前日談 ”天”と”鋼” 前編
――七耀暦1201年、西ゼムリア大陸、レミフィリア公国、大遺跡群。
「…………一体これはどういう状況なんだよ……」
大崩壊以前のものと推測される古代遺跡までやってきた白髪の短槍使いエルガは、槍を引き抜いて目の前に広がる景色を目の当たりにして困惑の声を上げる。
石を積み上げて建設した塔や建物は崩れ落ちたものや植物に浸食されたもあるが、比較的形を保っているものの方が多い。また至る所に当時のものと思わしき机や置物が未だに置かれ、1200年前の姿を留めている。
考古学の学者が見れば驚嘆することだろう。風化によって石材は崩れ、草木に浸食されているとは言え、造形がはっきり分かるほど形を保っている遺跡だ、素人目から見てもその歴史的価値は何となく分かる。
――その貴重な遺跡には似つかわしくない、魔獣と思わしきものの死骸。――いや、本当に魔獣なのだろうか。少なくともエルガは”人型”の魔獣など見たことも聞いたこともなかった。
二本足に二つの腕、そして頭部には二つの目と牙が生えた口に、凶悪な”角”が二本。肌も黒く、シルエットは人に近いが、とてもではないが人間と言えるものではなかった。
敢えて言えば七耀協会の伝承に登場する“小鬼”だろうか。“煉獄”という、生前罪を犯した罪人が女神に裁かれた後に墜とされる場所。そこで墜とされた罪人を苦しめ続ける存在が“小鬼”なのだ。
そこで語られる小鬼の姿と、目の前にいる魔獣の死骸の特徴が一致している。おまけにその小鬼が目の前で”何十体”と倒されている景色――信心深いわけではないが、それでもこの光景には思うところがある。
いくら向こうから襲いかかってきたとはいえ、これは罰当たりなことをしでかしてしまったのではないだろうか。思わず顔が引きつるのを自覚する。
「ふむ………まるで伝承に出てくる小鬼そのものだな、これらは。ということは……魔獣ではなく魔物か……?」
エルガと共に古代遺跡に訪れていた男が、膝を突き小鬼を検分しながらそっと呟いた。鍛え上げられた肉体に短めの短髪、その手にはエルガのものと同じ意匠を持つ短槍が握られている。エルガの師であるジルヴィア・ローグ――彼の呟きに、エルガは首を傾げた。
「魔獣でなく魔物……?」
「あぁ、こういう大崩壊や中世の暗黒期に絡む遺跡とかで、たびたび現れる存在だ。まぁざっくばらんに言うと……実体を持つ幽霊だ。伝承やお伽噺にしか出てこないような奴らがいたら、だいたい魔物とでも覚えておくと良い」
「………は、はぁ……」
師のふわっとした説明に、何となく頷いて見せたエルガ。分かったような、分かっていないような反応に、ジルヴィアは苦笑を浮かべるものの立ち上がって口を開く。
「どうやらこちらの想像以上の事態になっているようだ。……気を引き締めていくぞ、エルガ」
「わかった」
――ジルヴィアとエルガの師弟二人がこの遺跡にやってきたのは、ギルド――レミフィリア遊撃士協会から要請を受けたためであった。数日ほど前からこの遺跡にて、妙な魔獣や不審者の目撃情報などが寄せられていたのだ。
あくまで目撃情報であり確証はなく、また文化的、歴史的価値の高い遺跡ということで軍の派遣は躊躇いがあったのだろう。公国自らギルドに調査を依頼する形を取り、またギルドも公国からの依頼と言うことで配慮を見せた。
そのため高位で信頼の置ける遊撃士に任せたいということになり、ちょうどレミフィリアに立ち寄っていたジルヴィアに白羽の矢が立ったわけである。エルガがこの場所にいるのは、ただのおまけだ。
「エルガ、あの小鬼共をどう思う?」
遺跡群の奥へ進む中、ジルヴィアは唐突にエルガに問いかける。どう思うと言われても、単純な感想しか出てこない。問われた彼は瞳を瞬かせた後、しばし考えた後に正直に話すことにした。
「どう思うって………なんか、いかにも伝承に出てくる小鬼だなぁ、としアイダァッ!!?」
「誰がお前の感想を聞かせろと言った。こういうときは”なぜ”、”どうして”と疑問をいだけ、このたわけ」
