英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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前日談編、ネモサイドになります。概ねネモの過去をぽつぽつ語りつつ、ゾルダ達との出会いと空賊団結成の経緯が語られます。


前日談 黒い箱舟 前編

 

――夢を見るのは、決まってあの頃の記憶ばかり。ありきたりだけれど、幸せな日々を送っていた頃のものだ。

 

エレボニア帝国ノルティア州に居を構えるサラスバティー伯爵家、その長子として生まれた彼。厳しくも優しい父と、穏やかなれど怒らせると父よりも怖い母。少し歳の離れた妹と共にひっそりと暮らしていた。

 

獅子戦役の折、流れ者だった剣士の活躍がドライケルス大帝の目にとまり、爵位を賜ったのがサラスバティー家の始まりとされている。父曰く、「人斬りによって賜った地位。故に他者を守るために剣を振るえ」という言葉と共に、剣術を叩き込まれた。

 

剣術の修行は大変で何度も根を上げた。自分は剣よりも本が好きなのだと、何度も父に訴えた。そのたびに父は苦笑して、

 

『分かっている。だがいずれ、お前にも守りたいと思う者が出来るかも知れない。その時、無力だったために後悔して欲しくないのだ』

 

そう窘められ、剣の修行に付き合わされた。父にしごかれ、あまりの厳しさに半泣きになって屋敷に戻ってきたのも一度や二度ではない。けれどもそのたびに母が甘いお菓子を持って励ましてくれた。

 

『泣かないの。ほら、男の子でしょ? 男の子なら、むしろお父さんに殴りかかる気持ちでいないと』

 

『おにいしゃまー! がんばれー!』

 

幼い妹の舌っ足らずな声援と、母のどこかずれた応援に、半泣きながらも引きつった笑みを浮かべたのを覚えている。小さい頃は平民に混じって育った母は、帝国貴族らしくない雰囲気と言動をしていて、庶民的な感覚を持っている人物だった。

 

『それにほら……ね?』

 

悪戯っ子のような笑顔を浮かべつつ、ウインクをしながら彼にそっと本を渡してくれたこともある。がんばっているご褒美――現金なことに、それだけで少し元気が出て来たこともあった。

 

父にしごかれ、母と妹に慰められ――ありきたりだけれど、幸せな日々。それがずっと続いていくと、幼い頃の彼は信じて止まなかったのだった。

 

 

 ~~~~~

 

 

――七耀暦1200年――

 

――カルバード共和国――

 

「――――」

 

まどろみから目覚めた彼――ネモ(誰でもない男)は、覚醒しきっていない瞳で天井を見上げていた。ベッド代わりのソファから上半身を起こし、けたたましいアラーム音を鳴らしている時計のスイッチを片目で見やり、止めつつ首を傾げる。――こんなもの置いた記憶はない。

 

そういえば朝から懐かしい夢を見ていた気がする。しかし内容をは思い出せず、やがて首を振って強引に意識を覚醒させた。そうこうしているうちに扉が開かれ、中から中年男性と少年という組み合わせのコンビが顔を覗かせる。

 

「お、起きてたかネモの大将。今日は比較的お早い目覚めだな」

 

「……もう九時半だけどな」

 

中年男性――オーレロがよっと片手をあげて声をかけてきた。理由は知らないが、ネモのことをよく大将と呼んでいる”運び屋”である。彼の側にいる銀髪に褐色肌の少年は、オーレロの言葉にため息混じりで突っ込んだ。

 

九時半をお早いお目覚め、とは呼ばないだろう。だがオーレロの言うとおり、ネモからすれば充分早起きの部類であった。少年――カイトは目覚まし時計を回収し、対面にあるソファに座り込んだ。どうやらあの時計は彼が置いたものらしい。

 

「……何のようだ。今日はアンタからの依頼はなかったはずだが」

 

折角のオフの日を邪魔されたからか、ネモの機嫌は良くなさそうである。仕事のある日は早くにたたき起こされても文句は言わないのだが、休日は違うらしい。軽く舌打ちまでする彼にオーレロは苦笑を浮かべつつ、

 

「そのはずだったんだが……ワリィ、急用が出来た。また力を貸してくれねぇか、”黒夜叉”さんよ」

 

「……………」

 

黒夜叉――その呼び名を持ち出されたネモは、まじまじとオーレロの顔を見た後、はぁっと盛大にため息をついて対面のソファを指さした。

 

「話ぐらいなら聞いてやるよ、”運び屋”」

 

 

