英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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5-02 折れた刃~2~

 

「――だがそんときは……二度と、俺にツラ見せんじゃねぇ」

 

そう吐き捨てたレオンがエルガの自室から出て行き、彼の苛立ちが込められた足音が遠のいていくのを耳にしながら、アニーはふぅっと深くため息をついた。

 

――レオンさん、相当怒っていたな……でも、無理はないかな。視線を未だに俯かせ、無気力さを露わにするエルガを見ていると納得せざるを得ない。今のエルガの態度と先程の発言を聞けば、彼を庇うことなど出来るはずもなかった。

 

むしろ彼女自身も腹が立っていた。――ナギサが”助けて欲しくない”と思っているなどと、彼は本気で考えているのだろうか。

 

「…………」

 

「――――エルガ君」

 

あれだけ啖呵を切られたというのに何の反応も示さなかった彼に、アニーは膝をつき視線を合わせて問いかける。光を宿さないその瞳を前に、若干気後れはしたものの――

 

「――一発行くね」

 

「――――っ!」

 

――問答無用で彼の頬にビンタを張った。一瞬驚きに目を見開いたエルガだが、すぐ元に戻りアニーから視線を逸らした。

 

「………何?」

 

「レオンさんへの態度と、さっきの発言……あれは流石に良くないと思う」

 

「だからなんだよ……もう放っておけよ」

 

窘めようとする言葉にも耳を貸さず、エルガは顔を逸らしてアニーから距離を取ろうとする。だがすぐさま彼女は彼の肩を掴み、

 

「エルガ君。このままで本当に良いの?」

 

「…………」

 

「レオンさんや私達がナギサちゃんを助けるまで、ここに引き籠もる……そんなので、本当に良いと思ってるの?」

 

「………るさい……」

 

「レオンさんが言っていたとおり、あの子を助けたのはエルガ君なんだよ。だったら最後まで――」

 

「うるさい……」

 

「うるさくてもやめない。ナギサちゃんは助けを求めて――」

 

「――求めてないだろっ!」

 

嫌がる彼を押さえつけ、話を続けていくと、エルガはアニーの手を振り払い口調を荒げた。今にも泣き出しそうな叫び声を、彼は上げる。

 

「言ってただろ、助けてなんて言っていないって! もう助けなくていいって! だったらもう助ける必要はない、”バケモノ”の俺がやったことは、アイツにとって良い迷惑だったんだよ!」

 

 

「―――――この馬鹿!!」

 

 

彼の叫びを受け、アニーも大声で怒鳴り返してもう一度、より力を込めて彼の頬を叩いた。平手だったことを除けば、もう殴りかかったような勢いが込められていた。彼の胸ぐらを掴み、体を揺らしながら声を張り上げる。

 

「何で!? 何でそんな馬鹿な事を考えるのよ!? あのときあの子が言ったことが、全部本心だったなんて本気で思っているの!?」

 

「それは――………それ、は………」

 

当然だろう、と言いかけたエルガは、思い直したかのように口を閉ざした。彼女が口にした言葉が、本心からの言葉かどうかなんて、他人である自分に分かるはずがない。尻すぼみとなって口を閉ざすエルガに対し、アニーは腹立ちと痛ましさの両方を抱きながら俯いてしまう。

 

「何で……っ! 何であの子と一番仲の良かった貴方が! あの子からの信頼を得ていた貴方が! 何でわからないのよ!! もう良いって、助けなくていいって貴方を拒絶したとき、あの子は泣いていたのよ!?」

 

「―――――っ……」

 

腹立ちは、そんなことも察せられなかった彼の鈍さに対して。そして痛ましさは、エルガが人の心を察することが出来なかったその理由に気づいたから。

 

――かつて人であったことを忘れ、十ぐらいの頃まで”獣”として生きてきた彼。その後彼は”エルガ”として、人として生きてきた。今の彼は推定十六才、つまり彼が“エルガ”として生きてきたのはたったの六年でしかないのだ。

 

情緒を学ぶには時間が足りない――今まさに学んでいる最中なのだ。そんな彼に、本心と言葉の乖離を察しろというのは、無理があったのだろうと、彼女は分かってしまったから。

 

「あの子は、ナギサちゃんは助けを求めてる……! 少なくとも、私にはそう聞こえた! 私達を守るために、あの子は嘘をついたの!!」

 

ネモによって戦闘不能に陥れられ、エルガも満身創痍の中、遊撃士達のために、ナギサは身を挺して守り、嘘をついたのだ。あの場所にいた者達は、彼女の献身に救われ――同時に、たった一人の少女が連れ攫われるのを黙ってみているしかなかった自身達の不甲斐なさを恥じた。

