――戦闘終了後、ヤクザ達はエルガとアニーの二人に助けてくれたことに対するお礼と、気が立っていたとはいえ襲いかかったことを謝罪した。彼らの謝罪を受け取ったものの、立場上遊撃士として彼らから事情を聞きたかったのだが、途中から助太刀に入ってくれた男性が、
『悪いがこいつ等に関しては俺が責任を持つ。遊撃士協会の方にも顔を出す。……今日はそれで勘弁してくれ』
と、丁寧に頭を下げられながら言われれば、こちらも嫌とは言えなかった。おまけに彼が頭を下げたときの、周りのヤクザ達からのどよめきもあり、どうやら彼らの中ではかなり名の知れている人物のようである。
アニーも男の言葉を聞いて、一瞬迷いは浮かべたもののやがて吐息と共に了承した。その後、先程の死神の大鎌の餌食になり生死不明になっていた男が、子分の一人から肩を借りながらこちらにやってきたのを見て、エルガは目を丸くする。どうやら無事だったらしい。
慌てた様子で治癒系のアーツをかけ、包帯で傷を手当てするアニー。その手際の良さは流石であった。感心している傍らで、大男は大怪我を負っているその男を見るなりほっと息を吐き出して、
「……無事で良かったぜ、マルコ」
「すいません、レオンの兄貴。ご心配をかけしました」
マルコの肩を叩いて無事を祈りつつ、今日はもう戻れと声をかけてやる。マルコの方はまだ話し足りないのか、何かを言いたげな表情を浮かべたものの、エルガとアニーを見やった後、頭を下げて大人しく引き下がっていった。
――このようなやりとりを行った後にヤクザ達は広間から出て行き、その場に残ったのはエルガとアニー、そしてレオンと呼ばれた大男のみである。レオンは二人を見やって、
「レオン・オーガストという……色々と聞きたいことがあるだろうが……まず名前を聞かせて貰えないか」
「帝都遊撃士協会所属、アニマ・ロサウェルです」
「同じく、エルガ・ローグ」
「……やっぱり遊撃士だったか」
二人が名乗ると納得したように頷くレオン。傷跡がある厳つい顔でまじまじと見つめられると、どことなく居心地が悪くなり、思わずエルガは問いかけた。
「さっき、遊撃士の方に顔を出すって言ってましたよね? アレって俺達のことを遊撃士だと分かっていたから言ったんじゃないんですか?」
「いや、別件で協会に顔を出すつもりでな、その時に今回のことを話そうと思っていた。……だが、お前等がいたおかげで、話は早く進むな」
ふっと表情を和らげたレオンは、二人を見た後――アニーを見て一瞬眉根を寄せたが――広間をもう一度見渡してぽつりと呟いた。
「……さっきのアレは何なんだ? お伽噺に出てくる、死神のように見えたが」
「いえ、私達にもさっぱり……元々は地下道から魔獣の唸り声がする、という依頼を受けてここまで来たのです。聞いていた唸り声の特徴は、ちょうどあんな感じでした。だからアレが件の魔獣だと思うのですが……」
「そもそも、アレって魔獣なの? どくろ顔で体が透けて見えて、おまけに鎌を持った魔獣なんて見たことないよ」
一同がそれぞれ疑問を口にするも、それに対する答えは返ってこない。しかし疑問を口に出したエルガは、そのおかげで思いだしたことがある。――形や大きさは違うが、“骸骨姿で武器を手にした亡霊”を見たことがある。その時は確か――
「……後でダーゼフさんに相談してみようよ。あの人だったら、多分知っているから」
エルガの提案に、アニーは彼が何かに勘づいたことを察したのか、何も言わずに了承する。一方レオンは、ダーゼフの名前が出た途端ふっと笑みを溢す。
「ダーゼフのおやっさんは元気か?」
――おやっさん? 彼の言葉に疑問を思い浮かべるも、エルガはこくりと頷いて、
「元気ですけど……知り合いですか?」
「あぁ、一昨年に世話になった」
「……ヤクザが遊撃士の世話になったって聞くと、あまり良い予感はしないんですが……」
どこか言いづらそうにエルガが呟くと、それを耳にしたレオンは苦笑を浮かべ、
「坊主、俺は堅気だ」
「そうですか、一般人………はい?」
