――ちびっ子達の大冒険――
「これで頼まれていた物は全部だね。おつかい終了―!」
「うん、そうだね。はい、エルガ」
「俺が持つのかよ……」
とある日の午後。自身を取り巻く問題がある程度解決したため、以前よりも自由に帝都を歩き回れるようになったナギサは、以前から欲しかったある物を買うために帝都の街中へと繰り出していた。
その際、ダーゼフが謎の痙攣を起こして倒れる前に、サリスと一緒にいくつかの調味料を買ってきて欲しいとお使いを頼まれ、彼女達の護衛としてエルガが着いていくこととなったのだ。ちなみに彼らはダーゼフが倒れたことを知らない。
「うん、それじゃあそれ持って協会に戻れば?」
「いやそういうわけにはいかないから」
「それがないと報酬のお菓子が作れないんじゃないの?」
「大丈夫じゃないか? あの人ノリノリだったし」
調達した調味料という荷物を押しつけ、やたらとエルガを帰らせようとするナギサ。いくらヤクザ達の問題が解決したとはいえ、まだ空賊団の事が残っている。護衛が付けられるのはわかっていたとはいえ、出来れば一人で帝都を回りたかったのだ。
――まぁサリスに関しては、数少ない友人であり、同性で同年代となれば彼女しかいないため、むしろ一緒に回りたいという希望もある。それはサリスも同様なようで、若干頬を膨らませてエルガの腕をペシペシ叩き、
「何事も迅速に仕事をするのが遊撃士なんでしょー! それに実際に作っているところ見たわけじゃないんだから、もしかしたら材料が来てから作るかも知れないでしょ! あたし達のお菓子のためにも早くもどれ……じゃなくて、ダーゼフさんのために早く調味料を届けないと!」
「それ隠しているようでかなり私情が出てないか!?」
「ソンナコトナイヨー」
ならなぜカタコト、なぜ目を背ける。猜疑心に溢れた視線で金髪頭の少女を見やるものの、先程から黒髪少女にぐいぐい背中を押されている。そんなにも俺を帰らせたいのか、若干寂しい気持ちになったエルガである。
彼女達も護衛が必要であることはきちんと説明したはずなのに、ここに来て我が儘を言うとは。困った顔をして彼女達の帰れコールに立ち向かうその姿は、近所の子供の面倒を見ることになった、子守に不慣れなお兄さんといった所か。
周囲から見れば微笑ましい光景だろうが、往来の多いヴァンクール大通りでは明らかに邪魔になっていた。やいのやいの騒いでいると、ナギサに押されたエルガがドンッと通行人にぶつかってしまう。
「きゃっ!」
「あ、ごめんなさい、大丈夫ですか!?」
ぶつかった年上の女性は悲鳴を上げながら転んでしまい、エルガは慌てて彼女の元へ駆け寄って助け起こす。エルガが自分達から離れていく姿を見て、サリスは隣の友人にそっと耳打ちする。
(今だよ、行こう)
(う、うん)
自分からやりだしたことなのだが、どこか申し訳なさそうな表情でエルガの後ろ姿を一瞥した後、その場から逃走を図る二人。一方エルガは、転ばしてしまった女性の荷物を集めながら何度も謝り倒していた。
「本当にスミマセン、お姉さん。大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫ですわ。だからそう何度も謝られなくとも……あら、ふふ……ありがとうございます。これはお礼をしないといけませんね」
「いえ、非があるのは自分ですから……―――――あ」
おそらく買い物途中だろう、ナスや白菜、キュウリにリンゴなどといった野菜や果物を袋に詰め直し、女性に渡すと優しく微笑む。ふぅ、と安堵の息を漏らすエルガだが、そこで気配が二つほど消えてしまったことに気がつく。
「あの二人っ!? ごめんなさいお姉さん、また!」
「あ、ちょっと待って下さい!?」
