英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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二度目の覚醒を果たしたエルガとネモの死闘、ついに決着です。


5-09 陰陽交差

 

「――陰陽交差」

 

戦闘不能へ追い込んだはずの短槍使いは立ち上がり、呟きと共に槍を構えてこちらを睨み付けてくる。その視線、そして雰囲気はあくまで”短槍使い”――先程まで彼の体を動かし、手を焼かされた”三つ足の獣”ではなかった。

 

だが彼から感じられる気配に違和感を覚える。人の気配もするが――同時に“獣の気配”も感じ取れるのだ。これは一体、と眉根を寄せるネモであるが、しかし彼の役目は変わらない。業腹だが還魂の魔女の命令通り、ここで彼を倒さなければならなかった。

 

「さて、ネモ殿。今度こそ、彼の命を……もう手加減してはいけませんよ?」

 

「――あのまま寝ていれば良かったものを……!」

 

結局汚れ仕事か、と短槍使いの傷の具合を見ながら独りごちる。傍目から見ても分かるほどの重傷、切り傷多数に腹部に二本の深い傷。左腕からの出血も激しく、ろくに力も込められない満身創痍。

 

――あの状態では、気絶させるような攻撃を受ければ、それだけで命を落としかねない。それに魔女の目もある――これ以上の誤魔化しは効かないだろう。複雑な思いを抱きながらも、心情と肉体を切り離し、彼を殺すつもりで技を放つ。

 

「――裂空」

 

連続で放たれる裂空斬。凄まじい剣圧によって生じる衝撃波が、エルガ目掛けて飛来する。数は四――飛んでくる衝撃波を眺めるエルガはポツリと口を開く。

 

「この程度なら……!」

 

呟きをその場に残してかけ出したエルガは、衝撃波を紙一重で躱しつつネモとの距離を詰めてくる。緒戦の時と同じように、衝撃波の軌道を見切り、冷静かつ確実に回避していた。

 

その動きと、獣特有の”三つ足走行”ではなく、二足走行で接近してくるエルガを見て、ネモは確信を抱いた。

 

「やはり今は短槍使いか……なら」

 

四連撃を避けた彼をそう分析し、追撃の裂空斬を放った。回避行動を終えたばかりの、僅かな硬直を狙い撃つように放ったその一撃は、もくろみ通り動きが鈍った彼へ吸い込まれるように突き進み――

 

「直撃――――避けてみせるさ!!」

 

「―――――この動き……!」

 

――直後、彼の体が”飛び跳ねて回避した”。突然の動きにネモは一瞬固まり、そして眉根を寄せて今の回避方法を分析する。

 

裂空斬が彼の身に届いたと思ったその瞬間、エルガは”短槍の石突きで地面を突いて”、飛び跳ねて裂空斬の衝撃波を躱したのだ。そしてその後、彼は同じように槍で地面を突き、それを基点として”鋭角なジグザグ移動”で距離を詰めてくる。

 

この動き、そして軌道には見覚えがあった。先程まで散々手を焼かされた獣特有の三つ足歩法――左腕(三本目の足)の代わりに短槍を使っているが、それ以外はほぼ同じである。

 

(これは一体どういうことだ? 今は”短槍使い”のはず、なのになぜ”獣”の動きが出来る?)

 

確かに緒戦でも”獣”らしき動きは見せたことがある。だがアレは身を守るために無自覚のまま出てしまっただけであって、意図的に使おうとしたわけではないはずだ。しかし今のは、明確な“意思”を持って使った動きだ。

 

――でなければ、”三つ足”の代わりに槍を使おうとはしない――いや出来ないだろう。獣の時の彼は半ば本能で動いている。そういう者は大抵、体に染みついた動きしか出来ない。槍を足代わりに使うなど、思いつきやしないはずだ。

 

「行くぞ……龍牙槍!」

 

