――早朝。まだ始発の定期飛行便が運行していない時間帯で、帝都空港から飛び立つ一隻の船があった。スミットウェール物流商会が保有する高速飛行艇である。
外見は一般のものと変わらない物の、内部構造はEXEによって魔改造と呼べるほどのカスタマイズが施されており、通常の飛行艇とは比べものにならないほどのスピードを出していた。なお、許可のない改造は禁止されていたりする。当然無許可――レオンすら改造されていることを知らなかったのだ。
「流石はEXEですね。今回は目を瞑りますが……舵取り宜しくお願いしますね」
「善処する……」
ばれたら一発アウトな飛行艇に乗り込んだのは、帝都遊撃士協会のメンバー数人と操舵手としてレオン、事情を聞いて手を貸すと押しかけてきたビッグスロープの面々であった。
計器がたたき出しているスピードから、改造が施されていることを察したダーゼフは半眼でレオンを見やり、彼は居心地悪そうに肩をすぼめた。果たしてその舵取りとやらは、今握っている操舵桿か、EXEの方か――おそらく両方だろう。
「――というか、仮にもブレイツロックの四代目が操縦桿握っているが、良いのかい?」
「しゃーないやろ。わいらで飛行艇の操縦できるの、獅子ちゃんしかいないんやから。若い頃は船乗り回してたみたいやし」
やや頬を引きつらせたトヴァルの疑問に、にひひと笑うグロード。上下関係的に良いのかという問いかけだったが、出来るのが彼しかいないのならやってもらうしかない。――というか操縦席に真っ先に座ったのがレオンだったため、他がしゃしゃり出ることも出来なかった。
「…………」
船の操舵を行うレオンを、やや離れた所から見やっていたエルガ。その手には飛行艇に搭乗した直後にレオンから押しつけられた短槍が握られている。先程飛行艇の船倉で振るってみたが、折れる前と遜色ない感覚だった。修繕してくれた技師は相当の腕前だろう。
問題があるとしたら、それは――
「レオンの兄貴に言われたこと、気にしてるのか?」
「マルコさん……まぁ、ちょっとね」
何か言いたげな瞳でレオンを見ていることに気づいたのは、彼の舎弟であるマルコであった。レオンに言われたこと――自室で腐っていた自分に、おそらく活を入れようとして言い捨てたあの言葉が原因であった。
『俺は何があっても、ナギサの嬢ちゃんを助け出す。お前はここで、指でもくわえて待っていろ。――だがそんときは……二度と、俺にツラ見せんじゃねぇ』
失望の色を隠さずに言われたアレは、復活した今思い返すと中々に来るものがあった。あのときの自分の不甲斐なさやらを恥じて、レオンと少し話をしたいのだが、短槍を押しつけられたときもすぐに彼がその場を離れたため、チャンスを逃してしまった。
おまけに今は船の操縦を行っており、タイミングが掴めない。そんな感じで困っていると、マルコは少しだけ微笑みながら、
「ま、兄貴の方も、どうしようか迷っていると思うぜ」
「え?」
「兄貴の方もああ言った手前、お前さんに何かしなきゃとは思っているんだろうが……まぁ、思いつかねぇわけだな」
クックック、と笑みを溢すマルコ。素直になりゃいいのに、と思ってはいるが口には出さない。レオンの感情も、何となく分かるのだ。
「要は見栄張ってるってだけだ、年下の友人相手にな」
「…………」
――年下の友人、という言葉にエルガはきょとんとするが、すぐに頬を緩ませた。どことなく気恥ずかしそうに視線を逸らし、頬をポリポリとかく彼に、マルコは、
「俺のような舎弟と違って、友人ってことは、対等ってことだぞ」
「え、対等……? 俺とレオンさんが……?」
「あぁ、そうだぞ。レオンの兄貴は、お前さんを気に入っているんだ」
