とある原石の神造人形(エルキドゥ) 作:海鮮茶漬け
ぶっちゃけあの考察はこれからの土台を固めるためだったり。
「魔神ッ!?それも女神イシスだと!?」
『うん、可能性としてはそれが一番高いかも』
土御門はその言葉を聞き絶句する。魔術師にとって……いや、世界と言うものにとってその言葉は無視できない名称なのだ。
「……冗談だろ……?そもそも、魔神なんていうのは魔術を究めた化け物の名前だぞ?ミーシャ=クロイツェフと言う前例がある、超常存在をその身に降ろす憑依は百歩譲って許容するとして、学園都市で生きてきた人間が魔神の領域まで行ける訳がない。
世の魔術師達が目指しても届かない大偉業をアイツが成し遂げただって?幾らなんでも馬鹿げているッ!」
そんなものは当たり前の事だった。前提条件として魔術師としての下地がなければならず、禁書目録並みの魔術知識が無ければ絶対に届くことはないのだ。
魔術知識を与えた可能性があるローラ=スチュワートでも、禁書目録が有する知識と同程度の知識を与える訳がないし、天野俱佐利は学園都市で生活してきた原石の能力者。成し得ない可能性と条件の方が遥かに高い。
しかし、土御門と話しているのは彼以上に専門家なのだと忘れてはならない。
『それは分かってるんだよ!でも、幾つかの特徴が魔神が生まれる瞬間に及ぼすだろう影響を引き起こしてて、このままだとくさりが人の領域を超えちゃうんだよ……!
……あーもうっ!私だって何でこうなってるのか全然分かんないんだよ!』
電話口に居るインデックスも余りの事態に混乱しているようだ。彼女はこの街の王が魔術師アレイスター=クロウリーであることを知らず、上条の右手が先代の
それこそ、現場に居る三人と同じくして天野俱佐利の状態を最も説明して欲しいのは彼女に他ならないのだ。
「(魔神なんてもんが誕生するとしたら、それは地上に神が降臨するようなものだろう。ミーシャ=クロイツェフのときですら人類が絶滅する可能性があったんだぞ?
神代が薄らいだ今の時代に対し、神の存在が及ぼす影響なんて計り知れない。最悪顕現しただけで学園都市が消し飛ぶことも……)」
土御門は魔神というものがどのような存在なのか知っていても、魔神と言う存在が世界にどれほど影響を及ぼすのかは、想像すらできない。しかし、どのようなものだろうが厄災を振り撒くことになるだろう。
余りのスケールの大きさと突拍子も無い荒唐無稽な話をなんとか飲み下し、これから自分がどんな行動を取るべきか考えていると、付け加えるようにインデックスが言葉を発した。
『でも、あれはまだ成りかけなんだよ。今なら止められる可能性があるかも』
「……………………何だって?」
成りかけ。つまり、現時点では魔神へと至ってはいないということ。それを聞いた土御門はふと頭に湧いた疑問を口に出す。
「魔神になるというのはそう言った段階を踏むものなのか……?」
土御門は魔神に関する知識が無いために尋ねるしかない。もしや、人から神への書き換えのようなものがあるのだろうか?