つまり今の彼は――その先の考えにたどり着くよりも先に、裂空斬を全て躱し、距離を詰めたエルガはネモに向かって飛びかかる。放たれた龍牙槍の一撃目、飛び込みながら放った突進突きであったが、その技はすでに見切っていた。

 

槍の軌道を正確に見破り、恐れず一歩を踏み出して、飛び込み突きを踏みつけようとする。すでに見切られた刺突技など、ネモからすれば反撃の基点でしかない。

 

「―――何!?」

 

――“そのはずであった”。踏みつけようとするネモの動きに合わせて、槍が軌道を変えてきたのだ。ネモの足を避けつつ、彼の体に届くような軌跡へと。その急激な変化を遂げて迫り来る穂先に、珍しく彼は狼狽し、半ば反射的な動きで突進突きを受け止めた。

 

「………っ!」

 

その突進突きは、これまで短槍使いが放ってきた技の中でも格段に重い一刺しであった。急激な軌跡の変化とその重い突きを受け、傍目から見ても分かるほどにネモの表情は歪んでいた。

 

何とかその一突きを受け流したが、即座に追撃の薙ぎ払いが襲いかかってくる。予測はしていても、対応に関しては不十分であった。右から迫る穂先に対し、ネモは剣を立てその剣腹で受け止めた。

 

「貴様……ッ!!」

 

その薙ぎ払いも、また重い。顔をしかめ、威力と衝撃を逃がすためにネモは自ら後方へ飛び退いた。――エルガが知る限り、初めて彼が後退し、狼狽の表情を浮かべた瞬間である。飛び退いた彼を見やり、エルガは口元に笑みが浮かび上がるのを抑えきれなかった。

 

「アンタの顔色が変わったのは初めてだな……!」

 

「貴様、その体のどこにここまでの力を……!?」

 

彼とは対照的に、顔をしかめたネモの叫びが木霊する。”短槍使い”でありながら”獣”の特性を見せたばかりか、その傷だらけの体では決してひねり出せないような力を――それこそ、“無傷だった時”を上回る力にネモは驚きを隠せない。

 

追撃しようと突っ込んできたエルガを前に、顔をしかめたネモもまた攻め出る。いつでも駆け出せるように重心を落とし、剣を後ろにやる“嵐”の名を持つ剣技――

 

「行くぞ、二重の――」

 

「獣牙――」

 

対するエルガもまた、獣時代から使っていた技を持って迎撃する。両者は同時に地面を蹴ってかけ出し、

 

「――嵐!」

 

――すれ違いざまに斬り裂く一刀を繰り出したネモ。振り抜いた長剣は確実にエルガの体を捉えようとして――しかし“獣の反応速度”はネモの想定を超えた動きを見せつけてきた。

 

「――疾走ッ!」

 

振り下ろすネモの一刀に対し、エルガは体を倒して地面と平行になりつつ、槍の石突きで地面を突き、その反動で体を回転。”きりもみ回転しながら突っ込んできた”彼はネモの一刀を紙一重で躱し、同時に繰り出した切り上げをネモに叩き込んだ。

 

「貴様……ッ!?」

 

二重の嵐を回避したばかりか、あの一瞬で反撃まで繰り出してきたエルガへ振り返る。体勢を立て直し、床を滑りながら振り返って視線を向けてくる彼の瞳を見て、ネモの予測は確信へと至った。

 

「貴様、“交ざっているのか”……ッ!」

 

彼の瞳から見えた、人の気配と獣の気配。二つの特性が”一つに交ざり合っている”。人の技と、獣の反応速度――それらが”同時”に現れているとようやく理解できたのだ。

 

交ざっていると言っても、それは感覚的な話――獣(陰)と人(陽)、別々のものが交じり合う事で、新たな段階へとたどり着いたのだ。

 

「それに痛みも感じていないな……!」

 

しかもそれだけではない。あれだけの傷を負いながらこの動き、本来であれば肉体は限界を超え、戦うことは愚か動くことすら困難なほどに負傷している。なのに、これほどまでに彼は激しい戦闘機動を行っている。