子供じみた感想を口にし出した弟子の脳天にげんこつを墜とすジルヴィア。悲鳴を上げて頭部を抑えた彼にため息をつきながら、
「まず第一に”なぜ”。なぜ小鬼が、魔物が現れたのか。伝承の中の存在が、現実に現れる非常事態……だが非常事態には必ず”原因”がある」
「原因って……師匠が言っていただろ、こういう遺跡だと魔物が現れやすいって。だから出て来たんじゃないのか? ていうか言葉足らずだろ、どう思うって言われて、そこまで考えられるか!」
「そう考えられるように成長しろ、未熟者。何年俺の弟子をやっていると思っている」
ふぅ、とため息をつき、ジルヴィアは真剣な生差しで周囲を見渡していた。普段は割とノリの良い気さくな人物なのだが、こと仕事が絡むとそのノリの良さは消え去り、プロとしての素顔を垣間見せる。悪態をつこうとしたエルガだが、言葉を飲み込まざるを得なかった。
「確かに現れやすいが、しかし何の要因もなく自然発生するとは考えづらい。もし自然発生していたのならば、過去にも小鬼共が現れていたことだろう。だがそういう話は聞いたことがない」
「………今回が初めて、ということ?」
「そう仮定して構わないだろう。今回が初めてならば、それを引き起こした”何か”があると考えるのが道理だ。それが何なのかは、現時点では何とも言えないが……」
そう言ってジルヴィアはエルガの方へ向き直り、肩をすくめて、
「だがこれで”方針”は定まったな。遺跡内に出現している小鬼共を打ち倒しつつ、原因を探る………ただ闇雲に遺跡内を駆け回るよりも、そちらの方が効率が良いだろう?」
そう言って真剣みを帯びた表情から一点、ニヤリと口の端をつり上げたジルヴィア。――悔しいが高位のベテラン遊撃士の頼もしさを、嫌と言うほど感じたエルガであった。
師匠の方針に従い遺跡内を探索していた二人だったが、やがてその遺跡の大きさからか二手に分かれようということとなり、現在エルガは師から離れ一人で遺跡を歩き回っていた。
「――――ふぅ……これぐらいなら群れで来ても何とかなるな」
短槍を片手に、周囲への警戒を怠らずに探索を続けていたときだ。何度目か分からない小鬼の襲撃を蹴散らした彼は吐息を吐きながら呟いた。
数はそこそこいるものの、連携を取ってくるでもなく、ただ闇雲に襲いかかってくるだけである。強さもさほどではなく、エルガ一人でも蹴散らしていける程度であった。
それに彼の”野生の勘”は凄まじく、基本的に奇襲は通じない。修業時代、本気で気配を殺した師の不意打ちを未然に回避した実績もあるほどだ。その一点においては、ジルヴィアを凌駕していると自負している。
「しかし一体何なんだこいつ等……師匠は“魔物”って言っていたが……」
周辺警戒を怠らないまま、エルガはつい先程倒した小鬼へと視線を落とした。エルガが突き刺した傷が致命傷となったのだろう、小鬼は横たわったままぴくりとも動かない。やがてその体が光に包まれ、消滅していった。
「……普通の魔獣とは明らかに違うな。………うん?」
その消滅の仕方を見て、エルガは困惑を隠せない。魔獣とは異なる存在というのは理解できたが、しかし――首を傾げつつ視線を周囲へと戻して、明らかに異質なものがあることに気がついた。
「何でこんな所に”導力機器”が……え、もしかしてこれ稼働しているのか?」
地面に突き刺さった杭状の物体。石造りの遺跡には似つかわしくない、金属質な物体には導力の光が輝いていた。なぜ古代遺跡にオーブメントなどと言うものがあるのだろうか。それに突き刺さった地面を見るに、設置されてからさほど時間は経っていないように思える。
おおよそ数日前か――この古代遺跡で、不審なものを見たという目撃情報があった日とだいたい同じぐらいだろうか。
「…………」
もしかしてこれが原因か――この杭状のオーブメントがどういったものなのかわからないが、その可能性はあるだろう。後はこれが原因かどうかを調べるだけだが、生憎と機械関係は不得手であった。