 ~~~~~

 

 

”運び屋”というのは呼び名であると同時に、彼の生業を現している言葉であった。依頼人から荷物を預かり、指定された場所へ届ける――手紙や贈り物と言ったありふれたものから、弾薬や兵器と言った物資。果ては魔獣や死人といった非合法的なものまで、何でもござれである。

 

彼がなぜこのような稼業を行うようになったかは知らないし興味もない。非合法的なものまで届けるという都合上、やはり危険な橋を渡る機会は多いらしく、時折傭兵に護衛を頼むこともあるようだ。

 

以前まで彼の護衛をしていた傭兵が死亡したらしく、新たな護衛としてネモ達と長期契約を交わすことになったのが始まりである。現在オーレロが所持し、操縦する飛行艇の中で彼から急な依頼とやらの詳しい話を聞いている最中であった。

 

「……それで、その金持ちの道楽のために、その異様な魔獣を連れてこいってか?」

 

「ま、端的に言い表すとそうだな。ったく、金持ちの考える事って、訳分からんよな」

 

オーレロから説明を受けたネモは、呆れた様子でため息をつきつつ依頼内容を端的にまとめた。その認識で構わない、とでも言わんばかりにオーレロも頷き肩をすくめる。何のことはない、金持ちのわがままであった。

 

おまけに運び屋だというのに、便利屋か何かと勘違いしているのか、魔獣を捕まえることまで依頼に含まれている。魔獣を所望すると言うことは、おそらく見栄っ張りな人柄――おそらくヤクザやマフィアといった、人様には軽々しく言えないことをしでかしている連中だろう。鼻で笑いながら、

 

「真っ当でないから、真っ当でないことを所望するんだ」

 

「それ俺達が言えることか」

 

ネモの言葉にカイトがぼそりと反応する。オーレロの手伝いとして、各種計器に目を向けている彼の言葉に、ブリッジ内に微妙な空気が流れ込む。やがてネモは重めのため息をついた後、

 

「……確かに、そうだな」

 

傭兵も運び屋も、真っ当な職業ではないだろう。カルト教団に攫われ、人体実験の被験者となったカイトも、その意味では真っ当ではない。自分達があれこれ言えることではないだろう。

 

「――進路良好、もうじき到着だ。……っていうかカイトの坊主、おめぇさんは良いのかい? これから向かうのは――」

 

微妙な空気が流れる中、オーレロがそれを断ち切るように報告してくる。同時に、カイトに対して思い出したかのように問いかけてみた。これから着陸しようとしている場所は――彼の気遣いに、カイトは躊躇なく首を横に振って、

 

「良いよ。……別に戻りたくないって思ってるわけじゃない。でもきっと……戻っても、誰もいない」

 

――その言葉と共に、視線を周辺地図が映し出されたモニターへと向ける。そのモニターには”ノーザンブリア”と書かれていた。

 

ノーザンブリアは彼の故郷である。だが本人は故郷に戻る気はないようだ。そしておそらく、”生家”に顔を出す気もないらしい。誰もいない――その意味を悟って、オーレロは言葉に詰まる。

 

しかしそれを察知したのか、それともふと疑問に思ったのか定かではないが、カイトがオーレロの方へ視線を向けて疑問をぶつけてきた。

 

「そういえば依頼にあった”絡繰り仕掛けの魔獣”……それって本当に魔獣なの?」

 

「知らん」

 

そんなこと俺が聞きたい、とばかりにオーレロは肩をすくめた。絡繰り仕掛け――機械仕掛け、という事だろうか。かれこれ四十年以上生きてきているが、そんなもの見たこともない。ちらりとネモへ視線を向けると、彼も肩をすくめて、

 

