男のロマン、それはロボット —<Infinite Dendrogram>—   作:クーボー

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第1章 虚弱系リアルチート、デンドロに参戦ス
第0話


 □2043年日本 真木(さなき) 正弥(まさや)

 

 あるとき、暇潰しで眺めていたネットの掲示板で、こんな書き込みがあった。

 

『古くは貴族、

 今は富豪の家系に生まれ、

 何不自由なく生活し、

 家族の愛にも恵まれている。

 これは幸福だろうか?』

 

 それに書き込まれていく意見を見ると……まあ、予想通り「くだらないことを書くな」とか、「幸せに決まっているだろう」とかの意見が大半を占めていた。

 俺だって、「それは幸福なはずだ」と書き込もうとした。

 

 ——けれど。

 訂正されるように書き換えられたその文章を見た瞬間、俺は、ドキリと自分の心臓が跳ねるのを感じた。

 

『古くは貴族、

 今は富豪の家系に生まれ、

 何不自由なく、

 また家族の愛にも恵まれている。

 しかし自身は心臓に重い病を持ち、

 運動することも興奮することも出来ない。

 これは幸福だろうか?』

 

 そうしたら、「それは幸福ではない」という意見も多少は出てきたが、それでもほとんどが幸せであるという意見が書き込まれた。

 俺はそのとき、画面に浮かんでいる打った文章を全て消して、また新たな文章を書き込もうとしていた。

 

 それは確かに、恵まれているだろう。

 けれどその恵みを、己が何もできないのに甘受していて……日々自分が腐っていく感覚に満たされるのは、果たして幸福なのだろうか。

 

 いいや、違う。それは幸福ではない。

 けれど、そのまま書き込むのも違和感がひどい。さてそれではどうするか、と少しの間考えて、しかし自分の脳内に刻まれた数多の語彙を総動員しても、適切な言葉は見つからなかった。

 

 だからそうだ。

 俺は、努めてシンプルに、ただ単純に思いを伝えようとして、こう書き込んだ。

 

 ——「それは、とても厳しいことだ」、と。

 

 自分の気持ちをうまく伝えられなくて、けれどそれが精一杯の表現で。

 幸福ではないけれど、不幸とも言い難い。それを伝えるのは……ただ、厳しいとしか言いようがなかった。

 

 /

 

 今から19年前。

 俺は、日本でも超大規模な事業を展開するSNKグループを運営する、かのマイヤーズ・コンツェルンと同等とも目される日本屈指の大富豪の一族……真木一族の長男として生を受けた。

 

 現在の当主、つまり俺の父は母と出会い、一目惚れし、結婚し、そうやって稼業を大きくしてきて……けれどひとつだけ、どうにもならないことがあった。

 それは、単純に子供が出来にくいという体質。現在の進んだ科学であっても容易に解決できないその体質のせいで、両親は四十代になるまで子供を作ることすらできなかった。

 

 けれど、あらゆる治療法を試しているうちに、僕という子供が出来た。

 二人とも、それはそれは喜んだそうだ。

 それはそうだろう。念願の子供だ、親戚一同も大層喜び、SNKグループを率いるであろう子供の将来を夢想した。

 

 ——だができたのは、非常に虚弱で動くこともままならない子供である俺だった。

 それでも家族と親戚は愛を注いでくれたが、口さがない一部の人間は俺を出来損ないだと嘯いた。事実そうであったし、俺もそれを受け入れていたと思う。

 

 勉強ができても、動けない。

 動けないから、当主としても働けない。歳を重ねるごとに改善はされているけれど、今でも歩けばすぐに息が切れるし、運動なんて以ての外。書類仕事はできたとしても、当主としてのコネクション作りができない。

 だから、当主にはなれない。俺はそう、十歳の頃に悟った。

 

 その後、親戚の一番優秀な子供が後継者に選ばれた。

 甥の、非常に活発な男の子だ。俺に対して反発もするけれど、わりと素直で言うことは聞いてくれて、そして運動も普通にできる。頭の方は俺より多少悪いが、それでも普通にアメリカのアイビーリーグかヒドゥンアイビーには行けるだろうと予想できる程度の差だ。SNKグループを率いるのに、なんの支障もない。

 それに細かいところは俺が補佐する予定だから、万々歳と言えるだろう。

 

