英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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最終章、エピローグ編、スタートです。


エピローグ
E-01  明日へ~1~


 

ーーそれでは、最後に語ろう。英雄達の未来を、明日をーー

 

 

 

――エレボニア帝国帝都上空で起こったハイジャック事件を契機に、帝都各所で発生していた複数の事件、それらの首謀者が引き起こした事態は収束へと向かって行った。

 

事件の首謀者であったロゼリア・リッチネルドは死亡。彼女に雇われていた空賊兼傭兵団であったレヴァナント空賊団も、TMPと遊撃士協会の主導の下、構成員全員が逮捕され、現在帝国政府の方で身柄を拘束している。

 

被害者であったナギサ・カンナギは遊撃士協会によって保護され、同時に空賊団によって”保護されていた”少年も遊撃士協会が身柄を預かることとなった。

 

――この少年に関しては、TMP及び第一機甲師団に対し敵対行為を行ったとして、帝国正規軍から身柄の引き渡しを迫られたが、ダーゼフとジルヴィアの両名が交渉を行い、正規軍からの申し出を突っぱねている。

 

またそのほかに、遊撃士が軍の派遣前に空賊団の逮捕を行ったことに対し苦情が来たものの、攫われた被害者の救助を行っただけとして、彼らの苦情に取り合う気はない強気な姿勢を見せている。大陸各地で活動する遊撃士の影響力は、帝国においても健在であった。

 

そして彼らが運用していた例の黒い飛行船は、民間企業“EXE”主導によって解析が進められている。当初はラインフォルト社及びシュミット博士が解析を行うと手はずになっていたが、直前になってラインフォルト社が辞退し、シュミット博士も拒否するという異例の事態となった。

 

――この件に関しては”何者かの関与、および手回し”があったものと推測されるも、詳細は分からない。

 

解析に関して、その進捗は芳しくないようだ。現在では未だ確立されていない技術が使われているらしく、全体的にオーバーテクノロジーの固まりらしい。またセキリュティも高く、EXEの技術者曰く「詳しい解析には生体認証が必要」というワードが飛び出したりもした。

 

「まだ分からないが、”人体実験”のにおいがある」――技師の漏らしたその一言が、RF社が解析を辞退した理由なのかも知れなかった。

 

黒い飛行船を運用していた空賊団は、人体実験を真っ向から否定。また、この飛行船に関しては「とある秘密結社から強奪した」と供述しており、あくまで自分達はやっていないとのことであった。その秘密結社に関しては――

 

 

――そして事件解決から数日。大地震による被害の爪痕や未だ解けぬ謎を残しつつも、帝都は以前と変わらない日常へ戻りつつあった。そしてそれは、事件解決に当たった遊撃士達も同様である。

 