少し羨ましいが、と付け加えたマルコ。それは嘘偽りのない本心である。
レオンのことは尊敬しているし、裏社会の住人になって間もない頃からお世話になった恩人でもある。彼のことを慕うのは当然の帰結であったし、舎弟、弟分という今の立場にも文句はない。
――だが弟分という立場故に、対等ではなかった。彼と対等と言えたのは兄弟分であった二代目――ガシャドの兄貴だけだっただろう。そしてそのガシャドも、すでに亡くなっている。
唯一対等に近づけたのはジェイクだけであり、その彼ですら根付いていた“弟分”というしがらみを払拭することは出来なかった。だからこそ、実兄であるガシャドを、兄貴分であるレオンを超えようとしたのだ。
その点エルガは裏社会の人間ではなく、極道に身をおいているわけでもない。そして何よりも――
「坊主は、レオンの兄貴と初めて会ったとき、兄貴のことを怖がらなかっただろ?」
「初めて会ったときか……あ~……確かに、そうかもしれない……」
レオンと初めて会ったのは、確か遊撃士協会帝都支部に所属して初仕事の時だ。アニーと共に地下道から聞こえてくる謎の声の調査を行っていて、その正体を突き止めたときか。
確か死神のような姿をした魔獣――否、魔物と交戦していたときだろう。色々と緊迫していたため、細かな部分までは覚えていないところある。そのため初対面のレオンを怖がらなかったか、と聞かれても確信を持ってそうだとは言えない。
「俺はあのとき意識朦朧としていたが、それでもはっきり覚えてるぜ。レオンの兄貴の強面に臆せず、むしろ兄貴と張り合うようにしていたお前さんを」
「……その、俺の方も色々と必死だったから」
「そうだろうな。だがお前さんは、その後も兄貴のことを怖がらなかった。だから兄貴はお前を気に入ったんだよ。自分の事を恐れず、ただの”レオン”として接してくれていたから……兄貴も、対等な友人が欲しかったんだろな」
そう言ってマルコは操縦席に座るレオンを眺めた。友人ではあるが、やはりエルガはまだ少年である。対等な関係を望んでも、年齢差を意識してしまうのだろう。だから今、どう口を開けば良いのか迷っているのだ。
「……ま、これからも兄貴と変わらず接してやってくれ。兄貴が気に入っているのは確かで、期待もしているんだからよ」
「……そうなんだ。……期待に応えられるかどうかはわからないけれど、がんばってみるよ」
レオンに期待されている――その言葉が、妙にくすぐったかった。
――そんなやりとりを船内で交わしながら、数時間。エレボニア帝国国境、アイゼンガルド連峰が見えてくる。そこからダーゼフが指示する方向へ飛行すること数十分、情報通りの場所には、謎の”門”が鎮座していた。
~~~~~
やや離れた場所にある平地に船を下ろし、門の近くまで歩いてきた一同。ブレイツロック組は八人、ビッグスロープ組の強者達が七名に組長であるグロード、そしてレオンとマルコの三人の内訳だ。マルコとビッグスロープ所属の一人は飛行艇で待機し、残りの四名は周辺の捜索を行ってくれている。
そして遊撃士組は、ダーゼフを筆頭にサラ、トヴァル、アニー、そしてエルガの五人。鎮座する門を見上げて、ダーゼフは地図と周囲の地形を見比べて、一つ頷いた。
「――情報に間違いがないのであれば、この場所に洞窟があるはずです。しかし洞窟はなく、代わりにあるのはこの見るからに異質な門」
「やはりこの門の向こう側が、その洞窟なのか?」
ダーゼフの言葉を引き継ぐように口を開いたトヴァル。彼女の問いかけに、周辺を見渡していたサラは神妙な顔を浮かべて頷いた。
「――間違いないわ、数人の足跡がまだ残っている。……足跡は全部、あの門に向かっているわ」
