男のロマン、それはロボット —<Infinite Dendrogram>— 作:クーボー
□カルディナ首都ドラグノマド 砂花
思えば、そう。
あの時から、ボクは彼を見誤っていたのだろう。
「……むぅ」
カグラの日課であるという舞の鍛錬を眺めつつ、眼前の少年と戦った時のことを思い出す。
あの淀みない刀捌き、戦場の中でさえも正常を保つ強靭な精神と、相手だけでなく周辺を見渡し、いつ能力を使うかの取捨選択を瞬時にできる。
だからこそ、カグラは一流の戦士である。ボクはそう、思っていた。
だけど違った。
カグラは、一流の戦士である以前に、超一流の踊り子であったのだ。
その戦闘技術も、全て踊り子として大成する過程で身につけたもの。大概の相手より優れた戦闘技巧を持つにも関わらず、カグラにとってそれは余技に過ぎない。
カグラの本領は舞そのもの。静動入り混じりつつ完璧に調和したソレ。身のこなしに一片の狂いなく、ただ他者を楽しませた上で魅了する、まさに神の名を冠するに相応しい超絶技巧。
正直、ジョブのことはよくわからないが……間違いなく、カグラは当代の踊り子の中で、最高位の技巧を持つだろう。もしかしたら、カグラが最高かもしれない。そう思わせるほどの気迫があった。
やがて舞の鍛錬が終わり、カグラのまとう神聖な雰囲気が霧散する。
いつも通りの、軽そうで、しかし気品を感じさせる雰囲気に戻る。これが基本体なのだから、多分カグラは、向こう側では名家の出身なのだろう。
そう思いつつ、タオルを投げる。
「ん、ありがと」
「……しかし、<マスター>というのは不思議なものだな。不死で、根無し草で、そんな存在なのに極めて数が多い。よく、わからん」
メルクから説明を受けたが、正直とても信じられない。
ボクが寝ていた数百年の間に何が起こったのか。それを知る術はないけれど、それでもとても興味がある。
「あははー、まあ多分ずぅーっとわかんないから、あんま気にしてもしゃあないと思うよ」
「そういう、ものか?」
「そういうもの」
そういうものか。むぅ。
「さてと……砂花、なんのジョブに就くか決めた?」
「まだ」
多すぎてよくわからん。ジョブカタログを貸してもらって色々と探してはいるが、しっくりくるものがない。
生前のようにはどうやってもなれないから、とりあえず取ろうとは思っている……引かれるものがないために未だ無職だけれど。
「そっか。まあ、僕やヤヨイは特例だしね。僕は生まれた時からずっと舞一辺倒だったから、当然これしか取るつもりもなかったんだ。他も当たり障りないジョブで埋めて……今はほんの少しだけ組み直してるけど、それってつまらないからね。
迷って迷って決めると良い。ステータスが上がるのも良いけど、一番なのは砂花が楽しめることなんだから」
「……そうしよう」
と、なると。
メルクのように生産職? ——いや、性に合わない。
ヤヨイのように超級職二つ? ——いや、あれは論外だ。
ラトラナジュのように商人系? ——いや、人間のことがよくわからないのにどうしろと?
別に戦闘職でなくてもいい。
ただ、ボクが楽しめるもの。
「……」
……カグラのように。
彼にように、楽しく、されど語らず、人を喜ばせることができれば、楽しいのだろうか。
ボクは口下手でものぐさだ。けれど、ただ舞台の上でパフォーマンスすることができれば……楽しめるのではないだろうか。
人のカラダだけでなく、ボクにはこの尻尾と経験がある。
そして肉体センスに関しては……カグラにも劣らないと自負している。そして電気も……どう活かせるかはわからないけれど、それでも役には立つだろう。
でも……踊り子は、もう埋まっている。
カグラが有している【
これ以外に踊り子系統があるとは思えないし……カグラの超絶技巧を前にして踊れる自信はない。
だから他のジョブ、となると……ううむ。
「【
ただ、このジョブはすでに超級職は埋まっているらしい。
誰かはわかっているらしいけど、所在不明。本来は先代の弟子が継ぐものらしいから、条件も広まっておらず、このままロストするかもしれないようだ。
「カルディナにはいるらしいけどね。隠居してるんじゃない?」
「む……なるほど」
「僕らは肉体が命だから。でも<マスター>と違って、ティアンは普通に老いるし死ぬ。でももったいないからジョブから消せなくて、所在不明でロストジョブ……なんてこともあり得るし」
上級職はあるからいずれは蘇るだろうけどねー、と付け足して、カグラはアイテムボックスから取り出した飲み物を豪快に飲み干した。
/
カグラと別れ、街を歩く。
ボクらが過ごしていたオアシスよりも、何倍も大きなオアシスを背負う巨竜……奴曰く、母と同程度の力を持つという怪物の背に建てられた街、カルディナ首都ドラグノマド。
歩くだけでも新たな発見があるこの街は、人の営みと、それから生まれる闇を強く表している。
路地裏では力なき女性が男に襲われているし、何かを貸し借りしたと思わしき黒服の男に土下座する男もいる。
死体が処理されていたりもするし、何か魂が抜けたように地を這いずり呻き声を出す老人もいる。
“金がなければ生きる価値なし”——それがこの国の掟だ。
「……ふぅ」
金という概念がなかったボクにとって、知らない概念が支配するこの街は……少し、居心地が悪い。
そりゃあ弱肉強食というのは理解できる。この土地では、力と金が同義なのだろう。
だけど、弱いものを切り捨てる選択は……群れを率いていたボクには、馴染みが薄い。
まあ、それは良い。
カグラからお金は貰っているし、これで劇場でも見に行けば、何に就くか決められるかもしれない。……カグラを見た後だから、満足できるかどうかは別として、だが。
「……ん?」
……何をしているのだろう。
目の前の、暗い路地への入り口に、一人の老人が入っていくのが見えた。
どうやら足が悪いようで、杖を付いている。身なりはよくないが、呆けているようには見えなかい。それなら何故路地裏に……?
