英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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今話で3章終了です。


3-15 帝都の長かった一日

 

「……あっちも、決着が付いたようだな」

 

弟分との戦いを終え、レオンは気が抜けたのかその場でドサリと腰を下ろした。その状態のまま周囲を見渡して、見慣れた白髪の短槍使いの姿を見つける。その短槍使いは槍を支えにして何とか立っているという様子ではあったが、やがてこちらの視線に気づいたのか顔を上げて、ゆっくりとした動作で近づいてくる。

 

「レオンさん……何とかなったみたいだね」

 

「あぁ。そっちも、無事で何よりだ」

 

短槍使い――エルガの視線の先には大の字になって倒れている男がいた。ジェイクが引き連れていた男だったが、彼一人で何とかなったようである。――尋常ではない気配を醸し出していた相手だったのだが、見かけ倒しなのか。それとも――

 

「――……何か、変な感じがするな」

 

「変な感じだと?」

 

同じように倒れこんでいるジェイクが呟いた。今まで感じてこなかった痛みを今頃感じ始めたからか、表情を歪めている。

 

「えぇ、妙に力が抜けるというか……――――っ? なんだ……?」

 

「どうした?」

 

猛烈な違和感でも感じたのか、一際表情を歪めた途端、体を起こそうとしていたジェイクから力が抜ける。不審に思ったレオンが彼の側まで近づこうとして――

 

「――――なっ……んだ」

 

突如四肢から力が抜け、彼もまたバタンと倒れ込む。あまりにも唐突に起こった脱力感、そして自身の体の感覚が鈍っていくことに危機感を抱く。

 

「なんだ、これは……体が……っ!」

 

体が動かない。そればかりか、四肢の感覚が鈍っていく。痛覚が鈍り始めたのは幸運だが、それ以外はまずい。頭に靄がかかったかのように、思考も鈍り始める。一体何が起こっているというのだろうか。

 

「……ま、まずい……立って、いられない……っ」

 

短槍を支えにして立っていたエルガも跪き、最終的にうつぶせに倒れ込んだ。だがジェイクやレオンと比べるとまだ意識ははっきりとしているのか、起き上がろうともがきながらある一言を口にする。

 

「これは、まさか……”シツメソウ”……っ?」

 

「シツメソウ……? シツメソウ……シツメソウ……っ!」

 

どこかで聞いた覚えのある言葉を三度ほど呟いた後、ようやく思い出す。シツメソウ――別名“幻覚草”。大陸南部に生息する希少な植物。過剰に摂取すれば幻覚を見せ、死に追いやる毒草でもあった。だが少量であれば麻酔としての効能もあるため、医術では扱われることもあるらしい。

 

そして以前この植物を元に作られた”毒塗りの弾丸”で狙撃されかけ、ガシャドはこの凶弾に倒れた。レオンにとっては因縁のある薬草だろう。

 

しかしこの効能が発揮されるのは体内に取り込んだ場合のみ。医者の娘であるアニーに寄れば、銃弾に塗布し、その銃弾にかすっただけでも体内に取り込んだ判定になるそうだ。だがこの戦いで、シツメソウが体内に入るような出来事はなかったはず。

 

ちらりと倒れ込み、意識がもうろうとし始めたジェイクの拳を見やる。やはり腕に毒が塗られていると言うことはなく、またその手の行為は彼自身嫌っているため、彼が毒を盛ったとは考えづらい。

 

では一体どこで――誰が――

 

「――全く、ここぞと言うときに潜在能力を発揮する奴は嫌いなんだ。これまで綿密に組み立てていた計画を、知ったことではないとばかりに壊していく脳筋もな」

 

三人が倒れ込む中、ゆらりと幽鬼のように起き上がる一人の男。エルガと戦っていた彼が、こちらを恨むような目つきで見下ろしてくる。だが次第にその口元が笑みの形に変わっていくのを見て、レオンは悟る。――コイツが何かをした、と。

 

「貴様……俺達に何をした……っ!!」

 