『ううん、魔神に至るまでに様々な準備とかは必要だけど、魔神に至ればその時点で超越者だから人じゃあ無くなっちゃう。でも、魔神に到達するために必須条件があるんだよ』
「必須条件?」
『
それが誤認なのかどうなのかは分からないけど、きっとそれを満たしちゃったから魔神へ変容してるんだと思う』
死。
生物の絶対に揺らぐことが無い定められた終着点。生きとし生けるものは最終的にすべからくそこへ収束する。
しかし、そこで終わらずに更に一歩超えた存在こそが、世の理を逸脱する魔神なのだ。インデックスは何かの要因でその条件を満たしてしまったと推察した。
『その要因になってしまったのが、おそらくトートタロットの「
「あ、ああ……、それがどうかしたのか?」
『襟って言うのは首を一周するようにできてるでしょ?それはつまり、「矢」で押し上げられた者は
「……それ、じゃあ……何か……?魔神になることは第二志望の滑り止めだとでも……?」
そろそろ本当に頭が痛くなってきた土御門は意味もなく空を仰ぐ。彼の経験からしてもこれほど混迷窮まる状況は初めてだった。半信半疑で思わず笑ってしまうかのような問い掛けに対して、禁書目録は止めを刺すかのように返答する。
『……それはどうだろうね。壺から立ち上る虹は襟を形成しているから、分かたれた可能性は最終的に一つに収束するようになってる……もしかすると、魔神になることは目標を達成するまでの寄り道の可能性もあるんだよ』
「…………………………………………………………意味分かんねえ」
寄り掛かった壁をズルズルと落ちていく。魔術サイドの闇も科学サイドの闇も渡り歩いてきた百戦錬磨の猛者は、無自覚なまま突き進む馬鹿のせいで緊迫した状況であるにもかかわらず、一時的な思考放棄をした。
疑問の声を上げていたのは土御門だけではない。この街の中核にもっとも近い彼も彼同様に通信相手に問い掛ける。
『……今なんと言ったアレイスター?魔神だと?』
その老犬は通信相手に向かって確認を取る。彼からすればその名称はとても許容することができないものだった。
『木原幻生は科学サイドのアプローチで
能力者が昇る樹は魔術サイドのセフィロトの樹やクリフォトの樹とは別種なもののはずだ。出力方法が違うのだから当然樹を昇ることは出来無いはずでは?』
『そうだとも。しかし、第三の樹は確立したものではなく不安定で曖昧模糊としている。
信じがたいが私が手を加えた第三の樹を独自で変質させ、彼女が生み出した法則を無理やり生命の樹と第三の樹に照合させているのだろう。だからこそ、私が想定していない事柄までも合致させ、絶対能力者ではなく魔神へと舵を切った。
その上、あの様子ではセフィロトに
それはつまり、統括理事長・アレイスター=クロウリーが長い月日を掛けて整備した道を活用しつつ、自分の都合の良いようにカスタマイズしているということだ。
『この街の王である君が打ち立てた法則をねじ曲げるか……科学を愛する私としては到底許すことのできん事柄だ。だが、攻撃することは出来ないのだろう?』
『ああ、私の打ち立てた法則を活用している以上は、A.A.Aも学園都市の最先端の科学技術も、彼女を更なる位階へと押し上げる手助けとなってしまう』
『……君の術式破りでもか?』
それはつまり、
しかし、そんな彼の覚悟とは裏腹に返ってきた言葉は淡々としたものだ。
『私が世界に認知されていないのは生命維持装置の中だからだ。その私が表に出る……それも、外の魔術師達が監視している大覇星祭の最中に、学園都市の中に私が居ると感知されれば、此度の騒動は凌いだとしても直ぐ様魔術サイド全体が学園都市に攻めて来るぞ。
現時点では最新鋭の科学兵器と、君が持つA.A.Aのみが対抗策に成り得る。──つまり、今の戦力で戦うならば学園都市は確実に終わるということだ』
要するに、新たな魔神の誕生を防ぐことが実質不可能と言うことだった。
『それに加えて、禁書目録だ。彼女の目の前で魔神の討伐などしてしまえば、科学サイドには魔神を滅ぼすほどの「何か」があると知れ渡る。影に隠れて行動したとしても科学サイドと魔術サイドの衝突は避けられない』
『ならば、禁書目録の記憶を弄り消去するのはどうだ?それならば、彼女が自分の所属の人間に言う心配は無いだろう』
記憶の消去。学園都市の技術力ならば科学分野からでも、超能力の側面からでもどうとでもなる。
『いや、そうなれば不正アクセスとして必ず
それこそ、虎の子であるA.A.Aと自動書記の戦力は私の見立てでは五分程度だろう。長引けば長引くほどに解析され不利となるが、一撃で粉砕できればこちらに勝機はある。