「俺もそんなもの見たことはないし、聞いたこともない。だが依頼人が寄越した情報だと、ノーザンブリアに出没するということだ。行ってみればわかるだろ」

 

――それから程なくして、彼らを乗せた飛行艇は、山岳地帯の僻地にて着陸するのだった。

 

 

 ~~~~~

 

 

彼らがたどり着いた山岳地帯。そこにはすでに武装集団が周囲の捜索を行っていた。独自に改造が施された大型の導力ライフルに、導力機構を組み込んだ強化ブレードで武装した集団。”北の猟兵”に属する一部隊――”対機甲四番隊”である。

 

導力革命以降の技術革新によって生み出された、戦車などの導力兵器に対抗するために編成された精鋭部隊、それが対機甲隊である。

 

現在の北の猟兵には、導力兵器を製造する技術力も資材も資金も不足している。しかし昨今の戦場では、“百日戦役”以降主戦力が歩兵から導力兵器へと移り変わろうとしている。未だに歩兵の役割はあれど、歩兵同士がぶつかり合う戦場というのは少なくなっていくのは目に見えていた。

 

そこで彼らがとった手段が、”歩兵による導力兵器の破壊”であった。各部隊から選りすぐりの精鋭を集め、特殊な改造を施したライフルに、特殊機能を持ち合わせた弾丸を用いて機甲兵器を破壊するという、乾坤一擲の策であった。

 

――結果は、五番隊まであった部隊が、四番隊のみしか残っておらず、それもその半数が新たに編入した新兵であることからうかがい知れよう。彼らの狂気とも言える策は失敗に終わり、四番隊は厄介払いもかねて僻地の依頼へと回されることが多くなった。

 

彼らが山岳地帯へ赴いたのも、その”僻地の依頼”によるものであった。何でも”機械仕掛けの魔獣”なるものを捕らえて欲しいという。内容を聞いたときは思わず眉根を寄せたが、その依頼人がこの山岳地帯に出没すると教えてくれたため、この場所まで赴いたのである。

 

目的地までたどり着き、部下達に指示を飛ばしていた五十目前の大柄な男は、何とも言えない微妙な表情で辺りを見渡している。何か気になる事でもあるのだろうか。それに気付いた彼よりも年上の男は、そっと近づいて、

 

「……大佐さんよ、どうもここは胡散臭い雰囲気しか感じられないんだが」

 

「奇遇だなガルド、俺もだ。……ったく、最近妙な魔獣が増えてきていると思ったら……」

 

ガルドの言葉に、大佐と呼ばれた男は頷きつつ髪の毛をかきむしる。四番隊の隊長であるゾルダ・ヴァリウス元大佐はチッと舌打ちをして目つきを険しくさせた。彼と副隊長ガルドの二人は、今の部隊では最年長であり、経験値で言えば北の猟兵内でもトップクラスであろう。

 

――その二人が揃って嫌な予感を覚えている――以前から何かおかしいと感じていたが、現地に赴いてはっきりした。ここには何かが隠されている可能性は高いだろう。頭をかきむしるゾルダの元に、部下の一人で最近配属されたエディが軽く会釈をしながら、

 

「隊長! 例の絡繰り魔獣の痕跡を発見しました! どうも洞窟内に続いています」

 

「そうか、ありがとうよ。……その絡繰り魔獣、見たのか?」

 

エディの報告を聞いて頷きつつ、ゾルダはおもむろに問いかける。その絡繰り魔獣とやら、ゾルダもガルドも見たこともなく、どんなものなのか気になっていたのだ。もしも彼らが考えているとおりのものならば――

 

隊長達の視線に晒されたエディは苦笑いを浮かべて頬をかき、

 

「いや、あくまで僕見つけたのは痕跡だけで、姿なんて見てませんよ」

 

「それもそうだ」

 

エディの言葉に二人も笑って頷いた。痕跡だけでどんなものなのか察しろと言っても、それはかなりの経験値が必要となるだろう。ゾルダは肩をすくめて、

 

「そんじゃ、ちゃちゃっと仕事を終わらせるか。エディ、悪いが全員集めてくれ。”山狩り”をするぞ」

 

「了解です!」

 

 

 

それから僅か数分足らずで全員が集合。エディが見つけた洞窟内を、ゾルダ率いる数名のチームで進んでいた。念のためにガルドを含めた数人をバックアップに回し、外で待機して貰っている。

 

洞窟内は曲がりくねっている上に分かれ道も多く、一度迷えば洞窟から出ることは適わなくなるだろう。だがそのことを心配する必要はなかった。魔獣の”足跡”とでも言うべき痕跡がはっきり残っており、それを辿れば良いとばかりにゾルダは先頭を歩んでいく。

 

(……しかしいつの間にこんな事になってんだ……?)

 