 

だから今遊撃士達は必死に彼女を助け出そうとしているのだ。助けてくれた市民を、”仲間”を救い出すために。――後悔を、後悔で終わらせないために。

 

「このまま終わっていいなんて、私は思ってないっ。泣いていたあの子を助けたいの! エルガ君は違うの? このまま終わっていいって、本当に思ってる!?」

 

「……俺は………」

 

アニーに詰め寄られ、捲し立てるように問いかけられたエルガは、唇を振るわせて顔を俯かせる。彼女の言葉を受け、エルガの中で迷いが生まれ始めていた。

 

――本当に、ナギサは助けを求めているのだろうか?――

 

――あのとき、俺を……”獣”を拒絶したわけじゃなかったのか?――

 

――もしそうなら……でも、違っていたら……――

 

「………」

 

迷いを見せ始めたエルガを見て、アニーは一人頷いた。未だに迷うのかと苛立ちを覚えないでもないが、しかし先程の無気力さに比べればよほど良い傾向であった。それに、今の彼であれば、きっと“師の言葉”が通じるはずだ。

 

「……エルガ君。貴方が初めて帝都支部を訪れたときに、貴方の師匠から渡された手紙、覚えてる?」

 

「……師匠の……手紙?」

 

眉をひそめる物の、エルガはこくりと頷いた。アレは確か――初めて地下道に潜ったときのことだ。休憩中にダーゼフから渡されていた手紙を読んだ覚えがある。それがどうしたというのだろうか。頷いたエルガを前にして、アニーはあの手紙に書かれていた言葉を口にする。

 

「――『誰かを守るためではなく、助けるため、救うために手を差しのばしたのなら、何があってもその手を離すな』……私は覚えているよ」

 

「………ぁ…………」

 

――それは手紙に、追伸として書かれていた言葉。――よく、師から聞かされた言葉。

 

 

 

 

『人を助ける、人を救うなどと、軽々しく口にするな、馬鹿者』

 

昔の自分は、事あるごとに誰かを助けたい、救いたいと口にして、そのたびに師匠から窘められていた。――それを初めて口にしたのは、あのときだろう。

 

――エルガが”人に戻って”数日後――あのときの自分は、今と同じように部屋に閉じこもっていた。無理もない、それまで獣として生きてきた彼が、急に人に戻って生活しろと言われても、困惑するだけだろう。

 

――それにそのとき彼は、目の前で”人に戻してくれた少女”を失っただけではなく、難民を虐殺した猟兵を、その手で殺めてしまっていた。十歳頃の幼い子供には、その衝撃はどれほどのものだったことだろう。部屋に閉じこもり、自身の心を閉ざしてしまうのも、無理はなかった。

 

ダーゼフもそんな彼にどう声をかければ良いのかわからず戸惑うばかり。その状況を見かねたエルガの師匠であるジルヴィアが、彼を無理矢理部部屋から引きずり出し、無理矢理に棒を持たせて、問答無用でエルガ相手に稽古を始めたのであった。

 

――今思い返しても、あのときの理不尽さと言ったらなかった。棒を持たされて、猟兵を殺めた光景がフラッシュバックし固まるエルガに、ジルヴィアは容赦なく槍を突き立て、石突きで殴打してくるのだ。

 

当初は体を丸めて身を守っていたエルガだったが、やがてふつふつと怒りの炎がわき上がってきたのを覚えている。こんなにも辛い目に遭っているのに、なぜ理不尽にも槍で叩かれなければならないのか。なぜこんなにも痛い思いをしなければならないのか。

 

――そこで諦観ではなく、怒りを覚えたのは――彼の中に眠る“獣”が無関係だとは決して言えないだろう。半ば反乱狂になり、獣の気配を漂わせながら、エルガはジルヴィアに反撃し――そして返り討ちに遭った。

 

痛みと疲れで動けず、仰向けに倒れたエルガに近づいたジルヴィアの、どこかホッとしたような顔が、今でも忘れられない。ぼうっとした頭で彼を見上げ、彼は真剣な眼差しで、軽々しく人を救うなどと言うなと告げたのだ。

 

 

『誰かを助ける、救うと言うことは、その者に降りかかる苦難を全て払いのけ、あらゆる困難から救済すると言うことだ。そんなこと、ただの人間に出来るはずがない。それが出来るのは、それこそ”空の女神”だけだろう』

 

 

