「前回あれだけ格好いい登場しておいて、すぐ出番終了とはどういうことだ? 返答次第では私がラスボスになるのも辞さないわけだが」
描写外では色々やってくれていますから……。(震え声
「…………」
唐突に顕れた”天槍”を名乗る男性を見やりながら、ロゼリアは瞳を鋭くさせる。天槍という名には聞き覚えがあった。例の飛行船ハイジャックの折りにゾルダとネモがその名を口にしていたのだ。
西ゼムリア大陸に名を轟かせる槍使い。西ゼムリア全体で見ても”十指”に食い込み、噂ではエレボニア帝国に名を広めるヴィクター・S・アルゼイド――”光の剣匠”や、隣国リベール王国で有名な”剣聖”カシウス・ブライトと互角の戦いを演じたとも言われている。
武の理に到達した、まごう事なき強者――おまけに一緒に顕れたあの占い師も相当な術者である。ジルヴィアのみであれば、幻術や籠絡といった”絡め手”でいけるのではないかと思われるが、あの術者がいる限り幻術など通りはしないだろう。
「……万事休す、という奴ですわね。ふふ、まさかここまで思い通りにならないなんて……」
神秘的な輝きを宿す短槍に眉根を寄せつつ、ロゼリアの思考はこの状況をどこか愉しんでいることを自覚していた。後もう少しで手に入れられるはずだった新たな”器”は、最強の二つ名を得てもおかしくない強者の庇護下にあり。
――おまけに今の器も、”限界”が近い。すっと視線を左手に向けると、微かに輝きを放ちながら光の粒子を放っている。魂移しの秘術によって、”自分のものではない肉体”に魂を移し替えているのだ。”拒絶反応”が生じて当然であり、それが原因で肉体が崩壊を始めているのであった。
今の体は、もって数日――時間がないのだ。それを理解しながらも、しかし彼女はどこか愉しんでいた。握りしめた大杖を持ち上げ、
「――本当に愉しいですわ。ここまで愉しいのはいつ以来でしょうか」
「ほう。想定通りにならなければ癇癪を起こす面倒な策士かと思いきや……以外に肝が据わっているではないか」
「策士などと滅相もない。ある程度は決めていますが、アドリブ大歓迎ですわよ。……ですがこの状況は流石に厳しいので……少々、“ズル”をさせて貰いますわね」
「ズルだと……?」
ジルヴィアの言葉に軽口で返し、持ち上げた大杖が光を放っていく。何かを仕掛けてくることを察したジルヴィアの瞳は鋭くなり、油断なくロゼリアを見据え続けた。
――一触即発の空気が流れ始めたその時だ。最奥に、新たな気配が二つほど現れたのは。
「エルガ君! ナギサちゃん!」
「無事かエルガ――――なんだこの状況は……!?」
白みかかった金髪に色白の肌色の女性が二人の名を叫びながら。頬に傷のある厳つい顔をした大男が、最奥の状況に眉根を寄せて困惑しながら現れた。アニマ・ロサウェルとレオン・オーガストの二人はそれぞれ臨戦態勢を取りながら最奥に足を踏み入れて――
『――我は願う、新たなる世界の創造を――』
――ロゼリアが呪文を詠唱し、杖から放たれる光は最奥全体に広がり、飲み込んでいくのであった。眩いばかりの光に、流石にジルヴィアも目を覆い――
「―――――なるほど、これがズルか。やってくれたな」
光が収まり、周囲を見渡したジルヴィアはチッと舌打ちをする。目の前にいたロゼリアも、自身の背後にいたダルテと手当てを受けていたエルガ、ナギサ。そして最奥に足を踏み入れた二人、彼らの姿が忽然と消えていた。
今この場にいるのは、俯せに倒れ込んでいるあの男のみである。漠然としながらも、自分のみが”弾かれた”ことを察したジルヴィアは、深くため息をつくしかなかった。
