英雄伝説『外伝』 刻の軌跡   作:雨の村雲

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エルガ
「ちょっと文章量おかしくない……?」

平均文章量からすると今話はだいたい二話分になります。


前日談 黒い箱舟 後編

 

――古風な長剣が閃き、岩肌に突き刺しただけの簡易的な檻が断ち切られた。たった一振りで鉄柵を破壊した男に、エディ達は引きつった笑みを浮かべて一歩後ずさる。

 

「……お前何者だよ?」

 

「ただの同業者だ。……ここから脱出するために手を貸して欲しい」

 

左目周辺に広がる火傷跡に金髪、黒いマフラーで口元を覆った男は手を差し伸べてくる。ちらりと男の背後を見やると、断ち切った鉄柵を二本持ったゾルダが、ニヤリと笑みを浮かべながら頷いている。

 

「コイツはさっき知り合った奴でな。ここは共同戦線を張ろうと思う。オメェ等も付き合えや」

 

「りょ、了解です……」

 

部隊長の言葉に、彼らも頷いて簡易な牢から出てくる。同じ牢に捕らわれていたロイは、金髪の男が手にする古風な長剣を一瞥し、思わず頬を引きつらせた。

 

「このご時世に、何だよその骨董品は……」

 

「まぁそう言うな。それに多分、ただの骨董品じゃねぇ」

 

導力機構は愚か、七耀石すら組み込まれていない旧世代の長剣を見たロイの感想も、分からなくはない。だがゾルダとネモの見立てでは間違いなく骨董品ではない。おそらくお伽噺に伝わる”魔剣”の一振りだろう。

 

そうでなければ、ネモの腰に”突然現れる”なんてありえないのだから。どうやら持ち主の本人も知らなかったようで、突如現れたときは本人も困惑していた。

 

だが剣を手に入れたことで牢と、ピーピーうるさかった人形兵器も破壊。牢から脱出した二人は気配読みを頼りにゾルダの仲間達の元へ向かって行ったのであった。

 

「――うし、全員いるな。さて、これからどうする?」

 

「……悪いが全員じゃない。連れが一人か二人……気配から察するに、後一人だろうが」

 

人数を確認し、部下達と無事合流を果たしたゾルダは拳を握りしめるが、首を振ってネモは否定する。彼の連れであるカイトとオーレロ――後者に関しては捕らわれていない可能性もあるが――がまだ残っている。彼らを探し出さないと――

 

「――って言っている間にお客さんだな」

 

ネモとゾルダの二人が視線を巡らせると、球体状のボディに車輪と武器を乗せた小型の人形兵器が数体ほどなだれ込んできた。チッと舌打ちをするゾルダは丸腰の部下達を下がらせ、

 

「ひとまずこいつ等を破壊するぞネモ」

 

「あぁ……ある意味面倒だな、人形兵器というのは。気配が読めない」

 

ネモが牢の鉄柵を両断した際に回収した、先端が鋭利になった鉄棒を構えるゾルダは、相方のぼやきに納得しつつ肩をすくめた。なるほど、機械相手では気配が読めず、発見が遅れるのか。

 

「そういうときは”音”だ。耳を澄ましていれば、奴らの駆動音が聞こえるはずだ」

 

「……なるほど」

 

得意げなゾルダに頷きつつ、ネモと彼は一気にかけ出して人形兵器に襲いかかる。得物である強化ブレードでも大型ライフルでもなく、適当に拾ってきた鉄棒二本。おまけに戦術オーブメントも奪われたため身体能力は低下と、ゾルダにとって不利な状況である。――だがその程度、彼にとって些事であった。

 

「―――は、甘ぇんだよ!」

 

洞窟潜入時に戦った人形兵器とは異なり、上部にある武装――ガトリングガンの銃口を向けて斉射してくる。次々と放たれる弾丸に対し、地面を滑るような動きで回避、一気に距離を詰めていく。

 

――二足歩行型と比べると動きは良いが、やはり”狙い”など細かな点は粗い。ステップを繰り返して弾丸の嵐をかいくぐり、自らの間合いに持ち込んだゾルダは鋭利な鉄棒を、ボディ中央にある赤いレンズ――おそらく“カメラ”や“センサー”類だろう、比較的脆い急所に突き刺し破壊。

 

「よし、次! 後そいつから武器剥いどけ!!」

 

「了解!」

 

一撃で行動不能になったその個体を後方へ蹴飛ばしつつ指示を出し、続く二体目へと目を向ける。その隣では、放たれる弾丸を”剣風”で吹き飛ばしながら接近し、両断するネモの姿が見える。

 

向こうも普段使いの武器ではないため苦戦するかと思いきや、手慣れた様子で人形兵器を破壊。彼の視線が違うもう一体へと向けられる。どうやら心配する必要は皆無らしく、ゾルダは安心して残敵相当へと意識を向けるのだった。

 

(……切れ味はあくまで普通の剣……だがこの耐久性は強化ブレードを越えているな)

 

人形兵器を屠りつつ、ネモはその手に握る剣の刀身を一瞥し、刃こぼれ一つしていないことに、訝しげに眉根を寄せる。

 

金属を加工して作られている人形兵器を、ばっさばっさと叩き切っているというのに、歯が欠けるどころか潰れることすらない。――そういえば放置して何年か経っているはずだが、それでも錆が浮いていることもなかった。

 

この骨董品は、”流浪の占い師”を名乗る胡散臭いあの男から押しつけられて以降、倉庫の肥やしとなっていた。理由は単純、七耀石すら組み込まれていないただの剣にしか見えなかったためだ。

 

導力革命が起きてからは、武具にも七耀石を組み込むのが主流となってきている。組み込んだ七耀石に宿る導力が武具の耐久性を高める効力があり、さらに導力機構を組み込めば切断能力を向上させることも可能になる。

 

様々な理由からその有用性が認められ、現在では組み込まれていない方が稀というほどである。ネモが手にする長剣は、その意味では稀な存在であった。

 

最も、この剣が稀な存在であることにかわりはないだろう。まさか”アーティファクト(古代遺物)”の一種だったとは。思わぬ掘り出し物を見つけた気分になる。

 

とはいえ、切れ味そのものは普通の剣と同じ。――七耀石が組み込まれていない分、一般に流通する武具よりも劣るだろう。”なまくら”であるにも関わらず人形兵器を両断しているのは、あくまで彼自身の技術に他ならない。

 

(……少しがっかりだが……奴の贈り物だ、存分に使わせて貰おう)

 

切れ味に関してはなまくらと大差ないことには不満だが、しかしこの耐久性は充分ありがたい。蜂の巣にせんとばかりにガトリングガンの斉射を紙一重で躱しつつ、ネモは人形兵器の足下目掛けて一閃し、裂空斬を放つ。

 