 

地下道で戦ったヤクザの大男と同じで、“精神が肉体を凌駕している”のだ。限界を超えて悲鳴を上げる肉体を、強靱な精神力で動かしていた。今の彼は、例えどれほどの激痛を感じようと、それを痛いと思わない。

 

 

 

 

 

「それに痛みも感じていないな……!」

 

驚愕に染まったネモの指摘は、かつてないほどクリアになったエルガの頭にすんなりと入ってくる。痛み――確かに、不気味なほど痛みを感じていない。現に起き上がる前は、痛みのあまりのたうち回りそうになっていたほどなのだ。

 

「―――――ッ!!」

 

だが彼の問いかけに答える余裕はなかった。全身の血が煮えたぎるように熱く、かと思えば凍えるほどに冷たい。目の前の光景が妙にクリアに見える、かと思えば視界が一瞬暗転する。気を緩めれば一瞬で意識が飛んでしまう綱渡りじみた状況にある中で、悠長におしゃべりに興じることは出来なかった。

 

――けど、今の俺なら……!!――

 

――ガアァァァァァッ!!――

 

彼の内に潜む”獣”の咆哮を聞きながら、エルガは短槍を構え直す。左腕に力が入らない――深い傷を負ったにも関わらず、獣特有の三つ足歩法によってさらに負担をかけた結果、出血量が増加したことによって握力がなくなっているのだ。

 

精神が肉体を凌駕している状態であっても、”物理的”に動かなくなってしまってはどうしようもないのだろう。だが槍に添えるだけでも充分意味はある。

 

「龍牙槍!!」

 

途切れそうな意識を保つために、使い慣れた技の名を叫びながらネモの元へとかけ出すエルガ。ようやく彼から奪い取った戦闘の主導権、それを生かすためにエルガの方から仕掛けていく。

 

――ガアァァァァッ!!――

 

――そうだな、多分それが良い――

 

咆哮越しに伝わってくる獣の意思に、エルガは内心頷く。ネモと戦うには、獣が得意とする一撃離脱戦法が良いだろう。間合いを詰めて彼と斬り合いを演じたところで、剣の腕では彼が数段上なのだ。呆気なく打ちのめされる光景しか思い浮かばない。

 

――これが、お前が見ていた景色なのか――

 

獣の反応速度と感覚によって妙に間延びした景色の中では、ネモの動きすらやや緩やかになっている。獣の反応速度によってもたらされる感覚は、周囲の時間の流れが遅くなったように感じさせるほど速いようだ。

 

「――そう何度も……!」

 

なるほど、これであの動きをしていれば、人扱いして貰えないのは当然だなと冷めた瞳で納得する。繰り出した龍牙槍に対し、ネモは逆に一歩踏み込み、体を回転させた。龍牙槍の一撃目を回避した彼を捉えつつ、エルガはぞくりと感じた嫌な予感に従って槍を引き戻し――

 

「――………ちぃっ!」

 

回転することで突進突きを交わしたネモは、それによって生じた遠心力を乗せた回転斬りをエルガに叩き込もうとする。が、その一撃は短槍の穂先が受け止めていた。龍牙槍は何度も繰り出された技故に、返し技もとっくに思いついていたのだろう。――だがその返し技も、獣の反応速度を得たエルガには届かなかった。

 

彼の舌打ちを耳にしながら、受け止めた剣を押しやって弾き、後方に飛び退いた直後、再び槍を構えて突撃する。かけ出す最中ネモと視線が交差し――再び感じたより大きな嫌な予感、それに従ってエルガは短槍を地面に突き刺し、その反発力を利用して棒高跳びの如く飛び上がる。

 

「――――お前、まさか”先読み”も……!?」

 

直後、彼がいた場所に無数の斬撃が発生した。無仭の刃――高めた剣気による斬撃を“棒高跳び”で躱した彼に、ネモは二度目の驚愕を浮かべて見上げてくる。

 