 それが羨ましくもあり、そして安堵もした。大分歳上の不甲斐ない甥ではあるけれど、俺にできるのはあの子にかかる重圧を理解して、あの子が息を抜ける空間を作ってあげるだけだ。

 俺は自分のポケットマネーを捻出して……多分数千万円くらいかな? それくらいを使って、あの子が年頃の子供らしく遊べる部屋を作った。

 完全防音の、好きな遊びができ、好きな事柄を学び、好きな本を読めて、好きな行動ができる。監視もおらず、ただ遊ぶだけの部屋。長くても一時間、基本一日三十分程度しか使えない部屋だったけれど、それでもあの子の息抜きになったようで、非常に照れた様子でお礼を言ってくれた。

 

 ……俺自身の罪悪感もあってのことなので、素直に受け入れられなかったけれど、それでも非常に嬉しいことだった。

 

 しかしあるとき、俺は重い病気を疾患した。

 世間が、そうだ、いんふぃにっと……でんどろ? なんとかで騒いでいる最中、俺はSNKグループが運営する大学病院へと運ばれ、手術を受けて、そして長いリハビリ生活に入った。

 

 それが終わったのは……そのでんどろなんとかが発売されて、ちょうど一年半の時が経った頃のことだった。

 

 俺は長いこと開けていた自室に戻り、またいつものネットを眺め、外を眺め、食事を済ませ、風呂に入り、書類を整理し、そして寝るという変わりないサイクルに入ろうとしていた。

 

 また自分はこのまま腐るのか。

 何もできず、死ぬまでこのままベッドの上で、ただ書類を整理する日々を。

 

 そんな陰鬱な思いでベッドに横たわった俺を待っていたのは……久しぶりに見る、いくらか成長した甥の姿だった。

 

「トーマ、元気? 久しぶり。俺はこんな有様だけど、まだまだ当分平気だよ」

 

 そうやって自分を偽って、甥を励まそうとしたのだけれど。

 甥は、そう言った俺を正面からぶん殴ってきた。

 

 脳内に火花が散って、ベッドの中に倒れこむ。けれど頭の中は冷静で、目はしっかりと甥の姿を捉えていた。

 

「……急に、いなくなるなよな……! すっげぇびっくりしたんだぞ……! 

 それに……ふざけんな、何が平気だよ! そんな、そんな辛そうな、気力のない目をして! 生きることが辛いみたいな、見てるこっちが嫌になるような顔をして! なのになんでそんな声が出せるんだ!」

 

 泣きながら俺に叫ぶ甥に、生きているという年月はあっても生きているという経験が足りない俺は、ただ一言。

 

「……ごめんな」

 

 と、返すしかなくて。

 次の瞬間、胸に飛び込んできた甥を、しっかりと抱きしめていた。

 

 /

 

 結局、その出来事があってから、俺と甥はお互いに嘘が吐けない関係になった。

 多分、これでお互いに家族として認識できたんだと思う。それは非常に喜ばしいことだが……何故だが毒舌のキレが増したのは、ちょっと喜ばしくないかなあ。わりと刺さるよ。ぶすぶすと。

 

 そう愚痴りつつパソコンを開き、幾千も開いたサイトを見る。

 

 一緒に遊んでいた甥も覗き込んできて、うへぇ、と変な顔をした。

 

「まさや、それ前も見てなかった? しかもこれ、40年くらい前のアニメじゃん」

 

「これがいいんだよ。トーマもわからない? 男の浪漫」

 

「わっかんねーよ。なんか馬鹿っぽいし」

 

 ふふん、カッコつけたいお年頃だものね。わかる、わかるともその気持ち。

 

「確かに熱血って馬鹿っぽいだろう? でもね、ある程度歳とると熱血が素晴らしく思えてくるんだ。気合い凄いよ、次元を突破してぎゅるぎゅるうねりながら全てをぶち抜くんだ。いやあ、終盤のヒロインのところに次元跳躍するのは痺れたね、百回くらい」

 

「ひゃ……え、そんな見てんの? 馬鹿じゃね?」

 

「これ、あんま馬鹿とか言わない方がいいぞぅ」

 

「わひゃ、やめ、やめろってくすぐったい!」

 

 俺のくすぐり攻撃に屈したのか、息を荒くしてベッドに横たわるトーマ。ここ俺のだぞ? いいけども。

 そう思いつつトーマをからかっていると、不意に時計が目に入る。

 

「あ、そういえばトーマ、そろそろ家庭教師のおばちゃんが殴り込んでくる時間じゃない?」

 

「う、マジだ。あの人うるさいからなー」

 

「でも優しい人だからね。それに授業もわかりやすいし、受けていれば後々役に立つよ」

 

うー、と唸っていたトーマだったが、何かを思い出したようにハッとした。誤魔化しだろうか。

 

「そういえばまさやってさ、<Infinite Dendrogram>って知ってる?」

 

 ……でんどろ? 

