「――それで? そんな答えで、俺達が納得するとでも?」
帝都郊外の森のなか、その身を隠すように一隻の飛空挺があった。その側で折りたたみ式のテーブルや椅子を適度において肉を焼いている集団があった。完全にキャンプの雰囲気を醸し出していたものの、その一角では緊迫した空気が流れている。
空賊団レヴァナントの団長である五十半ば頃の男は、目の前にいる妙齢の美女の言葉に顔をしかめる。
「えぇ、納得して頂かねば私が困りますわ? 折角高額なミラを前金として支払っているというのに……猟兵が一度引き受けた仕事を、こうも易々投げ出しても良いのですか?」
「……生憎だが、俺達は”空賊”だ。戦場の死神と一緒にすんな」
「まぁ、こうも腑抜けてしまったとは……名高き”北の猟兵”も、”北の黒鬼”も墜ちてしまいましたわね」
「何のことかさっぱりだが」
フン、と鼻を鳴らしながら女の言葉に惚けた態度を返したものの、内心ではチッと盛大な舌打ちをしていたところであった。懐かしい呼び名――確かにレヴァナントの大半のメンバーは、元“北の猟兵”――縁を切った連中で構成されている。そして、その一部隊の隊長である自分が彼女の言う“北の黒鬼”であった。
――名を、ゾルダ・ヴァリウスという。ゾルダは見下したような態度を取ってくる女に辟易としながらも、彼女の要求にはきっぱりと拒否を示す。
「ともかく、これ以上あんたの無茶な要求には応えられねぇ。あんたが探しているお嬢ちゃんは遊撃士協会の保護下だ。その子を攫うって事は、”人攫い”の上に協会との全面抗争をやれって事だろう。そんな無茶は、空賊じゃなく猟兵に頼めって話だ」
「だから猟兵に頼んでいるのではないですか。北の猟兵たるあなた方に」
「だから俺達はちげぇって言ってんだろうがッ!!」
自分達はあいつ等と袂を別った身、縁も切っている。徐々に募る苛立ちに任せて、手近にあったテーブルを思いっきりブッ叩いた。盛大な音が鳴り響き、微かな衝撃が辺りに響く中、臆した様子を見せない女はにこやかな笑みを浮かべて、
「それは失礼――ですがあなた方がいくら違うと申しましても、”貴方自身”はそうは思ってないのではなくて?」
「……あぁっ?」
怒りに充ちた低い声音で唸るゾルダ。しかし女は臆せず、口元の笑みを深くさせてそっとゾルダに近寄ってくる。テーブルに手を突き、わざと豊満な胸を強調するように身を乗り出して、彼の耳元でそっと囁く。
「――いくら自分は違うと思っていても……貴方の”魂”が求める場所は、ここではない……違いますか?」
「―――――」
――魂が求める場所。その囁きに、ゾルダは目を見開く。脳裏にとある光景が思い浮かぶ。突如現れた巨大な杭、触れたもの全てを”塩”に変えていくあり得ない光景。驚愕、無念、絶望の表情を浮かべて固まり、結晶になり、最後には塩になって霧散していく人々。
――その地獄を経験して、今度は血と硝煙、肉塊となりはてた同類を踏み越えて進む新たな煉獄を渡り歩いて、俺は――俺が求めた物は――
「――貴方が求める物は――求める場所は――」
「――――そこまでにしておけよ女狐」
目を見開いて固まったゾルダの耳元で、彼を”そちら側へ墜とす言葉”が紡がれる前に、女の口を強引に閉じさせる者がいた。無音で、そして気配を殺して女の首元に剣を突きつけた一人の男。――ゾルダでさえ見たことのない鋭い眼差しに見据えられ、流石の女も表情から笑みを消す。
――剣が振るわれたわけでもないのに、女の頬が浅く斬り裂かれ、血がつぅと流れていく。怒りと共に放った警告の剣気――押し黙った女に向かって、ネモは告げた。
「貴様が講じていた策が潰れたからと言って、そのツケを俺達に支払わせようとするのは止めて貰おうか」
「…………」
「”黄昏のペンダント”と言ったか……アレを地下道に置いたのは貴様で……”緋色の空”を生み出したのも貴様だろう?」
「……緋色の空……?」