女性からの呼びかけを無視して、エルガは二人が去って行ったと思わしき方向へと走っていくのであった。
「――まいたかな?」
「多分……でも距離を取った方が良いかも。エルガの気配読み、結構あたるから」
「……気配を読む、ねぇ……」
あれから数分後。後ろを振り返って白髪のお兄さんがいないことを確かめながら二人は足を止める。ナギサの発言に、若干信じ切れないけど、という色を滲ませたサリスがため息を漏らす。
「まぁいろんな人の話を聞く限り、本当に読めるみたいだけど。それにナギサも、札を弓にしたり出来るからね」
「それと同列にするのは、少し違う気がする……」
鋭い指摘だが、サリスは気にしないとばかりに肩をすくめた。そしてナギサの肩に手をぽんと置いて、
「それで、ナギサは何が欲しくてエルガさんを振り切ったの? もしかして、エルガさんには言えないもの?」
と、それはもう良い笑顔で問いかけてきた。なぜだろうか、その笑顔を見てよく分からないけれども、多分何かを誤解していると思った。よく分からないけれども。
「そうじゃないよ。その……新しい服が欲しくて」
「ほほう。――なんで新しい服が欲しいの? 誰かに見て欲しいから?」
「………」
やはり良い笑顔を崩さないサリス。何で今日は良く食いつくのかなぁ、などと思いつつも、ナギサはやや言いづらそうに視線を背け、頬を赤らめる。そんな彼女の様子に、さらにサリスの思考は加速する。
「もしかして~、可愛い服を~、エルガさ――」
「違うから。エルガは関係ないから。ただ、その……」
食い気味に否定し、苦しそうに胸元を押さえながら言い淀むナギサ。だがニヤニヤとした笑みを浮かべ続けるサリスを前に、やがて観念した様子で、
「……最近、ちょっと苦しくって。その……アニーさんに見て貰ったら、あの……サイズ、が……その……」
「――――…………はっ」
ぎゅっと胸元で腕を組みながら顔を赤らめるナギサ。恥ずかしそうに顔を背け、徐々に尻すぼみとなっていく彼女を見て、サリスの思考は停止した。一拍の間を置いて再起動。
そこ、大きくなったんだ――12歳。そして、13歳。――脳裏に浮かんだこの数字は――これ以上考えるのはやめようと、サリスの中で何かが警告する。
「な、なんでアニーさんやサラさんに言わなかったの?」
「その……二人とも忙しいみたいで……ダーゼフさんにも、言いづらくって……」
だからエルガが護衛として着いてくることになったのか。いや、でもかなり鈍感な彼なら女性用の下着売り場まで――いやダメだ、幼い少女を連れた彼がそんな場所をうろついてたら、TMPあたりに御用となってしまう。
自信はないけれど、ここは年上であるあたしががんばらないと。自信はないけれど。むしろ自信が挫けそうだけれど。
「……あの、サリス? 目が……濁ってるよ?」
幸い知識があったサリスの助言のおかげで(その間彼女は死んだ目をしていたが)何とか買い物を終えた彼女達は、店の外に出る。
「それじゃ、エルガと合流しよう。……やっぱり、怒られるかな……?」
「はは、そうかもね。ははっ……」
何やら元気がないサリスの空返事はナギサの耳を素通りして、一体どうやって謝ろうかと考えを巡らせる。
一応危険度は下がったとはいえ、危険ではなくなったというわけではないことは承知している。だが今の買い物にまで男性が着いてくるというのは、ナギサとしてはかなり抵抗があったのだ。だがから今のような強硬手段に出たのだが――それを説明するのは流石に恥ずかしい。
(……私が悪いのは承知しているし……やっぱり、素直に怒られるべきだよね……でもなぁ……)
勝手なことして、心配かけてごめんなさいと――でもこちらから謝るのは、それはそれで恥ずかしくて――とうんうん唸っている彼女だが、その時ふと冷たい感覚を味わった。