「……まぁいい。こうなってしまっては仕方あるまい。……元は”弟子”の仕事だ。エルガにやらせるのが筋という物か……」
一人ぽつんと取り残された彼は、そう呟くほかなかった。
~~~~~
「――――こ、ここは……!?」
光がおさまり、周囲を見渡したレオンは最奥の変化に驚きを隠せなかった。星空と二つ月が浮かぶ幻想的な夜空を思わせる回廊から一変、四方数十アージュほどの半透明な足場だけが広がる質素な空間へと変わっていたのだ。
そして足場の向こう側には何もなく、ただ暗闇だけがある。――まるで暗闇の中に足場だけを作ったかのような空間に、レオンは違和感を覚えた。
「ここも異界なのか……? だとしたら妙に――」
「――妙に寂しい場所、でしょうか?」
「っ!?」
レオンの独白を掠め取るように続いたのは、真っ正面に立っていた例の魔女――ロゼリア・リッチネルドである。彼女を見て目つきを鋭くさせたレオンは、拳を握りしめて構えを取る。
「貴様……」
「ふふ、そう怖い顔をしないで下さい、ブレイツロックの四代目……新しい会長さん? ここに”亜空間”を形成しただけですわ」
「……生憎とナギサの嬢ちゃんや、胡散臭い占い師と違って、不可思議現象には疎くてな。ドヤ顔で言われてもよく分からんが……ようは別の場所に連れてこられたって認識で良いのか?」
「……そうですわね、その認識で大丈夫です」
睨み付けながらのレオンの言葉を耳にして、ロゼリアは小馬鹿にしたように鼻を鳴らして頷いた。その態度に苛立ちを覚えないでもないが、それをぐっと抑えてレオンは問いかける。
「一つ聞きたい。ジェイクやネシードの阿呆を唆し、利用したのはなぜだ?」
「……ジェイク………ネシードノアホウ……あぁ、ジェイクさんですわね。スミットウェール物流商会の若頭の。生憎と後者に関しては分からないのですが」
「………まぁいい」
一部イントネーションがおかしかったが、スルーする。レオンにしても、ジェイク絡みのことが聞ければそれで充分であった。一人頷くロゼリアは当時のことを思い浮かべながら、
「ジェイクさんに声をかけたのはほんの二ヶ月前でしたわね。ちょうどハイジャック事件の少し前辺りでしょうか」
「…………」
「万一の保険として、帝都空港に人手を集めて巫女様を確保するためでした。当初はずいぶん警戒され、器の小さい男を寄越されたときはため息が出ましたが……。その後も関係が続いたのは、巫女様が帝都に逃げ込んだからですわ。人捜しをするのなら遊撃士かヤクザ者と相場が決まっておりますもの。後は……その方が愉しそうと思いまして」
「……愉しそう、か。……なるほどな。とりあえず聞きたいことは聞けた、そのことには礼を言う。同時に、貴様が俺の敵だって事が、はっきりしたよ」
拳を構えた彼の体から滲み出る闘気が、まるで怒りを表しているかのようだった。ナギサを攫うため、という理由であればここまで怒りを発露しなかっただろう。天眼など下らないと一蹴するが、それを求める気持ちまで否定する気はない。
だが愉しそうと言う、己の愉悦のためにブレイツロックを、自身の大切なものをめちゃくちゃにしようとしたこと――それだけは、どうあっても許せなかった。
緋色の空の一件、ネシードの暴走や、ジェイクの内心で燻る思いが火種となったことは確しかだろう。しかしそれも、ロゼリアが唆さなければ、あぁはならなかったはずだ。
「……なるほど、これが帝都の“獅子”……」
レオンの体から滲み出る闘気は、ロゼリアに”獅子”の幻覚を見せつけた。闘気による幻覚――それを受けてなお余裕を崩さないロゼリアだが、視線を彼から周囲に向けて、
「どうやら皆様も集まってきたようですわね。」