痕跡を辿りながら、ゾルダは一人眉根を寄せていた。目印となる痕跡だが、数が多い上に最近付いたものが大半である。古いものでも、おそらく一年も経っていないのではないか。

 

一年前から魔獣が住み着き始めたという話が広まれば、流石にゾルダの耳にも入っていそうなものだが、生憎聞いたことはない。

 

(……ま、探って見ればわかるか)

 

内心首を傾げ続ける彼だが、面倒くさくなったのか肩をすくめて考えを打ち切った。そういうことは、全部終わった後に解明すれば良い。まずは動く、そして忍び寄る脅威を排除することが先決だ。

 

「――――ん?」

 

進軍を続ける中、若い連中の中では古株になりつつあるロイが、何かに気付いたかのように顔を上げて進行方向をじっと見つめ続ける。大型ブレードを担いだ彼の視線に気付き、隣にいるエディは声をかけた。

 

「どうしたの?」

 

「いや………今、何か物音が………」

 

「物音? …………」

 

言われ、エディも耳を澄ましてみる。しばしそのままでいていると、ようやく彼の耳にも聞こえてきた。――ガシャガシャと、何かが動く音。四番隊に配属されて、聞き慣れてしまった”機械の駆動音”――

 

「――隊長!」

 

「…………ち、歳はとりたくねぇな……! どこ方向だ……!?」

 

彼らの会話を小耳に挟んだゾルダも耳を澄ましたが、彼は何も聞こえなかったらしい。若い連中には聞こえ、自分には聞こえなかったことに舌打ちをして加齢のせいに、強化ブレードと銃剣付き大型ライフルを構える。

 

「正面です!」

 

「いや、後ろもだ! 挟まれた……!?」

 

エディとロイがそれぞれ声を張り上げる。二人の警告に、他のメンバーもそれぞれ武器を構えて警戒する。目を細める中、ようやくゾルダの耳にも聞こえてきた。機械の駆動音――それもかなり独特だ。おまけに正面にある分かれ道からついに姿を現した。

 

平べったい楕円状の胴体に二本足、両脇にはガトリングガンを一丁ずつ、計二丁装備した絡繰り仕掛けの兵器。どこかぎこちない動きで両足を動かし、前に進んでくるその姿はまるで”人形”のようだと、そんな感想を抱いた。

 

「――コイツ、無人機? ……いや、“自立型”……!?」

 

その姿を見てゾルダは戦慄する。彼より一回り大きいが、その大きさでは人間が乗ることなど出来やしないだろう。ということは自立型、しかし自立型の兵器など、ゾルダは聞いたことがない。

 

明らかに常軌を、そして既存の技術力を上回る兵器の出現に、流石の彼も驚きを隠せない。――機械仕掛けの“魔獣”の時点でもしやと思うべきだったのだろう。自立型の兵器など存在しない、という先入観が彼の冴えを曇らせていた。

 

「隊長! 一体だけじゃありません!」

 

「ちぃっと予想外が多いな……!」

 

背後から聞こえる悲鳴のような叫び声。向こうも探りを入れるつもりだったが、虎の尾を踏んでしまったらしい。ちらりと背後を振り返ると、そちらには二体ほどその魔獣――否、兵器が道を阻んでいた。視線を正面に戻すと、今度は新たに二体ほど顔を覗かせていて、計三体になっている。

 

(後方が薄い……なら後ろを切り開いて撤退――いや、まて………!?)

 

数が少ない後ろの兵器を破壊して撤退しようと指示を飛ばしかけ、すんでで思い留まった。

 

――“兵器”ということは、当然”何者かに作られている”ということ。そして”巣”を作っていると言うことは、山の中に多数潜んでいるはずだ。下手をすればこの山自体が”工場”となっている可能性だってあるだろう。

 

もしも生産された兵器が世に解き放たれた場合、その製造元を探ろうと各国は血眼になる事だろう。それでもしもノーザンブリアで製造されたことになってしまった場合――ますます窮地に立たされる。

 

それに僻地とは言えここはノーザンブリア。自分達の国で、自分達の知らないところで好き勝手なことをしようとしている――“元ノーザンブリア公国の軍人”として、それを見逃すわけにはいかなかった。故にゾルダは決断を下す。

 

「お前等、後ろの二体は任せた! 対機甲戦術で押し通せ!」

 

『了解!』

 

指示を飛ばすと、背後でそれぞれ得物を構える音がしたと思いきや、続いて戦闘音が鳴り響く。その頃には、ゾルダは一人かけ出して三体の人形兵器へと突貫していくのだった。

 

