とある原石の神造人形(エルキドゥ) 作:海鮮茶漬け
───ああ、無くなっていく。
───栓を抜いた湯船のように、『力』がどんどん身体から抜け落ちていく。
───…………取り戻さないといけない。あの全能感を取り戻さないと安心出来ない。弱くなるということは恐怖でしかない。
───手繰り寄せて、再び掴み取る。
───必ず、もう一度この手に。
マッドサイエンティストは述べる。
「天野くんは素晴らしい能力者だよ。いつも僕の予想を幾つも超えてくれるんだからね。科学者としてこれほど嬉しいことはない。どんな結果を導き出すのか楽しみでならないよ」
数値を変動させる要素はできる限り排除した上で、実験、または観測をすることは、科学者ならば語るまでもない常識である。だが、その理解の出来ない要素を解析し解明することも科学者の義務なのだ。
「数値を引っくり返す『未知』を嫌悪する科学者は三流さ。その未知を踏破せんと嬉々として踏み出す科学者こそが、本来あるべき姿なんだ」
木原一族は実験体の限界を無視して壊すことが研究の第一歩、というイカれた思想を抱く一族であるにもかかわらず、木原幻生は『能力者の過剰コピー』以外の非人道的な実験を、天野倶佐利にはしてこなかった。
もちろん、幻生がその思想を持ち合わせていないはずもない。科学の発展のためならば、自らも切り捨てる犠牲の一つとして数える狂人の、『木原』が薄いわけもない。
そんな彼が天野を壊さなかった理由は単純明快。『そのまま放置していた方が観測しがいがある』という結論に至ったためである。一見、これは日和見主義のようにも見える。
それこそ、木原一族の誰かが木原幻生のやり方を知れば、嫌悪と侮蔑の視線を向け殺意を持って殺しに行くはずだ。その様なやり方にあの木原幻生が変えたのは、天野倶佐利に眠る『未知』と邂逅したからに他ならない。
「新たな境地に至るためには数多の困難を超えねばならない。そのためには類い希なる才覚と運が必要だ。だけど、残念ながら僕には天野くんが至ろうとしている領域が、曖昧模糊としてとらえどころがない。
だからこそ、天野くんの干渉を出来るだけ少なくして、彼女が歩む道から『科学』を取り除こうと考えた。まあ、この学園都市に居る間は科学と無縁になるなんてあり得ないけど、僕ら『木原』は科学の化身とも呼べるだろうからねぇ。
僕の『木原』が彼女の特異性を失わせる可能性が高い以上は、観測に留めるべきだと判断したのさ」
思い出してみれば、天野倶佐利は木原幻生以外の木原一族と一度たりとも接触をしていない。
科学の重鎮である木原幻生としても何百と存在している『木原』から、天野倶佐利という特大の希少生物を守護するというのは、彼であっても並外れた尽力が必要だった。
あの木原幻生の『実験体を壊されないように守り抜く』という、彼の在り方から外れたその行動によって、実際に数人の木原がこの世を去っていた。
その馴れない行動によって幾度か三途の川を見たが、彼はこうしてここに居る。彼の科学への妄執は手足を失った程度で消えるような柔なものではない。
実験体に手を出すことを自分自身に禁ずるという、拷問染みた制約を決めてから十年余り。
その苦労が今この瞬間、ようやく実を結んだ。
「天野くんは幾つもの想定していた壁を越えた。それこそ、限り無くゼロの確率を当て続けるという、奇跡にも似た事象を繰り返すことでね。その献身のおかげで『未知』の輪郭を捉えることが、僕にもようやく成功したよ」
「──これで天野くんは最終
その違和感を真っ先に察知したのは一番近くに居た上条であった。
「あっ、先輩起きましたか?」
腕の中に居る少女の口から漏れ出る、微細な振動を感じ上条が問い掛ける。目覚めたのならば喜ばしいことだ。
だが、不思議なことに彼の先輩である天野倶佐利の目は閉じたままだった。
「こんな状況で寝言とは根性あるな!」
「でも、途切れないところを見ると寝言って風には見えないけど……流石に寝たふりなんかしないだろうし、もしかして水に溺れる夢を見て息継ぎしてるとか?
