――再び夢を見た。それはいつまでも続くと思われた幸せな日常が、突如として崩れ去る夢。
始まりは突然だった。何の前触れもなく屋敷の一部を爆破して襲いかかってきた傭兵達。傷を負いながらも剣を取り、応戦する父の逃げろという叫びに従って、少年は母と妹と共に屋敷から逃れようとした。
火の手が辺り、屋敷が炎に包まれる。少年は母と妹を逃がすため、単身残り、剣を振るい、敵を退けさせることが出来た。――剣の修行は嫌いなれど、あの日ほど父の教えをありがたく思ったことはないだろう。
『何で突然……傭兵達が……っ! いや、それよりも今は……父上を……っ!』
燃えさかる屋敷に残った彼は、父を探そうと道を引き返し――その途中で、最悪なものを目にした。――目にしてしまったのだった。
『――お前は! ――その……剣……?』
『あん? ……なんだ、まだガキの生き残りがいたのか? ったく、使えねぇ奴らだな。ガキ一匹始末できねぇのかよ』
父親と最後に別れた場所へ引き返す途中で、少年はその男に出会った。金髪に日に焼けた肌、首筋から胸元まで描かれた何かを現す特徴的なタトゥー。その傭兵の手元には、父が使っていた長剣が握りしめられていた。そして男の持つ切っ先のない四角い長剣は血に濡れていて――
――父がどうなったのか察するまでに、さほど時間はかからなかった。
『お前……お前、よくも父上を……!!』
『なんだ、しかもあの男のガキかよ。いいぜ、仇討ちのチャンスだ。かかってこいよ……っつって』
騎士剣を引き抜いて突っ込んできた少年に対し、傭兵は横行な動作で肩をすくめ――ニィッとその口元が下卑た笑みに歪む。特徴的な四角い長剣を引き摺るように振り上げて、
『――俺が手を出さないなんて一言も言わねぇがなぁッ!!』
床を引き摺るように振り上げた長剣は、その剣圧で”周囲の炎を少年に向けて”放ってきた。突如自身に向かってきた炎に、少年は一瞬硬直し――割けようと顔を逸らしたものの間に合わず――
『あっ、アアァァァァァ―――!!!?』
――顔の左半分が、炎に包まれて――
「――やぁ、起きたかいネモ君」
「―――――」
――悪夢から覚めたら、またしても悪夢だった。右目が捕らえた景色に、彼――ネモはそう供述する。倒れた自分の顔をのぞき込むように、ごく至近距離から見下ろしてくる一人の男。柔和な笑みを浮かべてはいるものの、どこか軽薄そうな印象が拭えない。
クセのある青白い長髪は無造作に伸ばされ、体を覆うゆったりとしたローブを着込んだ男に、ネモは覚えがある。以前とある仕事を請け負った際に出会った占い師。百発百中の的中率などという胡散臭い謳い文句を掲げ、”骨董品”を押しつけた詐欺師。
流浪の占い師ダルテ。思いがけない人物が目覚めと同時に現れ、ネモは僅かに硬直。そして――
「いやぁ、君の寝顔はほんっとあどけないねぇ。これぞギャップ萌という奴ゴフッ!!?」
「……何を見ている」
気色悪いことを口にした男の顔面にグーパンを叩き込んだのは、ほんの挨拶代わりである。顔面を押さえ床を転げ回る男を放置して、ネモは上半身を起こした。
「……ここはどこだ?」
周辺を見渡した彼は、眉根を寄せてそう呟いた。周囲は暗闇に包まれ、ぽつんとある古ぼけた椅子と机があり、その机の上にある燭台の炎が唯一の光源である。目をこらして周辺を見やると、少し離れた場所に格子状の鉄柵が一面に張り巡らされた場所があり、ますます彼を困惑させた。
「……牢獄か?」
目が覚めたら謎の男に連れ込まれ、牢獄の中にいる――ぞっとする展開に警戒心を高め、彼は立ち上がって未だ身悶える男を見下ろした。占い師ダルテは、鼻を押さえながら涙声で、しかしどこか嬉しそうに、
「いたた……でも痛いなんてホント何年ぶりだろう……もっと、もっと私をいたぶってくれないかい?」
「……………」
「な、まさかの放置プレイ!? お兄さん、それはそれでちょっとゾクゾクしてきジャンッ!!?」
冷めた瞳で見やると、それだけで何かを感じ取ったダルテに寒気を覚え、つい足が出てしまった。しかもつま先が、えぐい角度で。本日二度目の顔面強打に、再び悶絶するダルテ。はぁ、っと深くて重いため息をついた後、ネモは努めて冷静な声音で問いかける。