少し離れていた場所にいたアニーがレオンの隣にやってきた。レイピアの切っ先をロゼリアへ向けて、
「……どうあっても、ナギサちゃんを攫おうと言うんですか?」
「えぇ、若き遊撃士さん。天眼の巫女様は、是非私の新たな器になっていただきたく……」
「……新たな器?」
答えは何となく分かっていたが、それでも聞かなければならないことをアニーは問いかける。しかし返ってきた返答の意味をくみ取れず、眉根を寄せた。それはレオンも同様だったが、二人の背後でエルガの治癒を行っていたダルテが口を開く。
「文字通りの意味さ。ロゼリアは禁術に手を出していてね。魂移し……自分の魂を、他人の体に移し主導権を乗っ取ることで、250年生きながらえてきた、欲深で悲しい魔女さ」
「か、体を乗っ取る……!? 250年!?」
「……まさか、以前名乗っていたコトナ・ターシュネルという名前は……」
占い師の言葉に驚きを隠せないアニーと、その発言であることを察したのかレオンの視線はますます凄みを帯びていった。あのとき名乗った名は、ロゼリアの”今の器”の名前であったのだ。それを悪びれもなく偽名として扱ったことに、さらに怒りを募らせていく。
「おや、詳しいのですね、占い師殿。以前どこかでお会いしたことがありましたか?」
あって間もない人物が、魂移しや250年以上生存している事実を知っていると言うことに首を傾げ、ダルテに問いかけた。あの占い師のことは知らない――知らないはずだ。
しかしなぜだろうか。彼を見ていると、自然と懐かしいという感情が浮かび上がってくる。それとこれは、喜びだろうか。ロゼリア本人でさえ説明のつかない感情にすこしだけ困惑気味であった。
「……この顔を忘れるとか、分かってはいたけれど、つれないねぇ……」
「どうやら私のことを知っているようで。生憎、私は貴方のことを存じ上げませんが」
「……………」
あくまで飄々とした態度を崩さないダルテであったが、少しだけ表情を険しくさせたロゼリアの否定に、悲しげな表情を浮かべた。
「…………そうか、”魂”が負った傷は、そこまで深いのか……」
――それこそ、なぜ禁術に手を出したのか、その理由を忘れるほどに。彼女が大切に思っていた“師匠”の事すら忘れるほどに――その事実にダルテは瞳を伏せて。しかしそれも一瞬、良く浮かべている飄々とした態度で、
「――なら、そういうことにしておこうじゃないか。私と君は別人、赤の他人だよ」
――これ以上間違いを重ねさせないために、そして今なお続く”悲劇”を止めるために、ダルテは大杖を振るう。杖の先端に取り付けられた宝玉が光を放ち、その光はレオン達を包み込み、身体能力を強化させる。
「これは……」
力がわき上がってくる感覚に驚き、どういうことだと言わんばかりの瞳でダルテを見やる二人だが、当の本人は肩をすくめて、
「何、生憎と今の私は戦えないからね……だから、君達を援護するよ。精々馬車馬の如く働き給え!」
『……………』
罵りを受けた二人のやる気ががくんと落ちたが、だからといって止めるつもりはない。ため息をつきながら改めてロゼリアへと向き直り、二人と対峙する彼女は眉根を寄せてダルテを見やっていた。
「……詠唱も無く、杖を動かすだけで術を行使する、ですか。それに”投影”……ご自分の姿をこの場所に映しているだけ……どうやらよほどの……私よりも強い力を持つ術者とお見受けしました」
「いやはや、還魂の魔女殿にそう言われるとは光栄の極み」
じっと観察し、ダルテの体が“投影”されたものだと察したロゼリアは、口の端に笑みを浮かべながらもどこか挑発めいた声音で恭しく頭を垂れる一方、ダルテもどこか棒読みに近い口調で杖を持ち上げた。
