顔を覆っていた夜も消えるように無くなり、発していた莫大な圧力も鳴りを潜ませている。腕の中に居る天野倶佐利が元の姿に戻りつつあることを上条当麻は認識した。
「──よっと、これで一件落着か?」
「
あれだけの力を有した天野さんが、今回の騒動の本命じゃないなんて考えづらいしね」
上条に近付いて来る二人の男女。今回、大きな被害が出ずに天野を助けることができたのはこの二人のお陰だ。
「二人ともありがとな。二人が居なかったら先輩を助けられなかった」
「礼を言われることじゃねーよ。人助けは根性あるならして当然だしな。それに、天野は元相棒だ。見捨てる理由を探す方が面倒くせえぜ!」
「私も天野さんには借りとかいろいろあったから、動いて当然と言うか。そもそも今回の騒動は私の代わりに巻き込まれちゃった可能性があるわけで、どっちかと言うと私は頭を下げなくちゃいけないかもだし……」
命懸けの戦いだったにもかかわらず、なんでも無いかのように快活に笑う削板軍覇と、気まずそうに目線を下げる御坂美琴がそこには居た。
御坂はともかくとして、削板に超能力者としての高いプライドがもしあったなら、上条と共闘することもなかったかもしれない。
そう言った能力だけではなく人柄も加味した上で、上条はここに現れたのがこの二人で良かったと思った。
「つーか、その黒幕ってのはぶっ飛ばさなくていいのか?天野がああなったのもそいつの悪巧みでこんなことになったんだろ?このまま、とっちめに行った方がいいんじゃねーの?」
削板の思考回路は根性の無い悪党を懲らしめればいい、と言うシンプルなものだが、今回はそれが最適解であった。
「……そうね。幻生は食蜂の
御坂からすれば怪我の一つや二つはしやがれ、というスタンスなのだが、今回の黒幕である木原幻生を逃がしてしまうことの危険性は、既に嫌と言うほどに理解していた。それほどまでに幻生は危険すぎる。
犬猿の仲である少女を思い出しながら御坂は呟いた。
「ヘマしてないでしょうねアイツ」
『……ほう。どうやら、天野くんの
監視カメラの映像と音声を手元の端末からその情報を入手している食蜂は、端末から幻生に向けて挑発するように話し掛ける。
「あなたとしては今回の騒動に区切りを付けて、さっさと逃走したいってところかしらぁ?あるいは、強欲
御坂さんは外装代脳を見てるから、あなたが心理掌握を手にしても外装代脳が弱点であることは把握済み。彼女お得意の
正直食蜂としては駆け引きで木原幻生を上回るのは厳しい。学園都市の闇を生き抜いてきた妖怪の、真贋を見極める目と手腕はもはや覚りの域である。
そんな相手からイニシアチブを獲得するためならば、どんなに安い挑発だろうが挑発に挑発を重ねていく必要がある。
「(まあ、それさえも読まれてそうなのが嫌なことろなんだけど……)」
それが疑心暗鬼と切り捨てることができないほどに、幻生の権謀術数は卓越していた。
『ひょっ、ひょっ、ひょっ、確かに彼らは君を助けるため、すぐにでもここへやって来るだろうねえ。それぞれが「ヒーロー」としての性質を持っているのだから、それもまた必然と言っていい。
僕もさすがに彼ら全員を相手取って、勝利できると言うほど自惚れてはいないよ』
「ふぅーん?その割には随分と余裕ねぇ?まあ、あなたが
それよりも、なぁんで未だに私を追っかけているのかしらぁ?第七位はともかくとして、上条さんと御坂さんに効かないのは間違いないから、心理掌握のリミッター解除コードを手にいれたとしても、そこまで劇的に状況がひっくり返るとも思えないんだけどぉ」
考えてみれば不可解なことばかりしている。実験が失敗したのならば固執せずにすぐにここから去ればいいだけの話だ。だが、それもせずにこうしてゆっくりと施設の中を歩き、食蜂を追い続けるなど自らの状況を悪化させているだけの悪手でしかない。
「(幻生は如何なる窮地であっても、冷静さを失い感情的になるような人間ではない。継続不可能の実験に未練を残して固執して大局を見失う簡単な相手ならば、ここまで苦労することもなかったわぁ)」
