英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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5-05 回廊の最奥へ

――遠くから物音が聞こえたような気がして、玉座のような装飾過多な椅子に座らされていたナギサは、重い瞼を持ち上げた。視界に映るのはコトナ――否、ロゼリア・リッチネルドという“還魂の魔女”の姿だった。

 

その身に纏っていたのは市民がよく着る平服ではなく、体のプロポーションを強調しつつ大胆なスリットが入っている衣装であった。ナギサから見れば清楚さの欠片もない服装であり、アレが魔女の正装だというのなら、中々にぶっ飛んだ集団と言えるだろう。

 

何らかの儀式の準備を行っていた彼女だが、それを中断させてあらぬ方向へと視線を向けていた。訝しむように眉根が寄せられていたが、やがて驚きへ、そして口の端に笑みを浮かべていく。

 

「――なるほど、彼らは来たようですね。どうやってこの場所を見付けたのか少々気になりますが……」

 

ふむ、と一つ頷きながらも、やがて肩をすくめておいておく。気にはなるが、同時に好都合とも言えた。遊撃士達をアイゼンガルド連峰の洞窟という、非常に見付けづらく、またわかりにくい場所までどうやっておびき寄せようか迷っていたのは事実なのだ、その手間が省けただけである。

 

「彼らって……もしかして……」

 

「……ふふっ……」

 

ロゼリアの呟きを耳にしていたナギサは、瞳を見開いて驚きを露わにしていく。まさか――そう言わんばかりの表情を浮かべていく巫女様に対し、魔女は意味深な笑みを浮かべながらも何も答えない。

 

――決定的な事は告げず、絶えず“もしかして”という淡い希望を持たせ続ける。笑みを浮かべるロゼリアは上機嫌な様子で遠くを、この異界と“現実世界”を繋ぐ門がある方向を見やりながら、

 

「なら早速……“彼ら”に役立ってもらいましょう」

 

そう言って彼女は身の丈ほどもある大杖を掲げ、魔力を乗せて言霊を紡ぐ。

 

 

『――我が命に応じよ――』

 

 

それだけで、魔女によって”呪い”を仕込まれた彼らは、哀れな操り人形と化す。黒船ノア号で待機していたレヴァナント空賊団の団員達は、今頃自我を封じられ、彼女の命令に従って異界への侵入者――つまり帝都遊撃士協会に所属する彼らと戦闘を始めた頃合いだろう。

 

「――今何をした……!」

 

「おや、まだ意識があるとは……流石は北の大国からの古参兵にして連隊長、精神力だけは並外れていますわね」

 

そして月魂の回廊の最奥たるこの場に集まっていた、元北の猟兵の古参兵は顔をしかめてロゼリアを睨み付けていた。――彼らは異界が形成されるなり異変に気づき、即座にロゼリアに詰め寄ってきた者達であった。

 

彼らに一々説明するのも手間だったことと、今後のことを踏まえて”呪い”を通して支配下に置いたのだが、ここまで抵抗されるのは少し予想外であった。だがその抵抗もここまで――突発的な煽りには耐えられても、じわじわと蝕まれていけば、やがてこちらの命令に従う従順な僕に成り下がる。

 

現に当初は耐えられていた彼らも、一人二人と目がうつろと化し、”例外”を除き意識を保っているのは団長であるゾルダ・ヴァリウスのみであった。その彼も、意識を保っているのが難しいのか、瞳が小刻みに揺れ動いている。

 

「とっとと答えろ! 貴様今何を……ッ!!」

 

「何と言うこともありませんわ。貴方の部下達に、侵入者を退治しろと命じただけですわ」

 

「このアマァ、俺の仲間を……ッ!!」

 

苦しむように表情を歪めながらも、怒りの覇気を漲らせるゾルダだが、その体が自由に動くことはない。――そして例え動けたとしても、ロゼリアに手を出すことは出来なかった。なぜなら、部下の――仲間の命はすでに、還魂の魔女によって握られているのだから。