「……それで、どうして俺はこんな所にいるんだ? 記憶が確かなら、あの巨大な人形兵器の砲撃で――」
「いたたた……まぁ、砲撃に飲み込まれたけれど、覚えていないかい? 君、辛うじて盾に仕込んだオーブメントを使って防いだんだよ。完全には防げなかったみたいだけれど」
ネモの疑問に、立ち上がりながらダルテは答えた。――レンという名の少女がパテル=マテル――およそ十五アージュはあるであろう巨体の、“人型”の人形兵器――が放った特大のエネルギー攻撃に飲み込まれたことまでは覚えている。
だがそこから先の記憶がなく、気付いたら牢獄に捕らわれていたのだ。おそらく奴ら――レンやレーヴェといった奴らの拠点に捕らわれているのだろう。その先でダルテに出会うとは思ってもみなかったが。
しかし続く彼の言葉から、その推測は微妙に違っていることを理解した。
「ちょっと君に伝えたいことがあってね。気絶している隙に、君の精神をこちら側に引き込ませて貰ったよ」
「……俺の精神を?」
「うん。安心するといい、君の”肉体”は、ご想像の通り奴らの拠点に捕らえられているから」
その言葉のどこに安心できる要素があると言うのか。再びため息をつくネモは、
「……つまりこれは、俺の夢の中って認識で良いのか?」
「ちょっと違うね、どちらかと言えば私の夢の中……まぁ、大した違いはないか!」
「……まぁいい。――貴様は一体何者だ?」
ふぅ、とため息をついた後、ネモは視線を鋭くさせて単刀直入に切り込んでいく。以前出会った際も、どこか”実体がない”ように感じられ、おまけにこんな牢獄に閉じ込められている人物。そして、自身を夢の中に引きずり込む奇術を扱う――これで“普通の一般人”と言おうものなら、思いっきりぶん殴ってやろう。
その意気込みを込めた発言だったが、生憎ダルテには通じず、ニヤリと軽薄そうな笑みを浮かべて、
「何、以前も言ったとおり、ただの流浪の占い師さ。さて、話を戻そうか。占い師として、今の君に一つ助言がある。従う、従わないは君の自由………聞いていくかい?」
「…………」
「お、だんまりかい? 沈黙は肯定と捉えよう。そこから逃げ出したいのであれば、”北国の鬼”達とともに、”黒い箱舟”を奪うことだ。そうそう、”北国の孤児”も助けることを忘れずにね」
「……………」
北国の鬼だの、黒い箱舟だの、北国の孤児だの、それっぽい言葉を並べている辺り三流の占い師のようだとため息を付く。対するダルテも、彼の反応からまともに聞いていないと悟り、残念そうに肩をすくめながら傍らにある大きな杖を振りかざす。
――それだけで、ネモの体を浮遊感が包み込む。意識も徐々に遠退いていくように感じられ、彼の表情に変化が訪れた。
「――これは……」
「頼むよ、”特異点”。君は私達にとっての希望……君が抱える”闇”は、結社にとって狙い目だろうが……”墜ちて貰う”訳にはいかないんだ」
「特異点だと?」
眉間に皺を寄せたまま、ネモはぽつりと呟いた。一体奴は何を話そうとしているのか――浮遊感に包まれ、意識が徐々に細くなっていく中、ネモが耳にしたのはダルテの懇願の声だった。
『因果改変の影響を受けない存在……幾度も繰り返された戦いに、終止符を打てる存在なのだから』
――意識が落ちる直前、一瞬だけ視界がクリアになった。その一瞬で彼の目が捕らえたのは、寂しそうに笑うダルテと、彼の背後にある巨大な時計。その時計の針が、ゆっくりと逆側に動き出した気がした。
~~~~~
「――………」
「……ん? お、起きたか若いの」
瞳を開いたネモが真っ先に目にしたのが岩肌の天井だった。痛む体を無理矢理起こして上半身を持ち上げると、それに気付いた見知らぬ男がよっとばかりに片手をあげてくる。
「……誰だ?」
「お前さんが来る少し前に、ここに放り込まれた奴だよ、火傷面の若い奴」
男――四十から五十代ぐらいの大男は、目を覚ましたネモに気安く声をかけてくる。対する彼は火傷面と呼ばれ、そっと左目付近に手を当てた。いつの間にか眼帯が解かれており、火傷の痕が醜く残る顔にむっとした表情を浮かべた。