先程からこちらの攻撃を防ぎ、躱してくる――まるでネモの動きを“先読み”していたかのような行動きから、動きを読まれている事を彼は悟ったのだろう。だが生憎、先読みではなかった。

 

動きを読んでいるわけではなく、全て”勘”――獣が持つ”野生の勘”とも言える感覚だ。それを発揮して危険な場所から逃れているに過ぎない。ノーモーションで放ってくる無仭の刃を回避できたのもその辺りが大きい。

 

「――アアァァァァァッ!!」

 

空高く飛び上がった彼は、落下しながら短槍を振り下ろし、自重と落下の勢いを乗せた振り下ろしを彼目掛けて放っていく。あまりにも見え透いた一撃、例え先読みを使わずともネモであればあっさりと躱し、反撃を叩き込んでみせるだろう。

 

「――……ッ! これが……!」

 

――だがそう簡単には行かない。最小限の動きで回避しようと動いた途端、振り下ろしも微妙に軌道を変えてくる。大きく距離を取らない限り、逃がさないとばかりに追従してくる穂先を、最小限の動きで躱すなど不可能であった。

 

左腕で長剣の剣腹を支え、両手で振り下ろしを受け止めるネモ。その一撃は、猟兵として鍛え上げた彼の肉体が軋みを上げるほどの重さを持っていた。

 

これが獣と人が交ざった強さ――裂空斬は、左腕の代わりに短槍を使った三つ足機動で回避。

 

二重の嵐は一瞬の交差を、獣の反応速度と動き、そして“武術の知識”からなる読みで回避と反撃を同時に行って対処。

 

切り札の一つたる無心は先読みか、それとも別の何かによって攻撃を予測し、正確な回避を行ってくる。それもただ避けるだけではなく、”反撃へと繋がる”ように。

 

先程獣と戦ったときに指摘した、「反応速度に思考が追いつかず、本能で動いている」という弱点が見事に克服されている。さらに人と獣の特性が良い具合にかみ合って、戦闘力を何倍にも引き上げて来た動きに、顰めっ面だったはずが知らず内に口角がつり上がっていく。

 

渾身の一撃を受け止められたものの、地面に着地したエルガは大きく槍を振り抜いて周囲を薙ぎ払ってくる。彼の予想以上に重い一撃に、体勢を崩しかけていたネモはすぐには動けず、その一撃をもろに喰らうこととなってしまった。

 

「………ッ……!!」

 

呻き声のような何かを漏らしつつ、大きく吹き飛ばされたネモだが、何とか転倒を避けられた。しかしそこで大きく体勢を崩してしまい――ようやく生まれた、誰の目から見ても明らかな”隙”――それを見逃すエルガと”獣”ではない。

 

「アアァァァァァッ!!」

 

”一人と一匹”は大きく咆哮を張り上げ、彼の隙を突こうと獣牙疾走の構えを取った。そのまま駆け出し、彼の体を貫こうと突進して――突如感じた強大な気迫に、エルガは目を見開いた。

 

「――ッ!!」

 

ネモの間合いに入る直前で感じた嫌な予感、もはや未来予知じみた野生の勘に従って距離を取る。――ネモの剣気による無仭の刃が、エルガがいた場所を斬り裂いた。

 

「――――っ」

 

床に走る切れ込みを見て、エルガの動きは固まった。走った切れ込みと切り口は深く鋭く――“床の向こう側にある星々が見えていた”。剣気という名の気迫が、厚みのある床を抜いたのである。

 

(――今の無仭の刃……喰らうどころか、触れただけで……ッ!!)

