目の前を通り過ぎた穂先が、ランスの穂先を弾き、軌跡を強引に返させる。危うく串刺しになるところだったエルガは慌てて距離を取り、突然現れた乱入者へ視線を向けた。
短めの黒髪に、鍛え上げられ筋骨隆々の体。四十半ばだというのに、それを感じさせない精悍な顔立ち。エルガに槍術を叩き込んだ師匠、ジルヴィア・ローグその人であった。
「し、師匠……!? どうして……!」
「なに、私が進んだ方向は行き止まりだったのでな。こうして引き返してきたわけだが……」
ジルヴィアは彼に目配せをした後にこくりと頷き、短槍を跳ね上げてランスをはじき返す。その後女性騎士から距離を取り、右手だけで短槍の真ん中部分を握る構えを取った。
「なるほど、貴方が噂の……遊撃士協会所属、ジルヴィア・ローグ。お初にお目にかかります、”聖女”殿」
「……聖女……?」
全身に鎧を装着したランス使いをまじまじと見やった後、ジルヴィアは何か納得した様子で頷き、自ら名乗りを上げた。相手を聖女と呼ぶことに、エルガは眉根を寄せた。師の反応から、面識はなくとも知ってはいる様子ではあるが、詳細はわからない。
『――初めまして、”天槍”殿。……”蛇の使徒”が七柱、”鋼”のアリアンロード』
名乗りを上げたジルヴィアに対する返礼だろうか、ランス使い――アリアンロードも自らそう名乗る。蛇の使徒、七柱――かつて何かの資料で読んだことがある名称だった。大陸各地で暗躍する、“蛇”と呼ばれる秘密組織の存在。
――身喰らう蛇(ウロボロス)――通称結社と呼ばれる組織。ジルヴィアの瞳が僅かに細められる。
「なるほど、結社の情報はギルドの方でも中々手に入らず、貴方のことは呼び名と噂程度しか知らなかったが……まさか幹部の一人だったとは。恐れ入ったよ」
『私も貴方のことは噂程度に。“天”に至った貴方の槍、見事です』
「同じ槍使いである貴方に言われるのは光栄だ。……しかし、だからこそ貴方に持ち上げられるのは居たたまれない。貴方の槍を前にすれば、こちらの槍も霞むでしょう」
互いに相手を賞賛しあうジルヴィアとアリアンロード。二人を前にすれば、そこらの路傍の石ころと変わらぬエルガはただただ頬を引きつらせるしかなかった。
(俺からすれば二人とも遙かな高みにいる存在なんだけど……)
そろりそろりと距離を取っていくエルガ。”向こうの弟子”であるデュバリィも同様の疎外感を感じ取っているのか、目立たぬよう彼らから距離を取っていた。
彼女も感じ取っているのだろう、互いにリスペクトし合いながらも、同じ”槍使い”としての矜持からか、戦意を高めていることを。高めた戦意が闘気へ変わり、二人の体から溢れ出していることにも。
(……天槍もマスターも、凄まじい気当たり……いえ、あれでも抑えてはいるのでしょうが)
先程まで風など吹いていなかったのだが、今は上着の裾が揺れ動くほどの風が発生していることにデュバリィも気付く。まだそよ風程度のもの、しかしそれも二人の体から漏れ出た”余波”によるものでしかない。
もし抑えず、高めた闘気を解放すれば――頬を伝う汗を拭うこともせず、デュバリィもエルガも、この先で起こるであろう戦闘を見逃すまいと真剣な眼差しで彼らを見据えた。
「しかし例え霞む槍としても、これまで鍛え上げたという矜持と自負がある。そして遊撃士としての役目はもちろん、遙かな高みへ至った貴方に挑みたいという武人としての意思も。ゆえに、貴方に挑ませていただきます……”鋼の聖女”、アリアンロード」
『――良いでしょう。”天”に至った貴方の槍術……我が”鋼”を貫けるか否か。天槍、ジルヴィア・ローグよ』
それぞれの得物を構えた両者は、申し合わせたかのように同時に闘気を解放させた。そよ風は暴風になって吹き荒れエルガとデュバリィの体に打ち付けられる。
「………っ!!」
二人の闘気によって足下に転がる小石が砕ける。――極限まで高められた闘気や気迫は、時に物理現象まで引き起こす――以前師から聞いたことがある現象を目の当たりにして、エルガは改めて両者が遙かな高見にいることを理解する。
(……これは……)
