帝都郊外にある拘留所。そこの一室で、手錠を嵌められた状態でゾルダは大人しくベッドに腰掛けていた。
アイゼンガルド連峰で発生した異界が消滅すると同時に、例の魔女の支配から解放されたレヴァナント空賊団だったが、それと同時にほぼ全員が意識を失った。その際にTMPと遊撃士協会によって拘束され、目が覚めたら拘留所内の独房だったのだ。
拘束された経緯はネモと女性士官から受けている。ついに報いを受けるときが来たのか、と彼は諦めたように苦笑していた。――正規軍に捕まった空賊など、どのような扱いを受けるのかわかりきっていた。
おまけに正規軍のメンツを丸潰しにしている。現に数刻前に行われた尋問は中々にしんどかった。明日からはさらに激しさを増すと思うと吐きそうな気分になる。
「……このまま豚箱行きかねぇ……?」
『――普通に考えるとそうだろうな』
ぽつりと呟く将来を見据えた独り言に、壁の向こう側から副団長の声が返ってきた。――隣の独房にはネモが拘束されているらしく、見回りが来ない時間帯にこうして気付かれないよう会話を交わしている。
ゾルダの疑問に返答しつつ、ネモは少し間を置いた後ポツリと呟いた。
『下手をすれば一生牢屋生活……人的被害は0だから、おそらく極刑はないだろうが……』
「変わんねぇよ。死ぬまで豚箱生活と、今ここで死ねって言われるの……結局死ぬのが早いか遅いか、違いなんてそれぐらいだ」
『――だが遅ければ遅いほど、チャンスはある』
壁の向こう側で、少しだけ張り詰めた雰囲気を醸し出すネモ。彼ほどではないが気配を察知できるゾルダはそれを感じ取り、眉根を寄せて背後の壁へと振り返った。
「珍しいな、お前がそんな前向きなことを言うなんてよ」
『……それは少し失礼な物言いだと思うが。お前は普段の俺をどう思っていやがる……』
普段からネガティブなことしか口にしていない、とでも言いたげな指摘に苦言を呈する。最もそう言えるのは、ロゼリアを始末する際にダルテが協力すると言っていたこともある。彼の助けを期待している、という面は少なからずあった。
――最もあの男の手助けとやらは、実体がないためか間接的な手助けしか出来ず、おまけに分かりづらいと来ている。その点だけが心配と言えば心配であった。
『とにかく今は体を休めておけ。女狐の呪いにかかった体、まだ痛むんだろう?』
「………まぁな」
ロゼリアの呪術によって限界を超えて動かされた肉体には、相当なダメージがたまっていた。あれから数日経っているというのに、歩くことすらしんどい状況。今後の展望を語る以前に、まずは一歩を楽々と踏み出せるようにしなければ。そこで何となく会話は途切れ――ゾルダはふと何者かの気配を感じ取る。
『―――――妙だな。人が来る』
「あぁ。まだ見回りの時間じゃないはずだが。それに……七、八人いるぞ」
ネモも感じ取っていたのか、声音は警戒しているかのように低くなる。近づいてくるその集団は、ゾルダとネモの部屋の前で止まり――やがてカチャリと鍵が開く音と共に扉が開かれた。灰色の軍服から、おそらくTMPだろう、扉を開けた彼らはゾルダにライフルを突きつけつつ、恐る恐る近づいてくる。
「何を怯えてやがる。こちとらもう暴れねぇって言っているだろうが」
「口を慎め。――お前達に面会だ」
「……面会? 俺”達”に?」
「口を慎めと言ったはずだ。ついてこい。ただし……妙な真似をしたら、その時は……」
(へいへい……)
内心で相づちを打ちつつ、彼は重い腰を持ち上げ、辛そうに表情をしかめながらTMPの隊員に着いていく。お前”達”ということはおそらく――案の定、扉をくぐり抜けた先で、同じように手錠を嵌められた火傷顔の男が独房から出てくるところだった。
