地下道墓所から離脱した空賊団は、依頼人であるロゼリアと彼女に抱かれたナギサの二人を守るかのように囲みながら、通路を走り続けている。目指すは帝都郊外――この通路を進めば城壁をくぐり抜け、帝都郊外に脱出できる。
調べていないからわからないが、方角的にこの通路は帝都の中央に位置する皇城バルフレイム宮にも通じている可能性がある。おそらくだが、大昔の脱出用の通路か何かだったのだろう。
そいてこの通路の先は、郊外にあるの森。現在その森の中に彼らの船であるノア号を停泊させていた。このまま通路を抜けて地上に出れば、そのままノア号に搭乗し帝都を離れる算段を付けている。
――故に、妨害及び追っ手が来るとすれば、地下道内だろう。ダーゼフ・インゲードもTMPの増援を仄めかす発言をしていたことから、その可能性は高い。
ノアを隠している森の中で待ち伏せされている可能性は考えなくて良い。その場合は、待ち伏せせず直接ノアを攻撃すれば良いのだから。
「――エディ、追っ手が来たぞ」
「マジか!? くそ、後もう少しだって言うのに……っ!」
最後尾を走るネモは、自身達を追ってきている気配が近づきつつあることに気づき、前を走る船員に声をかけた。ロゼリアが船員にかけていた洗脳――呪いはすでに解けているのか、はっきりと自我を感じさせる様子に内心ホッとする。
後二、三分も走り続ければ地上に上がる階段にたどり着くだろう。だがこのままでは、その前に捕捉される。故にネモは墓所ほどではないが、開けた場所に出た途端、一人腰に吊った剣を引き抜き、踵を返して、
「殿は俺が受け持つ。お前達は行け」
「――了解! 必ず合流しろよ!」
「わかっている」
殿――それが持つ意味を理解していた元北の猟兵であるエディは、一瞬言葉に詰まる。部隊が撤退するための時間を稼ぐ囮、捨て駒の役割なのだ。殿を受け持つと言うことは、すなわち死ぬと言うことに他ならない。
しかしエディは言葉に詰まるもすぐに頷き、合流――戻ってこいと告げた後に走り去っていった。彼の実力であれば必ず戻ってくると言う、”年下の副団長”に対する厚い信頼関係であった。
仲間達が去って行ったのを気配で感じながら、ネモは通路をじっと見据えて剣を握りしめた。夜目が利くとはいえ、暗闇の中数十アージュも離れていればその姿を確認することは難しい。だが問題はない。彼らレベルの実力者となれば、気配だけで正確な位置を特定するのは容易かった。
「―――”構えるか”」
――ましてや彼レベルの気配読みともなれば、“動きを読むことも”――地下道内に発砲音が鳴り響く。それと同時に、剣を振るう風切り音がネモの耳に届いた。何かが弾かれる金属音と共に、先端が潰れた銃弾が足下を転がる。
「見敵必殺……いや威嚇射撃か」
問答無用で発砲してきた容赦のなさに、微かに口元に笑みを浮かべるネモ。そうしているうちに、肉眼でも分かるほど接敵してきた、灰色の軍服を着た武装集団は一斉にライフルを構えた。
「レヴァナント空賊団の副団長だな! 我々は鉄道憲兵隊である、大人しく投降しろ!」
「先に撃っておきながら何言ってやがる……」
投降を呼びかけるTMPに、ネモは若干呆れた様子でため息をついた。肉眼で見えるライフル持ちが七人、さらにその奥の通路内、暗闇に隠れて”スナイパー二人”が潜んでいる。さっき撃ったのはこのスナイパーの方だった。
“いつでも狙撃できるぞ”という脅しのつもりで発砲したのだろうが、正直あまり意味はない。どれほど腕の良い狙撃手と言えども、“撃つタイミング”がばれてしまえば脅威度は大きく下がる。
そして今スナイパー二人は動揺していることだろう。威嚇射撃とは言え、ライフルの狙撃を剣で弾かれたことに。ネモを囲むように扇形に広がったTMPの隊員達は、いつでも引き金を引けるとばかりにライフルを構え、部隊の隊長と思わしき人物は彼の瞳を見て悟る。
「……投降の意思はないようだな。やむを得ん、撃て」
ライフルを突きつけられながらも一向に剣を下ろす気配もなく、こちらを値踏みするような眼差しを向けてくることから、投降の意思はないと見て、隊長は号令を下す。――銃声が地下道に鳴り響いた。
「―――なっ!?」
目の前の光景に驚愕する。号令と共に放たれたライフル弾は、ネモが振るう剣によって弾かれていた。