「何、短槍使いの言うとおり幻覚草を盛ったまで……これを使ってな」

 

睨み付けてくるレオンに対し、男はどこか勝ち誇った表情を浮かべ、懐から”香炉”を取り出した。目をこらせば香炉の上部にある穴から、細い煙が上がっているのが見え――そして察した。あの香炉を使って、シツメソウを“吸わせた”のか。

 

「毒使いだったか……っ」

 

「残念だったな、短槍使い、獅子殿。――後一手足りなかった」

 

形勢逆転だ、と言わんばかりに嘯き、三本目の短剣を取り出した男に、エルガは途切れそうな意識を気合いでつなぎ止めながら問いかける。

 

「……シツメソウをそんな風に扱っても、なんの効力も発揮しなかったはず……」

 

「ほう、詳しいな。確かに香炉で幻覚草を焚いても効能は発揮しない。……だが、その香炉が”特別製”……女神の遺物ならば話は別だ。この香炉を使えば、こんな使い方も出来る」

 

「………まさか、お前……」

 

――特別製の香炉、女神の遺物を使った。現代科学では証明出来ない力を持った古代物――それらはアーティファクト、早すぎた女神の贈り物と呼ばれている。そして、その香炉を使ってとある事件も起きていた。エルガもレオンも、この男の正体に気づく。

 

「……ネイリ一家の五人を毒殺したのは、貴様か……っ!!」

 

「――な、に……?」

 

拳を握りしめたレオンの叫びに、意識を少し取り戻したのか、ジェイクが反応する。――エルガとナギサが帝都に到着した際に襲ってきたヤクザ達――ネイリ一家の五人。彼らはその後鉄道憲兵隊のご用となった後、憲兵隊詰め所で毒殺されているのが発見されたのだ。

 

ナギサの”特別な力”によれば、その五人の殺害方法がシツメソウによる毒殺だったのだ。さらにはその際に”香炉”を使っていたことも判明している。現場にはすでに香炉はなかったが、特別製だったが故に回収したのだとすれば、納得も行く。

 

「ネイリ一家の五人……。奴らのことならば知っている。確かに、”依頼主”の要望に応えて参った。それが何か?」

 

「依頼主だと?」

 

思い出すように瞳を細めて頷き、その話の内容にジェイクが体を微かに起こした。まるで初めて聞くと言わんばかりの反応に、エルガは眉根を寄せる。

 

「あんたが雇った暗殺者じゃないのか……?」

 

「違う、俺は……”ヤモリ”の紹介を受けただけだ」

 

ヤモリ、それがこの男の名――いや、おそらく暗殺者としての呼び名であって本名ではないだろう。ともかく、ヤモリの紹介を受けただけと答えた彼をひとまず置いておき、レオンはようやく結びついたとばかりに拳を握りしめる。

 

「……シツメソウを使った犯行……あんた、去年クロスベルに行ったことはないか?」

 

「――」

 

問いかけではなく、確認するかのような物言いに、ヤモリは薄く笑い、そして告げた。

 

「聞きたいことははっきりと言ったらどうだ、獅子殿」

 

「そうか、なら……ガシャド・ドランを殺したのは貴様か、ヤモリ」

 

「な、ん……」

 

回りくどいのはなしだとばかりに、直球で問いかけたレオン。その問いかけは、ジェイクの瞳を見開かせるのには充分であった。

 

「どういう……ことだ……? ヤモリ、お前……」

 

「……ガシャドさんの死因、知っていますか?」

 

「……暗殺……狙撃されたのではないのか……?」

 

困惑しているジェイクに、エルガは悲痛な表情を浮かべて問いかけた。返ってきたその返答は、重要な部分を知らないのだと言うことを意味していた。先程からの驚きと困惑から、まさかという気がしていたが――

 

「確かに狙撃されたらしいです。ですが……その銃弾には、幻覚草が塗布されていました」

 

「―――――」

 