堅気というと、基本的に一般人を指す言葉だ。――エルガはもう一度レオンを見やる。大柄で筋肉質な体つきに、頬には傷跡があり目力は強く、鋭い目つきと相まってかなりの風貌となっている。先程までヤクザとやり合っていたためか、真っ先にヤクザという言葉が浮かんでしまうぐらい威圧感は強い。
思わず「貴方のような堅気がいますか」と言ってしまいそうになったが、何とか堪えた。自分でも分かるぐらい引きつった笑みを浮かべながら、
「で、でもさっきマルコさん……でしたっけ? あの人が兄貴と呼んでいたと思うんですけど……」
「まぁ、それを言われちゃ仕方ねぇか」
エルガの引きつった笑みから、彼の本心を察したのかはわからないが、潔く観念したかの如く両手を挙げ、表情を真剣なものへと変えた。――それだけで、先程とは比べものにならないぐらいの風格が漂い始める。
「今は足を洗ったが、昔ブレイツロックの若頭を務めていた。マルコはその時からの舎弟だ」
「やっぱり……」
「エルガ君、今のレオンさんは違うのよ」
エルガはレオンに対してやや警戒心を高めた。だがアニーが警戒心を強めたエルガに対してそれとなく注意を促し、レオンもそれに気づいたものの触れずに、
「あぁ、組を抜けて足を洗ったとは言え、”絆”までなくなったわけじゃねぇ。あいつ等の今の迷走っぶりを問いただしに、俺は俺なりに動いている。遊撃士協会に顔を出すのも、それが理由だ」
一応、守られる側(一般人)だしな、などと冗談交じりに口にする元ヤクザに、確かにそうだけど、とエルガとアニーは苦笑いを浮かべた。
それにレオンのその一言には、様々な意味が含まれていることにも気がついた。今のブレイツロックの状況をある程度把握しており、またその方針に疑問を感じているのだろう。
「……一つ聞いても良いですか?」
「何だ、嬢ちゃん?」
レオンの言葉を全て信じたわけではないが、しかし嘘を言っているようには見えなかった。それに先程の魔獣らしき物との戦いでは助太刀してくれたこともあり、少なくともこの場では信用して良い人物であった。だからこそ、アニーは聞いてみたいことがあった。
「何でブレイツロックを抜けて……ヤクザからも足を洗ったんですか? 一年前の”あの事件”については聞いてはいますが、でも貴方だったらブレイツロックに戻ることも出来て、そのまま”三代目”にもなれたのでは……?」
「……そいつは……」
アニーの問いかけにやや驚きを露わにさせたレオンだったが、やがて苦笑を浮かべた。
「一言で言えば、”出し抜かれた”ってことだ。向こうが俺よりも上手だっただけだ」
「…………」
レオンの答えに、いまいち納得していない様子のアニーだったが、しばし二人の視線が交差し合った後、やがて彼女の方からふぅっとため息をつき、そのことはおしまいとなった。
(……そっか、若頭ってことは実質二番手……)
三代目とは、と思わず言いかけたエルガだが、レオンが言っていた”若頭”の意味を思い出して納得する。組にとってのNo2であり、また次期組長候補の中で最有力となる。
――ブレイツロックの”先代組長”がなくなったのは一年前のことらしい。もしその時期にレオンがブレイツロックに所属していれば、彼が次期組長――すなわち”三代目”になる。だが今の彼は組を抜け、堅気になったという。
一体何があってレオンが組を抜けることになってしまったのか。眉根を寄せて彼を見やるエルガだが、当のレオンが周囲を見渡して、話はこれで終わりだとばかりにそっと息を吐き出す。
「……そろそろ地上に戻るぞ。ここは大昔の墓場だ、あまり長居するもんじゃねぇ」
~~~~~
「あ~、お日様の光だぁ……」
「かなり日が傾いているな。夕方ちょい手前、って感じか……」
地下道から戻り、昼休憩を行ったマーテル公園から出て来た三人は疲れを吐き出すかのように深く息をすった。地下では基本ずっと薄暗いため、傾いているとは言え太陽の光がまぶしい。
「エルガ君、今日はありがとう。おかげで助かったよ」
「いえ、とんでもない。こちらこそ助かりました」