 

先程放たれた強大な剣気が引き起こしたのだろう。もし今のを喰らっていたらと思うとぞっとする。おそらく掠っただけでも、そう簡単には治らない傷を負うことになるだろう。切り抜かれた床から、それを成し遂げた本人へ視線を向けると、

 

 

――鬼神怨嗟――

 

 

「――良いだろう、今のお前に手加減など不要だ。”全力”で相手をしてやる」

 

「………っ!」

 

体勢を立て直し、ゆっくりと立ち上がるネモの体から放出される莫大な闘気。それだけで後退させられそうになるほど練り上げられ、高められ、物理的圧迫感すら感じる黒き闘気から、言葉通り彼が”全力”になったことを否応なしに突きつけられる。

 

――”本気”と”全力”は似ているが違う意味を持っている。本気とは真剣に、自身が今出せる力を持って行うことを言い、全力とは文字通り己の全ての力――それこそ、”使いたくない”と思っている力すら引き出して行うことを言う。

 

その意味で、今まで全力ではなかったということは――改めて彼と自分との実力差を思い知ることとなる。隠し持っていた牙をついにさらけ出した夜叉に、獣の持つ危険察知が盛大に警報を鳴らしていた。

 

あれば不味い、どうあがいても勝てやしない。逃げろ、逃げろ、と。震えそうになる足と、今すぐ逃げ出せと叫ぶ本能を、“エルガと獣”は必死になって押さえつけ――

 

 

 

 

 

『それで、”解”は見つかったか、黒夜叉……いや、”修羅”よ』

 

『あぁ。何のことはない、”解”はスタート地点にあったんだよ。全く、とんだ遠回りをしてしまった……だから悪いが俺は……お前等の仲間にはならない』

 

『――そうか、それは残念だ。ならば……受けてみよ、”剣帝”の一撃を』

 

脳裏に浮かび上がるのは一年前の出来事。”復讐”という炎を燃やし続ける必要がなくなり、灰となっていた自分が今の仲間達と出会った一件。ノア号を建造した秘密結社のエージェントからのスカウトを断ったときだ。

 

これから放とうとしているのは、その会話の直後に戦った、象牙色のコートを纏った、銀髪で左利きの剣士の時以来の大技――“絶技”に至った一撃。

 

今の短槍使いでは回避も迎撃も行えないだろう。練り上げ、高めていく黒き闘気が長剣に集い、そのあまりの闘気の“濃さ”に刀身が光り輝いていく。――実際には圧縮された剣気によって、刀身周辺の“光の屈折率”が変化したために光り輝いたように見えるだけだが、それが分かるものなどこの場には誰一人いない。

 

さらにネモを中心に、ぴしりぴしりと小さく薄い傷が床に広がっていく。剣気が生じさせた無仭の刃だが、それは刀身から溢れてしまった“余波”に過ぎない。逆に、ただの余波でこれならば――

 

 

 

 

「…………ッ!!」

 

――奴が放とうとしている絶技は、おそらく数ヶ月前に師匠が戦った、人をやめたと言っても差し支えのない強さを誇る”聖女”の大技に匹敵しかねない。そんな技に対し、剣気の余波によって身動き出来ず回避が不能となれば、対処できる手など一つしかない。真っ正面からの迎撃――幸いそれが出来るであろう技を、エルガは一つだけ知っていた。

 

師である天槍ジルヴィアが編み出した”奥義”。そして聖女の大技と打ち合い、彼女から明確な一本を取った代償に、槍を真っ二つに折った技でもある。幸い奥義の型については叩き込まれているし、聖女の戦いで実際に目撃した。しかし問題が一つ。それは――

 

(”一度も撃てたことがない”って事ぐらいだ……!!)

 

致命的な問題――何か別の要因があるのか、それとも彼の闘気が足りないのかは分からないが、今の今まで成功したためしがない。しかしこの状況、頼れるのは奥義しかなかった。

 

短槍を背中側に持ってくるほど大きく振りかぶる構えを取った。奥義はジルヴィアの技の中では珍しく”爪”に分類され――つまり斬撃から始まる技であった。そして彼もまた自らの闘気を高めていく。短槍を構えたのを見て、より一層無表情になり左目を閉ざしたネモが淡々と呟く。

 

「――迎え撃つつもりか。手加減が出来ない、受け損なえば死ぬぞ」

 

