弱くても勝てません、強くなりましょう   作:枝豆%

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まさかの一話で赤バー

ありがとうございます(いいぞ、もっとやれ)




「真田が足を痛めた」

 

 監督から聞いた言葉は、チームの雰囲気を絶望に変えるには事足りた。

 高校になり新しい投球フォームに変えたのだが、それは足への負担が前のフォームとは比べのもにならなく脹ら脛を痛めたのだ。

 

 

 順調に勝ち進んでいた薬師高校にとって初めての絶望だった。

 打力もあるエースの離脱。

 

 エース候補として樟葉も挙げられるが、調子のいい樟葉と調子の悪い樟葉では雲泥の差がある。

 調子がいい時なら初戦のようにノーヒットノーランを達成することが出来るが、連投した二回戦では4回5失点という泥試合になることも覚悟しなければいけない。

 

 賭けの要素が強い樟葉と安定感のある真田。

 

 この二人の柱の片方が消えるということは、非常にまずい。

 片方がいなくなるだけで、薬師は薬師のスタイルを守れない。

 

「こっからは樟葉がどれだけ持つかが大会の鍵だ。各自ケガだけは気をつけるように」

 

 何故今なんだ、その想いが選手達の頭に過ぎったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 △→△、!!? 

 

 

 

 

 

「マジついてねぇわー」

 

 真田が明るい表情でそう言った。

 薬師高校はスポーツにそこまで熱を入れていないので、寮はない。全員自宅からの通いだ。クラスも同じでポジションもよく被るので自然と真田とは話す機会が増える。

 だから夏大が始まる前には、自転車で下校を共にしているのだが。

 怪我をしてからは真田はバス通学に変わった。

 

 激しく動かさない限りは痛みが発症しないので、自転車通学はできるのだが、それをしないということはそういうことなんだろう。

 

 少しでも早く治るように使わない。

 そう見て取れる。

 

 心做しか真田もいつもの笑顔とは程遠い顔つきだ。

 

 悔しいのだろう。スポーツに怪我は付き物だというが、いざそれになってみれば悔しさがへばりつくだろう。一生懸命にやってこればやってきただけ。

 

「すまねぇな、これから連投で苦労かける」

「いいよ……お前が一番しんどいだろうし」

 

 

「くっそー」

 

 しんみりとした空気のなか、真田は今日何回目になるか分からない「クソ」を口に出す。

 

「楽しめればいいと思ってたんだけどな、高校野球」

「俺もだよ」

 

「あのオッサンに会って、多分俺ら全員変えられちまったんだよなー」

「……」

 

 

 真田の言う通り、監督が顧問になって薬師高校野球部は一変した。

 今風の言葉でいえば、エンジョイ勢からガチ勢に変わったのだ。

 3年生は辞めたから人によりけりだろうが、今の一二年生は野球を本気で楽しめている。

 あの夏の一勝から。

 

 

 バス停に着いたので真田と別れ、自転車をこいだ。

 夏真っ盛りなので、ライトに集まる虫が顔に当たる。

 

 ただ、その鬱陶しさですら。今の薬師の状況からすれば、気にするほどのことでもなかった。

 

 

 何故なら明日は四回戦。

 

 例年ならここらで無名の高校は消えていく。

 周りを見渡しても、薬師以外はどこかで目にしたことのある名前ばかりだ。

 

 一高校野球ファンとしては嬉しい限りだが、今回の夏大。クジが程よくバラけているのだ。

 三強と言われる《稲実》《三高》《青道》は全て山がバラけており、高校野球ファンの考察で順調に行ったなら準決勝で稲実と三高、決勝で上がってきたどちらかと青道。

 他にも仙泉や成孔はいい選手が入ったとか。

 

 ここらは蛇足になるので省くが、重要なのは強豪が上手く散ったということ。

 潰し合いが始まるのは、早くてベスト8から。

 

 