 

「――なるほど、どうやら一部が先行してこちらに向かって来るようですわね。これは好都合……ですが」

 

遠くの光景を見る”遠視”の魔術によって、門付近で発生している戦闘を確かめたロゼリアは一人頷く。戦闘を開始した空賊の団員達はヤクザ組が請け負ったようだ。現在遊撃士組が先行して最奥目掛けて一直線に向かってきている。

 

「――やはり道中に置いておいた魔物では歯が立ちませんわね。では……貴方達の出番ですわよ、ゾルダ団長殿?」

 

「……どうせ俺に拒否権なんかねぇんだろ? 俺等に何をさせようって言うんだ……!」

 

今にも途切れそうになる意識を必死につなぎ止めながら睨み付けるゾルダ。こうも容易く、本意でもない形で従うしかない状況に陥った己の不甲斐なさを怒り、そして魔女に対する明確な殺意を抱いて。

 

「ふふ、話が早いですわね。簡単なことですわ……彼らを―――」

 

 

 

 

 

「……アレは、どういう意味だ?」

 

ついに意識が途切れ、呪いに操られてしまったゾルダは、仲間を引き連れて侵入者である遊撃士達の迎撃へと赴いた。彼らが向かって行く様を複雑そうに見つめていたネモは、隣にいる魔女へ視線を向けながら問いかける。

 

アレとは、先程彼女がゾルダに下した命令のことである。――短槍使い”以外”を足止めしろという指示に、彼は内心首を傾げていた。短槍使い以外を足止め――裏を返せば、短槍使いはこの場所に連れてこいと言うようなものである。彼をこの場所までおびき寄せる意図が読めなかった。

 

「あら、わかりませんか? 短槍使い……白髪の獣をここにおびき寄せるのですよ」

 

「……その意図を聞いているんだ、俺は。これだから250越えの耄碌婆は……」

 

「――――」

 

そんなことは分かっている、とばかりに舌打ちをしつつ吐き捨てたその一言が彼女の怒りに触れてしまったのか、一瞬にして無表情となったロゼリアはおもむろに杖を床に打ち付けた。――その瞬間、全身に怖気が走りネモは表情を歪ませる。

 

「っ………」

 

「――以前から気になっていたのですが。耄碌しているだの痴呆だの、あげく女性の年齢を弄るなど……少々、失礼ではないですか?」

 

「――は、他人に呪いなんていう、おぞましいものをかけている貴様が言うことか?」

 

全身に走る呪いの影響に耐えながら、そちらの方がよっぽど失礼だろう、と鋭い瞳で見返すと、流石の魔女も口を閉ざし、隠しきれない苛立ちを露わにさせていた。――どうもここ数日、魔女の機嫌はよろしくないというか――

 

「挙げ句の果てに、あんな”外道な方法”で生きながらえている貴様には、この程度の罵倒、受けてしかるべきだと俺は思うが?」

 

「…………」

 

――焦っているように見えるのは気のせいではないだろう。いつもならば罵詈雑言を真っ正面から言われても、たおやかな笑みを浮かべて煙に巻くように受け流して見せた彼女が、はっきりと“怒り”を見せているのだ。

 

「まぁいい、それよりも教えろ。なぜあの短槍使いをここに呼び寄せる? ここで行う”儀式”とやらに必要なのか?」

 

「……………そうであるし、そうでないとも言えますね」

 

「………」

 

ここに来て謎かけのようなことを口にするロゼリア。そんな問答に応じる気はないとばかりに表情をしかめるが、以外にも彼女はあっさりと口を開いた。

 

「単純な話ですわ。儀式には直接関係ありません。ですが……」

 

そう言ってちらりと、玉座のような椅子に座らされているナギサを見やって、ようやく笑みを溢した。――その笑みは、誰の目から見ても分かるほど、邪な微笑みであった。

 