「……わかってる――それでも、俺は逃げない。強いアンタを倒すためには、多分これしかないから……!」

 

実際は逃げないのではなく逃げられないが正しいが、それを指摘したところでどうにかなる問題ではない。それに自棄になって迎撃しようという考えに至ったのではなく、これしか方法がないから迎撃するという考えに至ったのだ。だから後は、迎撃できるように全力を尽くすしかない。

 

ネモは無表情のまま、どこか期待するような色が交ざった声音で告げてくる。

 

「―――――見せてみろ、お前の可能性を……!!」

 

「―――……っつぅ………クソッ……!」

 

そう告げたのを契機に、目の前で掲げていた長剣を振り上げ、エルガ目掛けて突っ込んでくるネモ。彼が近づくにつれて余波である無仭の刃の重みが増していき、より一層満足に動けない――どころか、無仭の刃によって傷ついていく。

 

なるほど、こうやって相手の動きを鈍らせるのか、などと分析しつつそれでも気を伺う。相手を間合いにおさめた瞬間、エルガは先に奥義を振るおうと踏み込もうとして――

 

(っ――しまっ……!?)

 

しかし踏み込もうとしたその瞬間を狙っていたのか、無仭の刃がエルガの足を襲い僅かに踏み込みが遅れ――先に技を放ったのは、ネモであった。

 

「行くぞ――“斬る”ことを極めようとしてたどり着いた、“空”を斬り裂く一刀」

 

 

――絶技・空我――

 

 

“空”の境地にたどり着いた、全てを斬り裂く“空の魔剣”。槍が触れた瞬間、粉みじんになりそうな一撃に、エルガは為す術もなく、死を予感する。

 

(これ、死……)

 

死ぬと、そう思いかけたエルガの脳裏に様々なものが浮かんでは消えていく。師匠の言葉、仲間達の声、ナギサの助けを求める思い――そして。

 

 

『――生きて、エルガ』

 

『貴方は今までずっと苦しい思いをしてきた。大変な目に遭ってきた。でもその分、これからきっと、楽しいことや嬉しいことが待っている』

 

『――それでいつか、貴方にもやりたいことが、やらなくちゃならないって言えることが、いつか必ず出来る……っ!』

 

『だからどうか……っ! どうか……! それが見つかるまで……』

 

『――生きなきゃダメなの……!』

 

 

――最後に思い出したのは、猟兵の魔の手からエルガを救うために庇ってくれた少女の、リーゼの言葉――遺言であった。猟兵によって傷を負い、苦しそうに、それでも生きて欲しいと願ってくれた彼女の言葉に、エルガは目を見開いた。

 

 

――俺は……まだ……――

 

 

「――――アアァァァァァァァァァッ!!!」

 

ようやく芽生えた、生きたい、という欲求、願いを乗せて、彼は踏み損なった一歩を、もう一度踏み込んで――

 

 

――奥義・天龍槍――

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

すれ違うその一瞬、互いに奥義と絶技を打ち合い、得物を振り切ったまま背中合わせとなって残心する二人。先に残心を解いたのは――というよりも、残心を維持できず、崩れ落ちたのはエルガであった。跪き、槍を支えに何とか転倒を免れる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

息も絶え絶えな様子で一向に立ち上がる様子を見せない。一方のネモは、静かに残心を解き得物も下ろして、振り返らずに背後にいる短槍使いへ語りかけた。

 

「――誇るがいい。……それが手向けだ」

 

「――なっ……!」

 

あまりにも落ち着き、そして穏やかで満足そうな声音に、エルガは驚愕の表情を浮かべて後ろを振り返る。――その手から得物である長剣が滑り落ち、それに続くように俯せに倒れていくネモの姿があった。

 

 

 

 

「……勝った……の……?」

 

互いに大技を打ち合い、片方は今にも倒れそうになって、もう片方は俯せに崩れ負っていく様子をじっと見守り続けたナギサは、恐る恐る口を開いた。一瞬たりとも目を離せない戦い、というのは今のようなものを指すのだろうなと感じながら、エルガのことをじっと見つめ続けていた。

