――ペット探しが得意――
エルガが遊撃士活動に復帰してから数日、彼は支部内でダーゼフの事務仕事の手伝いをしていた。元々この手の仕事が苦手な彼であるが、正遊撃士に昇格すれば自ずと事務作業も増えてくる。
復帰したとはいえ、まだリハビリ段階。体が空いている今のうちに、事務のノウハウを叩き込んで上げましょう――にっこりと笑顔を浮かべたダーゼフにそう言われば拒否も出来ず、半ば死んだ目になりつつ事務仕事に励んでいった。
「――おや?」
「……? どうかしたんですか?」
事務が終わらないと帰れないですよ、とどこかで聞いたようなブラックな冗談を言われながら書類に目を通していくと、隣のダーゼフが何かに気付いた様子で首を傾げる。
「いえ、おそらくどこかで紛れたんでしょうね。まだ終わっていない依頼が」
「終わっていない依頼? あぁ、そういうこと」
眉根を寄せ、差し出してくれた書類を見やると、確かにまだ未達成な依頼だった。彼らが整理し、確認しているのは達成済みの依頼。ここで一度達成したことを確認して、改めて依頼は”完了”となる。
このタイミングで未達成の依頼が現れたと言うことは、ダーゼフの言うとおりどこかで紛れてしまったのだろう。エルガはざっと依頼内容を確認する。
「えっと……『行方不明になった愛猫の捜索』……なるほど」
――ペット探しであった。エルガは続く詳細を確認していき、納得したように頷いていく。
「……なるほどねぇ……」
「……あ-、エルガが処理しますか、この依頼」
真剣な表情を浮かべながらぶつぶつ呟きだした彼を見て、ダーゼフは呆れたような笑みを浮かべる。彼はペット探しの達人であった。それに先程から見ていると、若干集中力も落ちてきている。ここの辺りで一度気分を変えさせた方が良いと思い提案すると、
「――良いんですか?」
「……えぇ、もちろん」
目を輝かせながら食い気味に聞いてくる。まぁペットの捜索程度ならそこまで無理もしないだろうし、と思いながら頷くダーゼフ。小さくガッツポーズをする彼に、そこまで事務仕事は嫌か? と問いかけたくなるのを飲み込んで、
「あぁ、ついでに頼みたいことがあるのですが……」
「……?」
「…………はぁ。身の振り方、かぁ……」
重いため息をつくナギサは、これから先のことを思い浮かべて途方に暮れた表情を浮かべている。あれから数日、もう遊撃士の護衛は必要ないと言うことで、久しぶりに一人で街を出歩いていた。
気分転換にでもなれば、という軽い気持ちだったが、生憎好転することはない。身の振り方――遊撃士協会の方でも護衛する必要がなくなった人物を、いつまでも保護しておくことは出来ない。彼女のように引き取り手がいない孤児の場合、里親か養護施設に預けられることになる。
ダーゼフからもそのようなことを説明され、どうしたいのか聞かれたのだが、結局ナギサは答えることが出来なかった。今すぐでなくても言い、と彼は言ってくれたが、それでもずっと保留というわけにはいかないだろう。
里親でも養護施設でも構わなかったが、心配なのは自分が”共和国”からきたと言う点。厳密には彼女は東方民族出身だが、ここ帝国ではそれらも含めて”共和国”という認識が根強い。
そして帝国では、カルバード共和国に対する敵意は強い。現にこれまでにも含みがある視線を向けられることが時折あったりする。そのため里親も施設も自分を受け入れてくれるのか、という不安が大きい。
おまけに彼女には、常人とは大きく異なる”天眼”という異能を持っている。つい先日の一件も、この天眼が原因で発生したのだ。今後も同じようなことが起こらない、という保証もなく、それらのことが重なってナギサとしては気が重い案件であった。
それらの悩み、迷いをダーゼフに伝えると、彼は首を縦に動かしつつ、最終的には微笑みを浮かべて、