一切警戒を緩めないネモの言葉に、落ち着きを取り戻したゾルダは眉根を寄せた。そんな不可思議な現象など起こるはずがないが――妙に気になった。記憶にないが、自分はそれを知っているかのような感覚に、彼は首を傾げる。
「答えろ。あのような超常現象を引き起こし、貴様は一体何を企んでいる?」
「……………良いでしょう」
ネモの問いかけに、しばしの沈黙の後、女は頷いた。――予想外であった。例の異能を持つカイト少年ならば覚えていても不思議ではないのだが、彼ではなくこの男が、そこまではっきり覚えていたとは。
下っ端の少年一人が覚えているだけならば、ただの戯れ言だと笑うことも出来た。だが、目の前の副団長を兼ねる男には通じないだろう。そして彼の言葉ならば、団員達からの“信”も得られる。
「――最後の策を、授けるとしましょう」
――”この仕込み”を使うには、まだ時期尚早かと思われるが、そうも言っていられない。露出した肌が僅かに光り、粒子が溢れた――
~~~~~
――夜、導力化によって街中に街灯が並び、建物から溢れる灯りによって月が出ていない日だというのに、驚くほど明るかった。夜は暗い物、というイメージが抜けきっていないエルガにとっては、未だ慣れない環境である。
一本背負いを決められて気絶したアスノが目を覚ました後、泣き崩れた彼を何とか宥め、意気消沈した様子の彼を自宅まで送ってやった帰り道である。遊撃士協会までの道のりをゆっくり歩きながら、心底疲れたとばかりにため息をついていた。
「……ただの失せ物探しだったって言うのに……どうしてこうなった……」
――ダーゼフから依頼を回されたときは、まさかここまで大事になるとは露とも思わなかった。いや、流石にダーゼフもそこまでは予想していなかったことだろう。すごく困った顔を浮かべていたし。
「……ま、あの人にとっては違うけれど……こういう雑用が増えるのは、良いことなんだろうけどな……」
手配魔獣などと言った危険度の高い依頼はさほど入っていないらしい。この手の依頼が回ってくると言うことは、少なくとも今の帝都は平和であるという何よりの証だろう。――二週間前のあの出来事を覚えているため、素直にその平和を享受するのは難しかったが。
自分とレオン、そしてアニーとナギサの四人以外から、”緋色の空”の記憶が綺麗になくなっていたことに驚きを隠せなかった。先輩方やダーゼフ、そして中心人物であったジェイクやネシードに尋ねても、緋色の空とはなんだ? という反応しか返ってこなかった衝撃は、あまりにも大きかった。
どうして忘れてしまったのか――その辺りの理屈は、アニーとナギサから教えて貰ったが、あの占い師と似たような現象とは到底思えない。“個人”の記憶を消すのと、“起きた現象”の記憶を消すのとでは、“格”が違うと、素人でもわかる。
ただ、こういう“不思議現象”に関しては、完全に素人である。ナギサがそう言うのであれば、その可能性の方が高いのだろう。
(……しかし”因果”か……よく分からないよ……)
彼女達から軽い説明は受けたが、よく分からないというのが彼の本音であった。少なくとも今の自分では、これを理解するのにはまだまだ時間がかかりそう、ということぐらいしかわからない。深く突っ込まない方が良いのだろう。そう思いながらトボトボと歩いていると。
「キャアァァァァッ――!!?」
「――こっちか!」
ため息をつきながら歩いていたエルガの耳に、甲高い悲鳴が届いてきた。すぐさま意識を切り替えて大通りをかけ出して、悲鳴が聞こえた方向へと向かう。角を曲がり、大通りから少々外れた場所に出ると、一人の女性が尻餅をついて体を小さく丸めていた。
そしてその真っ正面には、黒い靄で象られた、”人型”の何かが棒状の物を振り上げている。黒い人型の存在――緋色の空が発生したときに現れた古の兵士、それを見てエルガは目を見開く。
(なんでアレがここに……!? いや、今はそれよりも……!)
