今日、ハーメルンで無茶苦茶面白いの見つけた。
一回の表を完璧に抑えた樟葉は、ベンチに帰ってきた時にチームメイトに一言だけ言い放った。
「
先程までの冷たい表情とは一変。
いつもの陽気で周りに流されやすいムードメーカーが帰ってきていた。
そして変わったという不安を部員達から払拭させると同時に、闘志に火を点けようとしている。
「試合が始まる前は、青道のコールドだろうな〜って観客も思ってたと思うんだよ。だけどこの一回を完全に抑えることで、今観客は薬師もそこそこやるじゃん……ってなってるんだと思うんだよ」
一回抑えただけで、試合が決まるほど高校野球は甘くない。
それには監督も頷く。
「でも先制点なんて取っちゃった時には」
そう『もしや』を芽生えさせることが出来る。
夏の大舞台、そこで現れた強豪を呑もうとする得体の知れないダークホース。
そういう予想外の展開があるから高校野球にはファンが絶えない。
そしてその『もしや』は確実に雰囲気をこちらに向けてくれる。
ひっくり返るところが見たい高校野球ファンは必ず、面白い方を応援してくれるからだ。
「じゃ、頑張って三点までに抑えるから。ガッポリ点とってくれよ」
そう言いながら樟葉はヘルメットを被って打席へ向かった。
今回の試合で樟葉はピッチャーで一番バッターなのだ。
理由は単純に一番回ってくるから。足も早いので盗塁も狙える。
真田を壊してしまい雷蔵にも戸惑いはあったが、試合前の樟葉の一言で決心が付いた。
「最善を尽くさないと勝てる相手じゃないでしょ」
そう言われたのが嫌に頭に残る。
──もしかしたら。
雷蔵にも頭の隅にそれはあるのだ……もちろん、悪い意味で。
バッターボックスに一番前に立つ樟葉。
それを後ろから見るのは一年生正捕手、御幸一也だった。
基本御幸は読み勝つことはあっても、読み負けることは極たまにしかない。故に今回このバッターへの感情としては……。
(やってくれたな)
の、一言に尽きる。
読みは外れていなかった。
確かに余力は残していたし、速度は上限にまで行っていないことも読めてはいたのだ。
だが、方向まではあっていても規模までは読めなかった。
大目に見積もっても146から147だと思っていたのだ。
しかし150を投げられるとは……。
140代を投げられる投手は各都道府県探せば必ずいる。しかし140から150には明確な壁があるのだ。
しかも一年で自分と同期。
同じ西東京。もしこいつにコントロールが付いたら……そう思うとゾッとする。
こういう調子に乗ってきたら面倒な相手は早く潰すに限る。
三年の一足先に引退の決まった3年生達が偵察してきてくれたデータでは、今大会では本塁打も一本打っている。
更に2盗が3。3盗が1と瞬足でもある。
つまり塁に出れば、ほぼ間違いなく盗塁してくるのだ。
先発の丹波に御幸は強気なリードで、相手の胸元を抉り込むようなインハイを要求する。
丹波は右投げで樟葉は左打ち。
一見バッター有利に見えるこの状況でも、攻めの姿勢を見せればそれでもない。
更にいえば
調子に乗らないように。
そう御幸は考えていた。
丹波が、今試合第一球目を投げ込む。
御幸のミットに目がけ、ほぼ要求通りのボールがミットに収まった。
「ボール」
主審の判定はボール。
攻めの姿勢はいいものの、攻めすぎてしまい一球目はボールとなってしまった。
御幸にとっては痺れるようないい球だったが、主審に嫌われた。
「ナイスボール」と言いながら御幸は丹波へと返球する。
マスクを微調整して、御幸は丹波に指示を出す。
出来ればカーブは決め球で決めたい。
追い込むまでストレートで押したかったが、もう一球続いたなら配球も考え直さないといけない。
御幸が次に構えたところは、先程の場所より低い場所。
インローへと要求した。
守備を守っている人達も息を呑む程の強気のリード。
本当にこれで1年生なのか怪しい。
しかし、今回の勝負は意外な結果を迎えることとなる。
──コン……。
長打のあるバッターが一回から。
しかも初球じゃなく2球目からのセーフティーバントだなんて。
虚を衝く行動をした樟葉に戸惑いを隠せない三塁手:東清国。
元々守備は得意な方ではない東にとって、一歩目の遅れたセーフティーなど捌けるはずもなかった……。
───ォォォオオオオオオオ!!!!!!
薬師側のベンチだけでなく、会場が一気に湧いた。
ピッチャーとして好投を見せて樟葉が、更に相手の虚をつく巧みなセーフティー。
ノーアウト一塁という、初回から期待のできる展開へと変わる。
△→△、!
