とある原石の神造人形(エルキドゥ)   作:海鮮茶漬け

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119.Phase5.2→Phase5.3

『……この状況は良くないね』

 

 周囲が曖昧な背景で包まれた異様な空間の中に彼/彼女は居た。性別がどちらとも判断できない容姿は、人間には作り出せない神秘的な『美』を感じさせるが、その姿は実際のものではなく、自意識が生み出した仮初の姿でしかないのだ。

 

 その様な状況の中でエルキドゥは佇んでいた。

 

 そこが何処かと問われれば答えるのは難しい。

 人には表層意識と深層心理と言うものがある。表層意識とは主観と客観が照らし出し、その当人が認識する自意識のことである。

 深層心理とはその逆。その当人ですら把握していない無意識下で行う思考のことである。ならば、エルキドゥが居るこの場は深層心理なのか。

 

 答えは否である。

 

 そもそも、ここは警策(こうざく)看取(みとり)が介入した深層心理などではない。更に深い部分にして最奥に位置する場所。魂と呼ばれる生物の根源的な部分というのが一番近いだろうか。

 そして、ここは本来ならば思考など介入する余地の無い場所なのだ。その様な場所で何故エルキドゥの意識があるのかと言えば、理由はオリ主に他ならない。

 

『僕とマスターの相性の悪さが功を奏した……というべきなのかな?僕達は一つの身体に二つの魂が存在している特異な存在だ。

 だからこそ、身体に入っている魂の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今僕がしている僕の思考のようなものは見せかけのものだろう。……いや、それどころかこのエルキドゥも断片を繋ぎ合わせた偽物でしかなく、本物のエルキドゥは今も眠っているのかもしれない』

 

 それは人間に限りなく近付いた人工知能に近いのかもしれない。例として上げるのならば、後に騒動になる『天賦夢路(ドリームランカー)編』の操歯(くりば)涼子(りょうこ)とドッペルゲンガーの関係性に近いだろう。

 

 病に()せる操歯涼子の母親を救うためには、病症となっている部分を丸ごと取り除きサイボーグ技術で補うしか方法がなかった。

 しかし、学園都市のサイボーグ技術はそこまで進んでいなく、母親の余命はあと数年と宣告された操歯は、自身の身体を実験体にした。その内容は身体をバラバラに解体し機械の身体で補うことで、サイボーグ人間を二人分生み出して効率的にデータを取るというもの。

 実験は上手くいきデータを取ることに成功するが、とある問題が浮上した。それが操歯涼子がサイボーグから肉体を取り戻したあとに、繋ぎ合わせたサイボーグに魂が宿るというもの。実際には魂ではなく、操歯涼子のデータから学習したAIであるというのが結末だった。

 

 今のエルキドゥもまさにそれだ。

 

 本人ですら自覚するのは容易ではないほどの、膨大なデータが集約することで生まれる個性にして自我。本来ならば気付くことからも逃避してしまうが、ここは魂という自我が生まれる可能性すら無い場所。

 だからこそ、エルキドゥは気付けてしまった。意識が生まれない場所で意識があるのだから、ここにある意識も偽物なのだと。それに気付くことは自己の崩壊に繋がることと同義だ。

 その時点で発狂してもなんらおかしくはないが、彼/彼女は他でもないエルキドゥだ。精神性を人間と同じにしてはいけない。

 

『僕を使い潰して本体のエルキドゥの意識を甦らせることもどうやら出来ないようだ。マスターの方に呼び掛けても応答は無い……手詰まりだね』

 

 エルキドゥはただ佇んでいるわけではない。エルキドゥから出来ることは既に全て試したあとなのだ。その結果としてエルキドゥからできることは何一つ存在しないという事実を理解したのだ。

 

『科学の力がこうも曖昧模糊として捉え所の無いエネルギーだとは……身体に許容することは出来ても扱えないのならば、毒にしかならないということかな』

 