さきほども狙撃を弾いていたためそこまでは想定内。問題――というよりも疑問は、ネモの振るう剣速と、撃った弾数が合わないのだ。あの剣速では、一発弾くごとに十数発ほど被弾するはず。
そしてもう一つ。剣と銃弾がぶつかり合う金属音が響かないのだ。今この地下道に鳴り響いているのは銃声と、その隙間を縫うように微かに耳に届く風切り音。被弾する様子を見せない彼に、部下達も驚愕の後、我を取り戻しなおも撃ち続けるが、進展はなかった。
結局TMPの隊員達が弾を撃ちきるまでそれは続き――銃声が鳴り止んだ頃合いに、縦横無尽に剣を振るっていたネモも動きを止める。
「貴様……今のは一体……」
「銃撃を弾いただけだ……切り札を使うまでもない。この程度、剣一本で充分だ」
「っ!!?」
驕るでもなく、ただ淡々と事実を述べるように告げたネモに、彼らは戦慄する。反論するかのように、体調は声高に叫び、
「だ、だとしても、あの剣速であの数の弾丸を全て弾くなんて事は……!!」
「剣を振るえば剣風が生じる。――その剣風で、弾丸を数十発まとめて吹き飛ばしただけだ」
「なっ……!!?」
さぁ、と血の気が引いていく憲兵達。一瞬ネモが何を言っているのか分からなかった彼らだが、そのとんでもなさだけは瞬時に理解できる。
剣を振るった際に生じる剣風など、たかが知れている。だがどのような技法を用いたのか、彼はその剣風を持って弾丸を吹き飛ばしたというのだ。――吹き飛ばしたというのならば、金属音が鳴り響かないのも理解できた。何せ弾丸は、剣に”当たっていない”のだから。隊員達は恐れを露わに、口々に漏らしていく。
「こ、これが“剣鬼”……!」
「いや、”黒い鳥”か……!?」
「……ネモ(誰でもない男)という名は、伊達では無いようだな……っ!!」
黒夜叉、剣鬼、黒い鳥――そのどれもが、複数ある彼の通り名のである。TMP同様、鉄血宰相直属である「情報局」の情報収集力を持ってしても、彼がこれまでに名乗ってきた偽名とその呼び名も、全て判明してはいなかった。
『誰でもない』――故にいくつもの名を持つネモの底知れなさの一体を垣間見て、彼らは恐れおののき、見るからに戦意が低下していく。
「――さて」
「っ! たい――」
呟きながら、突如飛来する狙撃をあっさりと弾くネモ。おそらく腰が引けている彼らを援護するためのものだろう、狙撃音で我に返った隊長は指示を出そうとして――
「――遅い」
地下道内で風が吹き荒れる。そして彼の後ろでネモの声が耳に届く。隊長の視界には、次々と崩れ落ちていく隊員達の姿が目に映り、そして自身もまた膝をつく。――腹部に痛打を貰っていた。
「くっ……!」
「鉄道憲兵隊、確か例の宰相の直属部隊だったか。まだ新設されたばかりらしいが……素質は高いが、新設故に練度不足だ。出直してこい」
「……ご指摘、痛み入る……だが我々も、ここで終わるわけにはいかない……っ!」
意識が遠のいていく中、気力で懐に忍ばせておいた”通信機”のスイッチを入れる。通信機と言っても、従来の通信機のように会話を交わすことは出来ず、単純に”合図”を送ることが出来る程度のものだ。――だが、これで良い。口元に笑みを浮かべた隊長は、そこで限界が来たのか気を失う。
「……貴様、今何を……ちっ!」
その合図によってか、狙撃手達は蜘蛛の子を散らすような勢いで撤退していった。瞬く間に後方へ下がっていくのを気配で感じ取りながら、ネモは嫌な予感がするとばかりに小隊の隊長を睨み付ける。――気を失った彼が、その問いかけに答えるはずもなく、ネモは舌打ちを一つ付いて先行した団員の後を追いかけようとして。
「――フフッ、お初にお目にかかる、”誰でもない男”よ」
「――――これは少し、予想外だったな……」
前方、すなわち団員達が走り去っていった方向から、艶のある威厳を内包した声に呼びかけられ、ネモは目を細め剣を握りしめる。
その頃、地下道を駆け抜け地上の森に出た団員達は船の元までたどり着いていた。光学迷彩が展開しておりその姿は見えなかったものの、中にいる人物が彼らに気づいたのか、迷彩を解いてその姿を露わにさせる。
森の中に鎮座した黒い船。彼らレヴァナント空賊団の母船に一同はそっと息を吐き出した。団長であるゾルダも例外ではなく、深く息を吐き出して号令を出す。
「よし、全員ノアに――――」