 

「ああ、あれか。俺が入院する直前に発売されたVRゲーム」

 

「そうそう、あれ。俺あれさー、勉強の合間にやってるんだけどさ」

 

「なんと、初耳」

 

 VRゲームって事前の期待に反して駄目だったらしいけど、トーマがやってるんならもしかしてそのゲーム凄いのかな? 

 

「すっごいんだぜ、アレ。なんかもうリアルそのものって感じだった」

 

「さすがに言い過ぎじゃないの? そんなの何世代先の技術が——」

 

「——超高性能管理AIが13体。その演算処理機能、1体でも小国ならば完全に管理できるほどだって、SNKグループの諜報担当が言ってたよ。試しに数台のスパコン使って乗り込んでみたけど、すぐにシャットアウトされて、それだけじゃなくて反撃ももらったらしい」

 

「……なんだって?」

 

 うちの諜報担当は優秀だ。そんな彼らが操るスパコンを、ゲームのAIがシャットアウトの上カウンターを行った? 

 もしもそれが本当だとしたら——確かに、トーマの言うようなリアルそのものという質感も再現できるかもしれない。

 

「興味深いな」

 

「まあ、普通に遊んでる程度なら別にいいらしいけどね。向こうもそれがお望みらしいし」

 

「ふぅん」

 

 ……ゲームなんて久しぶりだけど、やりたくなってきた。

 

「ところでそのゲームは」

 

「持ってきて」

 

 トーマが指を鳴らすと、どこからともなく部屋に入ってきた黒服……先ほど話題になった諜報担当たちが、俺の前にひとつのゲームのパッケージを置いた。

 それに書いてあるのは……<Infinite Dendrogram>という文字。

 

「……さすが」

 

「まあね」

 

 お互いにぐっと手を握ると、黒服たちが本体ハードも部屋に接続する。

 瞬く間にゲーム環境が整い、さて始めるかとお互いにニヤリと笑った瞬間。

 

「さぁ坊っちゃまは勉強ですよー」

 

 トーマが突然天井裏から現れた巨大な女性に首根っこ掴まれて連れていかれた。

 

「え、ちょま」

 

「行ってらっしゃい」

 

「なっ、まさやの裏切り者ぉぉぉ──ー!」

 

 そう怒るな……。俺だって筋肉ムキムキのおばあちゃんと争うつもりはない。なぜなら一瞬で捻り潰されるゆえに。

 黒服たちが引いているけど、慣れろ。これが真木の日常だ。

 

「さぁてゲームスタートしようかなー」

 

 トーマのことは忘れ、ヘルメット型のゲーム機をかぶり、ベッドに横たわる。

 いつもなら倦怠と腐敗の感覚とともに起こすその動作が、今は興奮に満ち溢れていた。

 

 そしてゲームのスイッチを入れる。

 刹那、視界が暗転した。

 

 

「そういえば、バンダースナッチがシャットアウトしたスパコンの侵入はどうしたのー?」

 

「もちろん破壊したらしい。まさかスパコンまで持ち出してくるとはな。さすがはSNKグループといったところか」

 

「……スパコン持ち出すのもドン引きだけど、それを容赦なく破壊するバンダースナッチにも引くよー」

 

「まあそれが——」

 

「あ、そういえば今そのSNKグループの長男がログインしたみたいだよー。ちょっと行って」

 

「待て、私が行こう」

 

「……えー? 大丈夫かなー」

 

「私とてそれくらいは可能だ」

 

「そうじゃなくて外見がー」

 

「……まあどうとでもなるだろう。それでは行ってくる」

 

「行ってらっしゃーい」




ついにやってしまった奴。
なんかすでにリアルチートの片鱗が出てるし冒頭で例のあの人の質問が出てますが、まあ、良いってことさ!
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