――さて、俺達に面会とは。その相手に興味を抱きながら、彼らは隊員に連れられて面会室まで足を運んだ。
「――これはまた意外な……なんだ、俺達の指を詰めに来たのか?」
面会室で、ガラスの向こう側にいる意外な人物に眉根を寄せて、ゾルダは思わずそう問いかけた。意外な人物――帝都に拠点を構える極道組織「ブレイツロック」の四代目会長、レオン・オーガストであった。
なぜブレイツロックが、と思わなくもないが、何となく予想は出来る。例の大地震――いや、”緋色の空”の一件だ。不可抗力であったとは言え、傘下の組織であった「ネイリ一家」を潰してしまっている。その責任を取れという所だろうか。
「まさか。札付きとはいえ、籍を置いていない連中の指を受け取る気はない」
「そうかい。じゃあネイリ一家の件は手打ちにしてくれるのかい?」
「ネイリ一家? ………あぁ、そういえば奴らを壊滅させたのはお前達だったか」
言われて思いだしたのかレオンはあぁ、と頷きつつ肩をすくめて、
「それに関しても不問だ。先にお前達に喧嘩を売ったのは奴らなのだろう。先日、正式に奴らを破門した。何が起こっても、俺達は関与しない」
「………ならなぜ、俺達に面会を申し出た? それも四代目が直接」
破門――組織から脱退させたとして、尻ぬぐいをする気はないとするレオンに対し、ますます困惑の表情を浮かべるゾルダとネモ。眉根を寄せて、その意図を読み取ろうとするネモをまじまじと見やってきた。
「……なんだ?」
「いや……やはり”似ている”とな」
「何?」
似ている――親しみを込めた瞳で見据えられながら告げられた一言に、意味が分からないと困惑を強めるネモ。しかし彼の疑問に答えず、レオンはひとまず先にとばかりに後ろを振り返って、
「お前達には報告するべきだと思ってな。――今日から彼を預かることになった」
「―――――カイト!?」
それを合図に、面会室の扉が開き、中に一人の少年が入ってきた。灰色の髪に褐色の肌。目立つ赤い瞳――空賊団の一員で、拘束される直前に、ネモが”天槍”に託した仲間。
「おっさんっ……! ネモ!」
カイトはガラス越しに二人を見て表情を和らげた。ここ数日浮かべていた緊張や不安、焦燥から来る苛立ちはようやく形を潜め、少しだけ安心した様子になる。
面会室に姿を見せた彼に二人は驚き、そしてどこか安心した様子で表情を和らげた。先程よりも警戒を解きながらレオンへ視線を向け、
「……アンタがカイトを引き取ると?」
「あぁ。いつまでも遊撃士協会で保護して貰うというわけにも行かないからな。……それに詳しい話は聞いていないが、堅気として生きて行くには、少し難しい問題を抱えているのだろう? 例のカルト教団が造った……”グノーシス”だったか」
「……あぁ」
彼の発言に、ネモは素直に頷いた。そこまで分かっているのなら、わざわざ言う必要はないだろう。――D∴G教団というカルト教団に拉致され、奴らが造り上げた薬物を投与されたカイトの体は、常人とは大きく異なってしまっている。
そんな彼に、市井の生活を送れと言う方が難しい。平和を過ごす集団というのは、”異物”の存在を許さないのだ。彼が周囲に馴染めないことは火を見るよりも明らかだったし、何よりもそれで辛い思いをするのは彼自身なのだ。どうやらレオンはその辺りの機微を感じ取っていたらしい。
「しかし、だからといって空賊稼業を手伝わせるのはどうかと思うが」
「それに関しては返す言葉もない。……縛り付けてでも強引に出させないようにするべきだったか」