 結論から行けば、明日の薬師の対戦相手は三強の一角。

 

 

 

 

 

 ──《青道高校》である。

 

 

 

 

 △、!? ◽︎△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青道は主にバッティングを軸にした超攻撃型のチームだ。

 プロ注の東清国を筆頭に、長打のある結城、仕事人の小湊、右方向に強い打球の打てる伊佐敷、それから新戦力である俊足の倉持にチャンスにはめっぽう強い御幸。

 

 エースは3年でこれまでの三試合で、12回6失点。

 2番手にはカーブが持ち味の丹波、二試合5回4失点。

 

 青道のスタイルはまさに【肉を切らせて骨を断つ】。

 どれだけ点を取られようと、その分バットで盛り返す。現に青道は三試合で合計4本塁打という一試合に一本以上でている。

 

 特に危険なのが、東に結城。そして未だに温存している滝川。

 

 

 西東京最強と言ってもいい打力を相手にしないといけないのだが、薬師は直前の真田のピッチャーとしての離脱。

 

 投げられるのは樟葉のみ。

 

 

 

 崖っぷちすぎるこのこの頃。

 移動でのバスは恐ろしい程に樟葉は静かだったという。

 

 それどころか朝から殆ど口を開いていない。

 

 ただ淡々としていて、目が冷たい。

 こんなこと無かったので薬師の面々は触らぬように避けていた。

 

 

 ずっと無口だった彼が声を出したのは、マウンドに立ったあの瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 〇〇〇△→△→

 

 

 

 

 

 

 

 青道高校は夏のトーナメント表を見て歓喜した。

 異常なくらいにクジ運が良かったのだ。

 

 三強の一角と数えられる青道は、他の二校。つまり三高と稲実と山が外れたことを喜ぶ。

 東は初めてトーナメント表を見た時には雄叫びをあげた程だった。

 

 順当に行けば、青道が強豪と呼ばれるチームと当たるのは準決勝からだ。

 

 3回戦もコールドで勝ち、難なく終わらせる。

 明日のチームも一回戦は完全試合を成し遂げたチームだったが、その完投した背番号8番は二回戦では大荒れした模様。エースも3回戦で途中交代だった。

 

 青道の選手達は明日の無名校よりも、三日後の成孔の方に意識がいっていた。ハッキリ一度も拮抗した試合をしていない青道にとっては、物足りなさと、いきなり成孔と戦えるかということ。

 

 

「明日もこれやったらモロたなぁー」

 

 プロ注の東が明日の対戦相手である薬師のデータを見ながらそう呟く。

 何人かは「気を抜くな」など在り来りなことを言うが、恐らく青道メンバーは勝ちは貰ったと思っているだろう。

 

 しかし、二人だけ何故か警戒をとかない。

 

 現正捕手の御幸と控えのクリスだ。

 彼らはバッターとしてでなく、背番号8番のことをキャッチャーとして見ていたから異変に気付いた。

 

 

 ──この投手、余力を残していないか? ……と。

 

 今大会でのMAXは141km。

 1年生と左投げだと考えれば十分脅威だが、問題はそこではない。

 

 公立高校の打線と考えれば、140を超える球を打ち返すのは難しい。しかし、三試合やって安打が三本は余りにも不自然だ。

 しかも変化球は一切投げていない。

 コントロールも大して良くはないだろう。今までの四死球の数を見れば分かる。薬師の失点は四死球からのエラーなどの、本来無くせるはずだった失点だ。

 

 だがその疑問を声に出すことは無い。

 

 

 クリスは大会が始まるギリギリまで怪我のことを黙っており、爆発したのはエントリーが終わった次の日。これ以上クリスは野球部を引っ掻き回しては行けない。

 そう思うと発言がしにくい。

 

 御幸も同様だ。

 一年生なのに憶測を話すのも違うと思う。それに自分で分かるならクリスも分かる。だが、それを言わない。つまりは自分の思い過ごし。

 

