男のロマン、それはロボット —<Infinite Dendrogram>—   作:クーボー

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第6話 “Leveling” (世界) and() “Leveling”(遊戯)

 □首都ヴァンデルヘイム中央広場 ヤヨイ・ベルダーウッド

 

 デンドロ世界に降り立つ。

 このひどくリアリティーのある世界が、いつになく恨めしい。

 

 ——盲点だった。まさかゲーム内で風邪なんてものがあるなんて。

 けれど、よくよく考えてみればあってもおかしくないと思えるのだ。

 

 この世界は、プレイヤーの関わらない過去がある。そう、丁度一年半前——内部時間で三年と少し前までは、プレイヤーは存在せず、この電子世界で確かな歴史が紡がれていた。

 そんなもの設定だ、と言う人もいるだろう。確かにその可能性もある。しかし、しかしだ。

 

 ……この世界には、13体の絶大な演算能力を持つ管理AIが存在する。彼らがその力を最大限活用したならば……内部時間を五千倍にすることだって可能かもしれない。

 

 幾度ものシミュレーション——あるいはたった一度の、管理AIたちの横槍によって変えられてきた、ひとつの世界。

 そんなもの、電子生命の創造に成功したと……そう言っているようなものじゃないか。

 

 ならば、風邪という現象があったって不思議ではない。それにプレイヤーが罹るというのも、自然なことだ。プレイヤーは<エンブリオ>という外付けの強化装置があるだけで、それがなければこの世界のティアンの人たちと何一つ変わらないのだから。

 

「……」

 

 俺は、風邪が大嫌いだ。

 虚弱だったせいで、小さな風邪でも一週間は寝込んだ。インフルエンザになんて患おうものなら命の危機に繋がりかねない。2040年代の医療技術があったからこそ俺はまだ痩せこけているだけで済んでいるのだ。

 

 風邪というのは、ひどく苦しい。

 熱く、冷たく、怖くて、痛い。両親の仕事を止めることへの罪悪感もあったし、こんな身体に生まれてしまった自分を憎悪したこともある。

 いつだったか、掲示板に載せられた例の心臓病の者と、果たしてどちらが辛いのか。

 

 どれだけ金を稼ごうとも、病というのは一瞬で人から生命を奪い去る。

 かつて患い、一年半の入院を余儀なくされた病だって常人からすれば数ヶ月療養すれば治る程度のものなのに、俺から一年半という多大な時間を奪った。一年半の間に予定していた全てを崩されて、真木一族の顔に泥を塗った。

 

 だから俺は、風邪が、病が大嫌いだ。

 デンドロ世界でその風邪があるのなら……俺は、それを全て拒絶しよう。

 

「……ステータス極振り。END・HP特化型ビルド」

 

 四桁のENDで、並大抵の病にはかからないらしい。

 ならば俺は、五桁を超える。そうすれば、俺は病にかからないで済むだろう。

 

「……防御力を上げる——違う、ENDそのものを上昇させられるスキル。他のステータスの一切を捨てるか……いや、それだとレベル上げができない」

 

 ……決めた。

 

「……次のジョブは、【盾戦士(シールドファイター)】だ」

 

盾戦士(シールドファイター)】とは、盾を使うことを前提としたジョブだ。

 ステータスはENDとHPの上昇に偏っていて、上級職の【盾巨人(シールド・ジャイアント)】になればスキル効果で常時ENDを加算できる。また防御力を参照して攻撃力に関したスキルも覚えるので、ENDを上げるつもりである俺でも充分な攻撃力を確保できるというわけだ。

 

 リアルでwiki流し読みして、現時点で発見されてるジョブは全部覚えたからな。俺の脳内に常時適職診断カタログがあるようなものだ。

 

「ってことは盾使わなきゃいけないけど」

 

 もう買ってあるので問題ない。<オルトウテナ平原>で雑魚モンスターを狩り尽くしている時、盾も使っていたからだ。

 

 メニューを開き、片手に安物のラウンドシールドを装備する。なんか《瞬間装備》ってのをいつのまにか覚えてたけど、戦闘中に使えるスキルだから今は別にいいだろ。

 

 ドライフ皇国全域の地図を脳内に浮かべながら、次の狩場の目星を付ける。

 そこまで遠くなく、悪辣な罠もないのなら……よし。

 

「<コレッタル森林>、かな」

 

<オルトウテナ平原>を卒業したルーキーが向かうという、それなりの大きさの森林。アルター王国の<ノズ森林>よりは小さいものの、ドライフ皇国の木材の有力な生産地となっているらしい。

 

 皇都から出て……少し歩くか。

 さっさと行って、今日中にレベルを50に上げよう。目安は昨日と同じく30時間! 