「……そうね。それに多分、この門は……」
先程から何かを感じていたアニーは、懐から一つのお守りを取り出した。以前彼女から渡されたお札をお守り袋に入れておいたのだ。彼女が取り出したお守りは、眩いばかりの光を放っている。
「――間違いない。ここ一帯に”上位三属性”が発生している」
「上位三属性っちゅうと……なんか変なことが起きる前触れってことやろ?」
「まぁざっくり言うと、ですけど」
首を傾げながら口にするグロードに、アニーは苦笑を浮かべながら頷いた。語弊はあるが、概ねその認識で大丈夫だろう。現に目の前には、明らかに異質な門があるのだから。
「――頭、周辺の捜索、終わりました」
「ん。どやった?」
彼の配下である屈強な大男が、番傘片手に近づいてくる。――なぜ番傘、と思うトヴァルだが、よく見ると傘部分は鉄製であり、おまけに仕込み武器のようだ。――結局番傘である必要ある? と内心突っ込む彼であった。それはともかく。
「なにもありません。もしくは、見つけられませんでした。……例の”黒船”」
「………」
報告を受けたグロードは苦い顔を浮かべる。それも仕方がなかった。何せ一番の懸念が、黒船が持つ導力機器を使用不可能にさせる“導力波パルス”なのだから。アレがある限り、こちらが不利であることにかわりはなかった。
「ちゃんと探したんやろな?」
「EXEの”光学迷彩発見機搭載型カメラ”で隈無く。……むしろ光学迷彩を使っていれば、すぐに見付けられる」
(……なぁ、EXEて本当にただの工房なのか?)
(俺が聞きたい……)
会話の中で出て来たトンデモアイテムに、トヴァルは苦い顔を浮かべてレオンに問いかけた。あの工房との付き合いも長いレオンでさえ、その全貌は依然として把握し切れていないのだ。
ちなみにそのトンデモアイテムも、昨日飛行艇の貸し出しと短槍の修繕のためにEXEに顔を出したら押しつけられた代物である。一体連中はどこに向かおうとしているのか。
「………」
周囲の大人達が疑問を浮かべる中、エルガは気になる事があるのか、一人じっと門を見続けていた。熱心に見据えるその姿に気づいたアニーは、ふと眉根を寄せて声をかける。
「エルガ君、どうしたの?」
「…………」
しかし彼はその問いかけに答える素振りを見せず、一人で門に向かって歩き始めた。
「――待ちや白の坊。まだ例の船が見つかっとらん状態で……」
「いえ、ここはエルガの後を追ってみましょう」
止まる気配のない彼を呼び止めるものの、割って入ったダーゼフによって遮られ、好々爺も後を追うように門へ進んでいく。軽く舌打ちをするものの、やがてグロードは諦めたように呟いた。
「しゃーない、気は進まんが出たとこ勝負や」
「………」
「お前さん、今『出たとこ勝負好きそうな顔してるくせに』と思ったやろ?」
「いや、俺は――」
「事実やで。お前さんはすぐ顔に出るのぉ、良い反応や」
取り繕うトヴァルをからかうように、にひひっと笑うグロード。じゃあなぜ気が進まないのだろうと吐息と共に尋ねると、
「何でて、そりゃ簡単や。――出たとこ勝負のカチコミは、敵味方入り乱れての乱戦やからなぁ……思わず”後ろ弾”しそうで怖いっちゅう話や」
にぃ、と凶悪な笑みと共に肩に担ぎ上げた大型の“火薬式”散弾銃を揺らして見せた。――それ以来、トヴァルは彼の前に立ちたくなくなったそうな。
~~~~~
『――お母さん、早く帰ろうよ!』
『どうしたの、そんなに慌てて。大丈夫よ、まだ日が暮れるまで時間はあるから――』
『”魔物”が来るの! 日が暮れる前に! だから早く!』
『……なんですって?』
『――ありがとうございます巫女様。おかげさまで私達は……』