放たれた裂空斬は地面を斬り裂き、その衝撃で人形兵器のバランスを崩す。体勢が崩れ、組み込まれたプログラムによって自動的に姿勢制御が行われ、火器の斉射が止まる――その瞬間を見逃さず、ネモは一気に距離を詰めて、

 

「――死剣・散華」

 

左腕でガトリングガンの砲身を捕らえて頭上に向かせ、がら空きとなった胴体に剣の切っ先を突き出した。零距離から放たれる刺突技は、文字通り”必殺”の一撃となって胴体を貫き、機能を停止させた。

 

手荒く剣を引き抜いたネモは隣を見やり、ゾルダが鉄棒二本という粗末な武器ながらも、危なげなく破壊したのを見て一人頷く。武装の問題で手助けがいるだろうと思ったが、その必要はなさそうだ。

 

「――うし、これで終わりだ。オメェ等、武器の調達は?」

 

「出来てますよ」

 

これでなだれ込んできた人形兵器は殲滅した。拳を握りガッツポーズをするゾルダは背後を見やり、部下達を見やると、二人が破壊した人形兵器から火器を剥ぎ取り、手早く使用可能にした集団がいた。ガトリングガンを四丁持った集団は、何というか絵面がやばかった。

 

「……この短時間でか……」

 

「機械関係には慣れているからな」

 

そのあまりの速さにネモは感心しつつも呆れた様子を浮かべ、エディは肩をすくめて何でもないことのように呟く。

 

「しかしこいつ等何なんだろうな……つうかこんなもの造れるなんて、”結社”とやらは噂以上にヤバイ連中みたいだな」

 

「結社か……俺も噂程度なら耳にしたことはあるが……」

 

鉄棒を肩に担ぎながら瞳を細めるゾルダにネモも頷いた。近年異様な技術力を持った結社という謎の組織が大陸各地で暗躍している、という噂は聞いたことがあるが、それを直に見たのはこれが初めてであった。その技術力は、少なくとも、現行の技術力と比べると頭一つ飛び抜けていると見て良いだろう。

 

「……これよりももっとヤバイのがあるがな」

 

「マジか……」

 

捕らわれる前に見たあの巨大な人形兵器を思い出し、目の前にある人形兵器の残骸を見下ろしながら首を振る。アレを見た後では、こんなものまだ生ぬるい方だろう。ネモの言葉にゾルダも舌打ちを放ちつつ首を振るしかない。

 

「……それで、これからどうするんですか?」

 

「そうだな……まずは」

 

沈んだ様子の大佐に声をかけるのは引けるのか、恐る恐る指示を求めるロイの言葉に、ゾルダは頷いて意味ありげにネモを見やった。先程から一変、口の端をつり上げ、

 

「――まずは借りを返さなくちゃな」

 

