英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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暴走状態のエルガを一言で言うのなら、リミッター解除バルバトスです。


4-06 ーーだからさようなら

――獣の話をしよう。悲しき過去が生み出した、墜ちた人間の物語を。

 

 

 

 

「……ん……」

 

「おや、気がつきましたか?」

 

度重なる轟音と振動に揺さぶられ、意識を失っていたナギサは目を開けた。腕の中にいる少女が意識を取り戻したことに気づいたロゼリアは口元に笑みを浮かべたままそう呟く。

 

「ここは……私……」

 

虚ろな瞳で数秒ほど魔女を見やった後、自身の状況を理解した途端、瞳を開いて体を震わせた。

 

「――貴方は……!」

 

「えぇ、ロゼリアですわ、天眼の巫女様。貴方をお迎えに参りました」

 

「――っ離して、離して下さい!!」

 

魔女の腕の中でもがき出すナギサは、助けを求めるように辺りを見渡して、そこで口を閉ざす。目に飛び込んできた光景に、彼女は青ざめ、ガタガタと震えていく。

 

――あのときと同じ――

 

彼女が見たのは、傷つき倒れたダーゼフ達。必死に立ち上がろうともがく彼らの視線は、自身に向けられており、彼らが助けに来てくれたと言うことをナギサは悟る。その思いは嬉しく――同時に、彼女の根底にある傷を刺激してくれた。

 

狂信者達から自身を逃がすために犠牲となった父と母。目に映る光景が、かつて自分を助けに来てくれ、狂信者達から逃がし――そして凶刃によって倒れていった姿と重なり、取り乱すナギサ。

 

「わ……私、は…………」

 

何かを言いかけ、口をつぐみ――やがてナギサは瞳をぎゅっと閉じる。何も見ない、何も聞こえない――助けに来てくれた遊撃士達の思いを裏切るかのように、逃避に走ろうとするナギサに、ロゼリアは耳元で囁いた。

 

「――ちゃんと彼らの最後を見ないと行けませんよぉ? 彼らは貴方を助けに来たのですから」

 

「っ――!!」

 

――わかっている。今の自分がどれだけひどいことをしているのか。どれだけ卑劣なことをしているのか。でも、また――父と母のように、自分を助けようとしてくれた人達の死を見たくなくて――

 

「――エルガ君!?」

 

アニーの叫び声を耳にして、ナギサは目を見開いてそちらを見やる。ゾルダに破れ、ボロボロだった彼が立ち上がっていた。捕らわれる直前、彼に治癒系のアーツをかけてきたのだが、それが功を奏したのだろう。

 

「エル――っ!?」

 

彼が起き上がった悦び、助けようとしてくれる希望、彼に対する心配、彼一人では無理なのではと言う諦め、様々な感情が混ざり合い、自分でも分からないまま彼の名前を呼ぼうとして。

 

「ガアアアアアァァァァァァァァッ!!!」

 

――咆哮を上げ、左手を地面につく異形の構えをとった彼に、ナギサは言葉を失う。彼が放つ異様な雰囲気。口を開き、歯を見せながら唸る様に驚きを隠せない。そして何よりも、その“巨大な針を持つ三つ足のシルエット”に覚えがあった。

 

アレは地下道での一件を終えた夜。彼の部屋で、彼が叶えたい願いについて占ったときだ。天眼を通して見た光景に、三つ足のシルエットがあった。それが引き金となって、彼女の瞳が光を放つ。

 

 

 

西ゼムリア南部にある山間地帯。深く険しい自然に囲まれたその地域は、周辺諸国の国境地帯となっていた。だがその険しい自然故に各国の支配力も行き届かず国境は曖昧となっており、その地域に存在する集落数や正確な人口も把握できていない状況にあった。

 

その集落の一つに、ある悲劇が起こった。近年まれに見る災害級の大雨によって引き起こされた土砂崩れに、集落が一つ、丸ごと飲み込まれたのだ。

 

――“赤髪の少年”は、その集落で生まれ育った。土砂崩れは彼が物心ついたばかりの頃に起こった出来事だろう。その少年に集落の記憶はほとんどなく、また“失われてもいた”。

 

少年が覚えているのは大雨によって山が崩れた光景と、崩れた山から守るように抱きついてきた何者かと、光のない、息苦しく真っ暗な光景。――感じられる何者かの暖かさが、自分以外の存在を確かに教えてくれていた。