『いえ、それよりも間に合って良かったです。さぁ、早く村に戻りましょう』
『……ねぇ”ナギサ”。貴方、なぜ魔物が来るのが分かったの。それも、日が暮れるよりも前に、だなんて……』
『……わからないの。ごめんなさい、お母さん……ただ、そう”視えた”から……』
『視えたって………貴方、まさか……っ!』
『――間違いない! 巫女様の子は、”天眼”をお持ちであられる! あぁ、何という奇蹟! あなた様は、”神子”でいらっしゃるのですね!』
『……神子……?』
『現人神……”神ノ国”からいらっしゃった”神の子”です。さぁ、村を挙げて盛大に持て成そうぞ!』
『…………』
『婆様、本当に行うんですか……? “神送りの儀式”……あの子を、ころ――』
『――神ノ国に返す、じゃ。間違えるでない、今代の巫女よ』
『……っ』
『それに、お主があの”異邦人”と結ばれてから、お主は……この村は、いささか”外”に染まってきておる。――空気を変える必要があるのじゃ』
『………婆様、あなた……ッ!』
『何を怒っておる? 妾はただ……そう、儀式について語っているだけじゃぞ』
『――巫女も、神子もいないじゃと!? 探せ、見つけ出すのじゃ!!』
『振り返らずに真っ直ぐ走れ!』
『お、お父さん!』
『あなた!』
『行くんだナギサ! 私も必ず追いつく! だから行け!』
『――ご武運をっ』
『あぁ!』
――門の前に立った時に、断片的に見えた光景に、眉根を寄せながらエルガは門をくぐり抜ける。何とも気分の悪くなるものだった。今見えた光景の正体を察した彼は、首から提げている真珠のペンダントをそっと握りしめた。
(……あの人も、これを持っていたな)
先程の幻視に現れた、白と赤の衣服に身を包んだ女性が身に付けていたものだ。――あの女性がナギサの母親で、このペンダントは母親の形見だと、今更ながらに気づいた。ため息をつきながら彼はぼやきを口にする。
「そんな大事な物……軽々しく人に預けるなよな、全く……」
いつの間にか持っていた物だが、おそらく地下道での戦いの時に、気絶した自分に治癒系のアーツをかけていた際に、お守り代わりとして持たせてくれた物だろう。
大事な物は、手放したくない物は、肌身離さず持っていなければならないというのに。閉ざしていた瞳を開いた彼は、周囲を見渡して一人頷く。
「……やっぱり、あのときと同じで……洞窟内が”異界化”しているのか」
見渡した光景を一言で言うのならば、異様そのものであった。洞窟内に入ったというのに星々と月が浮かぶ星空が見え、さらに空中に浮かぶ大きな足場の上に立っていた。足場と足場を繋ぐ通路や階段が、ここからでもはっきり見える。
――月魂の回廊――ここはそう呼ばれています。
「――――」
唐突に聞こえてきた声に、エルガは軽く目を見開いた。今の声は――確かめるよりも先に、彼に続くように門をくぐり抜けてきたダーゼフ達が姿を現す。
「――ここは……」
「……あのときと似たようなもんか」
門をくぐり抜けたアニーやレオンは、”緋色の空”のときにこれと似たような物を見たことがあるからか、さほど驚いた様子はない。だが二人を除いた全員は、驚愕の表情を浮かべて呆然と星空を見上げている。
「おいおい、マジかよ……」
「驚いたわ……まさか本当に、”異界”なんてものがあるだなんて……」
「……わい、これと似たようなのどこかで見たような気がするんやけどなぁ……どこやったか」
トヴァルやサラの反応とは対照的に、驚きつつも腑に落ちない様子を見せるのはグロードであった。彼は眉根を寄せつつ違和感の正体を必死に探していたが、やがて思い出せなかったのか首を振って切り替える。