 

 ~~~~~

 

 

「――ご馳走様です」

 

「はい、お粗末様。朝からよく食べるね、ナギサちゃんは」

 

「うぅ………」

 

「いや、恥ずかしがらなくて良いさ。子供はしっかり食べないとね」

 

ヴァンクール大通りに構えるレストラン「メドサン亭」にて朝食を取っていたナギサは、レストランのオーナーでありアニーの伯父から微笑ましげに視線を向けられ、気恥ずかしそうに縮こまる。――確かに少女が一人で食べるには量が多いことは自覚していたが、改めて言われると恥ずかしい。

 

おまけにアニーの友人だから、という理由だけで特別にご馳走になっているのだ。今更ながら遠慮すべきだったかと後悔するも、肩をすくめた伯父は気にしていないとばかりに皿を片付け始めた。

 

「むしろ君よりも、あの子の方が気になるよ」

 

そう言ってちらりと視線を向けた先には、褐色の肌に灰色の髪をした少年が仏頂面でパンをかじっている。何か朝から不機嫌なことでもあったのかと、思わず問いかけたくなるほどの仏頂面に思うところがあるのか、少し気まずそうにしていた。慌ててナギサは頭を下げて、

 

「ご、ごめんなさい。彼も、オーナーさんの料理は美味しいって言っていましたし……後で言っておきますから」

 

「あぁ、いや。そうじゃないんだ。うちの飯が不味いとかじゃなくて……彼の細さがさ。ろくにご飯を食べられない環境だったのかなぁ、って思うぐらいに細いから」

 

「ぁ………」

 

もぐもぐと相変わらずの仏頂面で咀嚼する一個上の少年の体は細くて小柄である。おそらくナギサよりも若干背が低いだろうか。同年代と比べると驚くほど小さくて、心配になるほどだ。――“前いたところ”では衣食住には不自由していたわけではないみたいだが。

 

「――ほら、カイト。これも食べなって」

 

「……………」

 

――とはいえ、今は大丈夫だろう。隣に座っている金髪の少女サリスが、ぐいっとパンを押しつけてきた。それを物言いたげな瞳で見やったが、結局何も言わずにもぐもぐと咀嚼を再開する。面倒を見ているサリスと彼を交互に見やりながら、

 

「――ま、今は少し安心かな」

 

「……そうですね」

 

伯父の言葉に、ナギサも頷きながら答えた。

 

――褐色の少年であるカイトは、例の空賊団に”保護されていた”少年である。現にナギサが攫われたとき、船内で少しだけ会話を交わしたし、その前にも帝都の地下道で起こった騒動の際にも、一緒に協力したこともある。

 

だからこそ、空賊団に保護されていた、というのは違うと知っているナギサであった。アレは完全に空賊団の一員としての扱いだっただろう。

 

だがそのことを指摘する気にはなれなかった。船内で彼と会話をした際に、天眼が発動し彼の過去を垣間見てしまったのだ。――彼が歩んだ凄惨な過去を思えば、荒波を立てることは出来ない。彼には、空賊団しか居場所がなかったのだ。

 

――彼を遊撃士協会が預かることになった経緯は知らないが、おそらくエルガの師匠であるジルヴィアが絡んでいるのだろうと推測している。後は――仮面の剣士もだろうか。

 

そして彼はこの後、とある人物によって一時的に引き取られる手はずとなっていた。

 

「………ご馳走様」

 

「うん、ご馳走様。ありがとう、アニーのおじさま」

 

朝食を食べ終えて手を合わせた彼に続き、サリスもにこにこ顔で手を合わせる。日に日に不機嫌さが増している様子だが、それも仕方のないことだろう。地獄のような場所から助け出してくれた恩人達が、今は牢屋に閉じ込められているのだから。不満と苛立ちが燻っていくのは当然とも言える。

 

「はい、お粗末様。美味しかったかい、カイト君」

 

「………まぁ、美味かった」

 

「そうか。それ何よりだよ」

 

――とはいえ、表情を除けばしっかり受け答えしているため、まだ安心できる範囲ではあるだろう。少しだけ安心しながら彼を見ていると、二階の方からばたばたと足音がしてくる。階段を一気に駆け下り、足音の主がドアを開けて食堂へと姿を現した。

 

「ごめん伯父さん、寝坊しちゃった……!」

 

「寝坊って……また夜遅くまで勉強していたのかい?」

 

色素が薄く、長い金髪がやや乱れているアニーが、慌てた様子で伯父の元へ駆け寄っていった。詰め寄られた伯父はため息混じりに眉根を寄せて首を振る。

 

あのヤクザの親分さんが兄の不当な借金を返してくれたことをきっかけに、今まで以上に医学について独学で学んでいるアニーであった。彼女の意欲には頭が下がるが、このままではいずれ倒れてしまいかねないハードスケジュールに頭を抱えてしまう。まだ二十歳にもなっていないというのに、いつか過労死してしまいそうな姪の将来に危機感を覚え、

 

