英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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5-07 黒夜叉戦・陽

 

一撃一撃に気合いを込め、エルガは短槍を持って果敢に攻め込んでいく。穂先による振り下ろし、斬り払い。さらに振り切った短槍を即座に切り返し、石突きによる殴打をお見舞いしていった。

 

「――くそっ!」

 

だがその全てがネモの振るう長剣によって捌かれていく。槍を回転させることによって行う穂先と石突きの連撃、というかなり異質な槍捌きに、彼は苦もなく対応していたのだ。

 

「相変わらず槍とは思えない動きだな」

 

「誉め言葉として受け取っておくよ!」

 

飛んできた石突きを防ぎ、即座に振り下ろされた穂先を長剣で受け止め、鍔迫り合いとなりながらネモはエルガの短槍術をそう評価した。ハイジャック事件の折、初めて彼と剣を交えたときから感じていたが、彼の槍捌きは従来の槍術から大きくかけ離れている。

 

本来槍の戦い方と言えば、そのリーチを生かした突きや払いが主体となる。しかしその反面、長ければ長いほど扱いづらく、また近距離における取り回しには難が生じるものだ。

 

そのデメリットを解消したのが短槍であり、槍本来が持つリーチが損なわれた代わりに、近距離における取り回しの良さではこちらに軍配が上がる。――その取り回しの良さに着目し、剣術や棒術、ダブルセイバーの動きを取り入れたのが目の前の短槍使いの槍なのだろう。

 

そして当然“槍”であるからして、突き技を必殺のわざとして位置づけている――これが”天槍”が編み出した槍術。瞳を細めたネモは鍔迫り合いとなった状態から、すっと重心をずらして”わざと”力比べに競り負けて――

 

「――――っ!!?」

 

「槍術そのものはわるくない。だが使い手に求められる技量がえらく高いな。貴様は良くやっている方だが――」

 

――そのままエルガの横をすり抜けていく。力を込めて押しやっていたエルガは、確かに感じていた手応えが一瞬でなくなったことに目を見開き、”抵抗”がなくなったことによって勢い余って前につんのめり、大きく体勢を崩してしまった。

 

「――あと五年早かったようだな」

 

「……っ!!」

 

しかも鍔迫り合いに”押し負けた”ネモは、エルガの背後に位置していて、がら空きの彼の背中に剣を振り下ろそうとする。防御は間に合わない――そう悟った瞬間、エルガに潜む“野生”が、半ば本能的な動きを取らせた。

 

前につんのめった体勢を利用して、そのまま前方へと”倒れ込んでいく”。崩れかけた体制を、逆に完全に崩すことによって辛うじてネモの一撃を回避したのだ。

 

「―――グルゥゥ……っ!」

 

ぎりぎりの回避だったためか、ジャケットに切れ込みが走ったが、背中は斬られてはいない。俯せに倒れかけた状態から地面に手をつき、片手逆立ち。そのまま飛び上がって一回転し体勢を立て直すと、牽制とばかりに振り向きざまに槍をなぎ払い、一度ネモと距離を取る。

 

「……今の動きは……」

 

曲芸師を思わせる軽業だが、その実体は”獣”の動きだろう。仮面の下で眉根を寄せるネモは内心疑問を抱く。今のは間違いなく”三つ足の獣”の動きだ。だが今の短槍使いは、”獣”に墜ちた様子はない。

 

(人のままで、”獣”の動きが出来るのか……? そうだとしたら、なぜ常時使わない……?)

 

ネモが疑問を抱くのとは対照的に、追撃してこなかった彼を一瞥したエルガは口元を引き締める。――わかってはいたが、こと接近戦において彼の方が、はるかに技量が高かった。まともに打ち合っているように見えていたが、実際は全ての攻撃が捌かれたばかりか、たった一度の回避で危うくこちらが狩り取られるところであったのだ。

 

――グルルル……――

 

「っ……!」

 

あげく命の危険を感じたからか、中の“獣”までもが出張ってくる始末。“引っ張られ、途切れかけた意識”を必死につなぎ止めながら、エルガは短槍を構えた。

 

