英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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ダルテ
「でも私は、悲劇で終わる英雄譚は嫌いだね」


5-10 舞い降りる者達

 

「ハァ……ハァ……くそ、面倒だなこいつ等……」

 

月魂の回廊、その入口たる門の側で戦闘を行っていたレオンは、呼吸を整えつつ拳を握りしめる。彼の目の前にいるのは空賊団の団員達は、これまでの戦闘の激しさを物語るかのように、身に付けている鎧がひしゃげ、吹き飛んでいる。中にはバイザーも吹き飛び、頬に殴られた痕すら付けた者もいた。

 

本来であれば気絶しているであろうダメージを受けて、それでも倒れない彼らに、レオンやグロードも疲労を感じていた。何度打ち倒しても、まるで糸で操られた人形のように、不気味かつぎこちない動きで立ち上がってくるのだ。

 

まるで痛みを感じていない――文字通り“操り人形”と化している彼らを見て、例の魔女への怒りが募っていく。

 

「一体何度倒せばええねぇん。わいも疲れてきたわぁ……」

 

「そうは言いつつ、まだまだ余裕そうじゃねぇかグロードの兄さん。ブレイツ最強組の呼び名は伊達じゃねぇな」

 

「獅子ちゃんにそう言って貰えるのは嬉しいのぉ。まぁわいはまだいいんやが……」

 

隣に立つグロードはちらりと、背後で息も絶え絶えな部下達を見やる。まだ戦えるだろうが、これ以上無理をさせると本気で死人が出かねない。舌打ちを放ちつつ、この状況をどう乗り切るか――

 

「――獅子ちゃん、もう”脅し”は通用せんとした方がええんちゃう?」

 

「……どういう意味だ」

 

「惚けんな。あの嬢ちゃんの”親”になったから”汚れたくない”っつう思いは、まぁわからんではない。……が」

 

大型の散弾銃を肩に担ついだグロードは分かっていて惚けるレオンの胸ぐらを掴み上げ、鋭い視線で睨み付ける。――彼が何を言いたいのか、レオンもわかっている。そして、ブレイツロック四代目として、それを言わなければならないと言うことも。

 

「――そろそろ、覚悟しろや。わいらは元々、”汚れている人間”や。今更”赤汚れ”が一つ二つ増えた程度、大したかわりやしいひんやろうがい」

 

「…………」

 

「わいらが”守らなきゃならないもの”……それを間違えたらアカンで、四代目」

 

突きつけられる現実に、レオンの表情に陰りが生まれる。――グロードの言うとおりだ。今の自分達が守らなければならないのはあくまでブレイツロックの組員。それを守るために、俺は――握りしめた拳を開いて、胸ぐらを掴み上げるグロードをそっと引きはがす。

 

「――わかっているさ、グロードの兄さん。だが、俺には俺のやり方がある」

 

「…………」

 

「だからここは、俺の我が儘を貫かせて貰う。殺すなよ、あいつ等を」

 

――だとしても、その一線を越えるのは避けるべきだ。再び極道に戻った身であるが、それだけは譲れなかった。それに彼らは――否、彼らの仲間である仮面の剣士は、きっと――

 

「――それでこそや、獅子ちゃん」

 

レオンの変わらない指示に、厳しい表情を浮かべていたグロードはニィッと口の端をつり上げて笑みを浮かべていく。こんな状況でも自分を曲げようとしない四代目に、グロードはそれもまたよしとばかりに、実に楽しそうに覚悟を決めて。

 

「ほんなら、もういっちょやらせて貰うでぇ~!!」

 

「あぁ――お前達も頼むぞ!」

 

それぞれ散弾銃と拳を構える二人。背後のビッグスロープの組員にそう呼び掛け――思わぬ所から返答が返ってきた。

 

 

「――わかりました。各員散開、戦闘準備!」

 

 

「は?」

 

「ん?」

 

「何?」

 

二人は当然、グロードの信も厚い例の鉄製仕込み番傘を持った大男すら、その返答に困惑を隠せなかった。今の聞き覚えのある女性の声は、確か“鉄道憲兵隊”の――

 