あるいは、変な力を注入されていたみたいだし弊害かもしれないわね。まあ、元の姿に戻りつつあるみたいだから後遺症として残るものはないとは思うけど」
そう御坂美琴が夢を見ていると判断するのも無理からぬことだった。何故ならば、天野倶佐利は口から言語と呼べるようなものを発していなかったからだ。
客観的に見たときに口をパクパク動かしているようにしか見えない。そして、仮にそれが異能の力だとするならば上条の右手が打ち消しているはず。ならば、当然意味などない無意識の行動と考えて当然だ。
だから、気付くことが出来なかった。上条が直ぐにでも天野の口を閉じさせれば結果は変わったかもしれないのに。
「仕掛けは難しいことじゃない。天野くんから能力のデータを集める際に生まれた未知なるブラックボックス。つまりは、科学に分類出来ない『非科学』に分類されるデータを音波として流すだけ。
キャパシティダウンの機材を利用すればその実現は実に容易い。あとは、天野くんに眠る『オカルト』が自然と隆起するという寸法だよ。
もちろん、科学に分類できないからこその『ブラックボックス』。当然、そのデータを希釈をしなければ使えないから、『非科学』の要素は薄まってしまう。
だけど、おそらくはそれで充分だろう。御坂くんからエネルギーを奪い取るほどの何かを秘めているなら、それだけで
「「「ガハッ!?!?!?」」」
脈絡というものがなかった。それは予備動作や予兆などは一切見られぬまま起きた。何が起きたかと言われれば答えられる者はここには居ない。
───何故ならば、吹き飛ばされたことで上条、御坂、削板の三人はようやく異常事態が起こっていることを認識したのだから。
地面の上をゴロゴロと転がり元居た場所から数メートル弾き飛ばされた上条は、全身を襲う痛みに耐えながらゆっくりと起き上がる。
「づ……!……な、なんだ……?……何が起きたんだ……?」
殴られたときのような痛みではなく、まるで爆発を全身に食らったかのような理解が出来ない攻撃。何をされたのか、何が起きたのか、上条は身に付けた多くの戦闘経験と照らし合わせても見当すら付けれない。
未だ味わったことのない攻撃に戸惑っていると、目の前を覆っていた粉塵が晴れて元居た場所───つまり、天野倶佐利の姿が目の前に現れる。
「…………………………………………………………は?」
上条の思考はそこで停止した。
それは精神攻撃を受けたからだとか、新たな第三者による介入などではなく、単純に目の前の光景の異質さに呆然としていたからだ。
先ほど黒幕の手から解放したはずの天野倶佐利が、再び力を取り戻していた。それは剥がれつつあった白い皮膚が再構築しているところから察することができる。
しかし、先ほどとは決定的に異なることがあった。
まるで、天野倶佐利の頭部には花嫁が被せられるベールのような物が覆られていた。それだけならば、上条とて動揺はしても直ぐ様持ち直したことだろう。
しかし、その他の物は明らかに異常な物がある。
一つは頭部を覆うベールの更に頭上に現れた光輪。イメージするのは天使の輪っかだが、どうにも人工的な何かを想起させる動きをしていた。
その光輪の輪の外側に鉛筆のような棒が無数に出っ張り、ガシャガシャガチャガチャ!!と、高速で出し入れされている。
……いや、正確には思い出すよりも先に他の物に注意を引き付けられた。
天野倶佐利の背中から飛び出すように突き出された、深い紺色の巨大な柱。一見、鉱石のように見えるが上条はそれが何なのか知っている。
夏休みの終盤。記憶を失った上条が初めて両親と出会うこととなった、『旅館わだつみ』への強制的な島流し。その間に起きた八月二十七日~八月二十九日の一連の騒動で、
上条は恐怖と共に頭に染み付いたその名前を、まるで自然と溢れ落ちたかのように震える唇から発した。
「…………ミ、……ミーシャ=クロイツェフ……?」
「食蜂くん、君は
幻生は端末の向こうに居る食蜂に向けて……いや、もしかすると何処かで話を盗み聞きしているかもしれない、学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリーに向けて、それこそ教鞭を振るうかのように滔々と話し出した。
学園都市の宿願である絶対能力者に勝るにも劣らない『科学の発展』、それ即ち。
「───科学が発展する際に必ず現れる『ブラックボックス』。『科学』の前に立ち塞がる『
自らの知的好奇心と科学者としての誇りのためならば、禁断の領域へも軽食を食べに行くかのような軽い足取りで侵入していく。
それこそが、科学者のあるべき姿なのだと胸を張りながら、その狂人は哄笑を上げて未開の大地に足を踏み入れる。
「全ては『科学』の更なる発展のために」
ま、こうなるよねって感じです
順当にガブガブの身体に入ったフラグを回収していきます(この章では一部分だけですが)
P.s
最近ガブリエルの身体に入ったの上里説の考察見て、『うっそだろお前!?』ってなってる作者です