その彼からの指摘に、ネモは瞳を伏せて首を横に振るしかなかった。――散々言い含めてはいたのだが、自分には比較的大人しく言うことを聞くカイトでもそれに従う気配はない。頭を悩ませているのを示すように深くため息をつく二人に対して、当の本人の瞳が細まった。
「働かざる者食うべからず、だろ。だから働いているんだが」
「もっと他のやり方というものが……まぁいい。生意気な奴だが、宜しくしてやってくれ」
相変わらずなカイトの言葉に頭を抑えるネモだが、首を振り、改めて彼のことをレオンに託す。託された本人は頷きつつ、なぜ口の端に笑みを浮かべて、
「わかった。……ところでお前達は、ここから釈放されたらどこか行く当てはあるのか?」
「――は? いやねぇが……それどころか俺達は、ここを出られるかどうかも怪しいぜ?」
ゾルダは眉根を寄せる。釈放されたら、という先などあるかどうか怪しい身の上、そんな話をされても困るの一点であった。だがレオンは行く当てはないという答えに、浮かべていた笑みを深くさせて、
「そうか、ないか。……なら一つ提案だが……ここを出たら、うち(ブレイツロック)に入らないか?」
「―――は?」
「………え?」
「―――――何言ってんだアンタ……。わかっているのか、俺達の状況を、それを仲間にする意味を」
ゾルダ、カイト、ネモがその勧誘に素っ頓狂な反応を示した。絶句する二人と異なり、瞳を細め警戒を露わにするネモ。彼も理解しているはずだ、正規軍に喧嘩を売った空賊団を傘下組織に置く危険性を。下手をすれば、帝国政府への宣戦布告と受け取られかねない。
ブレイツロックそのものを危険にさらす行為だ。それを四代目が理解していないはずがない。なのになぜ――警戒心を露わにしながら問いかけたその言葉に、レオンは表情を改めて頷き、
「あぁ、わかっている。お前達と盃をかわせば、俺達も政府から目を付けられる。だが極道者という時点で奴らからは警戒を受けるし、“二代目”が頭だった時期から、俺は政府にとって嫌われ者だ。今更だろう」
「……アンタ何やったんだよ……」
「無理と無茶を少々な」
カイトの疑問に淡々と返すレオン。無理と無茶としか言っていないが、おそらく“少々”では収まらない事をしでかした気がしてならない。しかし今気にするのはそのことではなく、
「……まぁ、俺達を傘下に引き入れても問題はない、ということはわかった。だがその意図と理由がわからん。確か表向きは物流商会だったか……言っておくがノア号が目的なら応じる気はねぇぞ」
一度下げた警戒心を戻し、ゾルダは眉根を寄せて問い詰める。確かに物流商会であれば、黒船――ノア号の特殊機能は手にしたいと思うだろう。光学迷彩にレーダーを誤魔化すステルス性――”密輸”にぴったりな代物だ。しかしレオンは首を振り、
「例の黒船ではない。――あぁ、ノア号はうちの傘下の工房が預かってる。釈放されたら取りに来ると良いさ」
「………何が目的だ?」
ますます意図が読めないネモは、警戒よりも困惑の方が勝ったらしい。声音から険呑さがなくなり、純粋な問いかけになっている。カイトとノア号を引き取り、空賊団に”居場所”を提供しようとして――あげく、先程からたびたび向けられる、親しみを込められた視線にも、そうされる心当たりがまるでない。
ここまで好意的な雰囲気を向けられると、逆に警戒心が高まってしまう。何か裏があるのでは、と勘ぐる二人をよそに、レオンは瞳を閉ざして、
「――エーベルハルト・ラージバルム・サラスバティー――」
――そっと、ある名前を口にする。そこから起きた変化は劇的であった。空賊団の三人は一斉に瞳を見開いて口を閉ざす。
『―――――――』