これまで師匠の戦いを間近で見てきたエルガであるが、彼がこれほどまで本気で、そして全力を持って挑もうとする相手がいただろうか。彼の記憶の限りではいなかったはず。つまりこれから目の当たりにするのは、エルガでさえ知らない天槍の全力。
「――マスター……」
一方デュバリィは、これから起こりうる戦いの激しさを悟り、悔しげに拳を握りしめた。放たれる闘気だけで察することが出来る。これから起こる戦いは、未熟なこの身では割って入ることは出来ない。むしろ足を引っ張るだけであろう。それに敬愛する主の正々堂々とした一騎打ち、助力するべきではない。
それでもふと考えてしまうことがある。もし今以上に強ければ。主に信頼される力を得れば、何か違うことが出来たのではないかと。
(――今嘆いていても、どうにもならない事ですわね。今の私に出来るのは……)
所詮それは無い物ねだり、今そのことを言っていても何も始まらない。出来るのは――これからの“糧”とするために、武の理に至った天槍と、至高の存在へ至った主、二人の戦いを見守ること――
「――いざ参る!」
『――尋常に勝負!』
弟子達が見守る中、天槍と鋼はついに槍を重ねるのだった。
先に仕掛けたのはジルヴィア。短槍を構え、アリアンロードに向かって飛びかかり、得意とする技を繰り出した。
「――龍牙槍!」
弟子であるエルガもよく多用する槍術。突進突きから薙ぎ払いへ繋げる龍の牙を叩き込もうとする。
「――――」
対するアリアンロードは、ランスの穂先をジルヴィアに向けて静止した。迎え撃つつもりだろうか。
『――そこです!』
「――………」
瞬く間に距離を詰めていくジルヴィアが間合いに入り、彼が槍を突き出したその瞬間、彼女も反撃とばかりにランスを突き出し、短槍と鍔迫り合いとなった。――その信じられない光景に、エルガ達は目を見開く。
「嘘だろ、”穂先を穂先で止めた”……!?」
彼が目にしたのは、互いの穂先の切っ先が、真っ正面からぶつかり合った光景。まさしく点と点が重なり合っているのだった。互いに紙よりも薄い穂先の切っ先を的確に見極める眼と、そこに穂先を突き出す槍の精密なコントロール技術があって初めて成り立つ光景。
まさに針の穴を通す――いや、目の前のそれは針の穴などと言うレベルを遙かに超えたものだった。ジルヴィアも驚きの表情を浮かべたが、やがて真剣な眼差しに笑みが浮かんでいく。
『―――』
互いの槍を止めた二人は、全く同じタイミングで槍を引き戻し――アリアンロードの巨大なランスが複数に分裂させて突き出した。
(――違う、残像だ……!)
複数に分裂したのではなく、そのあまりの突きの速さ故に残像が生じたのだと、遅れて気付いた。おそらくあれは技ではない――瞬く間に襲ってくる無数の突きに対し、笑みを浮かべていたジルヴィアも対抗するかのように槍を高速で突き出した。
「――八頭龍牙」
――八つの首を持つ龍が襲いかかるかの如く、一瞬のうちに全て急所狙いの、連続八回突きを繰り出したジルヴィア。いつも以上に気合いが入っているのか、本来八連撃の突き技が無数の突きへと昇華していた。
穂先の切っ先をぶつけ合いながら互いの突きを相殺し合う二人。十、二十、三十――回数を重ねるごとに、保たれていた拮抗が徐々に崩れていく。
「――――くっ……はは……っ!」
とてつもなく重い突きを、残像が生じる速さで繰り出してくる聖女の槍に、ジルヴィアの短槍は徐々に押されていく。穂先をぶつけ合っていたというのに、いつの間にかこちらが繰り出されるランスの軌道を変えて迎撃するようになっていた。
穂先が突き出した感覚でわかる――切っ先が欠けている。おそらく聖女のランスに砕かれたのだろう。あんな重いものに対し、後先考えず闇雲に突き出していればそうなって当然だ。
――しかしまだ戦える。まだ戦いたい。まだ槍を交合わせたい――武の理に触れた今の自分が、至高の存在にどれほど通用するのか確かめたい。武人としての矜持が、覚悟が、ジルヴィアの槍を加速させていった。