――彼の中にいる”獣”は、意外なことに基本は大人しいのだ。積極的にエルガの意識を押し込め、その体を奪おうとすることはない。

 

だが彼が、もしくは“獣”が命の危機を感じたとき、或いは野生の本能を刺激されたときはそうではない。その場合“獣”はエルガの意識を一瞬だけ乗っ取り、体の主導権を握る。

 

そしてその時に置き土産を残していく。――エルガの意識が”獣”に引っ張られるのだ。そうして獣の力を多用していけば、最終的にエルガの意識は、獣の意識に飲み込まれ、再び三つ足の獣と化してしまうだろう。その確信があった。

 

(……使いたくはない……けれど……っ!)

 

獣の力はあまり使いたくはない。そういった事情もあるが、何よりもコレが自分自身の”本性”であり、本性がこれほど醜い形で現れるなど、直視したくない、他人に見られたくないという個人的な理由もある。

 

――だがネモと一対一で戦っているというこの状況、獣の力に頼らなければ、ナギサを助け出すことは出来ないだろう。獣の力だけではない、他の要素も用いらなければならない。

 

穂先をネモに突きつけたまま、エルガはぐっと身を屈め、かけ出していく。片手で槍を握りしめた構えから繰り出すのは、彼の十八番――

 

「行くぞ、龍牙槍!」

 

かけ出した勢いのままに放つ突進突き。それに対しネモは何らかの対抗をしようとして。

 

「――――」

 

「っ!」

 

――ネモの動きが一瞬ぴたりと止まる。しかし即座に動き出し、左腕にある小型の盾を構え、エルガの龍牙槍の一撃目を受け止めた。そして続く二撃目の薙ぎ払いを、彼はネモの左側に回り込みながら放つ。

 

「――っ」

 

仮面の下から発する舌打ちが微かに聞こえ、二撃目も盾で受け止めた。――ダーゼフから聞いた話では、仕込み盾による防御など基本してこなかったという彼が、である。やはりこの剣士は――

 

「―――っ!」

 

「これで終わりだ、短槍使い」

 

受け止めた槍を力任せに押しやり弾いたネモは、そのまますっとエルガの懐に飛び込んだ。短槍は弾かれ、頭上に跳ね上がっており、防御は間に合わない。がら空きとなった彼の腹部に横薙ぎの一撃を叩き込もうとして。

 

「――まだ、終わらないさ!」

 

――跳ね上がったのはあくまで”穂先”。そして穂先が頭上に跳ね上がったと言うことは、その逆側にある石突きは、”ちょうど良い位置にある”。石突きによる打撃が、ネモの一刀と交差し、

 

「このぉっ!」

 

「ちっ!」

 

剣の軌道を大きく変えさせ、強引に跳ね上げさせる。ぎりぎりの所で致死に至る一撃を回避したエルガは槍を反転。石突きによる突進突きを、がら空きとなったネモの胸部に叩き込もうとして。

 

「龍麟撃!」

 

「――裂空斬」

 

――跳ね上げたはずの一撃が、信じられないスピードで振り下ろされた。どのような力が込められていたのか、その一刀が生み出した衝撃波と剣風は龍麟撃を真っ向から打ち破り、エルガの体を吹き飛ばす。

 

「――な、何だ、今の剣圧……!?」

 

後方に吹き飛ばされつつも体勢を崩さなかった彼は、目を見開いて驚きの表情を彼に向ける。普段の打ち方とは異なるとは言え、龍麟撃は彼の技の中でも重いものだ。現にまともに喰らわせれば、相手のアーツ駆動を強制的に解除できる。

 

その重い一撃を、やや不安定な体勢にも関わらず真っ正面から打ち破ったネモは、振り切った剣を返して斬り上げた。――その軌跡にそって衝撃波が生じ、エルガに向かって飛んできた。おそらくこれが裂空斬の本来の姿か。

 

「飛ぶ斬撃……ッ!!」

 

「一回では終わらんぞ」

 

「なっ……!!」

 

不穏な発言を証明するかのように、連続で剣を振るい、次々と裂空斬を放ってくるネモ。まさかの連続衝撃波に目を見開き、しかしエルガは臆せず前へと足を踏み出した。

 

(落ち着け、惑わされるな……! 同時に飛んでくるわけじゃない、まだ躱せる……っ!)