とりあえずオーブメントをじろじろと見渡したが、それで分かるわけがない。やがて諦めたようにため息をついたエルガは、短槍の穂先をオーブメントに向けて、
「――ま、こういう機械は、こうするのが一番だって相場が決まってるな」
――とりあえず壊してみよう、という物騒な発想にいたり、十八番と化した龍牙槍を繰り出そうとして――
『ちょ、おやめなさい!!』
「――っ!!」
切羽詰まった少女の声が響き、同時に何かが凄まじい早さで駆け寄ってくる音が耳に届く。同時にエルガの野生の勘が危機を感知し、彼はその場から飛び退く。――一拍遅れでその場所に剣撃が走った。
「っ! 誰だ!?」
即座に相手がいるであろう場所へ穂先を向けるも、エルガの目には微かな影しか捕らえられなかった。えらく早い――半ば勘と気配を頼りに、穂先を自身の右側へ突き刺し――
「っ!?」
息を呑む気配と共に、突き出された穂先を弾く金属音が木霊した。同時に謎の襲撃者はエルガから飛び退くように距離を取る。その襲撃者はかなり慌てた様子で声を張り上げ、エルガを非難する。
「あ、危ないですわね……! 急に槍を向けてくるんじゃありませんことよ!?」
「それを言うなら急に斬り掛かってくるなよ!?」
理不尽な物言いに、流石に言い返すエルガ。自身の発言が物の見事に突き刺さっている。見るとその襲撃者は右手に剣、左手に盾を装備した自分よりも少し年上の少女だった。伸ばし始めた栗色の髪を一つに束ねた彼女は、エルガの発言に目に見えて狼狽し出す。
「た、確かに何の勧告もなく斬り掛かったことは、こちらにも非があるでしょう……! ですが普通何の躊躇いもなくものを壊そうとしますか!?」
「……いや、怪しかったらとりあえず壊してみるだろ? 俺の人生経験上、概ねそれで解決できたし」
まれにもっと拗れた事態になったけどな、と言う言葉は飲み込んでおく。でもそうか、そう考えると俺の行動はやや軽率だったか、と今更ながら納得する一方、目の前の謎の少女は憤慨した様子でさらに詰め寄ってきた。
「貴方の人生経験がすごく気になるのですけど!? 一体どういう育ち方をしたらそうなるのですか!?」
「山奥で一人暮らししたり、保護者から常にぼこぼこにされてるから大目に見てくれ」
「………………」
エルガのかなり端折った説明。山奥で(野生化して)一人暮らししたのちに、保護者(兼師匠の厳しい修行によって)常にぼこぼこにされている――我ながら美味い物言いだと自負していた。言いたくないことを隠しつつ、あらすじを説明できていると。
――実際美味い物言いでも何でもなく、端折りすぎて誤解を生みかねない内容になっていた。現に少女は眉根を寄せて彼を見やってきた後、どこか同情する眼差しを向けてくる。そのまま申し訳なさそうに、そしてこちらを気遣うかのように優しい声をかけてきた。
「……その、大丈夫ですの? もし辛い日々を送っているのでしたら……私が力になれるかも知れませんわ」
「へ?」
「確かにご両親から暴力を振るわれているということは……誰かに相談しにくいですし、言いづらいことですわ。ですがここで出会ったのも何かの縁でしょう」
「…………」
「私も、かつて苦しい思いをしてきました。ですが”あのお方”に助けていただき、今は教えを請う立場……助けていただいたことで、私の人生は一変しました」
「…………」
――なんでお姉さんは親身になって語っているのだろうか。理由が分からず首を傾げるエルガとは対照的に、少女はさらに熱く”あのお方”とやらについて語っていく。
「ただ己の無力を悔やむことしか出来なかった私ですが、あのお方のおかげで変わることが出来たのです。あのお方の強さに、そして高潔さに憧れ、教えを受けて一年にも満たない私ですが……もう無力で泣いていた、力ない小娘ではない……ですから貴方も――!」
「お姉さん、ちょっとごめん。なんか勘違いして盛り上がっているところ悪いんだけれど……」