 実体を感じることが出来るにもかかわらず、掴みきることが出来ずにいる。それこそ、エルキドゥからしてみれば水を掴むのと同じ様なものなのかもしれない。

 だからこそ、エルキドゥはミサカネットワークからのエネルギーを扱うことは早急に諦めた。エルキドゥで不可能ならばより適格な人物が存在したという理由もある。

 

『令呪から呼び掛けても魂に直接訴えても覚醒しないとなると、本当に打つ手が無いね』

 

 エルキドゥは今こうしている瞬間も自らのマスターに向けて、信号を送り続けている。擬似的だとしても科学に属する超能力を扱ってきたオリ主ならば、制御することも可能なのではないかと考えてのことだ。

 しかし、最も効果的であろうこの対策ですら効果が見込まれないのだから、エルキドゥができることなどたかが知れていた。そんなエルキドゥだが、信号を送る最中にあることに気付く。

 

『……どうやら、今までよりも相性が悪くなっているのは間違いないようだ。それに加えて、何だか変な異音も身体からしている異常事態も同時に起こっている。本当に不味い状況だね……』

 

 拒絶しているからこそ、その部分がより強調される。それは魂の不一致性や身体の違和感という形で表に浮き上がった。そして特殊な状況だからこそ彼/彼女はあることに気付く。

 

『いや、どちらかと言うとまるで僕の方がマスターを拒絶している……?それも、時間が経つことでより明確に……』

 

 今まで感じていた相性の悪さではなく、また別種のものであるとエルキドゥは自覚する。そして、エルキドゥは身を以て知っているその既視感を直感的に理解した。

 

『……この拒絶感はまさか……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは戦場であった。

 本来ならば、片手の数で足りる程度の人数で戦争などと(のたま)えば失笑ものだ。しかし、目の前で繰り広げている光景を見て、同じ様な態度を取る人はいないだろう。

 飛び交う一撃一撃が大砲レベルの攻撃が放たれるその戦場は、判断を誤れば次の瞬間には物を言わぬ肉塊にされてもおかしくはないまさに死地。

 そんな絶望的な状況の中で、三人の少年少女達は未だに生存していた。

 

「次、前から来るわよッ!!」

 

 その声に応じて削板(そぎいた)が上条を掴んで飛び上がる。掴まれた上条ですら視認出来ない速度で、移動した彼らのあとに追従してくる物があった。

 

 ズバンッッ!!!!と、今さっき上条が居たところを異様な輝きを灯す翼が貫く。一秒遅れていれば上条に直撃していたその事実に、上条の背中から冷や汗が流れる。

 そんな上条のことなど気にせず、削板は疑問の声を投げ掛けた。

 

「なあ、どうして天野の奴はカミジョーばっかり狙うんだ?もしかして、カミジョーって天野の奴に嫌われてんのか?」

 

「いやいやいやいや、状況を考えろよ!どう考えても今の先輩に意志は無いだろ!?」

 

 そうであって欲しいという本音を隠しながら、上条は削板に向けて反論する。記憶を失う前後共に迷惑をかけた相手No.1であろう人物が、深層心理で自分へ何を思っているかは知らない方が幸せだ。

 もし、辟易としていたならば単純に心がへし折れる。

 

「それにしても、アイツの攻撃する場所がよく事前に分かるもんだなあ。この俺でも視てからじゃねーと避けられねえのによ」

 

「多分だけど、私と天野さんで一時的にネットワークみたいなものが繋がっていたから、その影響で直感的にだけど攻撃する場所が分かるのかもしれないわ。

 ……全くの同一存在で電気系能力者(エレクトロマスター)だから、無意識に発せられる電磁波とAIM拡散力場で動きが先読み出来るのかしら?」

 

 それを人によっては擬似的な『前兆の感知』というのかもしれない。行動を起こす前に発せられる僅かな前兆を感じ取る、上条が身に付けた能力である。

 絶対能力者(レベル6)へと登り詰めるに従って、比例するように強くなるAIM拡散力場と、幻生が打ち込んだウイルスによって生まれた擬似ミサカネットワーク。

 その先読みがあるからこそ、上条を含めた全員が重傷を負わずに立ち回れている。

 