――疑問は浮かぶ。だがそれを詮索するのは後回しだ、とばかりにエルガは短槍を握りしめ、突進突きを繰り出した。
「喰らえ、龍牙槍!」
突き刺し、なぎ払うその二連撃は的確に古の兵士を切り払い、瘴気をまき散らしながら消滅していく。それを尻目に周囲を確認、残敵がいないかを確かめていく。
「………?」
見渡した物の、周囲に兵士はいない。眉根を寄せて意識を集中、周囲の気配を読み取っていくが――やはりいない。どうやら数は一体だけだったようだ。どうにも腑に落ちないとばかりにエルガは首を傾げる。
「いない……? だけど……」
この古の兵士、おそらく帝都地下にある墓所に眠る兵士の霊が正体なのだ。当然墓所に眠る兵士の数は多数いる。――百歩譲ってたまたま自然発生したとしても、”一体だけがぽつんと現れる”なんて事があるだろうか。
現にあのときも群体となって行動していた上に、一体だけぽつんといた、なんて場面も見ていない。
「……まぁ、後で相談するか。それより――」
またナギサに文句言われるだろうな、と思いながら短槍を収め、振り返って襲われかけていた女性に目を向ける。自分よりも一、二歳ほど年上の可愛らしい桃色の髪の女性――あれ、とその女性を見てエルガは首を傾げた。つい数時間前にも見たような――
「あ、あなたは……遊撃士の、エルガさん……?」
「……ミリーさん、だったっけ。とにかく、怪我はない?」
ぺたんと尻餅をついてこちらを見上げてくる女性――ミリーはエルガを見るなり昼のアレで出会った遊撃士だと気づいたのだろう。明らかに安堵した表情を浮かべて深くため息をついていた。
膝をついて座り込んでいる彼女と目線を合わせて手を差し出す。だがミリーは差し出されたその手をすぐには掴まず、しばしじっとその手を見つめて――やがてその瞳に涙を浮かべ始める。
「うっ……うぅぅっ……!」
「な、なんで泣く!?」
「だ、だって……だってぇ~! 昨日は初めてのデートだったのに! 色々と初めてだったのにぃ……! アスノさんがぁ……!!」
「あ、あぁ……まだ引きずっているのか」
溜め込んでいた分が、恐怖から解放されたことで気が緩み決壊したのか、まるで幼子のように彼女はただ泣き言を連ねるのみであった。どうやら今日のあの出来事が相当応えたらしい。その内容と協会での雰囲気から、おそらくこれがミリーにとっての初恋だったのだろう。
それを何となく察したエルガは、どう慰めれば良いのか分からず、ただ黙って彼女の泣き言に耳を傾けるしか出来なかった。女性にとって大事であろう初恋を、こんな形で終わらせてしまったことに多少の罪悪感を抱くが、あのままでいた方が良いとはとてもではないが言えない。
そう考えると必要経費と割り切ってしまうしかないが、そう割り切れないのが人の心という物。ミリーの泣き声は未だ続く。
「あげくあんな真っ黒な化け物に襲われるしぃ……! もう、やだぁ……!」
(……話が聞ける状態じゃないな……)
その黒い化け物について少々聞きたいことがあったものの、彼女の様子からそれは聞けないだろうと判断。げんなりしながらもこのまま泣き言に付き合うしかなさそうであった。内心でため息をつきつつ、彼女が泣き止むのを待つことにした矢先、後方から人が近づいてくる気配がする。
「――ちょっと、どうしたの!? 大丈夫!?」
エルガが後ろを振り返ると、一拍遅れであらたな人影が現れた。そこには、今日出会った三人の内のもう一人――コトナが驚いた表情でこちらを見ていたのだった。
~~~~~
あの後で泣きはらしているミリーを連れて、彼女の自宅まで送り届けたは良いものの、「あんなことがあったのに一人にしないで」と泣きつかれた。
初恋の男が三股していて、ショックやら何やらで意気消沈していたその日のうちに化け物に襲われたのだ。精神的にかなり参っているのは想像に難くない。ふぅっと大きなため息をついて、エルガはミリーの自宅で一晩厄介になることになったのだ。
どうやらミリーは地方出身者のようで、進学のために帝都に出て来たらしく一人暮らしをしているようだ。若い女性が一人暮らしをしている場所に男を招く――その行動に待ったをかけたのがコトナであった。
「男はみんなケダモノなんだから。そうやすやすと男を部屋に招いちゃダメよミリーちゃん」
「で、でも……」
「というわけで、私も泊まる。怖いんだったら、人は多い方が良いでしょ?」
「……そうですね。……あの、よろしくお願いします、コトナさん」
――といった具合で話が進んでいったのである。というか男はみんなケダモノって……? と首を傾げるエルガは完全にスルーされていた。
そして現在、彼女の自宅に上がったのだが――そこで起きた出来事に、エルガはため息をつくほかなかった。顔を赤らめたコトナがダンッと拳をテーブルに叩き付けて、
「だぁ~からバカだって言ってたのにぃ。もぅ嫌になっちゃうわねぇ、気づけなかったあたしってホントバカ! あ、エルガ君氷持ってきて」
「そうですそうです! ヒック! 君は可愛い、君が一番だっていつも言っていたくせに! ヒック! 全然一番じゃないじゃないですか! ヒック!」
同じく顔を赤らめたミリーも激しくわめき立てていた。時折混ざるしゃくり声に、立場上エルガは突っ込まざるを得なかった。