「狙いは空賊団! ”民間人”への誤射は厳罰に処します! 一斉射、開始!!」

 

女性士官の号令と共に、いつの間にか”門”から異界へと足を踏み入れていたTMPの一小隊が構えていたライフルを斉射する。空賊団達は突然の襲撃にも関わらず、すぐさま飛び退いて距離を取り、ノア号を遮蔽物にして身を隠した。

 

一方、彼らから民間人扱いされたブレイツロックの面々は困惑を隠せず、グロードは眉根を寄せて四代目に詰め寄った。

 

「……どういうことや? 何でTMPなんぞがこないなとこに……」

 

「俺が知るか。ダーゼフの旦那の差し金……というわけではなさそうだが」

 

唐突に顕れた援軍――なのだろう、彼らの援護に困惑する中、例の女性士官――クレア・リーヴェルト少尉が導力拳銃片手にこちらに近づいてくる。彼女はすました表情を浮かべつつも、どこかホッとしたように息を吐き出しながら、

 

「どうやら間に合ったようですね」

 

「――お前達なぜここに? 空賊団の追跡部隊はもう二、三日かかると聞いたが」

 

「えぇ。ですが追跡部隊は正規軍……主に機甲師団で編成され、我々鉄道憲兵隊のような新設部隊は組み込まれていません」

 

「……ちゅーことは、追跡部隊やないってことか? なら余計になぜ、やろ? 空賊団の一件、お前等の手から離れたはずやし」

 

疑念を浮かべて問いかけるものの、クレアは真面目な表情を浮かべたまま、ここに来た理由を口にする。

 

「いえ、空賊団とは別の案件でして。アイゼンガルド連峰に”不審な飛行船”が飛んでいったのを目撃したとの情報を得まして、その調査に来たところです」

 

「……不審な飛行船……」

 

一瞬、空賊団の飛行船であるノア号のことかと思うものの、こちらには例の光学迷彩が施されている。遠くから肉眼で発見するのは難しいだろう。――となると――嫌な予感を覚え、レオンはちらりとグロードを見やった。彼も察したのだろう、一瞬目を瞬かせ、口笛を吹いた。

 

アイゼンガルド連峰までの足に使った、違法改造された飛行船――話を変えるとばかりに、レオンは彼女に向かって、

 

「だとしても、ここは鉄道が引かれていない。お前達の領分じゃないだろうに」

 

「えぇ。ですから、宰相閣下に特別に許可を頂きました」

 

「………鉄血宰相殿か」

 

どうやら正当な手段を踏んで、半ば強引にこの場所に駆けつけたらしい。その行動力に舌を巻きながらも彼女の狙いがわからず、レオンはさらに眉根を寄せた。

 

「なぜそこまで……」

 

「……私にも少し狙いがありまして。それに――“緋色の空”を思い出した以上、ナギサさんをここで失うわけにはいかないのです」

 

「――お前……」

 

そこで一度区切りを入れたクレアは、後半部分をレオンだけに向けて小さく囁く。その内容に彼は瞳を瞬かせた。クレアも緋色の空を覚えていたわけではない。しかし大地震の事故処理を行うに辺り、どうにも不自然な点が散見され、それらを結びつけ紐解いていく内に思い出したのだ。

 

――だからこそ、何としてもナギサを助け出さなくてはならなかった。それに恩人――鉄血宰相から課された”課題”もある。秘密を共有するもの同士の視線が交差する中、何かを悟ったグロードはわけ分からんとばかりに首を傾げつつ、

 

「……まあええで。それより獅子ちゃん、行きや!」

 

「グロードの兄さん?」

 

ドンと行きなり肩を押されたレオンは瞳を瞬かせてグロードを見やる。彼はニィッと笑みを浮かべながら回廊の奥――遊撃士達が去って行った方向へ顎をしゃくりながら、

 

「わかってるんやでぇ。あの短槍使いの坊主のこと、気にかけているって事」

 

「………」

 

