エルガは頬を引きつらせ、冷や汗をかきながら目の前の光景に驚き、そして恐れていた。目の前の少女からは気づかれないようにひっそりと懐に手を伸ばし、思わず財布の中身を確認する。――後で銀行に行くことを覚悟した。
それをなしとげた元凶は、とても幸せそうな表情で一口分となったオムライスを口に運び咀嚼する。頼んだオーダー分は、これで完食したことになる。
この店の一品一品の量が少ない、というわけではない。むしろ外国のレストランを回ってきたエルガ目線で見ても、味は上の方に入り、量は多めの部類だ。十分一皿で一人前、やや多いぐらいか。
それを六皿――確かにフィッシュサンドやカスタードプリンと言った軽食の部類もあるが、それを差し引いても四皿。それらを綺麗に食べ尽くしたナギサを見て、深くため息をついた。
「……よく食べるなぁ、君は……」
「お腹減ってたんです」
エルガの呟きに、さも当然とばかりにナギサは頷く。その姿や仕草からは恥じらいの色は見えない。彼は苦笑を浮かべて頬をかいた。――先程は不可抗力とは言え、彼女のお腹を掴んでしまったわけだが、どうもそれ関連の恥じらいは、今はあまり感じないらしい。
――気になる年頃というよりも、気になり出した年頃というのが正しいのだろうか。だから気になるときもあれば、ならないときもある。例の店員さんがサービスです、と先に食べ終わったエルガに淹れてくれたコーヒーを飲みながらそんなことを考えていた。
「見た目からはそんなに食べるようには見えないけど……いつもこれぐらい食べてるの?」
しかし食べ盛りにしては食欲旺盛な気がする。というか見た目と、担ぎ上げた時の重さからさほど食べていないように見えたのだが。どういうことだろうか。
「いつもこれぐらいってわけじゃないけど……でも今日は少し多く食べたかな」
――これで少し、と内心戦慄する。一体彼女の体はどうなっているんだ。あの軽さと細さのどこにあれだけの量が入るというのだ。
ともあれ、このあとは遊撃士協会の捜索を続行するつもりだったが、その前にやることが増えてしまった。銀行である。落ちついた表情をしているが、心なしか満足げなナギサに声をかけようとして。
「いらっしゃいませ」
「っ! …………」
カラン、と店内の入口が開く鐘の音が聞こえ、店員さんが声をかけに言った。だがその時、ふと自分たちを見つめる視線を感じ、そっとそちらを振り向き、再び視線を逸らした。その表情には嫌な予感がすると言うかのように顰めっ面である。
「どうしたの?」
「気にするな。……というか、今はいってきた人達とは関わり合いにならない方が良いだろうな」
「………?」
エルガが振り返ったときに見たのは、いかにもガラの悪そうな男達だった。素行の悪い者達――所謂不良の類いならば良いのだが、と思いつつも彼らの身なりが妙に整っているのを見て何となく悟る。彼らは、所謂ヤクザ者だろう。
エルガは彼らと店員さんの会話に耳を傾けようとする。そのついでに、そっと壁に立てかけてあった短槍を自らの方に引き寄せた。
「……エルガ?」
「ナギサ、いつでも動けるようにしといて」
もしものためにという意気込みで短槍を引き寄せ、その様子を間近で見ていたナギサは流石に気づき、ちらりちらりと男達の方へ視線を向けている。それを止めさせようと思ったが、次に耳に入ってきた言葉に眉根を寄せるのだった。
「ただいまお席へ案内――」
「ねぇちゃん、その必要はねぇよ。……俺等は、あそこに座ってるガキ共に用があるからよぉ」
「……え?」
――そこに座っているガキ共? 確か今この店内に子供は自分達しか――
「――あんた達、まだ動くんじゃないわよ」
「っ!」
引き寄せた短槍を強く握りしめたとき、唐突に横から声をかけられた。真っ昼間からビールを飲んでいた、例のワインレッドの髪の女性である。彼女は未だジョッキを傾けているが、すでに酔いはないのかその視線に鋭いものが宿っている。