四十、五十――押されていたはずのジルヴィアが巻き返し、突きの軌道を逸らすだけでなく、力の入れ方、伝わり方を変えて弾こうとする。徐々にランスの軌道がブレ始め、大きくずれたその一瞬を待ち――しかしジルヴィアが引き起こした小さな変化に、アリアンロードはすぐさま気付いた。突き出した槍に“捻り”を加え、逆に短槍をはじき返す。
「っ……!」
『どうやら小手先の勝負がお好みのようですね』
「当然だろう。力も速さもそちらが上……となれば――」
弾かれた短槍を即座に持ち直し、”捻り”が加わったランスの突きに”回転”で対抗する。――龍爪乱舞――穂先と石突きの波状攻撃が、超高速の突きをはたき落とす。ついに連続突きを食い止めたジルヴィアは、一瞬現れた“隙”を見逃さず、弾いたランスの切っ先にある“返し”の部分を的確に突いて“引っかけた”。
『―――っ!』
「――こちらの見せ場は”巧さ”だけだろう」
返しの部分にジルヴィアの短槍が引っかかり、突き出したランスを引き戻せなくなったアリアンロードは微かに息を呑む気配を見せ、初めて現れた聖女の変化に口の端をつり上げた。
『なるほど、確かにその技巧には感服します。――しかし』
まさかランスの先端にある”返し”の部分に、短槍を引っかけてくるとは思ってもいなかったのだろう。アリアンロードの声音には驚きと賞賛の色が混ざっている。互いに得物を引っ張り合い、ギリギリと力比べを演じる聖女は、やがてすっと力を抜きつつ体を捻り、踏み込んできた。
「むっ!!?」
その姿勢変化に力のバランスを崩された上に、彼女の槍に込められた闘気に気付き、ジルヴィアは慌てて槍の拘束を解いて距離を取ろうとするも、すでに遅い。僅かな捻りから体を回転させ、込めた闘気を一気に解き放った。
『――アルティウムセイバー』
「くっ……うおぉぉぉっ……!!」
一回転しながら放つ薙ぎ払い。高めた闘気を解放して放つそれは、守勢に回ったジルヴィアを””防御越しに吹き飛ばす”威力を持っていた。後方に吹き飛ばされた彼は転倒こそ免れたが、防御越しに届いた威力に表情をしかめた。
「何という威力……っ! しかしまだ……!」
キッと顔を持ち上げると、視界の先で聖女がランスを構えるのが見える。切っ先をこちらに向ける構え、若干低めの重心――突撃体勢だ。そう見抜いた次の瞬間に聖女は動き出した。
『――シュトルムランツァー』
「―――龍天裂波」
聖女が放つ突進突きに対し、ジルヴィアも短槍を構えて飛び出した。本来であれば防御か回避に徹し、相手の技の直後に反撃を叩き込むのが上策。だが、出来ればそれはしたくなかった。武人として、同じ槍使いとしての矜持からか、それとも――。
放つのは彼が編み出した槍術の中でも、威力が頭一つ飛び抜けた技。彼の闘気が龍を象り、金色の天龍を纏って聖女と相対する。騎士の一突きと天龍の牙は真っ正面からぶつかり合い――
『―――っ!』
「ま、マスター!?」
――一瞬の拮抗の後、騎士の体が吹き飛ばされる。敬愛する主が押し負けたその光景に目を見開いたデュバリィの悲鳴が木霊した。よほど信じられない光景だったのだろう、その瞳には驚愕の色がありありと浮かんでいる。
「――龍天裂波でも……!」
一方エルガの目にも驚愕の色が浮かんでいる。しかしデュバリィとは反対に苦々しげであり――確かに龍天裂波は、アリアンロードが放った突進技を真っ向から打ち破った。
しかしそれだけ。吹き飛ばされた騎士甲冑の女性は、何事もなかったかのように体勢を立て直していた。おそらく押し負けると悟るや否や、自ら吹き飛ばされることでダメージを軽減したのだろう。
龍天裂波は、彼が仕える技の中では切り札に相当する大技である。それが通じないとなれば、今のエルガでは打つ手がない。師匠はどうするのだろうとジルヴィアへ視線を送ると、闘気で象った天龍をいまだ纏ったまま、天高く飛び上がる。
「――まだ終わりではない!」
――師が編み出した槍術は、隙を殺す多段構え。それは龍天裂波も同様である。上空から短槍を振るい、槍を中心にとぐろを巻いた天龍を解き放つ。本来は追撃の衝撃波――しかし彼の持つ槍術の技量と、闘気によって天龍へと昇華したそれは、桁違いの威力を持っている。
『――――』