「行きや。ここはわいらと憲兵隊で抑える」

 

「――そういうことですか。わかりました、行って下さい、レオンさん」

 

「……すまん、恩に着る!」

 

短い会話から遊撃士達の行方を察したのだろう、クレアも頷きながらレオンを促してくれた。迷いを見せるも一瞬、彼はありがたそうに頷きながら踵を返して回廊の最奥へとかけ出していくのだった。

 

 

 ~~~~~

 

「ハァ……ハァ……」

 

導力エネルギーを纏ったレイピアの一閃がガルドを捉え、初老の猟兵は仰向けに倒れていく。その手からライフルと強化ブレードを手放し、ようやく地に伏した猟兵を見下ろしながらアニーは呼吸を整える。

 

「……まだ、立ち上がりますか……?」

 

「……いや、もう充分だ。礼を言うぜお嬢さん……ようやく意識が戻った」

 

アニーの恐る恐る問いかけると、弱々しくもしっかしとした呟きを漏らしながら、ガルドは答えた。――彼らとの戦闘によってその身にかけられていた”呪い”が弱まったのだろう、意識を取り戻したガルドだが、戦闘によるダメージまでもが帳消しになるわけではなく、立ち上がるには至らなかった。

 

「…………」

 

呼吸を整えながらも、先程まで続いた苦戦からかアニーは彼に対する警戒を解こうとはしない。一応彼から痛打を取ったとは言え、それだって意識を取り戻しかけたガルドが必死に呪いに抗い、動きが鈍ったからこそ取れたものなのだ。

 

ちなみに一緒に戦っていたトヴァルはアニーを庇って戦闘不能に陥っていた。今は広場の端の方で大の字になって横たわっている。

 

「そう警戒するな、本当に動かんよ。それより大佐……団長はどうなっている?」

 

「――――まだ戦っています。………っ」

 

にじり寄る彼女に苦笑しつつも、無理矢理体を動かされた代償か、疲労が凄まじいようで、視線を動かすことすら億劫な様子。まだ続いている戦闘の様子を尋ねると、アニーはちらりと視線をそちらに向け、やや厳しい表情を浮かべる。どうやら団長――ゾルダの方が優勢なようだ。

 

「そうかい。……なら、お嬢さんだけでも、短槍使いの坊主の加勢に行ってやれ」

 

「え……?」

 

ガルドの思いがけない言葉に、アニーは瞳を瞬かせて地に伏した彼を見下ろす。初老の猟兵は、穏やかな笑みを浮かべつつ、

 

「あの魔女は、俺達に”短槍使い以外を足止めしろ”って命令を受けていた」

 

「エルガ君以外を足止め……? それ、どういう……」

 

「短槍使いを通せって事だろうな。だから俺は、奴を最奥へ繋がる通路へ押し込んだ」

 

「…………っ!」

 

ガルドの説明に瞳を見開かせるアニー。魔女の命令の意図を察したのだろう、彼女はぐっと拳を握りしめると、ガルドによってダウンさせられていたトヴァルに一声かけて最奥へと向かって行く。

 

「ごめんなさい、トヴァル先輩! あと頼みます!」

 

「いや待てアニー、一人じゃ……!」

 

走り出した彼女を引き留めることも出来ず、トヴァルは走り去っていくアニーの後ろ姿を見送るしか出来ず――通路に向かってかけ出した彼女を追跡するかのように、“鬼”が猛スピードで後を追い――

 

「アニー、後ろだ!!」

 

「え?」

 

トヴァルの声が届きアニーは足を止めて振り返り、彼女の視界に剣を振り上げた鬼が映り込む。突然のことに呆然とした彼女は、振り下ろされる強化ブレードを見つめ続けることしか出来ず――

 

「――教え子を放置してそっちに行くなんてね。少し妬けちゃうわね……!!」

 

――猛追してきたサラが、がら空きとなったの鬼の背に容赦なく斬撃を叩き込む。背後からの強襲に鬼――ゾルダ・ヴァリウスは体勢を崩してしまいアニーに向けて放った一刀は明後日の方向に打ち込まれる。

 

「さ、サラ……!?」

 

「ガルドさんを倒したみたいね! やるじゃないの……っ、のぉ……っ!!」

 

「北の猟兵」でも上位に食い込む実力者だったガルドを、二人がかりとは言え打ち倒した彼女を賞賛するのもつかの間、サラは振り返りながら反撃とばかりに突き出した銃剣をいなしつつ、彼と斬り結び、その場から離れていく。

 

「――どうやら、私達が最奥に向かおうとするのは何としてでも阻止しようとするみたいですね。そういう風に暗示を受けてしまっているからでしょうが……」

 

「ダーゼフさん、その傷……!」

 

左腕に負った傷を抑えながら、足を引きずるように近づいてきたダーゼフの容態に目を見開く。重傷を負っている彼に慌てて近寄ろうとするが、好々爺はそれを片手を上げて制止させ、

 

「私のことはお構いなく。それより、残っている空賊団は団長である彼と、最奥にいるであろう副長だけです。この場は私とサラ君で抑えますので、アニー君はエルガの助けをお願いします」

 

「で、でも……!」

 

エルガ一人だけが最奥へ向かって行った――というよりも、向かうように誘導されたのはダーゼフも知っている。最奥で待ち受けているのは副長ネモと魔女であり、エルガ一人でどうにか出来る相手ではない。

 

――だが意外なことに“持ちこたえている”ようだ。先程、一瞬垣間見えた映像と流れてきた彼の思い――何らかの影響で“繋がった”かのような感覚が、ダーゼフに確信を抱かせた。

 

だがそれも限界だろう。繋がったときに垣間見えたのは、“獣”に墜ちてなお容易く地に伏せた彼の姿。

 

「本当は私が行きたいのですが……この傷では、もう足手まといでしょう」

 

二刀から一刀に減った刀を構えながらダーゼフはゾルダを見据え、今更ながら己の衰えを痛感する。数年前であれば、一人でもゾルダを止めることが出来たのだろうが、今ではそれも難しい。

 

「全く……歳は取りたくないものですね……。アニー君、彼を……エルガとナギサさんを頼みます。彼らの助けになって下さい」

 

「で、でも………」

 

「こちらは大丈夫です。何せ頼もしい”助っ人”が、そろそろう来る頃合いですから」

 

「助っ人?」

 

なおも言いつのろうとする彼女を諭すように笑みを浮かべて、ダーゼフは一人戦うサラの援護をするために、言葉を残してかけだした。

 

「――アレを、”誰の弟子”だと思っているんですか?」

 

 