 

「ハァ……ハァ……―――――」

 

呼吸を整えながら何か小さく呟いた後、彼は短槍を杖代わりに立ち上がり、弱々しい足取りでこちらに近づいてくる。出血が激しく、血まみれになった状態で近づいてくる彼は、数歩ほど歩み寄った後、がくりと膝をつく。

 

「エルガッ!?」

 

膝を突いたと思ったらより激しく腹部から出血しだしたのを見て、思わず彼の名を叫び玉座から飛び降りるように立ち上がった。

 

(―――えっ?)

 

――彼らの戦闘中玉座から立ち上がることは愚か、身動きすら出来なかったのに、今は軽々と動くことが出来た。さらに側に控えていたロゼリアの姿もいつの間にか見当たらず、そのことに疑問と戸惑いを覚えたのものの、一度それを置いておき、すぐさま彼の元へ駆け寄っていく。

 

「エルガ、大丈夫!?」

 

「……これが、大丈夫に、見えるか……?」

 

「待ってて、今手当てするから……ッ!!」

 

相当な苦痛を味わっているのだろう、苦しそうに途切れ途切れに告げてくる彼に、ナギサは慌てて巫術と治癒系統のアーツを併用して傷を癒やそうとする。彼女の体が青白い光を放ち、さらに駆動させたアーツによって傷を治癒していく彼女を見ながら、エルガは申し訳なさそうに呟いた。

 

「悪い……」

 

「良いから、じっとしてて……! これぐらい何度でもしてあげるから……!」

 

「いや、手当ての事じゃなくて……地下道の時……お前を……助けられなくて……」

 

「――――」

 

言われ、ぴたりとナギサの手が止まる。顔を持ち上げてエルガを見やると、彼は本当に申し訳なさそうに瞳を俯かせていた。

 

「お前に、辛い思い……させちまったなぁ、って……」

 

「そ、そんなこと、ない! むしろ謝らなきゃ行けないのは私の方で……っ! あ、そ、それも、ちがくて……っ!」

 

――言いたいことが山のように溢れてきた。けれど助けられたこと、エルガの傷の具合が少し危ないこと、そして彼からの謝罪――色々なことが重なり合って気が動転し、一番伝えたい言葉が迷子になっていた。

 

「あ、あの……あのとき、私を……っ!」

 

――伝えたいのは、謝罪の言葉じゃなくて。自身を落ちつかせるようにそこで息を吐き出し、座り込んだエルガの手を取って握りしめた。手を取られた彼は微かに嫌がる素振りを見せて、

 

「……ナギサ、今、血がひどいから……」

 

「関係ない!」

 

手が汚れるからか、逃げようとする彼の手を強引に取ってより強く握りしめる。迷子になっていた伝えたい言葉が、そうすることで見つかるとでも言うように。

 

「――エルガ、あの……私を……私、を……!!」

 

――私は彼に、「助けて」と言った。そして彼はその言葉通り、自分を助け出してくれた。なら、伝えたい言葉なんて決まっている。きっと多くの人が、謝罪よりも聞きたい言葉――それをようやく見つけ出して、ナギサは目に涙を浮かべてエルガの顔をまっすぐ見据えた。

 

「私を……助けてくれて、ありがとう……!!」

 

「――――――」

 

涙を流しながら言われた言葉を即座に理解できなかったのか、エルガは目を瞬かせてぽかんとした表情を浮かべていた。やがてじんわりと感謝の気持ちが伝わっていくかのように、彼は穏やかな表情を浮かべていく。

 

――その言葉が欲しくて。誰かにそう言って貰いたくて、彼は槍を振るってきた。誰かを助け、救うために槍を振るうと決めた思いが、ようやく実を結んだように感じて、胸の内に飛来する達成感と充実感を噛みしめていた。

 

(……言われて、ようやく分かるものなんだな、こう言うのって……)