「……ここはどこだ?」
「山岳地帯、自然に出来た洞窟にある、鉄格子を嵌めただけの、急ごしらえの牢屋だ」
続く疑問にも、男は肩をすくめて、ある方へ視線を向けた。そちらを見やると男が言ったとおり鉄格子が嵌められており、ここが牢屋だと察するには充分だった。――つい先程も牢屋にいたような気がして、ネモは一人首を傾げる。
だがその鉄格子は十字状に組んだものではなく、岩壁に狭い間隔で突き立てることで作られており、簡素な上に急ごしらえの代物でもあった。おそらく洞窟にある適度な窪みに鉄棒を突き刺しただけなのだろう。この程度の粗悪な牢ならば――と思ったのもつかの間、即座に男がニヤリと笑みを浮かべて、
「おっと、牢屋から出ようなんておもわねぇ方が良いと思うぜ。外を見てみろ」
男の言葉に眉根を寄せるも、即座に異音――何らかの駆動音を耳にして、ネモは鉄格子に近寄り外を見やる。すると彼の視界に球体状の魔獣が映り込んできた。しかしその魔獣は見るからに機械仕掛けであり、ネモの脳裏にオーレロからもたらされた”依頼”が過ぎる。
「……機械の魔獣……?」
「人形兵器、っていうらしい。自立型の兵器だとよ」
まるで牢番のようにネモと男のいる牢の手前を行き来する機械の魔獣――人形兵器を見やりながら男は告げた。は、っと興ざめな瞳で人形兵器を見据える男の視線には、どこか面白くなさそうな色が滲み出ている。
「ま、アレがある限り牢から出るのはおすすめしないぜ。戦術オーブメントも武装もない今は、特にな」
どこか諭すような声音に、ネモは眉根を寄せて振り返る。確かにオーブメントも奪われた影響で身体能力が低下し、ろくな武器もない状況では人形兵器は厄介なものだろう。
「……だがアンタほどの実力の持ち主なら、脅威ではないだろう。あの程度、楽に仕留められるはずだ」
――だが、自分もそうだが、この男も目の前の人形兵器相手に脅威を感じているわけではないだろう。気配と佇まいから察せられる力量は相当な物――おそらく猟兵団の部隊長や連隊長クラスだろう。二つ名持ちであるのも充分あり得る。
彼はその気になればこの牢から抜け出せるはずだ。だがその気もなく、遠回しに「大人しく牢にいろ」と告げてくる割りには、本人はどこか不満げ――そのことに彼は疑問を抱いた。
「なぜここから出ようとしない」
「……ま、ちょいと事情があってな。俺の部下も一緒に捕まっているはずなんだが、姿が見えねぇ……ってなると、闇雲に動くのは不味いってな。それに」
男はちらりと視線を鉄格子――牢の外を見やり、ネモを手招きする。意図を察した彼は男の元へ近寄ると、小声で話しかけてきた。
「――外にはまだ俺の部下がいるはずだ。今は奴らを信じて待つしかねぇさ」
「外にいる部下、か……あぁ、奴らか」
――山岳地帯に降り立った直後から感じた謎の視線の正体は、目の前にいる男の部下だったらしい。頷くネモは再び男から距離を取って、鉄格子に近づいていく。その様子に、男は眉根を寄せた。
「おい……」
「俺も同じだ、一緒に付いてきた奴がいる。……まぁ、オーレロの奴は要領が良いからな。今頃逃げ出しているのではないか?」
脳裏に浮かび上がる”運び屋”の男。あの巨大な人形兵器の砲撃が放たれる場面に、彼は居合わせなかったはず。だがあれほど砲撃、遠目から見えていても不思議はないだろう。尻尾を巻いてとんずら――とまではいかないだろうが、それでもその場を離れていてもおかしくはない。
「オーレロ? オーレロって”運び屋”か?」
しかしネモが口にした「オーレロ」という名に、男は瞳を瞬かせて呼び止める。ネモは振り返って頷き、
「あぁ」
「……なるほど、オーレロが今”バディ”を組んでいる奴か。あの男の目は確かだ……ふむ……」
「……どうした、人の顔をじろじろと見て」
オーレロの名前が出た途端、興味深そうにネモの顔を観察しだした男に、スッと半歩後ずさる。だがそれを気にしないのか、男はまじまじと見やり、