「――巫女様の心を折るには、これが一番かと思いまして」

 

「……………」

 

――ようやく訪れた”希望”を、目の前で砕いた際に訪れる”絶望”――その闇の深さを知っているネモは、彼女が何を言いたいのかを察してしまい、容赦なく侮蔑の視線を向けて舌打ちを放つ。

 

「……この性悪外道魔女が」

 

「ふふ、誉め言葉と受け取っておきましょう。……ところでネモ殿」

 

ここでいつもの感じを取り戻したのか、ネモの罵倒を受け流した彼女は流し目を向けてくる。まじまじと見やってくる彼女の視線に、うっとうしそうな顔を浮かべながら問いかけた。

 

「なんだ」

 

「―――ふむ、やはり私の呪い、貴方にはさほど通じていないようですわね。精々、動きを鈍らせる程度。流石は”特異点”……ふふ、貴方であれば、”黒の騎神の呪い”さえ通じないでしょうね」

 

「……”特異点”……”黒の騎神”……?」

 

魔女の口から唐突に出て来た言葉に、ネモは眉根を寄せる。何らかの名称であることは察せられるが、それ以上はわからない。思わず問いかけようとして――その名称を口にしたロゼリア本人が、きょとんとした顔を浮かべて首を傾げ、

 

「……私が言ったのですが……”黒の騎神”とは、一体何でしょうね……?」

 

「俺が知るか」

 

――これだから痴呆を患った耄碌婆は。追求する気にもなれず、ため息と共に首を振ってネモは懐から仮面を取り出した。ここ最近戦闘がある度に割れており、ガルダからはもう火傷面を晒したらどうだと言われていたりする。

 

「あら、仮面をつけるのですね。……フフ、私的には、火傷のある素顔の方が、味があって好みでしてよ」

 

「誰が貴様の好みなど聞いた。……これは素顔を隠すほかにも役割がある。それに、気持ちを切り替えるという意味でも効果的だと思っているぞ」

 

例え周囲から仮面を貶されたとしても、彼が仮面を被り続けるのには意味がある。顔を隠し、偽の名乗りを上げれば、それだけで別人になれる。――まさに”ネモ”にぴったりではないか。

 

「そうですか、まぁ結構なことですわよ。……ところで、貴方には一つ、要望があるのですけれども」

 

「ここで短槍使いを迎え撃てば良いのだろう? 巫女を助けに来た奴を、巫女の目の前で打ち倒し、希望を踏みにじる……外道の考えそうなことだ」

 

「―――――ふふ、わかっているではありませんか。でしたら……くれぐれも変な気を起こさぬように。……貴方の行い次第では、空賊団は謎の変死を遂げるかも知れませんので」

 

そう言ってロゼリアは、その手に握りしめた大杖をゆらゆら振りかざして見せた。例え自身は彼女の呪いに耐えられていても、すでに仲間達はそれに蝕まれてしまっている。――彼女が一言「死ね」と命じれば、団員達はその命令通り自ら命を絶ってしまうだろう。

 

団員全員を人質に取られている以上、下手な行動は慎むべきだろう。ため息と共に肩をすくめ、わかっているとばかりに頷いた。

 

「それは結構。貴方の双肩には、空賊団の未来がかかっているのですよ」

 

「空賊団に未来がある方が、世間的にはよろしくないだろうがな。……もう良いだろう」

 

自分達のことだというのに、どこか他人事のように言い捨てて彼はその場から離れていった。立ち去っていく彼の背中を見送りながら、ロゼリアは一人ほくそ笑む。

 

「………っ」

 

玉座に拘束されながらも、必死にこちらの会話を聞き取ろうとしていたナギサに微笑みかける。――先程の会話は、全て彼女には聞こえていない――否、“聞こえなかった”ことだろう。いくら清浄な巫女と言えども、呪いの中心地に閉じ込められれば、知らぬうちに”穢れ”を溜め込んでいくのが常である。