言葉を失うジェイク。今まで知らず、そして知っていたらすぐに彼を怪しんでいたであろう情報を初めて知った彼は、悔しそうに表情を歪めながら拳を握りしめていく。掠れるような声音で、ぼそりとヤモリに問いかける。

 

「……本当、なのか? ヤモリ……お前が、兄貴を殺したのは……っ!」

 

「あぁ、そうだ。……貴様があの男の弟だと知ったときは肝を冷やしたが……結局最後まで気づかなかったな。正直笑えたよ」

 

「……っ!!」

 

文字通り鼻で笑いながらジェイクを見下ろすヤモリ。それまでは雇い主と雇われ、といった関係性を意識した言葉遣いだったのが、もう取り繕う必要性がないためか、ぞんざいなものとなっていた。

 

「二手先、三手先を読むその慧眼は認めよう。だが一手先を読まない中途半端さ……そんなだから、すぐ側にいる仇に気づけんのだ」

 

「っ……」

 

ヤモリからの言葉に、ギリッと唇を噛みしめたジェイク。ぐうの音も出ないのか、言いたいことはあっても言葉に出来ない様子であった。体中に麻酔が周り、ろくに動けないエルガは、先程聞いた時に気になっていたことを口にする。

 

「……さっき紹介を受けた、と言っていましたよね。一体誰からあの男の紹介を受けたんですか」

 

「……“鉄血”だ」

 

「なっ……!」

 

忌々しそうに告げるジェイクの言葉に、レオンは目をむいた。鉄血――それが指す人物は、この帝国では一人しかいない。

 

鉄血宰相――ギリアス・オズボーン。平民出身でありながらも宰相という地位に付き、皇帝陛下からの信も厚い人物。平民が台頭してきた矢先に現れた、革新派のリーダーとも言える人物であり、その強引な改革案によって貴族からは毛嫌いされている。

 

そして――ブレイツロックにとっては、“してやられた”相手でもある。何せブレイツロックが抱えていた土地の利権問題も、元はといえばこの男の改革案が大きく関係しているのだから。

 

オズボーン宰相が行うとする区画整備と改良案――それを実現させるために、ブレイツロックが保有していた土地が必要となり、執拗に土地の売却を迫ってきたのだ。そしてその後、ブレイツロックの何者かが、土地を売却したのである。

 

そのタイミングの良さに、直接口に出す奴はいないものの、薄々は気づいている。この一件の、背後にいる存在について。

 

その怨敵とも言える鉄血から、ヤモリの紹介を受けた――どうにも嫌な予感がしてならない。しかし以外にも、そのヤモリ自身さえ忌々しそうに表情を歪め、

 

「鉄血か……いつ聞いても腹立たしい名だ」

 

舌打ちまで放ってぼやく辺り、相当腹立たしいことがあったようだ。しかしそのことを口に出すことはなく、やがて首を振ってしゃべりすぎたとばかりに、

 

「まぁいい、どのみち貴様達には関係なくなるのだからな」

 

手にしていた短剣を持って、倒れている三人の元へと近づいてくるヤモリ。その短剣は何かを塗ったかのように光を反射しており、シツメソウが塗布されていることを察するには充分であった。

 

「くそっ……!」

 

体質的に薬が効きづらいのが幸いしてか、体が辛うじて動くエルガだが、それでも体を起こすのすら難しく、例え起こしたとしても槍を支えにしなければ立つ事もままならない。自分でこれなのだから、残る二人は体を起こすことすら出来ないだろう。

 

「会話のせいで意識ははっきりしたようだが……だがだからこそ苦しむ。……痛覚がないことを祈るがいい」

 

「……っ!!」

 

振り上げた短剣の切っ先を、倒れた三人へ――特に立ち上がろうともがくエルガに向ける。振り上げられた短剣を見上げ、睨み付けるかのようにその切っ先を見やる。

 

(――まずい……っ!!)