――なぜその名を知っている――読心術の心得がなくても、そう言おうとしているのが丸わかりな三人を見て、感じていた既視感は正しかったと一人頷いた。そしてネモの方へ視線を向けて、彼に向かって告げる。
「君の母君とは昔なじみでな。君は覚えていないかも知れないが……俺は、まだ子供だった頃の君と会ったことがある」
「なっ……?」
「――そしてもう一人、会わせたい子がいる」
「……まさか……」
レオンの呟きにある予感を抱いたカイト。再び面会室の扉が開いて、今朝からずっと行動を共にしていた金髪の少女が恐る恐る入って来た。
「……? ……―――“似てる”……?」
その少女、サリス・“ラージバルム”を見たゾルダは違和感を感じ取る。普段の彼であれば一目で事態を察するはずが、先程の衝撃から立ち直りきっていなかったからか、つい思ったことを口にしてしまった。
目の前の少女と、隣にいるネモの顔立ちが似ているのだ。青年と少女では異なる部分も多いが、特に目元などはうり二つで――
「―――ま、まさか……!?」
そこでようやく事態を察した。思わず隣にいるネモへ視線を向け――彼はゾルダでさえ見たことのない驚愕の表情を浮かべて少女を見つめていた。
「――――――――ぁ…………」
面会室に入ってきたサリスはガラスの向こう側にいるネモを真っ直ぐに見つめ、徐々に喜びと涙を溜めていく。今にも溢れんばかりの涙をぐっと堪え、サリスは一歩ずつゆっくりと近づいていき――
「……私を……覚えて、いますか……? ”エルベお兄様”……?」
震える声音で、ネモを”兄”と呼ぶサリス。エルベ――エーベルハルトの愛称だろうか。ともかくその名で呼ばれたネモは体を震わせ、信じられないとばかりに瞳を見開きながら――やがて彼の目元から、一筋の滴が流れ落ちる。震える声音で、彼は“妹”の名をそっと呟いた。
「……サリス? サリス………なのか……?」
「――っ! はい………っ! はい………っ!!」
名を呼ばれ、サリスは感極まった様子でネモに駆け寄っていく。ガラスに手をつき、可能な限り兄に接近したサリスは、半泣き状態でわき上がってきた感情をそのまま彼にぶつけていった。
「お兄様……! 私です……! サリス・ラージバルム・サラスバティーです……!! サラスバティー伯爵家の長女で……あなたの、妹です……!!」
「………サリス……」
ガラス越しの兄妹の再会。もう二度と会うことはない――お互いに死んだと思っていた相手との再会を隔てる一枚の薄いガラスを、これほど疎ましく思ったことはない。泣き叫ぶ妹に何も出来ず、ガラスの前で拳を握りしめるネモも言葉が出てこなかった。
「………積もる話しもあるだろう。席を外そう」
思いがけない再会に泣き叫ぶサリスと、言葉を失うネモ。そんな二人を見て、レオンは静かに立ち上がり、柔らかな表情で兄妹を見据えるゾルダに告げて面会室から立ち去ろうとする。
「――――旦那。礼を言うぜ」
「………」
立ち去り際、声をかけてきたゾルダに軽く頷いて、レオンは退室する。面会室には、再開を喜ぶサリスの泣き声が響き渡った。
『―――――で、どうする?』
――兄妹の再会から数十分。面会時間の終了と共に元の独房へ戻されたネモとゾルダは、再び壁越しの会話を行う。結局あの僅かな時間では、それぞれが歩んできた”軌跡”を話し合うことなど出来ず、今のサリスの状況を聞くのが精一杯であった。
どうやら”父の暗殺事件”が起きた後、サリスは母と共にクロスベルへ渡り数年ほど過ごしたらしく、その後ある事件に巻きこまれて母は他界、事件の渦中にいたレオンに拾われ、今は彼の養子となっていたようだ。
サリスの近状を聞く限りでは、至って平和な日常を過ごせていたらしい。突然の再会に未だ感情が追いついていないネモは、ゾルダの問いかけに首を振って、