「(だとしても、なんなのかしらこの違和感?まるで、強制的に私の脳へ攻撃箇所が送られてくるような気が……?)」

 

 御坂が抱いた疑問を掻き消すかのように上条の焦った声が発せられた。

 

「でも、このままじゃただ逃げるしかできないぞ!?先輩がこのまま強くなるなら時間が経つにつれて、より崖っぷちに追いやられる!」

 

 均衡が崩れた以上は防御に回るしかないが、時間の有利性は向こう側にある。それこそ、真綿で首を絞めるよりも切迫した状況に彼らは置かれているのだから、この主張を否定することはできない。

 そして、状況はより悪化する。

 

 

 

 ゾアッッッッ!!!!!!と、今まで感じていた空気が全くの別の物に変化した感覚を全身で理解した。

 

 

 

「な……何よ、これ……ッ!」

 

 重くのし掛かるかのような異常極まる圧力。まるで空間が耐えきれずに声無き悲鳴を上げているかのような錯覚が御坂を襲った。

 その発生源は先ほどまで相対していた少女からのものだ。その顔が夜を思わせる黒い闇に着々と覆われていっており、人間かどうかも怪しくなってきている。

 生命本能が警鐘を鳴らすことすらしなくなる、大海をも思い出させる莫大なプレッシャー。その理解の範疇を超えた存在感を前にしたとき、小人は測る尺度が違うために理解することも出来ず、ただその光景を眺めるしか方法は無い。

 

 御坂美琴は一時的にネットワークが繋がったことで、天野がさらに高次の存在へと変貌していくことを鮮明に理解した。

 それこそ、学園都市に居る超能力者(レベル5)を全て動員したとしても、彼女を倒すことが出来ないだろうことを、直感的に理解できたのだ。

 嘗て立ち塞がった第一位以上の巨大な壁に、彼女が膝が折れそうになったその瞬間────二人の男が飛び出した。

 

 

「削板ッッッッ!!!!!!」

 

「おうよッッ!!!!」

 

 

 削板が上条を先導するかのように突っ込む。オリ主に向かって走る最中に、上条が御坂に対して言葉をぶつけるかのように投げ掛けた。

 

「御坂!!チャンスは今この瞬間だ!さっき先輩が変化したときに、数秒間だけ動きが止まってた。きっと今回も同じだとするなら俺の幻想殺し(イマジンブレイカー)で触れられるのはここしかない!

 この機会を逃せばさらに強くなった先輩相手にやらなくちゃならなくなる!先輩を助け出すなら今しかないんだ!!」

 

 一度しか変化する瞬間を見てないのだから確証はもちろん無い。だが、勝機があるとするなら確かにここしかないのも事実。

 他でもないこの少年がまだ諦めていないのだから、ここで膝を折るのは余りにも格好悪いにもほどがある。

 彼女は歯を食いしばって再び足に力を無理矢理入れる。一人(うずく)って結果を待つなど認めるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ!まさか、このタイミングをずっと狙ってたって訳!?」

 

 警策(こうざく)看取(みとり)はタブレットに映る光景を見て荒げた声を上げた。彼女が上条を狙うようにオリ主へ指示を出していたのは、一重に幻想殺しを危惧してのことだ。

 

「(倶佐利ちゃんに注入される力は幻生によって外部から注がれているものだけど、変身能力に限って言えばそれは倶佐利ちゃん自身のものでしかない!

