俺じゃ世界を救えない   作:ロジの裏

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第二話 予想外の訪問者

 あるところに村があった。どこにでもありそうな、どちらかといえば少し小さな村。

 

 村では農夫たちが額に浮かぶ汗を拭いながら、長年の農作業によりゴツゴツになった手で鍬を持ち、畑を耕していた。

 村の子供たちは、この世界には不幸なことなど何もありはしないのだと感じさせるような、無邪気な笑みを浮かべて遊んでいる。

 周りの大人はそんな子供たちを暖かな目で見守っていた。

 

 この世界のどこにでもあるありふれた光景。ありふれた幸せが、そこに広がっていた。

 

 

 

 小さな村の中で、一人の少年が立ち尽くしている。

 

 農夫が毎日汗水流して耕していた畑は見る影もなく荒れ果てており、無邪気に遊んでいた子供たちは腹を切り裂かれ、苦悶の表情を浮かべて生き絶えていた。

 武器をとった大人達の抵抗も、何の意味もなさずに皆等しくそれに斬り殺された。

 

 魔物はたった一体だった。背丈が二メートルほどの黒い人型の魔物は両手にある巨大な爪で、この村に生きるものすべてをを切り裂いていった。

 魔物はその顔の部分に、白い仮面のようなものを付けているのが印象的だった。

 

 生き残ったのは、立ち尽くす少年ただ一人だけ。

 少年は足元に、殺された人間の血で汚れた剣が落ちているのに気がついた。

 魔物は少年に背を向けて村を去っていく。

 少年は落ちている剣に手をーー伸ばせなかった。

 

 

 

 小さな村が、一体の魔物に滅ぼされた。

 

 この世界のどこにでもあるありふれた光景。ありふれた不幸が、そこに広がっていた。

 

 

 

 キャロルは汗ばんだ体に不快感を覚えながら、ゆっくりと目を覚ました。

 

 ーーまた俺は、剣を握れなかったな。

 

 最近見なくなってきたこの夢を久しぶりに見たのは、近頃魔物が活発になり、ここセントリンク周辺の村落の被害が増えているということを聞いたせいだろうか。

 

 まだ外は薄暗く、起きるには些か早いかと思ったが、汗ばんだ体が気持ち悪い。着替えるために起き上がろうとしてーー起き上がれなかった。

 予想外の事態にキャロルが何事かとまだ寝ぼけた頭で考えていると、自分の体が何か柔らかいものに包まれていることに気がついた。

 

 なんだこれは。

 

 昨日は熱く寝苦しかったため毛布は被っていなかった。じゃあ俺を包み込んでいるこの柔らかいものは一体なんなのだと、視線を横に向けると……、気持ちよさそうに寝息を立てる長い金髪の少女が、自分の体を抱き枕にして眠っているのが見えた。

 

 思考が数秒の間完全に停止する。だがその後ハッと我に返ってなんとか思考を取り戻し、一瞬でショートしかけた自身の思考回路をなんとか駆使して現状の把握に努めてーー結局現状を把握できなかったため、現実逃避のため再び眠りにつこうとして、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 などといって本当に眠れるはずもなく、とりあえずキャロルは少女の拘束から逃れようと体を動かしてーー逃れられなかった。この女、めちゃくちゃ馬鹿力であった。

 

 この少女を一度起こした方がいいと感じたキャロルは、少女の体を揺さぶって少女を起こそうとする。だがそれでも少女は軽く唸るだけで起きる気配がまるでなかった。

 

「ぐぇっ!?」

 

 それどころか、抵抗を感じて少女はますます強くキャロルを抱きしめた。思わずキャロルは潰れたカエルのような声を上げる。

 

 抱きしめられ、二つの大きな膨らみに顔が埋まる。キャロルは羞恥に顔を赤らめるーーわけではなかった。キャロルの意識は普通に落ちかけていた。息ができなかった。羞恥でなく、血液が溜まって顔が赤くなっていた。普通に命の危機だった。

 

 そんなこんなでキャロルは、図らずとも最初に抱いた目的である眠りに再びついたのであった。

 

 もっとも、苦しみに悶えるその表情はとてもではないが、安らかであるといえるものではなかったが。

 

 

 