「知っているんじゃないのか? オーレロのジンクス……アイツがバディを組んだ奴は、遠からず名を上げるってな」
「…………………」
その発言に、ネモは視線を逸らした。――まさか数ヶ月前まで猟兵界に名を轟かせていた本人とは思うまい。某占い師の協力もあって、”あの名前”で呼ばれていた猟兵は死んだことになっている。
それに当時の活動では顔を――正確には、目立ちすぎる火傷痕を――隠しての活動だったため、素顔を見た人物はほぼいない。黒いマフラーで口元を隠してもいた。そのため顔を見てもわかりはしないはずだ。
「…………いや、まさかな」
何か引っかかることがあるのか、男は眉根を寄せたかと思いきや、首を振ってそんなことを口にした。仕切り直しとばかりに男はネモに対して肩をすくめて、
「そういや自己紹介がまだだったな。”北の猟兵”の部隊長をやっているゾルダ・ヴァリウスだ」
「……北の黒鬼か。……黒鬼?」
男――ゾルダの名乗りに納得するネモだが、すぐにあることを思い出す。つい先程まで見ていた夢の内容――あの胡散臭い占い師が告げた助言のことを。
「――今はネモと呼ばれている。早速だが、ここから出るために手を貸してくれないか?」
「あ? ここから出るってお前……俺の話聞いていたか? ここには俺の部下が――」
「ここで待っていても、どのみち同じだ。なら助けに行った方が良いだろう。それに――」
そう言ってネモは鉄格子に手を触れて前後に揺さぶってみる。手応えは堅く、岩肌に突き刺さっているものの、何とか取り外せそうなものだった。――人形兵器という牢番がいるとは言え、こんな粗末な牢で手錠も嵌めずに捕らえておくつもりだったのだろうか。
舐められているのか、それとも”試されている”のか。異常を感知したのだろう、離れた所にいる人形兵器が赤いランプを照らしながらこちらに近づいていくる。その頭部――なのだろうか、球体ボディの上部に取り付けたガトリングガンをこちらに向けてきて――
「助けてやらないといけない奴が、一人いるからな」
力尽くで鉄格子を揺らし続け――多少は動き出したが、鉄棒が抜ける気配は全くなく、痺れを切らしたネモは舌打ちをして一端格子から距離を取る。粗悪な牢だが、それでも最低限の機能は持ち合わせているらしい。ゾルダも呆れた様子で肩をすくめている。
ピーピーとうるさいぐらいに警告音を鳴らす人形兵器を、ネモは悔しげに見下ろしながら、
(……行けると思ったが、流石に無手では無理か。剣の一振りでもあれば……)
人形兵器と鉄格子を睨みながらそんな感想を抱き――次の瞬間、ゾルダの困惑に充ちた声音と共に、左腰に明確な“重み”を感じ取った。
「お前、それ―――」
「―――――」
思わず腰に現れた”それ”に、ネモも困惑の表情を浮かべ――
~~~~~
――同時刻。レンとレーヴェと名乗る二人組に捕らえられたカイトは、見慣れぬ鎧を身に纏った猟兵によって洞窟内を案内されていた。不機嫌そうな表情を浮かべるカイトは、両側で自分を挟むように連れ添う猟兵達を見やりながら、
「……なんで俺だけ別なんだ? ネモはどうしたんだ」
「知らん。我々はお前を連れてくるようにしか言われていない」
「…………」
その発言に、カイトはジィっと二人を見やりやがてため息をつく。嘘を言っている様子もなく、また何らかの暗示をかけられていると悟ったためでもあった。おそらくだが、事が済めば彼らも契約を受けている間の記憶を失ってしまうのだろう。
話しても無駄――それを理解した彼は、口を閉ざし案内されるのに従って洞窟内を歩き続けた。こういうとき、自身に備わった”異能”は便利だが、つくづく人間離れした自身に嫌気がさす。
治癒能力が高い上に、並外れた空間把握能力、感応力を持ち合わせ、特に感応力に関しては上位三属性を感じられる他、異能の力も感じ取ることも出来るのだ。
彼らの状態を感じ取れたのも、あのレンという少女の記憶が流れてきたのもその影響だ。最も彼女の場合、”同じ薬を飲んだ被害者同士”と言うこともあって、一瞬だけ”繋がってしまった”のが原因だろうが。
