男のロマン、それはロボット —<Infinite Dendrogram>—   作:クーボー

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ハッハー時間がねぇぜー!


第5話 猿王改め——

【砂猿王 モナブリム】。

 

 かつて神話級<UBM>として竜王と相争った砂猿種の王者は、自らを打倒した<マスター>——カグラの特典武具として蘇った。それも、魂だけの存在として。

 

<UBM>が召喚モンスターとして特典武具に宿るのは珍しい。その理由は、純粋にリソースの欠如であったり、双方がそれを望まなかったり、さまざまだ。

 いずれにせよ、生前の姿そのものを使役するアジャストは難しい。自身が【死霊術師】であるならば完全遺骸を使役する方法ができるが、それもカグラにはできないことだ。

 

 なぜ使役能力が魂だけ……それも言語能力などの喪失などを引き換えとしてでも、そうなったのか。

 それは【猿王襲装 モナブリム】の割り当てられたリソースと、双方の願いによるもの、そしてカグラを取り巻く状況のためだ。

 

【猿王襲装 モナブリム】は、SP+200%という膨大なステータス補正、そして《艶惹威織》というカグラにとっての基礎を補強する強力なスキルを両立した特典武具である。

 そのために、第二スキルで猿王本体を召喚するには、リソースが足りなかった。重いデメリットを付ければ可能かもしれないが……その場合は、間違いなく切り札として使うことになるだろう。

 

 普段から死合いたいとすら望むカグラと猿王にとって、それは歓迎できないことだった。

 とは言え、そのデメリットを満たさねば召喚はできない。ヤヨイとは違い、第二スキルの即時解放という条件も満たすためには……カグラだけではどうにもならないという、特級のデメリットを付与する必要があった。

 

 人体の緻密な作製を可能とするメルク。

 強靭な金属の道具を作成可能なヤヨイ。

 特殊な宝石で類を見ない加工が可能なラトラナジュ。

 

 この三人の超級職の力を合わせれば、第二スキルを十全に活かすことができる。

 逆に言えば、本人らには直接的なデメリットを用意しない代わりに、”そもそもまともに使えない“という前代未聞なデメリットを用意した形だ。

 

 だが、そのデメリットに値するリターンは確かにある。

 特典武具を媒介とするメモリー型の召喚のため猿王の記憶や技量は残り、カグラの特典武具がある限り何度でも召喚ができる。その上入っている容れ物は、いわばガワだ。破壊されても問題ない。

 

 だからこそ、断言しよう。

 カグラの第二スキル——《猿王貴魂(モナブリム)》は、欠陥だ。

 

 しかし、欠陥であるからこそ、デメリットを克服した時に発揮できるパフォーマンスと、それに反比例したコスパ、安全性は、他の召喚モンスターの比較にならない。

 

 ——つまるところ。

 カグラにとっての親友がヤヨイならば……カグラにとっての『相棒』が、モナブリムなのだ。

 

 

 /

 

 

 とりあえず猿王に服を着せて、リビングに連れていく。当の猿王は着せられた服にポカンとしていたが、まあ、元が野生のモンスターだから当たり前なのかもしれない。

 ちなみにメルクのこだわりか、下のアレはあった。なんでそんなとこまで……。

 

「我……ボク……むぅ、人の口を動かすのは、難しい、な」

 

 どうやら容れ物の操作に慣れていないようで、パクパクと口を動かしながらぷらぷら手足を泳がせている。それでもきちんと歩けているのは、彼のセンスゆえだろうか。

 

「……猿王、精神年齢が肉体に引っ張られてない?」

 

 戦ってた時は、もっと、なんか、威圧感があったような……。

 

「ボクは、元々、ものぐさ。種を率いていたから、それにふさわしい振る舞いをした、だけ」

 

「……外見だけだけど、僕に似てるってなんか変な感じだなあ」

 