何か状況を打破する策があるのか?だとするなら、何故悠長にしているのか?矛盾した行動が食蜂に混乱をもたらす。
『ふむ、君からすれば僕の計算外のことが発生していると見えても仕方ないかな』
幻生の意味深な発言に食蜂は眉をひそめた。
『僕は一つのことに集中してしまうとどうも視野が狭くなってしまう悪癖があってね。先ほどの、上条くんと削板くんが天野くんの戦いに参戦するところを千里眼で見て、君を捕り逃してしまったときはまさにそれだ。
だからこそ、君に対して「オカルト」の説明を蔑ろにしたまま、この局面まで来てしまった。まあ、そもそも僕に状況を説明する義理はないんだけどねえ』
いきなり奇声を上げて、全く関係の無いことを突然言い出したときはドン引きしたが、結果的に食蜂が拘束を振りほどくだけの時間が生まれることとなった。
もし、あの二人があの戦場に現れなければ、食蜂は心理掌握のリミッター解除コードを奪われ、あの場で殺されていたかもしれない。
「あらぁ?もしかして、あの話をまだするつもりなのかしらぁ?科学者らしくなくそんな不確定要素に頼ったことが敗因でしょう?
それとも、この期に及んでみっともない女々しく言い訳
それが仮にあなたの予想範囲だろうが予想外だろうが、結局は上条さん達に
まあ、端的に言えば理解できていない不確定要素に実験の行く末を委ねたあなたの判断ミス。科学者が数値で計れない『オカルト』なんて眉唾物に期待するのが、そもそもの間違いだったんだゾ☆」
……もし、図星ならば何かしらの反応は見せるはずだ。自分よりも遥かに年下の少女にここまで言われて反応しないはずがない。『木原』であるからこそ一個人でのプライドはなくても、科学者としての矜持だけは人一倍あるはずなのだから。
そんな食蜂の思惑を知ってか知らずか、幻生はなんでもないかのように言葉を発した。
『確かに、絶対能力者への実験は彼らに止められてしまったねえ。僕の協力者もおそらく怒髪天を衝く思いをしているだろう。やれやれ、少々宥めるのに時間が掛かりそうなのが面倒だよ』
「…………」
食蜂は今の一言で確信する。
「(……それじゃあ、幻生の狙いは何?私を追い続けている以上は心理掌握のリミッターコードで間違いないはず。でも、天野さんが元に戻ったのなら、『絶対能力者進化計画』に使うことは万が一にも叶わなくなった。
それに、外装代脳の存在を御坂さんは知っているから、仮に私を亡き者にしようとも、御坂さんが知っているんだし意味がない。
この詰みの状況を覆すにはリミッター解除コードだけじゃ、カードが弱い……いや、この場合は相性が悪いと言うべきか。心理掌握と
幻生の長年の夢が絶対能力者であることは間違いない。
それこそ、第一位の『
「(そもそもの話、念願である絶対能力者を生み出す計画が狂ったにも関わらず、どうして平常心のまま──────ッ!?)」
食蜂はとある推論に辿り着き目を見開く。もし、本当にそうならば幻生のこの余裕にも納得ができる。しかし、もしそうならば今までの全ての事柄が、端末に映る妖怪の手中にあったことを意味していることに他ならない。
その恐ろしい想定に背筋が凍りながら、食蜂は震える唇を動かして推論から導き出された答えを発した。
「…………まさか、天野さんの『
それはつまり、こうして不利な状況に追い込まれることすら織り込み済みと言うことだ。再び計画の軌道に乗せる方策があること。
……いや、より飛躍的に『絶対能力者進化計画』を促進させる何かの前段階という可能性すら生まれてくる。冷や汗を流す食蜂に向かって端末に映る老人はその質問を返答した。
『それは僕に対して過剰評価が過ぎるね。間違いなく絶対能力者を生み出すことは不可能になった。これは揺るぎない事実だとも』
「…………………………」
これも違うのだとすれば食蜂に導き出せる答えはもう無い。この不可解な状況がどういった理由で構築されているのか、何一つ情報が無いからだ。ここまで来ると引き際を間違ったと言われた方がまだ納得できる。