「――そこまでです」
――だが冷静な声音がそれを遮った。目を見開いたゾルダはそちらを見やると、木々の影から次々と灰色と紺色の軍服姿の集団が姿を現した。
「鉄道憲兵隊……!」
「それに正規軍……しかもあのマーク、第一機甲師団!?」
帝都ヘイムダルに駐在する帝国正規軍第一師団――帝都の防衛を主とする師団の登場に、ゾルダは舌打ちを一つ付く。
(……ネモが足止めに向かったのはちょいと痛かったな。ただまぁ、あいつならすぐに追いつく……なら――)
「武装を解き、人質を解放しなさい、レヴァナント空賊団。そしてロゼリア、あなた達には誘拐及び帝都騒乱の容疑がかけられています。ご同行願えますか?」
最初に声をかけたであろう、TMPの一人――水色の髪を切りそろえたクレア・リーヴァルトが銃口を突きつけてくる。いかにも生真面目で融通の利かない冷たい軍人、という雰囲気を放つ女性士官に、ゾルダは口元をつり上げて、
「……女狐をそちらに引き渡したら、俺達は見逃して貰えるかい?」
「あら嫌だ、私を売り払おうというのですか? 何とも薄情な……私、悲しみと尋問の激しさのあまりあることないこと全て漏らしてしまいそうですわ」
「勝手に漏らしておけ老婆」
「――――例えば、帝国正規軍から略奪した物資のありかとか。民主主義を掲げる”某共和国”の最新技術や機密情報とか」
「おま…………」
ロゼリアの発言に、ゾルダは思わず彼女を振り返る。正規軍――それもエリート部隊である第一機甲師団の目の前でなんてことを。振り向いたロゼリアはニコニコと良い笑顔を浮かべており――先程の、老婆発言が地雷を踏み抜いたらしい。
「――ほう、それは興味深い。”そちらの船”も含めて、是非ともゆっくり、じっくり話を聞かせて貰おうではないか」
ピクピクとこめかみを引きつらせた正規軍の士官――胸の紋章から少佐であろう――の言葉にげんなりとして、しかしすぐに気を引き締める。
機密情報云々に関しては、それでこの場をしのげるのであれば漏らすこともやぶさかではないのだが、物資のありかとノア号に関してはまずい。“とある秘密結社”から強奪した特殊試作艦であるノア号は、現行技術では未だ実用化されていない技術が使われている。
各種レーダーに感知されないステルス性能に船の駆動、飛行音をかき消す消音機能。船体を透明化させる光学迷彩。そのほかにも後三つほど、オーバーテクノロジーと言っても過言ではない機能が搭載されている。
特にあの機能――あれはまずい。ノア号を帝国に押収され、あの機能を解析した後に量産にこぎ着けられた場合、ゼムリア大陸の地図が一瞬にして塗り変わる。ただでさえこの国は、”他国全て”を敵にしても対等に渡り合えるであろう戦力を、この国は持っているのだ。
『――この船は、どこかの勢力に荷担させてもまずい。まさしく“切り札”だ』
それが、ネモと話し合って決めたこの船の取り決めであった。大陸の崩れかかっているパワーバランスを、これ以上壊してはならないと。そしてそれは団員全てに通達してある。ゾルダはちらりと後方にいる仲間達に向けると、彼らは分かっているとばかりにそれぞれ獲物を持って武装していた。
「――ヘルガー少佐。これ以上の交渉は無意味かと」
「の、ようだな。だが――」
「少佐、何を――」
TMPを率いて現れた水色の髪の女性士官――クレア・リーヴェルト少尉は武器を構えた彼らを見て少佐に進言する。ヘルガー少佐もこれ以上は時間の無駄だと言うことを理解して、片手を上げて合図を出す。
――木々をなぎ倒しながら、砲台を担いだ鉄塊が姿を見せる。機銃を搭載し、担いだ砲台をノア号に向ける鉄塊――帝国正規軍が運用する主力戦車。
「――おいおいおいおい」
「ば、バカじゃねぇのあいつ等……!! こんな所で戦車だと!?」
機甲師団がここにいることから、なんとなく予想はしていたが――それでも驚きは隠せなかった。まさか森の中とは言え、帝都郊外――街の近くで戦車を四台も使うというのか。どう取り繕っても砲台の発射音が街に響いて――
「……そういえば、近いうちに演習をやるって話だったか……」
街の中で耳にした噂話――それを思い出してゾルダは顔をしかめる。その噂話が、”この一件”が起こることを見越していたから流したというのか。今となってはどうでも良いことだが、しかし戦車を背後に置いたヘルガーは、口元に嫌な笑みを浮かべて、