 

 ~~~~~

 

 

「―――っ!」

 

「アハハハッ!! さぁ、もっとレンを楽しませてよ!」

 

「っ……くっそ……!」

 

殲滅天使レンへ向けて銃を撃つが、銃弾は大鎌によって弾かれて吹き飛び、彼女に手傷を負わせるには至らない。そしてその華奢な体からは似つかわしくない大鎌が振るわれ、迫り来る刃から逃れようとカイトは後退する。

 

「――逃げられると思って?」

 

刃はカイトを捕らえず、空を切る。しかし大鎌を振り切った勢いを利用してレンは回転。もう一度同方向からの斬撃を見舞ってくる。彼女の身の丈以上もある大ぶりな武具からは想像しづらい動きに、カイトは舌打ちを放ち、顔をしかめた。

 

「ちっ……面倒だな……!」

 

迫り来る刃に対しカイトは跳躍。”空中で側転する”というアクロバティックな動きで刃の上をとり、ぎりぎりの回避を敢行。その途中で二丁拳銃の銃口を彼女に突きつけ、引き金を引こうとして――

 

「もらっ―――!」

 

「――――」

 

――うっすらと笑みを浮かべるレンの表情に気付き、嫌な予感を感じたカイトは引き金を引けず、そのまま一回転した後に着地。慌ててレンを見やると彼女は楽しそうにクスクスと笑いながら、

 

「貴方良い勘しているわねぇ。そのまま撃っていたら跳ね返っていたわよ?」

 

「――オーバルアーツ……! いつから……!」

 

目をこらせばわかるほどうっすらとだが、レンの体を覆うように導力エネルギーによる“膜”が張られていることに気がついた。おそらく防御系のアーツ、彼女の言葉を信じるならば物理反射系だろうか。――先程まではなかったものだ、駆動を開始した素振りなどなかったというのに、一体どのタイミングで――

 

「あのネモって言うお兄さん、良い盾を持っているのね」

 

「っ! そのオーブメント……!」

 

ちらりと見せつけてきたのは、ネモが独自に手を加えた改造オーブメント。あらかじめセットしておいた補助アーツだけだが、即時発動を可能にしたもの。

 

「さぁ、行くわよ……跪きなさい♪」

 

「――は、誰が……!」

 

ネモのとっておきが奪われていたことに舌打ちをしつつ、再び振るわれる大鎌の刃を見極める。――振りの速さ、切断力ともに申し分ないが、やはり大型武器故に振り方そのものは単調だ。

 

無意識のうちに赤い瞳が金色に輝き、カイトの見る光景がゆっくりになっていく。時間の流れが遅くなったと感じる中で、迫り来る大鎌に対し彼は臆せず前へと飛び出して、

 

「っ!」

 

「――あら?」

 

横薙ぎに振るわれる大鎌の”柄”に蹴りを叩き込んで受け止め、さらに蹴り足を支えにして柄を踏み台にし、飛び上がる。宙を舞う彼はレンの元へと落下しつつ、そのまま頭上から蹴撃を見舞った。

 

「……っ!」

 

真上から振り下ろされた重い蹴り落としを、引き戻した鎌の柄で受け止めたレンだが、その重さに耐えきれず顔をしかめてたたらを踏み、体勢を崩してしまった。すばやく立て直そうとするも、それよりも先にカイトの二丁拳銃の銃口が向けられるのが早かった。

 

「――――」

 

「――――」

 

拳銃を至近距離から突きつけられ、動きを止めてしまうレンと、そんな彼女を見てやはり動けずにいるカイトがそこにいた。レンはあくまで無表情に銃口と、銃口越しに彼の表情を見やり沈黙する。

 

対するカイトは、何かに耐えるように顔をしかめている。さらに引き金にかけた指が震えていることに気付いたレンは、彼の中に”迷い”が生まれたことを見抜き、呆れとも落胆ともとれるため息をついた後、大鎌を振り上げて銃身を真っ二つに切断し、使用不能にさせた。

 

「っ!? くそっ……っ!!」

 

武装を破壊されたことに舌打ちをしつつ後退しようとするカイトだが、それよりも先に重い蹴りのお返しだとばかりにレンの蹴撃が飛んできた。両腕をクロスさせて防ぐものの、その威力に吹き飛ばされてしまう。

 

――同年代と比べて体が小さい自分が言えた義理ではないが、どうすれば彼女の細身からこれだけの力が出てくるのだろうか。吹き飛ばされた彼は数アージュほど後退し、顔をしかめてレンへ視線を向けると、彼女はなぜか大鎌をぷらぷらさせて弄り倒し、つまらなさそうな様子をしている。

 

「あ~あ、詰まらなくなっちゃった。ねぇ、カイトのお兄さん? ――“覚悟”がないのなら、戦わない方が良いわよ」

 

「――――っ!?」

 

レンの静かな、それでいて的確な指摘に、カイトは目を見開き言葉を失ってしまう。――覚悟がない――かつてネモやオーレロから言われた言葉を、出会って僅かな時間しか話していない彼女に指摘されるとは思ってもいなかったのだから。

 

銃口を突きつけてきたあのときに、引き金を引けなかったことから察したのだ。あのとき浮かべた迷いが、相手を倒す、相手を殺すことに対する“覚悟”が出来ていないという何よりの証である。

 

「…………っ」

 

カイト自身も自覚していることを指摘され、腹立たしさやら悔しさやらが浮かび上がり、レンを射殺さんばかりに睨み付けるものの、彼女の胆力の前ではそれも無意味だった。つまらなさそうな様子だった彼女は、やがて悪戯っ子のような笑みを浮かべて、唇に人差し指を添えて、

 

「……なーんてね。レンもそろそろお暇するわ。私じゃ手も足も出ない怖~いお兄さん達が、そろそろ来る頃かしら」

 

「……何?」

 

彼女の言葉に訝しげな表情を浮かべるカイトだが、その意味に即座に気付いた。こちらに近寄りつつある気配が複数――そのうちの一つは、彼がよく知る人物のそれに近くて――

 

「――――っ!?」

 

――いや待て。自身の背後、例の黒い船の眼前から気配を感じ取る。しかもその気配は、彼が知る中で一番強い人物に匹敵する気を放っていて――恐る恐る後ろを振り返ると、そこには銀髪に象牙色のコートを纏ったあの男が立っていた。――その左手には、金と黒で彩られた異形の長剣が握りしめられている。

 

「……いつから、そこに……?」

 

「――初めからここにいた。お前が気付かなかっただけだ」

 

「…………」

 

震える声音で問いかけ、その解答に絶句してしまうカイト。いくらレンとの会話や戦闘に集中していたとは言え、彼ほどの気を放つ相手を察知できなかったとは。どうやらネモと同じく隠形の心得があるらしい。彼はじっとネモ達がいるであろう方向を見つめながらぼそりと呟く。

 

「――予定では博士達もとっくに到着している頃合いだが。……レン、下がっていろ。奴らを片付けてくる」

 

「あら、そうなの? うーん………まぁ良いわ。わかったわ、レーヴェ、後はお願いね」

 

黒船から離れ、近づいてくる彼らを迎撃しに行く男――レーヴェと、ひらひらと手を振って彼を見送っていくレン。互いに信頼関係が結ばれている仕草に眉根を寄せつつ、カイトはレーヴェを見据え続けて、

 

「アンタ、何をするつもりだ!」

 

「言葉通りの意味だ。……レン」

 

「えぇ、わかってるわ」

 

頷き、即座に戦術オーブメントを駆動させてレンは導力魔法を発動。オーバルアーツは油断していたカイトの体を捕らえて巻き付き、両腕ごと拘束してしまう。

 

「な、くそ……!?」

 

「ふふ、カイトのお兄さんは、ここで少し大人しくしていたらどうかしら?」

 

丸腰で戦術オーブメントも持たない彼には、その拘束を引きちぎることが出来ない。顔を険しくさせてレンを睨むも、やはり当の本人は涼しげなままである。彼女の胆力もあるのだろうが、それが虚勢であることを見抜かれていることもあるだろう。

 

「――お、いたぞ、アイツだな!」

 

「あ、バカ……」

 

「ちょっ………!?」

 

「……誰!?」

 

拘束されてつかの間、黒船が置かれたこの広間に武装した男が押し入ってきた。その男に続くように、頭を押さえた四人が続く。飛び出した男を止めようとする仕草をする彼らは物騒なガトリングガンを持ち、先頭を走る中年の男は鉄棒二本という粗末な武器を持っている。生憎と見慣れぬ彼らから指を刺されるも、カイトは首を傾げるほかない。

 

「……俺達の前に捕まっていたって言う人達か……? ……―――あのマーク……」

 

知らない男達から指を刺され困惑するが、ここまで知り得た情報からそう推測するほかない。おそらくネモがついでとばかりに助けたのだろうが――とそこまで察した後、彼らの衣服に刻まれたマークに気付き、瞳を見開いた。

 

――それはかつて、彼が憧憬を抱いたマーク。敬愛を示した証。故郷の民達のために戦う”英雄”が掲げるシンボル。彼らは”北の猟兵”に所属していることに気がついたのであった。

 

「……なんで、ここに……? ……いや、そうか……ここはノーザンブリア……いてもおかしくは………っ!?」

 

思わぬ集団の登場に動揺して取り乱しかけるカイトだが、即座に首を振って落ちつかせる。その間にも彼らはこちらに近寄って来るも、レーヴェがそれを阻むように立ちはだかる。

 

「あの程度の檻で捕らえられるとは思っていなかったが。しかし出てくるのが些か遅かったのではないか?」

 

「何、こっちにも色々と都合があってな。……なるほど、中々良さげな船じゃねぇか」

 

レーヴェの言葉に、先頭にいるリーダー格の男は不敵な笑みを浮かべつつちらりと彼の背後にある黒い船を見て頷いた。しかし満足そうに頷くのは彼一人で、後ろにいる部下達は困惑の表情で視線を交合わせている。

 

「いや、あの、隊長……? この場合船がどうこう以前にまず……」

 

部下の一人が苦笑いを浮かべながら何かを言おうとするが、それを遮るように中年の男よりも前に出た、見慣れた眼帯男が剣を構えつつレーヴェと対峙する。

 

「あの男は危険だ、俺が押さえておく。……その隙にカイトとあの黒船を」

 

「おう、まかせとけ」

 

「いや、だから隊長――」

 

気付いて欲しいことに、気付いている様子のない隊長に困惑が止まらない様子の部下達だが、耳を貸す気配のないリーダーの男は黒船――つまりカイトがいる方向目掛けて一気にかけ出していった。

 

「~~~~っ! 人の話を………!!」

 

「何か策があるんですよね!?」

 

「……あぁ」(……………多分)

 

一人で突撃していった隊長に頭を抱えつつ、すがるような視線を向けられたネモは間を置いた後に頷いた。最後に呟いた一言は幸いにも聞こえなかったらしく、頷くネモを信じたのか部下達も後に続く。

 

「ほう……なら試させて貰おうか、”黒い鳥”……いや、今は”黒夜叉”か」

 