 ~~~~~

 

『いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――!!!』

 

最奥に響き渡る少女の叫び。助けてくれた恩人を自身の手で殺めてしまったという事実は、彼女の心に絶望をもたらした。どこか痛ましさすら含む少女の絶叫を、心地良く耳にしながらロゼリアは上機嫌な様子でナギサに歩み寄る。

 

(これでだいたいは筋書き通り……まぁネモ殿やゾルダ殿のように思い通りにならない方達は多かったですが)

 

むしろ思い通りにならない、想定通りの動きをしない彼らは、それはそれで楽しく見ていたが。しかしあのネモを相手して、短槍使いが勝利を収めるのは完全に予想外だった。

 

(本当はネモ殿が、巫女様の目の前で短槍使いを殺める手はずだったのですが……むしろこの方が効果的でしたわね)

 

その時は流石に焦ったものの、ナギサの身に染みこんだ呪いを通して、彼女の体を操れることに気づいた時に余裕を取り戻せた。むしろこうすれば良かったのではないかとすら思えるほどに。

 

おかげで面白いものが見れそうだ、とばかりに口の端に笑みを浮かべるロゼリア。――もしネモやゾルダがこの場にいれば、魔女の手練手管に激しく嫌悪感を抱いたことだろう。他者が不幸を、絶望を味わうその時にのみ彼女は愉悦を覚える。

 

