英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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5-06 魔女の魂は

――この奥に、あの子はいます――

 

――どうかあの子を……――

 

「………」

 

首にかけられたペンダントを握りしめる度に脳裏に響いてくる声に、エルガは無言で頷く。迷路のような回廊を迷わずに進むことが出来たのも、この声の案内に従ったからこそである。もはやこの声を幻聴だと思うことはない。

 

「助けるよ、必ず。だから貴方は――」

 

ペンダントに語りかけるように口を開いたエルガ。”彼女”の声は消えてしまったが、きっと届いたことだろう。返答がなくなったペンダントから手を離し、彼は目の前の通路を走り続ける。

 

どうやら迷路のような区画を通り抜けたのか、道案内など必要ない一本道にたどり着いてた。――そしてその通路の奥から数人の気配が感じられる。

 

「…………」

 

その中の一つから感じられる威圧感に、彼は拳を握りしめる。この感覚、間違いなく奴が、ネモがいる。

 

今の自分では、倒すことは愚か時間稼ぎすらままならないほどの強者。全盛期のダーゼフと同等以上、自身の師匠と同レベルの実力を持っていると見て間違いない相手。

 

地下道の時はそこそこ戦うことが出来たが、あのときは”獣”であり、そもそも獣の動きは師匠曰く”初見殺し”に近い性質を持っているらしい。一度見られた以上、相手も余裕を持って対処してくるはずだ。

 

おまけにナギサという人質もおり、実力や状況はこちらが不利、切り札――と呼んで良いかはあれだが――も通じないという状況で、一対一、下手をしたら一対多の戦いになることだろう。

 

「――全く、罠の匂いしかしない……! でもね……!」

 

それでも行くしかなかった。ナギサを必ず助けるとあのとき誓ったのだから。だから――通路を駆け抜けて、彼は月魂の回廊、その最奥にたどり着いた。

 

 

 

 

「――ナギサ!!」

 

「っ!?」

 

玉座に座らされていた彼女は大声で名を呼ばれ、肩を振るわせて顔を上げる。玉座の正面、最奥に繋がる通路から短槍を携えた白髪の少年が飛び出してくる。

 

――本当に、来たんだ……――

 

驚きと嬉しさ、申し訳なさと怒り――様々な感情が重なり混ざり合って、エルガが助けに来てくれたことに対しどう思っているのか、自身でも分からない。震える声音で、こちらに向かってくる彼に呼び掛けた。

 

「エルガ、どうして……」

 

「今助ける、そこで待って――………っ」

 

一目散に駆け寄ってくる彼だが、玉座にたどり着く前に足を止めた。瞳を険しくさせながら短槍を構え、その切っ先をナギサに――ナギサの右隣へと向けた。

 

「………」

 

「――――」

 

そこから音もなく現れたのは、黒衣に身を包んだ仮面の剣士である。彼はナギサを庇うかのように前に出て、彼女の視界をふさぎ、エルガの前に立ちふさがった。

 

「………っ」

 

「…………」

 

幽鬼のようにゆらりと姿を現したネモを前にして、穂先を突きつけつつ瞳を細めるエルガ。彼はまだ剣を握らずに、じっとエルガへと視線を向けるのみ。しばしの間沈黙が広がるが、やがて彼はため息を漏らしてエルガに近づいていく。

 

「よく来た、短槍使い。死地を恐れず、一人最奥にまでやってきたその蛮勇は認めよう」

 

「良く言うよ、俺一人だけをここに来させたかったくせに」

 

「気づいていたか。……ならなおのこと、その蛮勇に敬意を示そう」

 

皮肉を言っているのか、それとも本気で敬意を示しているのか。仮面によって表情が読めず、声音からではどちらかなのか区別がつかない。ただ何となく後者のような気がして、エルガは眉根を寄せた。

 

「何で俺一人をここに来させた?」

 

先程の初老の猟兵――ガルドのことだ――が自分一人を最奥へ向かわせるために、あんな戦い方をしていたことには察しがついている。エルガの疑問に、彼は肩をすくめ、

 

「クライアントの要望だ。今の俺達は空賊でも猟兵でもなく、ただの傭兵に成り下がったからな」

 

「……一応聞くけれど、ナギサを解放する気はないのか?」

 

「それも俺ではなく、クライアントに聞いてくれ」

 

あくまで今の自分達は傭兵、言われたからやっただけだと言外に主張するネモだが、彼の真っ直ぐな瞳を前にして気が変わったのか、ふぅっとため息をついて、

 