 

飛来する衝撃波を見極め、サイドステップを繰り返し、前進しつつ回避を行い、順調に距離を詰めていく。衝撃波と衝撃波の間にある“隙間”、そこに身を置いて回避する様子を見ていたネモは、最後の一撃を放ち、繰り出す技を切り替えた。剣を自身よりも後ろに置き、重心を落とした姿勢から放つのは、“風”を関した連撃。

 

「――二重の嵐」

 

「っ!?」

 

裂空斬を躱すことに集中していたエルガは、唐突に吹き荒れた”嵐”に気づくのが遅れ――すれ違いざまに斬りつけてきたネモの一撃を、彼の左側に回りすんでの所で回避に成功。しかしその剣撃は例の剣風を生じさせ、彼の体勢を崩し、

 

「――吹き飛べ」

 

――その隙を突くように、すれ違い彼の背後に回り込んだネモが二撃目を放つ。回転斬りによって剣風が吹き荒れ、直撃こそしなかったもののその突風によってエルガの体は文字通り吹き飛ばされる。

 

「――くそっ……!」

 

吹き飛ばされ、呆気なく地面を転がっていく彼だが、なおも諦めずに立ち上がり、ネモに短槍の切っ先を突きつける。分かってはいたが、自身の彼との間にある戦闘力の差は、小手先の技術や”事前情報”で埋められるほど浅くはなかった。おまけに今の動きでおそらく――

 

「…………気づいていたか」

 

「……何がだよ」

 

回転斬りを放った体勢で残心していたネモは、ゆっくりと剣を下ろしつつぽつりと呟いた。その確信を持った声音から、惚けても意味はないと察しつつも、そう言わざるを得なかった。

 

「惚けても無駄……”左目”のことだ」

 

そう言いながら、彼は仮面を自ら外し、その素顔を晒していく。――切れ長の瞳と整った顔立ちは、やはり誰かに似ているような気がして。しかしその既視感を阻害する、左側の火傷の痕に目が行ってしまう。

 

――火傷に覆われた”左目”は開かれているが――昨日、アニーが言っていたことを思い出す。

 

 

『あの仮面の人……ネモの火傷のことなんだけれど。あの人の火傷って、左目を覆うように広がっていたじゃない?』

 

『……そういえばそうだな。だがロサウェル、それがどうかしたのか?』

 

『絶対とは言えないんですけれど……あの火傷の広がり方と重度から、左目……”眼球”に何らかの影響が出ていても、おかしくはないと思うんです。つまり、平たく言うと――』

 

 

「……やっぱりあんたの左目、見えていなかったのか」

 

「あぁ。この火傷を負ったときに網膜が傷ついてな。辛うじて光が判別できる程度だ」

 

観念したエルガのため息混じりの指摘に、ネモは頷き、自身の顔の火傷にそっと手を当てた。一体何が原因であのような火傷を負うことになってしまったのか、興味はあるがそれを問いかけるような暇はない。

 

ともかく今のネモは隻眼――つまり彼の左側は見えない範囲、”死角”なのである。エルガが彼の剣撃を躱せたのもその死角に飛び込んだからである。

 

「どのタイミングで気づいた?」

 

「……仲間に医者を目指している人がいてね。その人が、あんたの火傷の痕を見て、その重度なら左目に何らかの障害を負っていてもおかしくないってさ。それに……」

 

構えを解き、エルガは自身の左腕をポンポンと叩いた。その仕草で察したのかネモは諦めたようなため息をついた。彼が示したのは、自身の左腕ではなく、ネモの左腕――そこにある小型の盾。

 

「あんたほどの腕を持つ剣士なら、そんな防具は逆に邪魔になるはずだ。でも、隻眼であるあんたにとって、死角へのフォローはどうしても必要になる――だから盾を持っているんだろ?」

 