 つまり、絶対能力者になるために常に注がれている力と違って、倶佐利ちゃんの変身能力は打ち消せば簡単に戻っちゃう!)」

 

 あくまでも、天野の身体にミサカネットワークから力が注がれている理由は、天野が御坂美琴の姿へと変身して電磁波のチャンネルが合っているからである。

 その前提が無くなれば当然のように力の注入などできるはずもない。

 

「(チャンネルが合ったのは幾つもの条件をクリアしたから。例え、倶佐利ちゃんが戻ったあとまた美琴ちゃんの姿になってもきっとできない)」

 

 つまり、チャンスは今回限りの一発勝負。だからこそ、失敗など許されるはずもないのだ。

 

「だからこそ、幻想殺しをいち早く潰しておきたかったのに!第七位までやって来るなんて最悪過ぎるッ!!」

 

 今のオリ主のスペックならば、上条と御坂のどちらかは行動不能にしていてもおかしくはない。それこそ、絶対能力者になるのが御坂美琴ならば幻想殺しで触れようとも、力は注がれ続けているために打ち消しても即座に修復しただろう。

 

「幻生が倶佐利ちゃんで絶対能力者に至ろうと考えるから、こんな面倒なことに……ッ!」

 

 髪を片手で掻きむしりつつ、警策は手元にある端末を使い天野へ信号を送る。

 

「進化途中なのだとしても、磁力や電力が全く使えない訳じゃない。結局のところ、あの右手が倶佐利ちゃんに触らせないように妨害させて、時間を稼げばいいってだけ!

 今でさえギリギリなんだから、さらにパワーアップした倶佐利ちゃん相手に持ちこたえることはまず不可能。

 つまり、───ここを乗り切れば私達の勝ちだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおッッ!!!!」

 

 ドガガガガッ!!と、降り注ぐ鉄骨の攻撃を両手の拳を使い削板が打ち落とす。へし折れて地面に叩き落とされる鉄骨が、まるで墓標のように乱立していく光景は異常そのもの。

 だが、着実に一歩一歩進んでいくその姿に、勝ちの目が開けていくことを肌で感じていた。

 

「(いける……!先輩の攻撃の威力が格段に落ちてる今なら、幻想殺しで触れることだって……!)」

 

「ッッ上から攻撃が飛んでくるわよ!!」

 

「「ッ!?」」

 

 目の前に例の翼が迫り来る。そのスピードは人間の動体視力では反応することすらままならない。

 

「(今の不安定な状態であの一撃が放てるのか!?しまった……この体勢じゃあ避けきれない……ッ!?)」

 

 一瞬の驚愕が命運を分けた。

 先の思い込みが生み出した硬直は、右手を迫り来る攻撃に合わせる暇を奪ったのだ。

 全力で前へと走っていたために突然曲がることなどできるはずもなく、今の上条には屈む程度のことしかできないが、上から縦に振り下ろす形での攻撃に意味などあるはずもなかった。

 万事休す。

 上条の身体が翼に押し潰されて挽き肉となるその直前、そこにある人影が割って入った。

 

「お、おお、おおおおおおおおッッッッ!!!!!!!!」

 

 翼と削板の交差された両の腕がぶつかり合う。後ろに高速で下がった削板は、上条を守るように腕で翼の一撃をガードして防いだのである。

 ミシミシミシッッ!!と、(きし)む腕の音がその攻撃の凄まじさを雄弁に語っていた。削板は歯を食いしばりながら言葉を吐き出す。

 

「行けえッ!カミジョーッ!!」

 

「ッッ!!」

 

 弾かれたように上条は削板の脇の横から前方に走り出す。目標はさらに変貌しようとしている天野倶佐利ただ一人。その距離三メートル弱。

 

 

 

『……雑音(ノイズ)がこっちに来る……』

 

「雑音って……幻想殺しッ!?くそっ!やっぱり全てを懸けて止めに来てる!なら、翼を動かして吹き飛ばして!!」

 

『…………動かせない……』

 

「はあ!?いきなりなんでッ!?美琴ちゃんに今の倶佐利ちゃんと張り合えるような力は無いのに、一体どうしてそんなことがッ!?」

 

 

 

 その理由は動き回る翼を止める男が居たからだ。その男は不敵な笑みを浮かべながら全身に力を入れ続ける。

 

