男のロマン、それはロボット —<Infinite Dendrogram>—   作:クーボー

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第9話 砂花のお散歩日記・下

 □カルディナ首都ドラグノマド 砂花

 

 先導する老人の歩調に合わせながら、適度に距離を取って路地裏を歩く。もはや壁は剥き出しの岩のようで、建造物の雰囲気は、両方の壁に乱雑にこしらえられた扉だけだった。

 どうやら相当入り組んでいるようで、それを迷うことなく老人は突き進む。彼の足が悪いからこそ追い付けているが、もしも万全の状態ならばボクも迷っていただろう。

 

「ここはな、貧困街……言っちまえば表で生きられない、金がないどん詰まりの阿呆が行き着く場所でなあ。失敗した商人やら税金払えなくなった家庭が大挙して押し寄せたせいで、こんな無駄に入り組んだ迷路みてえになっちまったのよ」

 

「……」

 

「扉がたぁくさんあるだろ? 全部、それぞれの家に割り当てられた洞穴になってる。おっと無意味に近づくなよ、あんたみたいな小綺麗な顔した子供が近づいたらすぐに取って喰われちまう」

 

「ボクはそこまでか弱いつもりはない」

 

 経験はないが襲われそうになれば潰してやるとも。

 

「はは、それならいいんだがねぇ。……そら着いた」

 

 そこは一見、行き止まりのようだった。

 

「少し待ってな……っと、《身具合一》」

 

 老人が壁に手をやり、何かスキルを行使すると……驚くことに壁自体が積み上げられた石材(一つの壁に見えるようそこだけ細工してあるようだ)だったようで、それがひとりでに動きながら奥へと引っ込んでいく。

 

「気になるか?」

 

「……それは、そうだが」

 

「こいつは【超曲芸師(オーヴァー・アクロバット)】の奥義さ。なに、お前さんもいずれ使えるから安心しな」

 

 ……………。

 

 ……………………………超級職? 

 

 それも、所在不明のはずの……曲芸師系統の? 

 

「……胡散臭い」

 

「おっとその反応は予想外。まあいい、奥に入りな」

 

 ……くさい。

 

 メルクが誂えたこの肉体は、五感も常人以上に優れている。だから……この、生活臭が立ち込める部屋の中は……きつい。

 

 というか、穴蔵というより、これは普通に整えられた部屋のようだ。

 行き止まりを使っているからか結構広く、それこそボクが動いてもそれなりに余白がある。

 

「知り合いに頼んで融通してもらったんでな。それなりに広いさ……活かせてもいねえが。

 さて、お前さんをここに呼ぶとき、良いもん見せてやるって言ったよな」

 

「……ああ」

 

「生憎と足が悪いんでろくなことできねえが……上半身だけなら、どうにかなるさ」

 

 そう言って机から適当な、皿と棒のような何かを取り出す。それを10セットほど机の上に置くと、全て上に投げ飛ばした。

 

「ほら、よっと」

 

 だが皿と棒は落ちることなく、刹那のうちに10本の指に一本ずつ立った。棒の上ではクルクルと皿が回っており、それら全てを上半身の体幹のみで支えている。

 

「……おぉ」

 

「中々なもんだろ? これでも昔は一座を率いてたからな——今はもう、影も形もねえけどよ」

 

 そう寂しそうに呟いた後、老人は数種類の芸を行なった。

 その全てが熟練の技巧を感じさせるもので、天性の才覚を不断の努力で埋めているような形だ。カグラも舞の神才を持ち、その上で努力を重ねているが、さすがにひとふた回り上の年季がある相手とは、圧倒的な差は付けられない。

 そもそものジャンルが違うのもあるしカグラの練度が異常なのだろうけど。

 

「本来は、これに加えて脚がある。これがあって初めて、曲芸師として完成するんだ」

 

「……」

 

「けどな……事故でよ。【超曲芸師】はステータスが高くないのが災いして」

 

 公演で各地を回っている最中に出現した<UBM>のせいで、脚を負傷してしまった。

 

「そっからは芸のできない曲芸師なんて意味がなくてな。一時期は時の人として持て囃されていたのに、このザマよ。

 それでも手慰みみてえに芸だけ磨いて、ジョブも消せず……今じゃ日々の生活にすら困ってる。まったく、人生どーにもできねえなあ」

 

 乱雑に頭を撫でられる。カグラやラトラナジュの丁寧なものとは違う、ガサツな撫で方だ。

 しかしボクは、それを払い除けることはしなかった。

 

「……何故ボクを呼んだ?」

 

「ああ、そりゃな——」

 

 

「お前さんに【超曲芸師(オーヴァー・アクロバット)】を継いでほしいからさ」

 

 

「……なに?」

 

 ボクに、超級職を、継げ? 

 

「何を、言っている。ボクと汝は、先程会ったばかりの他人だぞ」

 

「だから良いんだよ。どっちにしろこのままおっ死んで誰ともわからねえ奴にくれてやるくらいなら、さっき助けてくれたお前さんにくれてやる。駄賃代わりさ」

 

「それでも——!」

 

「それでもだ! ワシはお前さんの事情は知らねえ、だがあの身のこなしなら確実に俺以上の曲芸師になれる! 曲芸師は体幹と脚が重要なんだよ、その両方を持ってるお前さんほどの素養を持つ奴ぁかつての俺の弟子の中にもいなかった!」

 

 ……確かにボクは、数百年の戦いの記憶で、身体を支える力は強く焼き付いている。

 それはこの肉体でも同じことで……。

 

「もう、嫌なんだよ。この40年、ずっと底辺だ。かつて輝かしい日々を送った記憶があるからこそ、余計に苦しい。妻も子も、弟子も名声も、金も心も全部失って腐っちまった」

 

「……」

 

「だからこいつは、最後の義務だ。師匠から受け継いだこのジョブを……ロストさせるわけには、いかねえ。その覚悟はさっきまでできなかったが……最後にこうやって見込みがある奴を見つけることができた」

 

 目線が、繋がる。

 

「ワシのジョブを継いでくれ。何、超級職なんだ、悪いもんじゃねえだろう?」

 

 ……そうかもしれない。

 元々第一候補だったジョブだ。それが手に入るとすれば……それはとても、良いことだと思う。

 

「……わかった」

 

「おお!」

 

「だけど、条件がある。

 ——死ぬまで、ボクに芸を教授しろ。ボクは素人だからな」

 

 死ぬ気で。

 ……それが、生き甲斐となるまで。

 

「……は、は。ああ、いいぜ。元より、そのつもりだ」

 

 老人が当たり前のように……そして奥底に喜色を湛えた笑顔を浮かべる。

 その笑顔が、妙にカグラと重なった。

 

 

 ——次の日から、ボクの日課に、「ドラグノマドの散策(・・)」が加わったのだった。




 シ ョ タ 堕 ち
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