「……申し訳ないが、姪のことを頼んでも良いかい? ダーゼフさんからも言われているんだ。今日は彼女が付き添うそうだが、半ば休日のような物だって。だから適度に息抜きさせてやって欲しい」

 

「あ、あははは……わかりました」

 

オロオロしている姪に対して盛大にため息をつき、頼まれたナギサは苦笑いを浮かべて応じるしかなかった。

 

 

 

 

「――それじゃ、アニーさん遊撃士辞めちゃうんですか!?」

 

その後アニーが身支度と朝食を終えた後、三人は彼女と共にメドサン亭を後にする。危険は去ったとは言え、あんなことが起こった直後であり、当面の間はアニーを含む数名の遊撃士達が持ち回りで少女達の護衛に当たる事となっていた。

 

そして目的地へ向かいながら彼女の近状を聞くと、遊撃士引退という驚きの内容だったのだ。驚くナギサとサリスに、アニーは頬をポリポリかきながら苦笑気味に告げる。

 

「うん。と言っても、今すぐってわけじゃないけれど……でも後数ヶ月のうちには、資格を返却するってことで話を進めてるよ」

 

「そ、そうなんですか。……でも何で急に……」

 

「ちょっと……夢を追うことを後押ししてくれた人がいたから」

 

「夢?」

 

首を傾げながら問いかけたサリスに対し、アニーは彼女を見てこくりと頷いた。そういえばまだ彼女達には言っていなかったなと今更ながら思い出して、

 

「実は緋色の……ううん、大地震の時に、ネイリ一家が解散して、組長が逮捕されたでしょ?」

 

「――あぁ、そういえばそんなこともありましたね」

 

「………」

 

「………」

 

”表向きは”、大地震の際にネイリ一家の組長が、帝都の混乱に乗じて暴行や強奪事件を起こしたとして憲兵隊に逮捕されている。”裏の事情”を忘却させられたサリスはあぁ、と頷く一方、ナギサとカイト少年は口をつぐんでしまう。

 

特にカイト少年のジトッとした視線を気にしないようにしながら、アニーは慎重に言葉を選び、

 

「それでその時に、私のお父さんがしていた借金が、不当な物だったって事が判明して、その金額が戻ってきたの」

 

――より詳しく言うならば、ネイリ一家の物品を回収したグロードが返しに来たというのが正しい。ただその辺りの事情を説明するとややこしくなりそうなので割愛する。それに不当な借金というのは間違いではないのだから。

 

「そのミラは、元々お父さんが、私の「お医者さんになりたい」、っていう夢のために貯めてくれたミラだったんだよね。それが戻ってきて……「夢を追いかけてみたら」って言われてね」

 

「そうだったんですか……。そういえば、医学も学んでいるんでしたっけ……わかりました、そういう事情なら、残念がるのは私の我が儘ですね」

 

一人納得したサリスは、すっきりした表情を浮かべて頷き、アニーの手を取った。

 

「がんばって下さい、応援しています!」

 

「―――ありがとう、サリスちゃん」

 

一瞬きょとんとしたアニーだったが、優しげな微笑みを浮かべてアニーもサリスの手を握り替えした。微笑みを交わしながら見つめ続ける二人を眺めつつ、カイトはポツリと呟くのだった。

 

「……夢、か……」

 

「………」

 

その時の彼の表情がどことなく寂しそうに見えたのが、少し気になるナギサであった。

 

 

 

彼女の近状報告を聞きながら、一同は百貨店に足を運んでいた。ここに来たのは日用品とお見舞いの品を買うためである。日用品に関しては、主にカイト関連の物が多い。遊撃士協会の方で保護する事となったが、実は引き取りたいと言う者が現れたのである。

 

「今日から三人暮らしかぁ~! 楽しみだね!」

 

「…………」

 

「お、なーにその表情。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなのさ」

 

「………別に。ただ急に知らない奴と暮らせって言われても……実感が湧かないだけだ」

 

朝から楽しげな笑みを絶やさないサリスに対して、カイトは怒っているのか不満顔のままである。

 

彼を引き取りたいと手を上げたのは、レオン・オーガストであった。ブレイツロックの四代目である彼にカイトを預けるのは、遊撃士としては簡単に認めるわけには行かない。だがどういうわけかレオンが必死になって頼んできたことと、彼のこれまでの協力、また彼のひととなりを知っているダーゼフが、いくつかの条件付きで許可したのであった。

 