「あたしの合図と一緒にアニーと一緒に店の裏口から出なさい。もちろん、その娘も連れてね」
「………」
「えっと……」
無言で女性を見つめ返すエルガと、状況が掴みきれないが、緊迫しつつあることは感じ取ったナギサはオロオロと二人の間で視線を彷徨わせている。
「安心しなさい、あたしは”同僚”よ、後輩君」
「っ!」
傾けていたジョッキをゴトンとテーブルに置き、女性は立ち上がって二人にウインクをしてきた。語尾にハートマークがつきそうな声音と、その言葉にエルガは決断する。
「――“後三人いると思います”。ナギサ、ここはあの人に従おう」
「う、うん」
「――OK、それじゃぁ――」
一瞬驚いた顔をしたものの、女性はすたすたと未だもめている店員さんとヤクザ者二人の元へ歩いて行く。
「どうしたのアニー、もめ事?」
「うん。この人達が、あそこにいるお客様達に用があるって……」
「良いから、通せって。お前達に用はねぇんだからよぉ」
「でも兄貴、こいつら良い女ですぜ?」
「馬鹿、オメェは黙ってろ!」
「イデェッ!!」
ゴン、と鈍い音がする。その時二人の男――兄貴と呼ばれた男が舎弟を殴ったとき、つまり”目を離した隙に”サラと呼ばれた女性は店員――アニーにそっと耳打ちする。彼女は頷き、瞬く間に店内へと引き下がっていった。
「ったく――おい、あのメイドはどこ行った?」
「ちょっと用があるからって下がって貰ったわ」
兄貴と呼ばれた男が視線を戻すと、いたはずの色白のメイドが消えていて、思わず低い声で問いかける。だが対するサラはにっこりと笑みを浮かべて首を傾げた。美人がやると絵になる仕草だが――しかし妙に威圧感のある仕草だった。
「てめぇ、さてはガキ共を逃がすつもりだな! そこどきやがれ!!」
「通さないわよ、”ブレイツロック”。あの子達に何をするのか、洗いざらい吐いて貰おうかしら」
ニッと笑みを浮かべたサラは、そのまま懐から獲物を捕りだした。髪色と同じ色をした、一対の剣と拳銃を。それを見て、ヤクザ者達の勢いがぴたりと止まる。剣と銃――その組み合わせに、心当たりがあったのだ。
「おめぇ、まさか――」
兄貴と舎弟がプルプルと震え出す。――彼女の正体に、思い当たったのだ。
「やべぇっすよ兄貴! C級遊撃士のサラ・バレスタインっすよ!! 初めて見た!!」
「あなた、妙に嬉しそうね」
何やら興奮気味に喜んでいる舎弟に苦笑を浮かべるものの、すぐさま口の端をつり上げた笑みを浮かべなおして、
「それじゃ、行くわよ! 覚悟なさい!」
――“紫電”が吹き荒れた。
「君達、こっちに! 伯父さん、後は頼みますね!」
「あいよー!」
店内に戻ってき店員さんはエルガとナギサの元まで来ると、彼らを連れて厨房の方へと駆け出していった。厨房でことの成り行きをも守っていた店長と思わしき人物は軽いノリで返答し、店員さんに細身の剣を放り投げてきた。
それを受け取りながら厨房を駆け抜け、二人を連れて裏口からレストランを脱出する。正面は建物があり、左右に通じる狭い道であり、使用人というかメイド服を着た白い女性は、すばやく周囲に視線を巡らして――エルガが槍の穂先を右側に向ける。
「アニーさん、左をお願いします!」
「え? えぇっ!?」
エルガが槍を向け、一拍遅れて左右から二人の男達が姿を見せる。左右に分かれて一人ずつ、こちらを囲い込むように――アニーと呼ばれた女性は、エルガが彼らの動きを先読みしていたことに驚くものの、すぐさま細剣を引き抜いて切っ先をヤクザ者に向ける。
(……どうやら一人は赤髪の人のところにいったみたいだな。それよりも――)
「……ずいぶんとあぶねぇな、このガキ。人様に刃物向けちゃ行けないってママから教わらなかったかぁ?」
せせら笑いながら鼻を鳴らし、こちらを馬鹿にしてくるヤクザ者。エルガも負けじと鼻を鳴らして、男の右手に握られたナイフに目を向けた。