『ただの人である我々に出来るのは、誰かを守ることだけ。………そして時にはそれすら出来ず、守れなかった者達が、目の前でこの手からこぼれ落ちていく』

 

 

『それが人の弱さであり、限界だ。――それでもお前は、誰かを守るのではなく、誰かを助けたいと、救いたいと口にするか』

 

 

人では人を救えない。悲しそうに、痛ましそうに告げるジルヴィアがやけに印象に残ったのを覚えていた。――もしかしたら、彼がそのような考えに至ったのも、守りたかったものを守れなかったからかも知れない。

 

――生き残っていた猟兵をあっという間に戦闘不能にし、ましてや“獣”化していた自身を苦もなく捻り上げたジルヴィアでさえ、誰かを守るのは困難だと言う。『守る』ことすら困難なのだ、そのさらに上に位置する『助ける』、『救う』という行為がどれほど難しいことか、あのときの自分はよく分かっていなかった。

 

それでも、自分はあのとき言ったはずだ。彼らに告げたはずだ、自身の思いを。ジルヴィアに叩きのめされ、ボロボロになった体を、半分に折れてしまった棒きれで支えながら、

 

 

『――僕は救われた、あの子に”救ってもらったんだ”。だから今度は、僕が誰かを助けたい、救いたいんだ。そうやって“命”を繋いでいって、あの子の死は無駄じゃなかったと、何よりも僕自身に示したい』

 

 

――あのとき、獣化していたエルガを怖がらず、拒絶もせずに受け入れてくれた少女。人に戻った後も、幼子のようにあやしてくれ、”名前”もくれた彼女。エルガにとっては、それは間違いなく洗礼であり、救済であったのだ。

 

そう、あのときエルガは間違いなく少女によって『助けられ』、『救われ』――最後には、その命が尽きるその時まで『守られていた』のだ。

 

ジルヴィアでさえ難しいと言っていた三つのことを容易く行うという”奇蹟”を、エルガは目の当たりにした。だから今度は僕が――『俺』が――

 

『――目の前で守ってくれた、救ってくれたあの子に憧れた。だから今度は……今度は「俺」が、誰かを守りたい、救いたいんだ……!』

 

『――それが偽善……お前の自分勝手な思いから来る、押し付けがましい偽りの善だとしてもか?』

 

守りたい、救いたいと口にするエルガに、冷や水を浴びせるかのように冷静に指摘するジルヴィア。――当時はその言いように腹を立て何かを言い返していた。あれから六年たった今なら分かる。当時のジルヴィアは、エルガの”覚悟”を問いかけていたのだと。

 

当時はただ、腹を立てて勢いに任せてかみついた。だが今は――今でも、“同じ事を言える”。あのときと違うのは、そこに込められた“覚悟”の有無。

 

 

 

『「誰かを守る、誰かを救うことは、例えそれが偽善だとしても、それでも”善”だ……っ」』

 

 

 

 

「―――――なんでこんな大事なこと、忘れていたんだろうな……」

 

「……エルガ君?」

 

――例え偽善でも、それでも善――。手紙に記されていた師の言葉を伝えたアニーが耳にしたのは、ぽつりと呟く彼の言葉。確証は得られないが、それでも何となく分かった。きっと今の言葉が、ダーゼフが彼を認めた言葉。

 

自身の両手に視線を落とすエルガは、ぽつりぽつりと呟きを漏らしていく。

 

「俺が誰かを救いたいと思ったのは、”彼女”に救われたから……。けど俺は……まだ誰一人助けられてもいないし、救えてもいない……!」

 

――彼女が命を張ってエルガを守り、救ってくれたというのに、今ここでナギサを見捨てれば、それこそ彼女の命が、彼女の犠牲が無駄になる。そしておそらく――ナギサを見捨てれば、そのことが一生心に残る“傷”となって、誰かを救うことなど、二度と出来ないと言う予感があった。

 

「――例えナギサが、助けを拒んだとしても……」

 

助けなんて要らない――泣きながらそう告げていた彼女の姿を思い浮かべる。あの言葉が真実なのか、それとも偽りなのか、まだ“人間として幼い自分”では判断がつかない。それでも――それでも今は、はっきりと自分の意思を告げることが出来た。

 

「それでも俺は……ナギサを助けたい、救ってあげたい……守りたいんだ……!」

 

言うは容易く、行うは難し――それでも。

 

 

 

 

 

『――例えどれほどの困難が待っていたとしても、お前はその偽善を貫くと言うのか?』

 

記憶の中にあるジルヴィアの言葉。こちらの覚悟を確かめるかのように問いかけられた言葉に、あのときの自分は頷いた。それがどれほど難しいことなのか、よく理解しないまま――けれど、絶対に貫きたいと意思を込めて。

