男のロマン、それはロボット —<Infinite Dendrogram>— 作:クーボー
□2043年アメリカ 神条院 巫楽
長時間の鍛錬を終え、息を吐いた。このくらいは苦にもならないけれど、それでも自分のパフォーマンスを妥協することは許されない。
汗を流すためにお風呂に浸かっていると、ヘリに置いてあったスマホが鳴った。
『巫楽、鍛錬は終わった?』
「え、うん。今お風呂入ってるトコ」
『OK。それじゃあ、アメリカに行くから準備して』
突然そう言われて面食らったのが、わずか半日前のことだ。
そしてアメリカに渡った今は、デンドロで出会った友人達……ルイスとヴィクトリアを招いて、高級料亭で食事をしている。
(このお店使うとは、本気だねぇ)
このお店は、アメリカでも珍しい本格的な日本料理を出す料亭。数年前までは海外での活動が基本だった正弥であっても、自分が必要だと感じた相手との商談の時にしか、このお店は使わない……らしい。
僕もたまにしか来ないからよくわからないんだよね。料理はとっても美味しいけど。
まあ、そんなお店を、極めて個人的な事情で使うってことは、それだけ正弥が彼らを大切に思っている証だ。
極めて優れた才覚と地位を持つために、親友と呼べる相手は僕しかいなかった正弥にそんな相手ができるのは、素直に嬉しい。ほんの少しだけ妬いちゃうけどね。
「こんなところ来たの初めてだよ……あとあの黒服何なのさ」
「真木専属の特殊部隊」
「……セレブってもしかしてこれが普通なのかしら……」
それはないから安心していい。正弥は大金持ちの中でもとびきりおかしいから。
「僕だって何だかんだセレブだよー? ただ正弥がおかしいだけだから、これ」
「ひどいなぁ」
「事実だろ? ってか話聞く限り拉致ってるよね明らかに、法に接触しちゃわない?」
特にルイス。中に入れるメイクさんのセンスもズレてるよ、明らかに。
「ふむ、ここで一つ蘊蓄を披露してあげよう。法は庶民を縛るものでね、俺は法を造る側なのさ。金と権力があれば大概の法は意味がないんだよ、ふふふ」
「正弥ー黒いよー黒すぎるよー」
まあそれでこそ正弥だけどね。
「……二人は本当に仲が良いんだね」
ルイスが、声色にほんの少し闇を込めてつぶやく。
……仲のいい友達もほとんどいなかったらしいし、もしかしたら僕と同じようにかなり重いものを抱えているのかもしれない。本当に容姿が綺麗なやつってのは、大なり小なり闇を抱えやすいんだ。僕や正弥がそうだったからよくわかる。
それはさておき、このまま闇をほっとくのはヤダなー。二人とも気づいてるらしいけど、下手なこと言うと闇が膨張しかねないし。正弥が当事者だから……うん、そうだね。僕が行こうか。
「そりゃあ十年……とまではいかないけど、九年とか、八年くらい付き合ってるからね。仲が良いのは当然さ。
……でも、それで気後れしてたらダメだよ。君らは正弥に友人として選ばれたんだから。その期待に応えないと」
それにだ。
「長年付き合ってたら、出会った時期がどうかなんて気にならなくなるって。僕が少し早かっただけ、別に友達に期間限定なんてないんだから」
友情ってのは高まり切ると、下がりこそすれ上がらなくなる。だから後からできた友達が、先にできた友達に追いつけないなんてことはない。
どっちにしろ親友と呼べるくらいにはなれば良い。僕はキミたちにそれを期待しているんだから。
「……うん、そーだね。それじゃあ今後ともよろしく、巫楽」
「うんうん、男同士仲良くしよーぜ、ルイス」
「君が言うといかがわしいなあ」
なんでよ。
「……ふふ、そうね。私も貴方とは仲良くしたいわ」
おぉ、でたな肉食獣。ルイスを見る目にすごい熱がこもってるぞ、なんでルイス本人が気づいてないのか疑問だけどさ。
「なにか不愉快なことを言われた気がしたわね」
勘が、鋭い……!
「気のせいだよ。僕からもよろしくね……(ルイスとの仲は取り持つからさ)」
ルイスに怪しまれるわけにもいかないので口パクで伝えると、なんとわかったようでニヤリと口角を上げる。この人も大概スペック高いなぁ……その分やっかみも買ってただろうけどさ。
見れば、彼女もルイスに比肩する美人だ。僕もいっぱしのパフォーマーとして芸能界の情報は掴んでいるからわかるけど、彼女は前に話題になった女優によく似ている。
年齢的な意味を考えると、娘か、歳の離れた妹か。いずれにせよ、スキャンダルを起こした芸能人の身内に世間は厳しい。生き写しと言えるほど似ているから、気づいた人もいただろう。
その中でこの年齢まで、ほとんど歪まずに生きることができた。この人のハングリー精神は、その経験から来てるのかもしれない。
まったく、正弥も正弥で妙な経歴の人を引き寄せるね。僕もその一人だからとやかく言えないけどさ。
「ふふ、巫楽は人懐っこい性格だけど、裏表は的確に見抜くからね。巫楽が認めたのだから、うん、これからも俺たちは仲良くやっていけそうだ」
「そうだねぇ」
正弥は気分が良くなったのか、それなりに度数の高い酒を飲んでいる。ルイスやヴィクトリアの、当初あった緊張感もほぐれて、どうやらデンドロと同じような距離感に修正できたみたい。
正弥は確かにコミュ力は高い。でも、それは貴族の威を自然と備える類のものだ。今のこの二人には逆効果だったろう。
対して僕は、確かに高貴な家柄の出身ではあるけれど、正弥に比べて雰囲気は薄い。正弥というある種特大の光を見た後ならば、僕のまとう雰囲気なんて麻痺して感じ取れないだろう。
何より、リアルでの正弥は、デンドロと違って虚弱だ。
デンドロのように動けばすぐに息が切れてしまうし、何よりスイッチの切り替えを緩めれば、デンドロでの振る舞いが意図しない瞬間に出てしまうかもしれない。それではダメだ。
僕の役割は溝を埋めること。意識外の隔たりを近づけて、距離感を補正する。
生まれながらの天上人は、人を導くことはできても、人と並び立つことは難しい。いずれこの二人が僕たちと何の気兼ねもなく遊べるような、そんな関係になるまで、多分僕の仕事は続くだろう。
(やりがいのある仕事だ)
もしかしたら、正弥はそれも期待していたのかもしれない。ちらりと正弥を見つめると、ほんの少しだけ悪戯好きな子供のように瞳が細まった。
何から何まで手のひらか。ま、それも良いかもしれないね。
——こうして僕と正弥、ルイスとヴィクトリアの初めての対面は、大成功に終わったのだった。