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ、お馬鹿さん?」
「………は、ちょっと”教育”が必要みたいだなぁ、てめぇは……」
ぴくり、とこめかみを引きつらせたヤクザの兄さんは、ナイフを振りかぶって真っ直ぐ突っ込んでくる。その動作を見極め、エルガは握りしめた短槍をひゅっと振り上げ、突き出す。ガキィンッという金属音とともにナイフがあらぬ方向に飛んでいき、
「―――あっ?」
「ね? 刃物ってあぶないでしょ?」
気づけば槍の穂先が目の前にあった。槍の一突きでナイフを弾き、引き戻しながら男に突きつけたのだが、その大半の動作は目に映らなかった。
男は徐々に表情を引きつらせていき、両手を挙げて降参の意を示す。
一方、左側――アニーと呼ばれたメイド服の女性は、レイピアを片手にヤクザの男と対面している。
「……なぁ姉ちゃん、この後俺と――」
「お断りします」
全てを言い放つ前に断った。どうせ続く言葉は分かっている。先程から舐めるような不躾な視線が凄まじく不快だったから。
「そんなつれないこと言うなよ。な、俺良いところ知ってて――」
「―――――」
レイピアを男に向けながら、左手の指先をひゅっと動かす。その途端、彼女の周りにいくつもの「水」が生み出された。
「――は? ぶはっ!!」
その光景に目を瞬かせた男は、いくつもの水の塊の直撃を受けることになる。アニーが左手を向けるとそれに連動するかのように、水が男に向かって打ち出されたのだ。
「ぶはっ! ぶほっ! や、やめっ……!!」
「水もしたたるいい男になって――いえ、あなたでは少々難しいですね。心を洗って出直してきなさい」
「そ、そんなぶべっ!!」
痛烈な拒絶に、何となくしか意味はわからなかったナギサも、そして反対側にいたエルガでさえ、しつこいぐらい水に打たれている男に同情してしまう。結局、店の表側で大暴れしていたサラがこちらにやってくるまで、男は水に打たれ続けるのだった。
~~~~~
「それじゃ、あたしが付いていくわ。アニーはその子達を支部まで連れてってあげて」
ヤクザ者達は全員捕縛され、そのまま灰色の軍服を着た軍人達に連れて行かれた。赤髪の女性も、その事情聴取などに付き合うため付いていくという。
とはいえ連行されるのは気絶させられた三人と、水に打たれ続け寒そうにガタガタ震えている男、そしてそんな仲間を見てどこか安心したような表情を浮かべるヤクザ一人という構図である。
「……俺、お前の相手が出来てラッキーだったわ……」
去り際にかけられた一言に、男の心情の全てが込められていた。とはいえ、安心は出来ないだろう。他の仲間があの状況のため、必然的に事情聴取の対象になるだろうに。
「……流石鉄道憲兵隊ですね。行動が早い」
あの後騒ぎを聞きつけた軍人――鉄道憲兵隊というらしい――が場の混乱を収め、事態を収束させた。その手際の良さを終始見ていたメイド服の女性がぽつりと漏らした。
「――さて。色々聞きたいことがあると思うけれど、まずは自己紹介から始めましょうか」
「そ、そうですね」
遊撃士協会に向かいながら振り返ったメイド服の女性――アニーは提案する。確かに彼女の名前が「アニー」というぐらいしか知らないため、ナギサもコクコクと頷いている。――だが先程の一件を見ていたためか、やや恐れを抱いているように見える。ひしっとエルガに密着しているのがその証拠だろう。
「では改めまして。遊撃士協会帝都支部所属、C級正遊撃士のアニマ・ロサウェルです。みんなからはアニーと呼ばれていますね。今日は非番で、実家の手伝いをしていたのですが」
「やはり遊撃士の方でしたか。……すいません、お休みの日にこんな……」