その一瞬のうちに色々知ってしまったわけだが。結社「ウロボロス」という存在を、この洞窟内で何をしているのか。そして彼女の過去――楽園なる場所にいたと言うことも。
「…………」
教団が生み出したグノーシスというクスリと共に、聖典に描かれる”悪魔”の一部を人間に植え付け、人を越えた力を得る――そんな目標を掲げ、幼い子供達を相手に人体実験を行っていたあの拠点(ロッジ)も非道そのものだったが、彼女のいた楽園と言う名のロッジも大概である。教団の活動資金を得るために、子供達を使って――――
「――あら、ようやく来てくれたのね? ふふ、嬉しいわ」
「………」
猟兵達に連れてこられた場所で、カイトは再びレンと再会する。ゴシックドレスを身に纏ったスミレ色の髪を持つ彼女は、クスクスと優雅に笑いながら手を振ってくる。それを合図と受け取ったのか、猟兵達は軽く一礼をしてから去って行った。
「さっきはごめんなさいね。ちょっとうるさい人がいたから手荒い歓迎になってしまったけれど」
「…………」
取り残されたカイトは一人レンと対峙する。上機嫌そうな彼女の言葉に、無愛想な表情を浮かべる彼は口を閉ざしたまま。黙りこみ、いかにも警戒している彼にレンはやや唇をすぼめて、
「黙っていては面白くないわ。何か反応をしてくれないかしら」
「……なんで君は、そんなに嬉しそうなんだ? ”同じ奴”がいたことがそんなに嬉しいか?」
何か話なさいよという注文に、カイトはかねてからの疑問を口にする。彼女とはこれが初対面のはずなのだが、やけに友好的なのが気にかかる。――同類がいたことに親近感を覚えている、にしては少し過剰な気がしないでもない。
「そうね、レンと同じ境遇の人がいたことに親近感を覚えているのは確かよ。でもそれだけじゃないわ。――貴方のことを資料で見たときから、一度会ってみたかったの」
資料――例の教団が遊撃士協会とその他の組織によって壊滅したのは知っている。おそらくその時に押収した資料のことなのだろう。その資料には一体どのような事が書かれていたのだろうか。眉根を寄せるカイトに、レンはそれまでと違って微かに“狂気”が滲んだ、しかし友好的な笑みを浮かべて、
「――“人の形を保ったままバケモノになった”貴方が、どんな風に人の世界で生きていくのか聞いてみたかったの。最も、”黒い鳥”と行動を共にしているところを見ると、まともな生活は送れていなさそうだけれど」
「―――――そうか」
――あぁ、はっきりした。確かにコイツは”同類”だ。俺と同じで、教団事件に巻きこまれたことで”歪んでいる”んだと、カイトは理解した。
資料を読んでそう言えると言うことは、彼女はカイトがいたロッジの内情を把握しているのだろう。――自分を除く被験者がどのような末路を辿ったのか、それを把握していながらそんなことを指摘すると言うことは――瞳を閉ざし、カイトはしばし黙り込んだ後に重く息を吐き出した。
「そういうあんたも、まともな生活が出来ていると言えるのか? ずいぶんと性格が歪んでいるように思えるが」
「あら、まともに暮らしていると自負しているわよ? ちょっと暮らす環境が特殊なだけで」
「屁理屈だな……ちっ」
ニコニコと笑顔を浮かべながらまともだと告げるレンに、舌打ち混じりで顔を歪める。秘密結社に属している時点でまともではないだろう。――最も、自分達のような存在はそういう場所にしか居場所はないのだろう。暖かい日の当たる場所へ戻ることは難しい。
自身の掌に視線を落としたカイトは、言葉を選びながらレンの問いかけ――どんな風に人の世界で生きていくのかと言う問いに何も答えず、視線をそらした。何も言わない――それを一つの答えとして受け取ったレンは、やっぱりとばかりに納得した様子を見せる。
「どう生きていけば良いのかわからないのよね。その気持ちは分かるわ」
「……うるせぇ」
うんうん頷くレンとは真逆に、口を悪くしたカイトは舌打ちをする。――言われなくても分かっている、自分のようなまともではない奴がどう生きていけば良いのかわからないことは。