そのことを察したのだろうか。幻生は食蜂に説くように話し掛けた。
『おや、さすがの君でもここら辺が限界かな?とはいえ、それも仕方ないだろう。
「……………………………………………………ッッ!?!?!?」
──あり得ない。
食蜂の脳内を占める思考はこれ一色だ。あの木原幻生が絶対能力者進化計画を諦め、別の計画を進めるなど信じきれなかった。
「(……別の計画に舵を切ったっていうの?この場面で?)」
食蜂はその不可解な言葉に唖然とする。
「(これが安全な状況下での判断ならその可能性もあり得たでしょうけど、今は強大な力を持った複数の強者に追われる絶体絶命の窮地。
この状況では一旦退いて、あとで別の絶対進化計画を進めることが得策なはず。絶対能力者よりも確実に劣る枝葉の計画のために、リスキーな行動をするなんて……一体どういうことなの?)」
幻生の言うことが本当ならば、幻生は
しかし、よく考えてみれば分かる通り、こちらには電子系統を掌握する第三位に、人心を掌握し嘘を完璧に見抜く第五位。この二人が手を組み追跡すれば、幻生とて事前準備さえなければ出し抜くのは難しいはず。
それに加えて科学者の天敵とも呼べる科学で解析不能の第七位に、幻生の多才能力を完全に無力化できる幻想殺し。この四人が結託すれば如何に幻生でも捕まるのは時間の問題だ。
「(絶対能力者進化計画よりも劣りながらも、幻生が捕まっても成し遂げたい実験……。第七位の能力を解析する手立ての確立や、上条さんの右手の力の解明…………いや、重要度は高いでしょうけど
それじゃあ、統括理事長アレイスター=クロウリーの暗殺とか?……難攻不落の城に居るこの街の王様を殺すことができれば偉業と呼ばれるかもしれないけど、狂った科学者である幻生なら絶対能力者の方が魅力的なはず……。
なら、統括理事会に加わる何かを欲して?…………これも違うわね。幻生は今現在も科学の重鎮として好き勝手してるんだから、今さら権力を手にいれるために博打を打つ意味がない)」
幻生は一つの実験に執着するタイプではない。それこそ、失敗したと分かれば機会を改めて他の方法を考えるだろう。おそらく、幻生からすれば策を新たに練る時間も楽しいはずだ。
にもかかわらず、最終目標を達成できない可能性が生まれるリスクを受け入れ、何かを成そうとしている。その乖離した幻生らしくない違和感の気持ち悪さが、食蜂に不快感を与えていた。
「(──いや、そもそも前提が違う?)」
結果が間違っているのなるば、途中式が違うということではないだろうか?それこそ、食蜂が当たり前だと認識していた前提条件。
例えば、
「……幻生が今からしようとしていることは捨て身の計画じゃない……?」
幻生がゆっくりと行動しているのは単純に焦る理由が無いと言うこと。あらゆる側面で常人とは遥かに秀でた超人達が、背後から迫ってきてるにもかかわらず、一切動じない理由なんて誰でも分かりきっている。
食蜂は目を見開いて叫ぶように声を出した。
「まさか、私達四人を相手取って逆転する
その『女』の口は動いていた。
しかし、誰もそれを『声』と認識出来ない。
何故ならばそれは通常の発声の仕方とは全くもって異なるからだ。
呼吸法が違い、音を出す器官が違い、言語がこの世界のものと違っていた。この世界と異なるその『知識』から生まれたその音無き声は、誰も認識出来ないまま世界を振動させていく。
『?……今のは……?』
ある者は察知してもどうすることもできない。何かするよりも先に音は空気と地面を伝わり流れていく。
そして、その音は微弱ながらも異様なことにどこにぶつかっても一切途切れることは無く、この街を覆いながら反響し目を閉じて外界と断絶している声の主の下へと戻って行く。
それは『超能力』か。はたまた、『魔術』か。あるいは……、
更新頻度が減っていくかもしれませんが、更新するのを待っていただけると嬉しいです
by海鮮茶漬け