 

『………”ローグ”だ』

 

『え……?』

 

『”エルガ・ローグ”……それがお前の名前だ』

 

「エルガ」はあの少女から貰ったもの。なら家名は、師匠から授かったもの。呆然と固まったエルガに対し、ジルヴィアは真剣な、それでいて優しさを携えた不思議な表情を彼に向けながら、そっと手を差しのばして、

 

『誰かを守るため、救うために手を差しのばしたのなら……その手は、絶対に手放すな。そしてそれをなすためには、”力”が必要だ』

 

『……力?』

 

差しのばされた手を掴むと、ジルはその手をさらに力強く握りしめ、彼を立ち上がらせる。そしてちらりとジル自身が持つ短槍へ視線を向けて、

 

『――お前には、俺の”とっておき”を教えてやる』

 

――こうしてエルガは、家名とともに、”力”を授かったのだった。誰かを守るためにジルヴィアが編み出した、彼自身の槍術を。

 

 

 

 

「……例え偽善でも……俺は、彼女を助けたい……!」

 

彼女に差しのばした手を振りほどかれたとしても、自身の願い、誓いを貫くために彼女を助ける。それは誉められた動機ではないかも知れない。しかし例え偽善だとしても、助けるという行為そのものは”善”だ。

 

――あのとき誓った自身の原点。それを嘘にしないために、俯いていた彼はようやく顔を上げたのであった。

 