「……ミリーさん、あなた未成年では……?」
「細かいことは気にしちゃダメよ少年! ほら、氷早く!」
「そうですよエルガ君! 細かいことはヒック!」
「…………」
女性陣二人の酔いっぷりに渋い顔をするエルガだが、コトナに急かされた氷を彼女のグラスに追加する。――今日は”たまたま”お酒を飲みたい気分だったと大量にお酒を買い込んだ所でミリーの悲鳴を聞きつけたらしい。
気にしていない様子のコトナであったが、やはりアスノの一件はショックな出来事だったのだろう。この大量の空いたビンがそれを証明していた。その酒豪っぷりにはエルガも言葉が出なかった。
「もーね、なにやってたんだろあたし、ってなっちゃうよね。気づけなかったあたしがバカだったんだけれどさ……」
「……個人的には、アスノさんのこともっと怒っても良いと思いますけど」
「え?」
グラスを片手に――ミリーの自宅で酒盛りを始めてから一度も手放していない――しみじみと語るコトナに、エルガは語りかける。アスノへの文句はたくさん出てくる物の、彼への怒りを露わにすることもなく、しんみりとした様子で“自分が悪かったのかなぁ”と呟く様を見たエルガの感想であった。
「それぐらいアスノさんのことを慕っていたのに、当の本人はそれを裏切る形になったわけですから……。悪いことをしたのは向こうなんですから、そんな自分が悪かったって言わずに、向こうを怒れば良いんじゃないですか?」
「…………」
どう見ても明らかにアスノが悪いのだ。だが彼女はそれを言わず、自分のせいだとぼやいていた。それがどうも納得いかない――しかしエルガの言葉を聞いたコトナは、対面に座る彼をしばし見やったあと、ふっと笑みを溢した。
「――少年、もしや異性と付き合ったことない?」
「それが何か?」
「お、おう……妙に素直な子だと思っていたけれど……アレかな? エルガ少年はピュアなのかな?」
きょとんとした様子で返すエルガにやや出鼻をくじかれたコトナは苦笑する。男女の機微に疎そうな――分かっていなさそうな彼に、コトナはグラスを傾けながら教えてあげた。
「覚えておきなさい、少年。本当に好きな人が出来たら……何だかんだいって、最後にはその人のことを許してあげちゃうものなのさ」
「……はぁ……」
「もちろん、本気で許せないこともある。……でもね、やっぱり最終的には許しちゃう物なんだよ。当然向こうも謝ったり、なおしてくれたりしたからそうなんだけれど。……そんな”愛”を、あたしもしたいなぁ、なんてね」
「…………」
大人の女性の言葉に、エルガはもちろんミリーも黙り込んで聞き入っていた。怒っても許せなくても、最後には許してしまう――それは、なんていうか――
「……それ、結局騙されるパターンじゃないですか? こう、優しさにつけ込むタイプの」
「――少年」
「コトナさ――っ!?」
コトン、とそれまで手放す気配がまるでなかったグラスを置いたコトナの表情は、この上なく笑顔であった。だがその笑顔と共に放たれた威圧感は、尋常ではない。上がりかけた悲鳴を飲み込み、エルガは眼前に迫った彼女の笑顔に睨まれていた。
――笑顔に睨まれるってどういうことだ? と自問自答する物の、そう表現するのが一番なのだから仕方がない。ともあれ、彼の方にぽんと手が置かれると、
「そういえば少年は一滴も酒を飲んでいないよね?」
「いや、だから俺は未成年――」
「ミリーちゃん?」
「準備できてます! ヒック!」
パチンと指を鳴らすと、新しい酒瓶の封を切ったミリーがボトルごとコトナに差し出してきた。嫌な予感が背筋を凍らせる。
「いや、だから俺は――」
「嫌なことを思い出させた罰――ううん、話の腰を折った罰よ、エルガ少年?」
「だから俺は未成モゴォ!!?」
――一体何が、どの発言がコトナの琴線に触れたというのだろうか。未成年だと訴えるその口を物理的に閉ざすように封が切られた酒瓶を突っ込まれ――
「例え正論であっても、的を得た例えであっても……それが正しいとは限らないのよ、少年」
酒瓶を突っ込んだコトナがぼそりと呟いたその一言が、教訓として刻まれたのは言うまでもない。ちなみにエルガ、その後の記憶はないそうである。
――三人が寝静まったミリーの自宅で、何者かが音もなく酒宴の会場であった居間に忍び込んできた。結局あの後三人ともその場で眠ってしまい、居間で適当に寝転がり、時折呻き声を漏らしながら眠りについていた。そんな彼らを起こさぬように、音を立てずに歩を進める人物。
居間に忍び込んだその人物は口元に笑みを浮かべ、転がっているエルガの元へ近づいていき、彼の懐をまさぐり始めた。
『――おやすみなさい、子供達。母の腕に抱かれながら――』
その間にぶつぶつと何かを呟き続け――まるで子守歌のよう――彼が起きないようさらに深い眠りへと誘いながら、懐から”ある物”をそっと取り出して。
「―――――」
さらに笑みを深くさせ、取り出した物を彼の懐に戻すのであった。そしてもう一度、侵入者は瞳を紅く輝かせながら”呪文”を詠唱する。
『――我が言葉に耳を傾けよ――』
???
「万策尽きてきましたね。私、動きます」
作中で未成年がお酒を飲んでいますが、当作品は未成年の飲酒を勧めるものではありません。また未成年と知りつつお酒を飲ます行為も犯罪です。