青道の頭脳。
正捕手御幸は……いや、今回に関しては御幸以外も直感し。そしてその直感は必ず起こることが分かる。
──盗塁。
一塁ランナーが二塁ベースへと駆け。そして塁を盗る。
しかし、それは思っているほど簡単なことではない。
まずピッチャーのフォームを盗まなければならない。
丹波は右投げなので、左足を上げた瞬間や上げる前の動作の時点でスタートを切らなければいけない。
何せ青道の捕手は強肩だ。
盗塁を今大会で既に四つ潰している。
捕手も大事だが、盗塁に限って言えば投手がどれだけキャッチャーまで最速で到達できるかがきも。
薬師はバントをしないチームだ。
それはこの三回戦までで青道も周知のこと。しかし強豪との戦いなら……。
既にこういう思考に陥ってしまっている時点で、頭脳戦で負けている。
ここまでバントを一度もしていないということが、ここまで青道高校を苦しめるとは思わなかった。
「気ぃ締めんかい!!!!!」
先程虚を衝かれた三塁手の東が、喝を入れる。
青道の面々の視線が東に集まった。
「たかがノーアウト一塁や!! しっかりせい丹波!!!」
「──!! はい!!」
ノミの心臓と呼ばれる丹波は、東に声をかけられた瞬間内心飛び上がったが、なかったことにするように一旦落ち着いてからプレートを踏む。
少し動揺していた丹波は、完全に
今はエースでなくとも、次世代のエースはこのまま順当に行けば丹波で間違いない。
今回の顔つきの変わりようは、まさにエースとしての自覚。
悪戯な笑みを浮かべ御幸は、ミットを構える。
如何に薬師が打撃に特化したチームでも、青道には遠く及ばない。
毎日その化け物達と肩を並べ、真剣勝負している丹波にとって薬師の選手は脅威にはなり得なかった。
「走った!!!」
初球からスティールした樟葉。
しかし、丹波には動揺はなく御幸のミットしか見ていない。
無警戒? 傲慢? そんなことじゃない。
丹波には確信があったのだ。御幸なら必ず刺し殺せる……と。
しかし、樟葉は走りきることはなかった。
走る振りをして、一塁ベースに戻ってきたのだ。
「強肩過ぎるだろ」
既にセカンドベースに到達している捕手からの送球を見て樟葉はそんなことを漏らす。
これは丹波の癖を見抜いたとしても、盗塁するのは至難の業だ。
樟葉は監督の方に目をやる。
それは「これは無理」とジェスチャーを加えたのだ。
試合中盤の気が緩む所ならまだしも、ここまで警戒されていたら盗めるものも盗めない。
ここで2番バッターをみて、丹波は動揺した。
何故なら今まで一度も使ってこなかったバントの構えをしたからだ。
樟葉も先程よりはリードを縮める。
ここは盗塁で無理をするよりも、手堅くバントで送ろうと言うのだろう。
しかし、そんなセオリー通りにされても、ワンアウト二塁という薬師にとってチャンスを作ってしまう。
一番バントがしにくいアウトコースギリギリに御幸は要求した。
バントは基本的に体から近い方がやりやすい。腰を回すヒッティングとは違い、バントは足や膝が重要になる。
目と後ろの手と膝。それがバントの成功率をあげる重要なポイントだ。
だからアウトコースの体から遠いボールには、どうしても肘が伸びてしまう打者が多い。
余談だが、樟葉のセーフティーは殆ど走りながら決めていたので、センスがあると言わざるを得ないのだろう。
セットポジションから丹波は投球を開始する。
「──スティール!!!」
足を上げた瞬間に、一塁手の結城から声がかかった。
確かに盗塁は諦めたように見えるが、まさかここでバントエンドランを使ってくるとは。
エンドランは成功すればチャンスを大幅に広げられるが、失敗した場合は最悪ランナーとバッターのどちらもアウトになってしまうというリスクが伴う。
初回の手堅く攻めたいこの場面で使ってくるような作戦じゃない。
「こんのッガキが!!」
三塁手の東と一塁手の結城が、バッターとの距離を詰める。
早く処理して、ランナーが三塁に到達する隙を無くすために。
しかし、状況はまだ一転する。
打者がバントの構えを解いた。
それはキャッチャーから見えづらくするために非ず、それはまさに打つ姿勢だった。
打者はボールが外角に来ることは、何となくわかっていた。
それはバントへの警戒というのもあるが、最大の理由は捕手の足音である。
ジメジメとした熱気に晒され、応援歌などで球場全体が騒がしくなっている夏の大会。しかし、この打者だけは逆に冷静になり耳を澄ませていた。
キャッチャーはコースを構える事に体ごと動かし、癖のある捕手ならミットを叩いて開けるのも珍しくない。
逆にミットを叩いてどこに居るのか紛らわせる捕手もいるが……。
御幸はそういう、
だから一年間高校野球を長くやってきた二年生の打者の方が、今回に限り一枚上手だったのだ。
バントの構えを解き、足を上げないノーステップ打法でテイクバックを開始する。
もちろん外角のボールをそのまま逆らわずに──。
「ファースト!!」
打った瞬間に御幸が声をあげる。
本来なら取れていただろうが、しかし前に出てきてしまっていた結城の頭上をワンバウンド跳ねてから超えて行った。
バスターエンドランが成功した。
誰もがそう思った時……。
──パン!!
ボールがグローブに収まった音がする。
結城が振り向いた時には、セカンドの小湊がベースカバーのためいい位置におり、ギリギリのところで捕球に成功した。
そして、大きくバウンドしたことにより樟葉は既に二塁と三塁の間を走っており。三塁への到達阻止は不可能だった。
小湊はそのまま一塁を踏み、初のアウトを獲得した。
ワンアウト三塁。
初回から青道は先制点を取られる窮地に立たされた。
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