 

――ナギサの身にも、呪いの影響が生じつつあった。

 

 

 ~~~~~

 

 

頭上に星々が煌めく中、その光を頼りにエルガ達は回廊を突き進む。道中には帝都にも出現した古の兵士どもやガーゴイルまでもが行く手を阻んでいた。

 

「――そこをどけぇ!」

 

雄叫びを上げながら短槍を構え先行するエルガ。その獣のごとき走力を持って突撃し、一人敵陣を突破した。――獣牙疾走――エルガとしてはあまり使いたくはない技ではあるが、移動と攻撃を兼ねたこの技は使い勝手が良かった。

 

「邪魔よ、退きなさいっ!」

 

一人で勝手に突っ込んでいった、白髪の少年の後を追うようにサラも飛び出して行く。左手に持った導力銃で敵を牽制し近づき、すれ違いざまに右手のブレードでとどめを刺していく。倒した古の兵士は、体が瘴気となってちりぢりに霧散していった。

 

(……こいつ等、どこかで……!?)

 

その消滅の仕方に違和感を覚え、眉根を寄せるサラ。兵士自体、初めて見る魔物のはずだが、なぜか初めて見た気がしないのだ。それにこの消滅の仕方も、散々見てきた覚えがある――ような気がする。

 

「――たく、何なんだこいつ等……!」

 

「…………」

 

「う~ん………」

 

そういった既視感を覚えているのは、どうやらサラだけではないらしく、トヴァルも不審そうに目を細め、ダーゼフも意味ありげに難しい表情を浮かべていた。ただアニーに関しては難しそうな表情はしているものの、既視感を覚えているわけではなさそうである。

 

「アニー、あんたこいつ等のこと知ってるの?」

 

「サラ、ひとまずそのことは置いておこう! 今はナギサちゃんの元に行くのが先決!」

 

「……全く、後でちゃんと説明しなさいよ!」

 

問いかけてみるもののはぐらかされてしまった。とはいえ何か知っているのは確かなようで、しっかり釘を刺して先頭を行くエルガの後を追っていく。

 

(それにしてもあの子……さっきから迷いなく進んでいくわね)

 

道中何度か分かれ道があったのだが、エルガは迷う素振りを見せずに道を選んで突き進んでいた。どういうことなのかは分からないが、今の彼は回廊の構造を把握しているらしく、最短で最奥へ行ける道を進んでいるらしい。

 

分かれ道に来たときに、胸元にある真珠のペンダントを握りしめている。どうやらナギサから渡されたものらしいが、アレが彼女のいる場所を示しているのだろうか。ともあれ、真っ直ぐに進んでいく彼の横顔と迷いのなさを見ていると、自然と安心してくる。

 

(――もう大丈夫そうね。なら……)

 

つい昨日までは覇気のない、心砕かれた子供さながらだったというのに、すっかり自分を取り戻したエルガにそっと頷いて、サラは前を見据える。――先程黒い飛行艇から出て来た空賊の中にゾルダはいなかった。おそらくこの先のどこかで待ち構えているだろう。

 

(私もあんたを見習うとしますか……!)

 

自ずと得物を握りしめる手に力が入る。この先で彼が待ち受けるのなら、その時は――

 

「―――っ!」

 

「っと、どうしたエルガ?」

 

先頭を走り続けていたエルガが何かに気づいたように立ち止まり、その後を追いかけていたトヴァルは慌てて立ち止まり、当たりを見渡した。

 

これまで突き進んできた回廊とは異なり、大きなスペースが確保されている開けた場所にたどり着いていた。そしてその中心には、

 

「……早速のご登場ね、ヴァリウス教官」

 

「――――」

 

ライフルを肩に担ぎ、強化ブレードをだらりと下げている初老の猟兵――北の黒鬼・ゾルダヴァリウスが佇んでいた。彼の背後には、銃剣が付属していない同型のライフルを構えた団員が三人ほどいる。

 