「おう、爺ちゃん。ここ通りたかったら、腰に付けてるアイテムボックス置いてきな」
……絡まれてる。
そっと路地裏を覗く。
いかにもな大男が、先ほどの老人にいやらしい笑みを浮かべて迫っていた。予想通りすぎてげんなりする。
「いやあ、別にワシャなーんも持っとりゃせんよ。他を当たってくれるかい、お若いの」
その割には、老人の方は取り乱していない。……というよりは、そもそも意に介していない?
「なぁに言ってんだ、テメーみたいなジジイがこの街で生きてけてる時点でよ、少しは金持ってるってわかってんだよ。わかったら出しな」
「……お若いの、あんた随分立派なガタイしてるじゃないか、ええ? あんたみたいのは、ワシみたいなしょぼくれた爺捕まえて乞食みてえに物ねだるより、外出てモンスター狩るのが一番良い金の稼ぎ方なんじゃねえのかい?」
……それは悪手だろう。
自分より大きな相手に喧嘩売る度胸があるのは予想外だったが、多分そいつは今のドラグノマドじゃモンスターを狩れない程度の存在だ。だからこそこんなところで弱者を恫喝しているのだろう。
そんな相手を煽れば——ああ。
「てめ……! ジジイだからって下手に出てりゃ好き勝手言いやがって! ああわかった、んじゃあてめえから強引にでも奪うとするよ!」
男が手を振り上げる。その一撃は、枯れたような爺の頭など簡単にかち割ってしまうだろう。だが老人は目を瞑るだけで……全てを諦めたように、暴虐を受け入れようとしていた。
……何故、動かない? 己に死が迫っているのに、何故動かない。
何故だ。反抗する意思はないのか。生きているのならば、生きているのならば生きるべきだ。生きるために己が全霊を尽くすべきだ。
——それとも。
もう終わりたいとでも、言うつもりか——?
刹那、何かが切れる音がした。
「ああ」
やはりこの街は、性に合わない!
未だ無職の身なれど、それでも隙を突いて昏倒させることくらい、できる!
身体を路地の滑り込ませ、左足に電気を集中させて活性化。
踏み込みとともに筋肉を隆起させ、全力で飛ぶ。
「あ——?」
不意打ちに気付いたのだろう大男がこちらを向くが、もう遅い。
跳躍の勢いのまま大男の頭を踏み潰す。その上で脚に集中した電気をスタンガンの要領で通電させる。
「あががっがっがぁぁぁ!?」
「……気概のない弱者は、嫌いだ」
続く右足で首を蹴る。硬直していたために受け止めることもできず、大男は白目を剥いて泡を吹きながら昏倒した。
後に残されたのは、いきなり大男を蹴り飛ばしたボクと、図らずも助けた形になった老人だけだった。
「……おめぇさん、なんでワシを助けた?」
「……助けたわけじゃない」
ただ、
「
それ以外の理由はない。
弱者が弱者に甘んじることが不愉快だ。まだ抵抗できるのに諦めることが不愉快だ。
少なくとも我は群れの配下を切り捨てはしなかった。だが弱者が弱者として諦めることは許さなかった。
だからこそ我の群れは【ハイエンド・デザート・モンキー】が多数存在していたし、付近で負けることはなかった。そうであれと我が叩き込んだからだ。そうでなければ、生き残れなかったからだ。
なのになんだ、この街は。
生きるのを諦め夢に逃避する輩もいれば、弱者がさらなる弱者を搾取する悪循環の渦だ。
だから我は……ボクは、意思なきものを嫌悪する。
「……ああ、時間を喰った。早く行かなければ」
劇場はあと少しで開幕する、せっかくもらったものだ、活かさなければ。
「待ちんさい」
「……なに」
さっさと行きたいんだけど。
「……ああ……まったく、こんな歳下の子供に、不愉快なんて言われるなんて、ワシも落ちぶれたもんだ。……いや、元々落ちぶれてたか」
「……」
「なぁ、お若いの。ジョブは?」
「就いてない」
「……そうか。なら、なおさら好都合かもしれんなあ」
だから何を、と口に出そうとしたところで。
「着いてきな。良いもの見せてやる」
「……」
有無を言わせない圧とともに、カツカツを杖を突いて路地裏の奥へと進んでいく老人。
……このまま無視することもできる。
「でも……」
それじゃあ、つまらないか。劇場はいつでも見れる。
そして何より……突然変わったあの老人が、気になった。もしかしたら、ボクが求めるものを見せてくれるのかもしれない。
淡い期待を胸に秘めて……ボクは、あの老人の後を付いていく。
このまま行くと後半雑で長くなりそうだったので一旦切ります。
俺思うんですよね……ティアンの中には、身体を壊して、ジョブの力を発揮できなくなってしまった人もいるのではないか、と。