解き放たれた天龍が大口を開けてアリアンロードを飲み込もうと迫り来る。自らに迫る天龍を観察するように見上げた彼女は、突如ランスを天高く掲げ――
『――荒ぶる雷よ。いざ、戦場に来たれ!!』
――直後、辺り一帯に”落雷”が生じる。掲げたランスが避雷針になったかのように雷が直撃し、その余波で飲み込もうとする天龍を消し飛ばす。それだけではなく、周囲に発生した落雷は、当然落下途中のジルヴィアにも襲いかかり――
「――――っ」
「師匠ッ!!」
雷にうたれたジルヴィアは為す術もなく地面に叩き付けられ、その後追い打ちをかけるかの如く複数の落雷が倒れ込んだジルヴィアを襲った。
『…………』
掲げたランスを下ろし、アリアンロードは雷――アングリアハンマーを叩き込んだ箇所をヘルム越しに見やる。天槍を地に叩き伏せ、落雷を叩き込んだその箇所は、土埃が舞い上がり周辺を覆い隠してしまい詳細は確認できない。
しかし土埃の中から感じる気配――天槍は未だ倒れてはいない。しかし今の攻防でかなりのダメージを負ったはず。アリアンロードは己の闘気をさらに高め、
『疾く立ち上がりなさい、天槍よ。貴方の力、この程度のものであるはずがないでしょう』
「―――――――」
未だ煙が晴れぬその場所に向かって、アリアンロードは呼び掛けた。しかしそれに答える声はなく、返礼の代わりに放たれたのは圧倒的な闘気。解き放たれた闘気が強風を生み出し、視界を隠す土煙を吹き飛ばした。
「っ! 師匠……!」
煙の中から現れた師の姿を認め、エルガは安堵したように息を吐きながら呼び掛ける。しかし衣服が破れ、傷を負った師がそれに応じる余裕はなく、鋭い瞳で油断なく聖女を見据えていた。
「……なんですの、あの構え……」
そして煙の中から現れた天槍の構えを見て、デュバリィは眉根を寄せる。重心を落とし短槍を左手で、逆手に持って腰に据える――まるで剣術における、居合いの構えに酷似した構え。少なくとも槍を使ってあの構えをすることはほとんどないだろう。
「…………知らないぞ、俺……あんな技、俺は知らない……!」
その独特な構えに気づき、弟子であるエルガも安堵の表情を曇らせた。短槍でなく、刀であればしっくり来る奇妙な構えに該当する技はない。ジルヴィアが放つ闘気から、おそらく大技を放つつもりだろうが、生憎エルガも知らない技であった。一体何をしようとしているのか――それを理解しているのは、ジルヴィア本人のみである。
「…………」
『―――――良いでしょう。ならば私も、全霊を持って応じましょう』
天槍は言葉を発さず、ただ真剣な眼差しで聖女を見やるのみ。しかし彼が放つ闘気と気迫から、全身全霊の一撃であることは察せられ、アリアンロードもまた自らの闘気を高めていく。
――これより放たれるは、互いが持つ最高の技。どんな事情があろうと、それを妨げるなどあってはならない――二人が放つ闘気に当てられ、周囲の物音すら聞こえなくなった弟子達は固唾を呑んでその攻防を見やった。
『――我は鋼。全てを絶ちきる者――』
「――其は空を巡り、天を翔る龍――」
アリアンロードから放たれる、爆発的に高められた闘気は渦を巻き、闘気を纏った状態でかけ出した。対するジルヴィアも、彼女に劣らない闘気を発揮させ、槍による居合いの構えを取った状態で一気に突撃する。空いていた十数アージュを瞬きよりも短い時間で詰めて――互いに相手を間合いに納めた。
それは人の業を貫き、彼方から続く因縁を断ち切るための”神業”たる一刺し。
――聖技・グランドクロス――
「――故に我が龍槍は天を貫き……”空”へ至らん……!!」
それは自らを龍と成し、遙かなる高みへと登ろうとした、“天”を斬り裂く一撃。
――奥義・天龍槍――
『――――っ!!』
――素顔が見えずとも、兜面の向こう側では驚愕に瞳を見開いたのが伝わったことだろう。放たれたはずの必殺の突き技と、居合いの要領で放たれた薙ぎ払い技は、互いに槍を交差させて鍔迫り合いとなっている。両者の技は拮抗していた。
だがアリアンロードが驚愕したのは”技が拮抗しているから”ではない。むしろ拮抗して当然とばかりに思っているだろう。彼女が驚いたのは、その尋常ではない”振り”の速さ。長い年月を”戦い”の中で生きてきて、動体視力は常人のそれを遙かに凌駕するアリアンロードでさえ”視認できなかった”速度。