一人熱く語っているところに水を差すようで申し訳ないが、少女の語りを遮り、エルガは懐からある物を取り出して表紙を見せる。支える篭手――遊撃士のエンブレムが刻まれた手帳を。きょとんとした表情を浮かべた彼女は、目を丸くして口を開いた。
「―――――………ゆう、げき、し………?」
「そ、遊撃士。準遊撃士のエルガ・ローグ」
「エルガ・ローグ……………ローグゥ!?」
オウム返しにエルガの名を呼んだ彼女だが、家名で何かに気付いたのか素っ頓狂な声を上げて彼から距離を取った。そしてそのままエルガに震える指を突きつけて、
「ろ、ローグということは、あ、あなた、まさか……まさか”天槍”の……!!」
「あー、うん、そう……”天槍”の弟子です」
やはり師の知名度は相当な物のようだ。ローグと言うだけで天槍の関係者だと言うことを見抜いてきた。呆然としたままこちらを見やってくる彼女に、彼は苦笑を浮かべたまま頬をかき、
「実はこの遺跡群で奇妙な魔獣を見た、っていう通報が寄せられていてね。それでそこの装置も含めて、お姉さんからちょっと話を聞きたいなぁ、なんて思うんだけれど……良いかな?」
「……………」
やんわりと”任意聴取”させてほしいと伝えるものの、少女は俯き肩を振るわせている。そのまま聞こえてくるのは、微かな笑い声。
「ふ、ふふ……そうですか……同情を誘う嘘をつき、私を騙して……!」
「いや騙してないし。お姉さんが勝手に同情してきただけでしょ」
プルプル体を震わせている少女に対し、エルガは容赦なく言葉を重ねていく。見ようによってはエルガが煽っているように見えるが、本人にそのつもりは全くなく、あくまで事実を口にしているだけであった。――完全に言葉足らずである。
エルガの言葉足らずを見抜けない少女は怒りに身を震わせていく。彼女からすれば、エルガはこちらの同情を誘い、騙そうとしてきた卑怯な遊撃士、という印象しかなかった。
――本当に騙す気なら、わざわざ勘違いを指摘することもないだろう――と思い至れないあたり、彼女も彼女で中々に早とちりしてしまっている。ともあれ怒りに身を震わせる少女は、持ったままだった騎士剣をエルガに向けて爆発させた。
「仮にも遊撃士が……しかも天槍の弟子ともあろうものが、相手を惑わす策を弄するとは………! あのお方が気にかけている者の弟子でありながら、その厚顔無恥さ! 恥を知りなさい!!」
「………そこはかとなく理不尽さを感じるのは、俺の気のせいじゃないよな?」
相手の罵倒に釈然としないものを感じ取ったエルガだが、そこは飲み込んで堪えつつ短槍の切っ先を向ける。どうも相手は空回りしている気がするが、ともあれ彼女はこの遺跡で起こっている異変を知っている雰囲気があるのは確かだ。
それに武装していることや彼女が放つ雰囲気から、話し合いに素直に応じてくれる気配はない。短槍を握りしめる手に力を込め、エルガは吐息と共に瞳を細めた。
「申し訳ないけど、こっちも仕事なんだ。素直に言うこと聞いてくれないって言うのなら……実力行使になっちゃうけど、良いよね?」
「受けて立ちますわ! 偉大なるマスターが敬意を払う”天槍”の弟子! その性根、このデュバリィが正して差し上げますわ!!」
「ねぇお姉さん、貴女やっぱり誤解してない!?」
自らをデュバリィと名乗った少女の言葉に、ようやく互いに誤解しているのではないかと思い至ったエルガであったが、それを指摘するよりも先に彼女の剣が振るわれるのだった。
幾筋にも振るわれる長剣を穂先で的確に捌きながら、エルガは歯を噛みしめていた。剣筋は実直で読みやすく、フェイントのような搦め手や小手先の技術は使ってこない。
剣筋はその人柄を現すという。おそらく彼女もこの剣のように真っ直ぐな性分なのだろう。――先のやりとりを鑑みるに、少々融通が利かないタイプなのだろうが。
ともあれ読みやすい剣筋故に、相手の動きを予測して返し技の一つでも叩き込みたいものなのだが、それは出来なかった。デュバリィの剣速はそれほどまでに速い――単純に、相手が速すぎて攻勢に出られないのだ。
(まさに”神速”……! 時々視界から消えるし……っ!!?)