 ついでに<エンブリオ>が目覚めてくれたらいいなと思いつつ、俺は意気揚々と<コレッタル森林>に向かうのだった。

 

 /

 

 □<コレッタル森林> ヤヨイ・ベルダーウッド

 

「ふんっ!」

 

 片手に装備した長剣を振り抜き、盾に釘付けになっていたモンスター……森林だからか食虫植物のような頭を持ち蔦をしならせるモンスター切断するする。それだけでなくそいつ……【バグイーター】を蹴り倒すと、首のあたりも念入りに切り刻んだ。

 

「わりと硬い……が、切れない動きも鈍重だし……うん、このままレベル上げしていれば今日中に50になる」

 

 土から湧いてくる、【バグイーター】たち。その全てをハンマーやらなんやら使って(《瞬間装備》も使って)仕留めていく。

 奴らは状態異常系の攻撃はしないが、酸性の装備品を溶かす攻撃を行う。喰らったらわりと面倒なので、以前と同じくサーチアンドデストロイで仕留めていた。

 

 一度に二体までならギリギリで相手できるので、結構狩りの効率は良い。木を利用して飛んで首を切り取ったり、枝を掴んでくるりと回って胃液を躱し、その勢いのままで遠心力を乗せて首を切る。

 レベルが上がってステータスが上がったので、わりとアクロバティックな動きができるのだ。

 

「楽しいね……」

 

 こちらに飛び散った樹液が頬についたので、ぺろりと舐める。くるくると長剣を回し——

 

 

 ——刹那、ぞわりと背後に悪寒が走る。

 殺気。しかもこれは、敵に向けるものではなくて——獲物? 

 

「ッ!」

 

《瞬間装備》で短剣に切り替えて、こちらに飛んでくる小さな光るカケラを全て弾き落とした。ついでに飛び退いて周囲の状況を確認する。

 ……今のは……なんだ、モンスターのものじゃなかった。こんな攻撃をしてくるモンスターはここにはいないはず。

 

 で、あるならば。

 

「うっわ、避けられた。勘良すぎかよ」

 

 そう言って出てきたのは——アサルトライフルを担いだ、一人の男。その瞳は加虐と優越感に染まっていて、右手には小さな、銃が描かれた紋章が刻まれていた。

 

「……<マスター>か」

 

 そしてその上で、先ほどの言葉と合わせると——

 

プレイヤーキラー(PK)……初心者狩りか!」

 

「せいかーい!」

 

 MMOである以上、そういうのがいるのはわかっていた。

 だが、まさか——こうも早く遭遇するとは。

 

 奴が銃を撃った瞬間、発射された銃弾がスローになったように空中に停滞する。音はなく、弾丸も通常弾ではないようだが……は? 弾けた!? 

 

「クッソ、さっきのはこれかよ!」

 

 飛んできたカケラを、盾でふせ——

 

 ——げなかった。

 

 盾にそれらが突き刺さった瞬間、カケラひとつひとつが爆発し……盾はポリゴンに還って消滅し、俺は後方に吹き飛ばされた。

 これが<エンブリオ>か……! 何が起こるかわかったもんじゃない! 

 

 地面を転がりながら、HPバーを確認。

 ……威力はそこまで高くない。狩りで負ったダメージ三割と、今の一撃で一割削れて残り六割。単純計算であと六発は受けられるが……これの厄介な点は、威力じゃない。

 

 連鎖爆破でのノックバックと、至近距離での爆破による念入りな装備破壊だ。そのくせ散弾化して前方に撒き散らされるから、単純に躱しにくい。

 面倒というか、性格の悪さが滲み出てそうな<エンブリオ>だ……! 

 

「うっし、盾爆破ー。やっぱ俺の<エンブリオ>は強いよなー。……他の奴らとは違うんだよ」

 

 前半は酔うように、後半は言い聞かせるように呟いた男は、こちらにアサルトライフルを向ける。

 

「また新しい経験値君、ゲットー♪」

 

 ——経験値? 

