帝都内を走る導力トラムに乗り、街の景色を眺めること数十分。ナギサとアニーは目的地であるアルト地区に、遊撃士協会帝都東支部にたどり着いた。――そういえば初めて帝都に来たときも、トラムに乗ったなと今更ながら思いだし、微かに笑みを溢した。
「どうしたの?」
「……エルガにつれられて初めて帝都に来たときのことを思い出して」
あのときは初めて見る景色ばかりで、平静を装いつつも内心緊張していたのを覚えている。導力車に関しても、知識としては知っていたが見たり乗ったりするのも初体験だった。エルガと共にトラムに乗ったのだが、二人揃って見事迷子になったのも懐かしい。
ちなみにあれ以来エルガはトラムに苦手意識を持っているようで、トラムで移動するという話しになったら必ず苦い顔をするのだ。本人的には隠しているつもりなのだろうが、割とばれていたりする。
「あれ以来、トラムが苦手になったそうですよ」
「あぁ、なるほど。初めての経験が尾を引いているのね、彼。……なんて言うか、時々すごく子供になるよね」
ナギサが教えてくれた情報に笑みを溢しつつ、ふと気付いたことを口にする。彼女の言うとおり、滅多にないもののエルガは時々幼い子供のような感想や言動を取ったりする。アニーがぽつりと呟いた言葉に頷きながら、
「わかります。なんて言うか……普段のエルガは安心できるんですけれど、ふとしたときにそういう所が出てくるから少し心配しちゃうと言うか……一人でも大丈夫かなぁっ、て思っちゃいます」
「何そのお母さんみたいな反応。ナギサちゃんの方が彼より年下なんだからね」
思わず貴方はエルガ君のお母さんなの、と言いたくなる発言に苦笑するアニー。あの一件以来ますますエルガに懐いたというか、べったりになったナギサは、きょとんとした表情で首を傾げている。
「それは分かってますけど……え、私何か変なこと言いました?」
「……うん、まぁ……ガンバレ」
「…………」
何かを言おうとして、しかし言葉が出てこなかったアニーはそっと息を吐き出して、最終的にナギサの肩をぽんと叩いた。
腑に落ちない様子で首を傾げるナギサを放置し、遊撃士協会東支部の扉を開けて中へ入っていく。午前中とはいえ昼に近い時間帯、中はそこそこな人数でごった返していた。
大地震から1ヶ月近く経ったとは言え、未だ爪痕は残っている。一時期急激に増加していた依頼は落ちつきつつあるが、自分達の役割は未だ多いだろう。日々の忙しさを予想しつつ依頼が張られる掲示板を見やり――首を傾げた。
「………あれ?」
「どうしたの?」
「いえ……妙に依頼が少ない」
ナギサの疑問に答えつつ、アニーは訝しげに眉根を寄せる。予想を裏切る依頼の少なさに肩すかしを食らった気分になった彼女は、たまたま近くを通りかかった先輩に声をかけられた。
「お疲れ、アニー。良かったな、今日は急ぎの依頼ないぞ」
「トヴァル先輩。どうしたんですか、一体……」
「何、ジルヴィアの旦那が協力してくれてな。おかげで大分楽になったぜ」
「へ? エルガ君の、師匠がですか?」
あの一件依頼、しばらく帝都に残る事になったジルヴィア・ローグは遊撃士の仕事に積極的に取り組んでくれているのは知っていた。しかしいくら有名な遊撃士とはいえ、一人加わった程度で依頼がこうもスムーズになくなるわけが――
「あぁそうだ。依頼解決のスピードが尋常でなくてなぁ……おまけに斡旋の方もやってもらったんだが、俺達の特徴や無理不向きを考慮して回してくれているから、かなり楽になってる……まぁ、その結果俺は裏方仕事が増えちまったが」
どうやら積極的に依頼を受けるだけではなく、依頼の斡旋も行っているようであった。トヴァルは冗談めかして口にしたが、裏方が増えた事に不満を抱いてはいないのだろう。元々彼は裏方を得意とする知名度が比較的少な――縁の下の力持ちタイプな遊撃士なのだ、今更という奴だろう。