しかし、禁書目録を亡き者にしてしまえばイギリス清教に間違いなく察知されるだろう。あの女狐が禁書目録の安否が分からないままになどするものか。
何かしらの魔術が施されているか、安否を確認するための人員が配備されているとみていい』
そこから、芋づる式に魔神のことがバレれば学園都市はどうすることも出来ずに破滅する、アレイスターは言外にそう言っていた。ゴールデンレトリーバーは口から煙を吐き出しながら言葉を吐き出す。
『……やれやれ、ここまで特大の異分子だとはな。大人達の固定観念を打ち砕くのは子供の権利だが、よもや世界の法則まで超越するとは思わないだろうに。
そして何より、ここまでの事態を引き起こした当の本人は無自覚な被害者と言うのだから始末に終えない。それは、善意も無く悪意も無い災害に他ならないのだからな』
そう言うと、木原脳幹は兵器の照準から天野俱佐利を外す。それはつまり、手の打ちようがないことを表す所作であった。彼は口に咥えた葉巻を消して展開した兵器を収納していく。
それを遠くから察知したのだろう、彼の見知った人影が木原脳幹へと近づいて来る。そんな彼女を見て何かを察するように老犬は呟いた。
『唯一くんの嫉妬を防ぐために大きな行動はできなかったが、保険も入れず木原幻生の下に彼女を置いていたのは私の落ち度かもしれんな』
ズレたサングラスを掛け直した金髪の少年は、再び手元の携帯に向かって声を発した。
「……それで、なんでイシスなんだ?魔神になるとランダムに神の名前が宛がわれるのか?」
あれから少しして冷静さを取り戻した土御門は疑問点を上げた。彼としてはもう少しこの問題へ取り組む前に時間が欲しいところだが、先送りにできるような時間が存在しないほどに事態は緊迫している。
少なくとも魔術サイドの事柄を解決できるのは彼だけ。土御門元春がどうにかせねばならないのは変わらない。
『ううん、魔神っていうのは端的に言っちゃうと神格を得ると言うことなんだけど、神格を得ると自然と何かしらの「席」に座るの。
もしかすると、魔神になるために究めた魔術の影響が大きいからかな?その中でくさりが多分据えられるだろう「席」が女神イシスってわけなんだよ』
「なら余計に天野の奴には不釣り合いだろう。天野から最も縁遠い要素ばかりじゃないか?」
そうだ。魔神になるだけでも可笑しな話だが、
「イシスは魔術の神だ。それは魔術を究めて人から逸脱した結果魔神になる、って言うわけじゃなく、女神イシスの称号こそが『魔術の神』。
それはつまり、あらゆる神達の中で最も魔術が秀でているということになる。そんな存在によりにもよって学園都市の人間が至るだって……?」
魔神へと至るにはある系統の魔術を究め、人の枠組みから外れるしかない。
その魔神の域に届いた者が学園都市に存在し、しかも『魔術の神』を冠する女神の魔神となるなど荒唐無稽にも程がある。
『……私もそう思うんだけど、くさりが魔術サイドの世界をよく知らず科学信仰の人間だとするなら、何かの神と共鳴して存在を引き上げられた可能性が高くなる。
だったら、直前までその身に降ろしていた天使・イシス=アルテミスに関係している神様。つまり、原型となった女神イシスか女神アルテミスのどちらかに絞ることができるんだよ』
もし、それ以外の神が隠れているとするならば彼女としてもお手上げとしか言いようがない。まあ、神格に縁が複数ある時点でどうかしているのだが。
「なら、アルテミスの方が可能性は高い。天使・イシス=アルテミスは女神アルテミスの側面が大きく出ていただろう?」
女神イシスよりかはまだ信憑性がある可能性だった。それこそ、
『くさりは確か山育ちなんだよね?だったらイシスよりかは狩猟の女神であるアルテミスの可能性は高くなるよ。でも、肝心の弓はくさりが魔神になるために変質した瞬間、粉々に破壊されてる。
アルテミスの神格を得るなら「弓」は絶対に外せない物。壊してそのままなんて絶対にあり得ない』
それこそ、天使・イシス=アルテミスで無くなった瞬間に弓も翼も綺麗に砕け散ったのだ。それはつまり、今の天野には弓は不要であると示している。
『弓矢を持たないエフィソスのアルテミスの可能性もあるけど、くさりが左手に持ってるのはアンク十字。
あれは古代エジプトで生まれて女神イシスが持っていたとされる物の一つなの。
それに加えて、くさりがなろうとしているのがアルテミスじゃなくイシスなら、
インデックスは記憶されている知識を総動員して仮説を組み立てていく。
『私達が名付けた「天使・イシス=アルテミス」だけど、そもそもここからおかしいんだよ。本来神様として在るものが天使として存在するなんて歪み過ぎてるからね。なら、そうなる理由が必ず何処かにある』