「……個人的には今すぐ解放したいところだが、それは出来ない。こちらも仲間の命がかかっているからな。――天眼の巫女を助けたくば、俺を倒してからにしろ……という奴だ」

 

悪役が良く言いそうな台詞を口にして、ネモは自嘲気味に微かに笑う。こんな臭い台詞を口にするなど、俺もヤキが回ったなと肩をすくめ、腰の剣を引き抜いていく。

 

「これも俺達の仕事……悪く思うなよ、短槍使い」

 

「……ナギサ、絶対助けるから。そこで少し待っていてくれ」

 

「――っ」

 

徐々に高まっていくネモの闘気に、これ以上彼との問答は不要だと察したエルガは玉座に座り込んでいるナギサに声をかけた。呼び掛けられた彼女はびくりと肩を振るわせて――顔を俯かせ、拳を握りしめる。

 

「――なんで」

 

震える彼女の小さな呟きに、エルガもネモも動きを止めた。エルガはハッとして彼女を見やり、ネモは仮面の下で瞳を閉ざし、構えを解いて闘気をおさめた。

 

「……なんで、来たの……?」

 

「っ……」

 

こちらを見ようとせずに呟くその一言に、エルガの心臓は飛び跳ねる。――それはずっと懸念していたことだったから。気勢をそがれた彼に畳みかけるように、ナギサは口を開いた。

 

「私は言ったよ……もういいって、もう助けなくて良いって……なのに、なんで来たの……!?」

 

「………」

 

一向にこちらを見ようともしないナギサの叫びに、エルガはただ黙って耳を傾ける。――あのときは、その言葉によって受けたショックが強く、それ以降まともにナギサの顔を見れなかったが、今は違う。

 

「私は……! 私は、今も、あのときも……助けてなんて言ってないの!!」

 

――だから気づけた。アニーの言うとおり、彼女は――

 

「――だったら、なんで泣いているんだよ」

 

「……ぇ……」

 

指摘され、呆然とした表情を浮かべて目元に手をやるナギサ。自身の指が濡れて、そこで初めて泣いていることに気がついたのだ。

 

「わ、私……なんで……?」

 

「泣いている奴に、もう助けなくて良いって言われても……信じられるわけないだろ」

 

――あのとき気づけなかった俺は、ただの大間抜けだけどな、と自嘲気味に付け足したエルガは、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「それに俺は……いや俺達は、覚悟を決めてここまで来たんだ。例えナギサが俺達を拒絶しても、強引にでも助け出すって」

 

「……エルガ……」

 

「だから俺は、君を助けに来た」

 

「………」

 

この場所に駆けつけた仲間も同じだ。あのとき、不甲斐ない自分達を守るために自らを犠牲にした彼女を何としてでも助け出す。そう決意を固めたからこそ、ここまで来たのだ。例えナギサ本人が助けを拒絶したとしても、それを受け取ることはないだろう。

 

決して引く気がないことを、雰囲気から察したのだろう。ナギサは戸惑いの表情を浮かべながら、しかし首を横に振る。

 

「でも……でも、私……ダメだよ……私なんか、助けちゃ……私を助けちゃ……いけないの……」

 

「ナギサ……」

 

助けなくていいと言っていた彼女は、涙を流しながら助けてはいけないと口にした。そのことに、エルガは眉根を寄せて――やがて真剣な表情を浮かべて、首を横に振る。

 

「それは違うよ、ナギサ」

 

「違わない……だって……だって、私を助けようとして、お父さんとお母さんは、殺されたんだよ……!」

 

「―――っ」

 

涙を流しながら彼女が告げた事実に、エルガは思わず俯いてしまった。この回廊に入ったときに見えた“幻視”から、おそらくそうなのだろうとわかってはいた。

 

――大陸東部の深い森の中。そこにひっそりと暮らしていた排他的な巫女達の、ある意味狂信的とも見える儀式から娘を守るために、流れ者の剣士であった父と共に、村からの脱出を謀ろうとしたのだ。

 

だがその最中襲撃に遭い、母と娘を守るために父が、最後は母までもが犠牲となってしまったのだ。その出来事が、彼女にとって一生消えない深い傷となって残っているのだろう。

 

「私が、こんな”瞳”を持って生まれたばっかりに、お父さんとお母さんは殺されたの……!! 私一人が、儀式の一柱になっていれば、二人は死ななかったのに……ッ!!」

 