「今何か失礼なこと思わなかったか?」
「先輩の後方支援は頼もしいって思いました。とりあえず依頼が少ない件は了解しました。……それで、エルガ君は今どこに……?」
疑わしげに見やる彼を平常心でスルーして、アニーは問いかける。なおも納得いかないような視線を向けていたが、やがてため息混じりに、
「……まぁいいや。あいつだったら、中庭に出ればわかるさ」
「――え?」
「――ちょ、ちょっとちょっと!?」
トヴァルに言われたように中庭に出て、そこで繰り広げられている光景を見て二人は目を見開いた。ちょうど扉を開けたところで、冗談抜きで宙を舞っている一人の少年の姿が飛び込んできたのだから。
「――ゴフッ!!」
宙を舞っていた少年は、やがて重力に引かれて地面に叩き付けられる。受け身すら取れていなかったため、叩き付けられた衝撃で肺の中の空気を吐き出したことだろう。そのまま悶絶している。
「――まったく。紛れ撃ちとは言え奥義を放てたから、少しは成長しているかと思いきや……まだまだ未熟だな、お前は」
その少年と対面する形で短槍を振るうのは黒髪の壮年――ジルヴィア・ローグである。彼はふぅっと呆れた様子でため息をつきつつ、地に叩き伏せた少年を見下ろしていた。一方少年は全身をぷるぷるさせつつ、短槍を杖代わりに立ち上がろうとしている。まるで生まれたての子鹿であった。
「こ、これが病み上がりのけが人に対する仕打ちかよ……っ」
「……ふむ、病み上がりはけが人に使う言葉だったか……? まぁ意味は通じるから良いが」
細かなところが気になるのか、ジルヴィアは一人眉根を寄せつつ自問し、首を振る。今はそれを気にする場面ではない。痛みに呻く弟子――エルガを放置して、彼は来訪者の方へ視線を向けて、
「一体どうしたのだね、レディ達。怖がる心配はない、入ってくると良いさ」
「それじゃ遠慮なく――」
――微笑みを浮かべながら、紳士的に振る舞うジルヴィア。そこで立ち止まらずに中に入るよう促すと、アニーは頬を引きつらせ、明確な怒りを浮かべた状態でずかずかと彼に詰め寄っていった。
「む、むっ? どうしたのだね、ロサウェル嬢。私が何かして――」
「コレは一体どういう状況なんですか!? エルガ君はまだ安静にしていないとダメなんですよ! 失血死しかけていたんですから!」
詰め寄ってきたアニーは、ジルヴィアに盛大に雷を落として説教を始めた。彼女が見た限りでは師弟間の鍛錬だろうと推測している。今のエルガに激しい運動は危険だからやめておいて欲しいとしっかり伝えたはずだ。
――数日前のアイゼンガルド連峰でナギサを助け出したエルガは、彼女の無事を確かめるとそのまま気を失ってしまったのである。原因は大量の失血、刻の魔術師と名乗ったダルテが彼の治癒を行い傷を塞いだが、失われた血液までは戻らなかったようだ。
そのため応援に駆けつけてくれたTMPの協力と援助の元、あの場で即座に輸血を行い応急処置を施した後に、病院に搬送されたのである。傷が塞がっていたのが不幸中の幸いであった。もし塞がっていなかったら――助けられた可能性は限りなく低いだろう。
生死の境をさまよった彼が目を覚ましたのはつい先日のこと。治癒のおかげで外傷はなく、輸血を行い安静にした後に退院となったが(ダルテのことは伏せて説明したため、病院側は怪我もないのになぜ失血したのかと首を傾げていた)、肉体にもダメージは残っていることを踏まえ、数日間は激しい運動は禁止と伝えたはずだ。
確かに軽くなら大丈夫と言ったが、人が浮かび、吹き飛ぶような運動は決して”軽く”ではない。彼女が醸し出す迫力にたじろいだジルヴィアは身を引きつつ、
「う、うむ、それは理解している。だからほどほどで鍛錬を終わらせようと――」
「だから鍛錬自体がダメだって言ったじゃないですかッ!!」