「…………」

 

策があると言う彼に対し、レーヴェはうっすらとだが笑みを浮かべて剣を構える。ブラフだろうと気付いているが、敢えて口をつぐんで相手を見やり、剣を構えたネモに対してすっと重心を落とし――

 

「――貴様の“剣(闇)”が、どれほどのものなのか……見定めてみよう」

 

「―――………」

 

――気付いたら目の前にいたレーヴェの一撃を弾き、ネモの表情に陰りが生まれた。まるで瞬間移動のような動きで間合いを詰めてきたことに対する驚きもあるが、大部分はそこではない。

 

たった一合あわせただけだが、剣を通して彼の奥底に燻る”何か”の気配を案じとれた。そしてそれは――自分がかつて抱き、原動力にしていた感情と近しい何か。一撃目を弾かれたレーヴェは、臆せず二撃目三撃目と連撃を見舞う。

 

「――――………っ」

 

次々と放たれる剣撃の全てが急所狙い、かつ絶妙に弾きづらい角度を伴っており、この僅かな攻防からレーヴェの実力を分析する。

 

間違いなく自身と同等か、僅かばかり上回るか。ともあれ戦術オーブメントと仕込み盾の喪失による自身の戦力低下、さらに”時間がない”この状況ではかなり厳しい戦いを強いられることになるだろう。

 

「―――――っ」

 

――おまけに、剣を交合わせる度に伝わってくる、彼の内で燃えさかる”業火”。かつて復讐という名の”業火”に焼かれていた身としては、少々思うところがあった。かなり重い一撃を弾き、飛び退くようにレーヴェから距離を取ったネモは、剣を上段に構え振り下ろす。

 

「――裂空!」

 

「――零ストーム」

 

放たれた衝撃波に対し、レーヴェは剣を”捻りながら突き出し”て衝撃波を放つ。まるで竜巻のように渦を巻きながら直進する零ストームはネモの裂空斬と正面からぶつかり合い――裂空斬は瞬く間に霧散する。

 

「二重の――ちぃっ!」

 

裂空斬を放ち、敵の注意がそちらに向いている内に一気に間合いを詰めようとしたネモだが、その裂空斬が大した時間を稼ぐことも出来ずに霧散し、竜巻状の衝撃波が向かって来る光景に舌打ちを放つ。

 

「――嵐!」

 

向かって来る”竜巻”を、ネモは”嵐”をもって沈めてみせる。回転の遠心力に”裂空斬”を乗せて放つその技は、攻撃範囲を倍以上に広げて零ストームを斬り裂いたのだ。回転斬りを放った姿勢で残心するネモは、頭上から落下してくる気配を察知して、剣を頭上に掲げて防御の姿勢を取る。

 

「――破砕剣」

 

「っ……!」

 

落下と共に体重を乗せて放たれる、とんでもなく重い一撃を受け止め、体中が軋みを上げた。思わず表情をしかめつつ、渾身の力を込めてレーヴェの一撃を押し返す。

 

「――やるな」

 

「そちらも……っ」

 

押し返したレーヴェは地面に着地し、即座に切り返してくる。再び至近距離での剣撃の打ち合いが開始され、ネモは気配読みを活用し、的確に相手の動きを先読みして剣撃を弾き、捌いていく。

 

「っ――!!」

 

幾度目かの打ち合いの末、異形の長剣を弾いたネモは、僅かに生まれた隙を狙い剣撃を放とうとする。しかしそれは容易く受け止められ、二人は鍔迫り合いを演じていった。

 

「―――正直、アンタからは俺と”似たニオイ”を感じていたよ」

 

「ほう……?」

 

剣と剣がぶつかり合い、力比べとなった状態で、珍しくネモの方から口を開いていた。未だ見えている右目が、長剣越しにレーヴェの瞳を見やる。――どこまで冷め切った冷酷な瞳。だがそれは上辺で、冷酷さの奥深くには”業火”が渦巻いていることを確信し、彼は口を開いたのだ。

 

「アンタは俺と同じ……”何かを犠牲にしてでも成すべき事”がある人間だ」

 

「…………」

 

ネモの指摘に、レーヴェは何も答えない。鍔迫り合いを演じる剣に力が込められる気配もない。それでも構わずネモは言葉を重ねていく。

 

「押さえきれない激情を業火に変え、全てを捨てる覚悟を決めた者……修羅の道を歩むつもりか」

 

「――歩むつもりではなく、歩んでいる」

 

確認するかのように問いかけたその言葉に対し、レーヴェは感情を表に出さずそのまま鍔迫り合う剣に力を込めた。一気に増した圧に、ネモの剣が後退する。

 

目の前にいる男が、何を思い、何を業火にしているのかまでは分からない。だがここまで強烈な圧を感じると言うことは、並大抵の”感情”ではないはずだ。剣を押しやり、レーヴェは一歩踏み込みながら口を開いた。

 

「だが俺と貴様を同列に語るな。貴様の内にある全てを焼き尽くす業火は、すでに消えているのだろう?」

 

「………そこまで見通すか」

 

「貴様が似た物を感じたとおり、俺も貴様から似た物を感じたからな」

 

さらに増していく剣圧を前に、剣だけでなく体ごと後退し始めたネモは、顔を険しくさせながら呟いた。――彼の言うとおり、ネモの内で燃えさかっていた業火はすでにその熱を失い、”残り火”となっている。

 

――父を殺され、家族を失った事に対する”復讐”――その怒りを業火に変えて、彼は修羅の道を歩んでいた。だがその復讐を果たした今、怒りは消え去り、業火が再び燃えさかることはない。

 

鍔迫り合い越しに交差するネモとレーヴェの視線。ネモがレーヴェの瞳から内に宿る”業火”を感じ取ったのと同様に、レーヴェもまた彼の瞳から内に宿る”残り火”が見えたのだろう。そしてその残り火を見たとき、レーヴェは一つの決断を下した。どこまでも冷めた瞳でネモを見やり、彼の体を長剣ごと力尽くで押しやって体勢を崩す。

 

「未だ燃えさかる業火を宿すのならば、とも思ったが……貴様の炎は燃え尽きている――全てを捨てて成すべき事を成したのならば、そのまま消えるが道理だろう」

 

「―――っ!」

 

言葉と同時に突きと斬撃が入り乱れて放たれる。その全てを、先読みを駆使して捌き、弾き、徐々に後退する。

 

――未だに”業火”が、”闇”を抱えているのならば結社への加入を勧めようと考えたが、その必要はない。否、その”資格”がない。奴の内にある闇は、薄まっているのだから。動きを的確に読んで防御するネモに対し、レーヴェの攻勢は一層苛烈さを増していく。

 

「消えるが道理………かっ」

 

何合目かも知れぬ打ち合いを演じながら、ネモは彼の言葉に顔をしかめる。確かに全てを捨てて事を成し遂げたのならば、そのまま消えた方が良いのだろう。――だがそれは出来ない。それをすれば、全てが無駄になってしまう。

 

「―――ちっ」

 

「――っ!」

 

レーヴェと斬り合いを演じながら剣気を高め、彼の剣を捌いたその一瞬を狙い、ネモは手首を返して長剣を振り下ろす。その一刀と共に剣気を開放し、周囲に斬撃が走る。レーヴェは飛び退いて距離を取り、今の攻撃を冷静に分析する。

 

「早斬りではないな……闘気の刃か」

 

「……俺は”復讐”のため……”解”を得るために修羅に墜ちた。アンタは何のために修羅に墜ちた?」

 

さらに剣気を高めつつ、ネモはふぅっと息を吐き出しながら理由を問いかける。――その問いかけはただの時間稼ぎに過ぎないことをレーヴェは見抜きながら、うっすらと笑みを浮かべて剣を構えた。

 

「――俺も”解”を得るため……世界に問いかけるためだ」

 

「………その答えが、アンタが求めた答えになる事を、女神に祈っておこう」

 

僅かに顔を伏せて、ネモはそう答えた。その言葉に宿る”何か”を感じ取ったのか、レーヴェの眉が僅かに寄せられる。残り火だった炎が、僅かだがゆらめいたように見えたのだ。

 

「……それで、”解”は見つかったか、黒夜叉……いや、”修羅”よ」

 

「あぁ。何のことはない、”解”はスタート地点にあったんだよ。全く、とんだ遠回りをしてしまった……」

 

ふっと自嘲じみた笑みが浮かんでしまう。解――なぜあの夜自分達一族が襲われ、父が暗殺されなければならなかったのか。その理由を、そして暗殺を命じた張本人を見つけた時のことを思い出してしまったのだ。

 

 

『――なぜだ……なぜ、貴方が父を殺した……!!』

 

 

『答えろ……答えろよ、”叔父上”……!!』

 

 

――全てを犠牲にして得た”解”は、彼が思っていたものでは――望んでいたものではなかった。

 

 

『――父が“羨ましかった”……? ……巫山戯るな……巫山戯るな! そんな……そんな理由で! 俺は……! 俺達は、奪われたって言うのか!?』

 

 

”そんな答え”を得るために、立ちふさがる全てを切り伏せたのかと。そう落胆し、しかしやり直すことなど出来なかった。――時間を巻き戻すなど、誰にも出来ないのだから。

 

あのまま消え去ることも考えた。だがそれは出来ない。それをしてしまえば、彼が今まで切り伏せたもの、踏みにじったもの、その全ての命が”無意味”だったと言うことになってしまうのだから。

 

――だから決めたのだ。犠牲にしてきた全ての命に報いるためにも、無意味にしないためにも、生きて償い続けなければならないと。

 

「だから悪いが俺は……お前等の仲間にはならない。――なる気も、ない」

 

――勘づいていたのだろう、試すような檻の手ぬるさ。そしてレーヴェとの剣撃を通した”語り合い”によって、彼らの思惑を。自身を試し、組織に引き入れようとする魂胆を感じ取り、そしてそれを否定する。

 

彼ら結社が何を考えているのかはわからない。だが各地で耳にする噂や、あの巨大な人型人形兵器を見た後では、よからぬ事をしでかすのは間違いない。そんな組織に肩入れする訳にはいかなかった。

 

「――そうか、それは残念だ」

 

レーヴェはただ黙ってネモの言葉を耳にして頷き、高めた剣気を一気に解き放つ。周囲に広がる剣気が熱を奪いさり、彼を中心にして辺りが”凍結”していった。同時に、彼が左手に持つ異形の長剣に、剣気が収束していって――

 

「ならば……受けてみよ、”剣帝”の一撃を」

 

「…………」

 

傍目から見ても分かるように大技を放とうとするレーヴェに対し、呼吸を整え、ネモは剣を上段に構えた。彼を中心に放たれる剣気は極限まで高められ、刀身に収束し刃が輝き出す。周囲に無仭の刃が走り、それは凍結現象と真っ向からぶつかり合い、凍結した床を打ち砕いていく。

 

「――受けて見ろ、“空”を断つ一刀を」

 

放つはネモが持つ最強の技。互いの視線が交錯し、気配を読み合いながらその時を待つ。――そして。

 

 

――絶技・冥王剣――

 

 

――絶技・空我――

 

 

――“黒船から放たれた極光”を合図に、互いの絶技が放たれた。

 

 

