、そんなことを言っていた。だがそれがどう関係するというのだろうか。今のレオンは(表向きは)ただの堅気であり、対するジェイクはブレイツロックの三代目若頭。順当に行けば、四代目会長も夢ではない。

 

すでに対等、もしくは超えているようにエルガには思えた。それでも足りないのだというのだろうか。

 

「だがもう、兄貴を超えることは出来ない。俺に背中を見せたままいなくなったんだ」

 

「………」

 

「……?」

 

拳を握りしめ、心底悔しそうに、若干の怒りを滲ませながら呟くジェイクを見て、レオンは微かに目を伏せる。――何か、おかしい。エルガはそこで違和感に気づいた。ジェイクの言う兄貴とは、本当にレオンのことなのだろうか。

 

「だったら……だったらせめて、ケジメは付ける。彼女の力があれば、それが出来るんだろう? ……ケジメを付けずに、“初恋の女の娘”を引き取って逃げ出したあんたに変わって、俺が兄貴の墓前に奴を突き出してくる」

 

「っ!!?」

 

「は、初恋!?」

 

唐突に告げられた事実に、エルガは驚愕する。ジェイクが言っているのはサリスのことだろうが、しかしそんな関係があったとは。隣のレオンを見やると、まるで体を貫かれたかのように顔を歪め、視線を俯かせている。

 

「……そうだったな。俺は……とるべきケジメを付けずに逃げ出した、ただの腰抜けだ」

 

どうやら――いや、絶対に――色恋沙汰を暴露されたことが原因ではないだろう。ジェイクに告げられ、悔しげに拳を握りしめるレオンは、深く息を吐き出した。

 

「言い訳はしない。確かに、俺はケジメを取らなかった。そして取るべきケジメを、お前達に押しつけた」

 

――もしかしたら、だが。タシースが傘下の組員を御しきれなくなったのは、自分の責任でもあるのかも知れない。二代目を殺され、それに対し何のケジメも取らなかったレオン・オーガストに失望した――だから、その後任であるタシースが舐められることになったのか。

 

「だが俺に……あのときの俺には、それまで背負ってきたものを全て捨ててでも、守るべきものが出来たんだ」

 

あのときのクロスベルで、逃亡と無実の証明に躍起になる中で再会した、かつて惚れていた”幼馴染み”から娘を託され、彼女を“ヤクザの娘”としないために、組から足を洗う決意をした。そのことを後悔する気は微塵もない。あのときは、矜持と娘を天秤にかけたとき、天秤が娘の方に傾いた――ただそれだけだ。

 

「……それが彼女か」

 

「あぁ。……だからこそ、サリスの友人の危機を、黙って見過ごすわけにはいかねぇ」

 

「レオンさん……」

 

俯かせていた顔を上げて、決意を固めた表情でレオンはジェイクに告げた。先程は弟分の指摘に揺らいでいたが、しかし自分の覚悟と思いよって、その動揺を抑えたのだ。――本当に強い人だなと、エルガはレオンを見やる。

 

「確かにナギサの嬢ちゃんの力があれば、犯人もわかるだろう。その情報が多く残っているクロスベルに行くって言うのもわかる。だがな……これはあくまで俺達の問題だ。何の関係もねぇ嬢ちゃんを巻きこむのは、筋違いってもんだろうが!」

 

「っ……」

 

レオンの怒声に、ジェイクは僅かに後ずさる。彼にも、その自覚があったのかも知れない。ナギサはこの件に関しては全くの無関係であり、巻きこむべきではないと。その迷いを指摘され、ジェイクは拳を握りしめる。

 

「――そろそろ時間だ。……これ以上時間がかかるなら、実力で排除することを提案するが」

 

これといって特徴のない、どこにでもいるような男――奴は時間を気にする素振りを見せた後、そっとジェイクに告げた。その報告と提案に、彼は苦虫を噛みつぶしたような渋い顔を見せ、やがて仕方ないとばかりに頷いた。

 

「……確かに、レオンの兄貴の言うとおり、この嬢ちゃんは無関係だ。だが、俺は俺なりに筋を通すつもりだ。あんたとは違って……っ!」

 