「……それを俺に聞くか? 悪いが今は、冷静な判断が出来る精神状態じゃない」
『別に罠とかはねぇだろ。……こういうときは素直になりやがれ、アホウ』
「…………」
壁の向こう側にいるゾルダの呆れ果てたため息が目に浮かぶ。サリスの話と、未だ驚きから醒め止まぬカイトの言葉から、彼を信用して良いとネモは感じ取っていた。ただそれは、死んだと思っていた妹が生きていたという喜びと衝撃から来る焦りで、そう思いたいだけではないか、という考えも過ぎってしまう。
――だからこそ、ゾルダに馬鹿にされたのだろうが。彼は壁の向こうで微かに笑いを溢し、もう答えは決まっているんだろう、とばかりに背中を押してくる。
『――家族が生きていた、それを素直に喜べよ。んでもって、お前の次の目標は……妹と語り合うってことだろ。お互いのこれまでと、これからをよ』
「…………」
『“誰でもねぇ”なら、“兄”にだって戻れるさ、お前なら』
――ネモ(誰でもない男)と名乗るようになった経緯を知る彼の言葉に、ネモは何も言えなくなってしまう。自身の掌に視線を落とし、未だ迷いを見せる。良いのだろうか。この俺が、もう一度兄として――
『――だがその前に、貴様には一働きして貰うぞ、”黒夜叉”』
――しかし戻ろうとするのを阻止するように、声が響いてきた。
「――この声……っ!?」
『……俺達が気配に気づけなかった……っ?』
唐突に廊下から響いてくる威厳のある声音に、二人は思わず身構えた。この声には聞き覚えがある――ナギサを攫ったあの日、帝都の地下道で殿を勤めたネモの前に現れた、帝国の為政者。時間がないことも相まって、ネモがやむを得ず逃走を選択するほどの剣腕の持ち主。
――帝国正規軍の元軍人と知ったときは、思わず納得してしまった。あの風格と威厳は、軍にいたときに培ったものなのだろうと。
「フフ、失礼する、黒夜叉殿」
「………貴様、一体何のようだ」
警戒心を露わに、ネモは独房の扉から離れていく。先程までは一切感じられなかった気配の主は扉を開き、その姿を見せる。――政治家としては似合わない鍛え抜かれた体。艶のある黒髪は一房だけ白くなっており、年齢相応の渋みを感じさせる顔立ち。
――鉄血宰相、ギリアス・オズボーン。その立場と皇族からの信頼もあって、実質帝国の政治を担っている彼の登場に、ネモは警戒心を高めていった。
護衛としてTMPの隊員を引き連れ、ネモの独房へと足を踏み入れる。隣にいる水色の髪の女性士官――確かクレア・リーヴェルトと言ったか――が警戒心を露わにした状態でこちらを睨み付けている。こちらへの警戒心が凄まじく、いつでも導力銃を抜ける体勢であった。
「何、地下道で剣を交えたときにも伝えたとおり、猟兵“剣鬼”としての君に依頼したいことがあるのだよ」
「断る……あのときも言ったはずだがな。瓦礫の下敷きにしたせいで記憶が飛んだか」
「―――なるほど、地下道の崩落も、閣下が負傷したのも貴方が原因でしたか――」
挑発するような物言いと、瓦礫の下敷きという発言に、クレアの表情が険しくなる。今にも導力銃を引き抜きそうな雰囲気を漂わせるも、当の本人であるオズボーン宰相は片手を上げてクレアを制した。
「よい。……なるほど、返答は変わらぬか。だが今の貴様の状況……私(宰相)からの依頼を断れる立場にあると思うのかね?」
「…………」
宰相の言葉にネモは押し黙る。――それは暗にこちらに従えという遠回しの脅迫だった。険しい表情を浮かべていくネモとは逆に、オズボーンは未だ涼しい顔を浮かべたままだ。――そして続く言葉に、思わずネモは目を見開いた。