 

「坊主ッ!」

 

「やめろヤモリ!!」

 

体がろくに動かない状況では、どうあっても回避は出来ない。レオンとジェイクの叫びが木霊するが、それに応えることは出来ない。自らに向かって振り下ろされる短剣を、ただただ睨み付けて――

 

 

「――そこまでです!」

 

 

――聞き覚えのある女性の叫びに重なるように、一発の銃声が響き渡る。

 

「ぬっ!?」

 

エルガの目の前で火花が散る。同時に、ヤモリの手から短剣がはじき飛ばされ、半ばほどから真っ二つに砕け散っていた。慌ててエルガから距離を取り、銃声がした方へと視線を向け――今度は男性の叫び声が木霊する。

 

「行くぜ――リベリオン・ストーム!!」

 

周囲で発生した風が集まり球となる。その風球が六つ集まり、解放――突風が港湾区に発生し、周囲の空気を吹き飛ばし、船が揺れ、コンテナをつり上げるクレーンのワイヤーが大きく動く。

 

「な、なんだ……!」

 

「――そうか、香炉の香りを……!」

 

突如発生した突風に驚き、レオンは目を見開き、ジェイクはその真の狙いに気づく。そう、この風は攻撃ではなく、”次へ繋ぐための布石”。辺り一帯に広がったシツメソウの毒気を吹き飛ばすために。

 

「エルガ君、レオンさん、無事ですか!?」

 

「頼れるお姉さん達が助けに来たわよ!」

 

周囲の毒気がなくなったころを見計らい、見慣れた白い女性が一目散にこちらに駆け寄り、剣と銃で武装した女性はこちらにウインクをしながらヤモリへと銃口を向け牽制する。

 

「――“氷の乙女”に”零駆動”、”水閃”、”紫電”……これはまた……」

 

銃口を向けられたヤモリはうろたえることなく現れた軍人に遊撃士達を見て顔をしかめる。それも当然だろう、現れた遊撃士達は全員二つ名持ちの高位遊撃士であり、さらにTMPの女性士官はブレイツロック内でも幾度も聞いた名である。

 

「しかしこれは一体どういう状況だ? 俺はてっきりジェイクとレオンの旦那が殴り合いしているのかと思ってたんだが……」

 

大技によって毒気を吹き飛ばしたトヴァルは眉根を寄せて首を傾げる。”大地震”の対応に追われていたのだが、かなり慌てた様子のアニーから事のあらましを聞き、大慌てで港湾区に足を運んだ矢先では、黒幕と思っていた人物が毒にやられて地面に倒れている状況だったのだ。

 

彼の隣でライフルを構えた女性士官――クレアは一呼吸置いた後、この状況から考えられる推測を述べ始める。

 

「――おそらく”途中までは”そうだったのでしょう。ですがジェイクさんが敗れた後で、あの男が本当の姿を現した……」

 

そう言って、クレアはライフルの銃口をヤモリへと向ける。その迷いのない動作と瞳、そして続く言葉から、ヤモリは悟る。どうやら彼女は、以前からこちらの正体に気づいていたと。

 

「――毒使いヤモリ……毒殺を得意とする暗殺者であり殺し屋……数日前に、レオンさんを狙撃した犯人ですね。そして――二年前、クロスベルでガシャド・ドランを暗殺した張本人」

 

「ご名答、流石は鉄血の飼い犬、良く回る頭だ。もしくは、もう片方の飼い犬の情報収集か、はたまた両方か……」

 

「………」

 

ぱんぱんと手を叩き、賞賛しつつもどこか馬鹿にした様子を露わにするヤモリ。しかしその発言にクレアは僅かに表情を強ばらせた。――まだ発足して間もない上に、表にも出ていない“情報収集を行う部隊”のことを掴まれている。探りを入れているのはそちらだけではない、と言外に忠告を受けた気分であった。

 

一体どのような手段を、と思考するクレアの傍らで、未だに銃を向け警戒を解かない武装した女性――サラが肩をすくめながら、

 

「まずは大人しく投降して貰いましょうか。話ならあとでゆーっくり出来るわよ?」

 

「――すまないが本当に時間がなくてな。ここで失礼させて貰う」

 