「――だったら俺も、筋を通す」

 

これ以上は埒が明かない――そう言わんばかりにレオンは拳を握りしめて構えを取った。ヤクザとして生き、数々のケンカをくぐり抜けた我流の格闘術。

 

「お前の動機は正しいものだろう。だが……無関係で幼気な嬢ちゃんを勝手に巻きこんでケジメを付けさせたとして、ガシャドの兄貴は……お前の”実の兄”は、お前をぶん殴るに決まってんだろが!」

 

(――実の……そういうことか……!)

 

レオンが言った、お前の実の兄――つまりジェイクは、二代目であるガシャドの血の繋がった弟。これまでジェイクが微妙に使い分けていた「兄貴」と「レオンの兄貴」の謎がようやく解けた。

 

つまり兄貴を超えたいというのは、レオンを超えたいのではなく、二代目を超えると言うことか。

 

「結局はお前も俺と同じだ……! お前はガシャドって言うでかい男の背中に憧れ、その背中を追い続けているだけだ!」

 

「……っ、確かに、俺の前には兄貴の背中がある……その背中を追い抜くために、ケジメを付けなきゃなんねぇんだよ!!」

 

レオンの叫びに、ジェイクも応じるかのように大声を上げた。その叫びからは、確かな焦りがあるようにエルガには感じられた。

 

サングラスを外して放り投げ、自身が着ていたスーツを一瞬で脱ぎ捨て、上半身を露わにさせる。――その背中に力強く描かれた、今にも飛び立っていきそうな大鷲が朝日に照らされて輝いている。

 

「………良いだろう。――来い」

 

対するレオンもまた、自身が着ていた服を脱ぎ捨て、ジェイクと同様に上半身を露わにさせた。彼とは異なり、背中に描かれているのは牙をむいた勇猛な獅子。お互いの背中の入れ墨が、それまでの生き様を表しているかのようだった。

 

もう言葉は無用――互いが正しいと思うことを貫くために、大鷲と獅子は――

 

「――うおおぉぉぉぉっ!!」

 

「――ああぁぁぁぁぁっ!!」

 

――ブレイツロック若頭、ジェイク・ドラン――

 

――ブレイツロック元若頭、レオン・オーガスト――

 

両者は同時に叫びながら駆け出し、互いに突き出した拳がぶつかり合った。




前半はやたらと濃い説明回。後半は半裸になった男共の暑い戦い。

今回起こった帝都の異変である「緋色の空」は、占い師ダルテの術によって今後大地震として認識されます。要は閃の軌跡2の皇魔城が、集団幻覚となっているのと似たようなものです。

正直閃の軌跡3で、集団幻覚扱いされていると知ったときは、「え~……」と思いました。いくら生気を吸収されて意識朦朧とした市民が多かったとはいえ、あんな大規模な異変が集団幻覚で通るかな、と。その後もNPCの会話で話題に上ることもあまりありませんでしたし、違和感がありました。

ですが3と4で判明した黒幕、及びゼムリア世界の根幹に関わる伏線から推測するに、「あり得なくはないのか」と納得しました。特に黒幕に関しては、そうやって情報の秘匿や有利展開に持って行ったからこその出来レースでしたし。

そんな「世界の仕組み」に気づいているダルテ殿。結局外道判定は免れませんでしたね。しかし残当である。



そしてぶつかり合ったレオンとジェイク。片や実兄の死因の謎を解くために。片やそのために少女を巻きこもうとする愚行を止めるために。ーーナギサが承諾したら片がつくんじゃ、とか言っては行けない。

例え言ったとしても、レオンはいい顔をしないですね。幼い少女を巻きこむのに抵抗がある人ですし(実は調査に彼女が協力することも、あまりよく思っていない)、他に代わりがいないのでしたら渋々認めますが、今のクロスベルにはガイ・バニングスという世話になった頼れる警察官がいるので彼は承諾しないでしょう。

ーーただし、この数ヶ月後にガイさんは………。
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