「落ち着き給えロサウェル嬢。これはだな、エルガの頼みでもあるのだよ。エルガが暇で暇でしょうがない、などとぼやくから、それに付き合ってやろうと思っただけであってな」
「エルガ君!!」
必死に弁明しつつ、怒りの矛先をなすりつけようとする師匠に、エルガはえっと驚きを露わにする。おまけにギロリとアニーからお怒りの視線を向けられ、彼は慌てて弁明を行い始めた。
「ち、違う! 確かに暇だから少し付き合って欲しいと頼んだけど、俺はストレッチ的なものを想像していた! ここまでガチ目な鍛錬をするとは思ってなかったし、今は無理って言った! だけど師匠が……!」
「エルガお前、そんな平然と嘘をつく子に育てた覚えはないぞ! だいたいノリノリで槍持ってきたのはお前じゃないか!」
「奇遇だな、俺もない! 後ノリノリじゃない、アンタに言われて仕方なく持ってきただけだ!! おまけに“久しぶりに手合わせと行こうか”なんて言っていただろう!? 完全にその気だったのはアンタの方だ!!」
「私一人に責任をなすりつけるな! お前もお前で、”けが人なめるなよ”と言っていただろうが!! おまけに”獣”と交ざった状態で――――」
「――二人とも正座ァ!!」
『すみませんでしたぁ!!』
ヒートアップしかける師弟間の不毛な言い争いに、ぶち切れたアニーの雷が墜ちてきた。彼女の叫びと迫力に呑まれた二人は、一瞬の内に横並びとなって正座し、美しい土下座を行うのであった。
「あ、あははは………」
一連の流れを呆然と見ていることしか出来なかったナギサは、乾いた笑みを浮かべるのであった。
「――だから言ったのに、バカだなお前達は」
「すみませんでした……」
「人は見かけによらないな。ロサウェル嬢怖い……」
それからしばらくアニーの説教を受け、騒ぎを聞きつけてやってきたダーゼフは呆れ果てた目つきで正座する二人を見下ろしていた。中庭にあの二人が向かって行った時点で何かやらかすのは分かっていたため一応止めたのだが、おそらく聞き入れないだろうなぁと思い放置していたのだ。
雷を墜としたアニーにすっかり怯えてしまったのか、エルガとジルヴィアの師弟コンビはプルプル震えている。その隣ではプンスカ怒っているアニーが二人を睨み付け、
「だったら怒らせるようなことしないで下さい!」
「面目ない……」
申し訳なさそうにジルヴィアは低頭しつつ、隣の弟子を肘で小突く。まるでお前のせいで怒られたとでも言いたげな反応に、思わずエルガも小突き返すが、中庭にやってきたダーゼフが呆れた声で呼び掛ける。
「やめろ二人とも。……全く……ジル、頼まれていたものだ」
「それでダーゼフ。例の件はどうなった?」
「あぁ、問題ないと。これまでの実績と、空賊団の捕縛への貢献……本部の方も、これなら充分過ぎると」
「……? えっと……」
エルガの方へ近づいていくダーゼフ。どうやら自分の事を話しているとは気付いたものの、その内容はわからず首を傾げるしかない。疑問を浮かべながらダーゼフを見やっていると、彼はすっと書類をいくつかの書類を手渡してきた。
「先程レマン自治州にある本部の方から連絡がありました。おめでとうエルガ、準二級から準一級へ昇格です」
「へ? ……あ、そういう……ありがとうございます」
何やら雰囲気が少し違っていたため何事かと思ったら、昇格の話であった。手渡された書類には、確かに自分を準遊撃士一級へ昇格するという旨が書かれている。ついに準一級遊撃士――準遊撃士の中では最高位であり、ようやく正遊撃士への道が拓かれたのであった。
「おめでとうエルガ君。……って、そういえばエルガ君って遊撃士になって何ヶ月?」
昇格を喜び、賞賛してくれるアニーだが、ふと気になる事があったのか問いかけてきた。エルガは今年十六歳、そして遊撃士の資格を取れるのは十六歳から。――遊撃士になってから一年未満と言うことになる。