――それだけで、レオンとアニーに飛来しつつあった”呪い”が無効化、消滅する。不意打ち、かつだまし討ちするかのように仕掛けた一手があっさりと破られたことに、ロゼリアは一瞬固まった。
「……何、今の……?」
「どうかしたか?」
「…………」
アーツ適性の高いアニーは、その攻防には気づかずとも何かを感じ取ったらしく、眉根を寄せて周囲を見渡していた。やや離れた場所にいるナギサはその攻防には気づいたものの、二人のレベルの高さに唖然とするほかなかった。
――目の前にいるダルテはあくまで幻。にもかかわらず、幻を通してここまで精度の高い高度な術を、ワンアクションで発動出来るというとんでも無さは、ロゼリアに”本気”を出させるに充分な行いであった。
「――ふ、ふふっ……あはははははははっ………!!」
盛大に笑い声を上げながら、彼女は手にする大杖を掲げていく。杖の先端にある宝玉――よく見るとダルテの物と似通っている――が怪しげな光を放ち、それが伝染するかのようにロゼリア本人の肉体も同種の輝きを放っていく。やがて全身が怪しい輝きに包まれると、今度は亜空間内部にも変化が現れた。
「……奴め、一体何を……?」
「……何かを、取り込んでいる……?」
何もない真っ暗な場所が一転、急に辺りが明るく光り出し、空中にいくつもの球体が現れた。唐突に現れた球体を、ロゼリアは全て取り込んでいく。その様を見ていたダルテは眉根を寄せて、真剣みを帯びた声音で告げる。
「……なるほど、月魂の回廊の霊力を取り込んでいるのですね。異界の霊力は、現実世界の霊力よりも遙かに強力……しかしそんなことをすれば、君の体はその霊力に耐えきれず崩壊する……だが君にとっては」
『えぇ、私にとって肉体とはただの”器”……なくなったのなら、新たに用意すれば良い。幸い巫女様がダメでも、この場にはもう一人乙女がいることですしね』
「………っ」
どこか反響して聞こえてくるロゼリアの発言に、心底嫌そうな顔を浮かべて身構えたアニー。この場で女性は二人しかいないため、自ずと対象が限定されてしまい魔女の次なる標的が定められる。
見るからに劣情を煽る衣装を来た魔女に体を乗っ取られる、その様を想像したアニーは、同じ女性としての嫌悪感から猛烈に拒否する。
「だ、誰が貴女なんかに……!」
「……もういい加減にしろよ、アンタ……!」
アニーの拒絶の叫びが響くのと同時に、彼女の背後から少年の声が届いてくる。声の主を察した彼女とレオンは慌てて背後を振り返ると、案の定血まみれになったエルガが短槍片手に近づいてくるところであった。その背後では、彼の服の裾を引っ張りつつも引き摺られるように着いてきたナギサの姿もある。
「エルガ、お前は下がってろ!」
「もう大丈夫だよ、レオンさん。見た目はかなりひどいけど、ダルテさんの治癒のおかげで、傷は全部塞がった」
「……だからってあの出血で……っ」
血まみれだが、それは全て衣服に染みこんでしまった物であって、出血はしていないと言い張るエルガに、アニーは頭を抱える。ダルテの治癒魔術――導力魔法よりも強力なそれは、確かに彼の深い傷を塞いでいた。その効果には医術を学ぶアニーも目を見開いたほどだ。
しかしあくまで傷を塞いだというだけで、失った血液まで戻ったわけではない。安静にしていなければならない状態なのは間違いないのだ。
「大丈夫、俺は戦えるよ。それに俺を刺してきたこと……借りを返さないと気が済まないさ」
「…………っ、わ、私……! 私も、守りたい! 助けに来てくれたみんなを! だから……!」