「――これでもまだ、軍門に降る気はないと?」
(…………)
クレアは無表情のまま瞳を閉じた。その内心は読めないが――どこか呆れているようにも見えた。そして、それはおそらく正しい。情報局からもたらされた彼ら空賊団の来歴を調べて――彼らに“機甲兵団”をぶつけるのは悪手だと。
「――――なるほど、俺等に尻尾を振れってか」
――ゾルダもまた、ヘルガー少佐の思惑をくみ取っていた。先にノア号を発見し、戦車と兵士で囲み退路を塞いでから、敢えて自分達に答えを出させようとする。こちらが投降に応じる形にすることで、勝者と敗者をはっきりと分からせようとしているのだ。
「ククッ……ハハッ………アハハハハッ!」
口から漏れた笑い声が、徐々に大きくなる。肩を振るわせて豪快に笑い出したゾルダは、眉根を寄せたヘルガーに、
「あんた俺等のこと何も分かっちゃいねぇな。そこの嬢ちゃんの方がまだわかってるぜ?」
「何?」
「オメェ等の”敗因”はなぁ……その傲慢と矮小なプライド、機甲兵団への依存……俺達を、甘く見ていたことだ」
右手に持つ強化ブレードを掲げたゾルダは、口元に笑みを浮かべ、怒りをその瞳に宿しながら仲間に――”部下達”に号令をかけた。
「――対機甲兵団、四番隊!! 倹約令は解除だ、俺達の本当の力、見せてやれ!!」
『――イエッサー!!』
――対機甲兵団――それは機甲師団との戦闘を視野に入れた”歩兵部隊”。号令を受けた十数人しかいない部下達は一斉にライフルのマガジンを変更する。通常弾が装填されているマガジンから、”特殊弾薬”が装填されているマガジンをライフルに取り付けて。
「目標、敵主力戦車! 秒でスクラップにしろ!!」
ゾルダもまた、左手に持つライフルを敵主力戦車に向けて発砲。それを皮切りに、空賊団達も戦車に対し火器を発砲した。
「無駄なことを! 総員、戦闘開始(オープンコンバット)! レヴァナント空賊団を殲滅しろ!!」
ヘルガーの号令に部隊は呼応し、彼ら目掛けて発砲しようとして。その前に、敵の弾を受け続けていた戦車から”破裂音”が木霊する。
「何――!?」
驚き戦車を見やるヘルガー。そこであることに気がついた。戦車の装甲表面に銃弾がめり込んでいて――その銃弾が、破裂していることに。とある工房で対物用に開発された新型の弾丸であった。
「炸裂弾……!! だがその程度の爆発で……――――っ!!?」
空賊団が使用してきた弾種には驚いたものの、あくまで通常弾程度の大きさしかないためか、炸裂の規模は極めて小さく、戦車の装甲を破壊するまでには至らないだろう――その見込みは、僅か数秒で破綻する。
『な、何だ―――ぐぁっ!?』
『そんな……敵弾が、貫通した!?』
例えどれだけ規模が小さくても、同一箇所で連続して炸裂していれば、やがて装甲は削れ脆くなる。その頃合いを見計らって、”古参連中”はマガジンを切り替え、特殊貫通弾を斉射する。
貫通弾とは言え、型落ちも良いそれは、本来であれば装甲に弾かれて終わる。だが装甲が脆くなった今であれば、その名に恥じない働きを見せてくれた。戦車内から響く悲鳴が、装甲を貫通したことを如実に表している。
「た、退避―――」
「――遅ぇんだよ、何もかも」
これはまずいと、中の操縦者も感じたのだろう。上部に取り付けられた搭乗口から、被弾した同僚を引っ張り上げつつ脱出を謀る中、単騎で突撃してきたゾルダは装甲が薄くなった箇所に貫通弾を撃ち込み“穴”を開け、その穴に雷を纏った強化ブレードを突き刺した。
深々と突き刺ささったブレードに帯電する雷が、戦車内部に走り結晶回路をショートさせ機能停止。戦車一台を、あっという間に中破、戦闘不能へと追い込んだ。
「馬鹿な、歩兵が戦車を……っ!!」
装甲の隙間から煙を上げ、もう動かなくなった戦車を見た正規軍は、僅かながら動きが止まる。それはそうだろう、歩兵部隊のみで戦場の華とも言える戦車を破壊したのだから。彼らに走る衝撃はいかほどのものか。手荒くブレードを引き抜いたゾルダは、顔をヘルガーの方へ向けて突進する。
「く……っ!?」
「少佐!」
銃剣とブレードの同時斬撃を、引き抜いた軍刀で受け止めたヘルガー。そのまま鍔迫り合いとなり数秒ほど拮抗したものの、ゾルダは力任せにブレードを振り切って少佐を無理矢理に後退させる。