 僕の身長は160ほど。対して猿王の身長は140もない。手を伸ばせば頭を撫でてしまえる程度だ。

 

「カグラには兄弟いないからな。良い経験だと思うよ」

 

「そういうキミも兄弟いないでしょ」

 

「俺にはほら、トーマがいるし」

 

 ……あぁ、言っちゃ悪いけど劣化ヤヨイの。いや、それが悪いってわけじゃないけどね。正弥はリーダーとしては人に無理させるタイプだから、真木みたいな安定した組織には向いてないし。どっちかというと組織の地力を爆発的に上げるタイプで、後続はのしかかるものに耐えきれず潰しちゃうから。

 

 彼の方は堅実なカリスマ性があるからね。わりと良い感じに組織を盛り上げてそのまま後継に託せる感じだ。真木にとっては理想的じゃあないだろうか。

 

 まあそれはともかく、僕はなー。同じ年頃から年上の親戚からはわりとビビられてるし、たまに敵意を向けられるからそういう付き合いないんだよね。

 確かに、良い経験かもしれない。目前で揺れる銀色の尻尾を見て、触ってみようと手を伸ばし——

 

「……それにしても、この尻尾、ムズムズするのだが」

 

「あぁそれ? 発電器官で少ししたら慣れるから気にしないでいいよ」

 

 ——慌てて引っ込めた。

 そうか、発電器官か。……なんてもん付けてんだメルク! うかつに触れられないじゃないか見るからに触り心地良さそうなのに! 

 

「そんな目で見ないでよカグラ君……あとでブラシ上げるからさ」

 

 ……ほほう? 

 

「許す」

 

「ちょっろいなお前」

 

 うっせ。

 

「……仲が良い?」

 

「ん、仲が良い」

 

「……そうか」

 

「ん」

 

 ……なんか視界の端で猿王とアルマちゃんが無口同士通じ合ってるんだけど。あっ、可愛い。

 

 

 そんなこんなでリビングに着き、ラトラナジュがお菓子などを用意する。

 アイテムボックスから出したお菓子をトレイに盛って、猿王の前に運ぶ。猿王はそれを手に取って不思議そうにしていたが、ヤヨイが実演するように口に運ぶと、恐る恐ると言った様子で口にした。

 

「……美味い」

 

 うんうん、ラトラナジュのお菓子美味しいよね。リアルのお店にも劣らない出来だよ、僕とヤヨイが保証する。

 

「これはなんだ? 甘くて、柔らかい……」

 

「それはお菓子って言うのよ。食べたことなかった?」

 

「食事は、基本、果実と、肉……だけ」

 

 おう、めちゃくちゃ食べてる。そんなに気に入ったか。

 

「っていうか喋り方はおぼつかないのに嚥下する動作は問題ないのな」

 

「むぐはぐ……ごくっ、嚥下くらいは、慣れてなくとも、できる」

 

「ん、そうか。ほら、これも食べな」

 

 ヤヨイが自分の分のお菓子をアルマと猿王に分け与えた。そのあとさりげなく頭を撫でてるし、いやあ手慣れてるねホント。

 

 まあ僕はあげないけど。だって美味しいんだもの。

 

 そのまま無我夢中になってクッキーとかを味わっていた猿王だったが、それらを全て食べ終わると、突然神妙な顔になる。いきなりの雰囲気の変化に僕は戸惑うばかりだったけど、ヤヨイは薄々察しているようだった。

 

「……一つ、聞きたい」

 

「なんだ?」

 

「竜王を、殺したのは——汝か?」

 

 ……。

 確かに、それは気になるか。でもこれで突然ヤヨイを殺そうとしたらどうしよう、今の僕じゃどうにもできないぞ。

 密かに手の内にナイフを握りつつ、スキルを発動すれば意識くらいは持っていけるくらいの位置に動く。それは猿王もわかっているはずだけど、何もしてこないってことは、妙な話じゃないのか? 