納得したように頷き、そして頭を下げるエルガ。自分たちのせいで彼女の(おそらく)久々の休暇を潰してしまったのだ。遊撃士の忙しさを、身を以て知っているエルガは本当に申し訳なさそうだ。しかし彼女は笑って、
「良いんですよ。……それに本来、貴方とは明日以降に顔を合わせるはずだったんですから。それが早まっただけのことです」
「あ………やっぱりお見通しでしたか」
観念したようにエルガが頷くと、アニーはえぇと頷いた。
「……本当なら、今日から帝都支部にお世話になる2級準遊撃士のエルガ・ローグです。かなりの大遅刻、本当にすみません」
「謝罪なら私じゃなくて受付と、貴方のお師匠様にした方が良いと思うわ。サラから聞いた話だけれど、とても心配していたそうよ」
「……はい」
サラというのは先程別れた赤髪の女性のことだ。本名はサラ・バレスタイン――“紫電”の二つ名を持つC級遊撃士である。
アニーがあまり感情を出さずに窘めるためか、どことなく居心地が悪い。そして師匠が心配していたという話は、正直こそばゆくなる。そのため話題を逸らすために、エルガは自分に引っ付いたままのナギサの頭に手を置いて、
「で、こちらが例の飛行艇で保護した少女で、ナギサと言うそうです」
「聞いたわ。ハイジャックされた船に乗っていた……」
――飛行艇の話題が出たためか、どこか怯えている様子のナギサを見て、ちらりとエルガの方へ視線を移したアニーはクスリと笑みを浮かべた。まるで悪戯っ子のような笑みで、
「あなた、この子に不埒な真似をしたの?」
「そんなわけないでしょ!」
心外だ、と言わんばかりに声を荒げるエルガだが、それまで黙っていたナギサがぽつりと呟く。
「……私のお腹触ったくせに」
「……ちょっと詳しい話を聞く必要があるみたいね」
「な、なんで!? ちょ、弁明の機会を!!」
なぜこういうときに限って余計なことを言うのか。頭が痛いとばかりに項垂れるエルガを見ながら、アニーは楽しげに微笑んだ。触ったことは否定しないぶん、彼の誠実さは見て取れるが、どのみちギルティだ。
「まぁ冗談は置いときましょう。到着しました、遊撃士協会帝都支部、東側になります」
――場の空気を変えるためにあんなことを言い出したのだろう。おかげで良いとばっちりだが、確かにナギサの表情も元に戻っている。このあたりは、流石正遊撃士と言うべきか。支える篭手の看板を掲げた建物の前までやってきた一同は、アニーを先頭にそのまま扉を開き中へ入っていく。
「――おや、アニー君。今日非番で……ほほう」
「――あ!」
扉を開け遊撃士協会支部に入ると、広めの室内に紙で埋まってしまった掲示版と書類が山と積まれた机、そして依頼を承るカウンターがあった。そのカウンター席で書類の整理を行っていた初老の男性がこちらを見ながら声をかけてきた。
男性はアニーとその背後にいる二人の姿を見ると納得したように頷き、エルガはその声を聞いて気がついた。アニーが男性に声をかけるよりも先に、エルガが声をかけたのだった。
「ダーゼフさん! お久しぶりです!」
「えぇ、久しぶりですねエルガ。あれからお変わりないようでおじさんは安心です」
嬉しさと驚きが入り交じった表情で頷くエルガに、ダーゼフと呼ばれた初老の男性は微笑みを浮かべながらこくりと頷いた。白いものが混じり始めた黒髪をオールバックにし、細められた瞳と顎に蓄えた髭が特徴的な男性である。――二人のやりとりを見ていたアニーが、驚いたように、
「……ダーゼフさん、お知り合いなんですか?」
「えぇ、私が現役時代の頃に、濃い付き合いをしました。そうですね、改めて名乗っておきましょうか」
彼女の問いかけに笑みを浮かべながら、恭しく頭を下げて名乗りを上げる。
「この支部の受付と料理人を務める、“元”遊撃士のダーゼフ・インゲードと申します。……さて、まずはアニー君、お休みの所申し訳ありませんが、ナギサさんを二階の一室まで案内してあげられませんか?」
「はい、わかりました」
「え、でも……」