横一文字に振るわれた騎士剣を捌いた途端、エルガの視界から文字通りデュバリィの姿が消え去った。彼の目が辛うじて捕らえたのは、右側に流れていく影――半ば”野生の勘”に従ってそちら側に石突きを繰り出し――
「――龍麟撃!」
「――むっ!?」
破れかぶれに繰り出した石突きは、彼女が持つ左の盾によって受け止められていた。それはつまりエルガの一撃は彼女を捕らえ――彼女の“足”が止まる。ここが好機とばかりに、エルガは一気に畳みかけに行く。
「まだだ、龍爪乱舞!」
槍を回転させて繰り出す、穂先と石突きによる連続攻撃。彼女の速力に対抗するために手数で勝負に出たのだが、
「甘いですわ!」
「マジかっ!?」
長剣が凄まじい速さで振るわれ、カカカカカカカッと金属音が鳴り響いた。エルガが放つ龍爪乱舞、その全てが長剣で”迎撃”されたのだ。
防ぐでも受け止めるでもなく、迎撃――彼女の剣速は、龍爪乱舞の手数を上回っている。連撃全てをいなされたエルガは唇を噛みしめ、自ら距離を取った。
(やりにくい相手だ……!)
槍を構えるエルガの表情は芳しくない。剣筋を見るに、彼女自身の実力はエルガと同等か、やや下と言ったところだろう。だが本来の実力をひっくり返す要素を、彼女は持っていた。それが彼女の”速さ”である。
エルガ自身も、昔のことも相まって速さにはそこそこ自信がある。それに”速さ”だけで見れば、師匠を上回っていたりするのだ。現にこれまで戦ってきた相手も、常にこちらが先手を取って動いてきた。
にもかかわらず、デュバリィとの戦闘では速さで負け、自身の長所を生かし切れずにいる。そのことに歯がゆさとやりづらさを感じ取っているのだ。――要するに、エルガは自身よりも”速い相手”との戦闘経験がないのである。
(龍牙槍、獣牙疾走は多分躱される……龍麟撃、龍爪乱舞も決め手にならない………っ!)