対機甲装備――導力機構によって強度、切断力を跳ね上げたブレードは人形兵器の装甲を容易く斬り裂き、大型ライフルから放たれる特殊徹甲弾は人形兵器を貫き、向こう側の石壁まで届いた。どうやら見た目のわりに強度はさほどでもないらしい。

 

それに両脇に構えられたガトリングガンも撃ってくる気配がない。射線に入らないよう気をつけているのもあるが、だとしても牽制目的で撃ってくることもない。――背後からも、ガトリングガンの斉射音は耳に届いていなかった。

 

「――オラァ!!」

 

強化ブレードで胴体部分を真っ二つに、大型ライフルで蜂の巣にして破壊する。響いていた機械音が止まり、機能停止したことを示していた。残る最後の一体は、強化ブレードと銃剣で十字に斬り裂き爆散。この個体に関しては、確認するまでもないだろう。

 

「ふぅ~~……お前等!」

 

一人で三体もの人形兵器を圧倒したゾルダは吐息を吐き出し、背後へと振り返る。ちょうど最後の一体を仕留めたところで、ピピピピーという甲高い機械音を響かせた後、ぶつりと途絶えた。アレも無事仕留めたところだろう。

 

「会敵した奴らは仕留めた、と……しかし、なんつーか……意外と見かけ倒しだな、こいつ等」

 

一息ついたが、警戒は解かずに足下を転がる人形兵器――だったガラクタへと視線を向けた。大層な出で立ち、物騒な火器類のわりに大したことないような気がする。自立歩行していたが動きもぎこちない――どころか、まともに動いてすらいなかった。まるでかかしのような存在。しかしゾルダはそのかかしに違和感を覚える。まるで――

 

 

「――まるで未完成品のようだ――かしら?」

 

 

「―――っ!」

 

「クスクス、そう慌てないで、”黒鬼”さん♪」

 

こちらの考えを読み取ったかの如く、近くで少女が続けた。少女の声を耳にした瞬間、ゾルダは殺気を放ちそちらへ強化ブレードを叩き付けようとすると、スミレ色の髪をした十歳前後の少女はひらりと飛び退いて避けて見せた。

 

片目を瞑り、悪戯っ子のような笑みを浮かべてゾルダを窘めるその仕草は、幼い少女のそれとは思えぬ色香があり、妙な違和感を抱かせた。――彼女が持つ、身の丈を遙かに超える大鎌がその違和感に拍車をかけている。

 

「――何者だ、お嬢ちゃん? あぁ、迷子なんて巫山戯たこと抜かしたら流石に怒るぞ」

 

「安心して、気まぐれな”仔猫”でも、今日のレンはそんな野暮なこと言わないわ。……でもそうね」

 

チャキ、と左に持つライフルの銃口を向けるゾルダ。幼い少女相手に何を、と言われるかも知れないが、彼の直感は告げているのだ。この少女は危険だと――先程の人形兵器とは比べものにならないレベルで。

 

ライフルを向けられても動じる気配すらない少女――レンと名乗ったか――は、どこか呆れた様子で首を振り、

 

「――北の黒鬼も、案外大したことないのね。それとも機甲部隊の相手が多かったから”対人戦闘”を忘れてしまったのかしら?」

 

「なにをいっ――」

 

何を言っているんだ――眉根を寄せてそう告げようとした矢先、どさりと何かが崩れ落ちる音が聞こえた。慌ててそちらを見やると、エディやロイを始め、連れてきた部下達が全員地に倒れている。

 

「――これが北の猟兵、対機甲四番隊。どうやら実力を見誤っていたようだな」

 

「………っ」

 

――そこにいたのは、異様な形状をした黒い長剣を構えた、銀髪に象牙色のコートを着込んだ男。おそらく二十代半ば頃だろうか、その男は左手に構えた剣を翻し、顔をしかめ身構えるゾルダに切っ先を向けてくる。

 

――底冷えするほどに冷たい何かを携えた細い瞳に、彼は気押され舌打ちを付く。その闘気と気配から分かる、目の前にいる男はゾルダよりも遙かに強い男だと。下手をすれば、”赤い星座”の闘神や戦鬼、”西風の旅団”の猟兵王に匹敵する実力を有しているだろう。

 

(……撤退は、無理か……)

 

今のゾルダでは明らかな格上――おまけに背後は男の仲間と思わしき少女に塞がれ、仲間達も彼の手によって打ち倒されている。左右への動きが制限される洞窟内で、これほど不利な状況下で逃げ切れるなどと馬鹿げた考えはしていない。ましてや部下を置いて逃げるなどもってのほかである。

 

「………」

 

「安心しろ、命まで取りはしない。――今はまだ、だが」

 

「結局保証なんてどこにもねぇじゃねぇか」

 

覚悟を決めて得物を構えたゾルダに対し、男はそう告げてきた。その発言に舌打ち混じりで突っ込むと、背後から例の少女がクスクスと笑みを溢し、

 