すっかり自己の感情が希薄になってしまった(完全になくなったわけではない)彼女だが、他者が苦しむ様を見るときにのみ、強い感情を抱けるのだ。故に意図しなくとも、無意識のうちに相手が苦しむであろう行動を選択してしまう。空賊団達が彼女の女狐、性悪女と呼称していたのも納得だろう。

 

(さて、では最後の仕上げと行きましょうか)

 

嫌らしい笑みを浮かべながら、ロゼリアは顔を押さえて蹲るナギサの元へ歩み寄っていく。

 

「いやだ……いやだ、私……っ私………!」

 

譫言のように呟きながら現実を受け入れずにいる彼女を楽しげに見下ろした後、ロゼリアは腰を下ろしてナギサの肩にそっと手を置いた。――面白いほどびくりと反応した彼女に、優しく、同情するような声音を出しながら、

 

「――大変な事をしてしまいましたね」

 

「ち、違うの! 私じゃ……なんで、私……っ!! こんなこと、考えもしなかったのに、なんで………っ!!」

 

――ナギサ自身、この状況にただ困惑するしかなかった。エルガを刺した短剣など持っていた記憶はないし、そもそも彼を刺す気など毛頭なかったのだから。しかし彼を突き刺した感触ははっきりと残っているし、その瞬間に実際に目にしている。

 

いつもの彼女であれば、”意識を保ったまま何かに操られたかのような感覚”に気づけたかも知れなかったが、数日間にわたる拘束と度重なる心労、そしてエルガをその手で刺してしまったという事実に、完全に動揺してしまいそこまで思い至れなかった。

 

――そうなるように”誘導”しているのだから当然だが――気づいている様子のない巫女を見て、ロゼリアはつり上がりそうになる口角を押さえるのに必死だった。必死に声音を、同情するようなものへと変えつつ、

 

「ですがご安心下さい。彼は息を引き取ったわけではありません、まだ生きています」

 

「――――え?」

 

ナギサはその言葉にハッとして、慌ててエルガの容態を見やる。小さく上下する胸と擦れた呼吸音を耳にして、表情が和らいだものの、彼の傷の具合に気づき体を震わせていく。

 

元々重傷を負っていた状態で、傷がひどくなるのを承知の上であんな無理な戦い方をしたのだ。そこにさらなる追い打ちを与えてしまったために、エルガは文字通り虫の息になってしまっていた。

 

まだ生きているが、このままでは確実に死ぬだろう。そしてここまでの傷となってしまうと、アーツに巫術を併用しても癒やしきれない。再び固まるナギサに、ロゼリアはある提案をする。

 

「ですがこのままでは危ういのも事実。どうでしょう、天眼の巫女様。ここは一つ、私に任せて貰えませんか?」

 

「……何を、するんですか……? そもそも、貴方は……っ! 貴方が……っ!」

 

「勘違いしないで欲しいですわ。彼が重傷を負ったことに、私は”一切関与していません”ので。責任をなすりつけるのはおやめなさい」

 

「っ………!!」

 

言葉にならない怒りを滲ませたナギサを諭すように、”表だった事実”を口にするロゼリア。――ロゼリアが”直接傷つけた”わけではない以上、傷を負ったことに関与していないという発言は、嘘ではなかった。だが事実を――ロゼリアと空賊団とのやりとりが聞こえなかった彼女に、それを見抜くことは出来なかった。

 

「彼を……短槍使いを助けたいのですよね? でしたら……私が、彼を治して差し上げましょう」

 

「………それは、本当に……?」

 

「えぇ、本当ですわ。――ですが、”代償”は払って頂きますが」

 

――魔女が持ちかけてきた提案に、ナギサは固まった。動揺しきっている今の彼女でも、その提案に怪しさを感じずにはいられなかった。これまで散々悪巧みを企ててきたロゼリアだ、本当にエルガを治癒してくれる保証はない。迷いを浮かべるナギサだったが、エルガが咳き込むと同時に吐血したのを見て、拳を握りしめ、そっと問いかける。

 

「……代償、って……一体、なんですか?」

 

「もちろん、”貴方の肉体”ですわ、天眼の巫女様」

 