 脳内で、その言葉が反芻する。瞬間的に世界が灰色に染まり、一面が灰色の脳世界へと変容する。

 

 こんな取るに足らないような男の、経験値? 

 この、俺が? 

 

 奴が引き金を引く刹那が、永遠となる。

 

 ……そういえば、デンドロには世界派と遊戯派という派閥があった。

 俺は……この世界を仮想現実としては理解していても、見ることができないから、多分世界派なんだろう。

 

 対してこいつは遊戯派だ。一般的に人型範疇生物(<マスター>・ティアン)の方が、モンスターより得られる経験値が多いらしい。だからこそこいつは、初心者狩りという行為をして、強くなろうとしている。

 

 ……負けるのか? こんなつまらない行為に甘んじている輩に。

 ……負けるのか? こんなつまらないPKをする、見るからに取るに足らない愚物に、この俺が。

 

 ——ふざけるなよ。

 おまえごときに、殺されてたまるか。

 

 視界を赤色が満たす。

 別にPKが駄目なわけじゃない。むしろこのゲームがPKをペナルティにしていない以上、PKもこのゲームを楽しむ上では必要なことなんだろう。それならば、わかる。理解できる。俺もいつか、それを楽しむ時が来るかもしれない。

 

 初心者狩りでも、それに信念があって……PKを愉しんでいるならば、ああ、ヒールプレイの一環として理解もできよう。

 だがこの男は違う。ただ楽だから初心者狩りをしているだけだ。真性の外道でもなく、それはただの愚者そのものだ。

 

 かつて俺は、ジャバウォックと名乗る管理AIに、好きなものを目指せと言われた。

 どんなものにでもなれると。だからこそ、この世界を楽しめと……そう言われた。

 

 だが、だが。

 こんな男が、俺を殺したなんていう事実がこの世界に刻まれてしまえば。

 

 俺は、この世界を楽しめない。

 俺がなりたいものに……おまえは邪魔だ。

 

『聞こえるか、<エンブリオ>』

 

 だから、そう。

 

『今、俺はおまえを必要としている』

 

 奇跡ではなく、手繰り寄せる。

 可能性があるならば、俺は信じる。

 

『だから目覚めろ。眠れる時はもう過ぎた』

 

 自分の力を信じて、ゆえに俺の分身たる<エンブリオ>が、この状況を打破できないはずがない。

 ——なあ、そうだろう? 

 

『ん』

 

 たった一言。

 それだけで、俺は理解する。

 

「来いッ、<エンブリオ>——

 

 ——いいや、相棒!」

 

 埋め込まれた原石の可能性(<エンブリオ>)が消失する。けれど俺は直感的に、自らの手に紋章が浮き出たことを理解した。

 自然と笑みがこぼれる。そうさ、奇跡ってのは——

 

「——奇跡ってのは起こすもんだろ、なあ? 相棒」

 

「……パーソナルから察していたけど、本当に、ものすごい自分が好きみたい。ナルシスト?」

 

「いいや? それは適切じゃあない」

 

 傍に現れた少女と視線が合う。

 ——白銀色の美しい髪と、処女雪のような白い肌。フリルの一切ない、けれど確かに装着者の魅力を引き立てるドレスは、冷たい鋼を思わせる少女の瞳と良く映えた。

 

「俺は自分を信じてる——俺が今まで成し得た全てが、俺の全てを支えてくれる。自信家ってやつだよ」

 

「そう。——ああ、だからそうなんだ」

 

 納得した、という風に、少女が無表情ながらも俺と同じ自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。

 

「自信家なマスターから生まれたから、私はこんなカタチになった。それが少しだけ、嬉しい。

 

 ——マスター。私は貴方の武器。貴方の万能を活かすために生まれた、貴方にしか扱えないもの。

 私を巧く使って。そうすれば、あんな木っ端に、私たちは絶対負けない」

 

「——ああ。もちろんだ。目の前でアホ面晒してる馬鹿に、目に物見してやろうか」

 

 ようやく目覚めた、俺の<エンブリオ>。

 さあ、おまえが俺たちより到達段階が上だろうと——俺たちの万能は、そんなもの容易く登っていくぞ。

 

 俺のLeveling(世界)と、おまえのLeveling(遊戯)

 結果はわかりきってるが、一度勝負と行こうじゃないか。

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