英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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1-03 降り立つ大地

定期飛行艇ががくんと大きく揺れ、その後ゆっくりと旋回していき帝都へ向かって飛び去っていった。中々の速度が出ているところから、操縦士は大慌てで最大船速にしたことだろう。

 

――おそらくは、飛行艇の頭上に浮かんでいる”黒光りする飛行艇”から逃れるために。黒い飛行艇の看板から、去って行く定期飛行艇を見送る大男――集団の頭目は、やがて口を開いた。

 

「”碇”は回収したか?」

 

「回収済みです!」

 

碇とは、先程まで飛行艇の両側面に突き刺さっていた固定用のアンカーのことである。最初の大きな衝撃は、そのアンカーが突き刺さって生じたものだ。だが飛行艇の姿もアンカーも、乗客達はつい数分前に”初めて見た”はずだ。

 

「よし、とっとと“透明”になって現空域から逃げ出すぞ。……帝国正規軍も、もう来てもおかしくないしな」

 

空の彼方――帝都方面へ目を向けて、頭目はやれやれとばかりに息を吐き出し、部下達にそう告げる。了解、という返事と共に去って行く部下の中で、一人去らずにこちらに近づく影があった。

 

この集団――空賊団の副長である仮面の男だ。彼が頭目の元まで近づいてくるのを認めると、口の端に笑みを浮かべて視線を向けた。

 

「珍しいな、お前が下手を打つなんて」

 

「少々イレギュラーがあってな。それはあんたの方も同じだと思うが」

 

「全くだ。つうかまずこの依頼事態イレギュラーだっつうの」

 

ち、と全く隠さない舌打ちと共に忌々しそうに頭をかきむしる強面の男に、副長は腕を組んで頭目の愚痴に耳を貸す。

 

「あんの女狐は気に入らんし、実質タダ働きだし、挙げ句の果てに”天槍”はいるし!」

 

「……天槍だと?」

 

仮面の男が反応する。その名前を知っているのか、微かに驚きが宿っている声音に、頭目はあぁ、と忌々しげに頷いて、

 

「ゼムリア大陸全土に名を広める槍使い。帝国のみならず、西ゼムリアで十本の腕前と称されるやばい奴だ。くそ、もう二度と会いたくねぇ」

 

「……人選を間違えたな。俺が乗客の見張りを行えば良かった」

 

よほど嫌な目に遭ったのか、忌々しげに、そして苦々しげに告げる頭目に、仮面はそうかと頷いた。天槍――かの有名な”剣仙”や”剣聖”、”剣匠”にならぶ強者だ。早い話が槍の世界における彼ら、と言うのが正しいか。それほどの相手があの場にいたとは、と少々残念に思う。

 

だがそれだけであの短槍使いの正体に察しが付き、なるほどと納得したのだ。年齢のわりに高い技量と腕前を持つ槍使い――おそらく。

 

「ということは、あの短槍使いは天槍の弟子か」

 

「あ? あぁ、お前さんが言っていた短槍使いか。おそらくそうだろうな。天槍の野郎も、しきりに何か……いや、誰かを探している様子だったし、脱出艇が飛び出したときは”まさか”と狼狽していたしな」

 

黒い船が高度を上げる。それと同時に、フゥゥゥンという音と共に船の装甲が光に包まれ、その部分が透けていく。――じっと目をこらせば船の装甲が見えるが、それは看板の上という、すぐ近くから見てだ。数メートル離れれば、そこには何もないようにしか見えない。

 

――一年前、とある組織から強奪した”試作艦”――船を透明化させる光学迷彩に、レーダーに引っかからないステルス機能、他にもいくつかの機能を持つこの船は、“略奪”を行うのにうってつけであった。

 

先程出した命令通り、ステルスモードになった船がその場から離れていく。看板にいる自分たちも、光学迷彩が展開された内部にいるため外からは見えないだろう。

 

眼下に広がる帝国の土地を見下ろし、ほんの数十分前のことを思い返しながらため息をついた頭目に、仮面は無言を貫いている。だが脱出艇という言葉を聞き、忌ま忌ましさがこみ上げてきたのか、やがてため息混じりに。

 

「……思えばあの少女も謎だな。魔術か妖術か……その当たりは知らんが、それに類する術を使ってきた」

 

「なんだと……?」

 

目を細め、鋭い視線で仮面の男を見やり、話せと言外に告げる。こくりと頷き、仮面の上からでもわかるほど苦々しいものを浮かべながら、

 

「もう少しで短槍使いを倒せるところで、あの少女が術を使いこちらの動きを封じてきた。……その間に逃げられた」

 

「……動きを封じる、か。くそ、女狐め……大事なことは一切話さないってか?」

 