――戦闘前にヘルガーから『口出し無用』と念を押されていたクレアだが、流石に上官の危機とも成れば手を出さないわけにはいかなかった。手にした大型の導力拳銃をゾルダに向けるものの、発砲する前にゾルダがライフルを向けて来た。
「っ!」
ライフルによる発砲を、左右に飛び退いて躱すクレア。回避の隙間を塗って負けじと反撃に出るもの、彼女の射撃はブレードによってはたき落とされる。
「正確な射撃――“アイツ”にも見習わしてねぇな」
「何を――っ!」
ニィ、と口元に笑みを浮かべてクレアの射撃を賞賛するゾルダ。彼の脳裏に浮かぶのは身内の一人――射撃が下手というわけではないが、ついつい前に出たがる問題児。多分、今頃押さえきれなくなってノアから飛び出した頃合いだろう。
「うおぉぉぉぉっ!!」
何となく予想を付けながらクレアと銃撃戦を繰り広げている最中、横やりが入ってくる。軍刀を片手にこちらに斬り掛かってきたヘルガーの剣撃を、右のブレードで受け止めた。
「我が百式軍刀術の錆になるが――」
「良いところに来た、若造」
百式軍刀術とは、帝国正規軍で採用されている剣術である。帝国に伝わる騎士剣術であるアルゼイド流とヴァンダール流の二流派を組み合わせて考案されたこの軍刀術は、帝国人の気風を表すかのように“力”と“剛胆さ”が現れている。
「――そんなものかね、自慢の百式なんちゃらは」
「貴様っ!!」
――だがそれがどうしたというのだ。世の中力で攻めれば受け流し、守りを搦め手で突破して、策を力尽くで壊してくる。そんな非常識きわまる”相棒”の剣に比べれば、力一辺倒など可愛いものだ。ヘルガーの一刀を受け流しつつ、ゾルダは立ち位置を巧妙に入れ替えた。
「っ! そうきましたか……っ!」
先程まで銃撃戦を行っていたクレアとの間に、ヘルガーを置くように。彼を遮蔽物にすることで、同士討ちの危険性を煽りクレアの射撃を鈍らせる。その間、ゾルダはヘルガーを挑発するようなことを口走り、彼に周囲の状況確認を怠らせていた。ヘルガーの重い一撃を、ブレードとライフルを交差させる形で受け止めて、
「悪いな若造。俺等も今、余裕があるわけじゃねぇ」
「貴様……!!」
軍刀を押しやる形で跳ね返し、ヘルガーの体勢を大きく崩す。その隙を突いて、ライフルの銃口を彼に向けて――
「むっ――!!」
嫌な予感を感じ取り、ゾルダは引き金を引かずに後方へ飛び退く。彼が飛び退いたと同時に、横手から飛んできたエネルギー弾がその場所を通過した。下がるのが僅かでも遅れていれば、導力エネルギー弾に貫かれていただろう。
「――何!?」
さらにそのエネルギー弾は、いつの間にか周囲を漂っていた”カード状のパネル”に衝突。鈍角に軌道を変えて反射し、ゾルダを追撃する。
「――なるほど、そうやって撃ってきたか! 流石は鉄血の子飼い!!」
ブレードの導力を起動させ、刀身を帯電させてエネルギー弾を斬り飛ばしたゾルダは、ヘルガーの背後にいるクレアを賞賛した。誤射を避けるため、先程のようにパネルを使ってエネルギー弾を反射。軌道を変えさせてヘルガーを避けるように迂回させつつこちらを狙い撃ってきたのだろう。
この方法であればヘルガーが遮蔽物になっていても問題はない。――むしろ逆に、彼女の技量の高さが脅威であった。見た所、”反射板”は一枚だけではなく、複数枚周囲を漂っている。どういう仕組みかはわからないが、常に動き回っているこれらを使って反射させるのは、それこそ”先読み”じみた演算能力が求められるだろう。
それを難なく用いると言うことはつまり――何度も飛んでくるエネルギー弾を斬り飛ばし、ちっと舌打ちしつつも、その口元には押さえきれない笑みが浮かんでいた。
――全く、今日はなんて日だ……!――
気が向かない仕事を受けた上に、部下共々操られた手前、煮えくりかえる思いはある。だがそれと同時に、こうも”強敵”と連続して戦えたことに悦びが滲み出てくるのも事実であった。
短槍使いに“獣”、二空のインゲードに鉄血の子飼い。――そして、亡き盟友の義娘にして弟子であるサラ。今日一日だけで、これだけの戦いを行えたのだ。わき上がる高揚を押さえるのは難しい。