 

「……ああ、そうだとも。竜王を殺したのは、俺だ」

 

「……そうか。その耳飾り、もしやと思って、尋ねてみれば、やはり」

 

 不思議と、負の感情は読み取れない。もちろん押し殺してる可能性もあるが、戦闘中に語っていたのが全て、なのだろうか。

 

「奴を倒した以上、汝らの力は、保証されたと同義。ボクを倒した、カグラ以上の、力を誇る者も、いるようだ。

 だが……釈然としないのも、ある。汝とは、近いうちに、戦いたい」

 

「……OK。近いうちに、な」

 

 ……少なくとも今ここで戦うことはなさそうだね。いやあ、良かった良かった。

 僕がナイフをしまって安堵していると、なんか変な、喉に魚の骨が刺さったみたいな顔をするラトラナジュが、こう声に出した。

 

「……口調も、外見と似合わないわね。さっきものぐさだって言ってたけど、もしかして今の口調も作ってる?」

 

「……作ってる。格式高い言葉は、面倒だ」

 

「あぁ、やっぱり。それに、その身体で猿王って呼ぶのも……いらないトラブルを引き寄せそうね」

 

 む、確かに。ネットゲーマーはタチが悪いからね……ただでさえ超級職持ちで疎まれてるってのに、<UBM>を使役するなんて妙ちきりんなことやってるってバレたら色々と嫌なことになるかもしれない。

 

「そこで提案なんだけど……猿王とか、モナブリムじゃなくて、別の愛称を考えてみたらどうかしら」

 

「お、いいなソレ。面白そう」

 

「僕も賛成、でもネーミングセンスないからお任せねー」

 

 メルクはさあ……いや、変な名前になるよりかマシだけどさ。でもキミ自分の仕事以外おざなりすぎない? 

 

「ボクも、真名があるわけでもなし。任せる、好きに呼べ」

 

「えー……となると」

 

 さて、どう呼ぶのが正解だろうか。別に猿王かモナブリムに行き着かない名前でいいんだから……。

 

 ……あまり深く考えず、呼びやすいものにしよう。花の名前から取って……よし。

 

砂花(しゃばな)。砂と花って書く」

 

「砂と花? 謝るに花でなく?」

 

「元は砂猿王だからね、少しアレンジってやつ」

 

 どっちにしろ言い方は変わらないし、これくらい別に良いだろう。

 

「シャバナが、二つ……日本語ってなんで同じ読み方がたくさんあるんだろうね」

 

「ホント、困るわよね……」

 

 なんか外国人たちの悲哀が聞こえるけど無視ー。というか所詮ローカル言語だからそんなに真剣に学ぶ必要はないでしょ。

 

「ふむ……ということは、ボクは今後砂花と名乗ればいいのか?」

 

 口をパクパクさせていた猿王……砂花が、口を開く。お、口調が流麗になってる。

 

「うん。モナブリムって名乗ると、色々問題が多いからね」

 

「そうか。所詮誰ともわからない相手に名付けられた名前だ、別に愛着はなかった。ならば主人から授けられた名の方が、いくらか上等だろう。

 ボクは砂花。今後はそうする」

 

 ところで、と砂花が続ける。

 

「もっとお菓子が食べたい。ないだろうか」

 

 その言葉に、ラトラナジュは一瞬面食らったものの、すぐに笑顔になる。

 そして作り置きしていたと思わしきケーキなどをアイテムボックスから取り出して、綺麗な装飾の施された陶磁器に盛り付けるのだった。

 

 ……まだジョブについての話とか、あるんだけども。

 まあ、これで第二スキルについては、一件落着……かな? 

 

 目の前でヤヨイに食事の作法を教えてもらいながらケーキを食べる砂花を見つつ、僕は自分用のクッキーを口に入れるのだった。うん、美味しい。




というわけで、パーティーに砂花が加入しました。

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