「真田、ちょっとカットボール教えてくれ」
「え? ジャイロボール習得してたんじゃなかったの?」
甲子園が終わり、夏休みも終わり秋へと準備するこの段階。
樟葉は特殊なストレートと新たに覚えようとしているジャイロボールを習得しようとしていたはずなのだが、真田のところへ来て変化球を教わろうとしていた。
「ジャイロは多分大丈夫、あとはキャッチャーがある程度捕球できればってとこ。だから投げられないにしても変化球は覚えておきたいんだよ」
「投げれるようになってもキャッチャーが捕ってくれないんじゃ仕方ないだろ。らしくないじゃん本音は?」
「なんか変化球投げられたらカッコイイ」
「だよな。お前変なとこでガキだな」
「いいだろー減るもんじゃないんだから変化球教えてくれよー」
いつも以上に絡みがだるい樟葉に、若干嫌気のさしていた真田。
返答はいつもよりも早かったという。
「分かったから離れろ、まだこの時期は蒸し暑いんだよ」
「ほーい」
「てかなんでカットボールなの? お前スライダーの方がいいって言ってただろ?」
真田は打ってとるピッチャーだ、逆に樟葉は三振を取りに行くピッチャーである。
樟葉自身も三振の快感を覚えたので、それをしたいと思っているはず。
なのに何故カットボールなのか?
カットボールは本来打者を詰まらせるために考案されたボールだ。空振りは余程のことがないと取れない。
「カットボールなら打たせて取れるから、キャッチャーも楽かな……って」
「……」
夏の負けは思っているよりも樟葉には刺さっているように見える。
一球でもキャッチャーに捕球させない。
自分でも気づいているのだろう。
樟葉のストレートは異質だということを。
それが強豪校のような選手層の厚い場所なら良かっただろう。
だが今の薬師高校にそれは無い。樟葉のボールを完全に受け止めてくれる捕手など。
だからそれは一種のコンプレックスのようなものになっているのだと真田は気付いた。
理解できなくはない。自分のせいで一つ上のキャッチャーを怪我させたことに負い目を感じることは。
だけど、それのせいで自分のプレースタイルまで変えることは無いだろう。
だが言えない。
それだけは言えない。
自分が通用したかは分からない。
だけど……。
故障なんてして、夏を樟葉一人に任せっきりだった真田には何も言うことが出来なかった。
「まぁいいや、とりあえず見とけよ。お望みのカットボール見せてやる」
「お、いいねぇ」
体の使い方やボールの軌道。
何球か見てから、打席にも入って見てみる。
胸元を抉り込むようなえげつないボール。
自分がバッターだったとして、そしてストレートを張っていた時。このボールが来たら……。
確かに無理だ。
必ず詰まってしまうな。
上手くグリップを内に入れて芯をズラしても、正直打てるかは微妙なところ。
「変化球ってすげぇな」
「初めて変化球を体験した奴はどんな顔してたんだろうな」
「何それ」
確か初めて出来た変化はカーブ。
みたいな雑談をしながら、真田はブルペンで。樟葉はネットに投球を開始した。
真田に言われたことを思い出す。
「フォーシームの握りを少しだけ外に逃がす。あとは引っ掻くみたいな感じだな。引っ掻きを強くすればスライダーになって、球速を上げようと押し出しつつ引っ掻けばカットボール」
それに通じるものを樟葉は一つ知っている。
つい最近まで身につけられなかったジャイロボールだ。
あのボールは螺旋回転など、体の使い方や指のかけ方がいつものストレートとほんの少しだけ違う。
有名なプロ野球選手の発言では「ジャイロボールは存在しない、ただのスライダーの抜けた球だ」とも言われている。
だからある意味この球を覚えようとしたことは正解なのかもしれない。
それは近いものであるから故に。
「やべ、いい感じだ」
習得にさほど時間はかからなかった。
真田に教えて貰ったやり方とは違うけど、それでも横への変化を覚えることが出来た。
〇◎!!!! 〇
学校中に響き渡るような快音。
続いてそれは学校の校舎へと突き刺さるような鋭い打球だった。
──カハハハハ。
学校の方で用事があったので練習に少し遅れた樟葉。
グラウンドの方を見ると、練習着とは一人だけ別にジャージを着た人がいた。
最初はまた誰かユニホームを忘れたのか、と思ったがよく見ると違う。
「遅れました……ってか誰すかこの子」
一向に笑い止まない少年とそれを呆然と見つめながら守備位置にいる薬師の選手。そして大変機嫌の良い監督。
「おうクズ遅かったじゃねぇか」
「え? 俺なにかしました? 第一声から罵倒って酷くない!?」
バッターボックスに立っている恐らく中学生がずっと笑っているのが、自分を笑っているのではないかと謎の思考回路に陥り少し機嫌が悪い。
「あーあれはな、俺の息子だ」
「……息子?」
「そうだ、今真田と対決しててな。校舎直撃ホームランよホームラン。どうだ? ウチの息子すげーだろ」
「いや、凄いも何も俺まだ見てないんすけど」
現に来たのはついさっき、選手たちはその一球以降動いてないようかので追加のそれは無い。
「ついでにお前もちょっと捻られてこい。新兵器を試すにはちょうどいいだろ? なんたって真田程のピッチャーからホームランだ、ポテンシャルはお前と張るぞ」
「なんスかそれ、面白そうじゃないすか」
そう言いながら、少し嬉しそうな顔をしてアップを始める。
〇!!!! 〇◎!!!!