「……まぁいいわ。しかしずいぶんと先がありそうやのぅ……」
遠くを見据えるグロードは、入り組んだ”回廊”にため息をつく。見える範囲だけではあるが、何やら仕掛けじみた何かもあるに呆れ果てているのだ。――一体どんな事情があれば、こんな場所を造ろうと思うのか。
「――嬢ちゃんと魔女がいるとすれば、最奥だろうか?」
「その可能性は高そうですけれど……」
「――ナギサは奥にいるよ。間違いない」
レオンとサラの会話を聞いていたエルガは、割り込むようにそう断言する。ぐっと握りしめた真珠のペンダントから視線を外し、回廊の奥を見据えながら訝しむ二人に告げた。
「何でかは分からないけれど……そう感じるんだ」
――そう言いながらも、そう感じた原因には察しがついていた。どのような理屈かは分からないが、握りしめたペンダントである。もしかしたら先程の声も幻聴ではなく――
「……まぁ、それならそれでええ。ところで、そこにあるのが例の”黒船”か?」
ポリポリと頭をかきながら頷いたグロードの指摘に、エルガは首を巡らして、門のすぐ側に鎮座する飛行船へ視線を移す。光を反射する黒い鏡面装甲と、丸みを帯びつつもどこか”剣”を連想させるシルエットが特徴的なそれを見て頷いた。
「うん、間違いない。あのとき見えた飛行船だよ」
――初めてナギサと出会った飛行艇のハイジャック事件。脱出艇を使って、飛行艇から落下していく際に目にした空賊団の船と特徴が一致する。どうやらこの船も、異界に巻きこまれたようだ。道理で外に船がないはずだ。
「……どうやらこの船も異界化によって、内部に引き込まれたようですね。……我々は実に幸運だ、まさかこんなあっさりと相手の足を奪うことが出来るとは」
「よっしゃ、今のうちにクリアリング、クリアリング~」
船から人の気配が感じられず、無人であることを何となく察しながら船に近づいていくダーゼフとグロード。その後ろを、警戒心を露わにしたサラが素早くフォローには入れるように続いていく。
「~~♪ お、開いた……?」
妙にわくわくしている様子のグロードのことを、若干心配をしながらも見守っていると、彼が鏡面装甲に触れるなり光のラインが船体に迸り、船の後部ハッチが音を立てて開いていく。
『………』
「わい、ただ触れただけやで」
一同からの『どうやって開けた?』という視線に対し、彼はやや慌てた様子で首を振り否定する。あまりにもタイミングが良いというか何というか――思わず気が抜けたサラだが、妙な気配を感じ取りそちらを見やって――
「――グロードさん、構えて下さい」
「おん? ……ほほう、今日のわいはずいぶんと運が良いのぉ……」
――明け放れた後部ハッチから現れたのは、プレートアーマーを着込み、ライフルとブレードで武装した空賊達だった。彼らはゆっくりとした歩幅で船を下りて来て、エルガ達を見るや否や瞬く間に銃口を向けてくる。
「あんた達……!」
同じ古巣出身であるサラも、顔見知りが数名混じる彼らに険しい表情を浮かべて銃を向ける。問答無用で銃を構えた彼らの動きは、どこか”人形”のようにぎこちなく、またその瞳からは光が失われていて――地下道の時と同様に、操られていることを察したサラは、怒りに拳を握りしめる。
「――穏やかじゃないのぅ、少しはわいらの話を……」
「頭!!」
唯一あの場にいなかったビッグスロープの面々はその異常性に気づかない。突如銃口を向けてきた彼らに対し、やや気怠げな雰囲気で話しかけようとして、返答とばかりに銃声が鳴り響く。咄嗟に番傘を持つ大男が前に出て、傘を展開した。
「――――――」
曲芸のようにくるくると鉄傘を回して銃弾をはじき飛ばす。――弾かれた銃弾が音を鳴らして転がり、グロードの表情から一瞬笑みが消える。クックック、と肩を揺らして笑いを溢し、