すでに日は高く昇り、暖かな風が流れ込む中で感じた冷たいもの――これは多分。
「……サリス、寒くない?」
「へ? 寒くないけど……むしろ暖かいぐらいだよ?」
彼女に確認を取ると、予想通りの返答に彼女は体を震わせた。じゃあ、これは気のせいなどではなくて――
「……ごめんサリス、一度遊撃士協会に戻って――」
「ごめん、邪魔」
自分一人の方が良いと、彼女はサリスを帰らせようとするが、その時後ろから声をかけられた。慌てて二人が振り向くと、何やら不機嫌そうな表情を浮かべている一人の少年が立っていた。灰色の髪に歳は自分達と同じくらいか。――先程のサリス以上に、光を宿さない赤い瞳が印象に残った。
「道の真ん中で立つな、邪魔だから」
「む、邪魔って……邪魔だね……」
言い返そうとするサリスだが、すぐに状況を思い返したのか語尾を弱めてすごすごと引き下がる。彼に対して道を空けると、少年は無言で通り過ぎていく。――その背中に”重さ”を垣間見たナギサは声をかけた。
「どこ行くの?」
「――どこ行こうが勝手だろ。あんたには関係ない」
「地下道に行ってはいけないよ」
振り返りもせずに答えた少年だが、ナギサが続けて放った言葉には足を止めて振り返った。そしてナギサの顔をじっと見つめて――やがて何も言わずに踵を返し、走り出した。
「ま、待って! 待ちなさい!」
「ちょ、ナギサ!? ――~~~あぁ、もうっ!」
何も言わず、慌てて少年の後を追い始めたナギサに顔をしかめながらも、サリスも後を追って走り出す。一体彼女は何に気づいたというのか。
二人の後を追っていくが、あの少年やたらと足が速い。ナギサの足力では追いつけず、あっという間に離されてしまった。遠目で少年が角を曲がり――しかしナギサはそこでは曲がらずに走り抜けていく。
「え、ちょナギサ!? あの子こっち曲がったけど!」
「大丈夫、目的地は分かっているから!」
「え、えぇっ……!?」
彼女の叫びに、どうやって知ったのだと首を傾げるが、今は彼女を信じてその後を追う。そのまま走っていった先でたどり着いたのは、鉄製の扉で封鎖された地下道への入口。――そして先に行っていたあの少年が、ちょうど扉を開けて中へ入っていくところであった。
おそらく少年は二人を巻くためにわざと大回りしたのだろうが、ナギサは一直線に”目的地”へ向かったがために、彼に追いつけたようだ。
「ほ、本当にこっちだったし……! ていうかあれ、噂の地下道――」
「ごめんサリス、先に協会に戻ってて!」
「え? あ、ちょっと……!?」
そう言い残してナギサは買い物袋を押しつけ、一人地下道へと入っていく。その後ろ姿を見送り、しばし逡巡した後、サリスは袋を扉付近に放り投げて、
「あーーっ! もうっ! 友達をおいていけるかぁー!」
叫び、レオンから渡された護身用の短刀を手に、地下道へと突入した。
「――来ちゃったものはしょうがないけれど、私の側から離れないで」
吊り目なためにややきつい印象を受けるナギサだが、今はその印象が三割増しとなっていた。コクコクと頷くサリスだが、後悔はない。――むしろあそこで引いてしまった方が後悔する。
「うん。それで、一体何が起こってるの?」
「地下道で上位三属性……ううん、悪霊が発生してる」
「あ、悪霊?」
突拍子もない――いや、なくはないのか、とサリスはぎりぎりで納得した。彼女が”巫女”と呼ばれる特殊な力を持っていることも知っているし、札を用いることで弓を出したり、結界を張ったり怨霊の類いを払うことが出来ることも知っているが――いや待て、“大地震の時にその場面を見た覚えがない”のに、なぜ知っている。
言いしれぬ違和感に首を傾げるものの、今はそれどころではないと放置する。体を震わせながらも、彼女は先にここへ入っていった少年の姿を探して、