彼ほどの実力者になれば、防具の必要性は低くなる。各々の戦闘スタイルにもよるが、大陸に名を轟かせる強者は、基本機動力を優先する傾向にある。ネモの”重さ”と”速さ”を両立させた剣技から推測するに、彼もその傾向に当てはまるだろう。

 

その彼であっても、死角へと対処となればどうしても反応が遅れがちになる。その遅れをフォローするために、彼は左側に防具を、盾を求めたのだろう。そして、彼の仮面も――

 

「それにあんたのその仮面。あれも顔や火傷の痕を隠すため、という理由もあるんだろうが……視線の動きを隠すため、隻眼だということを隠すためでもあるんだろう?」

 

初めて会ったときから顔につけていたあの仮面。当初はこけおどしのたぐいだと思っていたのだが、そうではなく、明確な理由があってあの仮面を被っていたのだと、今ならわかる。

 

仮面を被ることによって顔や火傷の痕、そして”視線”を隠すことによって隻眼であることをわからなくさせ、さらに攻撃の軌道を読ませにくくさせる欺瞞効果が付随する。案外計算された出で立ちになっているのだろう。

 

「……正解だ、短槍使い。しかし医者か……案外、思いも寄らぬ所からばれるものだな。……医者を目指しているのは、白いレイピア使いか?」

 

ふっと笑みを溢しながらネモはそう問いかける。戦いの最中、左側からの攻撃につい盾を用いたことによって目のことがばれてしまったのかと思っていたが、実はそれよりも前に気づいていたらしい。それも戦闘に長けたものではなく、医者を目指しているという者から。

 

「あぁ、そうだけど……何でアニーさんだって気づいたんだ?」

 

「ここ最近で俺の素顔を見たのはお前達遊撃士ぐらいだ。そしてその来歴が判明している者が多い。消去法で考えれば、彼女ぐらいしかいなかったからな」

 

――自分と同じような、誰かを傷つける者に気づかれるのではなく、対極に位置する、誰かを癒やす者に気づかれるというのは、何とも言えない不思議な気分であった。

 

「…………」

 

そしてネモはおもむろに盾の留め具を外して放り捨てた。改造オーブメントやワイヤーガンを仕込んだ盾が床を転がっていくのを呆然とみていたエルガは、困惑の表情を隠せずに問いかける。

 

「……どういうつもりだ」

 

「仮面も盾も、偽装行為の一つ。それを見破られた以上、続ける必要はないだろう」

 

「何……?」

 

盾を捨て去り、素顔を晒すネモの言動に、エルガは目を見開いた。確かに彼の言うとおり、偽装を見破られているのに、それを続けても意味はない。だが盾を捨てると言うことにエルガは引っかかりを覚えるのであった。

 

盾はネモにとって死角からの攻撃を防ぐ必要な防具。それを自ら捨てると言うことは――身軽になったネモは、古風な長剣を両手で握りしめ、その切っ先をこちらに向けてくる。――彼が待とう闘気が高まったのを肌で感じて――

 

「こちらの偽装を見破った褒美だ……“少しだけ”本気を出してやる」

 

「――少しだけ……っ!?」

 

驚くエルガに、彼は何も答えず――一瞬で距離を詰めるという行為で返答する。瞬間移動かと思うほどの速さで彼を間合いにおさめたネモは、構えた剣を斬り上げようとして。

 

「―――のぉっ……!」

 

一瞬の虚を突かれたとは言え、そのまま斬られるエルガではない。可能な限り彼の左側へ滑り込み、短槍を自身の正面に掲げて防御の構えを取ってネモの一撃を受け止めようとする。

 

「――――」

 

「なっ!? がっ……!」

 

――だがエルガが構えるのを“知っていた”かのように、短槍の防御を避けるような軌跡を描いて振るわれた長剣は、当然防御をすり抜け、すれ違いざまに彼の体を斬りつけた。死角に入り込んだ上での防御にも関わらず、なぜこちらを捕らえられたのか。腹部に走る熱い衝撃に後ずさり、傷口を押さえ、彼は背後に回り込んだネモを目で追う。

 

「今の……!? ぐっ!!」

 