 キャロルは眼が覚めると、こちらの顔をその赤い瞳で覗き込んでいる金髪の少女と目があった。

 

「キャロル、おはよう」

 

 少女のその言葉はどこか気だるげというか、意識ここにあらずというか、そういった印象を相手に与えるものであった。

 

 そんな少女を見て軽くため息をついたキャロルは起き上がり、あぐらをかいてから言った。

 

「まぁ、色々と言いたいことはあるが……。おはよう、ロニア」

 

 キャロルがそういうと少女ーーロニアはまるで天使のような微笑みを浮かべた。先程キャロルに悪魔のような所業を成した者と同一人物とはとても思えない。

 

「言いたい、ことって?」

「心当たりがあるだろう」

「ないよ?」

 

 即答だった。思わず座っていながらずっこけるという器用なことをしそうになったキャロルを、ロニアは不思議そうに見つめていた。キャロルは今度は大きなため息をついてからロニアに言った。

 

「ロニアお前、なんでここにいんの?」

「ご飯、食べにきた」

 

 ここでキャロルとロニアの関係を簡単に説明するとしよう。

 

 キャロルは以前、ロニアと一緒にギルドの依頼をこなしたことがあった。その際に、殺した魔物の肉を直火で焼いてそのまま食べるロニアに対して戦慄を覚えたのである。

 

 というのも、そもそも魔物の肉なんてものは普通は臭くて食べられたものではないし、ましてやそれを血抜きもせずに食すということは、魔物の血液から瘴気を体内に摂取することと同義であるからだ。

 

 どんなに飢えた冒険者でも、そんな自殺行為に及ぶような真似はしない。そんなことをすれば、たちまち体が魔物化し、正気を失い魔人へと変わり果ててしまうからだ。

 

 それを知っていたキャロルはすぐにロニアに肉を吐き出させようとした。しかし、ロニアは平気だといって肉を吐き出そうとはしなかった。どうしたらいいかわからずしばらくあたふたしていたキャロルであったが、一向に魔物化の兆候が現れないロニアを見て、本当に平気であるのだということを理解した。

 

 ロニアになぜ魔物化しなかったのか理由を聞くと、膨大な魔力容量のおかげで、瘴気を摂取しても平気とのことらしかった。一体どれほどの魔力容量があればそんな芸当が可能なのか。キャロルにはさっぱり理解できなかった。

 

 しかし、魔物の肉を食べても平気であるということが分かっても、それを見ている方は気が気でない。

 

 依頼を受けた際、キャロルはこの仕事が長丁場になるということをわかっていた。それ故に簡単な調理器具と、ある程度の食料を持参していた。

 

 そして、魔物の肉の代わりにロニアに料理を食べさせたところ、懐かれてしまったのである。

 

 料理を瞬く間に食い尽くし、鍋を空にしたロニアのことをキャロルはよく覚えていた。

 

 これが、猫とかの小動物であればまだ可愛げがあったのだろう。だが実際には、それは猫なんて可愛らしいものでは断じてなく、ギルドの誇る最大戦力の一つにして、最高段位である十段に位置する人物であるとなれば話は変わってくる。

 

 まぁ、この時点でロニアはまだ冒険者として駆け出しであったため、キャロルは目の前にいる、まだ食い足りなさそうにしている少女が将来的にそんなことになるだなどとは夢にも思っていなかったのだが。

 

 今はのほほんとしているロニアであるが、一度彼女が魔物を狩る姿を見たら、口が裂けても可愛らしいなどという感想を抱く者はいなくなるだろう。無表情で魔物を屠り、血の海を作り出していくその姿はキャロルにとって今でも軽くトラウマになっている光景だった。

 

 彼女の前ではすべての魔物が等しく狩られる側になる。それが、魔物を殺すことに全てを捧げるセンスレイヴ家の最高傑作、ロニア=センスレイヴという少女であった。

 

 簡単にまとめると、キャロルは人類が誇る最強生物の餌付けに成功したのである。

 

「そうか、ご飯を食べに来たのか。そうかそうか」

「そうそう」

 

 納得したようにうんうんと頷くキャロル。なるほど、来た理由はわかった。だが不可解なことはまだある。キャロルはロニアに聞いた。

 