誰しも秘密の一つや二つはある――だがこの秘密は、いささか重すぎて共有できない。自分一人で抱えていかなければならないものなのだ。そんな彼の諦めを見透かしたかのように、スミレ色の髪を持つ少女は楽しそうに笑っている。
「あら、怖い顔。生き方がわからないぐらいで、そこまで捻くれなくても良いんじゃないかしら」
「――うるせぇ!」
クスクスと笑みを溢すレン。彼女もカイトの様子を見て察したのだろう。強気な言葉で邪険に扱うその様子が、答えを現しているも同然なのだから。そしてそれは己の弱さを隠すために強気な反応をしているのだと、そこまで見抜かれていた。
「あらあら、怖いわねぇ。でも落ちつきなさい。少なくともレンは、貴方の理解者になれるわ」
「……理解者……?」
彼女に対し反感に近い感情を抱いていたが、その一言によって勢いを削がれるカイト。理解者――同じ教団被害者同士であることを指して言っているのだろうが、どうもそれだけではないように感じられた。眉根を寄せるカイトに対して、
「ねぇ、貴方は――あら、もうお話は終わりみたいね」
「何が……――っ」
歩き続けながらの会話は、目的地にたどり着いたことで終わりを告げた。レンが見上げる視線の先を追って、そこに鎮座するものを見てカイトも目を見開いた。
「……これは……飛行艇……巡洋艦?」
そこにあったのは、黒い鏡面装甲を持つ一隻の飛行艇――サイズで言えば巡洋艦クラスだろうか。オーレロが乗っていた船の二倍以上の大きさがあった。
歩き続ける最中から不思議に思っていたのだが、先程まで歩いていた道のりの途中から、岩肌が消えて金属板が張り巡らされていたのだ。おまけに飛行艇周辺は完全に整備され、岩肌は完全に見えなくなっている。――船が置かれていることも相まって、”造船ドック”と化していた。
「特殊装甲試作艦――所謂実験艦ね。この艦には特殊な機能が多数盛り込まれているのよ。でもその機能を開放して性能を引き出すためには、プログラムだけじゃダメみたいなの。そこでこの船はパテル=マテルと同じように”人間と接続”して制御するようになっているの」
「…………あのとき言っていたのは、それのためか」
あのとき――捕まる直前に言っていた、博士が検体を欲しているという発言。その言葉の意味を理解して、カイトの表情は険しくなる。
レンの言葉をそのまま受け取るのならばパテル=マテル――例の巨大な人形兵器も、人と接続して制御されているのだろう。だが人と機械を接続するのならば、人体にかかる負荷は相当な物のはずだ。とするならば、確かに“グノーシス”によって強化されている“自分達”ならば制御を行える可能性は高い。
――現に目の前に一人、パテル=マテルなどという巨大な人形兵器を制御している幼い少女がいるのだから。表情を険しくさせたカイトは、レンを睨み付けながら、
「……俺に、これを制御しろと?」
「レンはそんなこと言わないわ。でも博士と教授はどうかしらね? 今は席を外しているけれど……そうしないうちに戻ってくると思うわ」
その博士と、新しく出て来た教授とやらが気になりだしたカイトだが、それを深掘りすることは適わなかった。振り返ったレンは、カイトを見据えてすっと手を差しのばした。そして途中で止めた言葉を引き継いで、
「ねぇ貴方……”結社”に入りなさいな」
「………は?」
唐突なスカウトに、思わず素の声で応じるカイト。あまりの内容と発言に、思わず瞳を瞬かせた。突然何を言い出すのか――だが本人は真面目な提案らしく、笑みを浮かべながら、
「もちろん最初は候補者として……でも貴方の”力”ならすぐに頭角を現すでしょう。それは”黒い鳥”さんにも言えることだけれども」
「……俺にコレを見せたのは、その布石か?」
「もちろん。レンには分かるもの……貴方はこれを動かせる……そうしたら、博士はますます貴方を気に入るでしょうしね」
「…………」
――これはあくまで勘だが、その博士とやらに気に入られれば最後、ろくでもないことになる気がしてならなかった。ちらりと黒く光を反射する異質な船を見やり、そっと息を吐き出した。
「何で俺を……俺とネモを結社に入れたいと思ったんだ? この船を動かせるから、だけじゃないだろ」