背後に回り込んだネモの回転斬りは何とか防げたものの、その剣圧に耐えきれず、エルガは数アージュほど後退させられた。二重の嵐――だが先程放ってきたものよりも重さと速さが増したように感じられる。腹部の痛みに耐えながら顔を持ち上げると、やや距離があるネモはそのまま連続で剣を振るい始めた。

 

「裂空斬」

 

「――っ! 龍爪乱舞……っ!」

 

放ってくるのは飛ぶ斬撃。こちらに向かって飛来する衝撃波は、さきほど放ってきたものとは異なり、速さはおろかその大きさまでもが明らかに肥大化していた。おまけにその狙いは正確で、避ける隙間などない。顔をしかめた彼に出来たのは、龍爪乱舞――短槍を正面で回転させて衝撃波を防ぐことだけだった。

 

衝撃波が回転する短槍に防がれる。一撃目は耐え忍んだが、二撃目、三撃目で後ずさり、四撃目で槍を大きく弾かれ、龍爪乱舞が破られる。そして続く五撃目がエルガの体に吸い込まれるように命中し、彼の体を吹き飛ばした。

 

――奴め、やっぱり手を抜いて……! いやそれより……!!――

 

それは今日、ネモと剣を交合わせたときから感じていることだった。彼とはハイジャック事件の時に剣を交えていたのだが、その時と比べるとどうも動きが鈍くなったように感じていたのだ。

 

――エルガは知るよしもないが、ネモの動きが鈍くなっているのは、その身を侵し続けている”呪い”に今も抗い続けている為である。そして今、呪いへの抵抗を若干弱め、その分の力を戦闘に回した結果、ようやく従来の動きが出来るようになったのだ。

 

「――やはり、今の俺は手加減が難しいか……」

 

吹き飛ばしたエルガから自身の長剣へと視線を移し、左目を閉じたネモは顔をしかめた。呪いへの抵抗を弱めた今でも充分耐えられるが、かわりに力の制御が不安定になってしまっていた。これでは下手をすれば加減を間違え、彼を“殺しかねない”。

 

「だがそうやすやすと死ぬような奴でもない。……そうだろう、短槍使い」

 

「――あぁ、そうだけどっ! くそ、なんだよ今の……!!」

 

裂空斬の直撃を受けた彼だが、数アージュ吹き飛ばされた程度であっさりと戦闘に復帰する。多少の切り傷は負ったようだが、それでも腹部の傷を除いて深いものはないようだ。

 

短槍を構えて思いっきり顔をしかめている彼は、ネモが放り捨てた仕込み盾へ視線を向け、どういうことだとばかりに問いかけてきた。

 

「左側は見えなかったんじゃないのか……!?」

 

「あぁ、見えていないぞ。だがお前は飛行艇での戦闘時に気づいていたはずだ。……俺が”先読み”を使えると言うことに」

 

「――くそ、そういえばそうだったな、俺のバカ!!」

 

ネモの弱点である左側――死角に入ったにも関わらず、こちらを追従してきた先程の一撃に対し声を張り上げるが、それをさらりと受け流してきた。そしてその返答で思い出したのか、頭から抜け落ちていた自身に罵倒を浴びせる。

 

気配を読む、それをひたすら鍛え上げた先にたどり着ける“先読み”を使ってこちらの防御を読んだのだろう。おまけに先読みは、“気配を読む”の延長上にある技法。先読みを使っていると言うことは、当然こちらの位置は把握されている。つまり――

 

「今の俺は、例え”片眼”を瞑っていても、お前と打ち合うことが出来る」

 

「………マジかよ」

 

隻眼の彼は、剣の切っ先をこちらに向けながら告げた。その内容に、思わずエルガの本音が溢れ出る。隻眼の弱点はとうに克服されていたのだった。――だから盾や仮面を”偽装行為”と呼んでいたのか。

 

自分のように、隻眼だと気づき、その弱点を突いてきた者を叩き潰すために。エルガの心に微かな影が飛来する。勝てない――弱気になりそうな自分を叱咤させるように、短槍をより強く握りしめて――

 