「…………」

 

「私が、お父さんとお母さんを殺したのも同じなの!! もういやなの、そんなのは……! だから……っ! だから、助けなんていらなかったの!! 私一人が大人しくしていれば、みんな助けられるんだから……っ!!」

 

彼女が口にした言葉に、ようやくエルガは理解できた。自分のせいで父と母が殺されてしまった。そして今回も、自分のせいでみんなが危険な目に遭っている。――だから地下道のあのとき、彼女はエルガ達を拒絶したのだ。また自分のせいで誰かが殺される――そんなのは嫌だったから。

 

だから両親の時とは反対に、自分を犠牲にして、みんなを助けようとしたのだ。

 

――あぁ、なんだ……似たもの同士だったのか……――つい苦笑が浮かびそうになる頬を正し、エルガは首を振る。自己犠牲――かつてエルガも、自分を犠牲に誰かを守ろうとしたことがある。その時は師匠にぶん殴られ、説教を受けた。あのとき、エルガはこう言われたのだ。

 

「――自分を救えない奴が、他人を助けられると思うな」

 

「――え……?」

 

彼が呟いた言葉は、決して大きな声ではない。だが不思議な力でも込められていたのか、元から静かなこの場所がさらに静まりかえったような気がする。

 

「ナギサ。そういう自己犠牲で誰かを救っても……結局自分を救えなかったら意味がないんだよ」

 

「で、でも……!!」

 

「そうやって助けて貰っても……助けて貰った側は、負い目を感じ続ける」

 

「っ!!」

 

「だからこうして来たんだよ、俺達は。君に負い目を感じたから。だから必死になって、助け出そうとしている」

 

――あぁ、こういうことだったのかと、エルガは今更ながら理解する。あのとき師匠に殴られたことは、当時納得いかなかったが、今ならわかる。だから救うこと、助けることが難しいのだと。

 

ようやくこちらに顔を向けてくれたナギサの表情は、涙でぐしゃぐしゃになっている。そんな彼女に笑いかけながら、本心の不安を吐露した。

 

「けど俺は……多分”人として”なら君より幼い。覚悟を決めてきても、どうしても胸の内にある、『拒絶されたらどうしよう』という不安を拭えないんだ」

 

「だ、だから私は……助けてなんて……助け、なんて……っ!」

 

――どうしても、その先に続く一言が口から出せなかった。拳を握りしめ、俯く彼女に、

 

「だからナギサ、自分の言葉で、自分の本心を言って欲しい。君は、どうしたい?」

 

「……本……心…?」

 

それは奇しくも、初めて二人が出会った際に、エルガがナギサに問いかけた言葉だった。空賊に追われていた彼女は、彼の問いかけに「助けて」ではなく「逃げたい」と答えたのだ。

 

あのときはただ、両親を目の前で失った衝撃と、”天眼”のせいで狙われていることに気づき、精神的に追い詰められていたときだった。彼の問いかけに、ナギサは本心を口に出さず、意地を張って逃げたいと答えた。

 

「……私は……私は……っ!」

 

――言いたい、けれどそれを言ってしまったら、彼は両親と同じような目に遭ってしまうのではないか。ちらりと彼と対峙しているネモに目を向ける。彼は黙り込み、彫像のように身動き一つしていない。

 

彼は地下道の時に、エルガを殺そうとした。その時の光景が蘇り、彼女を躊躇わせる。

 

言ってしまったら、また失ってしまう――恐怖に口をつぐむナギサに対し、エルガは彼女の恐怖を見抜いたのか、首を振って、

 

「俺達のことなんか気にするな。俺たちは自分の意思で……自分達の我が儘のために、ここまで来たんだ。だから君ももう少し、我が儘になっても良い」

 

「……ぁ……ぁぁ……」

 

「約束する、俺は”死なない”から。君にもう一度、辛くて悲しい思いはさせないって」

 

「――――――」

 

――わき上がる感情を、ナギサは抑えることが出来なかった。優しげな口調で告げられた約束は彼女の躊躇いを払拭させ、彼女は押し殺してきた本心を、本当の願いを叫んだ。

 

「……けて……」

 

最初は小さくか細く、口にしたナギサ本人でさえ聞き取れない声量で。抑えきれなくなった感情を声に乗せて、涙と共に彼女はもう一度叫んだ。

 

 

「――助けて、エルガぁッ!!」

 

 