俺を刺してきたこと――あの一件はナギサではなく、“魔女”が刺してきたのであってお前は関係ないと、遠回しに告げるような物言い――気遣いに、罪悪感を多分に含んだ複雑な感情を抱くナギサ。
本当は彼女もエルガを止めたいのだが、あの一件によって生まれた引け目からか彼を諫められず、また自分を助けるためにこんな所まで来てくれたアニーやレオン達を守りたいという意思が、小さな手を握りしめて彼らを援護する決意を固めた。
「―――わかった。だが無理すんじゃねぇぞ」
「ちょ、レオンさん……!?」
「こういう目をした若ぇ奴らは、引きやしねぇよ」
二人の真剣な眼差しを受けたレオンは、観念するかのようにため息をついて認めるほかなかった。それに魔女の出方次第ではあるが、十中八九彼らの力を借りなければならないだろう。それほどの”圧”を、ロゼリアから感じられていた。
『―――ふふ、相談事は終わりましたか?』
「余裕そうじゃねぇか。それも今のうちだがな!」
自身の拳をぶつけ合わせてロゼリアへ向かって叫ぶレオン。彼らの視線の先には、取り込んだ霊力によって光に包まれ、その光が徐々に巨大化していた。やがてその光は霧散し――“それ”は現れた。
概ね六~七アージュほどの大きさを誇るそのシルエットは、どこか”魔女”を思わせるような姿をしている。足を覆うスカート状の器官や、ゆったりとした袖口を思わせる腕、そして頭部にある三角帽のような物体――異質なのは、そのすべてが体と一体化しているところだろうか。
そして何よりも特徴的なのは、背後にある光り輝く輪。その中心部には、ロゼリアが手にしていた大杖の先端にあった宝玉が浮かび上がっていた。
「これは……まさか……!」
魔女の姿をした怪異――否、”魔人”に一同は思い当たる節があった。帝都で発生した大規模な異変である”緋色の空”の折に、ネシード・ネイリが行使した秘術。驚き、そして瞳を細めたエルガはポツリとその名を呟いた。
「魔人化(デモナイズ)……!!」
”魔人”と化した還魂の魔女がそこにいた。巨人のような体躯を難なく浮かび上がらせた魔女は、両手を広げるような動作を取り、背後の光輪が輝きを増していく。
『では参りますわ――』
「―――っ!! やばいぞ……!!」
ネシードの時とは異なり、魔人から放たれる言葉は流暢である。その言葉と動作に嫌な予感を感じ取れたのは、”獣”がまだ力を貸してくれているからだろうか。彼が危険を知らせるのとほぼ同時、二人の術者が陣を走らせた。
『――聖なる輝きよ、彼らを守護する城壁と化せ』
「――禍事、罪穢を払い清め給え――」
ダルテが杖を掲げながら詠唱すると、周囲を囲み込むようにドーム状の障壁が展開され、札を梓弓へ変化させたナギサが弦を鳴らし、清浄な空気が辺り一帯を包み込んだ。そして彼女は、自身の頭上に八枚の札を掲げて、
「――かしこみかしこみもうす。かの地に神在、八つ鏡を境内に、御力をお借り給う――巫術・神域結界」
祝詞を唱え、掲げた札が亜空間内の足場を包み込むように円形に広がっていく。札に囲まれた範囲内では常に淡い光を纏うようになり、ロゼリアはその光に煩わしさを感じた。
『――防ぎきれますか、これを』
光輪が一際眩く輝きを放ち――次の瞬間、光輪から無数の光線が飛来してくる。呪いを宿し、かつ“導力戦車”の装甲を容易く貫通する威力を秘めた光線が、結界内にいる彼らの視界いっぱいに広がっていき――口の端に笑みを浮かべたダルテが、何かを囁いた。
『―――――』
結界周辺にも容赦なく降り注いだ光線は、亜空間内の足場を抉り、撃ち抜き、粉塵が舞い上がった。
『――――』