天野を天使・イシス=アルテミス足らしめる何か。歪みの原因は一体何かと言われれば、先ほどまでこれ見よがしに主張していたにもかかわらず、一切直接的な攻撃手段として活用しなかった
幾ら御坂美琴や削板軍覇が破壊したとしても、一度も報復のために使用しなかった攻撃手段にしてエネルギーの塊。
「──水翼か」
『うん、あの翼はくさりが「神の力」の身体に入った影響なんだろうけど、イェソドのセフィラを飛び越えた先にある、ケテル=ティファレトの
多分、ティファレト=イェソドを昇る際に使われた「矢」が不具合を起こさせたんだと思う。それが本来の物ではなかったせいなのか、別の要因なのかは分からないけど……』
「(……上やんの
そもそも、「矢」という記号を付け加えたのも魔術結社黄金である。幻想殺しは世界の基準点として生み出された物のため、そこが変わることなどありはしない。
『そのせいか、くさりはイェソドから完全に抜け切ることができなくて、
それに、『
高みに至るということは余分なものを削ぎ落とさなければならない。不必要なものをパージ出来ずにいれば高みに至れず、更には自身を結い止める足枷に成り果てる。
だからこそ、別のアプローチを試みた。
『「水」の要素を取り除けないなら、取り除かないまま高みに行ける道を選べばいい。女神イシスは魔術の神様であると同時に様々な属性が付け加えられた万能の神様なんだよ。
「王座を守るもの」や「偉大なる女魔術師」みたいな称号が有名ではあるけど、ナイル川の増水の神様と崇められたり、エジプト各地で信仰されたギリシア・ローマ時代では、アレクサンドリア港の守護女神から航海の守護女神となったりして、女神イシスは「水」の属性も持つようになるんだよ』
「だが、直接的な女神イシスの伝承は『玉座』と『復活』だろう?そんな後世の人間が後から与えた付加価値に神が歪められるとは思えないけどな」
『それこそ、くさりが成ろうとしたイシス=アルテミスは習合した神様なんだよ。そこから、神様の要素を抽出するなら「席」に当て嵌められる神様も、そう言った歪みがあってもおかしくないし、古くから伝えられてる神様なら習合していない方が珍しいくらいだしね。
それに、魔神の存在からして名前となった神様の、伝承をなぞった行動や魔術を行使するかはちょっと怪しいんだよ。
魔術はあらゆる文化体系から生まれた伝承や神話から、術者にとって有益になる部分を抽出し掛け合わせるのが一般的だから、元々がそんな『魔術師』から始まった人間が、神様になったからって一つの神話体系の魔術しか使えなくなるとは思えないんだよ』
『魔術』を究める『魔術師』とはそう言うものだと禁書目録は言った。
『どうしてそんな柔軟なことができるのか疑問ではあるけどね。
そこまで言うと、インデックスは本当に理解出来ないものを見るかのように呟いた。
『
「……あれが魔術の影響だとするなら距離をとって正解だったな。お前に掛けられているサーチ内でアイツが居れば、外の魔術師達が侵入してきただろう」
土御門は『
『あれは外部から何か信号を送られて発光しているのか、それとは全く関係無いものなのかは分からないかも。それと、多分ここは幾ら探しても分からないと思う。
もし仮に、外から何かしてるんだとしたら未だに表に出ていないなんてこと無いと思うし、それが出来る相手を見付けるのは至難になるはず。そして、ここまで進行したら裏で糸を引いてる人も、全てを掌握することは出来てないと思うんだよ』
もし、未だに裏で暗躍している黒幕が居たとしても、その黒幕自身も解決策に心当たりが無い可能性が高いとインデックスは述べる。つまりは、探しても無駄だ、と。
土御門もそれに同意する。何故なら、新たな魔神の誕生の瞬間は刻一刻と迫っているのだから。
「あれをすぐにでも止める手立ては何かあるのか?」
土御門は騒動を収めるためにどうするべきなのか分からない。それこそ、この街の王であるアレイスターが動いていないことから、彼等達がどうにかしなければならないのは明白だ。
「(それに加えて、この状況をおそらく監視しているにもかかわらず、連絡が一切無いことから推察すると、アレイスター自身も解決策が無いと考えて見ていい……)」
ならば、答えを有している可能性があるのは電話相手の、彼女ただ一人だけである。
そんな、一心に期待を向けられる一〇万三〇〇〇冊の魔導書を記憶している彼女は、いつもとは違いどこか自信無さげにその言葉を放った。
『……限り無く低い可能性だけど、一つだけあるかも』
「──ふむ、この世界の住人ではやはりここまでの予測が限界かのぉ?」
アルテミスは兄アポロンの策略で、遥か彼方にあるオリオンの頭を弓矢で打ち抜いた伝承があります