 

今まで掲げてきた思いと誓いを果たすことが出来たことに対する喜びもある。だがそれを除いても、「ありがとう」と言われたことが、ただ純粋に嬉しかった。

 

師匠の言葉が蘇る。ただの人間では誰かを助けること、救うことは出来ず、ただ守ることしか出来ない。そして時には、守ることすら出来ずにその手からこぼれ落ちてしまう――そう言っていた本人が、あれほどまでに民間人を守護する「遊撃士」という職に拘っているのかが、少しだけ理解できた。

 

――リーゼ姉ちゃん、やったよ、俺。こんな俺でも、ナギサを……誰かを守ることが出来たんだ――

 

お礼を伝えるためにぎゅっと握りしめてくれたナギサの手を握り返して、エルガはそっと目を瞑るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――実は私、『その後みんな幸せに暮らしました』なんて終わり方をするハッピーエンドが大ッ嫌いでして」

 

「っ! ロゼリア―――」

 

後方から聞こえてきた聞き覚えのある女性の声に、エルガは閉じかけた瞳を開いて振り返ろうとする。そうだ、まだ終わっていない。ナギサを攫おうとした張本人であり、そしてこの異界に深く関わるであろう人物が残っていて――グサッと胸に衝撃が走った。

 

「―――な……に……?」

 

「――だから、壊してしまいたくなるのですよ?」

 

――胸部に走る痛みと感触に、振り返ろうとしていたエルガは動きを止め、恐る恐るそれを見やった。彼の目に映り込んできたのは、自身の胸に突き刺さった短剣と、それを握りしめる“ナギサの姿”――

 

 

「――――ぇ……」

 

胸に突き刺さった短剣を、ナギサは訳が分からないと言わんばかりの瞳で眺めていた。だが幾ら眺めても現実が変わるわけもなく――胸を刺されたエルガは俯き、小さく何かを呟きながら倒れ込む。

 

「――――やってくれるよ、あの魔女……」

 

――ナギサの体から滲み出るように顕れた瘴気――“呪い”を見て察しがついた。しかし分かっていても、助けたはずの少女から刺されるというのは――かなり来るものがあるなと思いながら、徐々に視界がぼやけていくのだった。

 

「――え、エルガ……? エルガ? うそ……嘘だよね、エルガ?」

 

倒れ込んだエルガの体を揺さぶりながら、ナギサは信じられないものを見たと言わんばかりに呟きを溢していく。だがどれほど彼の体を揺らしても、目の前の光景と、先程の出来事は変わらない。

 

「あ、あぁ………わた、私………私…………っ!!」

 

認めたくない現実、しかし受け入れなければならない。目の前にかざした、血で真っ赤に染まった両手は、徐々に震えが大きくなっていく。なんてことを――なんてことをしてしまったのだろう。助けてくれた人を、大切な人を、まさか“自分の手で殺めてしまう”なんて!

 

「あ、あぁ………ああぁぁぁぁぁっ…………!」

 

――掴みかけていた希望を、よりにもよって”自分の手で”壊してしまった衝撃は計り知れず――ナギサの胸で膨らんでいく“絶望”は、彼女に染みついていた“呪い”をより強固なものにしていき――

 

『いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――!!!』

 

彼女の心に、罅が入り始めた。その様子を、姿を消して違うところから眺めていた還魂の魔女ロゼリア・リッチネルドは満足そうに見やりながら、

 

「――少女を救おうと戦い続けた英雄は、救ったはずの少女に胸を貫かれる。まさに英雄譚の最後を飾るに相応しい、”悲劇的”な幕引きですわね」

 

――愉しそうに見やりながら、一人愉悦に浸っているのだった。

 




決着がついたと思ったのもつかの間、胸を刺されてしまったエルガ。

恩人を刺してしまい、絶望にうちひしがれるナギサ。

それらを見て、ワインが美味しいとばかりに呷るロゼリア。(イメージ)
  1. 目次
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