男のロマン、それはロボット —<Infinite Dendrogram>— 作:クーボー
□2043年アメリカ ルイス・テレジア・フォーサイス
——眼を覚ます。
少しだけ意識が朦朧としていて、ふわりふわりと不思議な停滞感が身体を包み込む。そのまま起き上がろうとして、頭にかかる不自然な重さで一気に素面に戻された。
ヘッドギアを外し、それをベッドカウンターに置いて、身体を起こす。途端ポキポキと響く音に、僕はわずかに顔をしかめた。
「ふー」
一息吐いて、腕を伸ばす。
……昨日デンドロをログアウトした瞬間に寝ちゃってたのか。一歩間違えたら首を痛めてたかもしれないし、気を付けよう。珍しくヤヨイ君が「俺明日仕事があるので」ってログアウトしたから、ちょっと感覚がおかしくなってたかもしれない。
時計を見れば今は7時。いつもこの時間に起きているから、習慣になっているんだろう。そのせいで寝不足で頭が痛いけども。
「まずは……ご飯……」
……起きれるさ。起きれるけど、朝に強いとは言ってない。低血圧だから意識が朦朧とするしだるいしキツイ。というか、朝に強かったらもっと寝る時間を作るっての。
あくびを吐きながら、自室を出る。小さな部屋だ。それに古く、あちこちに老朽化が来ている。外見だけは「アンティーク」という印象で通っているけれど、その内実はただ広いだけの藁の家。同級生たちが住んでいるような、煉瓦の家ではない。
下に降りると、酒臭さを含んだ臭気に、寝起きの鼻が襲われる。またかと辟易しつつ、しかめっ面して臭いの発生源を探すと……案の定、ふとっちょな男が腹にワインを抱きながら、ソファーでだらしなく寝ていた。
その脇のダイニングテーブルには、同じく酒と化粧臭い女が座りながら眠っている。いびきはないが、時折思い出したかのように嗚咽を吐くので気分が悪くなってくる。
「……もう」
馬鹿じゃないの、と悪態を吐く。こんなトコで寝てたら風邪引くだろとか、そうしたら看病するの僕なんだぞとか……そういうのが全部、ため息となって溢れ出た。
この二人は、僕の両親。
……僕の容姿って、奇跡的なシロモノなんだと、常々実感している次第です。
/
かつてフォーサイス家は、貴族だった。
と言っても、マイヤーズのような現在も成功しているような貴族ではない。零細で、弱小で、だからこそ今は普通の市民としてカテゴライズされたんだろう。
けど、昔はこうだったという意識は、人の精神を蝕むものだ。
結果、父は祖父から受け継いだらしい貴族である意識を捨てきれず、浪費家の母を娶り、そして僕という子供が生まれた。
屋敷は古く、その割に広い。
そのせいで維持費に金がかかり、僕が解雇したものの昔は無駄に使用人を雇っていた。フォーサイスは元々裕福な家系ではなくて、資金の拠り所もないから、母のツテで金を借り、それを使って見栄を張り、余った金はギャンブルに注ぎ込む。
日々苦しくなる生活と、それを理解しない両親、人々を食い物にする親戚とその係累。それらを見続けてきたせいで、僕は歳の割には大分大人びた子供となった。
それから僕だけでも立派な生活をしたいと願い、独学で勉強し、フランチェスカの手を借りながらアメリカ屈指の大学に合格した。今は大学院だけど、合格したその途端親戚が掌を返してきたのは、控えめに言って超気持ち悪かったことを覚えている。
それが祟ったのか、僕の<エンブリオ>は僕の闇を如実に表したものとなった。
思えば僕も、かつて貴族だったという意識に狂わされていたんだろう。
ホムンクルスは、人間関係に疲れたから。
【
考えれば考えるほど納得する。所詮僕も同じ穴の狢で、それでも受け入れることができたのは、それがデンドロだったからだろう。ゲームだと理解して……これがただのゲームでないことを理解してなお、冷静に見ることができていたから、僕は自分の闇を受け入れることができた。
でも最近は、ヤヨイ君とカグラ君との出会いや、ラトラナジュとの出逢いがあって。
人間、悪いものじゃないな、なんて、思えて来ているのだ。
そんなことを思いほのかに微笑みつつ、下から持って来た適当なパンに、ハムとレタスを挟んだものを口に運ぶ。カップ麺とかでも良かったんだけど、朝からそれは流石にダメな気がしたので昼に食べることにする。
「今日は……何しようかなあ」
ジムにでも行こうか。デンドロばっかしてると太るし、運動して腹を空かせた後にお肉でも食べようか。うん、それが良いかも。
そうして予定を立てていると——ピンポーン、と、玄関のチャイムが鳴らされる音がした。
まだ少し残っていたバケットを口の中に放り込み、噛み砕いて咀嚼する。若干まだ塊が残っている状態で強引に飲み込んで、急いで下の玄関に向かった。
7時だし、パジャマでも大丈夫だよね……うん。
ちょっぴり不安のなりながら自動ロックの鍵を開けて、外に出ると——。
——なんだかとっても屈強な、身長2mはありそうな黒服の……そう、まるでアクション映画俳優みたいな体躯の男たちがいた。
……えぇ?