代償として要求してきたのは、“ナギサの肉体”であった。その発言と、そしてエルガとネモが戦う直前に天眼を通して垣間見た知識から、やっぱりかとばかりに唇を噛みしめる。

 

 

――魔女の秘術の中には、”禁術”として封印されている術がある。その中の一つに、”魂移しの秘術”と言うものがあった。これは自身の記憶や人格という、言わば”魂”を他者の体に移し替える秘術であり、それ故に”禁術”とされていた。

 

だが目の前にいる還魂の魔女は、その禁を破り、魂移しの秘術を用いて自身の魂を他者の肉体に移し替えながら、250年もの歳月を生きてきたのである。

 

今のロゼリア・リッチネルドの肉体――魂の”器”にされたコトナ・ターシュネルという女性の意識はすでに消滅している。一つの肉体に一つの魂、それが大原則であるのだ。魂を別の肉体に移し替えると言うことは、”移し替える側にあった魂”を追い出すと言うこと。

 

――そして肉体という器をなくした魂は、一日と持たずに消滅する。それが”この世の理”であった。

 

 

 

「…………」

 

ロゼリアの要求と差し出してきた手に、ナギサは迷いを浮かべる。天眼をどうやって手に入れるつもりだったのか不明だったが、その謎もこれで解けた。この天眼のせいで、何度も苦しいこと、辛いことを味わってきた。欲しいというのであればあげたいくらいである。

 

――だが譲渡する手段が”自身の意識”と引き替えとなると、迷いが生まれるのは当然であろう。だが今のナギサには時間がなく、また精神的余裕もなかった。時間がかかればそれだけエルガの助かる可能性も低くなっていく。

 

「…………―――――」

 

拳を握りしめ、口をつぐみながらも、最終的にナギサは差し出されたロゼリアの手を掴もうと手を伸ばし――

 

 

ロゼリアの手を掴み取る直前で、横手から伸びてきた傷だらけの手がナギサの腕を掴み取る。

 

 

「え、エルガ……!?」

 

「ケホッ……いい、ナギサ……従う、必要なんて、ない……!」

 

意識を取り戻したのか、上体を起こし咳き込みながら首を振るエルガ。たったそれだけの動作が激しい痛みを伴うのか、その表情は歪み、かける言葉も途切れ途切れとなっている。もう無茶しないで欲しい、という思いを抱きながら彼女は首を振って、

 

「で、でも……!」

 

「約束……しただろ? 俺は、死なないって………」

 

「……ぁ………」

 

――約束する、俺は”死なない”から。君にもう一度、辛くて悲しい思いはさせないって――そう言って安心させてくれた会話が脳裏に蘇る。目を見開き呆然とエルガを見つめていると、掴まれた腕に力が入ってくる。

 

「だから………俺は、死なないさ……!」

 

「……呆れたお人。そんな軽い口約束で不死者が生まれては、世の中苦労することもないというのに」

 

そんなエルガの口約束に、ふぅと深くため息をついたロゼリアは面白くなさそうに吐き捨てた。小刻みに揺れる弱々しい瞳なれど、ロゼリアを見やるそれには不思議なほど力が宿っているように見えた。

 

「良く言うよ……こんな回りくどいことしないと、少女一人奪えない、へっぽこ魔女が……っ!」

 

「―――――」

 

嘲笑混じりの指摘に、ロゼリアの瞳から光が消えた。薄ら寒く感じるほどに鋭くなった瞳でエルガを見下ろした後、彼女はスッと立ち上がって、

 

「――なるほど、でしたらお見せしましょうか? 無理矢理にでも、巫女様の肉体を奪う瞬間を」

 

「……あんた……っ」

 

それまでネモの失礼な言葉ですらあっさりと受け流して見せた彼女が、こと魔術の腕前を邪険にされた途端、明確な怒りを見せたことにエルガは焦りを見せる。どうやら魔術に関しては相当なプライドを持っていたらしく、それを馬鹿にしたことが逆鱗に触れてしまったらしい。

 

「は、離して……!!」

 

「や、やめろ……! 待て……!」

 

強引にナギサの手を取ってエルガから引きはがした魔女は、無言のまま大杖を振りかざして足下に魔法陣を出現させた。神秘的な光に包まれた二人に手を伸ばすエルガだが、その手が何かを掴むことはなく――

 

(結局俺は……また……っ!!)