彼女の勧誘に答える前に、なぜ自分を――否、自分とネモを引き入れたいと思ったのかを問いかける。勧誘する理由が分からない。目の前の船を動かせるかも知れないから、という理由では弱い――否、“後付”のような気がしたのだ。
カイトから鋭い視線を向けられたレンは、一瞬瞳を瞬かせた後に悪戯っ子のような笑みを浮かべた。ほんの一瞬見せた“素”の反応を、彼は見逃さなかった。
「――そうね、黒い鳥さんに関しては、内に抱える”闇”と力を考えれば、そうなって然るべきでしょうし……貴方も同様ね。でも……ふふっ」
クスクスと笑みを浮かべながら、レンはかつての出来事を思い出す。楽園から開放してくれた、彼女にとっての”恩人”達のことを。
――単純に真似をしてみたくなったのだ。かつて楽園から救い出してくれて、結社に入れてくれて、レンに“居場所”を与えてくれた人達――レーヴェと“もう一人”がしてくれたことを、同じ境遇の人にやってみたくなったという、仔猫の気まぐれであった。
けれど、それは余計なお世話なのだろうと今なら分かる。レンの手助けなど、もう必要ないのだろう。
「ふふっ、貴方―――黒い鳥さんのことが好きなのね?」
「……なんでそうなる。そんなんじゃねぇよ」
面白いものを見たとでも言わんばかりに、悪戯っ子特有の笑顔で茶化す彼女に、カイトは語尾を強めて視線を背けた。彼の人となりを何となく掴んでいたレンは、やはり笑顔のまま。
――レンはあくまでカイト”だけ”しか勧誘していないのに、彼はネモも共に入ることが前提の発言をしていたのだ。ようは結社に入るなら彼も一緒が良いと、遠回しに告げるようなもの――どうやら彼は、生き方は分からずともすでに“居場所”を見つけているらしい。
「別に照れなくても良いわよ」
「照れてないっ」
クスクス笑うレンとは対照的に、憮然とした表情を浮かべるカイト。自覚は薄いようだが――無自覚だからこそ、彼の本心が現れていると言っても過言ではない。舌打ちをついて首を振り、気持ちを切り替えたカイトは保留にしていた答えを口に出し、
「はっきり言っておく。俺は、あんた達の仲間になる気はない……ネモはどこにいる?」
「……ふふ、そうよね。そうなると思ったわ」
これまで使用していた導力拳銃――理由は知らないが、どういうわけか取り上げられていなかった――の銃口をレンに向けて、彼は拒絶の言葉を口にする。一方、何となくこうなるのではないかと推測していたレンはさして驚くこともなく、淡々とした様子で頷き――
「だったら、レンも役割を果たすわ。仔猫の気まぐれはもうおしまい。ここからは……“殲滅天使”の出番ね」
「っ!?」
――唐突に視界を横切る一閃がカイトの体を吹き飛ばした。咄嗟に二丁拳銃をクロスさせ防御したが、それでも吹き飛ばされる膂力に眉根を寄せる。
(……あの細腕でこの筋力……っ)
いつの間にかその手に収まっていた大鎌が振るわれ、自身を吹き飛ばしたと理解したが、その細腕から繰り出された力は、やはり”同類”なのだと強く意識させられる。大鎌を振り回すレンは小悪魔じみた笑みのまま、一気にかけ出してきた。
「さぁ、踊りましょう? レンと一緒に、終わりのワルツを!」
「………っ!」
自身に突っ込んでくるレンに対し、カイトは右足を振り上げて鎌の刃を蹴飛ばしてはじき返した。
本編では一切明かされなかったカイト君の異能の詳細と、その経緯について。
彼が捕らわれていた拠点ではグノーシスの服用と共に、実体化かせた”悪魔”の肉片を体に移植させ、人を超えた力を持つ「超人」を生み出す実験を行っていました。
おそらくD∴G教団の中でもトップクラスで非人道的な行為を行っていたところでもあったのでしょうね。その中でカイト君は唯一の生き残りにして、唯一の”成功例”でもあります。
この成功例というのは、精神崩壊を起こさず、かつ肉体の”異形化”を引き起こさなかった、という意味でもあります。つまり彼を除いたほかの被験者たちはーーー
そんな地獄を見てきた彼が、助けてくれた張本人に依存してしまうのは仕方のないことなんでしょう。ツンデレ気味なのはご愛嬌です。