まるで「槍が振るわれる軌跡」という攻撃の過程を飛ばして、「槍が鍔迫り合いになった」という“結果”だけを現したかのような、異次元とも言える速さ。同時に疑問も芽生えた。
これほどの速度――その気になれば鍔迫り合いではなく、自身を狙うことも出来たはず。なのになぜランスを狙ったのか。その答えは出ることもなく――体勢の不利も相まって、アリアンロードのランスが弾かれる。それはつまり、グランドクロスが破られたことを意味していた。
さらに破られたことで彼女が纏っていた闘気が衝撃となって辺りに霧散し、その余波をまともに受けた兜面と鎧が砕け散る。
「マスター!!?」
デュバリィの悲鳴にも似た叫び。彼女の瞳も大きく見開かれ、その表情には信じられないという思いがありありと浮かび上がっている。素顔を晒し、ランスを弾かれ体勢を崩した彼女に、ジルヴィアはさらに踏み込んで――
――パァァンと、何かが砕ける音が木霊した。踏み込んだジルヴィアは動きを止め、自らの右手へと視線を走らせて、
「――――限界、か」
そこにあったのは、柄の真ん中から先が砕けて消えた”短槍だったもの”がそこにあるだけであった。
アリアンロードが繰り出す、速く重い連続突きを真っ向から受け止め続け、手加減せずに放つ槍術の数々。そしてしまいには、奥義と聖技のぶつかり合い――いくら名槍の一品とは言え、耐えきれなかったのだ。
「……よくやってくれた」
アリアンロードから飛び退いて距離を取り、ただの棒と化した短槍を見やって感謝を述べる。規格外の相手、”規格外のランス”を相手に、むしろ今までがんばってくれた方だろう。
「……どうやらここまでのようですね」
「あぁ、誠に遺憾ながらな。……何と締まらない最後か」
素顔を晒した鋼の聖女の、美しい声音に肩をすくめつつそう答えるジルヴィア。最後の攻防となった聖技と奥義の打ち合いでは、こちらが勝った。しかし痛打を与えたと言うだけで勝利したとは言いがたい。そしt最後は武器破壊による戦闘手段の喪失によって、こちらの敗北――試合に勝って勝負に負けた、というのはこういうことを言うのだろう。
「この勝負、私の負けだ。後は好きにするといい」
「ちょ、ちょっと待てよ!!?」
あっさりと負けを認めたジルヴィアの発言に、離れた所から成り行きを見守っていたエルガが声を上げた。慌てた様子で駆け寄ってくる彼はアリアンロードとの間に割って入ると、短槍の切っ先を彼女に向けて、
「まだ勝負は付いてない! 俺が――」
「やめろみっともない。お前では秒も保たん」
「んがっ!?」
ジルヴィアを庇うように躍り出た彼の頭上に拳を落とした。どれほどの力が込められていたというのか、情け無い声を上げて蹲るエルガにため息をつく。一方のアリアンロードも、そんなエルガを見やりながら、
「――安心して下さい。彼の命を取るつもりはありませんから」
「…………」
蹲り、プルプルしていたエルガだが、その言葉を耳にしてぴたりと震えを止めた。未だ痛むのか、顰めっ面を浮かべつつも視線を向け、やがてその言葉に嘘はないと感じ取ったのかすごすごと引き下がった。
――武器を失った師の危険を感じ取り、その身を犠牲にしてでも守ろうと躍り出たのだろう。彼の意図を何となく察した彼女は、鬼のような強さとは裏腹に、穏やかで優しげな微笑みを浮かべながら、
「良い師弟関係を築いているようですね」
「……どうだか」
視線を逸らしつつはぐらかすジルヴィア。それを照れ隠しの類いと受け取ったアリアンロードは、またもや優しげな微笑みを浮かべ――しかしすぐさま表情を改め、真剣な眼差しを浮かべてジルヴィアに問いかける。
「――一つ、聞かせて貰ってもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「聖技と奥義の打ち合い……なぜあのとき、槍を狙ったのですか?」