 

だが、その暖かさもやがて冷たくなり――幼い少年は、真っ暗な闇の中で一人取り残された。それを契機に、少年は徐々に壊れていったのだろう。赤かった髪が、“真白く染まるほどに”。それまでの記憶を、失ってしまうほどに。

 

そして白髪の少年は、数匹の狼によって土の中から掘り起こされる。狼に助けられた彼は、しかし狼にはなれずにやがて群れを出て行き――“獣”となって森の中を彷徨い出す。自分が何者なのか――どんな存在なのか、“人だったことすら”忘れて。

 

そして獣は”狩り”を行う。生きるために、自分の身を守るために。そのために木の棒を尖らせたり獲物に突き刺したり、狩った獲物を残し、罠として扱い、明らかに”知性”を持つ行動を取っていた。――時折行う水浴びで体の汚れを落としたりしたのは、かつての存在の名残だろう。

 

獣を見た者は何人もいる。だがその正体に気づけた者はいなかった。獣が、それまでに狩った獲物の皮を剥ぎ取り、体に巻き付け、本当の姿を隠していたためだ。獣を見た者は、まるで数匹の動物の”継ぎ接ぎ”のような見た目に、さぞや恐怖を抱いたことだろう。

 

――だからこそ、”三つ足の獣”は恐れられた。獣でありながら、罠を張る狡猾さ。道具を作り、使い、自らの姿を隠す、明らかに知性を感じさせる行動。新種の魔獣ではないか、と噂されたこともある。

 

そんな“人間達”の事情など知らんとばかりに、生きるために獲物を狩る獣に契機が訪れた。近隣で起こった戦火から逃れるために、難民達が三つ足の獣の活動圏に足を踏み入れた。その護衛を務めていた“短槍を使う遊撃士”が獣と対面したときに――

 

 

『――獣に墜ちた哀れな人の子よ……せめて安らかに、女神の御許へ旅立つがいい』

 

 

――”天位”に至った槍は、獣を調伏し、奥底に押し込んでいた”幼子”を目覚めさせて。

 

 

『貴方、お名前はなんて言うの? ……え? 名前は、名前だよ。貴方のお名前』

 

『……もしかして、お名前、ないの……?』

 

『――ならあたしが付けてあげる! そうねぇ……じゃあ、“エルガ”! 貴方のお名前は、今日からエルガよ!』

 

 

――難民の少女は、白髪の幼子に名を与え、手を差しのばした。

 

 

――それは人が獣に墜ち、そして人に戻る救済の物語であった。

 

 

 

「グウゥゥゥッ……アァッ!!!」

 

異形の構えをとり唸り声を上げていたエルガは、ぐっと体を沈めたかと思うと、バネ仕掛けのように勢いよく飛び出した。一見走りづらそうに見える三本足を器用に動かし、かけ出すその足力は意外にも速く、瞬く間に魔女達との距離を詰めていく。

 

「小僧、お前………ッ!!」

 

三つ足の獣――噂だけは聞いていた獣の正体が、まだほんの子供だったことに驚きを隠せないゾルダだが、複雑な思いを切り離してエルガに向けてライフルを向ける。銃口を向けられた途端、エルガの動きが変化する。

 

「―――ッ!!」

 

一直線に突っ込んでくる形から、左右に飛び跳ねてジグザグに動きながらの特攻――狙いを定めさせないつもりだろう。明らかに“銃器”という存在を理解している行動から、獣に墜ちてなお知性は存在しているということを示していた。その動きに瞳を見開くゾルダは、舌打ちを一つついて構わずにライフルを掃射する。

 

「グウゥゥッ!!」

 

牽制目的の掃射――獣はジグザグ移動を止め、一直線に構わず突っ込んでくる。もうその頃には距離はほとんど縮まっており、ゾルダは銃撃から剣撃へと切り替えて、右手の長剣を振り下ろした。

 

「ガアァッ!!」

 

「ち、こいつ……っ!!」

 

振り下ろした剣撃を、エルガは左に避け、追撃するようにライフルを左側へと向けるゾルダ。だが彼はそこでぴたりと止まった。

 

――左側へ避けたはずのエルガがいない。いくら低い体勢を取っているため至近距離では見失いやすいとはいえ、あの動きで俺が見失う? しかも気配すら感じなくて――

 