『ナギサさんの悩みはわかりました。ですが今重要なのは、ナギサさんがどうしたいのか、ではないでしょうか』
(……私がどうしたいのか、か…………うぅ………)
ダーゼフの、優しげながらも本音を見透かしているかのような瞳に、その時のナギサは押し黙ってしまった。自分はどうしたいのか、どうされたいのか。
我が儘を言えば――しかしそれを口にするのはかなり気恥ずかしかった。故にあのときも黙り込んでしまったわけだが。恥ずかしあのあまり身もだえしそうになるのを必死に堪えつつ、街中をトボトボと歩いていると、目の前を数匹の子猫が通り過ぎていった。
「あ、猫……って、あれ……?」
愛らしい姿をした子猫が並んでいるのを見かけて、沈んでいたナギサの表情は一気に和らいでいく。だがその子猫達の中の一匹に目がとまり、ナギサはふと首を傾げた。
「今のって………」
おそらく野良猫だろうが――しかし覚えた違和感とかなりの好奇心から、ナギサはそっと猫の群れの後を追っていく。
建物の隙間を縫うように進んでいく子猫たちの後を追っていく内に、徐々に徐々に裏道へ入り込んでいくのを実感する。両脇には建物の壁が立ちふさがるため薄暗く、周囲に人影は少ない上に、道にはゴミが散乱している。――やはり帝都と言えども路地裏にまで整備の手は行き届いていないらしい。
「…………ん? 鳴き声……こんなにいっぱい……」
不衛生な場所を平然とした表情で進むナギサは、奥地から聞こえてくる鳴き声に首を傾げる。妙に猫の鳴き声が木霊しているというか、多いというか。おそらく結構な数の猫が集まっているのだろう。ふと、猫の集会という言葉を思い出した。
「……………ふふっ」
この先にある光景を想像して、自然とナギサの表情に笑みが浮かんでいく。猫が一カ所に集まり、それぞれがのんびりと過ごしている景色――猫好きには堪らない光景だろう。心が弾んでいくのが自分でも分かる。
しかし自分は猫ではなく人間、急に集会に入っていったら猫たちが驚いて逃げて行ってしまうだろう。猫たちを驚かさないためにも、ここで引き返すべきなのだろうが――好奇心に負けた彼女は、ちょっとだけ、遠くから眺めるだけ、と自分自身に言い聞かせる。
そして鳴き声の大きさから、おそらく次の角を曲がれば、そこには――
「この先かな……ふふ、みんないっぱい――――」
とても楽しみにしているのか、普段の凛とした雰囲気を放つ彼女からは想像できないほど口角が緩み、ふにゃっとした表情を浮かべてそっと様子をうかがい――やっぱりたくさんの猫たちがいた。
ニャー、ニャー、ニャニャー、ミャー、ニャニャー、ミャー、ニャー、グルゥゥ、ミャー、ニャー、ニャニャー
「……………ん?」
ミャー、ミャミャー、ニャー、ニャー、ミャー、グルゥゥ、ニャー、ニャー、ミャー
「…………」
一瞬、自分の耳がおかしくなったかと思った。猫たちの鳴き声が響き渡る中、野太い唸り声が聞こえるはずないのだから。――そう思っていたのだが、どうやらその認識の方が間違いだったようだ。
「グルゥゥ………」
「…………」
猫達が集まるその中心あたりに、猫たちが辺りを囲み、子猫たちに纏わり付かれおもちゃにされている見慣れた後ろ姿があった。野太い唸り声は、おそらくその見慣れた姿が発したものだろう。
そこにあったのは確かに集会であったが、想像とは大きくかけ離れた集会であった。どちらかと言えば宗教のそれに近い。
「ミャー、ミャー、ニャー」
「グルゥ……」
その人物の膝に、自ら頭を擦りつけてくる猫を撫でてやりながら、相変わらずの唸り声を漏らしていた。端から見ていると違和感が凄まじい。一体、彼は何がどうなって猫たちに纏わり付かれているのか。なぜ猫たちのボスのような立ち位置にいるのか。
(――なんで猫の集会に参加出来ているの……!? 羨ましい……っ!!)