 

掴んでいた手が離れ、エルガの視界が暗闇に覆われていく。肉体的にも、精神的にも限界に達しつつあったのだ。それでも必死に、手放してしまったナギサの手をもう一度掴み取ろうとして――

 

 

 

「――だから手を放すなと言っただろうが、この”馬鹿弟子”が」

 

 

 

「――何もn――――」

 

――唐突に顕れたそれは、神秘的な輝きを宿した“白い短槍”を振るい還魂の魔女を最奥の果てまで吹き飛ばした。そして彼女の拘束から解き放たれたナギサを優しく抱き留め、その人物はナギサを庇うように、そして守るように自身の後ろへと誘導した。

 

「彼女と馬鹿弟子を頼む、ダルテ」

 

「わかったよ。ただし、貸し一だけどね!」

 

「だ、ダルテ、さん……? え……? それに……え……?」

 

――いつの間にかダルテ――例の占い師までもがこの場に姿を現していた。突然のことに困惑を隠せないナギサは、ダルテと白い短槍使いを交互に見やり――その短槍が、どこかエルガの持つ物と似通っていることに気づき、まさかとばかりに目を見開かせる。

 

年齢不詳、短めの黒髪、見事なまでに鍛え上げられた肉体を持つ長身の男性は、白い短槍を振りかざし、エルガと全く同じ構えを取ってその穂先を魔女へ突きつけた。

 

最奥の果てまで吹き飛ばされた魔女だが、あの一撃は物理障壁を展開して防ぎきったのか、体勢を立て直しつつ謎の乱入者を睨み付けていた。

 

「一体何者ですか。いえ、それよりもどうやってこの回廊に?」

 

「何、僕たち”魔法使い”がよくやる方法だよ。……この異界……いや、回廊内に直接”転移”してきた」

 

「――異界に、転移した、ですって……?」

 

彼女の問いかけに答えたのはダルテ。彼もまた大きな錫杖を手にして、エルガの傷を治癒している。その最中に視線をロゼリアへ向け――その瞳に、親愛と憐憫が同時に宿っていることにロゼリアは眉根を寄せる。そんな感情を向けられる謂われはないはずだ。

 

見るからに占い師の格好をしたあの男に見覚えはないのだから。――だが妙に気になるのは事実である。そんな中、短槍を構えた男はロゼリアを真っ直ぐに見据えて、

 

「では名乗ろう。そちらの胡散臭い占い師はダルテという男だ。そして私はジルヴィア・ローグ……“天槍”のローグであり、貴方が散々かわいがってくれた短槍使いの師である」

 

そう言って口の端に笑みを浮かべた二人目の短槍使い――ジルヴィアの体から闘気が漏れ出した。

 

 

月魂の回廊、その最奥にて、”天槍”は舞い降りた。

 

 

 




回廊内で戦っていた所にも続々助っ人が駆けつけてくれました。そして回想では出ていましたが、ついに登場、天槍のローグことジルヴィア・ローグ。原作におけるカシウスさんやヴィクターさん同様、めちゃくちゃ強いおやじ枠ですね。本作でもネモと並ぶ最強キャラの一人です。


やっと判明したロゼリアの狙い、”魂移しの秘術”。これによって肉体を入れ替えて250年生きながらえ、そして新たな器としてナギサに狙いを定めたという形です。

そして二日間かけて染みこませた呪いを利用して、彼女を操りエルガを刺したのが前回の最後のシーンです。

ちなみに魂移しを行う際、ナギサの同意を得られるように誘導していたのは、その方が魂移しの反動が少ないからです。後本人の趣味(愉悦を求めて)。実はこちらの方が割合が高いあたり、彼女の歪みがはっきりと現れています。
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