「そろそろ話してほしいものだ。なぁ、女狐殿?」

 

頭目も仮面も、途中から気配が増えていることに気がついていた。その気配がいつ頃声をかけるのかと待っていたのだが、向こうからかけてくる気配はなく、痺れを切らしてこちらから問いかけてやったのだ。

 

――二人が放つ強烈な”敵意”に、女狐と失礼な呼び方をされた女性はあらやだ、と悲しそうな表情と声音で二人に告げる。

 

「お二人ともひどいですわ……。私、お二人が真剣なお話をされているものだと思っていまして、声をかけるタイミングを伺っていたのですよ?」

 

金髪に碧眼の女性はそう言って流し目を二人に向けて来た。顔立ちは整っていて、無垢かつ妖艶という矛盾した二つを同時に宿すその流し目に、大半の男達はやられてしまうだろう。だが、二人はそれが演技だと気づいている。故に、冷たく鋭い、敵意を持った視線で相変わらず女性を見据えていた。

 

「うちの部下を勝手に閨に招こうとするあんたが、タイミングを伺う? ハッ、ゴーディーオーサを飼い慣らしたら信じてやるよ」

 

「あらやだ……私はただ、皆様方の疲れを取り除き、皆様の癒やしになればと……」

 

「もっと他のやり方があるんじゃないのかって話だ! いい加減にしねぇと俺の船から突き落とすぞ!」

 

森に住まう大猿のような姿をした凶暴な魔獣の姿を思い浮かべ、仮面は無理だなと断言する。頭目の言葉を受け、さらに泣き崩れる女性に頭目はさらに苛立ちを募らせ、声を荒げた。この女のモラルのなさは、副長である仮面も気になっている所であった。

 

いくら空賊とはいえ、うちにはうちの掟がある。だからこそ荒くれとはいえ統制が行えるのだ。だがこの女は、それを悉く壊そうとしている。――この小さな船の中で、この女が原因で分裂するのではないかという危機感を、二人は持っていた。

 

とはいえ、今回の依頼人は彼女だ。すでに報酬も前払いで受け取ってしまった手前、今更無下にすることも出来ない。船の中で軟禁させてはいるが、それだけではどうも不味い気がする。

 

「まぁ怖い。吠えるだけ吠えて、でも何も出来ない負け犬の叫びほど、恐ろしいものはありませんわ」

 

「てめぇ………っ!!」

 

「――団長」

 

クスクスと笑い、怖いと言いつつも怖がらず、逆にこちらの神経を逆なでする言葉に、頭目がついに殺気を込めた口調で懐に手を伸ばす。だが仮面は頭目の短気を押さえ、落ちつけとばかりに彼よりも一歩前に出る。

 

「――あんたもだ。自分はあくまで客分だということを忘れないで欲しい。あんたの要望で乗せてはいるが、船に危険が及ぶと分かればすぐに降ろすぞ」

 

「ふふ、副長様は物わかりが良くて助かります。私の身が危険な時は、しっかり守って下さいね?」

 

「自分の身ぐらい自分で守れ、女狐」

 

「あら、先程危険な時は身をていして守るとおっしゃったではありませんか」

 

「――俺は、”船に危険が及ぶと分かれば”といったはずだ」

 

「…………」

 

――外部的要因で危険が及ぶ時なのか、それとも内部的要因なのか――女狐と呼ばれた女性は笑みを浮かべたまましばし押し黙り、やがて憂いを帯びた吐息と共に副長に流し目を向ける。

 

「……いけずなお人」

 

そう言って最後に、こちらに微笑みながら立ち去っていった女性に、油断ならんと鼻を鳴らす団長は、

 

「結局何も言わなかったなあの女……わかっているとは思うが、気をつけろよ。アレは所謂底なし沼だ。一度捕まっちまえば、抜け出すことは出来ねぇぞ」

 

「底なし沼と言うよりも、食虫植物だろう。周りの奴らを引き寄せて、それで生きているような女だろうな」

 

――二人が女性に向ける意見は一致していた。アレに気を許してはならないと。一度でも気を許してしまえば、そのままずるずると破滅に導かれてしまうだろう。

 

「……とっとと依頼を終わらせて追い出すぞ、あの女」

 

「追い出したら、今度はロイやエディあたりが着いていくと言い出しかねんがな……」

 

すでに文字通り骨抜きにされてしまった古株の名前を出し、頭目ははぁっとため息をついた。苛立ちを隠せないまま舌打ちをし、

 

「あの二人がやけに進めてくるから受けた依頼だが……くそ」

 

「しばし様子を見るとしよう。だが俺かあんたか、どっちかは女狐を見張らなければならんが。……それより依頼はどうする?」

 