――もしこの場にサリスがいれば、速攻で突っ込んだことだろう。そっちじゃないでしょ、と。ともかく納得いかない思いを抱えながら、ナギサはさらに彼の様子を注視しようと身を乗り出して――
「――ニャッ!!」
「――あっ………」
――一匹の猫がナギサに気付き悲鳴のような鳴き声を上げ、それが引き金となったのか驚いた猫たちは一斉にちりぢりになっていった。蜘蛛の子を散らす勢いで逃げ出していった猫たちを見て、落胆の息を吐き出すものの、一拍おいて未だ座り込んでいる彼にそっと声をかける。
「………あの、エルガ」
「いえ人違いです」
「いや、あの……エルガ?」
「だから人違いです。ワタシ、エルガ、チガウ。コレ、ダメ、ゼッタイ」
「何でカタコト……?」
若干ジト目になりながら子猫たちのおもちゃにされていた彼へ近づいていく。何か知られたくない秘密でもあるのか、彼は必死にエルガではないと主張していたが、どう見てもエルガ・ローグその人であった。
「じぃーーー………」
「………………はぁ。それで、何のよう?」
半眼で彼を見ていると、その視線からは逃げられないことを悟ったのか、盛大にため息をつきつつ肩を落とした。どことなく、まぁ、ナギサだし良いか、と言うような雰囲気を感じ取る。そんなに見られたくなかったのか。
「別に用事があったわけじゃないんだけど……何していたの?」
「依頼が来ていてね。迷子になった子猫の捜索……ちょっと”みんな”に協力して探して貰っていたんだ」
「みんなって……もしかして、あの猫の群れのこと……?」
「うん」
目を丸くするナギサの問いかけに、こくりと頷くエルガ。遊撃士協会に届く依頼の中で定番になりつつある行方不明のペット探し。優先度が低く、それでいて難易度が高い依頼である。ペットの足取りを追うのは難しく、こればかりは熟練の遊撃士でも必ず探し出せるという保証は出来なかった。
だがエルガはこのペット探しが得意である。彼は妙に動物たちに懐かれやすく、おそらく彼の中にいる“獣”を感じ取り、動物たちは本能的に警戒を緩めてしまうのだろう。
目を輝かせ始めたナギサは、エルガに詰め寄ってやや食い気味に問いかけてくる。
「もしかしてエルガって、猫ちゃん達と話せるの?」
「いや、話せはしないけれど……何を言いたいのかは何となく分かるかな……?」
身を乗り出して問いかけてきた彼女に苦笑を浮かべ、やや仰け反るエルガ。具体的な事は分からないまでも、彼らが何を言いたいのかは何となく分かり――その逆もしかりであった。
彼らもエルガの言葉(獣の唸り声)を何となく理解している節がある。だからペット探しの時は、こうして彼らの協力を仰いでいる。そのおかげで彼の依頼達成率はかなり高く、ダーゼフもそれを信頼して一気に依頼を投げかけてくることも多い。
「それでちょっと彼らに手伝いを頼んでいた。帝都の野良猫たちは逞しいね、おかげで早く見つかったよ」
「手伝って貰ってた? ――あ、この子……」
とりあえずナギサを押しやり、彼は膝の上で気持ちよさそうに体を伸ばしている一匹の子猫に目を下ろした。仰向けに寝転がり、気持ちいいのか安心できるのか大変リラックスしているこの子には見覚えがある。――ここまで案内してくれた集団にいた子で、ナギサが違和感を覚えた原因であった。
「……やっぱりその子、”飼い猫”だったんだ」
「あぁ。この子が行方不明の愛猫。どうやら別の区画にまで迷い込んでいたらしい」
「へぇ、やっぱり………あれ?」
この子猫は”首輪”をしていたのだ。野良猫の集団に一匹だけ首輪をつけた飼い猫が混じっている――それを不審に思ったからこそ、ナギサはあの子達の後を追ったのであった。納得しつつ、新たに芽生えた疑問を思わず口に出さずにはいられなかった。
「――っていうか、もしかしてエルガって猫ちゃん達を操れるの? 洗脳できるの……!?」
「……何でそんな考えに至った?」
「だ、だって手伝って貰ったって……!?」
「あぁ、この子の事を知っている子達に、連れてきてくれないかって頼んだだけだよ。猫を探すなら、猫に頼んだ方がすぐわかるしね」
「………………」
――それのどこか、“言いたいことが何となく分かる”レベルなのか。完全に意思疎通がとれているではないか。呆然と固まるナギサだが、エルガの膝の上でリラックスしている猫を見下ろす。気持ちよさそうに目を瞑っており、大変愛らしい様子だった。
「…………」
――そっと、そーっと。自分にそう言い聞かせながら、ナギサは恐る恐る手を伸ばして、仰向けに寝そべる猫ちゃんに触れようとして――
「――ニャッ」
「あうっ」
かっと目を見開いた猫の後ろ蹴りが炸裂する。近づけた彼女の手を蹴飛ばし、猫は体を起こしてエルガの肩に飛び乗った。――これはナギサでも分かる、明らかな拒否の意思表示に再び固まり、
「……重いから降りてくれない?」
「ニャー」
いやだ、とでも言うように頭をエルガの頬に擦りつける猫を見て、ナギサは唇をすぼめ、ぎゅっと上着の裾を握りしめる。