地下水道に通じる入口をしっかりと閉じたアニーが、エルガの元へ近づき、右手を差しのばした。彼も差し出された手を掴み握手を交わす。若干他人行儀な気がする彼の口調に、そういえばと彼女は苦笑いを浮かべる。
「それと一緒に仕事した仲なんだし、無理に畏まる必要はないよ。エルガ君、基本的に敬語とか苦手でしょ? 砕けた口調とか、時々していたし」
「うっ……ま、まぁね……うん、善処するよ」
自分でも自覚があったことを指摘され、困ったように頬をかくエルガは、早速とばかりに普段の口調で彼女に返事をする。それに満足したアニーは、よしっと笑顔を浮かべて頷くと、となりでやりとりを見ていたレオンへ向き直り、
「レオンさんも。今日はありがとうございました」
「おう。いや、俺の方こそ助かった。嬢ちゃんも坊主も、今日はありがとよ」
――その時のレオンの表情は、どこか懐かしい物を見るかのように穏やかだった。ふっと微笑みを溢した彼に首を傾げる二人だが、そこへ背後から唐突に声をかけられた。
「やぁ、お兄さん。無事だったみたいだね」
声をかけられた三人は驚き、そろってそちらを振り向いた。――中でもエルガの驚きは相当な物である。何せ声をかけられるまで、”気配に気がつかなかったのだから”。
「お前は……」
全身をすっぽりと覆うローブに身を包んだ青年がやぁっと手を振りながら近づいてきていた。フードを目深に被っているため顔が見えないが、微かに見える口元からうっすらと笑っているように見えた。
その青年を見たとき、レオンの表情に険しい物が浮かび上がった。知り合いではありそうだが、あまり友好的ではないかもしれない。
「ほら、僕が言ったとおり、君の弟分達が危ないところだったでしょ?」
「……確かにな。だが頼んでもいないのに、勝手に占った怪しげな輩にミラを払うほど、手持ちに余裕があるわけじゃねぇ」
「でも結果的に僕の助言のおかげで事なきを得たんだから」
レオンの方では険悪な雰囲気が流れ始めるが、それを無視する青年は相当な胆力の持ち主だろう。怒っているわけでも、脅している訳でもなさそうだが、風格のある顔がさらに厳つくさせて見てくる様は、中々に来る物があった。
傍目から見ればレオンの方が因縁を付けているようにしか見えない構図だが、それでも動じない青年は肩をすくめている。
「お知り合いですか?」
「いや……今日の昼ごろに出会った胡散臭い奴だ」
「えぇ……?」
質問の回答にアニーは困惑する。今日初めて会った人らしい上に、胡散臭いとオブラートに包まずに伝えてくるレオンに対して困ったような表情を浮かべるも、青年はそんなアニーを見てくすっと笑みを溢し、
「綺麗なお姉さんだね、美人さんだからおまけしてあげよう。僕はその辺で占い師をしている真っ当な人さ。……所でこの後、暇?」
「いえ、仕事があるので……」
と、問いかける前に自己紹介をしてくれた。名前までは教えてくれなかったが、しかしその発言からレオンの胡散臭いという評価が分かった気がした。彼のナンパを丁重にお断りしつつ、耳を傾けた。
「僕がこっちのお兄さんと出会ったのは、今日の昼前さ。その辺の道ばたで”占い屋”を開いていたんだけれど、その時このお兄さんが目の前を横切って行ったんだよ。尋常ではない雰囲気だったから、思わず僕の方から声をかけたのが始まりだね」
「………その辺ってどの辺ですか?」
「ヴァンクール大通りだ」
レオンから聞いたエルガは、帝都のメインストリートとも言える大きな道路を思い浮かべた。色々な店や背の高い建物が建ち並ぶ中、(これはエルガのイメージだが)天幕を張った占い屋と掲げた屋体が堂々と置かれている様を。――祭りの時期なら違和感はないが、それ以外だと少し変なように感じる。
「まぁ趣味でやっているような物だし、ミラは取らないよ」
「……俺の前に並んでいた奴から、盛大にふんだくっていたようだが」
ジロリとレオンの目つきが鋭くなり、今度ははっきりと青年を睨み付けた。しかし本人は素知らぬ顔で耳の穴に指を入れ、