――グルゥゥゥゥゥ……――

 

「―――っ」

 

――“獣”の唸り声が聞こえた気がした。思わず頭を左右に振ってその”幻聴”を振り払う。アレは解放しない、するべきではない、しかし――脳裏にかすめた”切り札“に葛藤するエルガ。そんな彼に対して、

 

「――戦闘の最中に考え事、そして葛藤か。早死にするぞ」

 

「――っ!!?」

 

目の前の夜叉は待ってはくれなかった。数アージュあった距離を音もなく詰め寄ると、エルガの首を左手で掴み、そのままつり上げた。首が絞まり呼吸が出来ず、完全に足が宙に浮いた状態で、ネモは右手の剣の切っ先を自身の体に向けて――

 

――しまっ……――

 

「この期に及んで迷うのならば……女神の元へ旅立つがいい」

 

――死剣・散華――至近距離から相手の急所を一突きする必殺の突きが繰り出されようとして。身動きが取れない状況で繰り出された突き技に、エルガは為す術もなかった。自らに訪れる”死”を意識して、しかし諦めてなるものかとまだ手にした槍を繰り出そうともがき――

 

 

――ガアアァァァァァァァァァッ!!!――

 

 

――命の危機を感じ取り、中で微睡んでいた獣が起き上がる。同時にエルガの意識は、暗闇の中に引き込まれていき、最後に耳にしたのは、少女の悲痛な叫び声であった。

 

 

 

 

「――エルガぁ!!」

 

二人の戦闘を、玉座に座らされながら見続けていたナギサ。ネモに捕まり、今まさに剣で貫かれようとしている彼を見て、たまらず名前を叫んだ。

 

必ず助け出すと、そう言ってくれた彼の危機に、何も出来なくて。ただ見続けていることしか出来なくて。目に涙を浮かべて、名前を呼ぶことしか出来なくて。――そんな自分が、不甲斐なくて――

 

 

『――――ガアアァァァァァァァァァッ!!!』

 

 

「っ!!?」

 

――唐突に響く、獣のごとき咆哮にナギサはびくりと体を震わせた。同時に甲高い金属音が鳴り響き、気づけばネモは拘束を解いて数アージュほど後退していた。必殺の突きが弾かれたというのに彼の表情に驚きはなく、むしろやはりかと、どこか納得した様子を見せていた。

 

彼の眼前には、拘束から逃れ、特異な”三つ足の構え”を取るエルガがそこにいた。だが普段と様子が全く異なっていて――そんな彼を見たネモは、どこか心待ちにしていた様子で呟くのだった。

 

「――来たか、”三つ足の獣”」

 

 




ようやく語られたネモの隻眼設定。これまで直接的な描写は避けていたのですが、空賊団の日常シーンなどで左目を瞑っているあたりが伏線だったり。仮面も盾も、隻眼を隠すための小道具ですが、例えバレても気配読みと先読みで何とかしつつ、逆に利用するなど、策士の面も持ち合わせていますね。つまり盾は拘束具兼便利ツール。


エルガとネモの実力には相当な開きがあります。ネモの強さを現すのなら、剣帝レーヴェとほぼ同等でしょうか。

ちなみに二人はかつて戦闘を行ったことがあり、互いに大技を打ち合い、互いの利き腕をへし折って相打ちに持ち込んだ形です。その時に再戦の約束を交わしたのですが、果たされることがあるのかどうか……。


一方エルガの実力は、初期リィン君を若干下回るレベル。この年代では充分強い方なのですが、まぁ相手が悪いといういつもの軌跡シリーズお約束ですね。

しかし今回のネモ戦では、彼の方には凶悪なデバフ(呪い、戦意極小、ロゼリアへの反骨精神、ナギサに対する引け目)がかかっており、エルガには複数のバフ(巫女の加護、戦意高、覚悟完了、やる気十分)があるおかげで、単騎でも何とか戦えている状況。それでも圧倒されている辺り、彼のバケモノ加減が分かるというもの。


次回は三つ足の獣を解放させたエルガとネモの戦闘ですね。……また一話丸々戦闘シーンか……。
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