久々にこの姿に変貌したロゼリアは、満足げに頷きながら結界があった箇所を見下ろしていた。中々に強固な結界だったが、今の攻撃で防壁を撃ち抜いた感触があった。それに天眼の巫女も、体内に染みこんだ”呪い”を完全に払拭できては折らず、呪いの浄化能力も格段に落ちていた。
例え運良く光線の直撃を回避できたとしても、そこから広がる呪いが彼らの身を蝕むことだろう。確かな手応えを感じ取りながら、彼女は粉塵が晴れていくのを愉しみながら待ち続け――
『―――………なぜ、”粉塵が舞い上がる”?』
――おかしな事に気がついた。この場所はロゼリアが生成した亜空間。当然足場も彼女が生成した物であり、物理障壁を応用した足場である。ゆえに粉塵が舞い上がることなど決してあり得ないのだが。
『―――まさか』
困惑するロゼリアだが、術者としての勘と、突如脳裏に過ぎった情景に戦慄する。光線が直撃する寸前、ダルテは呪文を唱えていた。そして彼は幻術を得意とする術者であることを思い出す。昔から緋のローゼリアの手を焼かせ、リアンヌとドライケルスをおもちゃにして遊んでいた――
――何でしょう、今の光景は――
知らないはずの、しかし知っているような、矛盾する感覚に戸惑いを覚えたロゼリア。呆然となって固まる彼女の隙を突くように、粉塵の中から何かが高速で飛び出して来た。
「――獣牙疾走!」
『――むっ!』
煙の中から飛び出したのは白い短槍使い。ネモとの戦闘で髪紐が千切れたのか、長めの白髪をなびかせながら魔女の体を貫こうとする。しかし七アージュほども巨躯からは想像できないふわりとした機動で、あっさりとエルガの一撃をかわして見せた。
「ちっ……!」
獣牙疾走が避けられたことに舌打ちを放つつつ、即座に踵を返して短槍を片手で構えた。続けて放つは、エルガの十八番とも言える飛び込み気味に放つ突進突き。
「行くぞ、龍牙槍!」
『うるさい小蠅ですこと……!』
「っ……! なに……!?」
突き出された短槍を防ぐように、ロゼリアは目の前に物理障壁を展開する。穂先が障壁とぶつかり、激しいスパークを生じさせた。顔を歪めて即座に後退するエルガを追撃するように、何かが側を通り過ぎていく。
『――魔剣よ、踊れ』
「け、剣……!?」
詠唱しつつロゼリアが右手を振るうと、エルガの周囲に複数の巨大な剣が出現する。それらは彼を取り囲むように一人でに舞い上がり、そして全ての切っ先が向けられた。後は魔剣を放つだけ――にも関わらず、突然ロゼリアは背後へ振り返り、左手をかざして障壁を展開する。
「――ちっ! 良い反応しやがる……!」
『女性に対し背後から襲いかかるなど、少々乱暴ではないですか?』
「鏡見てから言えや! 今のてめぇのどこに”女”がある!!」
背後から奇襲を仕掛けてきたレオンの拳は、展開された障壁によって防がれていた。素早さに優れるエルガが先行して相手の注意を引きつけ、その隙に一撃叩き込むという即席の連携は防がれてしまった。
『――魔剣よ、貫け』
さらにエルガに向けられていた魔剣の半分が、新たにレオンへと狙いを定め――二人目掛けて魔剣が放たれた。全方位から襲いかかる魔剣を回避することなど出来ず、二人の体は貫かれていった。
『――さぁ、後は』
魔剣で串刺しにした二人を放置して、ロゼリアは改めて結界が張られた箇所を見やった。すでに粉塵は、元からなかったかのようにかき消え、結界内にいる巫女と白いレイピア使い、そして杖を構えるダルテの姿があった。
どうやら無数の光線は結界を打ち抜けず、また呪いも巫女の浄化能力によって無力化されたようだ。舞い上がった粉塵、あれもダルテの幻術によるまやかしであったのだ。それに改めて巫女を見やると、すでに染みこませた呪いも消えていた。自身で浄化したのか、それとも――
『……そうですか、短槍使いを治癒したときに』