「うん? 最近耳が遠くてねぇ……まだまだ若いつもりなんだけどなぁ……」
(この人………)
それは耳が遠いではなく、聞こえないふりという奴だろう。盛大に嘘を吐く青年に対し、呆れ果てたようにレオンは息を吐き出した。怒る気力も萎えたのか、もう良いとばかりに首を振り、
「……まぁ、助けられたことは助けられたからな。何が望みだ?」
「助けられた、って何がですか?」
「俺が地下道に行ったのも、こいつの占いとやらのおかげでな」
エルガの問いかけにレオンは肩をすくめ、そして青年へと視線を向ける。フードを深く被る彼は、相変わらず口元に笑みだけを浮かべてこちらを見ていたが、レオンから視線を向けられると、ふむと頷いて、
「僕はこのお兄さんに、『マーテル公園から地下道に入った先にある墓所で、君の”昔のヤクザの弟分”が危険な目に遭っているよ』とだけ伝えただけだよ?」
「……的確すぎないですか? その占い?」
占い師からの説明を聞き、理解したこともある。確かにそんなことを言われたら気になるだろう。しかも”昔のヤクザの弟分”と伝えたと言うことは、レオンが元組員であり、今は違うことを遠回しに伝えているのだ。それは、青年の方はレオンのことを一通り知っていると言うことでもある。
問題は、なぜそこまで詳しく知っているのか、だ。的確すぎるが故に、逆にアニーは疑うように彼を見やり、青年は肩をすくめて、
「興味ある? 今ならタダで、手相占いよりももっと良い占いを――」
「お前――裏で糸引いているんじゃねぇのか?」
「―――――」
懲りずにナンパしようとする青年を遮って、レオンが低い声音で問いかけた。――それは明らかな”脅し”を含んだ声音であった。その言葉に、初めて青年は口をつぐんだ。だが口元に浮かべた笑みは健在である。
「やたらと具体的な助言……いや”指示”だな……ある程度の事情を知っているからこそ出来る指示……お前、一体何者だ?」
レオンの鋭い視線が占い師に突き刺さる。――確かにマーテル公園などと具体的な名前を伝えた上に、件の昔なじみが危機にあっているとやたらと具体的な情報を伝えているのだ。そこまで正確な情報を、”ただの占い”の一言ですませるには少し厳しいだろう。
知らぬうちに、エルガとアニーの警戒心を高め、青年を見据えている。だが本人は、相変わらずフードを被ったまま笑みを浮かべ、
「――ただの占い師さ。胡散臭いのは自覚しているし、別に構わない。構わないついでに、一つ助言をしておこう」
「お前……」
「地下道の墓所で現れた”魔物”……相談するのならダーゼフ老だけど、助力を求めるなら”エルガ君が助けたナギサちゃん”が適任だね」
「――え?」
「な、なんで……?」
ぽかんとして固まったエルガとアニーとは対照的に、それじゃあ、と片手を上げてその場を立ち去ろうとする占い師。
「ま――どうしたお前等?」
立ち去ろうとする占い師を引き留めようと片手を伸ばすが、その直前にエルガとアニーが固まっていることに気がつき、振り返って声をかける。訝しげな表情を浮かべるレオンに気づき、二人ははっと我に返る。
「い、いやその――っ!」
「まて、あんた一体……!?」
我に返ったエルガが占い師へ視線を向けるが、すでにそこには誰もいなかった。再び固まった二人に気づき、その視線の先を辿ったレオンも悟る。先程まで確かにいたはずの占い師の姿が、綺麗になくなっていることに。
――近くに隠れられそうな場所はない。三人が占い師から視線を外したのはほんの一瞬。その一瞬のうちに、いなくなったというのか。そんな馬鹿な。
「………」
そっと自身の胸に手を当てるエルガ。その心臓は激しく動悸している。――得体の知れない恐怖を感じていたのだ。なぜあの占い師は、名乗っていない自分の名前と、この場にいないナギサの名前と、そして自分が彼女を助けたと言うことを知っていたのか。
自然豊かなマーテル公園の木々を、そよ風が揺らす中、三人はその場に立ち尽くしているのだった。
~~~~~
