今年もよろしくお願いします。クリスマスにも年明けにも間に合いませんでしたが、気にせず余裕ができたときに投稿していきます(ヤケクソ)
競技場がざわついている。それもそうだろう。可能性はあると誰もが認識はしていたが、実際に誰かが倒れると思って行動していた人間は当然だが誰も居ないのだ。彼らが戸惑うのは自然だった。
倒れる彼女の側に居る二人の少年以外は。
「おい、土御門!吹寄はッ!?」
「生命力が空転したんだろう。それこそ前に言っていた重度の熱中症と思った方がいい。俺達ができるのは保健室……じゃダメだな。救急車を呼んで腕のいい医者の居るところへ運ばれる事を、祈る事だけだ」
安易に大丈夫と言わずに状況を残酷なほど冷静に言うのは、プロの魔術師として軽々しく、上条に希望的観測を抱かせない厳しさだった。おそらく、今言った条件から一つでも外れてしまえば、助かることは無いのだろう。
「クソッ!どうする事もできねえってのかよ……ッ!!」
上条が拳を地面に叩き付ける。
全力で行動した事は間違いない。だが、それでも間に合わず
短い間だったとしても魔術は吹寄の身体を蝕み意識を刈り取ったのだ。そんな級友の惨状を見ながら、上条は己の不甲斐なさに歯を食い縛る事しかできなかった。
しかし、そこに救いの手が現れる。
ふわりと観客席から飛び降りて来たのは、緑色をした長い髪の少女だった。かなりの高さがあるにもかかわらず軽やかに着地をしたのは、その身のこなしよりも純粋な身体能力があってのものだろう。
彼女は周りの視線など微塵も気にせずに、上条の前に横たえられている彼女のもとへと歩み寄って来た。
「……先……輩……?」
「後輩、君は最善を尽くした。だからここは僕に任せて欲しい」
「どうするつもりだ?もう俺達にできることはないぞ」
土御門のその言葉はプロの魔術師としての判断なのだろう。
しかし、天野は少しも揺らぎはしなかった。
「
「何……?」
天野倶佐利の能力である劣化模倣は、他者の能力を得ることができる能力であり、回復系統の能力も有している。
しかし、その能力は劣化しており代償に体力を膨大に失うというデメリットが存在し、今の衰弱した吹寄制理に能力を使えばどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。
だからこその土御門の見識だったのだが、どうやら従来の方法でのやり方では無いらしい。天野は右手を吹寄に
「超能力だけでは届かないのなら別の
上条には彼女が何を言っているのか理解できなかった。万能とも言える超能力を持ちながらも、まだ先があるとはにわかには信じられないからだ。
しかし、土御門は違った。ハッと何かに気付いた彼は信じられないものを見るかのように凝視する。
彼が気付けたのは超能力と魔術それぞれに造詣が深いからではない。百歩譲って魔術はともかく、超能力ともなれば専門家どころか学校の先生よりも劣っているくらいだ。
そんな彼がそれに気付けたのは文字通り体に身に覚えがあったから。
そして、オリアナ捜索当初に気付いたとある事柄が、彼を答えへと導いた。動揺を隠すことも出来ず考え付いたその推測をそのまま言葉を吐き出した。
「まさかお前、魔術を使って回復させる気なのか!?」
「(はい、と言うわけで今回はこちらの事態に対処していきたいと思います。まず材料の確認ですね。
目の前に生命力の流れをめちゃくちゃにされて重体な女の子が一人。そして、特典のコピー能力が一つにエルキドゥ産の力が多めに用意されています。
これらの材料を用いて吹寄さんを治していきます。レシピは最後に載せますのでそちらをご覧ください)」
まるで、どこかの3分クッキングのように軽快に内心で語るオリ主。その様子を使い魔が不思議そうな声音で尋ねる。
『マスターいつもと口調が違うみたいだけどどうしたんだい?』
「(え?いつもだいたいこんな感──ごほんげほんっ!あ、あー、その何……?ルーティンみたいな?精神統一みたいなもんだようん。
エルキドゥはしないかもしれないけど、人間は決まった動作をすると集中力が上がるんだ)」