「失礼。貴方が、ルイス・テレジア・フォーサイス様ですか?」
「あ、はい。そうです、けど」
「主人——真木正弥様からの招待です。どうぞ、こちらへ」
……………………えぇ?
あの、あそこにある黒塗りの車は……っていうかあの僕パジャマ、え? あの中で着替えさせる? 僕あんな高そうな服着たことないんですけど!?
あっ、ちょ、まっ、らーちーらーれーるー!!
/
デスクワークが、辛い。
そう思いつつキーボードを叩く。この仕事は後には回せないから……あぁ、まだこれも……。
「面倒くさいったら……父さんの馬鹿ぁ……」
急に出かけるって言って仕事押し付けていかないでよもう。私と父さんの個人経営で、最近は顧客も増えてるからめちゃくちゃ大変なのよ。
久しぶりの休みなのにー、とヒーヒー言いながら仕事を片付けていく。お父さんのことだから変なことはしてないでしょうけど、逆に言えば仕事人間だから請け負う仕事に限度がない。
……なんだか不安になって来たわ。この前なんかエナドリを飲みつつ不眠不休で仕事してたし、私が強引に寝かせたけど、いつか過労死するんじゃないかしら。
小さい頃はよく児童相談所に通報されかけてたけど、良い父親なのだ。
……一緒に手を繋いで歩くと警察に通報されかけてたけど、良い父親なのよ。
「えーと、まずはこれとこれを終わらせれば……うん、あとは後日でも問題なし」
それをまとめて、それと簡単な商談の予定をまとめて、その後はショッピングにでも行こうかな。最近は胸も大きくなってきたし、そろそろブラが窮屈なのよねー。そろそろ可愛いブラがなくなってくるから止まってほしいのだけれど。
そんなこんなで仕事を終わらせて、コーヒーでも入れるかと腰を上げた瞬間。
ピンポーン、と、一階の事務所のチャイムが鳴らされた。
「……何か頼んでたかしら」
特に何もないはずだけど、と不審に思いながら、一階に降りる。
するとそこには、なぜかグラサンを付けて黒服を着た女性が……有り体に言えば不審者が、事務所の前に佇んでいた。
……これ、出ちゃって良いの? 私そこまで恨みを買うようなことはしてないと思うんだけど。
『あ、いらっしゃいましたね。よかったです、いなくても張り込むつもりでしたけど』
「……どちら様?」
『あら、申し遅れました。私、とあるお方の直属の部隊に勤めている者です。真木、と言えばお分かりなのでは?』
…………………ヤヨイ君、いきなりすぎるわよ。
いえ、もしかしたら偽物……なわけ、ないか。私が真木正弥、つまりヤヨイ君と友人だってことは、他人には知られていないはずだから。
「なるほどね。それで、何か用なの? 宝石をご所望、というわけじゃないわよね」
『いやー話が早くて助かります。正弥様がですね、貴女を招待したいと仰っておりまして』
そう言って彼女は、奥の黒塗りの高級車……細長の、それこそ映画に出てくるようなソレを指差す。
『あの車で専門のスタイリストを伴い、ショッピングののち正弥様がお待ちの場所へと向かう手筈となっております』
「拒否権は?」
『何かしら今やらなければならないことがある場合を除き、ございません』
ですよねー。そりゃ逆らえるわけないか。
『あ、それともう一つ』
「何?」
『現在、ルイス様もご招待され、正弥様がいる場所に向かっているそうですよ?』
「行くわ」
アレでしょう、この前貴方が言っていた「食事会でもセッティングする」という言葉。
それが今、というわけね。良いでしょう、乗ってやるわ……!
私は事務所の鍵を開けると、導かれるままに車に乗る。
念のために仕掛けたGPSの作動を確認すると、そのまま車が走り出した。
さて、とりあえず初対面か。
どう対応すればいいのか——今から、考えておかなきゃね。
初の前後篇。これ書き終わったら多分ヤヨイのIFを書くかな。