「後ろだ!!」

 

「っ!!?」

 

横手からの轟いたネモの叫び声に反応し、ゾルダは確認せずに振り向きざまに一閃を放つ。――鳴り響いた金属音と共に、エルガが後方へ飛び退く。横手へ避けたはずの彼が、ゾルダの背後へと回り込んでいたのだ。その早さに舌を巻くゾルダは、エルガを見やりながらぼやきを漏らす。

 

「どうやって後ろに……!!」

 

――それがわからなかったのは、おそらく目の前にいたゾルダだけだろう。彼の一撃を躱したエルガは、地面についた”左腕を軸にして回転”し、ゾルダの背後へと回り込んだのだ。飛び退いた勢いと早さ、そのどちらも保ったまま。

 

「グウウウゥゥゥッ!!」

 

「はやっ―――!!?」

 

唸り声を上げながら槍を構え、突撃するエルガ。その速力は、先程の突撃とは比べものにならないほど上がっていた。すんでの所で体を捻りそれを躱し、エルガは走り抜けていった。しかし完全に躱すことは出来ず、脇腹に切り傷が生じ、血が滲み出た。その様に、ゾルダは顔をしかめる。

 

――獣牙疾走――狩り場を蹂躙する獣の牙。獣の、戦技の一つ。

 

「明らかに動きが速く……!! だがこれは……!」

 

動きは比べようもないほど速くなっていた。だが妙に違和感が残る。ただ速くなった、だけではないような――そう感じながら走り抜けていったエルガへ視線を向けると、彼は地面についた左手を軸に急旋回。走り抜けた勢いと速さを一切殺さずに、再度ゾルダ目掛けて突撃する。

 

「ちぃっ……!」

 

「――俺がやる」

 

突っ込んでくるエルガを待ち受けたゾルダの前に、ネモが躍り出た。相手が変わったものの、獣の動きに変化はなく、真っ直ぐにその槍を――牙を突き立てようとして。

 

「っ!」

 

「グゥッ……!!」

 

自身に向かって突き出された槍を見切り、ネモは思いっきり”踏みつけた”。強制的に軌道を変えられた穂先は地面に突き刺さるばかりか、意図しない方向からの負荷に槍が軋みを上げる。獣は唸り声を上げて槍を引き戻そうとするが、黒夜叉がそれを許すはずがない。

 

「――終わりだ」

 

踏みつけた短槍を足場に獣へ接近。短槍の上に乗りながら獣との距離を縮め、真横への一閃を放とうとする。確実にこれで仕留めた――その確信の元に放たれた一刀は、しかし。

 

「グウウウッ!!」

 

「――何?」

 

短槍を迷いなく手放し、低い体勢をさらに低く――それこそ、地面に倒れ込むほどに――し、ネモの一刀を躱して見せた。そして獣の頭上を剣が通り過ぎたその瞬間、地に伏せていた獣は飛びかかる。

 

(――振り切った後ではなく、”振るっている最中”に飛びかかる……!?)

 

「ガアァァァァッ!!」

 

その動きの早さに違和感を覚えたネモは動きが遅れる。彼の両腕を掴み、動きを封じた獣は、口を大きく開いて詰め寄ってきた。――その意図を読み取ったネモは、流石に嫌悪の感情を隠さずに舌打ちをし、

 

「離れろ、獣がっ」

 

「グガッ!!」

 

密着状態から放たれた蹴りを避けられるはずもなく、獣は後方へ引き下がる。――しかし下がりながらも、自由になった短槍の石突きに右手を引っかけて回収した。そして再び左手を地面につき三つ足の体勢をとった。

 

かなり本気目の蹴りを繰り出したにも関わらず、ろくに手応えがなかったことと、獣の反応から、自ら下がることで威力を軽減したのだろう。冷静に分析しながらも、ネモはチッと舌打ちをせざるを得なかった。

 

(……純粋な体の速さではなく、”神経の反応速度”が異常なのか……)

 

――それが獣の速さの源であった。当然身のこなしや、あの体勢から来る”初速”の速さもあるだろうが、なによりも異常なのは反応速度である。

 

もしも剣撃を躱して反撃を叩き込むのならば、相手が剣を振り切った後に反撃するのが常である。”剣が通り過ぎた瞬間”、というタイミングは、一歩間違えれば自ら剣に突っ込むのと同義であり、リスクが高い。