その後周囲を警戒しながら、三人は遊撃士協会へと戻っていく。出迎えてくれたダーゼフはエルガとアニーを見て眉根を寄せ、さらにレオンを見るなりふぅっとため息をついた。
「……何やら色々と問題を抱えて戻ってきたようですね、アニー君」
「すいません、地下水道の件で進歩はあったんですが、代わりに色々と新たな問題が……」
本当に申し訳なさそうに頭を下げるアニーに対し、ダーゼフは肩をすくめて微笑みを浮かべると、困ったように、
「わかりました。それでまず……私は誰から相手をすれば良いのでしょうか」
と告げるのだった。
場所を受付から奥の応接スペースへと移し、地下水道での一件を順を追って説明していく一同。奥にある墓所でブレイツロックの組員と騒動を起こしてしまったこと、その後謎の魔獣が顕れたこと、駆けつけてくれたレオンと協力し、これを撃破したこと。
「あそこでマルコ達が戦闘訓練していたのは、そこがちょうど良い場所だったからだな。帝都の中で、周囲を気にせず暴れられる場所と行ったら、かなり数が限られる」
「私としてはまず暴れることも、戦闘訓練もやめてほしいのですが」
ブレイツロックが墓所に集まっていた理由を、レオンが説明してくれた。どうやら彼が若頭だったときも、あそこを利用していたらしい。それを聞いたダーゼフは、げんなりとした表情で呟きを溢す。
「おまけに今ブレイツロックは気が立っているんだ。うちはヤクザもんだが、表じゃ物流に関する仕事を取り扱っている。だがここ最近、東のクロスベルを拠点とするマフィアから、いくつか物流ルートを奪われちまってな」
「クロスベル……というとルバーチェですか」
二人の会話を聞きながら、エルガは東のクロスベルを思い浮かべていた。クロスベル自治州――帝都を宗主国とする自治州であり、さらに東にあるカルバード共和国とのちょうど中間点にある小さな地域だ。このクロスベルはカルバード共和国側も宗主国を主張しており、二カ国から様々な制約を設けられている地域なのだ。
さらに両国の間に挟まれているという地理的問題から二カ国の緩衝地域となり、裏では厄介な取引が盛んに行われているとの噂もある。
「あぁ、おまけに帝都庁……”鉄血”が行う改革案の影響で、いくつかシマがなくなっちまった。ミラは入ってきたらしいが、そこは商店が並び、観光客もそれなりに来る場所ばかりだったからな。そこから今後ミラは取れないことを考えると……」
鉄血、とはおそらくかの有名な鉄血宰相、ギリアス・オズボーンのことだろう。貴族社会として根強い帝国を変えようとする革新派のリーダーとも言える人物であり、宰相でもあることから、皇帝からの信頼も厚い。
帝国を本気で変えようとする一方、旧体制である貴族側からは毛嫌いされており、またその強引なやり方故に彼を嫌う者も少なくないらしい。
ふぅ、とレオンはため息をつく一方、遊撃士側であるエルガとアニーは渋い表情を浮かべている。聞けば聞くほど、この人やっぱりヤクザの人間なんだなとひしひしと伝わって来たのだ。
「新しい”三代目”は組をまとめきれていない。……そこに、鉄血からの要請があったらしい。そういったもんが重なった結果、今のブレイツロックは荒れている。……古巣が暴走しているのは、それが原因だ」
「……なるほど。ブレイツが暴走しているのは、それが原因でしたか……」
レオンからの話を聞いて、根本的な解決策を模索するダーゼフだが、厳しい顔を浮かべてレオンを見やる。――まっすくにこちらを見つめる視線から、覚悟を決めていることが窺えた。
「……自分なりに事態収束のために動いている、と言っていましたね。具体的に、どのような解決策を……?」
「物流ルートの奪還も、シマの拡大も後回し……まずは組をまとめることが先決だ。それを三代目にやらせるさ。……今のアイツじゃ、話を聞いても実行できるか怪しいが……」
「……やはり、そうなりますよね……」
どうやらレオンも、どのように解決するべきか色々と考えていたのだろう。ダーゼフも同意見であった。
「では、ブレイツに関する問題は、貴方にお任せしても?」
