とある原石の神造人形(エルキドゥ) 作:海鮮茶漬け
とある施設の一画に二人の人影があった。一人は体操服に身を包んだうら若き少女。もう一人は白衣を着た老年の科学者。
対峙した二人は忍ばせた手札を用いて、相手の裏を読み合い騙し合う。食蜂は施設に搭載している防衛機能を、幻生は
食蜂がもしもの時に用意した防衛機能はその数も性能も高く、
そして、その勝敗は今ここに決した。
「カハ……ッ…………ア……!?」
「──まあ、こんなところだろうねぇ」
首を押さえて声無き声を上げて
「超高出力振動体を埋め込んだ『
うんうん、どれもこれも中々悪くないものだったけど、こればかりは年の功だろうねぇ。学園都市の闇を生き抜いてきた僕の目からすれば、君の企みは全て透けて見えるよ」
幻生はそんな無防備となった食蜂に向けて、
それは、今までのように抵抗することなく届き、幻生の求める情報を引き摺り出す。表情に喜悦を浮かばせた妖怪は手元の端末を見て口を開いた。
「──リミッター解除コードゲット。これで、『オカルト』を測るための指標を入手出来たね」
彼が持つ端末に表示される文字列。それこそが、食蜂操祈の奥の手である
こうして、幻生は心理掌握の使用と共に、外部代脳の使用も可能となった。
「天野くんの成長が止まらない以上はこのまま様子見をしたいところなんだけど、食蜂くんは必ず僕の命を狙ってくるから実験の妨げになる。
その上、実験を邪魔される可能性もあるのだから君を今ここで殺した方が楽だよねぇ?」
笑みを浮かべながらも一切の慈悲が無い無情過ぎる殺害予告。──だが、常人が思い付く絶望の更に先へ、突き落とすのが狂人なのだ。
「でも、どうせなら君には僕の実験に参加して貰おうかな。外部代脳は本来の出力以上の性能を引き出す構造上、どうしても心理掌握の所有者に負荷が掛かる。
年老いた僕よりも食蜂くんの方が体力はあるだろうし、僕には天野くんから検出される『オカルト』を解析し、科学に落とし込むという役目があるから、食蜂くんには必要な『オカルト』のデータが集まるまで耐えて貰おうか。
まあ、ざっと一万以上の数式を打ち込めば『オカルト』を解き明かすことも出来るだろう。君がそれまで壊れないように僕も細心の注意を払うとも」
一度の使用で身体に異常が現れる心理掌握のリミッター解除。それを、そのような回数繰り返せば、当然食蜂の身体は持たず廃人となるだろう。
だが、相手はあの木原幻生。脳波の調律を用いればその負荷を別の子供達に分配することも可能であるし、ホルマリン漬けにして脳を動かす機能だけにすれば、心理掌握の負荷をより長く耐えさせることもできるのだ。
それこそ、方法など幾らでも存在している。科学の重鎮たる木原幻生には実現できないことの方が少ないのだから。
「食蜂くんとしても天野くんの秘密は知りたいところだろう?天野くんの秘密を暴くことが出来たとき、君は真に彼女のことを理解出来るのだからねぇ。全て解き明かしたとき君達は本当の友人となっているだろう」
それは、幻生からの優しさなのか。はたまた、単純な気紛れでの一言なのかは分からないが、食蜂は自身に襲い掛かる苦痛に反芻する。
──本当の友人……?
酸欠となり意識が朦朧とする中で、そのフレーズだけは妙に耳に残った。その言葉はまるで、心の奥底まで理解せねば友人ではないかのようではないか。
「…………違、う……ッ」
視界がどんどん黒くなっていく中で食蜂は、無理やり口を開いて言葉を発する。食蜂は心理掌握を保有してるため人を信じることが出来ない。
SNSの返信を常に気にしてしまう人のように、目の前の人間が何を考えているのか不安だから相手の心を覗くのだ。その人間不信さは筋金入りで食蜂にとって挨拶代わりの行動となっている。
そんな人間が心を覗けない人間に対して心を許している訳がない、と幻生は考えているのだ。食蜂が御坂美琴ほどではなくとも天野俱佐利に警戒心を抱いているのではないかと。
表面上で仲良く見せていても、深層心理では油断なら無い相手と認識している、だからこそ自分がその垣根を壊して上げようと木原幻生は宣った。
「……ふ、ざけるんじゃ……ないわぁ……ッ!私の精神性を把握した程度で私の心を全て理解出来るなんて、自惚れもいい加減にしなさいよ妖怪ジジイ……ッ!!」
酸素が更に無くなることを理解しながらも、食蜂は無理やり言葉をぶつけた。その歯を食い縛り目を剥いた形相は、とても常盤台中学の一大派閥を率いる女王の姿ではない。しかし、その姿こそが彼女の内面をこれ以上無いほどに表していた。
「(深層心理では疑って掛かってる?実は天野さんの心を覗きたいと思ってる?だから何?そんなの当たり前のことでしょう?