突進突きを繰り出しても、その挙動のわかりやすさからあっさりと躱される光景がありありと浮かぶ。龍麟撃、龍爪乱舞は先程繰り出したもののあっさりと対抗されてしまった。少なくとも、得意とする技のほとんどは彼女には通じないとみて間違いないだろう。
(――いや、まだ……)
状況はこちらが不利。しかし相性が悪いと言うだけで、純粋な武術の力量で言えばこちらが上なのは間違いない。勝機が完全になくなったわけではないだろう。短槍を握りしめ、エルガは少女騎士の動向を見守った。
(――やりますわね、彼)
自ら距離を取ったエルガに対し、デュバリィはあえて追撃を仕掛けず様子を伺うに留めた。師であるマスターから剣術を教え込まれてはや数年。師の背中どころか、同じ組織に属する”獅子”にすら遠く及ばぬ身であるが、それでも組織のエージェントに食い下がれる実力は身についてきた。
そうして強者達の中に身を置いてきた故か、相手の気配や佇まいから、ある程度の力量を推し量る”眼”は自然と鍛え上げられてきた。目の前にいる白髪の少年――信じられないことに“天槍”の弟子だという――は、おそらく自身と同等か、少し上と言ったところだろう。
(速さで翻弄し、こちらが押しているというのに決めきれない……捕らえられている証拠ですわ)
こちらの剣撃を全て弾くか回避して対応され、持ち前の速さを持って側面に回り込もうとしても追従してくる。
おまけにあの槍捌き。”槍使い”は彼女が一番戦い慣れている(勝てるとは言っていない)相手ではあるが、穂先のみならず石突きすら攻撃に転用するのは初めてであった。最も戦い慣れている槍使いが”騎乗槍”を得物としていることも関係しているが。
槍の基本は突きか払いのどちらか。しかし彼の槍捌きは、そこに回転――”捻り”を取り込んでいた。複数の武具の動きを取り入れたという天槍の槍術――確かにマスターが一目置くだけはある。
それに彼の槍捌きから”信念”が伝わってくる。譲れない思い、確かな覚悟――それらが込められた“槍の重み”――短槍を構えるエルガに対し、デュバリィもまた彼に剣先を突きつけ、
「――まずは撤回を。貴方の性根をたたき直すと言いましたが、その必要はありませんね。独特な槍捌きですが、その重さは本物です」
「…………」
面と向かってそんなことを言われた。何かを認めたらしい彼女の発言にエルガは首を傾げたものの、これは彼女なりの敬意の払い方なのだろうと察し、口角を緩める。
「そういう貴女の剣も真っ直ぐだ……好感が持てる、貴女のことは好きだよ」
「―――っ! は、歯が浮くようなことを言うんじゃありません事よ! 年下のくせに生意気ですわ!!」
「いや、どうしろって言うんだよ……」
誉めたら怒られた。なんだか今日は理不尽なことで怒られてばかりな気がする。顔を赤くして視線を逸らす彼女を不思議そうに見やるも、エルガは首を振って短槍を突きつける。
「けれどそれとこれとは話が別だ。俺が勝ったらこの遺跡で何をしているのか、教えて貰うとするよ。それと、そこのオーブメントのこともね」
そう言ってエルガはちらりと地面に突き刺さる杭状のオーブメントを見やった。導力の輝きを放つ不思議な物体。一体何の装置なのか、彼には見当も付かない。しかしその装置の話しになった途端、デュバリィは目に見えて態度を変えた。
「――もしもそれに手を出そうというのでしたら、私が全霊を持って阻ませて貰います」
「――――」
少女の体から放たれる気迫に、エルガは瞳を瞬かせる。途端に勢いを増した闘気に驚き、次いで彼は瞳を細める。どうやら彼女にとって、この謎の装置は重要なものらしい。でなければ、ここまで敵意を露わにすることもないだろう。
「だったら全霊を持って阻んで見せろ!」
「言われなくとも、ですわ!」
叫びと共に地面を蹴ってかけ出したエルガに合わせ、デュバリィも持ち前の速さを持ってかけ出す。速さは彼女の方が上、瞬く間に両者の距離を狭まっていき――