そう、ゾルダ・ヴァリウスの本質は根っからの”戦闘狂”であった。だからこそ――この戦いを続けたいという気持ち(本能)と、とっとと戦域から撤退するべき(理性)と言う二つの意思がぶつかり合っていた。
「なんだ!?」
「これは――“導力波”……?」
「――――時間か」
そして二つの意思が傾いたのは、まさにその時だっただろう。彼らの船であるノア号を基点に波動が放たれ――クレアはその波動に眉根を寄せて――ゾルダは撤退を決めたのだった。
――ゾルダが撤退を決める少し前。団長が一台目の戦車を破壊した後に、残された団員達の集中砲火によって二台目もさほど間を置かずに撃破した。そのまま三、四台目と続こうとしたのだが、流石にそううまくはいかない。
「これ以上はやらせんぞ!」
彼らの動きを妨げるかのように、第一機甲師団の兵士達が突撃してきたのである。TMPやライフルで武装した師団兵は空賊団を牽制しつつ、軍刀を手にした前衛部隊が切り込んでくる。
「ちっ……!」
ライフルを肩に懸架させ、ブレードを引き抜いたロイは切り込んできた師団兵と斬り結ぶ。重い剣撃を弾きながら必死に踏み込ませまいと粘るものの、このままでは力で押し負けるとロイ自身が感じ取っていた。
「そんなものか、空賊!」
「ちぃ!!」
破れかぶれに振るう大振りのブレードをいなした師団兵は、安い挑発とともにロイを蹴り飛ばす。その蹴り足を片腕で防いだロイは体勢を崩し、たたらを踏んだ彼に、師団兵はトドメとばかりに軍刀を振り下ろそうとして。
「やられ――るわけにはいかねぇだろ!!」
「むっ!?」
不安定な体勢ながらも懸架したライフルを持ち直し、狙いを付けずに斉射して師団兵を追い払うロイ。狙いを付けていないとはいえ、至近距離からの斉射に彼らは後退せざるを得なかった。
「くそ、流石は帝国の第一師団……! 一人一人の練度がやばいぞ!!」
「俺等も空賊稼業で鈍ったからなぁ……昔なら互角、兵装の差でやや有利と見たがさて……」
突っ込んできた彼らを、一時的にでも下がらせたロイは後退して顔を引きつらせる。一人一人の練度がこちらよりも上なのだ。さらに人数差もあり、明らかに不利な状況であった。
北の猟兵が”公国軍”だった時代からの古参兵である、齢50になったガルドは、ふぅーと葉巻を吹かしながらライフルを肩に担ぎ分析する。――去年の一件で古巣と縁を切り、猟兵から空賊に鞍替えしたが、この一年で明らかに鈍ってしまっていた。それでも良いかと思っていたのだが、この状況ではそうも言っていられない。
「最初に戦車を二台潰して正解だ。……だが奴さんも、そろそろ復活してくるぞ」
師団兵達も、戦車四台の内、二台を早々と破壊された衝撃から立ち直る頃合いだろう。そうなれば今以上に攻勢は激しくなる。そうなる前に――
「――敵戦車が動き出すぞ!!」
――エディの叫び声と共に、敵戦車二台が砲塔をノア号に向けている所だった。戦車の主砲がノアに直撃すれば、装甲に穴が空くだろう。試作艦だからか、巡洋艦クラスにしては装甲が薄いこともあり、下手すれば一撃で撃墜、なんていう悪夢もあり得る。
「おっと、それはやめようぜ……」
ガルドは前方で暴れている団長を見てため息を一つ付き、戦車への集中攻撃を再開させようとするも、それを阻止するかのように師団兵が再度突撃してきた。
「貴様等……!!」
こちらの動きを阻害するかのような突撃。練度で勝る向こうの前衛に割り込まれたら、こちらはその対処で手一杯になる。逆手に握った強化ブレードで師団兵の軍刀を捌きながら、ガルドは顔をしかめる。
「切り札はあるが……どのみちこの一件が片付いたらリハビリブートキャンプだな……―――エディっ!」
「く、やば……っ!!」
「これで終わりだ、空賊!!」
自身達の鈍りに舌打ちをして、斬り掛かってきた師団兵を吹き飛ばしライフルを斉射。なぎ払うように斉射する中で、エディのライフルを斬り裂いた手強い師団兵が目に入る。武器を喪失した彼に、その師団兵は無情にも剣を振り下ろそうとして――
「っ! 上――ぐっ!?」
――何かに気づいたのか、その師団兵は頭上を見上げてエディから距離を取る。二人の間に割って入るかのように、小さな人影が振ってきた。その人影はエディを追い詰めた師団兵を蹴り飛ばして距離を取り、
「――乱れ撃つ」
その赤い瞳が一瞬、“金色”に変わり――そして正規軍、TMPの合同部隊へ二丁拳銃を乱射した。