問われたエルガは少しだけ考え込んだが、すぐに答えた。
「えっと……まだ半年ちょっと……?」
「え、準一級になるの早くない!? 私だって、準遊撃士時代は一年以上かかったのに」
僅か半年で正遊撃士目前という恐ろしい昇格スピードに、アニーは素っ頓狂な声を上げる。彼の仕事ぶりは間近で見ていたため、遊撃士として優秀なのは分かっているが、だとしても早すぎる。
「まぁ、彼の場合師が師ですから。レマン本部の期待もあってのでスタートしたので」
驚きに固まるアニーに対し、苦笑を浮かべながらダーゼフは答えて上げた。やはり”天槍の弟子”という肩書きは、本部から目を付けられやすいらしい。”下駄”を履いたスタートダッシュに、露骨に期待を受けているなぁ、とエルガでさえ感じたほどである。
しかし今回の昇格は向こうの期待絡みではなく、レヴァナント空賊団の捕縛という快挙をあげた事への正当な評価であった。その証拠に、昇格の話が来ているのは彼だけではない。
「それとサラ君とトヴァル君、そしてアニー君への昇格の話も来ていますよ」
「え、私もですか?」
「えぇ、アニー君もですよ。最も、引退せずに続けるなら、と言う条件付きでしたが」
思わぬ報告にアニーは目を瞬かせるも、すぐにやっぱりと言わんばかりに苦笑を浮かべた。昇格して引退という美味しい話はないようだ。最も、本人的には昇格は辞退したかったので問題はない。
「すみません、ダーゼフさん。私は……」
「……決意は、変わりませんか?」
「……はい」
ダーゼフの静かな、そして最終確認するかのような問いかけに、アニーは彼の目を見てはっきりと頷いた。彼女の瞳の中にある決意に、彼は無言で頷くのだった。
「……ねぇ、準一級の次って何になるの?」
「あぁ、その上からは正遊撃士になる。最初だからランクはG級だったと思うけれど」
一方、昇格の話を聞いていたナギサは、ふと疑問を覚えてエルガに問いかける。すでに正座から足を崩している彼は、頬をポリポリかきつつ、
「ただ問題は……正遊撃士になる条件がちょっと大変なところかな。五つ以上の支部から推薦状を貰わないといけないんだ」
これが一番の難題であった。準遊撃士から正遊撃士になるためには、所属する場所を含めた複数の支部から推薦状を貰わなければならない。幸い推薦状は準一級になる前から貰う事は出来るので、事前に貰っておけば準一級になってすぐ正遊撃士になる事も出来る。
だがエルガは遊撃士になって半年足らずの新人。おまけに推薦状を貰う機会に恵まれず、受け取ったのは帝都所属になる前に一時的に所属していたレミフェリア支部で貰った一枚のみ。
「後四枚か……先は長いなぁ……」
「いいえ、違いますよエルガ。後”二枚”です」
「へ?」
昇格を喜びつつ、新たに現れた関門にやや苦しい笑みを浮かべていると、ダーゼフがふっと微笑みを浮かべて新たな封書を渡してきた。――後二枚、その意味を飲み込めず首を傾げたエルガは、その封書を受け取って、
「―――帝都支部の、推薦状……? ……え、二枚!?」
封書の中は推薦状だった。ダーゼフに書いて貰おうと思っていたのでそれはありがたかったが、なぜか二枚もあるのだ。困惑する彼に笑みを向けながら、
「えぇ、帝都は広いですからね。東部と西部で”二つの支部”に別れているんですよ」
「………え、それって、つまり……?」
楽しげな表情で勿体ぶるダーゼフに苦笑を浮かべつつ、アニーがあっさりとネタバラシをしてくれた。
「同じ帝都にある支部で、依頼も共有していて、人員も共有しているけれど、書類上は別の支部ってことになっているからね、一応。つまり帝都支部で推薦状を貰うと、二枚貰えるんだよ」
「え~……いや、こういうときはありがたいけど……えぇ~……」