程なくして真田と変わり、監督の息子と対峙した。
本当にずっと笑いながらバッターボックスに立っている。
人間って笑いすぎたら死ぬんじゃなかったっけ?
「それじゃぁ始めようか」
走っている途中に真田との対決を見ていたのでわかる。この打者はアベレージというよりもパワーヒッターだ。
常にフルスイングで、鋭くコンパクトかつ大胆に。
現に今まで聞いた打球の音や伸びが比ではない。
慢心は拭い、一人の敵として認識する。
それこそ夏の青道や成孔を相手にするほどの緊張感を持って。
まずは小手調べ。
低めにストレートを。
プレートを確認しながら、投球フォームに移行する。
一連の動作は最初こそぎこちないものだったが、今となっては流水のように淀みのないフォームとなっている。
教科書のお手本通りのような綺麗な投球フォーム。
変則でもなく、それは正に王道。
ミットに収まる轟音と、バットが空を切る轟音。
互いの音が、選手に緊張感を与える。
「カハハハ。すげぇ、ボールがこう──ギュン! って伸び上がってきた!! すげぇ!! すげぇ!! 生き物みてぇ!!」
「ストライク一つでここまで盛り上がるもんなのかね?」
たかが一球。しかし雷市にとっては初めてのイメージでは無い実物の化物の球。
喜ぶなという方が無理である。
握りの微妙な違いや、回転の掛け方の違い。
その両方を何度も試行錯誤した樟葉は、持ち味が消えるどころか更に伸ばすことに成功した。
これは雷蔵の手腕とも言えるのだが、それについてこられる樟葉もやはり化物クラス。
夏と比べると、ボールのキレは一回りや二回り鋭くなっている。
初見とはいえ中学生の雷市が打つには荷が重い。
「じゃ次行くぞ」
続けて狙うはアウトロー。
そこまで際どい場所は狙わず、真ん中からややそれは場所にキャッチャーは構えた。
「さっきのじゃ間に合わない、もっと速く、鋭く!!」
──カッ!!
バットとボールが触れ、ファールとなる。
やはりと言うべきか、浮き上がるボールに慣れていない雷市にとってこの球は未知の領域だった。
抉るような横の変化、消えるような縦の変化、鋭く沈む斜めの変化。
そこいらは頭で想像できるが、浮き上がるボールまでは予想したことがない。
イメージのストレートと、樟葉のストレートを頭の中で修正する雷市。
実際雷市はバカだが、スポーツに関し……野球の打つことに感じてだけは恐ろしく頭の回転が早くなる。もしくは野生の勘。
「上から、こうっガンッて!! こう! こうか!?」
「面白いやつだな。それじゃあ真田の弔い合戦のケリをつけようか」
「勝手に殺すな」
フォームはほとんど変わらない。
打席に立てば違いなんて見抜けないだろう。
それでも……。
(速っ!!)
雷市は頭より体が先に反応した。
ゾーンに入ってかつ、速度が先ほどよりも少し速い。
フォームはどちらかと言えばダウンスイングで確実に上から当てに行く。浮き上がる球も、先に上から上がる軌道上にバットを持っていけばいい。
それだけのイメージは二球で足りていた。
(──!! 沈ッ!!!)
ここでボールは浮き上がらない。
むしろ沈むような、縦の変化では無い。それにしては球速が速すぎる。
かと言ってスプリットでも無いし、先程まで見せられていたストレートでも無い。
バットは空を切り、ボールを捉えることは出来なかった。
────三球三振。
後の薬師高校不動の4番となる打者の、初のエースとの対決は完膚無きまでに叩きのめされた。
△〇〇◎!
(おいおい、マジかよ)
雷蔵にとって雷市は自慢の息子である。
親の身贔屓なしにしても、雷市は屈指の打者に違いないだろう。
何せ自分が一から鍛えたのだから。
そこいらの選手とは訳が違う。
三球三振なんて以ての外だ。
真田からホームランを打ったという時点で、雷市の調子は悪くない。
むしろ雷蔵から見て絶好調といって差し支えないだろう。
しかしだ。それを樟葉は完膚無きまでに潰した。
しかもストレートだけで。
何やら変化球も覚えている途中らしいのでそれも加われば……。
だが、少し待って欲しい。
今のストレートは全力だったのか?
それは否である。
樟葉のストレートはMAX154㎞
今の雷市との勝負で出したのは精々140前半だけ。
つまり全力のストレートではないのにも関わらず、雷市を三球三振に仕留めたのだ。
二種類のストレートだけで。
ここまで行くと才能や天才などの言葉では表せない。
もう、そんな次元の話ではない。
化物の類だ。
それが一番ふさわしい。口には決してしないが、密かにそう思っている雷蔵だった。
暴れるのは2年生から。
もう少し後から変化球の予定だったんですが、原作の天久に先越されそうだったんで一年くらい早くぶっこむことになりました。
ハイスクールDxDを書きたい。息抜きしようかな…