 ~~~~~

 

 

「退きな! 嬢ちゃんに構ってる暇はねぇ!」

 

「あらあら、落ち着きのない人ねぇ」

 

レーヴェの相手をネモに任せ、カイトと黒船の元へとかけ出したゾルダは、捕らわれた少年の側にいる少女に対し鉄棒を振り上げる。見た目は可憐な少女だが、底知れぬ何かを宿していることは感じられ、ゾルダはやりづらそうに顔をしかめた。

 

(見た目に惑わされるな……っ!)

 

手を抜きかける己を叱咤し、心を鬼にして鉄棒を突き出した。しかし少女はドレスの裾を翻して躱し、にっこりと笑みを浮かべて手を振り、飛び退く。

 

「あははは、お話しできて楽しかったわ、カイトのお兄さん♪ 今度はレンのお茶会へ招待してあげるわね」

 

「………」

 

先程捕らえたばかりだというのに、レンは大した執着も見せずにカイトから距離を取り、別れを告げるかのように挨拶をしてきた。そしてそのまま大きく後退しその場から離脱していく。彼女の離脱の意図が読み取れず眉根を寄せるが、それはゾルダも同様。

 

「……どういうつもりだ?」

 

「……知らねぇ」

 

「………まぁいい、動けるか」

 

首を傾げてレンが去って行った方向を見やるものの、考えても答えは出てこないだろう。首を振って意識を切り替え、すでに拘束が解かれているカイトの手を取って立ち上がらせる。

 

「……北の猟兵が、なんでここに?」

 

「そういう話は後にしようぜ坊主。それよりこの船だが動かせるのか?」

 

「……この船を?」

 

ゾルダの言葉に目を見開き、背後にある巨大な黒い飛行艇に目を向ける。なぜこの船を動かそうとするのだろうか。

 

「こいつでこの場から脱出する! 動かせるんなら動かして――」

 

