男のロマン、それはロボット —<Infinite Dendrogram>— 作:クーボー
LS・エルゴ・スムという男のことを、俺は詳しくは知らない。
<レジェンダリア>におけるクラン一位。
妖精郷の
それらはいわゆる肩書きだけで、写真を飾る額縁のように、彼個人の本質を表すものではない。
『ともかく、皆様には失礼を詫びますぞ。特定個人を性愛の対象にするのは、あまり褒められることではありませんからな』
緑色の怪人は、そう言って軽く頭を下げた。
先ほど、ラトラナジュに対して不躾な言葉を寄越した<マスター>についてだろう。
ラトラナジュはそういったことには慣れているので、気にした様子もなく会釈する……が、ちょっと頬が引き攣っていた。
多分目の前の怪人がその装いと初対面時の言動に反して至極まともな様子だからだろう……気持ちはわかる。
「まあ、ラトラナジュ本人が良いなら僕も何も言わないよ。ところで、どうしてLSはここにいるの?」
『それは君が一番よくわかっているのではないですかな?』
メルク……自身と同じ<超級>をガスマスク越しに見やり、ついで俺たち全員を視界に収めた。
『<超級>、それも国家間のパワーバランスに影響を与える可能性が大きい特殊な広域制圧型。過去犯罪を起こしてはいないものの、いざとなれば起こすことに躊躇いはない。
そんな危険人物を、同じ<超級>が監視しにきた。こんなところですぞ』
「……メルク、お前何やったんだよ……」
昔、【禁忌王】に至るまでに何をやらかしたのか。
「あはは……まあ、色々と。指名手配はされてないけど、グレーゾーンを攻めた覚えはあるね……」
『ぶっちゃけ何度もヒヤヒヤしましたぞ。いつ<デザイア>に入ってもおかしくないと思っていましたからな。……と言っても、君がこの国を出るまでにさまざまな貢献をしてくれたのも事実』
LSさんは懐からいくつかのバッジを取り出し、メルクに手渡した。
「これは?」
『温情措置、ですぞ。俺の呪術スキルを込めたアクセサリーで、もしも君が何かしら罪を犯した場合──それを付けた配下のホムンクルスごと巻き戻し、即時指名手配を行う』
「!」
メルクの目が険しくなる。
LS・エルゴ・スムという男の<超級エンブリオ >は有名だ。その言葉と併せて考えれば、つまり。
『ホムンクルスとは、フラスコに生きる小人。……幼児期が存在しないホムンクルスが、俺の<エンブリオ>の効果で巻き戻ったらどうなるか。お分かりですな? ああ、こっちで装備しているかどうかはきちんと判定できるのでズルはできませんぞ』
「わかってるよ。まったく、女王陛下も周到だね」
『うちは<超級>の犯罪者が多いですからな。生み出さないため、そして生んでしまった場合即座に”監獄“に叩き込んでやるのも俺たちの仕事ですぞ』
LSさんの言葉にため息を吐いたメルクは、大人しくアクセサリーを装備する。
それを確認したLSさんは、満足げに頷いて……。
『さて、それでは俺はこれで──』
「ちょっと待って」
去ろうとした彼を、メルクが止めた。
『なんですかな?』
「うん、ちょっと聞きたいことがあってさ。──LS、【アムニール】の枝、持ってたよね?」
「!?」
【アムニール】の枝。
グランヴィルの船にも使われているという、この世で最も強大なモンスターの一匹……その素材。
メルクがやりたいことにはそれが必要であるらしく、俺たちはそれを求めてもいるのだが……。
『持っていますぞ。クランランキング一位になった折に賜ったものですな』
「サイズ的には確か、部屋を平気でぶち抜くくらいはあったよね?」
『……そうですな。話が見えてきましたぞ──つまり、俺の持つアムニールの枝を分けてほしい、というわけですな』
……聞く限り、国の宝物庫に入っていてもおかしくない代物なんだが。
それをそんな量頂いたとは。この怪人は、それほど【妖精女王】の信が厚いのだろうか?
「ホムンクルスの労働力が必要ならいくらでも出そう。リルが欲しいならいくらでも吐き出す。繊維でも十分な効果があるから、全部とは言わずとも四分の一程度分けてくれればこっちの目的は果たせ──」
『だめですな。ああ、対価が足りないとかそういう問題ではないのですぞ。俺にとって、それらはあまり価値がない……
俺の理解に意味がない?
それは……金や労働力などの一般的な物品では、自分を表現できない?
いや、もっと言うなら──この人は”自己理解“の助けになるならアムニールの枝を譲る対価たり得ると言っているか?