「……ところで、何時頃来たの?」

「夜の一時くらい」

「寝てるわ!」

 

 あまりに常識外れな行動に思わず大きな声を出すキャロル。しかし叫んでからふと重要なことに気がついたキャロルは、恐る恐るロニアに尋ねた。

 

「なぁ、ロニア。この家、ちゃんと鍵をかけてあったはずなんだけど、どうやって入った……?」

 

 この家は格安で購入した、家というのもおこがましいようなボロ家だが、それでも鍵くらいはまだ正常に働いていたはずであった。嫌な予感しかしなかったが、キャロルは聞かずにはいられなかった。

 

 そんなキャロルの不安をよそに、ロニアはどこか得意げに答える。

 

「素手で壊せたから、大丈夫」

「何一つとして大丈夫じゃねぇよ」

 

 まったく嬉しくもなんともない予感を見事に的中させたキャロルは、思わず頭に手を当て天を仰いだ。

 

「キャロル、頭痛いの?大丈夫?」

 

 誰のせいでこうなったと思っているのだ。そう大声で言ってやりたい気分だったが、そんなことをしても何の解決にもならないのでキャロルはその言葉をなんとか飲み込んだ。

 

「あぁ、大丈夫だ……。でも、一ついいか?ロニア。普通、訪問した家の鍵が閉まっていたら、帰るもんだと俺は思うんだよ。お前どう思う?」

 

 至極真っ当なことを言うキャロルに対して、神妙な面持ちでロニアは答えた。

 

「……難しい問題」

「何も難しくねぇよ」

 

 ロニアのその回答に対して驚異的ともいえる速度でツッコミを入れたキャロルは、本日何度目かわからない大きなため息をついた。

 

 ゴーガンのじいさん、ドアの修理とかしてくれるかなぁ……。と破壊された家の扉のことを気にするキャロルであったが、聞きたいことがまだあったために一度そのことは思考の隅へと追いやった。

 

「で、次だが」

「まだあるの?」

「ふてぶてしいなお前」

 

 ロニアと話すとどうにもペースを乱される。そう感じざるをえないキャロルであった。

 

「とりあえず、夜中に家の鍵を破壊して侵入したのはいい」

 

 まったくもって、とりあえずで置いておいていい問題ではなかったのだが、ロニアのペースに巻き込まれ、キャロルの思考回路はすでにショートしていた。

 

「なんでお前、俺の布団で寝てたの?」

「ん、眠たかったから」

「そっか……」

 

 ならば仕方がないな。とキャロルは考えることをやめ、ロニアに対する問答を諦めた。疲れたのである。

 

「ねぇキャロル、ご飯作って?」

 

 ロニアに完全敗北を喫したキャロルには、もはや抵抗する力などかけらも残されてはいなかった。しかし、時間的にちょうどいつも朝食を作りはじめる時間帯であったためよしとした。

 

「はいはい。今作るから、少し待ってなさい」

「はい、は一回だよ?」

「追い出されてぇかてめぇ」

 

 そんなやりとりをしつつ、キャロルは朝食作りに取り掛かるのであった。

 

 

 

 あり合わせの食材で適当に作った簡単な朝食となったが、それでも味には自信があった。キャロルが誇れる数少ないものの一つが料理であった。

 

「ロニア、できたぞ」

「ん、わかった」

 

 そうしてキャロルが寝ていた部分に寝そべって顔を埋めていたロニアは起き上がり、トコトコと朝食が並ぶ机まで来て座った。ロニアが自身の寝ていたところに顔を埋めていたことに対して、もはやキャロルは何も言わなかった。

 

「「いただきます」」

 

 命をいただく以上は食物に対する感謝を忘れてはならない、という、自分たちが暮らすラージア大陸より遠く東にある島国ヤマトのこの風習を、キャロルは気に入っていた。ロニアはその言葉の意味をわかってはいなかったが、キャロルに倣い言っていた。

 

 そうして瞬く間に朝食を食べ終わり、ロニアは言った。

 

「おいしかった」

「そりゃよかった」

「次はもっと、量を多くしてほしい」

「ほざけ」

 

 

 

 食事を終えたロニアは、こなさなければならない依頼があるらしく早々にキャロルの家を出た。

 