「ずっと止めることは生憎とこの俺にもできそうにないが、コイツを動かねーようにするだけなら俺の根性で十秒程度は楽勝だ。

 ──俺の根性がどれくらいのもんか。久し振りに教えてやるぜ天野ッッ!!」

 

 ギシギシギシギシッ!!と、金属が鳴らす独特の鈍い音を響かせながら、人間の限界を超えた引っ張り合いが繰り広げられる。

 そして、必殺の武器が無くなった以上、残るはサブウェポンの力だけ。

 

 だが、世界で最も特異なその右手は、そう言った小手先の力の一切をまとめて消し飛ばす。

 

 右手に触れた砂鉄の壁が力を失ったかのように空気中へ舞い散る。目の前を覆っていたベールを越えた先には、打ち消すことをあらかじめ理解していたかのように、瓦礫の群れが空中に待機していた。

 幻想殺しには異能以外を打ち消す力は存在しない。純粋な質量を伴った力には無力でしかない。

 ──だからこそ、上条は自らの命運を彼女に託した。

 

「以前天野さんと戦ったときに言いましたよね?私の能力は汎用性が売りだって!」

 

 オレンジの閃光が上条の後ろから幾条も駆け巡った。超電磁砲(レールガン)。彼女の代名詞となった一撃が一度に複数放たれる。

 しかし、その攻撃の全てが空中に浮かぶ瓦礫を素通りしていく。御坂美琴が放った渾身の攻撃は、一見すると的を外して失敗した……かのように見えた。

 

 空中を浮かんでいた鉄屑が、音を立てて力を失ったのように地面へ落下していく。そんな不思議な現象を起こしたのは、もちろんこの場に居る御坂美琴に他ならない。

 

「磁力はある一定の温度を超えると力が弱くなる。なら、超電磁砲で発生する熱を天野さんが作り出す磁界へ干渉するように撃ち込めば、それで磁力をある程度は抑え込めることができるってこと」

 

 超電磁砲を直接当てなかった理由は、一重に上条へ破壊した破片を当てないためだ。一メートル離れているかどうかでは、運が悪ければ破片が直撃して死に至る可能性があった。

 そのため、超電磁砲を形成する上で発生する熱量を、磁力を遮るための切り札とした。もちろん、ただ超電磁砲を放っただけでは副産物の放熱程度でどうにかできるはずもない。

 空中に浮かぶ瓦礫の大きさと配置から、空気中で超電磁砲の熱が収束するスポットを演算で導き出し、最大の効果が見込める箇所へ必要なだけ撃ち込んだのだ。

 

「まあ、これは磁界に対して揺らぎを与える程度の効果でしかないから、すぐに回復するでしょうけど、その一瞬あれば充分でしょ!」

 

 その御坂からの答えは口頭によるものではなく、行動によって示された。

 ザンッ!!と、力強く踏み出された足は右手が届く間合いの内側へ、ようやく侵入を果たしたのだ。

 

「うおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」

 

 あらゆる異能を打ち消す右手が、少年の雄叫びと共に今まさに天野倶佐利へと伸ばされる。天野に触れるまであと数センチとなったその瞬間、右手から感じるその馴れ親しんだ感覚に上条は目を見開いた。

 

「(な……ッ!?触れる瞬間に放電して()()()()()()()()()()()()()()()()())」

 

 打ち消されるために能力を使う。この言葉だけで考えてみると無駄な行為でしか無いが、幻想殺しが異能を打ち消す際に一瞬だけラグが生まれ、空白の時間ができる事実を知っている者からすれば、それが如何に有益なものか理解出来るだろう。

 生まれる時間など一秒にも満たない僅かな時間だ。しかし、彼女にはその時間だけで充分だった。

 

 上条の右手が再び伸ばされるが空を切る。天野倶佐利は再び磁力の制御を取り戻し、足場にあった鉄材を磁力で浮かせ地上から五メートルほど空中へ浮上した。

 警策は端末の向こう側から人知れず勝利を確信する。

 