むしろなぜそこまで共有しているのに別の支部という体を取っているのか、そちらの方が気になる。推測通りの答えに、エルガもありがたいと思いつつ、どこか釈然としない様子で乾いた笑みを溢すほかなかった。
「帝都で活動しているとそういう反応になるよねぇ。私も二枚渡されたときは何事って思ったし……」
「まぁまぁ。その代わり、推薦状を渡すハードルは他の支部と比べると厳しくしていますからね」
予想通りのリアクションをしたエルガに、ダーゼフは悪戯が成功した子供のように笑いながら補足する。そのハードルがどの程度なのか分からないが、彼が監督役ならば確かに厳しいだろう。
「そういうことなら貰うけどさ。……でもこれで三枚………っし!」
(かなり喜んでる……)
ともあれこれで推薦状は三枚。一気に前進したことに違いはない。後の二枚も、この調子ならすぐに貰えそうと言う根拠のない予想が浮かぶほどエルガは高揚していた。何となく彼を眺めていたナギサも思わず苦笑いするほど顔に出ていた。
「良かったなエルガ。さて……」
彼の隣で一連のやりとりを眺めていたジルヴィアは立ち上がり、
「そういえば、まだお前に餞別を渡していなかったな」
「餞別?」
「あぁ。……エルガ・ローグ」
微かに微笑みを浮かべた後、ジルヴィアは表情を正し真剣な眼差しを浮かべてエルガを見下ろした。何も言わないが、わざわざフルネームで名を呼んだこと、その眼力と雰囲気から何か大事なことを話そうとしていると察した彼は、その場で立ち上がって師匠を見やる。
「師匠……?」
「まだ未熟な点が目立つとは言え、お前は見事”誰かを守り抜く”という誓いを貫き通した」
「…………」
「そして自分の中にある”獣”を手なずけ、紛れ撃ちだったとは言え”奥義”までも放った」
「そこまで……でも、”獣”は手なずけたわけじゃない。アレは……”共闘”って言う方が正しい」
師の言葉に頷きつつ、一つだけ訂正する。あのとき行った“陰陽交差”は、三つ足の獣を制御下に置いたというよりも、獣と共に戦ったという感覚の方が強い。あのときの自分は、“人”と“獣”の意識が同時に体の主導権を握っていたような状態なのだから。
「”共闘”か。……なるほど、ならばなおさら心配はいらないようだな」
共闘――共に戦う。苦手意識を抱いていた獣と共に戦ったという弟子を前に、ジルヴィアは安心した様子で頷いていた。獣をコントロールしたと聞いたときは、ついにアレと向き合うことが出来たのかと思って聞いたのだが、どうやら向き合うのではなく、“対話”を行うという斜め上を行く結果になっていたようだ。
「しばらく見ないうちにここまで成長していたとはな。……槍の腕も、これぐらい成長してほしいものだが」
「うるさい」
喜びつつ貶してくる師に、彼はため息をつく。せめてどちらかにして欲しいとエルガは顔をしかめて苦言を呈したが、気にせず頬を緩めた。
――そんな彼であればもう大丈夫だろう。仲間がいて、守りたいものがいる。目の前の弟子は、もう一人じゃない。懐に手を入れたジルヴィアは、ある物を取り出してエルガに押しつける。それは綺麗に折り畳まれて封筒に入れられた、一通の手紙。
「……っ? ―――……え、いやコレって……!?」
「なに、推薦状を書く資格を持っているのは、支部だけではないさ」
押しつけられた手紙に眉根を寄せつつ、中身を取り出したエルガはすぐに目を見開いてジルヴィアを見やる。渡された手紙――否、書類には”この者を正遊撃士として推薦する。S級遊撃士 ジルヴィア・ローグ”という旨が書かれていた。つまりは”四枚目”となる正遊撃士への推薦状。
驚愕に見開く彼とは対照的に、ジルヴィアは笑みを浮かべてぽんと弟子の頭に手を置いた。
「”奥義修得”を成し遂げたと言うことは、もう俺から教えるようなことはない。後は自分自身で、己の槍術を極めて見せろ」
「いや、奥義修得って……もう一度アレを撃てる自信なんてないんだが!?」