「……アンタ、バカか?」

 

「何ィ!?」

 

どうやらこの船を奪って離脱する算段のようだが、その考えにカイトは大真面目な顔で問いかける。――だってそう問いかけたくもなるだろう、カイトは周囲を見渡して呆れながら告げる。

 

「ここ、山の中……洞窟だぞ」

 

「わかってるよ! 馬鹿にしてんのかクソガキ!」

 

「じゃあこのでかいのを、どうやって洞窟の外まで持って行くつもりだ?」

 

「―――――…………」

 

ゾルダ、沈黙。追いついた彼の仲間達も、そのやりとりは耳に届いたのだろう、冷たい視線が彼に向けられている。

 

現在彼らがいるのは山の中にある洞窟内。四方全てを岩肌に囲まれ、頭上を見上げても一筋の光すら見当たらない。今は明かりが灯されているが、それがなければ完全な暗闇空間に包まれることだろう。

 

――つまりここは洞窟の最奥、広い空間を持つ突き当たりなのだ。出入り口など、人が入れる程度の大きさしかなく、飛行艇のような巨大なものが入れるようなスペースはない。その事実を指摘すると、怒りを見せた威勢はどこへやら、あちこち忙しなく視線が彷徨っている。

 

「だ、だってネモの奴が言ってたんだぞ! 坊主の近くに船があるから、それを利用しようって……!!」

 

「だからってそれを鵜呑みにしますかね普通……」

 

「案の一つですよ……まずは状況を確かめてからって、あの人も言っていたでしょうが……」

 

「あのとき策もねぇのに、怒りにまかせて突撃したから……」

 

弁明、というよりも責任転嫁をしようとするゾルダに対し、彼の仲間達の視線はますます冷たくなっていく。どうやら彼の無責任な突撃がこの状況を招いたようだ。それを察したカイトは、さらに事実を告げようと飛行艇の黒い装甲に触れて、

 

「だいたいこの船―――」

 

――動くかどうかも怪しい、と告げようとしたとき、両目が金色に輝き、触れた手を通して”何か”が流れ込んでくる感覚を味わった。すぐさま弾かれたように手を離したが、呼吸と動悸が激しくなっていた。

 

(――なんだ、今の……)

 

「だ、だったらあいつ等も何考えているんだって話しになるだろうが! わざわざこんな所で船を造ってんだぞ!? 何かしら外に出る方法が……!!」

 

「確かにあるでしょうが、それが分からないと何の意味もないでしょうに!?」

 

「それも確かめるために、あのときアンタを止めようとしたんだがな!?」

 

ギャーギャー騒ぐ北の猟兵達を放置して、カイトは先程走った感覚について考えていた。何かが流れ込んでくる感覚――この船と繋がったような――

 

「―――………っ」

 

意を決して、もう一度黒い装甲に手を触れる。触れた箇所に導力の光が筋状に走り、カイトの瞳が金色に染まっていく。

 

 

――非接触式制御システム起動――

 

――適合者認証システム起動――

 

――適合者登録なし――

 

――全方位スキャン開始…………終了――

 

――接触検体適合確率…………95%――

 

 

「………これ、は……」

 

頭に流れ込んできた情報に、カイトは目を見開いて黒い装甲を見つめ続ける。どういうことなのだろうか。適合者認証、それに適合確率――レンが言っていたのはこのことだろうか。確かあのパテル=マテルも似たようなものを積んでいると言っていたが。困惑するカイトを置いて、この船は勝手に次の段階へと進んでいるらしかった。

 

 

――接触検体との適合登録――

 

――情報インストール開始――

 

 

「――っ………」

 

一気に頭に流れてくる情報量が増加し、激しい頭痛に襲われる。黒い船の制御システムに関する用語や仕組み、内部構造や動力源、各種システムへのアクセス方法――そういった、この船の“使い方”といった基本情報が流れ込んでくる。

 

――いや、脳内に直接叩き込んでくる、と言う方が正しいか。こちらの頭痛など、安全性など全く考慮せず、大量の情報を詰め込んでくる。なるほど、確かにコレは、常人では耐えられるかどうか怪しいところだ。

 

「……おい坊主、お前どうした? てか、その目……」

 

「だぁ………て、ろ……!」

 

呼び掛けられても、黙っていろと言葉にする事すら出来ない。歯を食いしばり、必死に頭痛に耐えつつ、決して船から手を離さない。――手を離してしまえば、失敗するとどこかで分かっていたからかも知れない。

 

あるいは、屈したくなかったからか。理由はわからず、やがて情報圧は消え、黒い装甲が僅かに色合いを変えていく。真っ黒な装甲が、まるで鏡のように煌めいて見せた。――黒色の鏡面装甲へと。

 

 

――情報インストール終了――

 

――適合者名登録――

 

 

「………カイトだ。開けろ」

 

「……?」

 

ポツリと名を呟くも、ゾルダ達にはその意味は伝わらないのだろう。しかしそれに取り合うことはせず、カイトはあることを念じながら鏡面装甲から手を離す。

 

 

――適合者名登録:カイト――

 

――全システム起動――

 

――集積化導力演算器<マーズ>起動確認…………完了――

 

――ハッチ開放――

 

 

「………嘘だろお前……」

 

ゾルダは目の前の光景に目を瞬かせ、頬を引きつらせる。船に触れたと思いきや、突如息を荒くさせて辛そうな表情を見せ、荒々しく開けろと呟くと、彼の命令に従うように船の後部ハッチが開いていったのだから、その驚きは相当な物だろう。

 

「お前一体……目が戻ってるし……」

 

「………話は、後だ。逃げたきゃ乗れ!!」

 

叫ぶカイトだが、その言葉に猟兵達は顔を見合わせる。及び腰――ではなく、彼のことを信用しても良いのかどうか迷っている風であった。結社が建造した明らかに特殊な船を、外部から触れただけで制御して見せた彼を疑うような視線。――だがそれを払拭するようにゾルダはニィッと笑みを浮かべて、

 

「……この洞窟からどうやって出るんだ?」

 

「艦砲でぶち抜く。けど、今の俺じゃこれを制御しきれない。だから――」

 

「乗ったぜ坊主……いやカイト。行くぞオメェ等!」

 

行ける、と感じたのだろう。ゾルダは片手を上げて仲間達に声をかけ一目散に後部ハッチから搭乗していった。未だ半信半疑といった様子だが、リーダーが率先して搭乗していったので仕方なく、という様子で彼らも続いていく。

 

「………ネモは……?」

 

呼吸を整えつつ、カイトは後方にいるであろう隻眼の傭兵へと視線を向けた。彼はレーヴェと交戦中であり、死闘とも言える激しい戦闘にカイトは拳を握りしめる。――遠くから見てもはっきりと分かる。今の自分では、アレに割って入ることなど出来やしない。ネモの足を引っ張るだけだ、と。