 そう思ってしまい、発言を辞める。

 

 

 もし、この8番についての違和感を二人のどちらかが口に出していれば、もしそれを聞いた誰かが球質に気づいたら。

 

 

 

 あの夏はもっと違った展開になっていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇△→△△△〇

 

 

 

 

 

 四回戦。

 青道ー薬師

 

 この組み合わせは誰もが一方的なものになると思っていただろう。

 観客も、記者も、青道さえも。

 敵を舐める、とは違うが確かに驕りはあったはずだ。自分たちが無名高に負けるわけがない……と。

 

 

 

『一番、ショート倉持くん』

 

 アナウンスが流れ試合が始まった。

 隠しきれない不良臭を出すバッターと、今までの試合常に明るい表情でにやけていた筈が、何があったかバッターを射殺すのかという程冷たい目でミットを見つめる樟葉。

 

 そんなもの気にせず倉持は右打席に入り、敵の情報を炙りだそうとする。

 強豪に対策を立てて隠し球をするチームは珍しくない。

 そしてそれを実行されるのが先頭かクリンナップのどこかの可能性が1番高い。

 

 春と夏の数ヶ月でそれが倉持には分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからその一球が、場に静寂を与えた。

 

 

 

──バン!! 

 

 

 

 140の速球以外に武器はないと思っていた青道の面々は度肝を抜かれた。

 別段、何か凄い変化球を投げた訳でもない。

 ナックルボーラーに転向したわけでもない。

 

 理由は至ってシンプル。

 

 

 

 この時、薬師の選手に監督の言葉が過った。

 

 

 ──速さは、それだけで大きな武器。

 

 

 

 

 

 

 

 

 球場の電光掲示板に球速が表示される。

 

 

 

150km

 

 

 

 

 速さに翻弄され、初回は三者凡退で切上げる最高の形で攻撃へと移った。

 

 

 

 

 

 △、!! 

 

 

 

 

 

 真田にされた昨日の表情。

 まさに済まない……とでも言われているようなあの顔。

 

 

 それが樟葉には堪らなく腹立たしく悔しかった。

 怪我は自己責任と言われるかもしれないが、したくて怪我をするやつはいない。それこそ自転車のタイヤのパンクくらい運が重なる。

 それがたまたま真田の脹ら脛に、たまたま夏大の真っ最中に。

 

 そう、全てたまたまなのだ。

 

 たがそれを無駄に背負い込み。そして責任感さえ抱いてしまっている。

 

 

 違うだろ。

 そうじゃないだろ。

 

 別に真田とは友達以上の関係ではない。大目に見てもチームメイトが最大だろう。だが、真田は真面目にやってきただろう。

 

 楽しみたくて入ったって言ってたのは知っている。

 入部前は俺もそうだった、入る前は来る前はみんな同じだったんだ。

 

 それが次第にやらされる、からやる。に変りどんどんと部活に熱気が芽生えた。

 

 多分強豪の人なら日付が変わるくらいまで練習しているのかもしれない。だが、それはそれだ。

 自分たちはそんな野球漬けの環境では無い。

 

 だが、それでも……強豪と呼ばれる高校からは大した練習じゃないかもしれないけど……それでも真面目にやってきたんだ。

 

 

 多分それは対戦相手の青道がまさにそれだ。

 

 体は自分たちの一回りも大きく、威圧感というものがある。

 

 それでも──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負事には必ず勝ちと負けがある。

 

 勝つということは、相手を負かすという事だ。

 それに費やした全ての時間を否定する。

 

 

 その覚悟が俺にはあるのか…………。

 

 

 

 ──そんなもん知らん、退け。勝つのは(そこを通るのは)

 

 

 

「勝つのは俺達だ」

 

 

 覚悟を決めた男が、強豪相手に牙を剥く。

 そしてその牙は、確実に深手を負わせた。




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