カイトの発言には、おそらく困惑も混じっているのだろう。なぜ赤の他人が俺を引き取るなどと言い出したのか。その理由に心当たりが一切ない彼は、探るような瞳でサリスを見やり、

 

「何で俺を引き取りたいって言ったのか、何か知っているんじゃないのか? あんた、あの人の身内だろ?」

 

「……それは……」

 

にこやかな笑顔を浮かべていたサリスの表情が曇る。――実はサリスは、彼に聞きたいことがある。おそらくレオンが彼を引き取ると言い出したのは、それが関係しているはずだ。――しかしそれを聞くのが、少しだけ怖かった。口ごもる彼女を見て、何か知っていると察したカイトはさらに詰め寄ろうとして。

 

「――あ、ナギサちゃん。彼へのお見舞いの品、これなんて良いんじゃない? 確か集めていたよね?」

 

「どれですか? ……うーん、別に集めているってわけじゃなかったし……仕事のお礼として貰ってたら、いつの間にか全部集まっていたみたいだから」

 

少し離れたところにいたアニーとナギサの会話が聞こえてきて、視線をそちらに向ける。ちょうど百貨店の書店コーナーにやってきていたようだ。書店に並ぶ無数の本を見て、カイトの脳裏に無類の読書家な彼の顔が思い浮かんだ。

 

「………」

 

ちらり、と側にいるサリスへ視線を向けると、彼女もナギサ達を見ていた。――その横顔が、思い浮かべた人物と重なり――

 

「………悪かった」

 

「へ? な、何が?」

 

唐突に謝罪されたことに驚き、素っ頓狂な声を上げてカイトを見やると、彼は決して視線を合わせようとしないままぼそりと呟く。

 

「……アンタに当たるのは筋違いって奴だよな。あのおっさんに直接聞いてみるさ」

 

「…………」

 

彼の発言に瞳を瞬かせるサリス。まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったのか、完全にフリーズし、やがてゆっくりと笑みを浮かべていく。

 

「………そう。なら、あたしが聞きたことも、その時に聞くわ」

 

「? 聞きたいことがあるなら聞けば良いだろ。答えるかどうかは知らんが」

 

「それ絶対答えない奴だぁー」

 

首を傾げながら言う彼に対し、サリスはクスクスと笑みを溢していく。――一体何が面白いというのだろうか。単純に教えられないこともあるから何でも答えるわけではないと言っただけなのだが。

 

クスクスと笑う彼女を胡乱げな瞳で見ていると、やがて彼女はコホンと咳払いを一つして、

 

「それじゃ改めて……お近づきの証に、コレ」

 

「……?」

 

そう言って差し出されたのは、先程雑貨屋で買った日常品の数々が入った袋。カイトの物を買いに来たはずなのだが、可愛らしい女の子向けの小道具の方が多い気がするそれを差し出して、強引に持たせた。

 

「何で俺が……」

 

「男の子でしょ? 文句言わないの。それにカイトのものになるんだから」

 

「いや、これお前等の物が多いだろう。それに俺のものは船に……ちっ………」

 

言いかけ、舌打ちと共に口をつぐんだ。私物に関してはノア号の自室にあるものの、肝心のノア号が現在EXEとか言う工房に持ち込まれているため、私物を持ち出せないのだ。――と言うかノア号に関しては、ネモからきつく言い渡されていることがある。

 

――ノアを“起動させるな”――TMPに連行される際に、彼がカイトに伝えた言葉。そう伝えた理由は理解している。それ以来、あの船を起動させたことはない。最も物理的に離れているため、起動させることは出来ないが。

 

ノア号には生体認証が設定されており、今は自分が登録されている。そして登録者以外はあの船を起動させることは出来ない。――おそらく異能によって生体認証に登録することが出来たのだろう。現にノアを起動できるのは自分だけである。

 

「どうしたの? って言うか舌打ちはやめなさい、舌打ちは」

 

「……もういい。これを持てば良いんだろ、勝手にしろ」

 

そう言ってため息混じりに荷物を受け取り、嫌々ながらも荷物を受け取ったカイトは相変わらずの不機嫌顔である。何だかんだ従う彼に微笑みかけてから、サリスはナギサ達に近づいていった。

 

「二人とも何見ているの?」

 

「サリスちゃん。これ」

 

「………へ、へぇー……」

 

近づいてきた彼女に気づいたのはアニー。彼女はナギサと二人で見ていた一冊の本をサリスに見せる。その本の題名を見て表情を引きつらせたサリスは、ただ相打ちをうつことしか出来ない。

 

――サラスバティーの復讐記 完全版――少し、いやかなり返答に困る内容であった。最近帝都で流行の娯楽小説だが、とある事情によりその本に複雑な気持ちを抱くサリスは口ごもり、その事情を知らない二人は彼女の反応に首を傾げる。というか完全版って、出版速すぎないだろうか。

 