 

そして何よりも――“人の反応速度”では、その瞬間に反撃を叩き込むなど不可能なのだ。無論修練や鍛錬によって自身を鍛え上げ、相手の動きを先読みすればそんなことは出来るだろうが、飛行艇で戦った“短槍使い”はそんな動きは露ほども見せなかった。

 

――にもかかわらず、今の“獣”は人間を超えた反応を見せている。仮面の下で瞳を細め、ネモは胸中呟いた。

 

(……三つ足の獣の正体は、野生化した人間……コレが、”人が自然界に適応した姿”とでもいうのか……)

 

――ソレはある意味において、”人の進化の可能性の一つ”とでも言えるだろう。ネモは知らないが、”彼”は偶然助けた狼の群れに混じり、狼の真似事をするでもなく、山間地帯にいた他の獣達の動きを真似ることもなく、独自の”獣”という存在に至った(墜ちた)のだから。

 

「グルルウゥゥ………」

 

「………」

 

獣はこちらの動きを伺うように唸っていた。僅かでも隙を見せたら、その瞬間襲ってくるだろう――そう感じ取ったネモは、敢えて僅かに剣先を下げ、動きを緩めた。

 

「グウゥゥゥッ……!!」

 

見せた隙に食いつくように、獣はかけ出してくる。三足歩行という独特な動きは予想外の早さをもたらし、瞬きを一つするときにはすでに間合いに入っていた。

 

(――かかった)

 

「グッ!?」

 

――しかしそれは読めていた。突き出された槍の穂先を的確に弾き、今度はネモの方からすっと一歩詰め寄り左手で獣の喉を掴み拘束する。そのまま片腕で獣の体をつり上げ首を握り獣の動きを封じ、さらに剣先を体に突きつけて――

 

「ッ!? ガアァァァァァッ!!!」

 

「むっ!?」

 

暴れ出した獣が繰り出す蹴りが、ネモの剣を跳ね上げた。密着、拘束状態から繰り出す”散華”を弾いたばかりか、獣は槍を手放して両手でネモの左手を握りしめ――

 

「っ!?」

 

腕をへし折らんばかりの握力に顔をしかめ、思わず拘束を緩めてしまう。その瞬間に拘束からぬけだし、手放した槍を回収するなり下方から掬い上げるように斬り上げてきた。

 

「――ち……!」

 

半歩後ずさり切り上げを躱し――仮面を割られた――、忌々しそうに舌打ちを一つ付いて、槍を振り上げた獣に反撃とばかりに斬り掛かるものの、それは後ろに下がり躱されてしまった。

 

「グウゥゥゥッ!!」

 

後方へ下がった獣は唸り声を上げて槍を構え直し、凄まじい早さで突撃してくる。獣牙疾走――かつて森の主を何匹と屠ってきた技が、黒夜叉へと放たれて――仮面を割られた夜叉が、“鬼”を想起させる気を放ち、両目で見据えてくる。

 

「たかが獣と、侮らん方が良いか」

 

「――ガッ………!!?」

 

――その一瞬のみ、”手加減を捨てた”ネモの間合いに入った瞬間、唐突に獣の体に”無数の斬撃”が叩き込まれる。体中を切り刻まれながら、獣は驚愕の表情でネモを見やるほかなかった。

 

「あ、アレは……!」

 

「な、なんでエルガが斬られて……!」

 

獣の戦闘中に、立ち上がれるほどには回復した仲間達がその光景に目を丸くする。それもそうだろう、ネモは一切“剣を振るっていない”のだから。ただゆっくりと剣を大上段へと持ち上げて行くのみ。

 

「……七の、型……?」

 

――高めた気迫は、時に物理現象すら引き起こす――たった一刀なれど、その一刀に秘められた“剣気”は複数の斬撃を生じさせた、まさしく刃のない“無仭”の剣。

 

八葉一刀流、七の型<無>――ダーゼフは今の技に、八葉の流れを垣間見た。先程の二重の嵐もそうだが、この技もアレンジ――否、“自己流”に昇華されており、あくまで流れを感じさせる程度。だがそれでも、彼が八葉の者と関わりがあったことに違いはないはず。

 