「続行に決まってんだろ! 脱出艇が落ちた場所はわかってんだ、お前は何人か連れて降下しろ! 帝都に入られる前にとっ捕まえちまえ!」

 

「――了解した」

 

 ~~~~~

 

少し時間を遡り、帝都南の街道にある森の中に不時着した脱出艇の中から、顔をしかめた白髪の少年が槍を持って出て来た。

 

「いっててて……これを設計した奴、脱出経験も飛行艇から降りた経験もないだろ……」

 

「そんな経験、ある人の方が稀だと思うけれど……」

 

彼の後ろから、頭を押さえながら涙目になっている黒髪の少女が突っ込みを入れる。エルガとナギサの二人は、無事とは言い切れないものの何とか空賊達の手から逃れることが出来たようだ。

 

「ありがとう、さっきは助かったよ」

 

ははは、と笑いながら礼を言うエルガ。さっきというのは仮面男の動きを止めたことと、脱出艇のロックを一人で解除したこと、二つに対する礼だろう。

 

だが突然お礼を言われ、なぜか狼狽するナギサはオロオロとエルガを見て、次にボロボロの姿に気づいて目を丸くする。――脱出艇の中では、意識を失っていたのかずっと目を瞑っていたのだ。

 

「うっ……そ、それよりも、エルガの傷……」

 

「大丈夫。あまり得意じゃないけど、導力魔法は使えるから」

 

そう言って懐から取り出したのは懐中時計にも似たもの。時刻を告げる秒針はあるものの、それはどちらかと言えばおまけで、メインは至る所にある窪みと、そこにセットされているいくつかの宝石。

 

戦術導力器(オーブメント)。これにより導力魔法と呼ばれるアーツを使用することが出来、また所有者の身体能力の底上げにも役立ってくれる。だがアーツには個人個人で適正があり、得意なものと不得意なものがいるのだ。

 

エルガは不得意な方で、どことなく気は進まなさそうである。だが得意じゃないという言葉を聞いたナギサは目を瞬かせて、視線を俯かせながらも、

 

「その……私もアーツは少し使えるんだけれど……」

 

「そうなのか? ……いや、オーブメント持っているのか?」

 

「持ってないけど……良いから、そこに座って」

 

首を横に振るも、エルガの手を引いてその場で跪かせるナギサを不審がるも、彼女は真剣な眼差しで彼が負った傷に手を向けた。瞳を閉じ、何かに集中する彼女の体が仄かに光ったような――傷口が徐々に小さくなっていく。

 

(……えっ………)

 

その光景に目を見開くエルガ。本来アーツを使うのであれば、導力器を駆動させた後に発動

という手順を踏むことになるが、彼女はそれらを省いたように見える。

 

――というよりもだ。

 

(そういえばさっきも……)

 

仮面を付けた剣士の動きを封じたときも、彼女の体が仄かに光っていた。今の輝きは、あのときのと同じではないか。呆然と固まるエルガに対し、傷を癒やした彼女はホッとして微笑みを溢す。

 

「とりあえず傷は癒やしたよ」

 

「あ、あぁ。ありがとう……でも凄いな、何なんだ今の?」

 

「………ちょっとした、おまじない?」

 

「いやおまじないって……」

 

傷口はすっかり癒えていて、驚きを隠せないエルガはまじまじと彼女を見ながら訪ねるも、答える気はないのか首を傾げつつそんな風に誤魔化した。苦笑を浮かべるほかないエルガだが、どことなく聞いて欲しくなさそうな雰囲気を感じ取ったのか、よしと立ち上がった。

 

「まぁいいよ。とりあえず帝都に向かおう。ここはある意味危険だしね」

 

「……う、うん……あの……」

 

「うん?」

 

短槍を片手に周囲の木々に目をやるエルガは、周囲から近づいてくる魔獣の気配に気づいていた。あまりここに長居はしないほうがいいだろう。しかしナギサは、そんな彼の袖を引っ張り、意外そうに尋ねてきた。

 

「……聞かないの? さっきの傷を癒やしたりとか……あの仮面さんを止めたりとか……」

 

「そりゃ聞きたいよ。でも今は、ここを切り抜けるのが先かな」

 

ブンと風切り音を鳴らして槍を構えるエルガ。穂先を向けた正面から、四つ足の魔獣が姿を現した。

 

「ひっ……! ま、魔獣……!」

 

「できる限り俺から離れるな。群れも近づいてきているし、出来れば早めに切り抜けたい」

 

狼の姿によく似た魔獣が木々の隙間から姿を現し、ぐるるるっとうなり声にも似た音を鳴らしてゆっくりと近づいてくる。彼らの目に映る姿は一匹のみだが、エルガはその後ろからさらに数匹姿を見せずに近づいてきているのを感じ取っていた。

 