あのとき槍ではなく、私を狙っていたら――結果は違っていたかも知れなかった。今となっては後の祭りだろうが、しかしどうにも気にかかる。アリアンロードの問いかけに、ジルヴィアはあぁ、と頷いて、
「――何を言うかと思えば。私は遊撃士だ。如何なる理由があろうとも、遊撃士ともあろう者が人を殺めてはいかんだろうに」
「―――――」
――後のデュバリィはこう供述する。あの方のきょとんとした顔を見たのは、あれが最初で最後であった、と。瞳を瞬かせ、狐につままれたように固まるアリアンロード。その発言は、裏を返せばあのとき私を殺めることが出来たと、そう豪語するに等しいのだから。
だが実際、狙いが違っていたら、そうなっていた可能性もありえた。最もこの身に背負う秘密の影響によって、ほぼ無意味だろうが。
固まったアリアンロードだがすぐに表情を正し、ジルヴィアが続ける話に耳を傾ける。
「私は武人……槍という”凶器”を持ち、槍術という”人を殺める術”を磨き上げようとする愚か者だ。故に私は、不殺という最後の一線を自らに課している。それすら守れぬようでは、ただの”獣”と同じだからな」
「………」
その言いように、エルガが何か言いたげな顔をする。それは俺に対する当てこすりか何かか、とでも言いたげであった。結局彼は文句を言うこともなく、ため息をついて流すのみ。そんな中一人だけ納得していないのか声を上げた。
「――欺瞞ですわね」
声を上げたのは栗色の髪の少女騎士。ジルヴィアが彼女を見やると、気押されたように半歩後ずさったが、ぐっと拳を握りしめて抱いた不満を口にする。
「確かに槍は……いえ、剣も含めた武具は、戦うための道具。貴方の言うとおり凶器なのでしょう。それを扱う術たる武術も同様……しかしそれを分かっていながら不殺を貫くと言うのは、事実から目を背けただけの、ただの欺瞞でしかないのではないですか?」
思いがけぬ人物からの反論に、ジルヴィアは瞳を大きくさせた後、うっすらと笑みを浮かべて頷いて見せる。
「確かに欺瞞かも知れないな。ただの自己満足、偽善だ。だが偽善でも、不殺を貫く行為そのものが善行であることにかわりはない」
「それは……」
「それに偽りの正義でも、借り物の信念でも、歪んだ願いでも……それを最後まで貫き通してしまえば、その者にとってそれが”真実”になるだろう。それもまたありだと、私は思うが」
「…………」
「正しさなど、人の数ほどある。どう思うかは君次第だ。結局は自分の人生、信じる道を行くと良い」
「………自分が、信じる道………」
「……………」
ジルヴィアの言葉に感じ入るものがあったのか、デュバリィそう呟いて押し黙る。何かを考えている様子の弟子を横目に、アリアンロードは微笑みを浮かべて天槍を見やった。彼女に対するアドバイスと、ここまで善戦した彼に敬意を表して口を開く。
「――此度の一件、我々が引き起こした”実験”です」
「……何?」
突然の発言にジルヴィアは眉根を寄せる。唐突に語りだした彼女の意図がつかめず首をかしげるが、アリアンロードは気にせず続けた。
「我々が作り出したあの装置を用いて霊脈を刺激し、この地に”異変”を引き起こすことが出来るか否か……その検証実験が目的です」
「異変を引き起こす…………ぁ………」
話を聞いていたエルガもすぐに気付いた。地面に突き刺さった見慣れぬ導力器。この遺跡群に現れた謎の小鬼達。
「結果は、あの小鬼達が答えでしょう。市井の方達には迷惑をかけぬように気を遣っていたのですが……こちらの不手際のようですね」
「………安心すると言い。実害は”まだ”ない」
良いながらも、ジルヴィアの表情は芳しくない。彼ら遊撃士がこの地に派遣されたのは、不審な目撃情報があったためであり、何らかの被害があったという話はない。
だがそれは”現状”の話。もし”結社”の者達がその導力器を生産し、各地にばらまいていけば――それはもはやただのテロである。今はまだ実験段階で、どうやら彼女達が適度に小鬼達を間引いているようだが。現にそのおかげで実害はなく、アリアンロードはどこか安心した様子で息を吐き、
「そうですか。でしたら、もう大丈夫でしょう」
大丈夫――そう告げると、彼女は未だ手にしていたランスの切っ先を、背後にある例の装置へと向ける。