「――なるほどのぉ……それがお前等の答えか」
『――っ』
――最後の一言のみ、普段の気安そうな雰囲気が消失し、言葉のイントネーションも標準に戻る。ドスの利いた重い声音は、遊撃士達はおろか人形とかしている空賊達すらびくりとさせるものであった。
「――先行けや遊撃士。ここは俺等ビッグスロープが引き受ける」
「い、いえ、ですが……!」
十名近くいる空賊達を睨み付けながら告げて来たのは、先を促す言葉。心強いものの、同時に不安が過ぎる。いくら操られ、一人一人の戦力が低下しているとは言え、空賊達は元”北の猟兵”、その特殊部隊である。
一方グロードが率いるビッグスロープは、帝国最大規模とは言えただの極道者。両者を比較した場合、その実力に大きな隔たりがあるのだ。それにグロードを入れても五人、彼らの半数しかいない。サラの懸念も当然であった。
加勢しようとする彼女を押しとどめるように、黒髪の大男が前に出てグロードと肩を並べた。ポキポキと拳を鳴らしながら、彼もまたドスの利いた声で告げていく。
「――グロード。そこはビッグスロープじゃなく……“ブレイツロックが”と言って欲しいところだ」
「あん?」
「こいつらをぶちのめすの、俺も手を貸すぜ」
「レ、レオンさん!?」
「――は、良いぜ”四代目”。……タマ取られたら承知しねぇぞ?」
「安心しろ……俺はまだ、死ぬわけにはいかねぇからな」
張り合うように笑みを溢して並ぶレオンとグロード。そんな二人にならうように、『ブレイツロック』の面々も前に出た。
「お前等は行け! 嬢ちゃんは奥にいるんだろう、助けてこい!!」
「で、でもレオンさん……!」
「安心しろバレスタイン。お前の古株連中、殺しはしない。……少しばかり、眠って貰うだけだ」
「……サラ君、ここは彼らに任せて行きましょう!」
レオン達ブレイツロックが、梃子でも動きそうにないと悟ると、ダーゼフはここを彼らに任せて先へ行くことを決心した。気になるのは黒船の導力波パルスのみだが、操られている今の状況でアレが使われる可能性は低い。
それに彼らの武装も、パルスが使われて使用不可になる武器ではない。そのためにわざわざ”火薬式の火器”を引っ張ってきたのだ。すでに対策は講じられている。
しかしそういった適正とは違う部分で気になる事がある彼女は、ダーゼフの言葉に迷いを見せ、誰かを探すように空賊達を見渡した後、渋々といった様子で頷いた。
「……わかりました」
「あぁ、任せろ。それと…………」
レオンも頷くが、その頃にはすでに遊撃士達は奥へ進んでしまっていた。だから伝えなくても、と思うがすぐに舌打ちをして思い直し――やがて振り返らずに、背後にいるであろうエルガに向かって叫んだ。
「――”エルガ”! 必ず嬢ちゃんを助けてこい!!」
「――――」
背中に響くレオンの激励。今まで坊主呼びだったのが、初めて名前で呼んでくれたこと気づいたエルガは呆然とし足を止め、しかしトヴァルに促されて再び走り出す。ろくに返答する時間はなく、だから彼は大声で叫び返すのだった。
「――はい!!」
「さぁて……始めるか」
若者の返答を耳にして、知らずうちに頬が緩んでいく。口元に浮かべた笑みを隠そうともしないまま、レオンは掌に拳を打ち付け、独自の構えを取った。グロード達の元に参戦したとはいえ、それでもまだ空賊達が優勢だろう。だが不思議と負ける気はしなかった。むしろ――
「お前達が相手だ、手加減は出来ねぇ。……死にてぇ奴から……かかってこぉいッ!!」
――一人残らずぶちのめして、正気に戻してやる――その決意と共に叫んだその言葉が、抗争の始まりであった。