「実は”博士”が新しい検体を欲していてね? 何でも試作型の巡洋艦に”接続”出来る人を探しているのよ。本当はレンがなってあげても良いのだけれど、レンにはパテル=マテル(パパとママ)がいるから、もう良いの」

 

「…………」

 

一向に話が見えてこない。少なくとも検体やら接続やらのワードがポンポン出てくる時点でまともさなど皆無である。より一層眉根を寄せて顰めっ面になるゾルダだが、やがてハンッと鼻を鳴らして、

 

「ワリィな、ジジイになりつつある俺の頭じゃ理解できてねぇが……要はオメェ等、俺の部下を利用しようって事だな?」

 

「利用よりも質が悪いがな」

 

「……そうかい」

 

暗に認める発言をした男に対し、ゾルダは頷き、そして口の端をつり上げる。先程の話から察するに、非人道的なことをやらされる可能性は高い。突きつけられた異形の長剣を弾き、彼は男に向かって斬り掛かる。

 

「なら、認める訳にはいかねぇなっ!!」

 

弾いた瞬間に強化ブレードを突き出すゾルダ。一切の気配を殺し、動きの”初動”さえも完全に隠して放った不意打ちの一撃。これで仕留めれば、まだチャンスは――

 

「――部下のために意地を張り通すか。器はあるようだな。……しかし」

 

(――仕留め損ねた……!!)

 

――だが男は、その動きに意表を突かれたようだが、同時に体が反応したのだろう。すんでの所で不意打ちを防いだ。まるで不意打ち、奇襲をしてくる相手と、戦い慣れているかのような動きに、彼は顔をしかめていく。

 

男はゾルダのことを賞賛しつつ、追撃とばかりに斬り掛かってきた彼に対して、左手の長剣を振り上げ、強化ブレードと銃剣の連続攻撃を捌いた。否、捌くどころか――

 

――パキィンと金属音が連続して響き渡る。ゾルダの視線が無意識に音の発生源へと向けられ、彼が視界に納めたのは、刀身と銃身が半ばから真っ二つに”斬り裂かれている”現実であった。

 

「お前、今何を……!」

 

金属類を斬り裂く”斬鉄”なる技術があると聞くが、強化ブレードと特注のライフルをぶった切るのはあまりにも非常識すぎた。いくら何でもあり得ない、人の技術で賄える部類を越えている。

 

「まさかその剣――――ガッ!!?」

 

まさかあの異形の剣に秘密が――それを察するも時すでに遅く。彼が最後に目にしたのは、己の鳩尾に長剣の柄が叩き込まれる瞬間であった。

 

 

 

「これで侵入者は排除できたか」

 

レオンハルト――レーヴェの愛称で呼ばれる銀髪の男は剣を納め、地に伏した猟兵達を見やりながら頷いた。自分達の拠点に忍び込んできた彼らを排除しても構わなかったのだが、博士への義理立てと僅かな疑念を抱き、ひとまず捕らえることにしたのである。

 

レーヴェの言葉にスミレ色の髪をした少女レンも頷き、小首を傾げながら疑念を口にする。

 

「そうね。それにしてもこの人達、どうしてこんな辺鄙な山の中までやってきたのかしら。”黒の箱船”のことで探りを入れに来た様子ではないけれど。……となると、人形兵器に関してかしら?」

 

この拠点はノーザンブリアの僻地にある山岳地帯。近くには似たような山や洞窟もいくつかあり、周囲に紛れて見つかりにくい拠点になっているのだ。少なくとも、“事前情報なし”で周辺の“ダミー”に引っかからず、一発でこの拠点を探り当てる可能性は限りなく低いだろう。

 

おそらく”北の猟兵”絡みではない。そちらにはすでにこちら側の人間が裏で手を回している。自分達を排除するために、彼らが出張ってくることはないだろう。となると、今の時点で考えられるのは――

 

「――まぁ良いだろう。その辺りの事情も、彼らから聞けば分かること」

 

「ふふ、それもそうね。それじゃあレーヴェ、お茶会に――――」

 

首を振って思考を打ち切ったレーヴェに賛同する形で、上機嫌な様子でレンが誘ってくる。お茶会――この場合は、至って普通の”お茶会”だろう――への誘いに頷きかけたレーヴェだが、途中で言葉を閉ざしあらぬ方向を見やる彼女に眉根を寄せる。

 

「どうした?」

 

「―――――ふふ。ねぇレーヴェ、一ついいかしら?」

 

何かを感じ取った様子の彼女は、やがて笑みを溢し、淑やかな表情を浮かべながらレーヴェへと視線を向ける。――その手に握られた大鎌が、怪しくきらりと光を反射した。

 

「レンの“お茶会”に、是非招待したい子がいるのだけれど……良いわよね?」

 

 