「……教官?」

 

「――――」

 

呼びかけたサラは反応がないことに訝しみ、もう一度声をかける物のやはり無言。眉根を寄せて近づこうとするサラを、険しい表情を浮かべたダーゼフが押しとどめた。

 

「ヴァリウス教官、どうし――」

 

「待って下さいサラ君。彼らの様子がおかしい……」

 

「――――うぅ……」

 

ようやくサラの声が聞こえたのか、呻き声を漏らしながらゾルダは俯かせていた顔を持ち上げる。――必死に何かに耐えるように、忙しなく揺れ動く瞳が、彼の状態を表していた。

 

「きょ、教官……!」

 

「……なんだ、サラかよ。それにお前等は、帝都の遊撃士共……カッカッカ……そうか、来たのか……」

 

特徴的な笑い声を上げるゾルダはエルガ達を一瞥し、どこか呆れたように口を開いた。だがその口調や様子からかなり疲弊している事が伝わり、相当な無理をしているのが見て取れる。トヴァルも目を細め、

 

「一体どうしたんだアイツ……それに後ろの連中も……」

 

「生気が感じられませんね……やはり今のあなた達は……いえ、あなた”も”と言った方が良いのでしょうか」

 

今にも倒れそうなほどの疲労感を漂わせているゾルダの後ろで、同じように顔を伏せている団員達。辛うじて見えるその瞳はからは生気が感じられず、まるで死んだ魚のように光を宿していなかった。

 

――おそらく地下道の時や、飛行艇の中にいた団員達と同じように、魔女の呪いによって操り人形と化しているのだ。自我を保っているのはゾルダただ一人。その彼すら、もう自我を保つ余裕などないのだろう。乾いた笑みを浮かべながら、

 

「その通りだ、インゲード。レヴァナントは……ネモとカイトの二人を除いて、完全に魔女の手に落ちた。……俺達は……もはや奴の人形だ」

 

「ネモとカイト……ふむ」

 

ゾルダが呟いた名前に眉根を寄せたダーゼフ。前者は仮面の男だが、後者は――クレアから聞いた、例の二丁拳銃を操る褐色の少年のことか。当たりをつけながらもダーゼフは二本の刀を引き抜き、

 

「あまり時間はないのですよね? 意識を失う前に答えて欲しい……ナギサさんは、お前達の後ろにいるのですか?」

 

「あぁ……あの巫女は、この奥だ……。直に”儀式”が始まる……それまでに、何とか助け出してやれ……」

 

「教官……?」

 

「誰が好きこのんで、泣いている女の子を攫いたいと思うかよ……」

 

自嘲気味な笑みを浮かべながらも、ナギサを助けてやれと告げる彼に、サラは瞳を瞬かせた。彼らにとってもこの仕事は、甚だ不本意な事だったのだろう。すでに光が消えかけた、虚ろな瞳で遊撃士達を見渡し、

 

「……ロゼリアの婆の狙いは、あの巫女の嬢ちゃんが持つ瞳……いや、”肉体そのもの”か……」

 

「……なんだって?」

 

「肉体そのもの? それはどういう……」

 

「ぐ、ぅぅ………っ!」

 

――くそ、ここまでかよ……――

 

魔女の狙いを伝えようとした矢先に、そこで意識が限界を向かえた。呻き声を漏らしながらゾルダは最後に遊撃士達を――白髪の短槍使いを見やって、

 

「お前が……助け――――」

 

「……おっさん?」

 

その視線に気づいたエルガは、眉根を寄せてゾルダに呼びかける。今の意味ありげな瞳には、何か別の意図が込められていたような、そんな気がして――

 

「――――――」

 

「おっさん……おい、おっさん……!」

 

「ヴァリウス教官!」

 

エルガとサラが呼び掛けるが、それに反応を示さなくなった。だらりと俯き、体から力が抜ける――かと思いきや、

 