「あぁ、そうしてくれ。……元身内の問題だ、俺がけじめをつける。それに、頼もしい助っ人が、最近帰ってきたみたいだしな」
「わかりました。正直遊撃士協会としても、手を出したくとも出せない状況でしたので助かります。……我々が介入すれば、下手を打てば火に油を注ぐ結果になる」
真剣な表情で、後は任せますと言い切ったダーゼフ。しかし内心では歯がゆい思いがあったのだろう、レオンを見つめたまま頷いて、
「もし我々の協力が必要でしたら遠慮なく申して下さい。こちらも、事態解決のために協力は惜しみません」
「……礼を言う」
言葉少なめに、しかし長めに頭を下げてきた彼から、誠意を込めた感謝が伝わってくる。これでレオンの話は一通り終わったと言っていいだろう。ダーゼフは後回しにしていた(一応来客と言うことでレオンを優先していた)エルガとアニーへ向き直り、
「それで、地下道の一件でしたね。……見たこともない魔獣、という話でしたが」
ふぅ、と深めのため息をついた後、彼は二人に話しかけた。そのため息は、まるで頭を切り替えるためについた物だと感じ、負担をかけてしまったとエルガは申し訳なく思う。
「うん。ガイコツ顔に透き通った体、宙に浮かびながら手には大鎌を持った魔獣。……尋常じゃない気配を醸し出していた」
「……………ふむ」
あのとき戦った死神の特徴を羅列していくと、ダーゼフは眉をしかめて黙りこくった。元々細目なため、眉間に皺が寄ると目を瞑っているように見えてしまう。
「……場所は、旧時代……暗黒時代の墓所でしたか」
「はい。……あの、やっぱりオバケとかその類いでしょうか……?」
その手の話が苦手なのか、恐る恐るといった様子でアニーが問いかける。確かに死神の姿はオバケのように見える上、場所も大昔のお墓となればそう思ってしまうのも無理はないだろう。
「……そこで、何か不思議なことが起きませんでしたか? 例えば……普段とはアーツの効き目が違った、とか」
「……あ、ありました。……もしかして、あれが噂の”上位三属性”ですか……?」
ダーゼフに問われたアニーは、心当たりがあった。死神に向けてアーツを放ったとき、時属性の中級アーツを使用したのだが、その効き目は尋常ではなかった。本来であればその時に気づくべきだったのだが、実体験をしておらず、今まで失念してしまっていたのだ。
「おそらくは。……しかし危険ですね……帝都の地下道で、上位三属性が働いているとなると……」
アニーの答えに頷き、こめかみを押さえたダーゼフ。――重要案件が重なりすぎて、少々困っている様子が窺えた。本当に申し訳なく思うエルガに、黙って聞いていたレオンが問いかける。
「……坊主、上位三属性ってなんだ?」
「……すいません、実は俺も初耳でして……」
首を傾げる彼だが、思わぬ所から解答が飛んできた。
「――この世ならざるモノが目覚める予兆……」
「何?」
声がした方を見やると、そこには十二、三歳ほどの黒髪の少女が、なぜかエプロンを着用してこちらを見ながら佇んでいた。彼女――ナギサは四人の元へ近づいて、
「……話を聞くつもりはなかったけど……そこで長く話されていると、嫌でも耳に入ってくる」
申し訳なさそうな顔をしながら、しかし自分のせいではないと言い張るナギサに、エルガは苦笑した。気づけば相当長く話し込んでいたのだろう、夕暮れ時だったというのに、いつの間にか完全に日が沈んでしまっていた。
「そうか、悪いな。……さっきの言葉は、どういうことだ?」
一方レオンは彼女の良いように気を悪くするかと思ったが、逆に素直に頭を下げて問いかけると、彼女はやや面食らったように立ち止まった。――おそらく、レオンの顔を見て驚いたのだろう。若干震えが入った声音で、彼女は告げた。
「上位三属性は、悪霊を呼び寄せるの。もしくは悪霊が溜まったから、上位三属性が起こったか……ともかく、そういった”この世ならざるもの”が動き出そうとしている予兆だと思う」
「幽霊の類いが、目覚めようとしているのか……?」
「オバケはともかくとして……その、上位三属性って何なんだ?」