『なるほど。確かに魔術師の中にはそういった方法で、魔術を行使する魔術師も居ると聖杯からの知識ではあるね。ごめんよマスター。無駄な時間を使わせてしまったね』
「(あ……いや、……え、えーと、……そのまあ?マスターとサーヴァントは一蓮托生だし?そんな気にしなくても全然構わないからね?いやいやホントホント)」
純粋なサーヴァントを口先で騙しているマスターがどこかに居るようだが、もちろん事態は緊急を要している。先ほどの小芝居もリラックスするためと言う意味もあるにはあるのだ。
「(前提条件で劣化模倣だけじゃ治す事はできない。劣化模倣の回復は体力を消費するから熱中症が治っても衰弱死になるからだ。
オリ主を特別足らしめているのは神からの特典である『劣化模倣』だけではなく、ほぼ同一の身体でありその身に宿している『エルキドゥ』の存在だ。ならば、両方の力を使う事に躊躇う理由は無い。
「(いや、本音を言うと
……こうなると、アレイスターとの対決も視野に入れるってことになるか……。切り札であるエルキドゥの存在はもちろん隠すとして、なるべくエルキドゥってバレないようなところだけ表に出しつつ、肝心なところは伏せて力を行使すれば、あっちも下手に干渉しようとは思わないはず)」
針に糸を通すかのような駆け引きをするオリ主。ネックとなるのが相手の反応が見れず全て推測するしか無いという事だろうか。まあ、あのアレイスターがオリ主の前で分かりやすく表に出すとは思えないが。
「(つーか、うわーテンション下がるわー……。アレイスターとか本気で相手にしたくない。『失敗』をどれだけしようが相手は世界最高の魔術師とか言われている化け物なのには変わり無いし。
そこにエルキドゥの天敵の『
持ってる手札の数も質もアレイスターが
そして逃げられる可能性も低いとオリ主は算段をつけている。『とある』世界でのアレイスター=クロウリーはそれだけ強大な存在なのだ。
「(それはともかく、今はこっちを優先だな)」
オリ主が視線を吹寄に向ける。
「(それじゃあ始めていこうかね)それじゃあ、まずは「待て」……どうしたんだい元春?」
いざ始めようとすると土御門が遮ってきた。何か用だろうか?ちょっと今は忙しいんだけど。
土御門が周りに聞こえないように耳打ちをしてきた。
「おい、まさか魔術を行使するつもりなのか?なら止めろ。魔術がカメラを通して目にされれば、魔術サイドと科学サイドの衝突の原因に成りかねない」
「それについては大丈夫だよ。学園都市としても熱中症となった生徒を中継で映したくは無いはずさ。もう中継は止めて今日の競技のピックアップでも流しているだろう。
例えここで僕が能力を使って治したとしても、自分達の管理不届きを大々的に映したいとは思わないと思うよ。そして、僕の主な治療法は超能力だから魔術サイドに勘づかれる事もない」
「主な……?天野、お前何をする気だ?」
見とけ見とけ。そうすりゃ分かるって。
そして、オリ主は吹寄制理を助けるために行動を開始する。
上条には土御門の様子から魔術関連の事態なのだと察するが、それは魔術に疎い上条でもおかしいという事は分かる。
「お、おい、土御門。魔術ってどういう事なんだ?だって先輩は能力者だろ?」
「…………」
土御門はその問いに答えなかった。それは別に意地の悪いいたずらなどではなく、プロの魔術師である土御門も答えあぐねているからだ。
「(何をしようとしている天野)」
訝しむ土御門の前で天野は動き出す。
「最初に──『
そう言うと天野の姿が変わる。髪色はそのままに背丈、骨格、体つき、様々な要素が天野倶佐利から逸脱していく。そして、変化した姿に上条は驚いた。
「え、吹寄……?何でこの状況で?」
てっきり回復能力持ちの能力者に変身すると思っていた上条は、まさかの人選に困惑する。その様子を見ている隣の土御門もその必要性が理解できない。
この場において……いや、おそらく彼女の行動を理解している者は、世界のどこを探しても存在しないだろう。それこそ、あのアレイスター=クロウリーであっても。