「――龍牙槍!」
飛び込み気味に放つ突進突き――躱される未来しか見えなかった技だが、今のエルガには確信があった。僅かだが彼女と語らい、その真っ直ぐさを垣間見た今なら――
「行きますわよ!!」
対するデュバリィも速度を保ったまま騎士剣を構え、突撃する。神速ノ太刀――彼女が敬愛するマスターが名付けた、彼女が得意とする剣技。突進突きとなで切り、両者の技が真っ向から放たれ――
「――貰いましたわ!」
「―――っ!!」
すれ違い、互いに残心する中、彼女の叫びと共にエルガの腹部に激痛が走る。すれ違いざまに繰り出した彼女の一刀はエルガの体を捕らえていたのだ。
――技同士がぶつかり合うことはなかった。両者の技は、正面から見れば“点”と“線”にしか見えず、よほどの達人でなければ鍔迫り合いになる事は不可能である。そして攻撃範囲が“点”である龍牙槍を躱したデュバリィはそのまま神速ノ太刀を振るったのだ。
「これで終わりですわ!」
「――それはどうかな!?」
先に残心を解いたデュバリィはトドメとばかりに追撃の一撃を放とうと振り返る。――しかしエルガの攻撃は、まだ終わっていない。突き出した槍を構え直し龍牙槍の二撃目である薙ぎ払いを後方へと放った。
「なっ!?」
二撃目と追撃は真っ向からぶつかり合い、互いに弾かれる。とどめの一撃をいなされたこと、腹部に一撃受けたにも関わらず動いた彼に、デュバリィは驚き硬直する。――素早い彼女が、再び動きを止めたのだ。この隙を逃してなるものかとばかりに、エルガは空いている左手で短槍の穂先近くを掴み――
「はあぁぁぁっ!!」
「くっ……!!」
――薙ぎ払いの軌跡を返すように、石突きによる”三撃目”を放つ。龍牙槍の基本は二連撃だが、エルガがその場凌ぎで繰り出した三撃目は彼女に命中し、地面に叩き伏せるのであった。
「くっ………!」
膝を突き、左腕を押さえるデュバリィは悔しげに表情をしかめていた。エルガが放った石突きによる三撃目は左腕の小盾で防いだのだが、その衝撃は盾を抜けて左腕に届き、軽い痺れが起きている。
「――――俺の勝ちだ、デュバリィさん。色々と聞かせて貰うよ」
どうあれ二人の戦闘はエルガの勝利。膝を突いた彼女に槍の穂先を突きつけるエルガは、呼吸を整えながらそう宣言する。勝利の余韻を、そしておごりを感じさせない彼の表情をちらりと見て、デュバリィはさらに悔しげに顔を俯かせた。痺れをのこす左腕に力がこもり、きつく握りしめられて、
「……申し訳ありません、マスター。貴女の期待に、私は……っ!」
「………」
血を吐くような謝罪に、エルガはやりづらさを感じていく。状況と発言から察するに、あの装置の守りを”マスター”という人物から命じられていたのだろう。その命を守れなかったことに対する悔しさ、申し訳なさがありありと窺えた。やがて吹っ切れたのか、八つ当たり気味に叫び出す。
「くっ……! もうどうとでもなりやがれですわ!! さぁ、好きなことを聞くと良いでしょう!! どーせ私も何も聞かされてなくて知りませんけどぉ!!!」
「いや知らないんかい!!?」
あれだけ苦労してデュバリィを打ち倒したというのにこの結末。盛大に肩すかしを食らった気分に思わず膝を突き、両手を突いて倒れ込みそうになった。さっきまでの戦闘は何だったのか。
同時に彼女のような真っ直ぐな剣士が、詳しい事情も聞かずに協力するとは。そこまで畏敬の念を抱く相手に興味が出てくる。数分かけて気を取り直したエルガは、マスターなる人物について問いかけようとして。
「………じゃあ、そのマスターっていう人は一体―――」
『大丈夫ですか、デュバリィ』
「っ! マスター!?」
「――――っ!!!!?」
――くぐもった綺麗な声音が聞こえたと同時に、エルガはその場から飛び跳ねて距離を取る。全身の毛が逆立ったのは久しぶりだった。
声がした方を見やると、全身に白銀の鎧を纏った騎士がいた。フルフェイスの兜に覆われているため判別しづらいが、流れるような長い金髪に先の声音から、おそらく女性だろうとは思われる。