「七曜……えっと、火・水・風・土・時・空・幻の七属性のうち、時・空・幻の三つのことを指しているの。本来ならこの三つの属性に弱い魔獣はいないのだけれど、その法則が乱れている」
「…………」
わかったような、わからないような曖昧な表情を浮かべるエルガとレオン。二人とも導力魔法は不得手であることもあってか、いまいち実感が湧かないのだろう。一方アニーはアーツを得意とする上に、事前に上位三属性のことを知っていたこともあり、フォローを入れた。
「例えばだけれど、魔獣の中に、植物型の魔獣もいるでしょう? そういった魔獣には、概ね火属性が弱点になる。逆に炎のブレスを吐いたりする魔獣には、水属性が弱点になる。このあたりは大丈夫よね?」
「うん、まぁ……そうなるね」
「でも時属性、空属性、幻属性のアーツに弱い魔獣はいない。逆に強い魔獣もいないけれど……そこは置いておきましょう。問題は、それが当てはまらないってことなの。つまり、本来聞くはずのない上位三属性のアーツが弱点になる魔獣が表れる……てこと」
アニーのその説明を聞いて、二人ともピンと来たのかなるほどとばかりに頷いた。レオンは顎に手をやり、
「確かに時・空・幻なんて言っているが、正確には『時間』・『空間』・『幻』だ。時間に弱い魔獣や、空間に弱い魔獣なんていやしねぇ。だがその法則が乱れ、”時間に弱い魔獣”なんてものが生まれたのか……」
「あのとき、時属性のアーツが効いたのはそういうことか……」
時属性の中級アーツが直撃したときの、死神の苦しみ様を思い出して、エルガは頷いた。
「それより皆さん、もう夕飯の時間。……食べないの?」
全員が上位三属性について理解したと言うことを察したナギサは、そう切り出した。元々それを伝えるためにこの場に表れたのだろう。――さらに彼女が身に付けたエプロンの意味も、その時理解した。
「もしかして、ナギサちゃんが作ったのですか?」
「……ダーゼフおじさんも手伝ったけど」
アニーがもしかして、と顔をほころばせながら問いかけると、ナギサは恥ずかしそうにそっぽを向いた。ダーゼフも顔に微笑みを浮かべて、
「多少は手伝いましたが、後半からは彼女一人で作っていましたよ。今日は彼女に色々と手伝って頂きました」
炊事、洗濯、掃除と、どうやら遊撃士協会の家事方面を手伝っていたらしい。ダーゼフに誉められた彼女は、そっぽを向いて何でもないような顔をしているが、頬を赤らめていることから、照れていることが伝わってくる。
「あら、そうなんだ。じゃあ話はいったん終わりにして、夕飯にしましょう。ナギサちゃん、ありがとう」
「そうだね。……ナギサ、ありがとう」
「……どう、いたしまして……」
二人から感謝の言葉を告げられ、いたたまれなくなったのか小さく呟くと部屋の奥へと引っ込んでいった。――耳まで真っ赤にしたその後ろ姿を微笑ましく見ていたレオンは、そっと立ち上がる。
「おや、帰るのですか?」
「家で待っている奴がいるからな。世話になった」
「えぇ、彼女にも、宜しく伝えて下さい」
「あぁ。……そのうち、連れてくるとする」
当初は占い師が現れたとき、ローゼリアさんが初登場したときと同じような現象が起きるーーという流れでしたが、それやっちゃうと占い師が消えると三人とも忘れてしまう可能性があるんですよね……。折角の助言が無意味になってしまいかねないので普通の登場です。(なお退場時)
ブレイツロックが暴走している理由をまとめると、
・先代(二代目組長)がなくなった
・三代目組長が組全体をまとめ切れていない
・シマと収入源がなくなる
・クロスベルでルバーチェが幅を利かせてきた&ちょっかいをかけてきた影響でクロスベル方面の物流が停止。これがアニーが言っていたマフィアから攻撃を受けている状態。
などがあげられます。さらに組員がこの状況に苛立ち、それが下っ端の暴走に繋がるという悪循環。三代目はケジメ案件一歩手前。
そして作中で語られた上位三属性の説明ですが、完全に独自解釈に解説です。間違っていたらごめんなさい……。