「――動かないで! 手をあげなさい!」

 

フン、と鼻を鳴らし、懐に手を伸ばそうとするものの、クレアとサラがその動作を許すはずもない。動こうとした矢先に鋭い制止の声が飛んでくる。未だに銃口は向けられたまま。懐に手を入れて道具を取り出すよりも先に、二人から放たれた弾丸に撃たれる方が早いだろう。

 

「………」

 

観念した様子でため息をつき、手を上げるヤモリ。――一拍遅れて、アニーから手当を受けていたエルガは気づいた。

 

「――違う、左手!!」

 

「えっ?」

 

「何を――」

 

「――遅い」

 

突然の叫びに困惑する一同。エルガ自身気づけたのは運が良かったというか、勘が良かったというか――ヤモリの動きが妙に気になり、その手の動きをじっと見ていたから気づけたのだ。左腕に仕込んでいた、何らかのスイッチに指を伸ばしたのを。

 

「流石に一人では無理なのでな。”目的”を果たして去るとする」

 

何らかの装置と思わしきスイッチを押した途端、トヴァルが起こした突風によって大きく揺れていたクレーンが動き出す。クレーンの先端が、弧を描きながらクレア達の背後から襲いかかってきた。

 

「後ろだ、避けろ!!」

 

「くっ……!」

 

レオンの叫びに振り向き、迫り来るクレーンを避けるために左右へ逃れた三人。その間を通り抜けたクレーンは、今度はヤモリへと向かって行く。タイミングを見計らい、彼は自らクレーンに掴まってその場から逃走した。

 

「しまった!」

 

「ま、待ちなさい!」

 

「――って、そっちの方向は!?」

 

サラとクレアが逃走したヤモリに向かって発砲する物の、クレーンに掴まり高速で移動するヤモリには当たらない。さらには彼が逃走した方向には、一隻のボートが止まっている。――開戦前に彼とジェイクが用意していた、帝都から離れるための足。そしてその側には、薬によって気絶しているナギサがいる。

 

「あいつまさか、ナギサを人質に……っ!!」

 

「くっ……まずったわね……っ!!」

 

慌てて追いかける物の、クレーンの方が遙かに早く――ヤモリはクレーンから飛び降り、ボートへと直接降り立った。そのまま即座にボートを動かそうとして。

 

 

「――光栄に思うと良いですよ、毒使いヤモリ。そして後悔するといい、この老骨を引きづり出したことを」

 

 

「なに――」

 

――ボートのハンドルへと手を伸ばした矢先に、突如頭上から声をかけられる。慌てて見上げると、別のクレーンから飛び降りてくる何者かの影があった。その影は、何やら鋭く尖った針を二本持ち、両方ともその先端をこちらに向けている。

 

慌ててボートから船着場へと飛び降り、針――二本の刀を回避。ボートの方を見やると、初老で細目の男性が、逆手に握っていた二本の刀をボートから引き抜き、順手に持ち替えているところであった。

 

「貴様は……っ!」

 

その男のことを、ヤモリは知っている。帝都遊撃士協会において、元猟兵という肩書きを持つ”紫電”以上に警戒しなければならない人物。ギルドの受付に転向したとはいえ、元A級、高位の位を持つ遊撃士。

 

「”二空”のインゲード……ッ!!」

 

「それはすでに捨てた名です。今の私は、遊撃士協会所属の受付係……ダーゼフ・インゲード」

 

二本の刀を構え、細目の男――ダーゼフはボートから船着場に降り立った。閉じられたかのような細い瞳から放たれる剣気は、触れるもの全てを斬り裂いてしまいそうなほどの威圧感があった。

 

肌がぴりぴりするほどのプレッシャーに、ヤモリは動けない。ちらりと背後へと視線を向けると、サラやトヴァル、クレアらがこちらに向かってきていた。――逃走手段はもうない。さきほどのクレーンが、事前に用意していた最後の手段だったのだ。こちらに残された物は、短剣が一本と香炉、そして――

 

「ちぃっ!!」

 

舌打ちを一つ放ち、懐から取り出したそれを地面に叩き付けた。するとそこから紫煙が立ちこめ、当たりを煙で塗りつぶす。

 

「これは……まさか毒!? 自爆する気か!?」

 

「くっ……なんて物ぶちまけるのよ! ダーゼフさん!」

 

(毒霧と目くらまし、これで逃げるしか……っ!!)