それほどまでに言動一つ一つが異端なのだ。誰にも理解できない前人未踏。彼女はその一歩目を踏み出している。
そして、明確な一歩目となるその言葉を発した。
「『──
その言葉に聞き覚えは無い。意味も分からない。だが、その言葉に確固たる意思のようなものがある気がした。
「『基本骨子───解明』、」
目を
「『構成材質───解明』、」
立て続けに何かの工程を終えたらしい。だが、それを上条が察する事はできない。何かが行われているという事を言葉から察するだけだ。
そして、彼女は最後の言葉を紡ぐ。
「『──
そう言うと彼女は深く息を吐いた。そして、能力を解き元の姿へと戻る。
「そして、次からが本番だね」
またしても、変身し別人の姿へと変貌する天野。その姿は上条も何度か見たことのある回復系能力者の少女のものだった。土御門はそれを見て眉間に皺を寄せる。
「(今の工程に何の意味がある?魔術を使った形跡は無い。能力で変身したようにしか見えなかったぞ?そもそも魔術を使う際には道具と魔術の知識が必要になる。今のお前にはそのどちらも不足しているだろう
その上、その能力者の能力はデメリットがある。お前なら当然それも分かっているはずだが……)」
能力を把握している土御門からすれば、吹寄制理を能力を使い衰弱死させようとしているとしか見れない。それを止めないのは
人柄であったり歩んできた人生であったりと、そう言ったものを総合して、天野倶佐利は無謀な考えで人の生死に関わる事はしないと確信していたから。そのため、彼は声を掛けるという無駄なことはしない。
誰もが理解できない状況の中、変身した彼女は手を吹寄に添える。
──そして、天野は一歩間違えば人を殺しかねない能力を
「『そ、それじゃあ始めます……えいっ!』」
救急の患者が居ると連絡を受けたその病院の看護師達は、慌ただしく動いていた。電話から伝えられる少女の症状がそれほどまでに重かったからだ。
症状で言えば熱中症のⅢ度。後に後遺症が残るかもしれないほどの重症だ。患者を救うために必要なのは迅速な行動、つまりは「時間との戦い」なのだが、一つおかしな事がある。
彼らの顔には緊張や焦りはあるものの、そこに不安は一切無いのだ。電話からの状態から察するに後遺症の可能性どころか、生死にも関わる危険な状態にもかかわらず、誰一人として最悪なケースを想像してもいない。それは、彼らに指示を飛ばす男の存在が大きい。
巷で有名な「カエル顔の医者」である。
彼に助けられた人は多くいる。それもそのはず、死んでいなければ絶対に救い出すという事を実行してきたからだ。そのため、表の人間だけではなく裏で行動する人間も、彼に救われて生きている者は大勢居る。
そんな彼が居るのならば間違いなく、少女の生存はもちろん後遺症など一切残らないだろうと彼らは確信している。なぜなら、彼らはその神業を目の当たりにしてきたからだ。
曲芸とも言える妙技を単純な作業のように行うその姿に、神格化する者も現れるほど。それほどまでに医者としてのスキルが卓逸していた。
その絶対的な信頼が彼らの完璧なパフォーマンスに繋がるのだから、良いことしかない。居るだけで誰かを救うための一助となる。それが彼だった。
だからこそ、彼としても再び電話が来たときは驚いた。
その発せられる内容とともにそれを行った下手人。それぞれを鑑みて深く息を吐く。彼はてきぱきと動く彼らを止めるような事はしない。
ぶり返しのような事態が無いとも限らないからだ。最悪な想定を常にしておく。それが誰かを救うための秘訣なのかもしれない。
救急車が到着し、その中から倒れて意識を失った少女が運ばれてくる。しかし、彼女の身体に痙攣などの症状は見られない。おそらく、電話での事が関わっているのだろう。
彼は眠っている彼女の付き添いとして来た、やけに見覚えがある緑髪の少女を見て呆れるように言った。
「医師免許無しの医療行為は法律で裁かれてしまうって知っているかな?」
「僕としては能力を使った応急措置として認めて欲しいところだね」