――拒否されて悔しい、なんて思ってない。蹴られた直後にこんなにも懐いた様子を見せつけられて悔しい、なんて微塵も思っていない。でも――泣いて良いだろうか。
うっすらと目に涙を浮かべながら、その様子をしばし見せつけられることになったナギサである。
それから一時間後、迷子になっていた猫を飼い主の元へ送り届けた帰り道。導力トラムに乗るのを渋るエルガを押しやり乗車して、遊撃士協会が置かれているアルト通りへ向かう車中、ぼんやりと外を眺めていると、不意にエルガから声をかけられる。
「――そういえばあの件だけど、どうするか決まった?」
「………ううん」
あの件と聞かれてナギサに思いつくのは一つしかなかった。引き取り手の問題は、しばらく解決しそうにない。
「…………その、エルガは、さ……やっぱり、他の支部に行っちゃうんだよね……?」
「うん。手伝いって形だから、所属は帝都支部のままだけどな」
「………そっか……」
確認のために、これまでも何度か聞いたことをエルガに問いかけると、返ってくる返答はいつも同じだった。
仕方のないことだとナギサも理解していた。彼が正遊撃士になるためには、どこかの支部で推薦状を貰わなければならない。だから帝都を離れる必要があることも理解していた。――そのことを寂しいと思ってしまうのは、自分の我が儘なのだろうか。
だからいつもの通りにがんばってと返そうとしたのだが――今日はなぜか、彼は続けて口を開いた。
「けれどダーゼフさんから聞いた話、帝都支部所属のままだから、今借りている部屋もあのままなんだって。それで一つ提案なんだが、引き取り人、俺がなってやろうか?」
「…………ぇ………?」
さらりと告げられた言葉に、ナギサは反応が遅れる。言われてから一拍おいて、俯いていた顔を上げてエルガを見やる。当の本人はあっけカランとした様子で、
「だから引き取り人。まぁ名義貸しみたいなものだけど……」
「――ちょ、ちょっと………え、ちょって待って……! ど、どういうこと……!? というか……なんであの話の流れでそうなるの!?」
彼は借りている部屋の話をしていたのに、なぜそれが引き取り人の話題へと繋がるのだろうか。話の流れ掴めず、その展開に困惑する彼女を見ながら、エルガはくすっと笑みを溢した。
「あぁ、ごめん、言葉足らずだったね。要するに俺が留守の間、あの部屋の管理とかを頼みたいんだ。俺が君の引き取り人になって同居って形にしちゃえば、問題なくあの部屋を使うことが出来るし」
「………………それって……エルガの部屋を、使っていいって事……?」
「君が嫌じゃなければ。俺も気にしないし」
しばしの間を置いて恐る恐る尋ねると、エルガはコクンと頷いた。その提案を聞いてナギサは完全に固まってしまった。――言い出せなかったのだが、ナギサの希望としては、彼が引き取り人になって欲しいという思いがあった。
しかしその彼は、傷が癒えたら帝都から離れて行ってしまう。引き取り人を頼むのは憚られた。
「と言っても、さっそく保護責任を放棄するみたいであれなんだけどね……まぁ、提案者であるダーゼフさんが実質的な保護者になるかな」
頬をポリポリかきつつ、彼は苦笑しながら告げた。支部を出て行く際にダーゼフからナギサの件でこの提案を受けたのだ。エルガにとっては別に拒否する要素はない。元々出向がなければ彼女の引き取り人になっても良いとは思っていたのだから。
懸念していたのは、出向による保護責任の放棄。流石に出向先にまで着いて来て貰うわけにはいかず(彼女は帝都の日曜学校に通う手筈になっているので)、引き取り人になるのは難しいと思っていたが、ダーゼフが面倒を見ると確約してくれている。
「それで、どうする? って言っても、まだ迷うよな。まぁ、こんな案もあるよってことは頭に入れておいて――」
「……本当に、エルガが………なってくれるの?」
急な話でびっくりするだろうし、と肩をすくめた矢先、ナギサが驚きを隠せないままおずおずと尋ねてくる。首を傾げつつ頷くと、彼女は落ち着かない様子で忙しなく視線を彷徨わせ、
「――い、良いの? 私みたいなので……」
「別に俺は気にしないって。だってもう……そうだな、敢えて言うなら、”妹”みたいなもんだし」
「――――――い、妹……?」
「そ、気を許せる存在ってこと。――――……はは、じゃあそういう感じで、話を進めるか?」
「う、うん……っ!!」
ナギサの顔を見て彼女の思いを察したエルガは苦笑を浮かべつつ、そう言って手を差しのばした。差し出された手を見て、彼女は本当に嬉しそうな笑みを浮かべてその手をしっかりと握りしめるのであった。
ーーNG集ーー
アニー
「ペット探しが得意……あぁ、そういう……」(ゴミを見る目)
サラ
「もしもしTMP? ここにいたいけな少女をペット代わりに部屋に連れ込もうとするガチでやべー奴が」
エルガ
「悪意を持って意図的に誤解しか招かない言い方をするのはやめろ」