「どうしたの、サリス? そんな変な顔をして」

 

「そ、その……」

 

首を傾げているナギサに何と答えるべきか。口ごもるサリスだが、思わぬ所から助け船がやってきた。

 

「――良いから。その本読まなくていい」

 

「……えっと、どういうこと?」

 

突然会話に割り込んできたカイトに、ナギサもアニーも驚きの表情を浮かべていた。自分から会話に参加するタイプではない彼の行動に驚いているのだ。

 

一方、カイトは目の前に山積みされている”黒歴史”の山を見て、彼女達をここから連れ出そうと躍起になっている。

 

――言えない。その本の作者が、自分達の船の”操舵手”だなんてこと。

 

――言えない。その本の主人公のモデルが、”兄貴分”だなんてこと。

 

――決して言えない。その本のヒロインが、”女体化された自分”がモデルになっているだなんてこと……っ!

 

黒歴史どころか、人生の汚点そのものである。とりあえずオーレルから印税を要求しても罰は当たらないだろう。咳払いをして、カイトは平常心を装いながら彼女達を半ば急かす形で書店コーナーから離れていく。

 

「ちょ、ちょっとカイト君……?」

 

「良いから。……今度アップルパイ焼いてやるから。先行くぞ」

 

「何でアップルパイ? まぁ好きだけど」

 

彼の行動に困惑しつつ、彼らはその場を後にするのだった。

 

 

 

その後も買い物は続く。主目的を達成した後は、いつの間にか目的が女性陣のウインドウショッピングになっており、カイトはうんざりした面持ちで荷物持ちとなっている。一番小柄な彼に荷物持ちをさせている絵面に思うところがあるのか、年長者のアニーは困った様子で手を差し伸べて、

 

「カイト君、少し持つよ。ほら」

 

「その気持ちだけで良い。どうせ重くないし」

 

「いや、絶対重そうだけれど。……でも確かに、重たそうにはしていないのよね……」

 

荷物に体が揺らされるなんてこともないし、あの重量をしっかりと支えられている。小柄な体からは想像しづらい膂力とバランス力に首を傾げつつも、彼女はなおも首を振り、

 

「それでもお願い、私に持たせてくれない? 年下の子に荷物全部押しつけている大人のお姉さんの気持ちにもなって。さっきから視線が痛いの」

 

「……………」

 

手を合わせて懇願してくるアニーに対し、カイトは白い目で見やる。――もっと早くに気付けと視線で訴えかけてきて、冷や汗を流したが、やがてカイトはアニーに荷物を少し持って貰うことになったのだった。

 

「ほら、がんばって。ガンバレ、ガンバレ♪」

 

「………ッ」

 

「……や、もう舌打ちするなとは言わないけれど。せめてガチはやめて、ガチは。ごめんて。変な声出してごめん」

 

一方猫撫で声で荷物持ちを応援してくれるサリスには、ここ最近で一番の不機嫌顔で舌打ちするカイト。彼が放つ威圧感に気押されたサリスは、神妙な表情で謝罪をするのだった。

 

そんな風に――まだ多少の壁はあるが、概ね――サリス達と仲良く過ごしていると、直に約束していた時間が迫ってきていることに気がついた。買い物を中断し、一同は百貨店を後にしてとある場所へ向かって行く。

 

「――それで、待ち合わせ場所ってここなの?」

 

「うん、おじさんが言ってたよ。帝都駅に来てくれって」

 

たどり着いたのは帝国全土に引かれた”大陸横断鉄道”のほぼ全ての路線が集まる中心点、帝都駅。人と物が一カ所に集まるこの場所は、帝国の活気を示すかのように人でごった返していた。

 

パッと見渡せば観光客はもちろん、仕事で帝都にやってきた者達も多いが、軍人や鉄道で運ばれてきた荷物を下ろしている作業員もちらほら見かける。特に軍人の方は灰色の制服――TMPの者達が多い。

 

「……鉄道憲兵隊……チッ」

 

聞けばこの帝都駅にTMPの部署があるそうな。例の一件も相まって着実に知名度を上げつつあるTMPに対し、カイトは憎々しげに睨み付けるような視線を向けていると、不意にゴツンと拳が墜ちてきた。

 

「坊主、気持ちは分からんでもないが、そんな目で連中見たらあかんでぇ。何を言われるかわかったもんやないからのぅ」

 

「………」

 

拳が墜ちたと言っても、あくまで軽くコツンと叩くような物で、痛みなど全くない。むしろその露骨な子供扱いの方が気に入らず、目つきを険しくさせて拳を墜とした主を見やる。

 

「――お、えぇ目をしとるやないか。どうだ、わしらビッグスロープの方で引き取ったろか?」

 