「幻生の話では幻想殺しは異能を打ち消すだけの力。だったら絶対に届かない空中こそが安全圏!不安要素はなるべく早めに潰したかったけどこの際仕方ない。

 第七位は力業で抑え込めるし、美琴ちゃんに限っては今の倶佐利ちゃんの下位互換でしかないから、実質的な脅威は幻想殺しのみ!二人に攻撃しながら幻想殺しを質量による攻撃で翻弄していけば、着実に目標を達成できる!」

 

 今の状態で二人の超能力者を抑え込める力を有しているなら、さらに絶対能力者への成長率が上がれば上がるほど、圧倒していくのは自明の理。

 

「天野ちゃんは今この瞬間もさらに上の次元に登り詰める!現時点ですら対抗できるか怪しいのに、さらに強くなっていく倶佐利ちゃん相手に勝つことなんて不可能でしょ!」

 

 そして、今この瞬間に次の進化は完了した。

 つまり、先ほどまでよりもさらに強くなった天野ならば懐に入られることもなくなるはずだ。

 天敵から絶対的なアドバンテージと確定した未来予想図を掴み取り、彼女の口角が上がった。念願を達成するまでの筋道ができたのだから達成感はえも言われぬものだろう。

 このまま行けば彼女は無事に復讐を果たすことが可能となる。

 

「(ドリー……このくそったれの街と諸悪の根元を吹き飛ばして、必ずあなたの仇を取ってみせる)」

 

 亡き友のために人生の全てを注いできた復讐を完遂させる。この街に利益をもたらすために生み出され、殺された、人生を最初から最後まで他者によって弄ばれた少女へと捧げるために。

 

 

 

 ──しかし、それが誰かの不幸を生み出すのならば、その男は決して黙ってなどいない。

 

 

 

『………………………………え?』

 

 天野の思考が空白となった。それもそのはず、地上に置いてきたはずの上条当麻が何故か目の前に居るからだ。

 ここは地上から五メートル離れた空中であり、その特異な右手を除いて並みの身体能力しか持たない上条当麻が、遥か空中に居る天野の目の前に居ることなど絶対にあり得ない。

 それも、天野が空中に飛んだのと全く同じタイミングでだ。当たり前だが、垂直跳びでそんなことが上条当麻にできるはずもない。

 ならば、他にそれを為した人間が他に居る。

 

「──言ったはずよ。私と天野さんの間には一時的にネットワークが構築されているって。

 例え、多くの性能(スペック)で劣っていたとしても、磁力を使って移動するという現象そのものに出力の有無は関係無い。それを、先読みが可能な条件下で私が出遅れるなんてこと絶対にあり得ないわ!!」

 

 警策の言う通り、超電磁砲が使えなくとも翼と電力の出力で天野倶佐利は御坂美琴を圧倒することが可能だろう。しかし、その技術の練度の差と一時的な先読みを用いれば、その出力の違いも埋められる。

 それもそのはず、御坂美琴の能力の突出しているものは、出力の大きさではなくその汎用性の高さなのだから。

 磁力によって形成された足場を踏み締めながら、目の前の男は言葉を発する。

 

「俺は右手を振るうしか脳がない奴だけど御坂にはすげえ頭脳がある。アイツならすぐにここからの必勝法を思い付くはずだ。

 御坂がその必勝法を編み出すのが先か、それともそっちがさらに強くなるのが先か…………もうこっちが一方的に崖へ転がり落ちる下り坂なんかじゃない、状況はもう五分五分まで吊り上がったんだ!!」

 

 またしても、上条が突き出した右手により放電が打ち消される。しかし、先ほどとは違った結果に天野は戸惑うこととなった。

 

『!?…………電力が遥かに落ちてる。一体何故……?』

 

 進化しているのだから性能が上昇しても下がることなどあり得ない。その不可思議な現象を生み出している人物は少年を上空へと打ち上げた少女だ。

 息を深く吐きつつも彼女は少年からの期待に応えてみせた。

 