ダーゼフ老は三人を見渡した後、アニーに告げる。彼女は頷くも、案内させられるナギサの方は遠慮がちに首を横に振るも、エルガが微笑みを浮かべながら彼女の頭に手を置いて、
「いいから、休んでおいで。今日一日だけでも相当疲れてただろ? それに、ここに二、三日ろくに休めていないんじゃないのか?」
「…………わかった」
「うん。それじゃあ行きましょう」
幼子に言い聞かせるような優しげな声で言われ、そしてエルガとアニー、そしてダーゼフを順番に見渡した後、観念したように頷いた。アニーが彼女を連れて奥の階段を上っていくのを見ながら、エルガはダーゼフに向き直り、
「……ありがとうございました。気を遣わせて頂いて」
「いえいえ。詳しい事情はわかりませんが、君と一緒に来た時点で、ただ事ではないことに巻きこまれたことは何となくわかりましたから」
気を遣わせて頂いた、というのは彼女に対してのことだ。ずっとふらふらになりながら歩いていたのはアニーも気づいていたのだが、強がって何でもないように振る舞っている彼女を見ていると、声をかけられなかったのだろう。
「さて、久しぶりの再開を祝いたいところですが……話したいことが多くて、何から話せば良いのやら……」
およそ二年ぶりの再開だろうか。最後にあったのは、確か――
「あのD∴G……すいません、やなことを思い出せて……」
「いえ、もう大丈夫です。私ももう乗り越えましたから」
脳裏に浮かんだ、エルガが知っている中でも”最悪”と言える事件を思い出し、首を振る。アレを機に、目の前のご老人は剣を置いたのだった。優しく笑みを浮かべる彼との間に、気まずい雰囲気が流れる。
「それはそうと、無事に準遊撃士になれましたね、おめでとうございます。そして帝都支部への所属、お話は頂いています」
「あ、はい。ありがとうございます。精一杯がんばり――そうだダーゼフさん、師匠はこちらに――」
ダーゼフが話を切り出し、エルガも頷き、そしてずっと疑問に思っていたことを口にする。言いかけた言葉を中断させてまで問いかけてきた彼に苦笑しつつも、ダーゼフは頷いて彼が聞きたかったことを口にする。
「えぇ、お昼頃には。そして君の到着が遅れるという話しも聞いています。……そして、もしかしたら少女を一人連れてくるかも知れない、とも」
「……え?」
目をぱちくりと見開いて固まったエルガ。やはり師匠は一度遊撃士協会に寄っていたらしい。それもそうだろう、師匠もエルガと同じく遊撃士なのだ。しかし、なぜ”少女を一人”と断定できているのか。驚くエルガに、ダーゼフはあっさりとネタばらしをする。
「簡単なことですよ。ハイジャックされた飛行艇が無事帝都空港に着陸した際、名簿を照合させて貰ったのです。そして、脱出艇一隻と、君とナギサさんがいなくなっていたことが判明しているのですよ」
「……あ、なるほど。そういえばさっき、名前も聞いていないのにナギサの名前を……」
ナギサをつれて二階まで――とダーゼフが言っていたことを思いだした。あの時点で、すでにこちらの状況は把握していたのだろう。
「そこを見逃すのは、遊撃士としてはまだまだな証です。今後も精進あるのみですよ」
「あははは……敵わないなぁ、本当に」
そして微笑みを浮かべながら手厳しくだめ出しされ、エルガは乾いた笑い声が出て来た。
「そして君達を襲った空賊団ですが……もう分かっているとは思いますが、やはり例の空賊団でした」
「……空賊団”レヴァナント”……でもあそこは……」
二人して神妙な面持ちで、しかし不可解そうに首を傾げている。空賊団レヴァナント――最近結成された空賊団であり、“正体不明の特殊艦”のせいで勢いよく力を付けている空賊団である。
正体不明の特殊艦――現状確認できているのは、各導力波、つまりレーダーに捕捉されないステルス機能と、艦を透明化させられる光学迷彩機能を持っていると言うこと。それ以上のことはまだ判明していないが、空賊団にとってこれほど使いやすい船はそうはないだろう。