おそらくそちらの方の可能性が高いだろう。エルガを治療していた際、ダルテの側には巫女もいた。その時に呪いを解呪したと見るべきか。
ともあれ、彼女の想像を超えた力量を誇る術者なのは間違いない。魔人と化したあの光線を、涼しげな顔で防ぎきったのだから。幻を通してこれなのだから、本人がこの場にいればどれほどの脅威となったことか。
『しかし、もうあなた達を守ものはいない。後はその結界を――』
「ハァッ!!」
壊すだけ――そう告げようとした矢先に、右腕に深い傷が生じる。驚き、そちらへ視線を向けると、魔剣で貫いたはずのエルガが“無傷”で短槍を振り切っていた。理性と獣性を宿した視線が交差し合う。
『傷……!? そうですか、巫女の加護を……!!』
右腕に走る傷の痛みと痺れに困惑する。魔人と化した今、外皮は厚くなり霊力を宿さない物理攻撃では、よほどでない限り傷一つ付かないと言うのに、エルガは容易く斬り裂いてきた。見ると、彼の槍の穂先がうっすらと光を放っている。いつの間にナギサからの援護を受けたと言うのか。――いや違う、これは。
「喰らいな……戦技、鳥跳び!!」
『グ、ウゥゥゥ……ッ!!?』
さらに別方向では、空高く飛び上がったレオンは闘気を右足に収束させ、落下の勢いを乗せて蹴りを放つ。胸部に撃ち込まれた鳥跳びは、ロゼリアの巨体を数アージュほど後退させ、地に足をつけるほどの威力を持っていた。
『くっ……魔剣で貫いたはず……ッ!! なぜ……!!』
「――幻覚は、ダルテさんだけの技じゃないの!」
叫びと共に結界から飛び出して行ったのは白いレイピア使い。ロゼリアの魔剣が貫いたのは、アニマ・ロサウェルの戦技ブルーミラージュによって生み出された水人形――身代わりだったのだ。
アーツを駆動させて水を生成、“霊力が混じった水”をレイピアの刀身に纏わせ、アニーは突進突きを放つ。エルガの龍牙槍から着想を得た彼女の新たなる戦技――ミラージュインパクト。切っ先から広がった水が円錐状に広がり、一種のバリアとなってロゼリアの左腕を貫いた。
『貴様達………ッ!! そうですか、この光は……!!』
ここまで一方的に押されて当初の余裕がなくなりつつあるためか、響く声音に凄みが生まれてくる。両腕は負傷し、ダメージによって一時的に地に足をつけた彼女は、傷を負うごとに霊力が抜けていき、自身が思いも寄らぬほど弱体化していることに今更ながら気づいた。
――ナギサが展開させた”神域結界”の影響である。彼女ら巫女が信仰する神々の力を、広がった八枚の札を通して一時的にこの地に下ろしているのだ。一時的、かつ限定的とはいえ、神々の力を行使する秘術に、ロゼリアは戦慄し、しかしだからこそ欲するのだと傷ついた腕を伸ばした。
『やはり……やはり、その肉体を……その”眼”を!!』
「――ごめんなさい。私は……私は、もう……ッ!!」
生まれた地域の信仰によって巫女としての生に縛られ、さらに生まれ持ってしまった天眼が原因で引き起こされた両親の悲劇。そして先程の、エルガの件。様々な要因が重なり、生への執着が希薄になっていたのは確かであった。
それこそエルガの一件では、彼を助けられるなら、ロゼリアに体を譲り渡そうと思えるほどに追い詰められた。けれど今は違う。助けに来てくれた人達のためにも、心配してくれている人達のためにも。結界越しに自身へ伸びてくる腕――それをじっと見つめて――
「もう逃げない。ここまで来てくれたみんなのためにも……自分の力と向き合って……生きて行きたい……! だから!」
――巫術・魔縛リノ鎖――魔人ロゼリアの足下から現れた鎖が、その巨躯に絡みつき、縛り上げて拘束する。――エルガと出会ったハイジャック事件のさいにネモの動きを止めるために使用した巫術。