 

 ~~~~~

 

 

帝国領国境付近、アイゼンガルド連峰――その中腹。ちょうど山間に出来た数少ない平地にて、黒い飛行艇は身を潜めるように着陸していた。その場所は周囲からすれば死角が多く、さらに光学迷彩を展開させているため、見つかる可能性はかなり低かった。

 

その着陸地点から少し離れた場所に洞窟がある。船員達の多数は船に残り、数名だけが下船してその洞窟内へと進んでいく。下船したのは空賊団団長であるゾルダと副団長のネモ、そして今回の一件の元凶である『還魂の魔女』ロゼリアと、彼女の依頼によって連れ去ったナギサの四人であった。

 

「――――とくに何もなさそうか……妙だな」

 

「あぁ。こういう洞窟であれば、魔獣の一匹二匹いて当然なのだが……」

 

灯りを手に前を歩くゾルダとネモは不可解そうに眉根を寄せている。大分洞窟を進んできたはずなのだが、これまで魔獣とは一匹も遭遇していないことが腑に落ちないのだ。本来洞窟というのは魔獣の巣になっていることが大半であり、ここまで進めば魔獣達も巣への侵入者に対し、激しく攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 

だがその兆候は一切なく、静まりかえっていた。――その静けさが、かえって不気味に思え、二人の警戒心をより高めていく。

 

「ふふ、何もそこまで気を遣わなくとも良いのに。この洞窟に魔獣はいませんわ」

 

「なぜそう言いきれる」

 

「この洞窟は私の住処ですわ。自身の家で、害獣を放し飼いにしたりすると思いまして?」

 

そんな二人を安心させるようにロゼリアはクスクスと笑いながら告げる。確かにその通りではあるが、洞窟が住処というのはどうなのだろうか。偏見ではあるが、魔女は森の中で暮らしているというイメージが強いネモは、どこか呆れたようにため息をつく。

 

「洞窟を住処にする魔女か。……魔女ではなく”ノーム”と名乗った方が良いのではないか?」

 

ノーム――地精。帝国に伝わる伝承に、僅かながら記された存在。かつて魔女と同じように存在していたらしいが、残された伝承は魔女以上に少なく、稀少鉱石を扱う鍛冶師程度しか分かっていない。ただその語感と稀少鉱石というイメージから、洞窟を根城にしているという偏見をネモは持っていた。

 

「地精ですか……ふふっ。ネモ様は意外と帝国の伝承に詳しいのですね。流石帝国出身のお方」

 

「………」

 

「ただ懐かしく思っただけ。他意はありませんよ。それより、到着致しましたわ」

 

無言で見つめてくる視線に対し、ロゼリアは肩をすくめて口にする。そうこうしているうちに目的の場所にたどり着いたらしく、洞窟の最奥にたどり着いていた。

 

(……お前、帝国出身だって言ったのか?)

 

(まさか。あの女狐、一体どうやって……)

 

知らぬ間にばれている自身の秘密に関して、団長と小声で話し合っていると(彼の出身地を知っているのはゾルダとカイト、そしてオーレルの三人のみである)、ロゼリアは黒髪の少女を引き連れ、最奥で立ち止まった。

 

「――さぁ、こちらですわ天眼の巫女様」

 

「……私をどうしようって言うんですか?」

 

ロゼリアの言葉に対し、ぶっきらぼうに返答するナギサ。あれからどこかやけっぱちになった様子を見せる彼女に対し、空賊団の団員達は心配しているものの、それを口に出すことはない。――彼女を攫った自分達が、今更何を言うのか。

 

好きにすれば良いです、勝手にして下さい――そう言わんばかりの彼女に対し、ロゼリアは口の端をつり上げて、どこか嫌悪感をもたらす笑みを浮かべて、

 

「ふふ、良い感じですわね、もう充分でしょうか。……いえ、巫女に対しては……まだ、もう少し足りないのでしょうか?」

 

「……何が足りないの?」

 

どこか様子がおかしいロゼリアに対し、ナギサは眉根を寄せて問いかけるも、ロゼリアは何も答えず、ただうわごとのように”足りない”を連呼する。

 

――遊撃士達と縁を”切らせ”、助けてくれた恩人を拒絶”させ”、自責の念が積もり積もっている。今の彼女の”心”は弱っている。きっと今でも、魔術はかけられる。――でもまだ足りないかもしれない。

 

彼女は巫術を修めた巫女であり、”呪い”に対して強い耐性を持っている。そんな彼女に対し、”呪い”をかけるためには――もっともっと、心を弱らせなければ。そのためには――

 

「――巫女様は東方民族……その中でもさらに珍しい、カンナギ一族の出身ですわね」

 

「―――っ」

 

びくりとナギサの肩が震えた。カンナギ――それは彼女が生まれた辺境集落の名前であり――もう二度と思い出したくもない名前であった。

 

「”カンナギ”は巫女の集落。その集落で”天眼”を持って生まれた貴方は、”神が宿った”特別な巫女として育てられた」

 

「……神が宿った?」

 

「エイドス……のことではないのだろうな、きっと。辺境で未だ残っているという信仰だろう」

 

魔女と巫女の話を耳にする男二人は、首を傾げたり納得したりと言った反応を示している。だが続く言葉に、二人は目を見開いた。

 

「そして”神が宿った巫女は、神の御許へ還さねばならない”……その教えに基づいて、巫女達は貴方を”神々の元へ還そうとした”」

 

「――――おい、それってまさか……!? ただの狂信者じゃねぇか……!」

 

「……信仰って言うものは人道や理屈ではない。教えに則り、正しいと思うことをしている……だから質が悪い」

 

神々の元へ還す――その意味を察したゾルダは吐き捨て、ネモは救いようがないとばかりに首を振る。そしてそれがトラウマになっているのであろう、顔を青白くさせているナギサを見やり、痛ましそうに視線を逸らした。

 

――……俺が今更、出来るものか……――

 

「そして貴方のご両親は、その戒律を疑問に思い――その身を犠牲にして、貴方を集落から逃がした。行く当てもなく逃げた先で、最後に残ったミラを使ってあの飛行艇に乗り込み――そして、あの短槍使いに助けられた」

 

「……それが、何? 私の、過去を知って……どうするつもり……?」

 

ぺらぺらと自身が辿ってきた出来事を語られてもなお、ナギサは気丈に振る舞う。だが声の震えを押さえるまでは出来ず、ロゼリアを睨むその目にも力はない。かわりになぜそこまで知っているのかという恐怖の色が浮かんでいた。

 

「――あぁ、良いことを思いつきましたわ」

 

そんなナギサなど意にも介さず、ロゼリアはパンと手を叩いた。脳裏に浮かんだのは、ある光景。巫女を守ろうと、その身を獣に墜とした短槍使い。彼を目の前で”殺せば”――ご両親の時と同様に、“守ってくれた恩人を目の前で失えば”――彼女の心は、大きく弱る。

 

その時が好機。ひどく弱り、”壊れかけた心”など、大した障害にはならない。ロゼリアが彼女を見やるその瞳は、ひどく、濁って見えた。

 

 

 

「巫女様……貴方は、私が貰い受けますわ」

 

 

 

 




エルガ復活とナギサの不穏な空気の今回。最後は原作で出て来た、迷台詞であり清涼剤でもあった「君は俺が貰う」発言ですが、今回は清涼剤成分は皆無ですね。



ゾルダ
「魔女×巫女……そこはかとない百合……いやしかし婆ロリか……」

ネモ
「ちょっと黙れ」
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