 

「……今の俺に出来ること………これしかないか……っ!」

 

自身に出来ること、それは北の猟兵達と協力して脱出路を造ること。幸い頭に叩き込まれた情報には脱出路に繋がりそうなものもある。直接ネモの助けに行きたいが、高ぶる気持ちを抑えつけて、彼も後部ハッチから船内へ突き進むのであった。

 

 

 

船内は階ごとに大まかな用途で区切られ、それらをエレベーターで行き来する仕組みであった。ブリッジを目指すカイトはエレベーターに乗り込み、最上階を目指す。

 

目的の階に到着し、エレベーターの扉が開かれる――とそこにはブリッジ内で指示を飛ばすゾルダがいた。

 

「エディ、ジン、動かせそうか!?」

 

「わからん! 飛行艇を動かしたことは何度かあるが、これは既存のものとは明らかに違うものだぞ!」

 

「ベテランもいないしな……やってみるが、飛ばせるかどうかは三割ってところだな……!」

 

そこにはいくつもの座席があり、そのうちの操舵席と管制席に座った二人が顰めっ面で叫んでいる。飛行艇という多数の人間が乗り込むという仕様上、適合者以外にも船の制御が行えるように従来通りのブリッジが設けられているのだった。

 

席二座る二人も、対機甲部隊、ということで戦車や飛行艇と言った機甲兵器に関するレクチャーは受けており、実際に動かしたこともある。だがその数は少なく、おまけに“結社製”故に勝手が分からないと言うことも相まってか飛行どころか離陸すらおぼつかない有様のようだ。

 

「ちっ……おっさん、どいて!」

 

「カイトお前……っ!」

 

その有様に舌打ちをしつつ、ゾルダをどかしつつ彼はブリッジ中央にあるいくつものコンソールが立ち並ぶ席に近づき、パネルに触れる。彼が触れた途端、空中にいくつものウインドウが展開された。

 

「………えぇ………」

 

空中に展開されるウインドウという、明らかに既存の技術力を越えたそれらにゾルダはついて行けん、とばかりに頭を押さえていた。生憎とじいさんをフォローする暇はなく、カイトはウインドウの大半を無視して指示を飛ばす。

 

「船の操縦も火器管制もこっちでやる! あんた達は補助を!」

 

「お、おう……!」

 

カイトの指示に戸惑いを見せながらも頷くエディとジン。再び瞳を金色に染めながら離陸準備を開始し、機関部の出力を上昇させていく。それと同時に火器管制系から主砲を展開させる。――ブリッジからでは見えないが、船体の一部が開き、そこから主砲が現れたことだろう。

 

(……非接触式接続って言うのは、こういうとき便利かもな……!)

 

カイトは内心でそう独りごちる。飛行艇に関する知識などなかった彼が、ここまで制御出来ているのは、無理矢理叩き込まれた知識とその制御方法にある。

 

船の制御系統と接続されたことで、”何となく”という感覚的なやり方で制御出来る、というのは大変便利であった。――最も、自身にかかる負担はそれなりにあるが。ともかく初っぱなからエンジンを全開にさせ、離陸させつつ主砲にエネルギーを送り込んでいく。

 

「――エンジン出力上昇中……反重力発生装置に慣性制御システム……イヤほんとこの船……バケモノかよ!?」

 

「エネルギー充填完了……少年、いつでも飛べるぞ! それにいつでも撃てる!」

 

「わかった。離陸と同時に主砲斉射………目標、眼前にある”出撃ゲート”……!」

 

「え、あるの……? 目の前に……?」

 

管制席に座るジンは、モニターに表示される文字の羅列を読み上げて引きつった悲鳴を上げる一方、エディはいつでも行けると声を張り上げた。その言葉を受けてカイトは頷き、浮力を発生させいつでも船体を持ち上げられるようにしつつ、主砲の矛先を目の前にある岩肌に向ける。

 

――そこは一見ただの岩肌だが、実は巧妙に隠された出撃ゲートになっているのだ。そこが一番壁が薄く、狙い目である。

 

「――悪いが俺は一度下りるぞ。またすぐに戻るが」

 

「ど、どうした、んだ……?」

 

「ネモの阿呆がまだ残ってる。奴を回収するさ」

 

想像以上に負担がかかっているのだろう、冷や汗を流しながら集中している様子のカイトを見ながら、ゾルダはそう告げてブリッジを後にする。頼もしさを感じさせる老兵の背中を見送りながら、カイトは自身のやるべき事に集中する。

 

「―――――よし……主砲準備完了……」

 

システムが主砲発射準備を終えたことを告げ、カイトは一つ頷きながらブリッジの外を見やる。眼前にそびえる出撃ゲートを撃ち抜くのは、この船の主砲。展開された主砲の先には、球体状に圧縮された導力エネルギーがその時を待っている。――そして。

 

「――ダブルバスターキャノン……発射!」

 

こめかみから汗を流しつつ、主砲から導力エネルギーの奔流が解き放たれた。それはあのパテル=マテルが放ったものと同じものであり、その威力は岩肌に偽装された出撃ゲートを一瞬にして吹き飛ばす。――薄暗い洞窟に太陽の光が入り込み、青空が顔を覗かせる。

 

「――黒船、浮上! 全速力で離脱する!!」

 