普通の人間であれば、多少動きを封じるだけしか出来ない。だがその対象が”魔に連なるもの”であれば、鎖の拘束力は一気に跳ね上がる。
『体が……動かない……ッ!!?』
「私達”巫女”の役目は、神々への祈り。そして”魔を払う者”――!」
鎖に縛られ、身動きできなくなったロゼリアを見上げながら、ナギサは前を見やった。そこには満身創痍の、しかし闘気を漲らせたエルガの姿がある。彼は深く息を吐き出して、短槍の穂先を魔人へと向けて構えた。
――もう限界が近い、これが最後の一撃……だから、この一撃で終わらせる……!――
俯きかけた顔を持ち上げて、エルガは拘束された魔人を睨み付けるように見やり、ぐっと身を屈めた。全身から放たれる闘気が龍を象り、エルガはかけ出した。放つのは、今の彼が放てる最大の技――
「――無明を貫け――」
『この……死に損ない…………っ!!』
完全に余裕を失ったのだろう、普段であれば決して吐かない暴言を叫び、ロゼリアは鎖に縛られた腕を無理矢理に動かした。魔縛リノ鎖がピンと伸びきり、軋みを上げる。予想外に大きい負荷に、ナギサの表情は歪んだ。
「あなた、まだ……っ!」
『私は……私は……っ!!』
背後に浮かぶ光輪が一瞬消え去り、伸ばした腕の前に再出現する。中心にある宝玉が眩いばかりの光を放ち、それにつられて光輪も輝きを増していった。――その光を見ていたアニーは無数に放たれる光弾を思い出し、慌てて制止を呼び掛ける。
「ちょ、待ってエルガ君! 防御を――」
『私はッ!! まだやらねばならないことがある!!』
ロゼリアの月京都共に、宝玉の光が収束し――飛び込んできたエルガに向かって放たれる。光弾を無数に放つものとは異なり、光を一点に集めて放つそれは、砲撃となってエルガを飲み込んだ。
光弾一つで戦車の重装甲を貫ける威力を持っている。それを収束させた砲撃は、文字通り戦車を消し飛ばせるだろう。異常な力を持った砲撃を真っ向から受けたエルガは――
――龍天裂波――
『――――なっ……!!?』
――“巫女の加護”を受けているエルガの穂先は、彼が放つ闘気に呼応して加護が強まり、逆に砲撃を貫いて見せた。光を貫いて現れた短槍使いを前に、魔人は驚き呆然となってしまう。
「オオォォォォォォッ!!」
隙を見せた魔人にエルガは一切の手加減なく龍天裂波を叩き込む。突き出した穂先は、光輪の中心にある宝玉を貫き、魔人の胸部に深々と突き刺さった。
やや駆け足気味でしたが還魂の魔女・ロゼリア戦でした。ひとまずの決着、そして彼女が本作のラスボスでしたので、徐々にエンディングに向かって行きます。
その前とその後にいくつかのイベントがありますが、本作の終わりが見えてきたことにホッとしています。このまま最後まで楽しみにしていただけると幸いです。
クラフト紹介
ナギサ
・巫術・魔縛リノ鎖
魔に連なるものを封じる鎖によって敵を拘束する
威力C- 範囲M CP40
備考 魔法攻撃、地点指定、遅延、悪霊・悪魔系の場合絶対遅延
最初期に使用したクラフト
Sクラフト
巫術・神域結界
巫女の聖なる祈りが隣人に加護を与え、害意あるものを封じ込める
威力ー 範囲全体
備考 HP回復、戦闘不能解除、味方全ステータスアップ、敵強化解除&全ステータスダウン
レオン
・鳥跳び
飛び上がって放つ必殺の一撃
威力S 範囲S CP50
備考 地点指定、駆動解除、燃焼付与
アニー
・ミラージュインパクト
流水の結界をまとい、敵陣を一点突破する攻防一体の剣技
威力S 範囲直線M CP40
備考 地点指定、凍結付与