 

目の前の男さえ何とか出来れば逃げ切ることは出来る。この毒でダーゼフの動きを止めることは出来るはずだ。一方ヤモリは、自分が使う毒を無力化する手段は熟知しているのだ。故に自らの毒にやられる愚はおかさない。

 

このまま河川へと飛び込んでこの場から逃走を図る、これが最終手段であった。あの女狐の要望を叶えられないのは後が怖いが、ここを乗り切らなければ後はない。後一歩踏み出せば、帝都ヘイムダル港に飛び込める――

 

「――そこか」

 

「がは……っ!?」

 

唐突に腹部に走る衝撃。意識を向けると、自身の腹部に何者かの踵がめり込んでいた。そしてそのまま踵に押しやられ、毒霧の外へと吹き飛ばされる。

 

「くそっ……!!」

 

腹部を押さえ、苦しげに呻きながら立ち上がり、逃走を図ろうとするヤモリ。しかしそんな彼を逃がさないとばかりに、毒霧の中からダーゼフが現れ、こちらに飛びかかってきた。

 

「逃がしはしません」

 

「っ……!!」

 

間合いに入るなり振るわれる二本の刀。それを短剣で防ぎながら、ヤモリは叫んだ。

 

「なぜだ……っ! あの毒を吸ってなぜ体が動く……!」

 

「霧状の毒は基本、呼吸と共に目や鼻、口から体内に入り込んでくるのです。たまに肌から染みこんでくるタイプもありますが……それだと貴方自身も毒にやられる。故に、後者ではない。であれば――呼吸を止め、目を瞑れば、完全とは行かずともある程度は毒を押さえられる」

 

「なっ……っ!?」

 

初老の言葉に目を見開くヤモリ。確かにその方法だと、完全とは行かずともすぐに毒にやられると言うことはない。自身が毒にやられないように、そしてその毒に体が慣れるように、ある程度毒素を弱めていることもあるが、それが裏目に出た形であった。

 

しかしならばあの蹴りはどういうことだ。目を瞑った状態で、的確にこちらの位置を把握していたとでもいうのか。

 

「体が痺れる麻痺毒……ですがこの程度の痺れであれば、ハンデにもなりはしない」

 

剣を交合わせながら行われる会話も、それが最後となる。ダーゼフの二刀の攻めに、ヤモリの防御が追いつけないのだ。短剣を振るって必死の防御を行うも、次第に腕を、足を、頬を斬り裂かれ、追い詰められていく。

 

「くっ……ぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

何十合目かの斬り合いの後、ヤモリの短剣が二刀によって挟み込むように受け止められ、そのまま自身の手からはじき飛ばされた。

 

「―――ぁ………」

 

「――終わりです」

 

はじき飛ばされた短剣を見やりながら蓬けるヤモリ。そんな隙だらけとなった彼を相手に、ダーゼフは突撃し、すれ違うその刹那、一刀一瞬八閃、二刀合わせ十六の斬撃を彼に叩き込んだ。

 

「奥義――空月・十六夜。ご安心を、峰打ちです」

 

ヤモリに向けて放った一言は、果たして彼の耳に入ったか。ダーゼフの背後にいる彼は、何一つ話さないまま仰向けに倒れ込むのだった。

 

 

 

ダーゼフの奥義を受け気絶していたヤモリは、思いの外早く意識を取り戻した。しかしあの大技を受けたため体が動かない様子である。それもそうだろう、空月・十六夜――全盛期だったころは一撃一撃が”エルガの師匠が放つ龍牙槍”を超える威力を持っているのだ。