「むっ!?」
「何という早撃ち……!!」
乱入者の射撃は、猟兵であった空賊団の目からも、一見狙いを付けず適当に撃っているようにしか見えない。だが彼が一発撃つごとに、敵は被弾箇所を押さえて蹲るか、防御或いは回避を行わざるを得ず、それによって反撃に出る隙がなくなり、彼らはジリジリと後退を開始した。
「くっ――子供だと……っ!?」
無理矢理にでも部隊全体を後退させた、二丁拳銃を乱射する乱入者の姿を見て、彼らは目を見開く。灰色の髪に褐色肌――特に光が消えた、生気を感じられない赤目がやけに印象的な十二、三歳程度の少年であったことに驚きを隠せなかったのだ。
「おまっ……ノアで大人しくしてろって言ったろうが!」
「あんたらが頼りないからだろ」
「アァッ!?」
乱入者の正体に気づいたエディは目を見開いて吠えるものの、少年――カイトは平坦な口調で言い返す。比較的彼と年の近い――それでも十近く離れているが――エディの叫びを無視して乱射をやめ、彼はガルドを見やり頷いた。
「ガルドのおっちゃん、”時間”だよ」
「――了解。総員撤収、ノアに乗り込め!」
時間――それが意味することを知っている彼は頷き、声を張り上げ空賊団に告げる。いつの間にか開いていたノアのハッチを目指して彼らは進んでいき――
「撤退など許すと思うか! 戦車隊、撃てぇ!!」
ノア号への乗船を開始した空賊団を見て指揮権を持つ士官は声を張り上げる。戦車という脅威を排除しないまま、船に乗り込もうとする愚かな行為を鼻で笑い、男の号令に従って戦車の主砲が火を噴いた。
「撃ってきた――」
「オーレロ!!」
ノア号に乗り込もうとしていたガルドも気づき、ここからでは聞こえないだろうが、船の操舵を任されている中年の男の名を叫ぶ。主砲から放たれた砲弾は、ノア号の中心部分目指して突き進み――ノアの黒い装甲表面に、導力光の筋が何本も走った。そして砲弾は、突如現れた半透明の壁――“物理障壁”によって防がれ、爆発する。
「な……なんだと……!?」
「対物理障壁……!? あんな大きなものを!?」
主力戦車の主砲をなんなく防いだ障壁の存在に、師団兵の間で動揺が走った。これまでに何度も高い威力を持つ主砲によって敵対者を粉砕してきた帝国軍にしてみれば、あっさりと防がれた衝撃はいかほどのものだったことだろう。動きが止まった彼らを見て、ガルドはため息をついた。
「――だから止めようぜと言ったんだ……」
――装甲が薄くても、それを補う何かがあれば良い。この障壁がある限り、ノア号の”防御力”は、戦車はおろか、”戦艦”クラスの主砲さえも防げるレベルだろう。呆れるガルドの耳に、拡声器による声が届いてくる。
『副将、”撃って良いかい”!!』
声の主は、船の操舵を勤めるオーレロ。彼の言う副将とはネモではなくガルドのことを指している。オーレロはネモのことを大将、ゾルダのことは団長と呼ぶのだ。どうやら搭乗口での叫びはしっかり届いていたようで、彼は頷いて声を張り上げる。
「あぁ、”切り札”だ!!」
『了解!! 実践で使うのは初めてだな、行くぜ!!』
割とノリノリな叫びと共に、ノア号の装甲表面に光が走り――その光が徐々に強さを増していく。
「なんだ、何が起きて……!」
「船が……光ってる……!?」
先程から予想だにしなかった出来事の連続に、正規軍とTMPの連合部隊の間でも動揺が走っている。動きが鈍い彼らは反撃の手を止めて、光り輝くノア号を見据えて――やがて膨れあがった光が解き放たれ、“導力波”となって森全域を駆け巡った。
「――な、何だ……!?」
――変化はすぐに起こった。師団兵は自身の体が急に重くなったように感じ、眉根を寄せる。さらにライフルを――導力銃を持つ者達は、心臓部とも言える”導力ユニット”の光が消えていることに気づいた。どうやら導力が”停止”してしまったらしく、これでは引き金を引いても撃つことは出来ない。
「ど、どういうことだ!? なぜ導力ユニットが……っ!! まさか……!!」
困惑する中、TMPの兵士はあることを思いつき、自身の持つ戦術オーブメントを取り出した。やはりオーブメントも機能停止しており、体が重くなったのは、オーブメントとの同調によって強化された身体能力が元に戻ったためだと理解する。
やはりこれは――起きた現象を理解して、彼らは震える声音で呟いた。