「――もちろんだ。そのために、俺達は来たんだから」

 

彼女の叫び、助けを求める声に、エルガは口元に笑みを浮かべて頭上で短槍を回し、びしっとネモにその切っ先を突きつけて宣言する。

 

「遊撃士協会、帝国支部所属の準遊撃士、エルガ・ローグ。その依頼、しかと受け取った。待っていてくれ、今助けるから………っ!!」

 

「………」

 

気合いは充分、闘気を漲らせてこちらを睨み付けてくる”遊撃士”に、ネモは誰にも気づかれぬよう口元を緩めた。助けようとした少女に拒絶され、戦意を失った未熟者の姿はそこにはなく。

 

強い意志を宿した眼差しをした”強者”を前に、自ずとネモの手に力がこもる。

 

――彼の言う強者とは、単純に”戦いに強い者”だけが当てはまるわけではない。技量、力量が伴わなくとも、それを補う強い”覚悟”と”意思”を持つ者も含まれる。目の前にいる遊撃士は後者に当てはまり――そしてそういう者ほど、時にこちらの予測を超えた結果をたたき出してくる。

 

「――勇なき剣に力は宿らぬ、か」

 

「……何?」

 

ぽつりと呟いたその言葉に、エルガは眉根を寄せて首を傾げた。――今となっては在りし日の残影となった言葉が蘇る。勇なき剣、覚悟と意思がない力ほど虚しいものはない。それを身を以て知る彼は、自嘲を浮かべて何かを口にしようとして――

 

 

『――ふふ、良い……とても良いものを見さして貰いましたわ』

 

 

『――っ!』

 

――唐突に最奥に響き渡る女の声に、その場にいる全員は息を呑む。槍を構えていたエルガは警戒心を高め、ナギサは視線を動かして辺りを忙しなく見渡し、それまで全く動かなかったネモが不愉快そうに身じろぎをする。

 

そしてナギサが座らされている玉座の真横で、幾何学的文様が刻まれた円形の法陣が出現し、光と共に金髪の女性が姿を現した。最奥に転移してきた彼女は、睨み付けてくるエルガを見て、微笑みを浮かべながら嫋やかに手を振ってきた。

 

「お久しぶりですわね、エルガ君。元気にしていましたか?」

 

「……コトナさん……いや、ロゼリア・リッチネルド……っ!」

 

豊満な肉体を見せつけるかのようなやたらと扇情的な姿のロゼリアに、エルガは顔をしかめて不愉快そうにその名を呼んだ。以前知り合ったときは、こちらのことを気にかけてくれるお姉さん、という印象だったのが、こうも最悪な形で裏切られるとは思ってもいなかったのだ。自然と短槍を握りしめる手に力が宿る。

 

「ロゼリア・リッチネルド……。”緋色の空”の一件と、帝都騒乱の容疑で貴女にも少し話がある。是非遊撃士協会までご同行願おうか」

 

「あらやだ、後者はともかく、前者に関しては”なかったことになっている”はずですわよ?」

 

「貴女は……っ!」

 

喰えない反応を見せる彼女に、エルガは目を細めて舌打ちをした。彼女の言うとおり緋色の空の一件は謎の力――”因果の修正力”とでも言えば良いのだろうか――によって、なかったことになっている。だがそのことを指摘するという行為が、”関わりがある”と認めたような物であった。

 

「……貴女は、一体いつから今回の一件を企てていた……?」

 

彼女に対する怒りを必死に宥めながら、エルガは冷静になってそう問いかける。だが必死に冷静さを保とうとするエルガをあざ笑うかのように、

 

「さぁ、いつからでしょうか?」

 

「――空賊団に話を持ちかけてきたのは、例のハイジャック事件の1ヶ月前だ。だがこの魔女が単独で活動していた期間はある。……相当前からとみて間違いはないだろう」

 

問いかけに答えようとしないロゼリアにかわり、ネモが口を開いた。そんな彼に対し、非難の視線が向けられるものの、ネモは一切気にしないとばかりに話を続けていく。

 

「相当前から……?」

 

「どうやらこの魔女は、巫女が持つ”天眼”を以前から欲していたようだ。ハイジャックの件も、彼女には傷一つ付けるなと言われていてな。……怪我を負ったと知ったときは、肝が冷えたぞ」

 

――初めてナギサと出会ったのは、彼女の血痕を辿っていったからである。どうやらあの傷は空賊団が付けようとして付けたのではなく、何らかの事故が起きたが故に付けてしまった傷のようだ。当時のことを振り返りながら、エルガは続けて浮かび上がった疑問を彼にぶつけてみた。