 

むしろよく早くに目が覚めたな、という感想をエルガが抱くほどであった。以前喰らったときは、丸一日は目を覚まさなかったというのに。どうやら手加減したことと事務作業ばかりだったことによる衰え、そしてあの毒の影響も相まって、大きく弱体化してしまったようだ。

 

「――クックック……そうか、私は負けたか」

 

「えぇ。……毒使いヤモリ、遊撃士協会は貴方の身柄を拘束させて頂きます。後ほど鉄道憲兵隊に引き渡されることでしょう。その後は――」

 

「皆まで言わなくて良い。どのみち絞首台にかけられる仕事だ」

 

仰向けに倒れた彼の手足を拘束しながら、ダーゼフは今後の処遇を話していく。だがヤモリは首を振ってそれを遮る。――自身の末路など、とうの昔からわかっていると。

 

「………」

 

「……リーヴェルト少尉、少々良いか? ――すまない。……ヤモリ、一つ答えてくれ」

 

目を合わせようとしないヤモリを見て口を閉ざしたダーゼフ。そんな彼らの元に、ヤモリと同じく両手を拘束されたジェイクがクレアの許可を得て、彼女と共にやってくる。

 

「……殺し屋であるお前に、兄貴を殺すよう指示したのは誰だ」

 

「守秘義務がある。……依頼人のことを、答えると思っているのか?」

 

ブレイツロック二代目の暗殺を依頼した人物――その情報を得ようとジェイクは彼に問いかける物の、答える気はないとばかりに口を閉ざす。彼が鉄道憲兵隊に預けられてしまうのがネックであった。もしブレイツロックが彼を捕縛していれば、”強引に”口を割らすことも出来たであろうに。ふぅ、とため息をつくジェイクの側に、一人の男が近寄ってきた。

 

「……”身内”か」

 

「―――――」

 

その一言に、目を合わせようとしなかったヤモリの瞳が彼の方へ――レオンへと向けられる。その反応を見て、”最悪な予想”が当たったことを彼は悟ってしまった。

 

「……お前は宰相閣下のことが嫌いだろう?」

 

「あぁ」

 

「………」

 

直球な発言に即答で返され、クレアの表情がやや強ばる。しかし一同はそれを無視して、ジェイクは続けた。

 

「宰相閣下を通じて、お前とジェイクは繋がりを持った。だがその前に、一体どこで、何を……いや、”誰”を経由してお前と宰相閣下は繋がりを持ったのか。そしてその”誰か”は、ブレイツの問題に深く関わっている人物ではないか?」

 

「――――クックック。”近いな”」

 

レオンの推測に、ヤモリは笑みを浮かべた。まだ答えには達していない――しかし近い所までは来ている。それを悟ったヤモリは、これ以上悟らせないために、自身の歯を噛みしめた。

 

「一つだけ言えるのは、空の女神は、皮肉が大好きだということだ」

 

「―――」

 

「まさか――!」

 

女神に対して毒を吐きながら吐血するヤモリ。その様子を見て、クレアは慌てて彼の元へと駆け寄った。すぐに呼吸を確かめるが、擦れた呼吸音しかせず、それすらも弱々しいものになっていく。

 

口の中に仕込んで置いた、自決用の毒。それを用いた彼は、もう――ほどなくして、目を見開いたまま全身がだらりと弛緩するヤモリ。ようやく到着した軍医が必死に呼びかけるが、それに答えることは永久にないだろう。

 

 

――太陽は昇り、夜は明けた。ブレイツロックに訪れた夜も、ようやく明けるだろう。――しかし、曇天は未だ晴れない――

 

 




これでひとまず3章は終わりとなります。とはいえ、ブレイツロック二代目の暗殺を依頼した人物、そしてブレイツロックの問題は未だ未解決でありますが。

すでに真犯人は決めていますが……語られるだろうか。閃Ⅲ、Ⅳあたりにならないと難しそうだなぁ……。(遠い目)

次回はおそらく番外編になります。
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