「貴様はすでに”カイエン公爵家”の者をその手で殺めている。そして貴様の仲間であるレヴァナント空賊団も、余罪などいくらでも上げられよう……さらに、先程貴様達に面会を申し出たレオン・オーガストに、貴様の妹君も―――――」
――ドンッ、と壁が激しく叩く音が響き、オズボーン宰相の言葉を遮った。隣の独房で聞き耳を立てていたゾルダが、怒りをぶつけるように壁をぶん殴ったのだろう。ビクリとクレアが反応したが、ネモと宰相は互いに睨み合ったままである。
「…………」
「―――――」
しかし睨み合っているのは、あくまでネモの虚勢。“宰相”という立場と、今まで自分達が犯してきた罪――こうして捕らわれていることもあって、どちらかが強者なのかは明白であった。奴の言葉に従うほかに道はない。
――もしサリスと再会していなければ。彼の中に焦りがなければ、宰相に抗おうとすることは出来たかも知れなかった。宰相から視線を逸らし、肩を落としたネモはせめてもの反撃とばかりに、
「……確認したいことがある。それはあくまで”俺個人”への依頼であって……レヴァナントの連中や、今後俺がどんな組織に属そうが、そいつらは関係ない」
「あぁ」
ネモの問いかけに、オズボーンは表情を変えずに頷いた。――政治家というの厄介だ、生中な事では感情を表に出さない上に、“逃げ道”をついて詐欺同然のことをしでかしてくる。
故に今のネモに出来るのは、これ以上被害が拡大しないようにあらかじめ逃げ道を塞ぐことのみである。仲間達も、そしてこれから所属しようと考えていた“受け入れ先”も関係ないという言質を取り――再び壁を叩く音が木霊する。今度はクレアも反応しなかった。
「……わかった。あんたの依頼、請け負ってやる。だが依頼だというのなら、報酬があるはずだ。前払いで払って貰いたい」
「――ほう」
依頼内容を聞かずに、報酬の前払いの要求――ネモの発言にオズボーンの表情が僅かに変わる。こちらの必死の反撃を、面白がるかのような――あるいは感心するかのように。思わず舌打ちをしたくなるが、それを必死に抑えて、頭を下げた。今の自分が望むのは一つだけ――
「――金銭は不要。俺を除く、”レヴァナント空賊団全員の釈放”を望む」
『――――てめぇ、巫山戯んなネモッ!!!』
ドン、と先程よりも激しい衝撃と怒声が独房を襲った。しかも今度は一度ではなく連続で――まるで壁をぶち破ろうとせんばかりの勢いである。慌ててクレアが独房の外へ飛び出して、
『てめぇを除くだァ!!? んなことされて俺達が喜ぶとでも思ってんのか!!!』
『ゾルダ・ヴァリウス!! 大人しく……きゃっ……!?』
『邪魔すんじゃねぇ!! おい聞いてんのかネモッ!!』
「…………頼む」
壁の向こう側から聞こえてくる怒声にネモは何も答えず、ただ頭を下げてオズボーンに懇願する。先程から交わす会話の感じでは、彼の狙いは自分一人で他はどうでもいいらしい。ならばせめて、仲間達を巻きこまないためにも――
「――良いだろう、司法取引と行こう。……”貴様を含めた全員の釈放”を約束しよう。……流石に今すぐというわけにはいかんが……数ヶ月後には、ここから出られることを確約する」
「――俺も、だと……?」
オズボーンの答えを聞いたネモは瞳を見開き、彼の顔をまじまじと見やる。時の為政者は相変わらず感情の読めない微笑みを浮かべたままであり、ネモの表情は険しくなる。
記憶が正しければ、オズボーンは帝国の古い伝統を一新する革新政策を行っているが、同時に軍事関連にも力を入れているはず。なのに正規軍のメンツを潰した自分達を、こうもあっさり釈放するとは、一体どんな思惑があると言うのか。
「……要求したのは俺だが、良いのか? いくら宰相といえど……」