「………い、一体……」
冷や汗を流すエルガは、ぽつりと呟く。その騎士から放たれる気迫は、彼の想像を遙かに超えていた。おそらく自然体にしているだけなのだろう、それでも感じ取れるあの騎士の強さは、ジルヴィアを凌駕している。
彼の中の武人は告げていた。あれはまさしく”至高”、武術における到達点である”理”に至った存在。”人の身では絶対に勝てない存在”だと。
彼の中の“獣”すらも起き上がり、警告の雄叫びを上げていた。――あれはヤバイ、逃げろと。絶対的な強者、食物連鎖で例えるならその頂点に君臨する存在だと。
「申し訳ありません、マスター。私は、貴女のご命令を……」
『良いのですよデュバリィ。すでにこの地の役割はすんでいます。貴女は見事に役目を果たしたのですから。――今までよく装置を守り、見届けてくれました』
「ま、マスター……!」
エルガの破れ、使命を果たせそうになかったデュバリィだが、どうやらすんでの所でこちらが“時間切れ”だったらしい。すでに装置の役目は終わったらしく、見れば地面に突き刺さっているオーブメントも導力の光が消え去っている。
騎士――マスターの言葉を受け、感激した様子のデュバリィは先程までのダメージはどこへやら、腕をぶんぶん振り回して喜びを露わにしていた。普段であれば微笑ましい仕草なのだろうが、今のエルガにそんな余裕はない。表情をしかめ、短槍を突きつけつつ気を伺い続ける。
――……だめだ、隙が見えない……!――
とてもではないが適う相手ではない。そのことを直感的に悟ったエルガは、無意味と知りつつもチャンスを伺うしかなかった。勝てずともせめて一刺し、一矢報いる程度なら――それすら甘すぎる考えであろうが。
『……かの”天槍”殿の弟子よ』
「っ!」
呼ばれ、びくりと肩を振るわせるエルガ。相手を伺うと、至高の存在たる騎士は兜越しにこちらを見やり、視線が合うだけで彼は震え上がる。
『デュバリィを下したこと、実に見事です。……しかし私にも譲れぬものがあるのですよ』
「なにを……?」
『今はまだ知られるわけにはいかないのです。――これから起きる“激動の時代”。それを切り抜ける手札を、対抗手段を探していることを。……特に“黒”には』
「だから、何を言って……!?」
全く心当たりのない話に眉根を寄せるものの、右手を掲げた騎士にエルガは警戒心を高めた。掲げた右手に光が収束し、何もないところから巨大な白銀の騎乗槍――ランスが現れる。
「な、ランス……!? 槍使い……!?」
武具は異なるものの、同じ槍使い同士――エルガの瞳は見開かれる。ランスを構えた女性騎士は、その切っ先をエルガに向けて跳躍。ひとっ飛びで両者の距離を詰め――彼女の闘気に当てられているエルガは反応が遅れ、気付けば彼女の間合いに入ってしまっていた。
『申し訳ありませんが、貴方には少し眠っていただきます。”獣に墜ちていた人の子”よ』
「――っ!!?」
小さく、エルガにしか聞こえない声音で告げて来た。なぜそれを――しかしそれを尋ねる余裕もないまま、眼前に向かって来る穂先を見続けて――
「目の前で弟子の危機が訪れていたら――手を出すのが師というものだろう?」
そんな聞き慣れた声音と共に、目の前を短槍の穂先が過ぎ去った。
みんなに愛されるアホの子デュバリィさん登場です。原作よりも過去の姿なので髪型も変更、短めの一つ縛りに。
アニー
「なんか一つ縛りやらポニーテールやらが多いけどなんで?」
趣味と実益を兼ねて。
まだ修業時代と言うことで、誤解したまま全力で突っ走ったり、詳しい話は聞いていないけどマスターの命なら、と疑うこともせずに全力で取り組んだりと、空回りしている感がありますね。原作でもだいたいそうでしたけど。
後編ではついにあの人とあの人がぶつかります。ちなみに場所が遺跡群だったりするんですが大丈夫でしょうかね……? 戦いの余波はいかほどか……。