驚き、エルガにしがみつくナギサに、さっきは空賊相手でもあまり怖がらなかっただろうにと思いながらも、魔獣から彼女の姿を隠すように前に出て、

 

「離れるなと言ったがしがみつかないでくれ、動けない」

 

「ど、どっち……!?」

 

離れちゃダメなのか、それとも離れなければならないのか、という意味を込めての一言か。魔獣相手に恐慌をきたしかけている彼女にエルガは苦笑し、

 

「魔獣が怖いのか?」

 

「こ、怖くない……! 怖くないけど……!」

 

ぶんぶんと首を横に振りながら、エルガの服の裾を掴む手にますます力が入っていく。強がりを言っていることが丸わかりだった。

 

「ガウッ!!」

 

「きゃあっ!」

 

と、ゆっくり近づいてきていた魔獣が、期を見計らったかのように飛び出し、エルガに襲いかかってきた。それに対してナギサはぎゅっと目を瞑り悲鳴を上げて――

 

「ギャウッ!!」

 

――ドゴォという音と共に魔獣が吹き飛ばされた。黒髪が微かに揺れるのを感じ取り、彼女はゆっくりと瞳を開けると、いつの間にかエルガは短槍をくるくると回転させつつ、もう一度魔獣に穂先を向けるところだった。

 

見ると、さきほど襲いかかってきた魔獣はあらぬ方向に吹き飛ばされており、その四つ足で立ち上がると一目散に逃げていった。――ざわざわと木々が擦れる音が響く中、いつもより遙かに低い声音でエルガは言う。

 

 

『――どけ』

 

 

たった一言だけ――謎の威圧感と重さと、不意の寒さを感じた。木々を揺らす風が冷たいのだろうか。時が凍ったように止まり――

 

「よし、一気に行くぞ!」

 

「え、あ、ちょっ……!?」

 

魔獣達がうろたる――その隙を見逃さず、エルガはナギサの腰に手を回すと、そのまま抱え上げ肩に担ぐように持ち上げると、その場から離脱するように逃げ出した。当然エルガの後を追うように魔獣達が追いかけ始めるが――追いかけ始めるまでに一瞬間があったようにナギサは感じた。

 

「て、君軽いな! ちゃんと食べてるのか!?」

 

「た、食べてる! というかこういうとき――お腹掴まないでッ!!」

 

こういうときに言うことじゃない、といいかけたが、エルガの手に力が入り、お腹を掴まれたというように感じたナギサの叫びがそれをかき消した。だが彼からすれば、後ろから追いかけてきた魔獣を振り払うために槍を振るい、その反動でつい掴んでしまったわけだが。

 

「ごめん、ついッ! ――て邪魔だ!」

 

「ギャッ!?」

 

振るった槍の穂先が魔獣を切り払いながら距離を取りつつ離脱しようとするエルガ。担いだナギサからの抗議を聞き流しつつ、一心不乱に駆け出して。

 

「――――はぁ、はぁ、はぁ……」

 

――気がつけば森から抜けだし、魔獣の襲撃からも無事に離脱できた。それどころか街道が見え、さらに遠くには帝都の赤い街並みが視界に入ってきた。くるりと振り向けば背後に先程不時着した森がり、その小ささに意外そうな表情を浮かべた。

 

「……もっと大きいと思っていたんだが……」

 

「……それはどういう意味?」

 

――顔を真っ赤にしたナギサが、こちらを睨み付けながら低い声音で問いかけた。荷物を担ぐようなぞんざいな扱いを受け、女の子のデリケートな部分を鷲掴みにされたあげく”小さい”と言われたように感じ取ったナギサは怒りに身を震わせていた。――例え12歳と言えども立派な女の子である。

 

エルガとしては、森の大きさが意外と小さいように感じたため呟いた一言だったが、当然ナギサにそのことは伝わらず、彼女の様子に首を傾げながら「その通りの意味だが?」と言った。言ってしまった。

 

「――――――」

 

「……? あぁ、悪い、今下ろす」

 

プルプルと震える彼女を見て、担ぎ上げた状態を思い出してこの状態がいやなのか、と少々ずれたことに思い至った彼はすっと下ろした。ナギサを下ろしたとき、頬を真っ赤に染めた彼女に睨み付けられ。

 

「――――っ!」

 

「ぶっ!?」

 

思いっきり振りかぶった平手が、彼の頬に紅葉を貼り付けた。

 

 




とある組織から強奪した試作艦……一体何ボロスなんだ……。この年代だとおそらくかなりの高性能艦ですね、黒艦「ノア」。

女狐さんは嫌われているのが二割、好かれているのが八割……よく空中分解してないなこの空賊。あと小さな誤解から紅葉をつくるのはお約束。
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