また、団長や一部の戦闘員は元猟兵ではないかと言われており、その戦闘力はかなりのものである。――特に仮面を付けた副団長に至っては、鬼のような強さを持っているとも言われ、奴と剣を交わした者曰く「アレは“剣鬼”だ」と言わしめるほどらしい。
実際に剣を交わした――槍ではあったが――エルガも同意見である。今の自分では戦いにすらならないだろう。現に押されっぱなしであり、あれでもまだ手を抜かれていたのだ。
そのため空賊団ではあるが、構成員故に遊撃士協会も目を付け警戒を払っている――のだが、現状まだ手を出すことはしなかった。なぜなら、レヴァナントは“各国の軍隊、もしくは傭兵団のみを狙う空賊団”であり、市民に危害を加えるようなことはしてこなかったからだ。
遊撃士の原則である市民への安全――それが脅かされているとは、少々言いづらかったためでもある。しかし今回の件は――
「……一般の飛行艇へのハイジャック……今回の件で、遊撃士協会も連中を逮捕する動きを取るでしょうが……しかし報告を聞く限りでは、首を傾げざるを得ないんですよね」
「――不可解な点が多すぎる、ということですよね」
「おや、アニー君」
エルガとダーゼフの会話に割り込んできたのは、二階からこつこつとヒールの音を響かせながら降りてきたアニーである。白と黒のメイド服を着た彼女は二人の元まで来ると、
「ナギサはどうしました?」
「すぐ眠っちゃったわ。凄く疲れていたのね、彼女。……起きるまでは、そのままにしておきましょう」
やはり相当疲れが溜まっていたのだろう。無理もない、と頷くエルガに、アニーは先程の話を続けて、
「彼が言うには、あの空賊団は信念と矜持を持って行動しているって評してました。私もそれは同意見です。”わざわざ空砲にして、乗客への被害を防いでいますし”……」
「………確かに、実際に戦った俺も、そんな感じを受けました。それに……」
彼らと戦ったときのことを思い浮かべながら、エルガも頷いた。というよりも――
「相手はそれなりに場数を踏んでいるとは思います。でも連中、”やる気がない”っていう雰囲気でした……」
「……確かに、彼もそんなことを言っていましたね」
エルガの率直な意見に、ダーゼフも頷く。彼というのはエルガの師匠のことである。やる気がないと言うよりも、のり気ではない、という風にも言っていた。
「…………」
本来であれば、ついに市民に手を出し始めたか、と呆れるところなのだが、どうも引っかかる点が多すぎるのだ。
そしてもう一つ――ここで今日初めてとなる新たな情報がエルガの口より語られた。
「それに、連中の狙いはナギサだけみたいだ」
「……ナギサちゃんが?」
アニーの問いかけに、エルガはこくりと頷いた。だがダーゼフの表情は険しくなる一方である。難しい顔のまま、彼は視線を俯かせて、
(……彼らが掲げる矜持をねじ曲げてまで、彼女を攫おうとした……そうしなければならない理由がある、ということか……?)
――この一件、何か裏があると感じ取っていた。
最年少でA級遊撃士になったサラですが、一体いつA級に昇格したのか分からなかったんですよね。ただ閃Ⅳにて、カシウスさんから推薦されたという会話があったことから、おそらく帝国遊撃士協会襲撃事件の後に昇格したと推測。
襲撃事件は1202年代に発生して、今作はその一年前なのでBかなと思ったんですが、ちょっとてこ入れでC級に設定してあります。メイドさんことアニーとコンビを組んでいた、という形で彼女に合わせた形になっています。
後頼りになる受付のダーゼフおじいちゃん、良い人ですね。実際良い人です。実は書き始めたときは眼鏡キャラだったのですが、ファルコムにおける「良い人眼鏡の法則」を思い出し、無言で書き直した記憶が。(細目設定はその名残)