一体なぜ、どういうことだ――脳裏に様々な疑問が生じる中、ダーゼフの視界に、体中を切り刻まれた獣が、弱々しい動きながらも短槍を突き出そうとしているのが見えて――

 

「エルガ、もう良い!! やめろ!!」

 

「――無心(むごころ)」

 

張り上げた制止の声は届かず――振り上げた大上段からの一撃は、獣の短槍を真っ二つにして、彼の体を斬り裂いた。

 

 

 

「――え、エルガ……?」

 

血しぶきを上げて倒れ込む短槍使いを見下ろすネモの背後で、少女の呆然とした囁き越えが聞こえてくる。――否、聞こえてくるのは背後だけではない。前方――短槍使いの仲間達もまた、口々に声を張り上げていく。

 

「エルガ君!? しっかりしてエルガ君!!」

 

「坊主……! おい坊主!!」

 

「しっかりしろエルガ! クソ、ダーゼフさん!」

 

アニー、レオン、トヴァルと、倒れた彼に呼びかけ、弱々しい足取りで駆け寄ってくる彼らに対して、ネモはそっと瞳を伏せて剣を下げ、踵を返そうとする。だがその直前に、二条の輝きが視界の端を捉える。

 

「――っ!」

 

下げた剣を斬り上げて二条の輝き――二振りの刀と鍔迫り合いになる。刀剣越しに見やる二空のインゲードこと、ダーゼフ・インゲードの瞳には明確な怒りと殺意が浮かび上がっていた。

 

「――貴方は……貴方だけは、ここで……!!」

 

「熱くなるな、インゲード。……殺してはいない」

 

どうやら短槍使いはダーゼフにとって近い間柄だったようだ。その怒りは凄まじく、ともすればダーゼフの怒気に気圧されそうになるものの、そっと呟いた一言に彼は目を瞬かせた。その言葉が真実であることを証明するかのように、背後からアニーの叫びが聞こえてきた。

 

「――まだ息はある! トヴァル先輩、手伝って下さい! 治癒アーツと応急処置を! 早く!!」

 

「お、おう!」

 

あれだけ派手に血しぶきを上げ、致命傷と思わしき傷を負ったのだが、どうやら紙一重で急所を外したらしい。――正確には、”外された”のだが。

 

「獣の反応速度に感謝すると良い。――寸前で避けたぞ、そいつは」

 

「――――」

 

アニーの叫びとネモの言葉に気が緩んだのか、ホッとしたように弛緩するダーゼフ。生憎とその隙を見逃してやるほど余裕があるわけではないネモは、そのまま力尽くでダーゼフの二刀をはじき飛ばした。

 

「っ……!」

 

「悪いがこれも”仕事”でな。……恨むなら、後ろの女狐を恨むと良い」

 

「あらやだ、さり気なく私に責任をなすりつけないで下さいませ?」

 

武器を飛ばされ、表情を歪めるダーゼフは改めてネモの顔を見やり――仮面を割られたことによって見えた素顔に眉根を寄せる。特徴的な左半分を覆う火傷もそうだが、その顔立ちはどことなく“誰かの面影”を感じさせるのだ。――火傷がなければ、その既視感の正体にも気づきそうなのだが。

 

「…………?」

 

そしてその既視感は、おそらくレオンが一番強く感じていることだろう。その正体が何なのか思い浮かぶ直前で、彼の背後にいるゾルダがライフルの銃口を頭上へ向け、銃声を轟かせた。

 

「――目的は果たした、もう充分だろ魔女殿。……撤退を進言する」

 

「そうですわね。……いつの間にか貴方にかかっていた”命令”も解けていますし……ここは巫女様を連れて――」

 

「――させ……るか……っ!」

 

巫女様――ナギサを連れ去ろうとする彼らに対し、立つ事もやっとな遊撃士達は何も出来ず――しかし激しく出血しながらもエルガは無理矢理に立ち上がる。

 

「エルガ君!?」

 

「おい、坊主、無茶すんな!」

 

傷を押さえ、真っ二つになった短槍の穂先部分を手に立ち上がるエルガは、今にも崩れ落ちそうなほど震えていた。とてもではないが戦える状態ではなく――それでもナギサを助け出そうと彼は立ち上がったのだった。

 

「おいおい、三つ足の獣さんよぉ。そいつは、無理な話だってもんだぜ?」

 