「――グロードさん?」

 

顔に横一文字の傷跡があり、無精髭を生やした男。この独特なしゃべり方は確か、グロードと言ったか。ニィッと悪巧みをしていそうな凶悪な笑みを浮かべた彼に対し、アニーはにっこりとした表情で詰め寄る。

 

「冗談や冗談。そんな怖い顔せぇへんでも」

 

「怖い顔なんてしていませんよ?」

 

肩をすくめるグロードだが、対するアニーは笑顔のまま。――だがその笑顔に、凄みを感じたのは彼だけではないだろう。現に彼女の笑顔を見たサリスとナギサの表情は青ざめていた。

 

「――グロードの兄さん、ロサウェルは真面目なんだ、そういう冗談は言わない方が良い」

 

そんな二人の元に現れたのは、頬に傷のある赤みを帯びた黒髪の、強面の男――レオン・オーガストであった。今まではラフな格好しか見てなかったが、今はスーツを着用してサングラスもかけているため、ブレイツロック四代目としての貫禄が醸し出されていた。

 

「おじさん!」

 

通行人がレオンの貫禄に気押され、距離を取っていく中、サリスは保護者の登場に目を輝かせて近寄っていく。そんな彼女に、サングラスの下で表情を和らげたレオン。

 

「――悪い、待たせたか」

 

「ううん、ちょうど今来たところだから。むしろこっちが待たせちゃったかな?」

 

「いや、俺達も今来たから大丈夫だ」

 

(……よう言うわ。三十分も前から待ってたくせにのぉ)

 

何だかんだ、義理の娘にだだ甘なレオンであった。最も、彼が気合いを入れて待っていたのはそれだけが原因ではないが。ともあれ、彼が指定した時間に無事合流できたようだ。アニーはコホンと咳払いを一つして、レオンに向かって挨拶をする。

 

「レオンさん、お疲れ様です」

 

「あぁ、お疲れ。彼女達の付き添い、礼を言うぞロサウェル」

 

「いえ、気にしないで下さい」

 

軽く頭を下げて礼を告げる彼に、アニーはやや恐縮する。――わかってはいるが、やはり今の格好をしたレオンから放たれる”ヤクザの大親分感”は凄まじい。分かってはいても、思わず身構えてしまうほどに。

 

それでもどもらずに言えたことから、自身の成長を実感できたアニー。内心うんうん頷きつつ、もう一度レオンへ視線を向けて、

 

「それじゃあ、サリスさんとカイト君のお二人をお願いしますね」

 

「あぁ。グロードの兄さん、後頼んだぞ」

 

「了解や。――って重ッ!? なんやコレ……おいおめぇら!!」

 

カイトとアニーが持っていた荷物を受け取り、その重さに驚きの声を上げているグロードは、首を傾げつつ近くにいた組員を呼び寄せている。

 

ここで一端サリスとカイトの二人は、レオンと共に行動することとなる。彼の用事が終わったら、その後遊撃士協会に送ってくれるそうだ。サリスはナギサに向かって手を振って、

 

「それじゃ、また後でねナギサ」

 

「うん。カイト君も、また後で」

 

「…………あぁ」

 

レオンは二人を引き連れて帝都駅構内へと向かって行った。彼らの進行方向に首を傾げつつ、まぁレオンなら大丈夫かと思い直し、アニーは肩をすくめて、

 

「――それじゃあナギサちゃん。”彼”の所に行こうか」

 

「……うん」

 

 




ようやく始まったエピローグ。事件解決後の遊撃士達+αが今どうしているのかをざっくりと説明しつつ、今まで明かさなかった伏線の回収。


・ナギサはしばらくの間遊撃士協会で保護、護衛しつつ今後の身の振り方を考えている状態ですね。まだ十二歳と幼いため誰かが保護者にならないと、という所でしょうか。適任者はいるんですが、さてどうなるか……。

・アニーは医学の勉強を本格的に始め、数ヶ月後には遊撃士を引退予定。その後レミフェリアの医科大学への進学を視野に入れています。夢に向かって邁進中。

・レオンはブレイツロックの四代目として活動しつつ、組織の立て直しの真っ最中。何やら考えがあるようで、カイト少年を一時的に引き取ることに。

・何だかんだいって仲の良さそうなサリス&カイトコンビ。この後彼らが向かった場所ではーー

エルガ君は次回になります。


作中で何度か触れた娯楽小説「サラスバティーの復讐記」。あれはノア号の操舵手であるオーレルが書いた小説になります。一部改変されていますが(主に結末が)、ネモの過去が記されており、本人は相当ご立腹な模様。そして流れ弾が当たるカイト少年、本人は墓場まで持って行く模様。

ちなみにナギサがその本を気に入ったのは、ヒロインの境遇が自分と似ていたから、というのあったりします。
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