「空気中の絶縁体破壊とそれを利用した電流の誘導。私の土俵である電気の扱いでそう簡単には負けられないのよ。こちとら、どっかの脳筋の第四位と違って幅広い汎用性があんの。これくらいできなきゃ学園都市第三位は務まらないわ」

 

 電力が落ちているのではなく、あらかじめ決まった方向に拡散したために上条に到達する電力が落ちていただけ。しかし、それに気付くには時間も経験も足りなかった。

 そして、その困惑は明確な隙となる。電撃を打ち消した少年の掌が目の前へと迫っていた。

 

 相手の攻撃を抑える少年は血管を浮き上がらせて獰猛に笑い。少女は次に何が起きてもリカバリーするため、六感も含めた全神経を張り巡らせている。

 

 既に王手を掛けられていた。

 仮に今の状況を防いだとしても次の攻防はより厳しくなると想定してしまうのは無理からぬことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「先輩を犠牲にして何かをするつもりなら何度でも俺達が止めてみせる!どこの誰かも分からない奴らの、筋書きなんて跡形も無くぶっ壊してやる!」

 

 恐怖に駆られて身動きができなくなった彼女に、上条の右手が伸ばされる。

 

『や、やめ……!』

 

「俺達は絶対に先輩を諦めない」

 

 ──そして、彼女を縛り付ける(くさび)が少年の手によって打ち砕かれた。




◆作者の戯れ言◆
一万字を超えてしまい申し訳ありません。でも、途中で切ると勢いも切れそうだったのでこうなりました(言い訳)
戦闘描写は難いんだぁ……

あと、まだまだこの章は終わらなかったり


◆裏話◆
『御坂美琴=ヌイト』説
 アレイスター=クロウリーが学園都市でしようとしているのはテレマの再来。そのテレマにて至高の神は女神ヌイト。
 女神ヌイトは『夜空を覆う女』とアレイスターは述べている。つまりは、夜空にある星もヌイトの作り出す物と言っても過言ではない。
 そして、御坂美琴は子供の頃に布団の中で能力を使い、それを星の瞬きに見えたと言っており、レベル6に成長していく御坂美琴は『夜空の奥行き』が見えると考えた。
 これが、『御坂美琴=ヌイト』説の大まかな内容である。

 ちなみに、女神ヌイトは魔術師アレイスター=クロウリーが、テレマでその存在を初めて述べたのではなく、アレイスターが産まれる以前から存在していた女神である。
 記前年二〇世紀から伝わるようになったエジプト神話にて、天地創造に由来する神だけではなく、オシリス、イシス、セト、ネフティス、大ホルスを産んだ原初の女神がヌイト。
・所有色=黒、濃い青、黄
・所有元素=風
・方角=北、左方
・同一神=ハトホル



◆考察◆
『御坂美琴=ヌイト』説についての作者の補足であり考察(箇条書き)

●女神ヌイトは雌牛の形で表現されることもある→雷神御坂、初期状態の角の可能性。
●女神ヌイトが持つ称号:『千の魂持つもの』→殺されたシスターズが残した魂(記録)達を、ミサカネットワークを通じて送ったことにより獲得したと思われる。
 ※シスターズは一万の死の記憶のため、『千の魂持つもの』とはそもそも数が合わない。しかし、シスターズはクローンであることや急速成長させた事実もあるため、絶対に間違いとも言い切れない。
 (学習装置や身体の促進剤などの、外部からの力で存在を確立しているために、魂としての質が足りない可能性がある。あるいは、記録として残ってるため完全な魂とは言えないためか)
●伝承:女神ヌイトの涙は雨となり、笑いは雷鳴となった。→雷という点で御坂美琴との類似性がある。
 反論として、巨大な雷を落としたときの御坂美琴は怒りの感情で染まっていたため、笑い声は上げていない。
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