「彼は、奥に行ったのかな?」
「多分。……行ってみましょう」
「……あいつらなんで着いてきたし」
ち、と舌打ちを一つ付いて、諦めたようにため息をつく灰色の髪の少年。しかし今更帰らせても遅い――視線を前へと戻し、地下道の墓所であろう広場の中央で呻いている“巨大な影”に向かって、
「”昨日からうるせぇんだよ”。大地震で死んじまった奴……いや、大地震で呼び覚ましちまったものの残り香が」
――例の地震によって、この墓所に祭られた者達の念が目覚めてしまったのだろう。それが巨大な影となって現れているのだ。
おそらくこの影も、そして呻き声も、普通の人間ならば見えないし聞こえないだろう。だが生憎、少年は”普通”ではなかった。ゆえに昨日からずっと呻き声を耳にして不愉快だったのだ。
この場所に来たのは、この不愉快な呻き声を止めるため、ただそれだけだ。懐にしまい込んでいた拳銃を二丁取り出して、同時に構える。高まる闘気に、亡霊の影は反応し、徐々にその形を変えていく。
大の大人よりも大きい、壊れた鎧を着込んだ騎士。だがその頭部にあたる兜はなく、鎧の中からは真っ黒な瘴気が溢れだしていた。胴体と四肢の関節には半透明上の球体があり、それが手足を繋いでいる。そしてその手に握るのは巨大な槍――その全容は、まるで騎士人形を思わせた。
――あの日からずっと感じている違和感。目の前の首無し騎士を倒すことによって拭えるのではないか、そんな予感を抱きながら。
「……本当は大地震じゃなくて、”何者かの悪意”によって目覚めさせられたのかも知れないが……とっと眠って――」
「君、待って!」
「うわ、何あれ!?」
そして今まさに戦いを始めようとした矢先で、先程声をかけてきた二人組の少女がやってきた。少年は振り向かずに彼女達を制止させる。
「そこで止まれ馬鹿! こっちくんじゃねぇ!」
「そういうわけにも、いかない……!」
威嚇するかのような圧を滲ませる叫びを前にして、臆した雰囲気を見せたもののしかし躊躇うことなく梓弓の弦をひく。彼女が持つ霊力が矢となり、首無し騎士目掛けて放たれた。しかしその矢は、騎士が手に持つ大槍によってあっさりと弾かれる。
『―――――』
「……馬鹿が!」
首がないため分かりづらいが、騎士の注意が矢を放った少女へと向けられたのを感じ取り、少年は舌打ちをしながら二丁拳銃を向ける。続けざまに放たれた弾丸は、騎士の鎧に弾かれた。その上、こちらの方へ注意を向けようともしない。
「ちっ……! っ!? くそっ!」
「え、こっち来た!?」
騎士の姿がふっとかき消えた――と思った次の瞬間、少年の背後――つまり“少女達の近く”で姿を現した。瞬間移動の類いだろうか。
その結果に再度舌打ちを一つして、少年は銃を乱射しながら騎士に向かってかけ出した。その間にも騎士は少女達との距離を詰め、大槍が彼女達を襲う。黒髪の少女が懐から数枚の紙切れを放ち――それを基点に半透明の“壁”が作られた。
「あれは……!?」
「これ、例の結界!?」
「サリス、さが――」
後ろの金髪の少女を下がらせようとする黒髪。騎士の大槍は、その壁に防がれた――かのように思われたが、一瞬の抵抗の後、基点となっている複雑な文様が描かれた紙切れが破け、壁が砕け散る。
「きゃあっ!!」
「危ない!」
辛うじて黒髪を抱えた金髪が飛び退き、大槍を回避する。しかし騎士の大槍は壁――おそらく物理障壁――をあっさりとぶち破ったばかりか、勢い余って突き刺さった石床をも粉砕する。驚くべき膂力であった。
「なんて馬鹿力なの……っ」
地面に倒れ込んだ黒髪は、その衝撃に顔を歪めながら弓を構える。――少々”普通”とは異なる雰囲気を漂わせる黒髪はともかくとして、金髪の方もなかなか度胸があるのか、足を振るわせながらも彼女を守るかのように短刀を構えて前へと出た。