「……”導力が停止した”……だと……そんなバカな……!!?」
――それは後年、”隣接する小国”で起きた大事件と類似し――一説では、この一件を元に帝国は“ある物”を少数生産したとも言われるが、真偽のほどは定かではない。ともかく、これではオーブメントもライフルも、そして戦車も、ただの鉄の塊と化してしまったも同然であった。
「だ、だが、それは連中もおな……じ…………」
確かに導力は停止したが、それは空賊団も同様――そう続けようとしたのだが、ノア号から発生した”風圧”がその考えを否定する。不可思議な導力波によって導力停止現象を引き起こした元凶が、”浮かび上がった”のだ。――やつらは離陸を開始した。
「……嘘だろ……」
さらにノア号に乗り込んでいた空賊団達は皆甲板に姿を現して、その上からライフルの銃口をこちらに突きつけていた。――船が飛べること、そして連中の持つライフルの導力ユニットが点灯していることから、おそらく向こうは導力停止の影響を受けていない。――有利だった帝国正規軍及びTMPの連合隊は、一瞬にして窮地へと陥った。
「――退け退け退けッ!!!」
武器を封じられ、頭上からライフルを突きつけられている状況下、正規軍の方から声が轟く。一人で突っ込み、大暴れしていたゾルダがもの凄い勢いでノア号の元まで駆け抜けていた。
邪魔するものは容赦なく切り捨てる、と言わんばかりの圧力を周囲にぶちまけながら突き進む彼を阻むものなどおらず、むしろ道を空けるかのように帝国軍はゾルダから距離を取る。
「――待った、まだネモが……!」
「あいつ何をやって……っ!!」
「――よし、飛び乗った!! 助けろお前等!!」
搭乗した連中を確認していたカイトは、まだネモが船に乗っていたいことに気づく。そして今、離陸してそれなりに高度を上げたノア号の、ハッチに指を引っかけるというぎりぎりの形で団長も搭乗する。
「――っ! いた!!」
喚く団長を引っ張り上げながら、ガルドとカイトは苦々しい表情を浮かべて周囲を見渡し――カイトの視界に、なぜかやたらとボロボロになった金髪の剣士が入ってきた。彼もゾルダ同様、行く手を阻むものを切り捨てると言わんばかりの勢いで駆け抜け、こちらに接近してくる。
流石に彼には抵抗するものもいたが、切り捨てられるか、もしくは甲板からの援護射撃によって断念せざるを得ない様子だった。そうこうするうちに彼も近づいてきたが、船の高度はすでに人が飛び乗れないほどの高さまで上昇していて――
「ハッチ開けたまま!! ”錨”下ろ――」
「ネモ!! 盾のワイヤー!!」
ガルドの錨発言にあることを思い出したカイトは、声を張り上げて全力で走り近づく彼に叫ぶ。その叫びは耳に届いたのか、彼は左手に装備した盾をこちらに向けて、盾に仕込んだワイヤーを射出した。
「――っ! 引っ張り上げる!!」
射出されたワイヤーをキャッチしたカイトは、ガルドとゾルダの二人の手を借りながら、ネモの体を引っ張り上げ、無事に彼も合流する。
そしてハッチは閉じられ――ノア号は光学迷彩を展開し、戦域から離脱をはかるのであった。
Q,どうやって第一機甲師団は光学迷彩中のノア号を発見できたの?
A,そこに導力演算機器並の頭の良さを誇る氷の乙女がおるじゃろ? 後は途中まで追跡できていた団員達の足取りから、ある程度の方角を絞り、船を隠せる場所(候補地)で網を張っていた感じです。後は途中にいた”通信機”によって特定した形です。
Q,導力停止現象……某”蛇”の船っぽいし、ノア号ってゴスペル積んでいるの?
A,積んでいないです。アレとは全くの別物で、停止現象に関してはシュミット博士あたりだったらあっさりとネタばらししてくれることでしょう。
Q,なんでネモはボロボロになってたの?
A,ネモ「あいつ絶対に政治家じゃない。政治家の皮を被った軍人だ」カイト「は?」
今回のMVPはおそらくゾルダ。指揮官クラス、特にクレアさんという戦術レベルだともの凄い脅威になる人に戦闘を仕掛け、連合部隊の指揮レベルを大きく下げたため。不撓さんがいない、エリート古参兵(機甲師団)とエリート新兵(TMP)の連合部隊故に連携が取りずらかったのも大きい。
なお本人はそこまで深く考えていなかった模様。
次回はいきなり五章(最終章)に入ります。