「っ!?」

 

猛烈に嫌な予感を感じ取り、エルガはその場から飛び退いた。獣の持つ、野生の勘が身の危険を察知したのだ。彼が飛び退くと同時に、ゾルダの体から黒い闘気が溢れ出す。

 

『――――ァァァァァァアアアアアアッ!!』

 

溢れ出した闘気に呼応するように、背後に控えていた彼の仲間達も一斉に雄叫びを上げる。ウォークライ(戦場の叫び)によって四人とも闘気を引き出し、それらが重なり合い重圧と化して遊撃士達を圧倒する。

 

「こ、これは……くっ!?」

 

「何という闘気……っ! ですが……!!」

 

気圧され、怯みそうになる心を叱咤して、アニーはレイピアを引き抜いた。これほどの闘気から感じられる、自身と彼らとの間にある力量差は大きい。しかし不思議と、負ける気はしなかった。それはトヴァルも同じだろう。彼もスタンロッドを展開させ、戦術オーブメントの駆動を開始する。

 

「気圧されんなよ! いくら元猟兵とはいえ、操られている今なら勝機はある!」

 

「――その通りですよトヴァル君! ここは一気に――」

 

声を張り上げて檄を飛ばすトヴァルに追従するように、ダーゼフは指示を出そうとする。しかしそれを遮るかのようにライフルの銃声が轟き、猟兵達はかけ出してくる。

 

「アアァァァァァッ!!」

 

「――ゾルダのおじさん……ッ!! 目を覚ましてッ!!」

 

咆哮を上げながらブレード片手に突っ込んできたゾルダと真っ先に斬り結んだのはサラ。彼の相手は私がする、と息巻いていた彼女は力任せに振るってきた一撃を何とか受け止め、ゾルダに呼び掛ける。しかし返ってきたのは、ライフルの銃口――

 

「――させませんよ!」

 

ライフルが火を噴くよりも先に、二人の間に割っては入ったのはダーゼフ。銃口を一刀で跳ね上げ、二刀目を振るいゾルダを後退させる。

 

「ダーゼフさん……!?」

 

「色々思うところはあるでしょうが、集中しなさいサラ君! 彼は我々二人で抑えましょう」

 

「……わかりました」

 

冷静に語りかけてくるダーゼフのおかげで、熱くなりかけていた心を落ちつかす余裕が生まれる。相手は”最強の猟兵”候補として名を上げていた人物だ。自我を封じられ十全に力を発揮できないとしても、サラ一人ではまだ荷が重い相手なのは事実。ダーゼフからの共闘を受け入れ、一瞬生まれた余裕のうちに、ざっと周囲を見渡して状況を確認した。

 

アニーとトヴァルは即席のコンビを作り、迫り来る二人の猟兵達と戦闘を繰り広げていた。アニーが回避重視、ブルーミラージュを多用して前衛を務め、その後方からトヴァルが援護行動を行っている。

 

そして彼らからやや離れた場所では、エルガが一人の空賊団と斬り結んでいた。長剣を逆手に握り、ライフルでの射撃をメインに据えた戦い方は――ゾルダと同年代の古参兵であるガルドさんか。

 

「エル―――」

 

「サラ君、こちらに集中しなさい!」

 

「っ!」

 

相当な実力者とのサシの勝負になっており、思わず彼の名を呼ぼうとするが、その余裕は消え失せる。体勢を立て直したゾルダが襲いかかってきたのだ。

 

 

 

 

――なんだこの人……っ!――

 

銃撃をぎりぎりで交わし、逆手に握ったブレードの斬撃をいなし守勢に回っていると、エルガはみんなとの距離が離れていくのを実感していた。自分一人だけ引き離され――しかも“ナギサがいる方向”へと押しやられているのだ。その意図が読めず、困惑しつつも攻勢に出ようとする。

 

「―――――」

 

「っ、くそ……!」

 