「サリス、下がって! 私は大丈夫だから――」
「その足で何言っているの!」
サリスと呼ばれた金髪の少女だが、彼女は首を振って騎士から目を離そうとしない。――見ると黒髪の少女の足は、先程の攻撃で怪我を負ってしまったのか、スカートの一部に、色味の異なる赤が広がっていく。
『――――』
首無し騎士の大槍が石床から引き抜かれ、その穂先が彼女達へ向けられる。――だがそこで少年が騎士の背後から近づいてきた少年が鎧を掴み――
「この距離ならっ!」
首無し騎士人形の関節部――半透明の球体によって繋がる部位に二丁拳銃の銃口を突きつけ、乱射する。関節部を打ち抜かれた人形の右腕はその動きを止めた。
「――今度のはただの弾じゃねぇ!」
さらに導力銃の機関部に当たる導力ユニットのリミッターを解除し出力を上げ、通常弾よりも重い貫通弾を発射する。――リミッターを解除した状態での射撃による反動を無理矢理に押さえつけ、二丁拳銃から続けざまに放たれた貫通弾は、首無し騎士の胴鎧を貫通して穴を開けた。
そうして動かなくなった騎士を目にして少年はふぅっと息を吐き出し、飛び降りて少女達の元へ近づく。怒りを露わにした形相で声を荒げながら、
「お前等、勝手なことしてんじゃ――」
「――後ろ!」
「あぁ?」
しかし遮るかのようにサリスと呼ばれた金髪少女が叫び、それにつられて少年も後ろを振り向く。――騎士の腕が動き、少年を貫こうと槍が襲いかかる。
「っ!?」
身を捻り辛うじて直撃を免れた物の、脇腹を抉られたのか血が飛び散る。傷を負った箇所を手で押さえながら、少年は立ち上がりつつある騎士を睨み付ける。――ちゃんと倒したかどうか確かめれば良かったと、今更ながらに後悔しながら、少年は再度拳銃を構えた。
「だ、大丈夫――!?」
「こんな傷、ほっとけば勝手に治る。それより――」
サリスの叫びが木霊するが、うるさいとばかりに舌打ちをしつつ、さっさとこの場から逃がそうとする。しかし片眼を押さえた黒髪の巫女が、頭痛に耐えるかのように表情を歪めて口にした言葉を聞いて、彼は思い留まった。
「――魔煌兵……中世時代……魔術師の遺物……そうじゃない、そうじゃなくて……っ!」
ぼそぼそと口にする言葉。まるで何かを探しているが、お目当ての物が出てこないというように「そうじゃない」を連呼する巫女。少年は思わず後ろを振り返り、少女を見やる。
一体彼女は何をしているのか。謎はあるが、彼の直感が告げていた。謎の解明よりも、彼女の言葉に従えと。――彼の紅い瞳が、“金色”に染まり――
「見つけた、これ……! ―――――胴鎧の中心に、”核”がある! それを――」
「――狙い撃つ!!」
それを壊して――そう続けるよりも前に、少年の拳銃から放たれた貫通弾が、的確に胴鎧の中心部を貫いた。
光を放ちながら消滅していく首無し騎士――魔煌兵と呼ぶらしい。どうやら中世の魔導師が造り上げたゴーレムの類いのようだ――に、少年は深く息を吐き出しながら巫女の方へ――ナギサへと視線を向ける。
「さっきの、やたらと具体的な指示。お前――」
「それよりも怪我! 怪我大丈夫!?」
「やかましい、引っ付くなうっとうしい!!」
半ば抱きつく勢いで引っ付いて来たサリスを引きはがしながら叫ぶ。だが彼女は全く気にせず、少年の脇腹に手を当てて、衣服に付いた血を前にして顔を青ざめさせた。
「血、血が!? やっぱり怪我してる!」
「最初にそう言っただろ! それにもう治ってる」
「嘘だ! だってこんなに血が――……え?」
騒いでいる彼女を引きはがし、少年は再度ナギサの方へと向き直る。片眼を瞑り、疲れた様子の巫女を見て、少年はしばし逡巡する。
「……もういい。あんた達も、こんなことに首突っ込むなよ」