「”貴様”には利用価値がある。それにカイエン公への良い土産話になるだろう。それこそ、公爵殿の寝付きが悪くなるぐらいには」
「…………」
――同時に思い出した。古い伝統を容赦なく変えようとする彼を、激しく敵視する貴族達がいることを。その筆頭がカイエン公爵家。――そして自分は、公爵家の人物を殺めた者だ。あれだけ堂々と“仇討ち”が広まった事件、向こうも掘り返したくないらしい。
そんな自分を傘下に迎え入れる、すなわち公爵家に対する牽制と“抑止力”としての役割を持っているのだろう。――もっともそれはただの“おまけ”で、本命は別の何かだろうが。
「……貴様、一体何を考えている……?」
「その問いに答えるには、まだ時期ではない」
いずれ教えよう――言外に語るギリアス・オズボーンは笑みを浮かべたもののそれは一瞬、気つけば真剣みを帯びた表情で、ネモに向かって手を差し伸べてくる。――ネモはオズボーンを通して幻覚を見た。
何もかもを焼き尽くす戦火の炎――都市は崩れ、森林は焼き尽くされ、文字通り焼け野原と化した荒野に立つ、炎に包まれた巨大な”黒い騎士人形”――その光景が、なぜか鮮明に浮かび上がった。
(――今のは……?)
オズボーンの迫力――気に呑まれたにしては、やけに具体的な幻視に違和感を覚えたが、しかしそれを打ち消すようにオズボーンの毅然とした声音が耳に届く。
「では改めて力を借りるぞ、”剣鬼”よ。――これから迫り来る”激動の時代”に抗うためにも」
「…………あぁ」
一体コイツは何を知っていて、何を考えているのか。革新派と貴族派の対立を見る限り、激動の時代を意図的に呼び寄せているのは貴様ではないか、と思わなくもない。
――そしてそれに”抗う”という意味も。この時のネモには、彼の意図を読み解くことは出来なかったのである。
「では歓迎しよう……新たなる”子供達”を」
『――なぜ奴を殺さない』
「奴は生かして置いたほうが利用価値がある。それに”首輪”も付けた……後は飼い殺すまで」
『…………』
「――不満そうだな、イシュ〇〇ガ。それほどまでに”特異点”が怖いか?」
『笑わせるな。たかが人間ごときに、我が恐れると思っているのか?』
「結構。……慎重も、過ぎれば臆病となるものだ」
『……まぁよい。そこまで言うのならば、特異点は貴様に任せよう、ドラ〇〇ルス』
「ーー期待するぞ、ネモよ」
真のラスボス現る。
と言うわけでネモ改めエーベルハルトとサリス、兄妹の再会。たびたび彼の素顔に対し既視感を覚える様子があったと思うのですが、その正体はサリスと似ているという点です。
レオンが見せる親分感。カイトを引き取りつつ空賊団も受け入れようとするのは、サリスの兄がいたからという点もありますが、彼らの実力を気に入ったためという事もあります。どうなるかは彼ら次第ですが、少なくとも頭越しに拒否することはないでしょう。
ですがその前にネモが鉄血の子供達(アイアンブリード)の一人として参加。なお他の子供達と異なり、オズボーンへの忠誠など全くありません。さしずめ反抗期の次男坊。まぁ「家族になろう」という誘い文句が脅迫なら、即反抗期ですね……。
そして現る“黒”さん。原作でも「自分が必ず勝つ」という状況を確立させてから表舞台に出てくるのは流石ラスボス。
ですが裏を返せば「負ける可能性が僅かでもあるなら引き籠もる」小心者。1200年も待てばそうなるのも頷けますし、”特異点”というイレギュラーの固まり(しかも外の理の魔剣持ち)が現れれば、最低限首輪を付けるだろうなぁ、と思います。
とはいえ首輪程度ですんだのも、今の起動者が手引きした感がありますが。
次話からは番外編となります。