 

「天眼を狙って……けど、天眼って確か……」

 

「あぁ、あくまで”情報”を得るだけの力。便利ではあるが、所詮はそこ止まりの――」

 

「――貴方方は天眼について、何も分かっていませんのね」

 

天眼を、あくまで情報を得るだけの手段と捉えている無知な二人を前にして、ロゼリアは呆れたようにため息をついた。――分かったような顔をしていても、結局ネモもその全容を把握はしていなかったらしい。

 

とはいえ無理はない。彼は”剣士”であって”術士”ではない。持っている知識量に差があり、だからこそそのような”幼稚”な認識で満足してしまうのだろう。

 

「天眼とはこの世の因果を、すなわち”事象”を見、識ることが出来る瞳。事象を識ると言うことはすなわち、”この世の理”全てを識ることが出来る……過去、現在、未来……その全ての時間軸で発生した事象全てを。――まさに全知全能に通じる千里眼、神の瞳」

 

――それが”天眼”の真の力。”情報を得る”という能力など、力の一端、天眼をコントロールできていないという証明に過ぎない。本来であれば、”情報”という断片的なものではなく、もっと本質的な事柄から識ることが出来るのだ。

 

例えば、1200年前に起こった”大崩壊”の真実を。そこから数百年続く空白の”暗黒時代”も。それどころか、どのようにして”この世界”が生み出されたのかも。

 

そしてロゼリアがかねてから識りたかったことは、250年前の、獅子戦役の折に”裏側”で暗躍していた者達のこと。――いや、それよりももっと前から――

 

そして、〇から”彼ら”を救う方法を、”牢獄”に捕らわれた〇〇を救い出す方法も。そこまで思い、そしてふと我に返り自問自答する。――私は、”何”からを”誰”を救うのか。牢獄とは何か。そしてそこに捕らわれたのは誰だったか。

 

思い出せず困惑し、しかしすぐに思い直して首を振る。忘れてしまったのならそれで良い。

 

――忘れてしまうのなら、大した事ではないのだろうから。

 

「その瞳を持って、私は真理を、この世の全てを識りたいのです」

 

「………」

 

しかしエルガにとっては、ロゼリアの言葉に首を傾げざるを得なかった。天眼の真の能力について何となく把握は出来た。文字通りこの世の全てを見通す力であり、全てを識る力を得るのだろう。魔女の隣にいるナギサもそこまでは知らなかったのか、驚きの表情を浮かべてぽかんとしていた。

 

「ロゼリア……一つ聞きたいことがある」

 

「えぇ、何でしょうか。何なりとお聞き下さいませ?」

 

「貴女は……例えば、この世界の謎を全て解き明かしたとして……それで結局、”何がしたいんだ”?」

 

「――――――」

 

しかしだからこそ疑問が浮かんでくる。――結局ロゼリアは、その力を得て”何をしたいのか”が伝わってこない。この世の全ての謎を解き明かして――それで彼女は、何がしたいのか。

 

「…………」

 

「……ロゼリア?」

 

純粋に疑問に思って問いかけたのだが、その問いかけは彼女にとって何かに触れるものだったのか、その顔から表情が消え去り、何を考えているのか読み取れない瞳で見返してきた。

 

驚いているのか、それとも怒りに充ちているのか――どちらでもないとも言えるし、どちらでもあると言える。どっちつかずの瞳に気圧され、エルガは思わず後ずさり、同時に底知れぬ違和感を覚えた。

 

ヤクザと裏で繋がり、帝都全体を異界化させるほどの大がかりなことをしてまでナギサを攫っておきながら、こんな単純な質問に答えられないことが腑に落ちないのだ。これほど手間のかかることをしておいて、その動機が“知識欲”ではどうも釣り合いが取れないように感じるのだ。

 

それに彼女の様子は、「エルガの問いかけに虚を突かれた」というよりも「問いかけに答えようとして、その答えが出てこない」ようにも見える。――まさかロゼリアは――

 

「俺と同じ事を聞かれたな。いい加減答えたらどうだ?」

 

「……黙りなさい」

 

ふんと鼻を鳴らしたネモは振り返り、含みのある視線を魔女に向ける。どうやら彼の以前同じ事を問いかけ、答えは得られなかったようだ。嫋やかに相手を受け流していたロゼリアが、珍しく苛立ちを隠さずにネモを睨み付けていた。その視線を受け、彼はしばしロゼリアと睨み合った後エルガへ向き直り、