だが攻撃に転じる”起こり”が読まれているのか、その都度射撃によって出鼻をくじかれ、攻勢に出られないでいた。そのまま相手は距離を詰めてきて、ブレードの斬撃を見舞ってくる。そして射撃によって追い払われ――その繰り返しであった。

 

――何がしたいんだ……!――

 

不思議と、弄ばれている――感はあまり感じられなかった。弄んでいるのではなく、向こうは向こうで必死に追いやっている――というのが正しいように感じて。

 

「―――――」

 

そして唐突に出てくる蹴り、その一撃を短槍で防いだエルガは後方へ吹き飛ばされる。またもや距離を開けられ、後ずさった彼は初老の男を見やり――

 

「―――何……?」

 

いつの間に広場と呼ぶのが相応しい空間から追い出され、一人通路のような回廊まで来ていた。――このまま後ろへかけ出せば、ナギサがいるであろう場所に通じるだろう。それはありがたいのだが、同時に罠のようにも思え、エルガは眉根を寄せる。

 

「どういう……!!?」

 

顔を上げて男を見やると、いつの間にか自身と彼との間に”半透明の壁”が現れ、道がふさがれてしまっていた。その壁に触れても、硬い感触しか返ってこない。瞳を見開く彼は、壁の向こう側で、生気のない瞳の男の口が動くのを見た。

 

――イ、ケ――

 

「え…………、おい、待てッ!」

 

イケ――行け。言葉にはせず、そう告げたようにエルガは感じた。困惑する中、男は踵を返して戦闘中のアニー達へと向かって行った。思わず去って行く彼を止めようとする物の、目の前の壁はそれを阻んでいる。

 

「くそ、硬い……!!」

 

短槍を壁に突き刺そうと試みるが、返ってくる硬い感触に顔を歪めた。これは自身の力量では壊せそうになかった。――もう後戻りは出来ない所に追いやられてしまったのだ。してやられたとばかりに表情を歪め、彼は後ろを――ナギサがいる方向に振り向いた。

 

「…………くそ、嫌な予感しかしないが……行くしかない……!」

 

これを狙ってやっていたのだろう。おそらく罠であり、さらにこれまでの道中”例の男”と会っていないことから、奴がこの先に控えている可能性は高い。だが今は、この道を進むしかなかった。

 

 

『あぁ……あの巫女は、この奥だ……。直に”儀式”が始まる……それまでに、何とか助け出してやれ……』

 

 

脳裏に蘇るのは、意識を保っていたゾルダが口にした言葉。――儀式とやらが何なのかはわからないが、おそらく時間はあまり残されていないとみた方が良いだろう。

 

「――待っていろよナギサ、今行くからな……!」

 

 




魔女の里の長
「とんでもない風評被害を受けた気がするんじゃが」

カイト
「どこかに隠れてろって言われたけど……どこに隠れろって言うんだネモの奴……」(回廊内の魔物を倒しながら)



仲が良いわけではないロゼリアとネモですが、基本的にネモが一方的に嫌っているだけで、ロゼリアの方はそうではなかったりします。おまけに彼の雑言を、度が過ぎていなければ聞き流すくらいの度量は持ち合わせているので、ネモの独り相撲になっている構図です。

ちなみに”特異点”とは、言うなれば”因果改変”の影響を受けない人です。緋色の空の記憶が消えなかったのもそのため。(あれも因果改変によって引き起こしたため)

また因果律操作も無効化されるため、一部ーー某零の至宝や、某黒に特効が入るような感じです。



そして半ば強引に最奥へ向かうことになったエルガ。前半のロゼリアの会話といい、通路に押し込められた経緯といい、罠のにおいしかないですね。しかし罠と分かっていても、男には行かなきゃならないときはあるのです。
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