「おい、何をするつもりだ」
「検証はすでに終わっています。”博士”への義理立てもここまで」
言うやいなや、彼女の槍が閃き、一瞬のうちに装置を貫き破壊。修復は愚か、解析すら困難なほど粉々に破壊する。その様を眺めていたエルガは、その容赦のなさに頬を引きつらせた。あそこまで念入りに破壊するのは、装置を解析されないようにするためか、それとも例の”博士”とやらに何か良くない思いでも抱いているのか。
「――これであの小鬼達も、数刻もすればいなくなるでしょう。デュバリィ」
「はい、マスター」
装置が跡形もなく破壊されたのを確認した後に、アリアンロードとデュバリィの足下が光り輝き、幾何学的文様が刻まれた円陣が現れた。その光り輝く円陣を見たジルヴィアは心当たりがあるのか、眉根を寄せてぼそりと呟いた。
「それは……機能が未だ生きている遺跡で見られる転送装置に似ているが……まさか」
「……この地における我々の役目は果たしました。もしも縁があるのならば、これからも刃を交える機会はあるでしょう。……天槍の弟子よ」
「え? ……あ、はいっ」
まさか声をかけられるとは思ってもいなかったために、唐突に呼ばれたエルガは上擦った声音をあげてしまう。相手は気にもしていない様子で流してくれて、内心助かったと彼は吐息を吐き出した。
「デュバリィを下したその腕前、見事です。これからも精進することですよ。……その身に宿した”獣”に、自らを奪われないためにも」
「――――――っ」
しかし言われた言葉に固まってしまう。――この人は一体どこまで知っているのだろうか。彼女の隣にいるデュバリィは意味が分からないのか、不思議そうに首を傾げていることから、おそらくあの人だけが気付いているのだろう。一体どこで気付いたというのだろうか。
「――では」
足下から立ち上る光に包まれていく彼女達は、やがて最後にそう言い残し――光が消え去った。その場所にいたはずの彼女達の姿はどこにもない。
先程師匠は転送装置に似ていると言っていたが、おそらくあの法陣は所謂転移術なのだろう。特定の場所へ一気に移動する大昔の秘術、それを使用してこの場所から離れていったのだと、彼らは悟る。
「……あれが聖女の実力か。……”人の枠”で戦えば、槍は届くと……」
「…………?」
息を吐き出し、騎士達がいた場所を見やりながら呟くジルヴィア。その手に握られた折れた短槍へと視線を移し、再びため息をついた。奥義によって痛打は与えられたが、それ以外はこちらが圧倒されていた。地の強さは向こうが上とみて間違いないだろう。
そして地の強さに差を付ける結果となってしまったが、この愛槍の存在である。名槍とはいえ、”規格外のランス”には及ばなかったのだ。新しい槍を、それも折れた名槍よりも質の良いものとなると――本当はあまり頼りたくないのだが、“奴”に頼るしかなさそうであった。
「………”ダルテ”の奴の胡散臭い話に、付きやってやるとするか」
ぼそりと憂鬱そうに呟くジルヴィアは、盛大に肩を落とした。
――こうしてレミフィリアの大遺跡群で起こっていた異変は未然に防がれた。そして事後処理を終えた数日後、エルガの元に所属支部を移籍するという知らせが届く。彼の新たな所属先はエレボニア帝国、首都ヘイムダルであった。
ということで前日談の一つが終了です。時間軸的には本編開始の数週間前、というところです。エルガの師匠であるジルヴィアの戦闘描写と、彼の槍が最初から折れていた理由、そして一切の説明がなかった奥義・天龍槍の描写だったりと、本編補完的な内容も含まれています。
ジルヴィアとアリアンロードの戦闘。結果は武器破壊による戦闘続行不能、所謂判定負けです。不完全燃焼だったアリアン様は、今頃剣帝相手に手合わせしていることでしょう。
そしてジルヴィアも槍を新調することに。とりあえず”折れない槍”という構想の下、”ゼムリアストーン製の短槍”という結論にたどり着き、以前世話になったダルテに元に向かいます。その途中で、本編冒頭に繋がっていくのです。
そしてもう一つ前日談があり、次は、“黒船”関連になります。