「だがお前は放てた。しかも教えられもせずに、”一度見たただけ”でな。なら次も放てる。……それに、もう理解しているはずだ。奥義がどういう特性を持っているのかも」
「そ、それは………」
ジルヴィアの指摘に、エルガは口を閉ざした。――そこはジルヴィアの言うとおりである。一回放ったことによって、奥義の特性は理解できた。そして理解できたと言うことは、修得している証拠でもあった。後は自分の”心と覚悟次第”である。それでもなお言いつのろうとする弟子を諭すように、ジルヴィアは言葉を重ねる。
「元々我流の槍術。その基礎と技は全て修得した。……後は鍛練を重ねながら、自分だけの槍にしていくが良いさ」
「……ジル」
「………師匠」
――自分だけの槍。その言葉で、エルガもようやく理解した。これは言わば卒業――巣立ちの時なのだと。さしずめ推薦状は、その証明のようなものか。次第に顔を俯けていく彼を見下ろしながら、ジルヴィアは珍しく優しげに微笑んだ。
「その槍は、誰かを守るため、救うための力だ。それを忘れるなよ」
「――――――っ」
彼の言葉に、エルガは俯いた顔を持ち上げた。それは、かつて自分が師匠に言った言葉であり、自分自身に誓った事でもあった。
(――なんで、俺………なんで、こんなに……っ!!)
思わずこみ上げてくる感情に顔がくしゃくしゃなりかけ――何とか取り繕ったエルガは、深く息を吐き出して、師匠に向かって深く頭を下げた。
「師匠……っ、今まで……今まで、ありがとうございました!」
「――――あぁ」
まだ未熟とは言え、いつの間にか”一人前”になっていた弟子からの、感謝の言葉に一瞬呆然とし――やがて口の端を嬉しそうにつり上げて、そっと手を差しのばした。
「――これから宜しく頼むぞ、エルガ」
「――っ! はい…………はいっ!」
何度も頷きながら、差し出された手を掴み取るエルガ。知らず内に、ぽろぽろと涙が零れていく。
(……そうか……俺、師匠に”認められた”のか……っ!)
こみ上げてくる喜びの感情、その理由をようやく理解できた。そうだ、自分が憧れたのは、幼少期に救ってくれたリーゼ姉ちゃんだけではない。とっておきを教えてやると、そう言って家名を与えてくれて、弟子にしてくれた師匠にも、憧れを抱いていたのだ。
その師匠が認めてくれた――その事実に、彼は涙を抑えきれなかった。
「……エルガ君」
「良かったですね、エルガ」
師弟のやりとりに何かを感じ取ったのか、アニーは感激した様子で彼の名を呼び、ダーゼフは万感の思いを持って頷いていた。彼もエルガとの付き合いは長く、こうしてジルヴィアに認められた事に対して感じ入る物も多々あるのだった。
「………」
そしてナギサも同じである。彼女はエルガに”助けられ”、”守られ”――そして彼に“救われた”のだ。エルガに対する感謝の思いはどれほどのものだろうか。母親の形見である真珠のペンダントを握りしめて、喜びに泣いている彼を見てもらい泣きしながら、彼への感謝を告げるのだった。
「良かったね、エルガ。………それと……ありがとう」
事件解決後の遊撃士達の動向
・エルガはもう少し療養、リハビリしつつ復帰した後には推薦状を書いて貰うため他の支部へ出向する予定。……ところでなぜユミルには支部がないのでしょうか? オリジナルで置いても良いですよね?
・ジルヴィアもしばらくは帝都支部で手伝いを行いつつ、どこを放浪しようか検討中。候補はリベールか、共和国か、それとも大陸東部か。リーベルを選んだ場合、某白面がヤバイ。
ーーと言うことで、ひとまずエルガ君の軌跡はひとまずここで終幕となります。とはいえこの後に原作の帝国遊撃士協会襲撃事件(FC冒頭)や、未だ謎な事件(ブレイツロック二代目暗殺の犯人など)、空賊団等の問題もあるのでまだ物語は続きます。