 ~~~~~

 

 

――同時刻。ノーザンブリアの山岳地帯に飛行艇を着陸させたオーレロは愛船を下り、ネモとカイトの二人の後に続く形で周辺の警戒を行っていた。しかし周辺を見渡した後、近くを通りかかったネモに小声で呼び掛ける。

 

「……なぁ、なんだか誰かに見られている気がしないか?」

 

「あぁ、見られているな。もっとも、向こうは手を出すつもりはないようだ。様子見のようだが……放って置いて良いだろう。手を出してきたら、その時に叩き潰せば良い」

 

周辺から微かに感じる気配だが、凄腕の傭兵であるネモはとっくに気付いていたらしい。しかも”相手側”の事情をうっすらと察している様子で、さほど警戒しているわけではない。オーレロにそれだけを言って彼は一人山道を進み、依頼人から記された場所へ向かって行く。

 

「……ここか」

 

歩くこと数分、目の前に姿を見せた洞窟の入口を見て眉根を寄せる。――”天然物”ではないような、そんな気がしたのだ。己が感じた直感に首を傾げるネモ。

 

「………カイト」

 

その違和感について探るよりも前に、船が着陸したと同時に飛び出したカイトが洞窟を見ているのを見つけ、彼の元へ近づいていく。呼び掛けても彼は反応せず、じっと洞窟を――その先にある何かを感じ取っているような気がした。

 

「……お前―――」

 

「―――――」

 

近づき、彼を横手から見やって気付いた。カイトの赤い瞳が、”金色”に輝いていた。彼が持つ”異能”の力が発揮している――それはつまり、

 