 

「この魔女は壊れている……天眼を得て何をするかなど、とうに忘れているのだろうよ」

 

「――ネモ殿、なぜ貴方は私の言葉を無視して……っ」

 

黙れという命令を無視して語り出した彼に、厳しい叱責と共に”呪い”による拘束を強めようとする。だがそれよりも先に、彼は再びロゼリアへと視線を向けて、哀れみを宿した瞳で見据えてきた。

 

「――”記憶が欠落している”奴に説明などさせられるか」

 

「……記憶が欠落している……ですって……?」

 

「……ど、どういう……?」

 

ネモが言った言葉は彼女にとっても驚きだったのか、ぴたりと動きが止まり、さらにエルガまでも困惑させる。記憶の欠落とは一体――一秒、二秒と時間が止まったかのように固まった彼女だが、やがて何を馬鹿なとばかりに首を振り、鼻を鳴らしてネモに告げた。

 

「何を馬鹿な事を……そんなことは”あり得ない”のですよ。私が記憶の欠落を引き起こすなど……そんなことはあり得ない」

 

「―――――」

 

自信に満ちた表情であり得ないと豪語する魔女を前に、エルガは言葉を失った。それはナギサも同様だろう、先程の反応から彼らは察していたのだ。彼女はすでに――初めて会ったときから錯乱状態にあると。

 

「ネモ殿、貴方はよく私のことを、痴呆だの何だのと言っていますが……その手の冗談、正直全く面白くありません事よ」

 

「………………自覚症状がないあたり、相当重症だな。まぁ、当然と言えば当然か……。肉体の問題ではなく、”魂”の問題なのだから」

 

「……魂……?」

 

「――――」

 

唐突に出て来た魂というワードにエルガは首を傾げ、ナギサはハッとして目を瞬かせる。――彼女の瞳が淡く光を放ち、そして続くネモの言葉がその輝きを強めていった。

 

「”還魂の魔女”は、自身の魂を、他者の―――」

 

「―――いい加減に、私の言葉に従いなさい、ネモ殿。貴方の大事な仲間の命……私が握っていると言うことを忘れないように」

 

――彼の言葉を遮るように明白な脅しを持って黙らせる。流石に団員の命がかかっているとなれば、彼もこれ以上口を開くことは出来なくなった。だがそこまで聞ければ充分だったのか、ナギサは表情を青白くさせて体を震わせている。

 

「あ……貴女は……」

 

「……ナギサ?」

 

彼女がロゼリアを見る目が明らかに変化している。驚愕と怯えを含んだ瞳で魔女を見やるその様からは、何か良くないものを見たと悟らせるには充分であった。一体何を見たというのか。

 

「……流石に少し、おしゃべりが過ぎたか。短槍使い、貴様の覚悟は見極めさせて貰った」

 

「っ!」

 

視線をロゼリアからエルガに移しつつ、だらりと下げていた剣を持ち上げ、その切っ先をエルガに突きつけてくる。同時に彼の体から溢れ出す闘気が、これから始まる戦いの激しさを物語っていた。

 

”戦いに水を差された意趣返し”がついやり過ぎてしまったことを反省しつつ、ネモは己を”剣”に徹することに意識を向け、最後に言葉を残す。

 

「だが勇なき剣に力が宿らぬのと同じように、力なき勇に意味はない。天眼の巫女を救い出したいのならば……見せてみろ、お前の力を。――出来るはずだ、お前になら」

 

「――っ!」

 

――まるでエルガを鼓舞するかのような物言いに惚けるがそれも一瞬。剣と盾で武装し、仮面を身に付けた”黒夜叉”はかけ出し、彼と槍を交えるのだった。

 




ネモ
「KYというのは嫌われるものだ」

カイト
「もう死語になってないか、それ」



ロゼリアが散々痴呆やら耄碌しているやらと言われ続けてきましたが、その原因が記憶の欠落。しかも欠落していても自覚症状がなく、「まぁいいか」と流してしまう辺り相当重症なのです。

ちなみに欠落しているのは記憶だけではなく、感情も欠落し(怒りを感じにくい)、倫理観も壊れてしまっています。それらの欠落を繋ぐキーワードが”魂”でありーー


次回からはしばらく戦闘シーンオンリーとなるでしょう。
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