特殊な環境故に、同年代と接した事がほとんどなかったため、何といえば良いのか浮かんでこなかった少年は、やがて髪の毛をかきむしりながらそう言い残し、去って行った。あまりにもあっさりと去って行くため、引き留めることすら思わず忘れるほどだった。
「……言い残すのが、それなの……?」
頭と足の痛みで動けないナギサは、武装している理由とか、どうやってアレに気づいたのかとか、そもそもこんな事態早々起こらないなどと、色々と言いたいことがあったものの、それだけを呟くに止めて置いた。それはサリスも同様だったのか、驚きに目を丸くしながら去って行く少年の後ろ姿を見送るしか出来なかった。
「……名前、なんて言うんだろう……あ、それよりもナギサは? 怪我は……」
あっけにとられていたサリスだったが、やがてハッと我に返るなり立ち上がれずにいるナギサの元へ駆け寄って怪我の具合を確かめた。派手に吹き飛ばされたため打撲があると思っていたのだが、足の傷以外大した物ではないらしい。
その足の傷も、サリスがかけたアーツによって徐々に傷が塞がっていく。だがその様子を見ながら、彼女は困惑した様子で口を開くのだった。
「……あの子、脇腹に怪我を負っていたよね? でも……本当に、あっという間に傷が治ってて……」
「……あの一瞬で?」
あの少年の患部に手を当てたサリスは、確かにあったはずの傷が綺麗になくなっていることに気がついていた。大槍で抉られ、決して浅くはない傷が、この短時間で綺麗になくなるなんてことはあり得ない。
驚きと困惑に充ちた表情で、どういうことと目で問いかけてくるものの、そんなことナギサにだって分かるはずがない。
二人はしばし無言で見合わせていたが、やがて視線を彼が去って行った方向へと向ける。少年の後ろ姿は、もう見えなくなっていた。
おまけ
「…………」
その日の夜、エルガは一人東方風の緑茶を飲みながら仏頂面を浮かべている。あの後いなくなった二人を何とか見つけて厳重に注意し、遊撃士協会に連行した。
事情を死んだ顔をしたダーゼフに伝え、彼と共に注意しようとした矢先に、途中で何かに気づいたアニーが彼にそっと耳打ちをした瞬間、態度を百八十度変え、むしろ女子二人に配慮が足りなかったと謝る始末であった。
「…………」
目を丸くするエルガは、何とも気まずい表情を浮かべたダーゼフから、「私も気づかなかったぐらいだ。お前に察しろという方が無理な話だ」などと若干の哀れみ混じりで肩をぽんと叩かれたのである。
「……納得いかねぇ……」
一人部屋に寂しく、茶をすする音のみが木霊する。ーーナギサが部屋にやってくる少し前の出来事であった。
「おめぇまーたAP弾(貫通弾)使いやがってぇッ!! もう在庫がねぇってあれほどいってんだろうガァ!!」
「………」
「しかも六発か。まぁ、擁護できん。オーレルのじいさんに怒られろ」
(……あの巫女がいなかったらもっと怒られていたかも……届かないだろうが礼を言うぞ)
「こっち向けぇ!!」
帝都近郊に身を潜め、移動手段であり拠点でもある黒い飛行艇の火薬庫付近では、怒りの叫びが木霊していたりする。
「…………」
「……ナギサ? どうしたの?」
「……お礼を言われたような気がして……きっと気のせいだろうけど」
地下道で魔煌兵が出現、それをちびっ子トリオが退治するというストーリーでした。ナギサ、サリス、そして謎の少年ーー彼はすでに登場済みです。緋色の空発生時にネモとゾルダと行動を共にしていました。
そして目が金色に光ったり、治癒能力を持っていたりと、何らかの異能持ちの様子。原作で登場しているとあるアイテムの効果です。
ちなみにナギサは着痩せするタイプ(巫女服だし)で、サリスはぺったんこ属性です。数年後もチブ・タイラー……
サリス
「あ?」