ふぅ、とため息混じりに告げるゾルダ。エルガの周りには戦闘可能な者がおらず、おまけに立ち上がった彼も満身創痍。対する空賊団は、ゾルダとネモはほぼ無傷な上に、墓所の通路を見張っていた組員も集結しており、人数差もある。――今の遊撃士達に、勝機はなかった。

 

「三つ足……あぁ、俺……”墜ちた”のか」

 

自身のことを”忌むべき名”で呼ばれたことと、仲間達の少し異なる視線。そして何よりも、気絶する直前の咆哮で、何が起こったのかをエルガは察した。――だったらなおさらだと、エルガは一歩踏み出した。

 

――ポタポタッ、と彼の体から血が流れ落ちる。ぴくり、とナギサは微かに身じろぎをした。

 

――ダメ……ダメ……――

 

「だったら、助けないと……俺は、助けないといけないんだ……」

 

「坊主お前……」

 

うわごとのように「助けないと」と繰り返す彼に、レオンは眉根を寄せた。強迫観念に迫られたかのようなエルガの行動に理解が追いつかない。

 

「俺は、獣、だから………」

 

もう一歩踏み出した。――さらに激しく、血が流れ落ちる。それに比例するかのように、ナギサの震えが激しくなった。

 

「だから……誰かを、救わないと……俺は、人に……っ」

 

「エルガ、お前……まさか――」

 

彼のうわごとと、そして助けよう、救い出そうとする思い――否、“執念”に、トヴァルは嫌な予感を覚え、彼を止めようと近づく。そして続けられた彼の言葉に、疑念は確信へと至った。

 

 

「俺は……”人に、なれない”……っ!!」

 

 

――人になれない――まるで自身のことを人と思っていないかのような発言に、アニーやレオン達はおろか、ネモやゾルダまでもが動きを止めた。

 

(……六年……六年たっても、未だ……)

 

未だ抜け出せない、彼自身が抱え込む闇。そして歪さを知るダーゼフは、一人俯き、拳を握りしめる。六年前のあの日、獣から解き放たれ幼子同然だったエルガを庇い、猟兵達の魔の手から守った少女は命を落とした。

 

だから今度は自分が、あの少女の分まで誰かを助け、守り、救わなければならない。“人の皮を被った獣”は、そうしなければ本当の意味で人にはなれない――そんな風に思っている節があることを、数年前から察してはいた。だがそれは、彼にとって最も触れて欲しくない“地雷”でもあり――故にこれまで仕方なく放置してきたのであった。

 

「……エルガ君、貴方それは……」

 

これまで垣間見せていた歪さと、先の”獣”から、エルガの身に並々ならぬことがあったことは察せられる。だが彼の過去を知らないが故に、アニーには彼にかける言葉が思いつかず、やがて口を閉ざしてしまう。

 

「……この大馬鹿野郎が……っ!!」

 

彼女とは逆に、表情を歪め、怒りを露わにさせたレオン。彼もまたエルガの過去を知らず――故にこそ、今にも殴りかかりそうな表情で、大馬鹿者と罵ることしか出来なかった。

 

「……嬢ちゃんを助けないと、人になれない、か……ただの代償行為だが……”獣”が言うと、バカに出来ねぇな」

 

「奴は奴なりに、救いを求めているのだろう。――もっとも」

 

それはゾルダとネモも同じであった。彼らの場合は、遊撃士達以上にエルガのことを知らず――故にネモは、彼らとは異なる解決方法を導き出せた。

 

「――女神の御許へ送ってやった方が、お前のためになる気がしないでもないがな。……獣だったお前に、人の世はさぞ生きにくかろう」

 

――それは奇しくも、”天槍”が最初に取ろうとした手段と同じであった。だらりと下げていた剣を再び持ち上げたネモ。臨戦態勢を取った彼を目の当たりにしてもなお歩みを止めないエルガを見据え、無表情のままに重心を落とした。

 

「――二重の――」

 

 

『――もうやめて!!!』

 

 

黒夜叉の技が放たれる直前、魔女ロゼリアに抱かれたナギサが叫び声を上げた。彼女の懇願に、二人はぴたりと動きを止めた。

 

「ナギサ……」

 

「………」

 

エルガもネモも、互いに動きを止めてナギサへと視線を移す。そして彼女は――

 