 

 ~~~~~

 

出撃ゲートが消し飛び、その衝撃で洞窟全体に地鳴りのような振動が走る中、ゾルダは必死にネモとレーヴェの姿を探していた。

 

「くそ、この衝撃……下手したら洞窟が崩れ……ってるぅ!!?」

 

不意に辺りが薄暗くなったため頭上を見上げると、巨大な岩が落ちてくるところであり、慌てて回避する。あの主砲の衝撃で崩れ始めた証拠であり、焦りを浮かべながら必死に辺りを見渡して――そして見つけた。

 

「っ………くっそ……がぁ……!!」

 

「――おいネモ! 無事か!」

 

膝を突き、自身の右腕を押さえながら毒づいているネモがそこにいた。見ると長剣は手放し、右腕は肘から先が、本来曲がるはずのない方向へ曲がっている。完全に折れている――ちらりと黒船を見やると、すでに浮上を始めており、舌打ちをしてネモを担ぎ上げる。

 

「おい、お前……っ!!」

 

「黙ってろ! 良いから撤退だ、船に乗り込め!!」

 

長剣も回収し、ネモを担いだゾルダは一目散に後部ハッチへかけ出していった。担ぎ上げられたネモは視線を巡らし、相対したレーヴェの姿を探して――ホッと息を吐き出した。

 

「……相打ち、か……」

 

――彼もまた膝を突き、利き腕である左腕を押さえながら表情を歪めている。絶技と絶技のぶつかり合いは、互いの利き腕をへし折る結果となったのだった。

 

彼の側にはスミレ色の髪を持つ少女がおり、彼女に付き添われながら撤退していった。どうやらこれ以上彼らが出てくることはない模様。ひとまず胸をなで下ろしながら、ゾルダに担ぎ上げられた状態で後部ハッチに乗り込むのだった。

 

 

 

――浮上した黒船は破壊した出撃ゲートを通り抜け洞窟から離脱していく。その際どこに隠れていたというのか、数機の赤い小型艇が追跡してきたものの、横手から現れた見慣れた飛行艇が援護に入り、小型艇を追い払ってくれたため、カイト達は無事結社の拠点から脱出する事に成功したのであった。

 

『――いやぁ、お前等も無事で良かったぜ。あの赤いバケモノに連れて行かれたときは、もうダメかと思ったが。流石は”黒夜叉”殿だな』

 

援護してくれた飛行艇からの通信に応じると、やはりオーレロであった。彼はやれやれと安心した素振りを見せつつネモを持ち上げるが、当の彼からは冷たい視線を向けられていた。

 

「良く言う。赤い人形兵器が出て来たとき、一目散に逃げ出しただろうが」

 

『人聞きの悪いこと言うなよ、こっちも大変だったんだぞ。お前さん方ををどうやって助け出そうか策を練っていたんだ。――こいつらの協力を取り付けるのも苦労したぞ』

 

そう言うなり、モニターに新たな画面が表示され、見知らぬ男の顔が映し出された。ネモとカイトは知らないが、ゾルダとその仲間達の反応から、彼らの仲間だろうと察しが付く。

 

『――大佐、ご無事で』

 

「おう、やっぱお前等だったかガルド。良くやってくれたな……俺等がコレに乗っているって、よくわかったな」

 

モニターの向こうで軽く頭を下げる老兵に頷くゾルダ。隊長である彼の呼び掛けに、ガルドはニヤリと笑みを浮かべて、

 

『何、あの赤い人形兵器の出現と、洞窟内に潜んでいた結社の者達から、大佐の身に何かあったのだろうとは思っていましたからね。そこでいきなり山を吹き飛ばし、追われながら出て来た見知らぬ黒い飛行艇……結びつかないはずがない』

 

「ホント副官として申し分ない男だな、お前は」

 

「……………」

 

察しの良いガルドに対し、自分の事のようにガハハと笑いながら嬉しそうにするゾルダを見て、ネモは口から出かけた言葉を飲み込む。――指揮官、交替した方が良いのではないかと。

 

『――ともかく、無事で良かったぜ。そういや、依頼のものはどうなった?』

 

「依頼? ………あぁ、すまん。確保し損ねた」

 

『……ま、仕方ねぇさ。命あるだけ物種って奴だ』

 

無事を喜びつつも当初の目的について思い出し、ネモは申し訳なさそうに頭を下げる。機械仕掛けの魔獣の捕縛――つまり人形兵器の捕縛――だったが、一体も捕縛していない。あの状況では出来たかどうか怪しいが、つい失念していたということもある。

 

だがオーレロも大変な状況下にあったことを察しているのだろう、肩をすくめて理解を示してくれた。ネモにしては珍しく気落ちした様子を見せるものの、その会話を聞いていたカイトがふと船の倉庫に気づき、

 

「――朗報だよ。この船の倉庫に、人形兵器が数体あるみたいだ」

 

「……………」

 

「……………」

 

『……………』

 

ネモ、ゾルダ、オーレロの三人が無言でカイトを見やり、本人は肩をすくめてエレベーターの方を見やり、

 

「……見たわけじゃないから後で確かめた方が良いかもな。けど、記録によるとあるらしい」

 

「――おいネモ、数体貰っていっても良いか? こっちも仕事でな」

 

良いことを聞いた、とばかりにゾルダはネモに提案する。当の本人も肩をすくめて、

 

「構わんが、残りはこっちで預かろう。……帝国の物好きに売り飛ばさなきゃならんからな」

 

「……帝国? エレボニアか?」

 

「? あぁ、そうだが……」

 

「……………ちなみに、仕事だよな? 依頼主は?」

 

「流石に依頼人について話すわけにはいかんだろうが……」

 

眉根を寄せて首を傾げるネモだが、実は彼も少々違和感を覚えていた。傭兵としての矜持故に口をつぐんだが、同じくゾルダ達の言葉から違和感を覚えたカイトが、

 

「……名は伏せていた……でも確か、S.W商会……だったか?」

 

「おい」

 

「…………なるほどねぇ……。ちなみにこちらもS.W商会って名乗っていたぞ」

 

ポツリと漏らした彼に鋭い視線が向けるも、続くゾルダの言葉に眉根を寄せた。S.W商会なる依頼主が個人傭兵と北の猟兵の二つに同じ依頼を持ちかけ、契約を結んだことになる。それはすなわち――

 

 

『………二重契約………?』

 

 

――その後問い詰めるため、事前に伺っていた引き渡し場所に人形兵器を放置して様子をうかがったが、依頼主が現れることはなかった。幸い報酬は後日支払われたが、謎を残す終わりとなったのだった。

 




以上でネモサイドの前日談は終了となります。

この後ゾルダ達も正式に北の猟兵と縁を切り(設立当初からいる古参とは言え、元々厄介払いされていたため割とすんなり切ることが出来たらしい)、ネモ達と合流し空賊として旗揚げすることになります。

曰く、「そちらの方が面白そう」(危うい連中しかいないので心配)だかららしいです。


ネモVSレーヴェ
本編ではなく前日談で行われる頂上決戦(二回目)。今回は相打ちによる痛み分けでしたが、ネモの方が武装面でやや不利(戦術オーブメントなどの喪失)だったため、それを考えると……それでも痛み分けになると思われます。

そしてネモの生家を襲撃するよう依頼したのは何と叔父ーー父親の弟(次男)になります。ちなみに叔父はカイエン家の婿養子になったとか。

復讐を果たしたものの、その身内が身内を殺したという真実と動機により意気消沈していた彼がどうやって再起したかはーーそこは省いています。口にこそしませんが、彼が剣を振るう理由は大体”誰かのため”だったり。……本当に主人公しているなコイツ。


黒い船
後に「ノア号」と名付けられる飛行艇ですが、何でカイトが触れた途端接続を開始したのかは理由があったりします。所用で席を外していた某博士がカイトを捕らえたことを知り、興奮気味に今すぐ接続準備をするよう指示を出したためです。戻ったらすぐに接続実験を開始する、と。己の欲が裏目に出た形になっていますね。

後はカイト自身の適合率の高さもあります。とはいえずっと接続したままだと負担がえげつないことになるため、普段は操舵手であるオーレロに手動で制御を任せているそうです。

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