理解出来ないから理解して安心したいってのは、そんなに異常なことなんかじゃない!
だって建前と本音が誰しもある時点で、目の前で笑ってる人間が自分に対して悪意が無いなんて、誰にも断言出来ないことなんだから!それを怖いと思うことがそんなにおかしいの!?
私は他人が何を考えているのか分からないことが怖い。でも、それが天野さんを友達と認めていないことと、イコールになる訳じゃ絶対にないッ!
一片の曇りなく心から信じるだけが友達の関係性じゃないわ。そんなもの見方を変えれば相手に依存してるのと変わらないんだから、それが一番美しくて正しい関係なんて決して限らない。
信用しても信頼はしない。その関係性に打算以外入り込む余地が無いなんて勝手に決めるんじゃないわよ!絵に描いたような分かりやすい関係性なんてこっちから願い下げ!人間不信だから友人が誰もいないなんてそんな暴論はこの私が許さないわぁ!
深層心理では不安でいっぱいでも、それでも一緒に居たいって思えるのが友人じゃないって言うなら一体なんなのよッ!……認めない。こんな表面の上っ面だけ見て私達の関係性に口出すような奴の言葉なんて認めない……ッ!偽物なんて絶対に言わせてたまるか……!!)」
心から誰かを信じ、信じられる関係性は綺麗なものだろうが、砕けるのも一瞬だ。人間気分によって振る舞いなんて変わって当然なのだから、自分が想像する通りの行動や、相手が想像するような行動なんて取り続けられるはずがない。
人間は機械的に動くAIではないのだから、信頼という名の無条件の期待は重荷にしかならないはずだ。疑うことが相手への優しさにもなると食蜂操祈という少女は信じる。
だが、酸欠により意識が落ちそうになるのを止められず、食蜂の瞼が下に下がっていく。
「(く……っ、…………何、も……できず……に……)」
幻生の姿が霞みがかって輪郭が捉えきれなくなっていき、食蜂は己の無力を嘆きながら暗闇に堕ちていく。
そんな意識を保つのがギリギリ可能な状態だからこそ、突然目の前に現れた銀線を正しく認識することが出来なかった。
ドスッと、鈍く静かな音が辺りに響く。
その音の発生源である木原幻生は、忘れていた何かをようやく思い出したかのように目を開いた。そして、何処か自分自身に呆れるようにして声を発する。
「……やれやれ、これも僕の悪癖がまた出てしまった結果だね。彼女がこういう行動を取るのも予想出来なかったことではないのに、天野くんの『オカルト』に夢中になりすぎてケアをするのをお座なりにしてしまったよ。
いささか短慮が過ぎるとはいえ、彼女の瞳に宿るドグマを見込んで勧誘したのは他ならない僕だと言うのにねぇ」
「──ガハッ!!ゴホッ!……ハァ……ッ!ハァ……ッ!」
食蜂の元に空気が戻ってくる。呼吸を吸い込みすぎて
「(な、何が起きたの……?)」
幻生が能力を解除する理由が無い。意識を落としてから能力を解除するならともかく、こんな中途半端にしても時間が掛かるだけだ。彼が観察したい実験が他所にあるのだから、食蜂を苦しめても意味はない。
だからこそ、その幻生が能力を解除するのなら、何か予想外の事態が起きたことに他ならない。
『チッ、胸刺されたら普通死ぬでしょ。素直に死んどけクソジジイ』
「おやおや、かなり怒らせてしまったようだね。実は後から説明するつもりで、君を無碍にしたわけではないと言って信じてくれるかな?」
幻生の胸部に突き刺さるのは水銀の槍。その持ち主はダストボックスから現れた
この人の形をした水銀は本体ではなく、内蔵されたカメラから周囲を認識し、遠隔操作で操ることが出来る超能力で金属操作の一種に分類される能力。
その能力の使用者は学園都市にただ一人だけ。
『私を捨て駒にしやがって!アンタの下らない計画をここでブッ壊してやる!!』
スピーカーから流れる声は