「――もうやめて……”エルガ”」

 

「―――――ぇ」

 

――”エルガ”に対して、制止を呼びかけた。一瞬何のことか分からなかった彼は、呆然として彼女を見据え、やがて困惑の表情を浮かべた。

 

「もうやめろって……どういう……?」

 

「私のこと……もう、助けなくて良いから……っ」

 

震える声音で告げるナギサ。まるで身を斬り裂くかのような悲痛な叫びに一同は押し黙る。

 

――脳裏に蘇る父と母の記憶、両親の最後。自身のあの場所から逃がすために、自らを犠牲にした大好きな人達が、今のエルガと、アニーやレオン、トヴァル、サラにダーゼフと重なって。

 

「私は……っ! 私は、助けてなんて……言ってない……っ」

 

「っ!?」

 

――自分のせいで、大切な人達が傷ついて欲しくなくて。そんな様子を、もうこれ以上見たくなくて。だから――彼らの身を案じて、天眼の巫女は拒絶の言葉を口にする。

 

 

「――だからさようなら……」

 

 

「――――…………」

 

「………」

 

――泣きながら、悲痛の表情で別れを告げるナギサ。命をかけて守ろうとした少女の拒絶に、エルガは言葉を失い、その場で力なく跪く。戦意を失った短槍使いを前にして、ネモもまた振り上げていた剣を下ろしてゾルダ達へと視線を向ける。

 

ゾルダは彼の視線を受けて頷き、他の空賊団達を引き連れて通路の奥へと去って行った。彼らと共に、ナギサを抱き上げたロゼリアもまた、面白いものを見れましたと愉悦の笑みを浮かべながら去って行く。

 

――その間ナギサは、泣き顔を隠すかのように遊撃士達へ視線を合わせようとはしなかった。そして最後に、殿を勤めるネモが遊撃士達を一瞥し、

 

「……恨むなら、好きなだけ恨むがいい。それで奇蹟が起きるというのならばな」

 

――様々な受け取りが出来る言葉を言い残し、彼も通路へと去って行った。立ち去っていく彼らを追う余裕など遊撃士達にあるはずもなく、また追っていったとしても、返り討ちに遭うだけであった。何も出来ない――その無力感に苛立ちを覚えたレオンは、力任せに石床へ拳を振り下ろす。

 

「――くそったれが……!!」

 

「……ダーゼフさん、俺達は……」

 

「……今は、手当が先です。……TMPに頼るほかないでしょう」

 

トヴァルとダーゼフもまた、力なく呟くしか出来なかった。今の自分達に出来ることはない――これまでずっと保護してきたたった一人の少女を、助けることすら出来なかった今の自分達には。

 

「エルガ君、大丈夫? ……まずは、怪我の手当を……」

 

「………そう……だよな………」

 

痛む体を引きずるようにエルガの元までやってきたアニーは、彼の隣で膝を下ろし、手当をしようと呼びかける。だがその言葉は耳に届いたかどうかは怪しく、何かに納得したかのように、エルガはうわごとを口にする。――彼の手から、二つに折られた短槍の片割れがこぼれ落ちて――

 

「……”バケモノ”に……助けられたくは……ないよな………」

 

「っ……!!」

 

自嘲するかのよう呟きながら、彼は意識を失うのであった。彼のうわごとを耳にして、悲痛な表情を浮かべたアニーに、寄り掛かるかのように倒れた彼の首元から真珠のネックレスがこぼれ落ちる。

 

 

 

――〇〇〇テ――

 

 

 




クラフト解説

”獣”
・獣牙疾走
狩り場を蹂躙する獣の牙
威力S 範囲・直線S+ CP40
備考 地点指定 自動移動 ディレイ通常攻撃と同じ 必殺率30%




ネモ
裂空斬
剣圧で敵を斬り裂く、空を断つ一刀
駆動解除、封技、封魔


二重の嵐
敵集団を切り伏せ、その中心で追撃を放つ夜叉の剣
高威力二回攻撃


散華
無音、無拍子で相手の懐に飛び込み敵を捕らえ、必殺の突きを放つ死剣
戦闘不能

無心
一刀から無数の斬撃を繰り出し、敵を断ち切る剣鬼の技
高威力、強化解除、必殺率アップ


????
夜叉の奥の手。詳細不明。
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