「……何を見た?」

 

「――――――…………同じ、だ……」

 

「同じ?」

 

呼び掛けると、彼の瞳は徐々に赤へと戻っていき、体が震え出していく。ガタガタと、言いしれぬ恐怖を感じ取ったかのような反応と、”同じ”という言葉。ネモの脳裏に浮かび上がったのは、彼を人体実験に巻きこんだ外道共の存在。

 

「……まさか、例のカルト教団絡みか……?」

 

「――違う、けど……違わない」

 

「どっちだ」

 

「……教団じゃない……けれど、俺の”同類”が、中にいる……」

 

「同類だと?」

 

震える彼がひねり出した言葉に、ネモは目を見開いた。同類――彼と同じく、人体実験にかけられた被害者がいるということか。しかし、ならなぜこんな所に――

 

 

「――なるほど。貴方のような子がまだ残っていたなんてね、教団事件の被害者さん?」

 

 

洞窟の入口から聞こえてきた声と呼び名に、カイトの肩が大きく震えた。声がした方へ目を向けると、彼よりも年下の少女が嫋やかに笑みを浮かべていた。ゴシックドレスを身に纏い、スカートの端をつまんで優雅に頭を垂れるその雰囲気と仕草は令嬢か、あるいは人形を思わせた。

 

そしてもう一人――ネモ的には、こちらに興味を引かれた。銀髪に象牙色のコートを着た二十半ば頃の男性。佇まいと雰囲気、そして放つ気配から察せられる力量に眉根を寄せる。

 

「――――彼女か?」

 

「……うん」

 

洞窟から現れた二人組を見て、ネモは警戒を強めつつカイトに尋ねる。彼女――年下の少女が、カイトと同じく教団の被害者なのだろう。面と向かい合うことでさらに何かを感じ取ったのか、カイトは心底嫌そうな表情を浮かべて、

 

「……”楽園”出身……」

 

「あら、そんなことまでわかるのね? ――ふふ、ねぇ? 貴方は、今の自分の体がどうなっているのか、気付いているのかしら」

 

「――っ、なんで知って……!」

 

クスクスと笑う少女の言葉に、カイトは息を呑む。その小さな反応を見逃さず、状態を理解していると悟った症状はさらに笑みを深くさせて、

 

「回収した資料に書いてあったのよ。どんな感じかしら? 人の―――」

 

「――――そこまでにしておけよ小娘」

 

「―――――」

 

「誰にだって触れられたくない、触れて欲しくないことの一つや二つはある。お前が続けようとした言葉は、それに触れる言葉だ」

 

――少女の言葉を遮るようにネモが口を開き、強化ブレードを引き抜いてその切っ先を向けてくる。その先は言わせないと、有無を言わさぬ威圧感を持って少女を黙らせる。しかし可愛らしい顔に似合わず、剛胆さを併せ持つ少女はそれを無粋と捉えたのか、一気に無表情となって笑顔を消し去り、すっと片手をあげる。

 

「――興が削がれたわ。下がっていて、レーヴェ」

 

「…………」

 

レーヴェと呼ばれた男は、ちらりとネモへ視線を向けた後、素直に引き下がる。少女一人で戦うつもりだろうか。確かに彼女も得体の知れない何かを持っている雰囲気はある。おまけにカイトと似たような異能を持っているとしたら、油断して良い相手ではない。

 

――が、だからといってこちらが負けるとは思えない。男――レーヴェが相手をするのならともかく、少女が相手ではこちらに分があるだろう。何を考えているのだろうか――眉根を寄せるネモとカイトの前で、少女は空を見上げて呟いた。

 

 

「――来て、パテル=マテル(パパとママ)」

 

 




依頼を受けて向かった先は、秘密結社ウロボロスの拠点の一つでした。ーー騙して悪いがこれも仕事なのでな(依頼人)。


そして原作キャラとしてレンとレーヴェが登場です。しかしレーヴェさんの影に妙に薄い気が……後に大暴れしますから、少しお待ちを……


ちなみに前日談編は前編後編の二部にまとめようと思っていたのですが、ネモ編はおそらく三部構成になります。

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