『そっちのお兄さんはもう察しているようですな。まあ、それだけではなく、これは近いうちに使う予定がある、というのもありますが、それでも少量譲るだけなら問題ないのですぞ。
そもそもこれの使用権は俺にありますからな。何に使おうが文句は言われませんが、君の出すものでは対価にはならない、ということでひとつ』
「……そっか。なら仕方ないね」
まあ、実はこれは最善というだけで、次善作はほかにあったりするんだが。だからこそメルクも簡単に諦められたんだろう。
「……なあ、LSさん」
『ふむ、何か?』
「あなたは理解されたいのか?」
『……これは、またなんとも直球ですな』
ガスマスク越しに苦笑したような気がする。
気がするだけだが、それは間違っていないような気がした。
『そうですな。俺は理解されたいのです。そして同時に、理解されないという悲しみを、晴らしたいとも思っているのですぞ』
…… <レジェンダリア>におけるクラン一位。
妖精郷の
それらはただの額縁で、本質たる写真……ガスマスクで覆い隠された彼という本質を見た者は、少ないのではないだろうか。
俺たちはその写真を見ていない。写真を包むプラスチックが曇り切っているように、彼という存在がノイズで覆われているからだ。
だが、それを一度剥がしてしまえば……おそらくそこに、彼という個人の本質が見える。
『幸いにして、この世界には<エンブリオ>がある。己を映し取り、そのパーソナルをさらけ出し、<マスター>に本質を突き付ける鏡が。
ですが、それを見ただけでその者の本質を理解したと言えるのですかな? 人間は複雑怪奇、奥底に何を抱えているかも、水面に何を映しているかもわからない……そしてパーソナルも、それを映し取る<エンブリオ>も、所詮は人という器の何処かを掬っただけ。
──
『俺の<エンブリオ>は、俺の願望と希望と諦観を映し取っている。それは限りなく本質に近い……ですが、まるっきり本質というわけではないのですぞ。なにせまだまだ、俺という器には映し取れていない感情があるのですからな』
『だから<エンブリオ>だけを見て、己はこうだと決めつけるのは……あまりにももったいないと思うのですぞ。同様に、<エンブリオ>もまた、己の在り方を見て己を決定づけるのはもったいない』
そこで言葉を区切り、彼は……LS・エルゴ・スムという<超級>は、俺の隣に立つ、俺の手を掴むひとりのあどけない少女を見た。
アルマは、彼と視線を交わす。
そこには恐怖も嫌悪もなく、ただ人として、お互いを知るために瞳を交わしていた。
『可愛らしいメイデンのお嬢さん。名前を伺っても?』
「アルマトゥーラ。誇らしき、マスターの<エンブリオ>」
『では、アルマトゥーラ嬢。君は今、何かを理解しかねているのですかな?』
アルマは、拳を握る。
胸の辺りで、祈るように──そんな彼女の手を、俺は握る。握り直す。
ハッとして俺を見るアルマに、俺は笑いかけた。
「俺たちは、相棒だ」
「ん」
「俺のことを明らかにするのに俺を省くなんて、そんな非効率的なことはないぜ」
「……ん、ごめんなさい」
「いいさ、怒ってないしな。二人で一人の俺たちだから、一人じゃ見えないものも見える。そうだろ?」
メイデン。命を同等に扱うからこそ、わかりやすく命を宿した<エンブリオ>。
そんな彼女は、きっと誰よりも
きっと間違うこともある。何故なら彼女たちは機械ではなく、命を宿した少女なのだから。
だからこそ。
俺という存在を理解して、関係を紡ぎ、そして助けになれるように己のことを変革する。
その尊さは、きっと誰よりも誇らしい、人間らしさの発露なのだ。
「……ん! ずっと、一緒!」
その笑顔は、なによりも美しく、可愛らしく。
アルマの変革は近いと、そう予感させるにふさわしいものだった。
/
『微笑ましいですなー。やはりメイデンの主従はこうでなければ』
「アドバイス、ありがとね。……ところで、何故ガスボンベを持って息を荒げてんの?」
『それはもちろんアルマトゥーラ嬢の周辺空気を取るためですぞ!! 初々しいメイデンの青春のかぐわしさはよく遊びよく学ぶ子どもたちのそれに匹敵しますからな!!』
「カグラ、殺していいよ」
「あいあいさー」
『ちょ、俺は後衛でHPが低──ノオオオオォオ!!? ガスボンベが切られましたぞぉ!?』
……この、外野がうるせぇなぁ!!
ハイ。おおよそ二年ぶりの更新となります。
反省している──本当に。色々と予定が立て込んでいたとはいえ、普通にブッチしてエタってましたからね。許されない所業です。
デンドロへの熱が一時的に冷めてしまっていたこともあり、ここまで放置してしまうことになりました。
ポツポツ、更新が途絶えた後も感想が来て、それも心を慰める要因となりました。
二年ぶりの更新となりますが、文字数は以前と変わらないと思います。
更新頻度は、以前のように一日おきに更新、というわけにはいきません。あれはまったくプロットゼロで書いていたので。
この二年でさまざまな情報が更新された結果、予定していたプロットが爆散したり、予定していたアイテムが爆散したり、予定していた<マスター>が爆散したり、予定していたフィールドが爆散したりしていましたが、元気です。
もう粉微塵ですが、ここまで来たら粉でもなんでも水で練り込んで形にしてやります。俺は頑張ります。
これからも応援していただけるとありがたいです。