「キャロル、またね」

「あぁ、またいつでも来い」

「うん。また同じ時間にくる」

「やっぱりいつでもは来るな」

 

 苦笑いするキャロルを見て、いたずらが成功した子供のようにクスクスと笑うロニアは、朝日に照らされてとても美しかった。

 

 家の前でロニアを見送った後、キャロルはふぅ、と一息ついてから、自身も仕事の準備に取り掛かりはじめた。

 

 

 

 ギルドについたキャロルは、街の外れにある自身の住居から、街の中央にあるギルドまで歩き、すでに若干疲れていた。というか、昨日のドブさらいによる肉体労働の疲れが全然抜けていなかった。

 

 その原因は、朝早くからロニアの相手をしたことであることは明らかだったが、キャロルは朝のロニアとのやりとりを思い出しても、どこか困ったような、優しげな表情浮かべるだけだった。

 

 ギルドの木製の扉が心なしか、いつもより少し重たいと感じながら、キャロルは両手で扉を開いた。

 

 ギィィ、と耳障りな音がギルド内に響く。

 

 ギルド内にいた冒険者達は、聞き慣れたその音を耳にし、皆無意識に扉の方を見やる。そうしてからキャロルの存在に気がつくと、ほとんどの冒険者はその目付きをどこか蔑むような、汚いものを見るようなものへと変化させ、キャロルを見つめる。そして誰もが口々にこう言いはじめる。

 

 見ろ、今日も役立たずが来たぞ、と。

 

 キャロルはもはや癖になりつつあるため息を小さく吐き出すと、近くにある椅子に腰かけた。

 

 役立たず。無能。そんな言葉が、キャロルのことを言い表す代名詞だった。

 

 

 

 ふんふんと鼻歌を歌いながら、ロニアはスキップでもし始めそうな勢いで、上機嫌で自宅へと向かっていた。いや、正確には自宅の武器庫へと、その足を進めていた。

 

 今日のロニアの仕事は、ここセントリンク周囲に出没している三体の大型の魔物を討伐することだった。

 

 魔物というのは、本来であれば三人から五人程度からなるパーティーを組んで討伐に臨むものだ。それも大型ともなれば、腕利きの冒険者が十人いてもまだ足りない。それを一人で三体も討伐するなど正気の沙汰ではない。しかしそんな正気の沙汰ではない依頼が、ギルドが正式にロニアによこしたものであった。

 

 だがロニアはそんな依頼の内容に対しても、退屈しのぎにはなるか、という程度の認識しかしていなかった。

 

 ロニアは自宅の豪邸に着くと、使用人に武器庫を開けるように指示した。

 

 武器庫の中には、ありとあらゆる武器が存在していた。剣、槍、斧、弓ーー。数多く並ぶ武器のそのどれもが一級品のものであるということは、誰の目から見ても疑いようがなかった。

 

 そんな中、ロニアが選んだ武器は一振りの剣だった。武器庫の奥の方に雑に置かれていた、黒を基調に所々赤紫色の線が入った、禍々しいという印象を受けるそれ。

 

「んー……。今日は、久しぶりにコルちゃんと遊ぼう」

 

 ロニアがコルちゃんとそう呼んだ剣ーー魔剣コルドスは、センスレイヴ家が代々、当代の最強だと認められた者へと継承させてきた、魔を食らう剣。魔物を殺すためだけに生み出された剣だった。

 

 しかしそんな魔剣も、ロニアにとっては遊び道具程度の認識しかされておらず、センスレイヴ家が代々受け継いできた家宝も、今では武器庫の奥に雑に放置されているという有様であった。

 

 もしも剣に感情があったならば、怒りのあまりその刀身をカタカタと震わせていたことであろう。

 

 そんな魔剣を携えて上機嫌に武器庫を出て行くロニアの頭の中は、キャロルのことでいっぱいだった。

 

 ーーさっさと終わらせて、キャロルに会いに行こう。私たちは二人で一人。キャロルは私がいないとダメだもんね?

 

 そんなことを考えるロニアにとって、討伐対象の三体の魔物が自分に殺されることは、既に確定事項であった。

 

 それから半日と経たずして、哀れな三体の魔物はロニアによって屠られた。

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